10ハロンの暴風   作:永谷河

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馬、同期と過ごす

暴風雪と地震の中で生まれた鹿毛の仔馬は島本牧場ですくすくと育っていった。

ボーちゃんと呼ばれ、かわいがられている馬の顔には流星などはなく、脚に靴下もない、いたって普通のサラブレッドといった外見であった。ちょっと足が外向なのと、どことなく貧乏くさい外見を除けば……

 

春も過ぎるあたりまでは大人しくおっとりしているとスタッフから言われていたボーちゃんであったが、他の仔馬とは反りが合わないらしく、一人でいることが多いようである。

 

 

「ボーのことですが、やっぱり他の馬が嫌いみたいですね……」

 

 

「人間に育てられた馬はそうなりやすいって聞いていたが」

 

 

彼の母馬は彼の育児を放棄してしまったため、止むを得ず哲也ら牧場スタッフがミルクを上げるなどの世話をしていた。

幼いころから馬に慣れていないせいか他の馬に関わろうともしないのである。

 

 

「そろそろ母馬からの離乳の時期ですが、ボーはどうしましょうか」

 

 

「どうしましょうって、そりゃあ他の馬と一緒の放牧地にいれるしかないだろうよ」

 

 

ボーにとっては可哀そうな話ではある。しかし、競走馬として生きていくためには、他の馬に怯え続けているようでは話にならないのである。

 

 

(うーん。ボーのやつ、なんか怯えているというよりは、ただただ「馬」そのものが嫌いなだけって気がするけど……)

 

 

彼の世話をしている哲也は鹿毛の仔馬が、怯えているから他馬に近寄らないのではなく、単純に馬という存在が嫌いなだけではと思っていた。

 

 

(まあ、ゲートやパドックで逃げようとしない程度であれば、馬が嫌いでも構わないけどな)

 

 

そんな心配をよそに、他の仔馬たちの離乳の時期が始まり、2002年に誕生した馬たちは牧場の放牧地で集団生活を送り始めたのであった。

 

 

 

季節は廻り、今年誕生した仔馬と母馬を引き離す時期が訪れる。

 

 

「いつもこの時期は可哀そうになりますねえ」

 

 

母馬から引き離され、鳴き続ける仔馬を見て、哲也の母である島本ゆうが嘆く。

 

 

「しょうがないとはいえ、鳴く仔馬たちを見るのは辛いものがあるな」

 

 

それでも競走馬として育っていくためには必要な試練でもある。暴れたり、食欲が落ちたりしないようにスタッフたちも細心の注意を払って行う必要があるため、油断はできなかった。

 

 

「それに比べてボーはなあ……」

 

 

もともと母馬から見放されていたので、離乳に関する苦労はなかった。一応離乳をすませた今年誕生した同期の馬たちと同じ放牧地で集団生活を送っているのだが、相も変わらず一人でいることが多い。

 

こういう場合、群れを作って先頭を常に走っている馬などは、素質があると見込まれて、取引のセールスポイントになるのだが、彼はいつも一人で過ごしている。「このままじゃあ誰にも買ってもらえないぞ~」とつぶやきながら彼の動きを見ていた。

 

島本牧場は、馬主としての活動は控えている。大手の生産牧場のようにオーナーブリーダーをやれるほどの規模ではない。地方はともかくとして、中央は馬一頭でも維持費がとんでもない金額になるため、馬主としての活動は難しいのである。

 

 

「でもボーちゃん、結構頭いいと思うのよね~」

 

 

「確かに暴れたりしないし、俺たちの言うことはしっかり聞いてくれるからな」

 

 

「私たちがボーちゃんって呼ぶと耳を向けてくるし、決まったところにしか排泄しないじゃない。それってやっぱり賢いってことなんでしょうね」

 

 

「賢ければ走るってわけではないけどなあ」

 

 

頭が良すぎる馬は、どこかで手を抜くことを覚えたりすることもあるらしい。ちょっとおバカな方が走ったりすると聞いたこともある。

 

 

(シンボリルドルフなんかは騎手に競馬を教えたっていうぐらい賢かったらしいし、名馬と呼ばれる馬は賢いエピソードが多いからなんともいえないなあ)

 

 

ただ一つだけ言えることがあるとすれば、名馬と呼ばれる馬は、みな闘争心が高く、負けず嫌いだったというエピソードが多い事である。

 

 

「闘争心は……なさそうだなあ……」

 

 

「そうねえ……おっとりしていて優しい仔ですしね~」

 

 

「でもプライドは高いのかもしれないな。俺は他の馬とは違うんだ!って感じで」

 

 

闘争心はないがプライドは高い。やっぱりよくわからないと思う二人であった。

1頭だけに注目するわけにはいかないが、島本牧場の話題は、ボーに向いていることが多かった。こういう意味では将来有望なのかもしれない。

 

 

 

 

---------------

 

 

俺は馬だ。

最近、母馬と離れた他の馬と一緒に暮らしている。

あいつら母馬と離れてすぐは、鳴きまくっていた。その点俺はずっと一人(+人間)だったので悲しいとかそういう気持ちすらない。

人間は、母親がいなくてさみしがっているんじゃないかと思っていた時もあるみたいだ。だが待ってほしい。人間の魂をインストールしている俺を畜生どもと一緒にしないでもらいたいな。

人間は、俺に他の馬と一緒に行動してほしいと思っているようだが、それは俺のプライドが許さねえ。俺はお前ら畜生とは違って人間様の魂がインストールされているんだ。一緒になんかいられるか。俺は一人で帰らせてもらう!

 

 

【なんだお前、生意気】

 

【こっち来いよ】

 

 

ほかの馬、おそらく俺と同期の奴らからこんな感じに呼ばれることがある。

誘ってくる馬には【別に放っておいて】と返しているが、中にはケンカを売ってくる奴もいる。

争いは同じレベルの者同士でしか生まれないという言葉があるため、俺はケンカを売ってきたり、ちょっかいをかけてきたりする馬を無視し続けている。

畜生どもと一緒にすんじゃねえ。ぺっぺっぺっ!と唾を吐く。

 

人間どもは俺のことを興味津々な目で見てくる。どことなく哀れんだ目で見てくるのは気のせいだと信じたい。

というか俺はサラブレッドだったんだな。馬には詳しくない俺でも、なんとなく他の馬の体つきが走るための体であることが分かった。

ということは人を乗せるのか……なんか嫌だなあ……

でも人間の言うことを聞かないと、捨てられそうだし、さすがにそれは勘弁願いたい。

 

あと俺の名前はわからないが、人間は俺の名前を呼ぶとき、決まって同じ声を出すので、自分を呼んでいるときには反応してやっている。

 

 

「賢いなあ~」

 

 

おそらく喜んでいるのだろう。

当然だ、人間だもの。いやこの場合は馬人間か?でもそれだとなんか違うなあ。

まあ世話をしてもらっているわけだし、媚くらいは売っておかないと。

 

 

「お前はプライドが高いのかもしれんなあ」

 

 

よくわからんが同情されているように見える。なんだなんだ?俺は同情されるような覚えはないぞ。

 

 

「そのプライドの高さが負けん気になったらなあ」

 

 

まあ人間が何を話しているかわからんが、今のところは期待してもらってるのかもしれん。いつも偉そうな人間がたくさん俺を見て指をさしてくるくらいだからなあ。

 

【注:見た目が貧相なので、残念がっているだけです】

 

もしかしたら、俺っていけるところまで行っちゃうんじゃない?

 

 




結構性格が尊大なボーちゃんが人間の言うことを聞いているのは、人間の魂がインストールしてあるので、他の馬畜生のように暴れたりするのが恥ずかしいと思っているからです。
一応衣食住を提供してもらっており、その恩をあだで返すようなことはしないようにしているからです。

ただ、彼の行っている行為や見た目が自分の評価を下げているとは毛ほどにも思っていません。

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