10ハロンの暴風   作:永谷河

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馬、育成牧場へ

2003年も夏になり、島本牧場がある北海道も夏の暑さに見舞われていた。

夏になると、馬主や調教師が牧場を訪れて、将来有望な馬を買いに来ることも多くなっていた。セリも行われるため、多くの幼駒たちの引取り先が決まっていくシーズンでもあった。

島本牧場でも、地方競馬の馬主たち相手に2002年に誕生した幼駒たちが売られていったようである。

 

 

「ボーが結構いい値段で売れてくれてよかった。馬主の方も本業はしっかりしているようだし、ひとまず安心だな」

 

 

「それにしても即決でしたね。数百万の買い物をその場で決めるとは……」

 

 

名馬を所有している馬主でも、事前に牧場や調教師などと綿密に打ち合わせを行ったりして購入したりすることが多い。

 

 

「そろそろボーもここからいなくなるのかあ……」

 

 

「そう考えると寂しいものだな」

 

 

1歳の秋になると、島本牧場の馬は、育成牧場へと旅立つ。ここで競走馬になるための本格的な訓練を受けるのである。大手の牧場では、育成牧場も兼業しているようなところもあるが、残念ながら島本牧場にはそのような設備も人材もいない。

例年、牧場生まれの馬を預かってくれるなじみのところに入ることが決定している。

 

 

「ここよりも馬が多い場所で大丈夫なのかな」

 

 

こうして島本牧場にいる最後の時を過ごしていったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

最近、俺の世話をしてくれる人間のテンションが低いように見受けられる。

どうした。彼女にでもフラれたのか?

ここでは彼には世話になっている。少しぐらいは俺をかわいがる権利をやってもいいと思っていたのだが……

そんなことを思って日々を過ごしていた。

 

 

「ボー。今日でお前はここから出ていくことになる。色々と大変だったけど、あっちに行ってもがんばれよ」

 

 

「いいか~向こうの人たちに迷惑はかけんでくれよ~」

 

 

俺の世話をしていた彼を含めた多くの人間たちが俺に声をかけてきた。

何を言っているのかわからないが、悲しい気持ち?を感じる。俺はどうなってしまうんだ?

 

しばらくすると、俺は牧場の外に連れられて行き、目の前のトラックに乗せられようとしていた。

 

 

【なんだなんだ!】

 

 

「お~怖くないぞ~」

 

 

見知らぬ人が俺をトラックに入れようとするので、少し驚いた。

まあ、トラックに入れというなら入るが……

 

 

「すんなり入りましたね」

 

 

「まあ気性自体は真面目で穏やかなので。多分大丈夫だと思います」

 

 

もしかしたら俺は別のところに行くのかもしれん。そしてこれがここの人間たちと最後の別れかもしれん。

 

 

【いろいろと世話になったな】

 

 

小学校の卒業式みたいなものか。次の場所はどんなところか気になるところである。

もしかしたらもう競馬場を走るのかもしれん。

いろいろと覚悟をしておいた方がいいかもしれんなあ……

 

 

 

と思っていた時期も俺にはありました。

あたり一面に馬、馬、馬である。これぞ群馬。

トラックに揺られてついた先には、俺がいた牧場よりも大きい牧場であった。

しかし、馬の数が桁違いに多い。100頭以上はいるんじゃねえか

そしてそれだけ多く馬がいるということは……

 

 

【こっちこいよ!】

 

【つかれた】

 

【お前嫌い!】

 

 

俺にちょっかいをかける奴が増えるということである。

何度も言うが、俺は馬であり人である。馬のコミュニティーに入るなんて死んでもごめんだ。これはプライドの問題である。

なのでここでも徹底的に無視することに決めたのである。たまにうるさいから睨んだりするけど。というか睨まれたくらいで何も言えなくなって逃げてしまうって軟弱すぎだろ……

 

ここに到着してしばらくは、牧場と同じように過ごしていた。

しかしある日、俺は人間にいろんなものを付けられるようになったのである。

人が乗るために必要な鞍を背中につけられた。

口になんかよくわからんものを入れられた。なんか変な気分だ。

 

 

「普通は嫌がるもんなんですけど」

 

 

「鞍もハミも問題ありませんでした。やっぱり賢いですし、気性もいいですね」

 

 

「馬嫌いな点を除けば今のところ順調だな」

 

 

どうやら俺はすこぶる優秀なようである。首の下あたりを撫でられるのは気分がいい。もっと撫でたまえ。

実際、他の馬は嫌がって悲鳴を上げたり、人間を蹴ったり噛みつこうとしたりしている奴もいるようだ。嘶きが聞こえることがある。

やはり俺は天才のようだ。

というの半分冗談で、これくらいなら我慢できるのである。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「島本さん、今日はお越しいただきありがとうございます」

 

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

 

島本哲司は、ボーが入厩している育成牧場の担当者に呼ばれて来たのであった。

 

 

「それでボーのことで何かあったのでしょうか。それとも他のうちの馬が?」

 

 

「セオドライトの2002のことです」

 

 

なんとなく予想はしていた哲司であった。

 

 

「何かうちの馬が粗相でも……」

 

 

「うーん、なんというかちょっと変わった馬だなと思いまして。あと、脱走癖は牧場のころからあったのですか?」

 

 

「脱走癖?って脱走?」

 

 

「たまに夜間放牧中に放牧地から外に出ているようで、この間何とか現場を取り押さえて、馬に注意はしたのですが……」

 

 

「……目を離した隙にやっていたのかもしれません」

 

 

「うちは警備や監視がしっかりしてますからね。多分島本さんのところと同じ感覚でいたのだと思います。穴は掘るし柵は越えるわ…」

 

 

「大変申し訳ない……」

 

 

「ただ、暴れまわったり、我々の言うことを聞かないというわけではないので、そのあたりは確かに真面目な馬だと思います。注意した後は脱走を図っていないので、今のところは大丈夫ですが」

 

 

「それで今日はこのことを……」

 

 

「いえ、彼の能力についてです。まだ本格的な訓練は行っていませんが、馬具の着脱も苦にしませんし、おそらくこのままいけば、競走馬としてデビューすることはできると思います」

 

 

実際に、気性が荒すぎて、人間が乗ることすらままならない馬もいたりするため、馴致訓練というのはかなり重要である。

 

 

「それはよかったです」

 

 

「ただ、馬体の仕上がりが少し遅いように見受けられます。このため、あまり早い時期でのデビューは難しいかもしれません。この辺りは来年の春の出来次第ではありますが」

 

 

「仕上がりが遅い、ですか。そういえばヤマニンゼファーもデビューが遅かったですね」

 

 

ヤマニンゼファーは、骨膜炎などが理由で、調教があまり行えなかったため、デビューが4歳3月と遅い時期であった。

 

 

「そういう意味では父親に似たのかもしれません。ただ、体質は良好なのでしっかりと調教は積めると思います」

 

 

「そうですか。ゼファーが好きだった私にとっては、父に似た馬になりそうというだけでも、彼を送り出すことが出来てよかったと思います」

 

 

「私も驚きました。少し前まではゼファーの産駒はそれなりにいたのですが、最近はめっきり減りましたから」

 

 

ヤマニンゼファーの産駒は90年代にはそれなりに中央地方を走っていた。しかし、産駒成績が良くなかったこともあり、2000年代に入ると徐々に数を減らしていっている状況である。

 

 

「ところでこの話は西崎オーナーには?」

 

 

「伝えております。『自分は馬に関しては素人なので、専門家に任せます。それにしても面白い馬だ。買ってよかった』と仰っていました」

 

 

「相変わらず豪気な人です……」

 

 

こうして彼の育成牧場時代は過ぎていったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である(2回目)。

北海道?の厳しい冬が過ぎ、俺は走っていた。ひたすら走っていた。

 

今日も坂のある道を走り、一汗かいてきたところである。

 

 

「あの馬ヤバいです」

 

 

「そんなにか?」

 

 

「手がかかりません。調教をしたら一回で覚えてくれます。それに他の馬が嫌いだから、馬群が苦手かと思いましたが、そんなこともありませんでした。」

 

 

どうやら俺をほめたたえているようだ。

自画自賛になるが、俺より速い馬はここにはいない。

全員ぶちのめした。

 

 

「オンオフがはっきりしているといえばいいんですかね。普段は他馬を寄せ付けないほどなんですが、調教の時は近くに馬がいても気にしたそぶりも見せませんし、馬体同士がぶつかっても何も反応せず、黙々と走ってくれます」

 

 

ここでは、俺が速くなるために必要なことをいろいろとやってくれている。

俺のようなスペシャルがその辺の馬に負けるわけにはいかないんだよ。

それに俺に期待してくれている人もいるようだし、お世話をしてもらった分の恩を返すのも人間として当然のことだと思う。これはただの馬にはできないことだ。

 

 

「それに、体調が悪い時なんかは調教を拒否したり、わざと力を抜いたりしていますし、自己管理もできています。ちょっと信じられないです」

 

 

「機嫌が悪いときでも人間や物を蹴ったりしませんし、そもそもあまり怒ることもないです。そういう意味では穏やかな性格ともいえます」

 

 

それはそうと、俺ってどうやら他の馬よりちょっと体が大きいらしい。そんな体をこんな細い脚で支えているんですよ。無理は禁物でしょ。他の馬は無理して走って体調を崩しているのもいたし、自己管理は人間ならできて当然よね。

 

 

「最近は脱走癖も穴掘り癖もなくなってきていますし、どんどん成長していくと思います。まあ、馬嫌いは治っていませんが……」

 

 

ここに来てから結構忙しい。

走ってご飯を食べて寝て、それでケアをしてもらって。

いろんな意味で充実している。

 

 

「まだまだ成長していくと思いますし、もっと期待してもいいかもしれないです」

 

 

俺にかなう馬なんていないんじゃね?

待ってろ、日本ダービー(←さすがにダービーは知っていたらしい)。

 

 

「ただ、体格的に長い距離はちょっと無理かもしれないですね……」

 

 

こうして彼は順当に調子に乗っていたのである。

同期に日本競馬の歴史を塗り替えるほどの怪物がいるとは知らずに。

 




気性:真面目で穏やか(人間に対しては)

Qなんで穴を掘るの?
Aストレス発散
Qどうやって脱走を?
A穴を掘ると柵の間に隙間できるやろ?それをこうしてこうじゃ
(穴は塞がれました)

ま、まじめ?
馬基準ならまじめです!
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