大雨の降りしきる京都競馬場。
悪天候にも関わらず10万を超える観客が宝塚記念を観にやってきていた。
遠方地であるため、競馬場に行けないファンや、天候が理由で観戦を諦めたファンもいたが、彼らはみなテレビやラジオ中継を見て、聞いていた。
雨による馬場状態の悪化という要素はあったが、特に問題は起こらずに、メインレースの宝塚記念は始まった。
ディープインパクトは最後方、テンペストクェークも後方集団で走っており、予想通りの展開であった。
第3コーナーを過ぎ、徐々に前の馬を抜きつつ、大外をまくってきたディープインパクトにファンは歓声を上げていた。いつものパターンだと歓喜していた。
その一方で、テンペストクェークは馬群の中におり、多くのファンがその位置で大丈夫なのかと心配していた。
ラストの直線では、大外から一気に加速して先頭を奪うディープインパクトと、馬群の中央を突破して、猛烈な末脚でディープを追っているテンペストクェークの姿があった。
まさか、こんな夢のような展開が実現するなんて。
競馬ファンは、このライバル対決を見たくて競馬場に訪れたのである。ただ、ディープインパクトとテンペストクェークの真っ向勝負が100%みられるとは思っていなかった。そんなに都合のよい展開にならないのが競馬だからだ。
しかし、目の前の光景は、自分たちが見たくて仕方がなかった光景であった。
ラスト1ハロンでの死闘。
お互いに馬の後方を走っていたせいか、騎手も馬も泥まみれになりながらも、ゴールを目指して飛ぶように走っていた。
先頭を行くディープインパクト。それを猛追するテンペストクェーク。
3/4馬身差まで縮まったが、それから差は中々縮まらなかった。
あと100メートル。時間にして5秒程度。
もうだめかと思った瞬間、普段はゴール前でテンペストクェークに鞭を入れることがない高森騎手が、鞭を入れたのであった。
その瞬間、テンペストクェークが再加速して、縮まらなかった差がどんどんと縮まっていき、ゴール手前でテンペストクェークがディープインパクトを差し切ったのであった。
ターフビジョンにゴールの瞬間が流れ、ゴールの瞬間を見ることができなかったファンたちが決着を見極めていた。
アタマ差。
それが第47回宝塚記念の勝敗を決めた着差であった。
外れ馬券が舞い散っていた。そして、多くの観客が伝説のレースの終わりを見届けていた。
口取り、表彰式が終わり、レースの熱気が収まりつつある京都競馬場。2人の男性が、馬主席の近くで話し合っていた。
「西崎さん。今回は負けました。本当にテンペストクェークは強い馬ですね」
「ありがとうございます。藤山先生、高森騎手。テンペストに関わった関係者の方々のおかげです。私は何もしていませんよ……」
「この舞台で私のディープインパクトと対決するという決断をしたのは西崎さんですよ。最終的な責任は馬主が持つものです。敗北も勝利も。だから、もっと喜んでいいものだと思いますよ」
宝塚記念に出走するという選択をしたのは西崎本人である。世の中の流れに押されたという側面が強かったが、西崎はテンペストが勝ってくれると信じたからこそ、この宝塚記念に出走したのである。
「はい、ありがとうございます。本当にすごいレースでした。それに、やっとあなたの馬に勝つことが出来ました」
「私たちも勝つ自信はあったのですが……今日に関しては調教師の先生も、騎手の方も何一つミスはしていませんでした。テンペストクェークがディープインパクトの力を上回ったのだと思います」
「ありがとうございます」
西崎は感謝の言葉を伝えると共に、レース前から気になっていたことを質問する。
「......藤山先生が仰っていました。これでディープインパクトとの対決は最後になるかもしれないと。凱旋門賞後はやはりジャパンカップ、有馬記念をお考えで?」
「今後のレースプランは、体調や疲労などを考慮して決めますが、西崎さんのお考え通りの出走計画を立てています。そして、ディープインパクトは、来年は走らないと思います」
テンペストクェークはマイル~中距離が適正距離なので、ディープインパクトと対決できるGⅠレースは天皇賞・秋くらいであった。凱旋門賞に出走が決まっているディープインパクトも日程的に出走するのが難しいため、2頭が激突するレースは、今年はなかったのである。
「来年は、というと種牡馬になるのですか?」
「ええ。まだ決定事項ではありませんし、検討段階の話ですからこのことは内密にお願いします。テンペストクェークにもおそらく種牡馬入りの話はたくさん来ているのではないでしょうか」
「ハイ、それはもういろいろなところから。ディープインパクトの生産者の方々からもお誘いを受けています。あと海外からも……」
テンペストクェークは主流の血統とはいいがたい血統ではあるが、それでもGⅠを複数勝利している馬であるので、種牡馬としての需要は一定数あった。
名馬=名種牡馬とは限らないのだが、それでもロマンと可能性を捨てることはホースマンには出来ないのである。
「ドバイを勝ちましたからなあ。あれは凄かった。西崎さんは、馬主は初心者と聞いています。初めてのことではあると思いますが、彼の引退後の道についても本格的に考え始める必要があると思います。……余計なお世話でしたら申し訳ありません」
「ああ、いえ。自分もいつか考えないといけないことだとは思っていたので。助言ありがとうございます」
「そういえば、テンペストクェークは、この後はどのレースに出る予定ですか?噂だと海外に行くとかなんとか……」
「それですが……」
しばらくの間、2頭の怪物の所有者たちは、馬の話で盛り上がったのであった。
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京都のとある飲食店。
ここには、競馬を終えた二人の男がいた。
「高森さん……なんで最後差せたんですか」
「俺の思いに応えてくれたんですよ~俺のテンペストが。いや〜気持ちよかったなあ、高森コール。初めてでしたよ」
二人は泥酔していた。
一人は、宝塚記念でテンペストクェークの鞍上の高森。もう一人はディープインパクトの鞍上の騎手である。
「ああ~ディープの無敗伝説を終わらせてしまった……」
「俺のテンペストの方が強かったってことですな。というか君、こんなに酔うタイプだったっけ?」
高森の知る限り、彼が知り合いの目があるところで泥酔しているという話を聞いたことがなかった。それほどまでに悔しかったのだろうとも思っていた。
「先生も、馬主の方も、誰も自分を責めないんです。君は完璧な競馬をしてくれたと言って」
「実際、そうだと思うよ。ラスト1ハロンまではやばいと俺も思ったし」
「有馬のような、普通の走りをしてしまって、それで負けてしまったならまだ納得ができます。でも、彼はいつも通り最高の走りをしてくれたんです。それなのに……」
「まあ、そこは俺とテンペストの絆の勝利かな」
「なんなんですか、あの馬。ドバイのときも強いと思ってましたけど、強すぎますよ」
「まあね、マイルから2000メートルなら俺のテンペストが最強ですね」
「……その距離での最強はサイレンススズカです。これは譲りません」
「いいや、テンペストの方が強いね。最後のゴール前で絶対に差し切っている」
「それはあり得ないです。絶対に先にゴールします」
二人は、自分の愛馬の強さを自慢しまくりながら、どんどんと酒を飲み続けていく。
「あかん、目が回ってきた。まだ飲みますよ」
「……もう無理。というか俺、明日関東に帰らんといかんのに何やってんだよ」
二人の騎手による喜びと悲しみの宴会は、夜が明けるまで続けられた。
二日酔いによる地獄の苦しみは平等に二人を襲ったという。
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俺は馬である。
俺は今、筋肉痛に襲われている。
そりゃあフルパワーで走ったから仕方がない。
ただ、想定内の疲労だったので、本当に良かった。
ケガでもしたら、兄ちゃんやおっちゃん、騎手君たちを悲しませてしまうからな。
「テンペストの様子はどうですか?」
「かなり疲れているようで、寝てるか食べてるかのどちらかですね。ただ、どれも想定の範囲内です。やっぱり頑丈ですよテンペストは」
「検査では骨、肺、心臓、内臓、そして屈腱等の腱に異常がなかったのが本当によかったです。ディープインパクトを差し切ったときの加速は少し怖かったくらいです」
最後のフルパワー加速。あれはもう封印したほうがいいな。
多分何回もやったらマジで脚がぶっ壊れる。
鍛えていたのと、調子が良かったから何とか保ったけど、ヤバかった。
「藤山先生、今回の宝塚記念は本当にすべてが上手くいきましたね。それと、お身体の方は大丈夫でしたか?」
おっちゃんは少し調子の悪そうな顔をしているのが気になる。
いや、調子を崩すのは俺なんじゃないのかね?
ほれほれ、どうしたんだ?
「こらこら、服を引っ張らない。医者に行きましたが、軽い胃潰瘍だったみたいです。軽度なので、通院程度ですみましたよ」
「胃潰瘍……ストレスが原因ですか……」
「そうみたいです。やはり無理していたところもあったみたいです。調教師人生のすべてをかけて調教を行いましたから。もう一回あのレベルまで仕上げろと言われても多分無理だと思います」
「何かありましたら、絶対に病院へ行ってください。藤山先生に倒れられたら、馬も私たちも路頭に迷ってしまいます」
「その通りですね。ただ、これからも本格的に忙しくなります。秋山君たちスタッフにも尽力していただきますから、よろしくお願いしますね」
「はい、テンペストクェークのイギリス遠征に向けて、尽力してまいります」
話は終わったかな?
疲れているけど、運動はしないとな。
俺を外に出してくれい。
「あ~わかったわかった。すいません。そろそろテンペストの運動の時間みたいなので、行ってきます」
「わかりました。テンペスト、ありがとうな~」
うーむ。おっちゃんのすりすりが一番気持ちええな。
ちなみに二番手は兄ちゃん。三番手は騎手君。
さて、今、俺は森林の間の道を歩いている。
横に明るい色をした俺と同じくらい大きい馬がいる。
まあ、いつものイケイケな馬だ。
【走ろうぜ】
【また今度な】
うーん。前のレースでは俺が勝ったことを覚えているらしく、うるさく俺に絡んでくる。
多分俺が一回でも負けたら延々とその一回で勝ち誇ってくるパターンだな。
絶対に負けねえ。
【むかつく、むかつく!】
【やめろって……】
近くまで寄ってきて、俺にじゃれつく。
お前でかいから洒落にならねーんだって。
「なんか楽しそうですね」
「テンペストの方は死んだ眼をしていますよ……」
その様子を見ていた他の馬が
【楽しそう】
【俺も俺も】
といった感じで俺たちの近くに寄ってくる。
俺は、名目上はボスということになっているのだが、ちょっと立ち位置がわからない。
俺は別に偉ぶりたいわけではない。ただ、暴れていたり、人間や他の馬に危害をくわえそうな馬には全力で注意をしたりしている。そういうのがボスの仕事だと思うからだ。
あの黒い馬は、ボスとして扱われていないと怒っていたりしたけど、我を忘れた馬を一喝して大人しくさせたりしていたからな。
「入厩したときからは考えられないよな~お前が馬を従える様子なんて。本当に逞しくなったよ」
【ああ、もう離れなさい。人間の迷惑でしょうが!】
【はーい】
【わかった】
「テンペストは、気性が穏やかな馬にも好かれますけど、やんちゃというか、ちょっと気性が悪い馬にも好かれるんですよね」
「本当に度量が広くなったなあ……キレたナイフみたいなテンペストはどこに行ってしまったのやら」
なーんか悪口を言われた気がするぞ。
【うるせえ!】
「ああ、そんなに怒らないで。やっぱこいつ人間の言葉わかっているよ、絶対に」
俺は運動を終えると、いつもの自分の部屋に戻って、ゆっくりする。
次のレースはいつかな。
また、みんなと笑い合いたい。
ライバルを倒したい。
もっと強くなりたい。
全く、俺は欲張りだな。
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宝塚記念の熱狂も冷めやらぬ中、7月初旬。
藤山厩舎、というか西崎オーナーからテンペストクェークのイギリス遠征が発表された。
まず第一目標が決められた。
『インターナショナルステークス』
テンペストクェークの親友?のゼンノロブロイが惜しくも敗れたレースであった。
まだ、反撃は終わらない。
2006年夏、欧州に日本からやってきた暴風と衝撃が襲い掛かる。
テンペストクェーク成績
2006年 春
2月26日 中山記念:1 GⅡ(中山第11R・芝1800メートル)6621.8万円
3月25日 ドバイデューティフリー:1 GⅠ(ナド・アルシバ・芝1777メートル)300万USドル(2006年3月25日時点での円ドル相場118.04円で計算。3億5412万円)
6月25日 宝塚記念:1 GⅠ(京都第11R・芝2200メートル)1億3473万円
2005年春:8860.1万円
2005年秋:2億9994.6万円
2006年春:5億5378.8万円
合計:9億4233.5万円