10ハロンの暴風   作:永谷河

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第五章 伝説編
馬、癒しの場所へ


2006年度のJRA賞の表彰式が2007年の1月に行われていた。

注目は勿論年度代表馬のテンペストクェークであった。

その選考にはかなりの論争があったものの、選出外となったディープ陣営が

 

「宝塚記念で負けている以上仕方がない。この勝敗が逆だった場合には異議はあるが、現実はそうではない。テンペストクェークが素晴らしい成績を残したことが、彼の年度代表馬の受賞につながった。おめでとうございます」

 

とコメントしており、本人たちが納得しているのであればそこまで騒ぎ立てる必要はないという雰囲気に落ち着いた。

テンペストクェークの成績と受けた評価や栄誉が異次元のものだったと考えれば、初の凱旋門賞馬であるディープインパクトが選出されなかったことは仕方がないと多くの人が思っていた。

 

 

「まあ、99年と違って明確な直接対決の結果がありますからねえ……」

 

 

「年度代表馬に最優秀4歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬の4つを受賞できる日が来るとは……」

 

 

昨年もJRA賞の表彰式には出席したが、今年は年度代表馬という格別な賞を受賞している。そのため、注目度も桁違いに高かった。

ただ、カルティエ賞の表彰などで、すでに彼らの心の許容範囲を超えていたため、徐々に慣れ始めていた。

ただ、こういう場に慣れていないおじさんが一人いた。

高森騎手である。

彼はテンペストクェークの主戦騎手としてだけでなく、特別賞を受賞したので受賞者として参加していた。

 

 

「俺が、JRA賞に……」

 

 

縁のないものだと思っていたので、感無量であった。

 

 

 

 

『今日はJRA賞の表彰式にお邪魔したいと思います!』

『昨年度の日本競馬を彩った馬、そして関係者の方々を表彰する栄誉ある表彰式の模様をお伝えします』

 

 

大きな会場には表彰式のための準備が行われており、すでに見知った騎手や関係者の顔ぶれも集まり始めていた。

会場の中で、一際目立つのが、飾られているトロフィーであった。

 

 

『これが年度代表馬のトロフィーですね。意外と大きい……』

『名前があります。テンペストクェーク、今年の年度代表馬です』

 

 

―2006年度代表馬、テンペストクェーク。

 

初めて海外を制したドバイデューティフリー

宿敵との対決を制した宝塚記念

12馬身差の圧勝劇、インターナショナルステークス

内からの強襲で差し切ったアイリッシュチャンピオンステークス

欧州の一流マイラーを撫で切ったクイーンエリザベスⅡ世ステークス

芝世界最強決定戦、鼻差を制したチャンピオンステークス

王者の圧巻の走り、誰も寄せ付けなかった香港カップ

 

8戦8勝、GⅠ7連勝。欧州年度代表馬。英国王室が認めた現役世界最強のサラブレッド。

まさに圧倒的な成績での受賞だった―

 

 

『そのほかにも昨年度の競馬を彩った馬たちが、各部門を受賞しております』

『そして、今年は特別賞もあります。凱旋門賞を制覇したディープインパクトです。そして12年ぶりに騎手としての受賞が二名おります。海外GⅠ6勝、年間GⅠ7勝の高森康明騎手です。もう一人は、年間GⅠ6勝、そして日本人騎手として初めて凱旋門賞を制した……騎手です』

『騎手が特別賞を受賞するのは94年以来ということで、特別なことですね』

 

 

馬だけでなく、騎手や調教師などの関係者の表彰も行われる。ディープの主戦騎手が騎手大賞(最多勝利騎手・最高勝率騎手・最多賞金獲得騎手)を受賞しており、騎手として最高の栄誉を受賞していた。

騎手や調教師たちのインタビューも同時に行われていた。

見慣れたメンツの中に、高森騎手と藤山調教師がいた。2年前まではこの場にいることは考えられなかった二人であった。

 

 

『特別賞、二人目は高森康明騎手です。海外GⅠ6勝を含めた年間GⅠ7勝。偉大な功績を讃えての受賞です。おめでとうございます』

『ありがとうございます。テンペストのお陰でこの場に立つことが出来ました。先生やオーナー、多くの関係者の方々の支援があってのことだと思います。本当にありがとうございました』

 

48歳のベテラン騎手の晴れ舞台に、彼の苦労を知っている関係者から惜しみない拍手が送られた。

 

 

そして最後は年度代表馬の受賞であった。

 

 

『2006年、年度代表馬はテンペストクェークです』

『藤山調教師、おめでとうございます』

『ありがとうございます。このような歴史に名を残す名馬と共に戦うことが出来て、感無量でございます。今年もテンペストは走りますので、応援の方をよろしくお願いします』

 

 

かくして、厳かな表彰式は終了した。

 

 

 

『西崎オーナー、年度代表馬の受賞おめでとうございます』

『え?あ、テレビですか?ええ、ありがとうございます。先生や高森騎手、それにいろいろな人達のお陰ですよ。私は皆さんを信用していただけですので』

 

『テンペストクェークの初戦についてですが、高松宮記念との話がありますが……』

『そうですね、そのあたりは先生と話し合って決めたいと思います。ただ安田記念に焦点を当てていくことは間違いないですね。これからも応援の方をお願いします』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

どうやら年を越したようだ。俺が今いる場所でも新年の祝いをしていた。

 

今、俺は去年の今頃に過ごしていた施設で身体を休めている。

とはいっても適度な運動はさせてもらっているけど。体のキレは維持しておきたい。

 

去年は本当に大変な一年だった。

日本で走った回数より海外で走った回数の方が多いくらいだから。

全部勝つことが出来たのは、俺の頑張りがあったからだと思う。

いや、別に調子に乗っているわけではないよ。ちょっとぐらい自画自賛してもいいじゃん。

まあ、自分も含めて、騎手君やおっちゃん、兄ちゃん、いろんな人が頑張ったからここまで強くなれたことは紛れもない事実だな。

 

 

【ぬ~ん】

 

 

そんな俺はいつも通りこの施設で俺の世話をしてくれる人からマッサージを受けている。

うん55点。

 

 

「気性がいいって聞いていたけど本当なんだな」

 

 

俺はいつものように運動に行く。

他の馬も多くいるが、特に俺に喧嘩を売ってくるような馬はいない。

まあ俺から喧嘩を売ることもしないし、威圧することもしない。

 

 

【ほらほら、走れ走れ~】

 

 

俺が後ろから追いかける。

そうすると前にいる馬がみんな走り始める。

もっと速くなるんやで。俺たちはここでしか生きられないんだから。

 

 

「テンペストがいると他の馬が真面目になってくれるのでありがたいですね」

 

 

「気性が荒い馬もテンペストの前だとちょっとヤンチャになるくらいなので、万が一のケガとかも防止できるので助かっています。本来であれば我々人間の仕事なんですけどね」

 

 

「馬には馬の社会があるからなあ。絶対王者には逆らえない雰囲気があるのかな?テンペストは序列争いにはそこまで関心がないようですが……」

 

 

【さて、俺も行くか!頼むぞ】

 

 

「おっと、テンペストが走りたがっているな。あくまで調整だからあまり本気で走るなよ~」

 

 

俺はまだまだ負けられない。

もっと強い奴がいるかもしれない。

だから頑張らないとな。

 

 

しばらくここで過ごしていると、俺はトラックに乗せられて別の場所に来ていた。もうトレーニング場に戻るのかと思ったが、初めて訪れる場所であった。

 

 

【ここはどこだ?】

 

 

トレーニング場でもなければ牧場でもないな。それにレース場でもない。俺に一体何を……

もしや、俺を解剖するつもりか!

ここは研究所か!

ちょっと最近調子に乗り過ぎていたからついに俺が馬っぽい生き物であることがバレたか。

 

 

【解剖は嫌だ……】

 

 

「テンペストのテンションが下がっていますね……疲れたのかな?」

 

 

しかし、周りを見渡してみても白衣の人間はいないし、みな俺に友好的だ。

研究所でないならここはどこなんだ?

俺も暇ではない。次への戦いのためにしっかりと休まなければならないのに。

不満が少々残るが大人しく従っておこう……

 

 

「ごめんな~でもこれからいい気分にさせてやるからなあ~」

 

 

全く、メロンでももらわなきゃ怒っちゃうぞ!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「テンペストクェークですが、福島のリハビリテーションに行くことになった」

 

 

「故障ですか!放牧先で何か?」

 

 

藤山調教師からの発表に、スタッフ一同が騒然となる。厩舎どころか日本の宝のような馬が故障した馬が行く施設に行くと言われたからである。

 

 

「いやいや、そうじゃないですよ。リフレッシュと疲労回復のためです。昨年頑張ったからご褒美も兼ねています。何とかスケジュールをねじ込むことが出来たよ」

 

 

「それはよかったです……テンペストは、温泉はどうなんですかね」

 

 

「馬は基本的に温泉が好きだし、多分気に入ってくれるんじゃないかな」

 

 

こうして、テンペストクェークは福島県いわきにある競走馬のリハビリテーション施設に行くことが決まった。

 

 

 

 

『今日はこちら、福島県いわき市にある、競走馬リハビリテーションセンターにきております。ここでは、けがをした競走馬たちが温泉療法を用いてレースに復帰できるようにリハビリを行っています』

『そして、なんと今日は、あの競走馬も来ているようで、その姿を特別に見せていただけるとのことです』

 

 

動物の特集番組で、競走馬の特集番組が組まれていた。その中で、温泉に入る馬という映像を撮りたいと考えた番組は特別な許可を得て、いわき市のリハビリテーション施設に取材を行っていた。

 

 

『なんと今日は、昨年度の年度代表馬のテンペストクェークが来ているとのことです』

 

 

番組としては本当に偶然だったらしく、何とか現役最強馬の様子を見れないかと考えていた。

 

 

「テンペストクェーク号ですか?それなら今プールでの運動が終わったので、これから温浴場の方に向かいますよ」

 

 

そしてプール調教を終えた一頭の鹿毛のサラブレッドがゆっくりと歩いてくる姿をカメラが映した。

 

 

「テンペストクェーク号はプールが苦手なので、終わった後はちょっと不機嫌なんですよね。お~今からいいところに連れて行ってあげるから」

 

 

軽く嘶くと、大人しくスタッフに連れられて温浴場に向かっていった。

そして、顔に温泉マークがついたメンコを付けられ、近くの源泉のお湯が溜まった浴場に四肢を入れて、背中からお湯がかけられていた。

 

 

『いわき温泉の源泉を利用した浴場で、競走馬の疲労回復に効果的であると言われています。そしてメンコには温泉のマークが付けられており、とても可愛らしいですね』

 

 

気持ちいいのか、耳はリラックスモードになっており、前脚で水を掻いて遊んだりしていた。

 

 

しばらくのんびりと過ごしていたテンペストであったが、そろそろ外に出る時間が近づいていた。

 

 

「ほら、そろそろ出るよ」

 

 

【いやじゃ】

 

 

「あまり長い時間入れさせるのはよくないんですけどねえ……」

 

 

指定の時間が経過して、スタッフがテンペストクェークを浴場から外に出そうとしても、ヤダヤダと首を振って、外に出ようとしなかった。

 

 

「ああ~やっぱりこうなったか……」

 

 

『あれからしばらく経ちましたが、テンペストクェーク号は梃子でも動かないようです……』

 

 

「しょうがない、あれで釣るか。おーい、アレ持ってきてくれ~」

 

 

スタッフの一人が指示を出してしばらくすると、別のスタッフが何かを持ってきていた。

それはメロンであった。

 

 

「ほ~ら、テンペスト。お前の好物のメロンだぞ~」

 

 

今までぬぼーっとした顔で温泉を楽しみ、全く外に出ようとしないテンペストが、「それを早く言え!」と言わんばかりに、スッっと浴場からでて、メロンを持ったスタッフに近づこうとしていた。

 

 

「待て待て、まずは身体を拭いてからだよ」

 

 

『え~好物のメロンにつられて、何とか浴場から出たテンペストクェークでした。なかなか想像できない可愛らしい一面を見ることが出来ましたね』

 

 

「まあ可愛い馬ですよ。今日初めて浴場に入ったんですけど、これから出すときに苦労しそうです……」

 

 

『このように、現役最強の競走馬も骨抜きにしてしまう、温泉がここにはありました』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺はいまとても気分がいい。

そう、今自分がいる施設は、俺たち馬のための温泉だったのだ。

まあ、他にもプールとかいろいろあるけど。

 

 

【お前、大丈夫か?】

 

 

【うん、ちょっと痛い】

 

 

俺の隣にいる馬もそうだが、ここにはケガをした馬がたくさんいる。

多分温泉もケガの回復に効果的だからあるのだろう。

 

 

【頑張れ】

 

 

【ありがとう】

 

 

ケガか……

俺はそういうのには縁がない。これはいつも俺の身体をチェックしてくれるみんなのお陰だ。あと頑丈な体に生んでくれた母親のお陰だな。育児放棄したけど。

 

それにしても、この水中で歩く機械。

中々の性能だな。これなら確かに脚への負担もそこまで大きくない。ケガをした馬のリハビリにはもってこいのトレーニングマシンだ。

 

俺はもっと進化しなければならない。

停滞は敗北に繋がる。

ただ、俺ができないことって長い距離を走ることくらいだからなあ……

 

まだ冬の寒さは厳しい。

次のレースはいつになるのだろうか。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

厳しい冬の寒さが襲う1月下旬。

栗東トレーニングセンターではいつものように多くの馬がトレーニングを積んでいた。

 

 

『テンペストクェーク 次走は高松宮記念へ』

 

 

「今度はスプリント戦か……節操がねえな」

 

 

数多くのGⅠ馬を輩出している名調教師が率いる厩舎である。

そのボスである調教師は、新聞を読みながら渋い顔をしていた。

この厩舎には、テンペストクェークの出走予定と同じ高松宮記念を目標にしている馬がいた。

 

 

「重賞競走レベルになると、なかなか勝ちきれないな……末脚のキレもあるから、間違いなく能力はあると思うのだがな……」

 

 

その馬は、重賞を勝利することが出来ていなかった。しかし、掲示板には必ず入る安定的な実力を有している馬である。

 

 

「まずは目の前の競馬からだな……」

 

 

彼の目の前には調教を受ける一頭の栗毛の馬がいた。

 

スズカフェニックス

 

不死鳥の名を付けられた善戦続きの競走馬は、覚醒のときを迎えようとしていた。

 

 

 

 

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