【ドバイデューティフリー】
アラブ首長国連邦のナド・アルシバ競馬場にて開催されている芝・1777メートルの競争である。1996年にダート2000メートルで開催されたが、2000年からは芝や距離が変更され、2002年にGⅠ昇格と共に現在の距離1777メートルとなった。
賞金額が高く約1800メートルという距離であるため、中距離の精鋭馬が集まるレースになりつつあった。
2001年にイーグルカフェが9着に敗れて以来、日本からの挑戦は行われていない。
2006年に、このレースに挑む日本馬は3頭いる。
3歳で天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップを制し、現在重賞を4連勝中のテンペストクェーク、香港マイルを勝利したハットトリック、安田記念を制したアサクサデンエンである。
海外馬では、2005年にチャンピオンステークスを勝利したデビッドジュニアや、2003年にコックスプレートを勝利したフィールズオブオマーなど、世界のGⅠ馬が集まっていた。
「うーん、デビッドジュニアは昨年調子が良かったからな。警戒対象だな」
調教師の藤山にとって自分が管理する馬が海外のレースに出走するのは初めてである。そのため、海外のレースはそこまで詳しいわけではなかった。しかし、今回、テンペストが海外で走ることになったため、海外馬の情報の収集はしっかりと行っていた。
「ただ、明らかな怪物はいないな。むしろテンペストの方が警戒されているのかもしれん」
少なくとも、マイルCSで敗れたハットトリックと天皇賞・秋で敗れたアサクサデンエンの関係者からは、最大級の警戒を受けていることがわかっていた。
「高森くんもこの場に飲まれていない。やはりGⅠを勝ったことが大きかったな」
テンペストの鞍上は一貫して高森騎手であった。海外の舞台では、より優れた騎手を据えるべきではないかと考えもした。
しかし、テンペストには高森騎手以外にはありえなかった。彼は、テンペストの上にいるときは、別人のように輝いていた。
その輝きを常に放ってくれればいいのにとは思っていたが……
「人事は尽くした。あとは天命を待つのみ。頼んだぞ、二人とも……」
――――――――――――――――
レース直前の俺たち騎手が待機する部屋には、独特の緊張感が漂っていた。
この雰囲気は日本の競馬とそこまで変わらない、ただ、違うことがあるとすれば、周りにいる騎手が外国人騎手ばかりであることだ。
知り合いがほとんどいないこの状況で、俺はなぜか冷静でいられた。
緊張しすぎていない、それでいてリラックスもしていない。
いい状態だ。
「ふ~、あと少しかな」
今はドバイDFに出走する馬がパドックで周回している時間だ。
そんな緊張感の中、俺に日本語で声をかけてくる男がいた。
「高森さん、改めてですが今日はよろしくお願いします」
今日のアサクサデンエンの鞍上で、昨年ディープインパクトで栄光を勝ち取った、日本競馬界屈指の天才騎手であった。
一応俺の方が先輩なので、律儀に挨拶をしてきたようだ。
本番前の騎手は、ピリピリしていることが多いので、話しかけにくいオーラを放っていることも多い。ただ、俺はそういうタイプではないので、意外と後輩から話しかけられることが多い。
「こちらこそよろしく。それにしてもさすがというか、場慣れしていますね」
彼は2001年にステイゴールドでドバイシーマクラシックを勝利している。この場を知っているという意味では俺より先輩かもしれん。俺が先輩であることって年齢だけ……?
戦績?比べるのがおこがましいくらいだよ……
「ありがとうございます。日本代表として健闘しましょう」
そういって、彼は自分の場所に戻っていった。
なんというか凄いやつだな……ただ、目は笑っていなかった。
しばらくすると係員が合図する。そろそろ時間だ。
パドックには、先生と西崎オーナーとその関係者がいた。
「高森騎手、テンペストを無事に導いてください」
「高森君、テンペストをよろしく頼みます」
GⅠを2勝しかしていない俺に、この舞台でもテンペストに乗ることを許してくれた。
俺の経験とテンペストとの絆を信じてもらえた。
だからこそ勝たなければならない。
騎乗合図とともに、俺はテンペストにまたがる。
完璧な仕上がりだ。
「テンペスト、今日もよろしく頼むよ」
もはや恒例行事のように、彼の嘶きが帰ってくる。
調子も最高。さあ行こうか。
本馬場に入り、返し場で馬場状態を確認する。
テンペストは特に問題なく走り、ゲートインを待つことになった。
1枠2番が俺たちの枠順だった。
ゲートインも問題なく進み、ゲートが開くのを待つ。
「行くぞ!」
ゲートが開いた瞬間、テンペストは外に飛び出した。
タイミングもよく、好スタートであった。
ここから400メートルくらいは直線のコースであるため、外枠の馬たちが内によって来る。
そのため、内側を走っているテンペストは、外から蓋をされてしまう可能性があった。
そして、予期した通り、外から馬が内枠によって来た。
今回は、あまり後方での競馬はしたくなかった。幸い先行での競馬は中山記念で経験済みであったため、テンペストも戸惑うことなく俺の指示を聞いてくれている。
スタートがよかったため、俺たちは先頭集団のやや後ろに位置して最初のコーナーまで走ることが出来た。隣に一頭馬が走っていたが、1頭だけなので問題はない。これが2頭、3頭と被せられると、ラストの直線で抜け出しにくくなる。
コーナーを曲がっていると、斜め後ろに、水色の勝負服を着た騎手が乗っているデビッドジュニアがつけてきていた。
こいつも要注意馬だったな。
おそらく最終直線でこいつも一気にスパートをかけてくるだろう。
最初のコーナーを過ぎるころには、先頭にザティンマンが走っており、3頭が先頭集団を形成して、その後ろにテンペストがいる流れになっていた。体感のタイムでは、そこまで早いタイムではない。
前残りするかもしれない。先行策は間違いではなかったな。
テンペストの状態を確認するが、変な汗も、呼吸もしていない。痛めたような走りもしていないな。
これならしっかりとラストで決めてくれるだろう。
それにしてもテンペスト、なんかカメラ追いかけてないか……
前を行く馬と騎手の間から、中継用のカメラを乗せた車が走っているのをチラチラとみている気がする。
「集中してくれ!テンペスト」
こんな時に注意するのはどうかと思うが、さすがにケガをされたり、接触事故になったりするのは怖い。
残り1000メートルを通過する。依然として先頭はザティンマンである。
ここから400メートルほどのコーナーを越えて、あとは600メートル近い直線コースが待っている。
コーナーの終盤では、後方で待機していた馬たちが徐々に加速してきたのがわかった。
それに伴って、テンペストも無理のない程度にスピードを速める。
テンペストの凄いところは、こういったスピードの調整がものすごく細かく利くところだ。普通の馬だったら、ここまでの調整は利かない。
車のアクセルと同じ感覚で乗ることが出来る。
もう少しだ、もう少し我慢してくれよ
テンペストが前に行きたがってうずうずしている様子が分かった。
残り400メートル前、後ろにいた馬が横に並び立ってきたのがわかった。
デビットジュニアであった。
彼らが、俺たちを抜かそうとした瞬間、俺はテンペストに一発の鞭を入れた。
それだけで充分であった。
重心が低くなり、一気に前に行こうとする彼だけのフォームに変わる。
高速道路で一気にアクセルを踏んで加速するような感覚に襲われた。
この瞬間が最高だった。
「行くぞ!」
スパートをかけたテンペストは、半馬身ほど前にいたデビットジュニアを抜き返し、そのまま粘り続けている先頭勢を捉える。しかし、隣のデビットジュニアもテンペストクェークに抜かれまいと、馬体を合わせて、走っている。
2頭同時に、先頭を走っていたシャドーロールを付けている馬であるザティンマンを抜かしたのは、ラスト200メートルでのことだった。
そしてその数秒後、隣で粘っていたデビットジュニアが後退していき、俺たちは単独で先頭になった。
後は、後ろから猛追する馬たちを引き離すだけだ。
テンペストの様子がおかしくなっていないか、そして後方から馬が来ていないかを確認しつつ、走っていた。
ラスト50メートル。
もう、誰も追いつけないだろう。
そのまま俺たちはゴール板を駆け抜けた。
ゆっくりと減速しつつ走っていると、すぐに後ろから、2着以下の馬が追い付いてきた。
歓声が聞こえる。
勝ったテンペストは、舌をペロペロさせながら、気分がよさそうにクールダウンの走りをしていた。
「お疲れさん。お前が最強だよ!」
「どういたしまして」という意味かどうかはわからないが、嘶きで返してくれたのがうれしかった。
しばらくテンペストがゆっくり走っていると、誘導馬がやってきた。
そういえばこのレースって馬の状態がよくない場合以外には、騎乗した状態でインタビューを受けるんだったな。
ひそかに勉強していた英会話がこんなところで役に立つとはな……
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『……残り400メートル。先頭は依然としてザティンマン。このまま粘れるか。ここでデビットジュニアが動いた、前のテンペストクェークを捉えるか……』
『……テンペストクェークに鞭が入った、抜かせない、抜かせない。そのまま2頭のデッドヒート。残り200メートルで先頭のザティンマンを抜かした……』
『……テンペストクェークだ、テンペストクェークが抜け出した。デビッドジュニアは後退していく。先頭はテンペストクェークだ。このまま2馬身、3馬身と差が開いていく。テンペストクェークそのままゴールイン。圧巻の走りでドバイデューティフリーを制しました。暴風はドバイでも吹き荒れた!』
テンペストクェークは、2着のデビットジュニアに5馬身差をつけての圧勝であった。ラスト200メートルでのデッドヒート。そして、そこから抜け出したテンペストは、そのまま最速の脚をもってゴール板を駆け抜けた。
勝ち時計は1.48.22であった。タイム的には早いレースではなかったが1着と2着の着差は歴代最高の記録であった。また2着と3着の着差も3馬身半あったため、2着のデビットジュニアも強い馬であった。
ただ、テンペストクェークがその上を行ったのである。
西崎は彼がラスト200メートルで抜け出した瞬間、勝ちを確信した。
そして、ゴール板を駆け抜けた瞬間、人目をはばからず声を上げた。
そして、隣にいた藤山や妻、そして島本哲司と哲也の二人、応援団として駆け付けた部下たちと万歳三唱を行った。
「西崎さん、彼らを迎えましょう。最強のコンビを!」
高森騎手は意外にも英語が話せるらしく、馬場のインタビューも手慣れたものであった。
それが終われば皆で口取りである。
結構な大所帯ではあったが、全員写真に写って、最高の1枚を撮ることが出来た。
因みにこの時もテンペストはキメ顔で写真に写っていた。
表彰式では、西崎と調教師の藤山、騎手の高森が表彰台に上がり、表彰を受けた。
日本初のドバイデューティフリー制覇は、テンペストクェークが初の所有馬である新人馬主、GⅠ馬は通算1頭だけの厩舎の調教師、GⅠ勝利は2勝、重賞勝利も数えられる程度のおじさん騎手によって達成されたのであった。
現地のお祭りのような雰囲気も相まって、表彰式もお祭り騒ぎだったが、表彰台に上がった3人は全員緊張で変な顔をしていた。
表彰式後は、西崎は注目の的であった。
そして余波として生産牧場主の島本親子、藤山調教師や高森騎手も注目の的であった。
特に高森騎手は普通に英語を話せることもあり、海外の馬主から「もし海外にきたら連絡をくれ」などと冗談なのか、本気なのかわからないラブコールも受けていたりした。
そして気の早い人は種牡馬の話なども持ち上がり、もはやカオスになりつつあった。
そんなドバイの日々を過ごした西崎は、数日後に日本へ帰国した。
『テンペストクェーク、5馬身差の圧勝。ドバイデューティフリー初制覇』
日本に帰国後、テンペストクェークの活躍を報じた新聞は、西崎の宝物の一つになった事は言うまでもない。そして、社長室には、天皇賞の盾と共に、勝利したトロフィーが飾られることになった。
デビットジュニアは、英チャンピオンステークス、ドバイDF、エクリプスSとトップクラスの中距離GⅠを3勝している名馬です。
血統を見るとリボーの直系のようです。血統に関しては詳しくないですが、21世紀ではあまり見かけない血統かな?と思いました。
日本にやってきて種牡馬になっているようですが、結果は芳しくないです。今でも現役の種牡馬であるので後継が現れるといいなあと思いました。
ジャスタウェイはなんで1800メートルなのに1777メートル時代のタイムを全部更新する記録を打ち立てているんですかねえ……
レコード更新どころか45秒台で誰も走れていないので、あの1800メートルの舞台では、彼は本当に世界最強だったと思います。