10ハロンの暴風   作:永谷河

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第4章、飛翔編

神ってる、レベチなテンペストクェークをお楽しみください。
あとハーツクライとディープインパクトも



注)28話と同時投稿なのでこちらが最新話です。


第四章 飛翔編
馬、本場の地へ


宝塚記念の熱狂も冷めやらぬ中、美浦トレセンの藤山厩舎は慌ただしく動いていた。

管理しているテンペストクェークが、無敗の現役最強馬であるディープインパクトに勝利したためである。

もともとドバイを勝利するなど注目度の高い馬であったが、宝塚記念を契機として、さらに注目度が上がったのであった。取材の申し込みなどもさらに増え、お祭り騒ぎ状態となっていた。

テンペストはすぐに新しい戦場へと旅立つことになっているため、ゆっくりしている暇はなかった。

 

 

「テンペストが入厩する厩舎ですが、ゼンノロブロイが昨年のインターナショナルステークスに出走した際にお世話になった厩舎になりました」

 

 

藤山は、ゼンノロブロイの調教師や馬主に頼み込んで、遠征先の厩舎を見つけることに成功した。彼らからは、ゼンノロブロイの借りを返してきてくれと頼まれている。

 

 

「ニューマーケットですか。一度行ってみたかったんですよね……」

 

 

厩務員の秋山は、テンペスト専属としてイギリスに滞在することになる。

競馬の聖地ともいえるニューマーケットに行けるのは秋山にとっては夢のような出来事であった。藤山は日本にも管理している馬がいるため、イギリスに常駐することはできないが、定期的に向こうに行く予定であった。

 

 

「それにしても、今回の遠征費。結構馬鹿になりませんよね」

 

 

「そうですね。輸送費や登録料、それに私たちスタッフの遠征費用。色々なお金が基本的に自腹ですからね。それでいて、賞金額が日本のGⅡレース並みかそれより少ない場合が多いから割にあいませんね」

 

 

インターナショナルステークスの1着賞金額は、約30万ポンド、日本円にして6570万円である。

 

 

「テンペストの得意な距離のレースが夏から秋にかけて、イギリス、フランスにたくさんあります。どれか勝つだけでも偉業ですよ」

 

 

数年前からタイキシャトルを始めとして日本の馬が欧州のGⅠを制している。しかし、ほんのわずかな数である。

欧州に対するコンプレックスというものは多かれ少なかれ日本のホースマンは持っていた。

 

 

「不思議なんですよね。テンペストならすごいことをやってくれるって思えるんですよね。騎手でも調教師でもない自分がこんなことを思えるぐらい凄い馬です」

 

 

「彼なら案外簡単にとってきてしまうのでは?と油断しそうになってしまいます。すでにテンペストは英国で戦う準備が出来ているので、気が緩みかけていますね……」

 

 

苦笑しながらテンペストの馬房を眺める。

今、彼はプールで泳いでいる最中である。色々と器用な馬であるが、なぜか泳ぐのは苦手であるらしい。ただプール自体はそこまで嫌いではない。

 

テンペストクェークは宝塚記念の疲労が少し残っていた。そのため、すぐに英国には出発せずに、期間を少し空けて7月下旬に英国へと旅立つ予定である。

 

 

「そういえば、ハーツクライの調教師から、できればテンペストと併走や曳運動をさせてほしいと要望がありました」

 

 

「ハーツクライですか。キングジョージに出走する予定でしたね」

 

 

7月29日に開催されるキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス(King George VI and Queen Elizabeth Diamond Stake)にハーツクライは出走する予定である。芝12Fで開催され、凱旋門賞に匹敵するほどの格があるGⅠレースだと言われている。

 

 

「宝塚記念の疲労がもう少し早く抜ければ、7月15日の飛行機で一緒にイギリスに向かうことが出来たんですけどね」

 

 

テンペストの疲労は想定内であったとはいえ、全くの無傷ではなかった。疲労が残っている状態での輸送と、慣れない新天地への移動は、いくらテンペストが強くても、良くないと判断した。そのため、テンペストは少し遅れた飛行機で輸送されることになった。

 

 

「検疫とかもあるから、一緒にいられるのは直前だけだと思いますけど、果たして大丈夫ですかね……」

 

 

ドバイで一緒の飛行機に乗ったりしていた時には、喧嘩もしなかったので相性が悪いとは思わなかった。ただ、ハーツクライもどちらかといえばボス気質の馬なので、同じくボスであるテンペストと相性がいいのかはわからなかった。

 

 

「テンペストは他の馬から畏れられるほどの威圧感を持っているんですけど、自分から威張りに行くようなことはしないので、結構自分がボスだ!っていう気が強いタイプの馬ともうまく付き合えていますね。絶対に格下に見られたり、舐められたりはさせないので、他のボス気質の馬と対等に付き合える性格なんだと思います。ゼンノロブロイとも最後の方には対等の仲を築いていました。たぶんハーツクライとも相性がいいと思いますよ」

 

 

「それなら、申し出には承諾しようと思います。同じ日本勢として、ハーツクライには勝ってほしいですから」

 

 

ハーツクライがキングジョージ

テンペストがインターナショナルステークス

ディープが凱旋門賞

 

もしこれが実現したなら、日本競馬が世界に届いたということを証明することが出来る。レースが被らないなら、同じ日本勢として、応援するのは当然のことであった。

ただ、なんだかんだでディープインパクトは凱旋門賞を勝ちそうである。

同じレースは出走しないが、ディープが勝っているのにテンペストが負けてしまうのは嫌だった。

 

 

「テンペストの調子は良好ですね」

 

 

「プール調教に行けるレベルまで回復していますし、数日もすれば普通に坂路調教も可能になるでしょう。それに宝塚記念で鍛えぬいた身体がまだ持続できています。しっかり現地で調整すれば、最高の仕上がりになると思います」

 

 

「宝塚記念で限界を超えてしまったのかと思いましたが、彼はしっかりと自分の限界というものを理解していたようですね」

 

 

競走馬は意外と無理をし過ぎてしまう生き物でもある。無理をすると故障といった形で現れる。ケガをする一歩手前の力で走れるのもテンペストの強さでもあった。

 

 

「英国の初戦の結果次第ですが、出走レースの間隔は昨年の秋並みかそれよりキツくなる可能性が高いです。細心の注意を払いましょう」

 

 

「わかりました」

 

 

そろそろプール調教が終わる頃だったため、藤山は厩舎の外に出た。

しばらくすると、調教助手に連れられて、テンペストがゆっくりと厩舎に戻ってきた。

 

 

「宝塚記念の疲労については、もう少しで抜けると思います。近日中に、航空輸送をしても問題ないレベルにまで回復すると思います。これなら、検疫や輸送を終えて、イギリスに到着してからすぐに現地で調教を行えると思います」

 

 

テンペストはドバイに行った際には、到着した次の日から元気いっぱいに走り回っていた。輸送負けという言葉は彼の辞書には存在しないようである。

 

 

「ありがとうございます。本村さん、現地での調教を頼みました」

 

 

藤山厩舎には2名の調教助手が所属しているが、本村は彼の専属としてイギリスに渡ることになっている。代わりに、別の厩舎から応援が入ることになっている。

 

 

「私は専属で彼についていくことはできません。電話などで指示はしていくつもりですが、最終判断は君に任せます」

 

 

「ありがとうございます。ケガと体調に気を付けて調教を行っていきます」

 

 

藤山厩舎は、秋山厩務員と、本村調教助手、そして様々なコネを経由して手配した現地の関係者を加えた陣営で英国遠征を行うことになった。

 

 

7月下旬、検疫を終えたテンペストクェークは空港から飛行機に乗せられた。

目指す先は、競馬の本場であるイギリスである。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

さて、俺はまた飛行機に乗せられて、どこかの国に連れてこられたようである。

前の国とはちょっと違う雰囲気を感じる。

 

飛行機から、また輸送されて、ついた場所は広大な土地だった。

 

 

【広いなあ……】

 

 

たくさん馬がいるが、それでも広く感じるくらいの場所である。

それに緑もたくさんあるし、のんびりとした雰囲気を感じる。

ただ、ここが休養の場所でないことは俺もわかっていた。

俺はこの国で戦うことが決まっているのだろう。こっちで再会した兄ちゃんたちは、緊張した面持ちだった。きっと激戦が俺を待っているのだと思う。

 

 

「やっぱり全く輸送負けしていませんね。それに、もうこの場所を気に入ったようです」

 

 

「やっぱり美浦と違って広いし、馬にとって環境がいいのかねえ……」

 

 

うーむ。

新しい場所に来てテンションが少し上がっているのかな。

ちょっといろんな場所を見に行きたいな。

 

 

「憧れの英国のニューマーケットにこんな形で来れるとはなあ……テンペスト、ありがとう」

 

 

兄ちゃんが俺を撫でてくる。

感謝しているのか?まあ俺をほめても何も出てこないぞ。

 

 

「本格的な調教は、こっちのスタッフとの打ち合わせが終わってからだから、少しの間だけど、テンペストにはゆっくりしてもらっておこうかな」

 

 

俺の部屋もいい感じだし、これならしっかり走れそうだな。

 

それから数日をここで過ごしていた。

その間は、厳しいトレーニングは行っていない。俺は結構ここを気に入ったけど、さすがに新天地に来ていつも通りとはいかないようだ。

 

 

「ハーツクライの方ですが、少し精神的に不安定みたいですね」

 

 

「テンペストと相性が合えばいいのだけど」

 

 

隣を歩く兄ちゃんに連れられて行った先にいたのは、白いラインのような模様が顔にある馬だった。

確かこいつは見覚えがあったような……

 

 

【お前、知っている】

 

 

そうだ、去年の秋くらいにこの馬と走ったな。

いや、もっと最近だ。

前に別の国に行ったときに同じ飛行機に乗った馬だ!

 

 

【久しぶり、元気?】

 

 

【……ああ】

 

 

おかしいなあ。

こいつ、もっとイケイケな感じだったと思うんだけど。

タイプとしては俺にやたらと絡んでくるあの明るい大きな馬と同じだと思ったが……

 

 

【なんだ?しょぼくれてんな】

 

 

もしかしてホームシック?

ふーん。

可愛いところあるじゃん

 

 

【ふーん】

 

 

俺はちょっとからかってやる。

 

 

【弱っちいなあ。赤ちゃんかお前は】

 

 

【うるせえ!】

 

 

お怒りであった。元気はあるようだな。

 

 

【お!それくらいの元気はあるか】

 

 

こいつもこの国のレースに出るのだろう。

日本の馬たちの代表としてこの遠い異国に来ているんだから、もっとしっかりとせえ!

前にいる馬は今にも俺に飛び掛かってきそうな目つきをしていた。

 

 

【待ちやがれ!】

 

 

【いやだね】

 

 

「……ああ!放馬!!」

 

 

俺たちは、油断していたにいちゃんの一瞬のスキをついて彼らの手から逃れる。

すまんな、兄ちゃん。ちょっと俺も走り回りたいんや。

 

 

【うふふ~。可愛い声出しちゃって~】

 

 

【気色の悪い声を出すな。むかつく!】

 

 

俺の精一杯の可愛い声は大変不評だったらしい。

少しの間、自由に走り回った俺たちは、人間のところに戻る。

俺たちを追いかけていたのか、かなり疲れているようだな。

 

 

「はぁ、はぁ……結局戻ってくるのかよ……」

 

 

「もうすぐ本番なのに、大丈夫なのか...…」

 

 

俺たちは人間から脚や身体のチェックを受ける。

大丈夫だよ、本気で走ってないから。

お遊びみたいなものだよ。

あの馬も、それに気づいていたみたいだし。

 

 

【俺の方が強いし速い】

 

 

【やっぱむかつくお前……】

 

 

最後に挑発して、俺はあいつと別れた。

うん、いい目してたじゃないの。

これなら惨敗はしないだろうな。

 

そして俺はあの馬を煽ったとして、結構ガチ目に怒られた。

馬にそんな怒り方しちゃだめだよ~って感じで見つめていたが、ダメだった。

ちくせう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

7月29日、アスコット競馬場。

この日は、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスが開催されていた。

昨年の凱旋門賞を勝ったハリケーンラン、昨年のインターナショナルステークス、今年のドバイWCを勝ったエレクトロキューショニスト。そして今年のドバイSCを勝ったハーツクライが有力馬として激突した。

 

 

『……残り400メートルを切った。外にハーツクライだ。外からハーツクライ。エレクトロキューショニストを捉える……』

 

『……残り200メートル。先頭はハーツクライだ。ハーツクライ粘る。内からハリケーンランが伸びてくるぞ。ハーツクライが粘る、粘っている。3頭の叩きあいだ……』

 

『……ハリケーンランが差し切るか、ハーツクライが粘るか。これは、これは……』

 

 

ほとんど同時に内側にいたハリケーンランと外側にいたハーツクライがゴール前を駆け抜けた。そのすぐ後を、真ん中のエレクトロキューショニストが走り抜けた。

 

 

『……勝ったのは、ハーツクライです!ハーツクライだ!勝った!勝ちました。日本勢初のキングジョージ制覇です。アグネスワールド以来のイギリスGⅠ制覇。それもキングジョージを獲りました……』

 

 

盛り上がりも見せるアスコット競馬場には、藤山厩舎の二人がいた。

 

 

「勝ちましたね」

 

 

「調教は少し物足りないようだったが、テンペストと走ってからは精神的に落ち着いていたようだ。というか闘争心が高くなってたらしい」

 

 

「……2頭で追いかけっこをしたみたいですし、テンペストは何を吹き込んだんですかね」

 

 

それは馬にしかわからないのである。

 

 

「さて、次はテンペストの番だ」

 

 

8月に行われるインターナショナルステークス。

現段階では、そこまで怪物クラスの馬が出走するという情報はなかった。

それでも油断できないのが競馬である。ただ、テンペストの調子も上向きであるため、このままいけば、ドバイレベルの仕上がりは期待できそうであった。

現地の調教師や厩務員からも評価は日に日に高まっているのを感じていた。

 

 

「結局インターナショナルステークスの次はどのレースにするんですか?」

 

 

秋山にはまだ今回の英国遠征の最終的なレースプランは伝えられていなかった。初戦でダメだったらすぐに日本に帰る可能性もあるためだった。

 

 

「フランスのムーラン・ド・ロンシャン賞を考えたんですが、少し日程的に厳しいです。9月からはアイリッシュチャンピオンステークス、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを考えています。その後は10月のチャンピオンステークスを走る予定です」

 

 

他にも国外ではあるが、アメリカのブリーダーズカップマイル。あとはオーストラリアのコックスプレートも検討していた。ちなみに、誰に吹き込まれたかわからないが、オーナーの西崎がブリーダーズカップ・クラシックに出たいと言い出したときは、さすがに全員で止めていた。

 

 

「結構厳しいローテですね」

 

 

「レース後に不調を感じたら即座に中止する予定です。ただインターナショナルステークスからアイリッシュチャンピオンステークス、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを連戦している馬はいないわけではないですよ。例えばジャイアンツコーズウェイやファルブラヴが走っています」

 

 

「こっちの馬は中2週間ぐらいで走っていたりすることがありますね」

 

 

「ええ。ただ、これらの出走計画はインターナショナルステークスの結果次第です。日本へ早々に帰らないようにしたいですね」

 

 

「わかりました。ここで輝かせてみせましょう」

 

 

出走まであと数週間であった。

 

 




ハーツクライ「抜かれそうになったとき、目の前に気持ち悪い声で俺を挑発してくるあのクソ野郎が走っている姿が思い浮かんだ。あれに負けるのだけは癪に障るので、頑張ったら先頭だった。なんか複雑」

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