10ハロンの暴風   作:永谷河

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馬、走り回る+趣味を覚える

2002年も秋になり、北海道は本土に比べると暑さが和らぎ始めた時期になった。

この時期は、離乳した仔馬たちに追い運動を行い始める時期でもあった。馬に乗った人が仔馬を後ろから追いたてて、仔馬を運動させることである。基本的に競走馬のデビューは2歳であるため、1歳秋までは放牧を中心に基礎体力づくりが行われる。この基礎体力づくりの一環として、追い運動は重要なのである。

 

島本牧場では、当歳馬たちが、牧場スタッフたちが乗った馬に追いかけられ、放牧地内を走り回っていた。

 

 

「ボー!お願いだから走ってくれ~」

 

 

哲也が馬の上から鹿毛の仔馬に嘆く。仔馬は仕方がないなあ~といった感じで走り始めた。

 

 

「よし、いいぞ~」

 

 

ボーと呼ばれた鹿毛の馬は、結構面倒くさがりな性格なのか、追い立てられても走り回らない。ただ、哲也を含めた牧場のスタッフが「頼むよ~」などとお願いをすると素直に走り始める。

 

そんな様子を2人の男が見守っていた。一人は牧場長の哲司。もう一人は島本牧場の従業員の大野慎であった。

 

 

「大野君。セオドライトの仔はどう思うかね」

 

 

「何とも言えませんね。脚の外向もこの程度なら走った馬などいくらでもいます。外見も貧乏くさい感じはありますが、それはあくまで人間の主観でしかありませんから。実際彼の健康状態は全く問題ありません」

 

 

「確かにそうなのだが、売り主としてはちょっと困るんだよねえ」

 

 

「種付け料も高くはありませんでしたし、そこまで高く売れる必要はありませんよ。そもそもあなたのロマンを追求した配合なんですから、自信をもってください」

 

 

「そうだなあ。俺たちが諦めたらおしまいだものな」

 

 

「その通りです社長」

 

 

そういって大野と呼ばれた男は従業員棟に戻っていった。

 

 

「彼の目にはボーがどのように映っていたのかねえ……」

 

 

 

自室に戻った大野は、セオドライト2002のデータをチェックしながら先ほどの追い運動を受ける仔馬のことを頭に思い浮かべる。

 

 

「セオドライトの2002。本当によくわからないな」

 

 

大野は、配合の理論や競走馬の最新の情勢などの情報を収集して分析することを本業にしており、島本牧場の参謀とも呼ばれていた。あと税理士の資格も持っているので、税務関係の仕事も行っている。

種付け料が安い種牡馬をどのような血統の牝馬にかけ合わせれば、走る馬が誕生するのか。地方のダートで走る馬はどのような性質を持っているのかなどを事細かく分析して、牧場の競走馬の生産に役立たせているのである。

 

 

「社長の好きなサクラチヨノオーの牝馬も安く手に入れることが出来ましたし、ヤマニンゼファーの種付け料もそこまで高いものではない。社長のロマンが意外と安く済ませることが出来たのは幸いでした」

 

 

これがサンデーサイレンスのような種牡馬ではなくて本当に良かったと思っていた。大野は、自由に血統の研究などをやらせてもらっている以上、社長には恩があると感じている。なので彼の要望には最大限配慮することにしている。

たまにシンザンの血統が欲しいなどと言って困らせることがあるが、その時にはしっかりと止めている。

 

 

「それに全くの零細血統というわけでもないですしね。まあ、期待値は低いですが」

 

 

父方の血統も母方の血統も、日本競馬はおろか世界の競馬の主流とはいいがたい。しかし決してダメな血統というわけでもなかった。

父のようなスピードに優れた快速馬になることを一同は願っていた。

 

 

「今のところは、穏やかで馬嫌いな性格の仔馬でしかない。ただ、あの仔馬は何か特別なものがある」

 

 

それなりに馬を見続けてきた彼の直感があの馬にはスペシャルな何かがあるのではないかと告げていたのである。

おおよそ、このような直感は外れることが多いのだが……

 

 

「私の馬を見る目が試されますね……」

 

 

こうして、ボーと呼ばれる人間の魂をインストールしたある意味特別な馬に注目する人間が増えたのである。

 

 

 

冬になり雪が本格的に積もるまで追い運動を行っていた哲司達牧場スタッフは今年の当歳馬たちは冬を越えることが出来そうだと考えていた。

死産や不受胎もあったが、誕生した馬全員がしっかりとこの時期まで元気に育ってくれているのである。

その中でも取り立てて元気な馬がいた。

 

 

「それがよりにもよってボーなのか」

 

 

相変わらず放牧地で、一人でいることが多いし、集団での追い運動では興味がなさそうに最後尾をちんたらと走っている。

しかし、哲司が1頭だけの時に馬に乗って追いかけると、ものすごいスピードで逃げ始めるのである。

 

 

(もしかして、ボーって意外と才能がある?)

 

 

ボーの世話を担当している哲也と、定期的に様子を確認に来る父の哲司と母のゆう、秋あたりから遠くから双眼鏡で眺めている大野の4人が彼の走りを見続けた上での感想であった。

 

 

「哲也君、ちょっといいかな」

 

 

ボーを馬房に戻し、従業員の建物に戻る途中、大野に哲也は話しかけられた。

 

 

「何でしょうか大野さん」

 

 

「セオドライトの2002だけど、多分あれはいいところまで行くからいろいろと準備しておいた方がいいよ」

 

 

「それって……」

 

 

哲也の反応も見ることなく大野はどこかに行ってしまった。

 

 

「確かに一人のときはいい感じで走っているけど、集団の時はあんな感じだしなあ……」

 

 

この時の準備しておいた方がいいという言葉の意味を痛感したのは数年後の話である。

 

 

 

 

---------------

 

 

俺は馬である。

最近、馬に乗った人間に追いかけられる。

 

 

「ほらー走ってくれー」

 

 

最初は面倒くさかったのだが、いつも世話をしてもらっている人間がお願いしているから仕方がなく応えてやる。

 

 

【走れ、走れ!!】

 

 

人間に乗られて俺を追いかけてくる馬も意外と楽しそうに追いかけてくる。

 

 

【喰われるぞ~】

 

 

食われるってなんだよと思ったが、馬にも野生の本能があるし、追いかけられるっていうのは敵から逃げる本能を刺激するのかもしれん。

 

ちょっと本気で走ってやるぜ~

 

 

「おいおい!そんな猛スピードで逃げなくても」

 

 

さすがに疲れたので、クールダウンもかねてトコトコ歩いて人間と馬の間を歩く。

 

 

【お前結構速い】

 

 

俺を追いかけていた馬から褒められる。畜生に褒められてもうれしくなんてないんだからね。

 

他の馬に交じって追いかけられることもあったが、自分が畜生の1頭であると思い知らされるので、最後尾でちんたらと走っていた。

 

 

【お前遅い。がんばれ】

 

【遅いやつ。バカ】

 

 

一番先頭のやつはまだいいとして、その後ろのやつ。バカはねーだろバカは。

まあ高尚な私は、そんな低レベルな挑発には乗らないけどね。バーカバーカ。

 

 

そんな毎日を過ごすうちに徐々に我慢できないことがあった。

 

 

【暇だ~!!!】

 

 

「うわ!どうした!どこか痛いのか?」

 

 

おっとすまん。驚かせてしまったみたいだな。人間が俺の脚や体のあちこちを見る。

いやね。暇なのよ。人間の魂がインストールされている以上、人間の娯楽の知識もインストールされているのである。

 

というか今はいつの時代なのだろうか。携帯電話を持っている人がいたから昭和ではないだろうけど。

ただ、面白いことは自分で見つける必要があるし、ちょっといろいろと試してみようかな。

 

 

俺が見つけた趣味その1。

穴掘り。ひたすら地面を掘り続けることである。蹄にダメージが入るのは怖いので、軟らかい土をホリホリして遊ぶ。そしてある程度掘ったら逆に埋める。

趣味その2

低めの木を飛び越える。

意外とこの体はばねがあるようで、放牧地の中にある生垣のような低い木低い柵のようなものを飛び越える。意外と体に当たったりするので、練習が必要であった。

そのため、馬に追われているときもぴょんぴょん跳ねながら走ったりして体のばねを鍛え始めた。

 

趣味その3

夜にちょっと柵の外に出てみる。といっても何がいるのかわからないので、近くをうろうろして探検しているだけであるが。

ただ、人に見つかると怒られるし、多分俺の世話をしている人間も怒られてしまうと思うので、細心の注意を払う。監視カメラもないしね。

 

新しい暇つぶしを覚えた俺は、二度目の冬を迎えようとしていた。

 

 




この悪趣味な遊びが原因で、スタッフたちの気苦労が加速します。
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