10ハロンの暴風   作:永谷河

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テンペストの休日

気温も上がってきたこの生まれ故郷のこの大地。

俺は広い広いこの大地で十分な休養をとっていた。

俺のためにこんなに広い場所を開放してくれるなんてありがたや、ありがたや

だけど一つ問題点がある。

 

 

【ぶち殺すぞ】

 

 

【も~怖いなあ……】

 

 

俺の隣の場所でいつも苛ついている年下の雌馬が煩いのである。

やれ「殺す」だの、「ぶちのめす」だの恐ろしい言葉を吐き捨ておって。

 

 

【あいつら嫌い。お前も嫌い】

 

 

ふむ、どうやら彼女は人間が嫌いなようだ。

まあ、確かに人間を乗せて走るのは重いので嫌という馬も多い。それに鞭を入れられるのも嫌な馬もいる。後、単純に他者から命令されるのも嫌というプライドの高い奴もいる。

こいつは他人から命令されるのが死ぬほど嫌いな馬だ。

そりゃあ上に乗って命令する騎手やあれこれ命令するおっちゃんたち人間のことが嫌いになるのもわかる。

だが、人間と共に生きるのが俺たちの宿命だ。

俺たちは人間に作られた生物のようなものだからな。だから、彼らを拒絶することは死ぬことと同義でもある。

基本的に人間に従いつつ、自分の要求を通していくのが大人の対応ってものだよ。

え、俺の若いころ?その話をするな。ぶっ飛ばすぞ。

 

あとこいつ、かなり強い。

筋肉の付き方、体幹、威圧感。どれも一級品のモノを持っている気がする。

少なくとも俺が戦ったライバルたちと同様の才能を感じるのだ。

プライドがクソ高いのも、身体が大きくて、自分が強い馬であることを知っているからだろうな。

……なんでこいつ雌なの?

 

あと、よくわからないが、こいつは他人のような気がしない。何か縁を感じてしまう。気のせいだろうけど。

正直この馬に対していろいろ矯正する義理もないが、将来有望で何か縁を感じるこいつには少しだけまともになってもらおうかな。

それに、ここで俺を育ててくれた人間も手を焼いているみたいだし、少しお礼も兼ねてね。

 

ただ、どうするかねえ……

下手に脅しても意味がないし。

よし、対プライド高い馬対策で行くぞ

 

 

【弱い奴やなあ~】

 

 

俺はありったけの笑みで奴を笑う。

反応してくれればいいが……

 

 

【うっさい!】

 

 

【弱い奴ほどよく吠える】

 

 

【なんだと!殺すぞ!】

 

 

どうやらこっちに食いついたようだ。

プライドが高い奴は煽るのに限る。

というか目が血走っていて怖!

 

 

【なら、俺と勝負しろ】

 

 

俺は柵をジャンプして飛び越え、隣の馬がいる場所に入り込む。

これぐらいの高さの柵なら俺は簡単に越えられる。人間を心配させたくないから今まで秘密にしていたけど。

 

 

【て、てめえ!】

 

 

【よお、待たせたな】

 

 

ふむ、ノリで柵を越えたが、これ後で滅茶苦茶怒られる奴だな。

まあいい。

さあ、俺と戯れようぞ。

俺は全力で走り始める。ついてこれるかな。

 

 

【ぶっ殺す】

 

 

【や~い、ってクソ速い!】

 

 

こいつクッソ速い。マジかよ。

やばいやばい。

 

 

【うおおおおおお】

 

 

【マテコラコロス】

 

 

俺と奴はひたすらに走り回った。

トレーニングやレースとは関係なくここまで走り回ったのは久しぶりだな。

まあまあ疲れたな。

さすがにスピードもスタミナは俺の方が上のようだが。

 

 

【……コロス】

 

 

【俺に勝てたらな】

 

 

【クソ……】

 

 

【なら強くなれ】

 

 

【うるさい。お前嫌い】

 

 

【嫌いで結構。これから鍛えぬいてやる】

 

 

【……ヤダ】

 

 

ははは、多分また挑発したら乗ってくるだろうな。

さ~て、俺は元の場所に戻るかな……

 

 

「テンペストく~ん。ちょっといいかな?」

 

 

あ~、一杯人間が集まっている。

皆滅茶苦茶怖い顔をしている。

 

 

【ごめんね……】

 

 

「媚びた顔しても無駄ですよ。君、賢いからね」

 

 

だめだ、全然効かない。

信じられないぐらい怒られた。

なんか馬に対する態度じゃなくない?最近……

 

 

ただ、この後、ちゃんとした場所で奴と走らせてくれる機会があった。なんと騎手君まで駆けつけてくれたのである。

当然勝った。

まだまだ若い。だが、いろいろな課題を解決したら、相当な強さの馬になりそうだな。

ただの傲慢なプライドは必要ない。

 

プライドを闘争心に変えればいいだけの話だ。

 

 

......奴の上に乗っていた騎手はとても大変そうだったな。

ふむ、これから苦労しそうな顔をしている。

彼に幸あれ!

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

島本牧場の厩舎内で3人の男たちが話し合っていた。

 

 

「獣医にも確認してもらいましたが、テンペストクェークとヤマニンシュトルムには何も問題はありませんでした」

 

 

大野が島本親子に「テンペストクェーク、妹と競走する事件」に関係する報告を行う。

牡馬と牝馬が同じ時間を過ごしてしまったということで、検査等を行ったが特に問題はなかった。

また、2頭とも走り回っていたので、脚部のチェックもしたが、これも全く問題なかった。

 

テンペストの方は、結構な高さの柵を簡単に越えていたようで、今まで大人しかったのは何だったんだと全員で驚いていた。

 

テンペストは「ごめんなさい」といった感じでスタッフに顔をスリスリと寄せて謝っていたようだが、今回はしっかりと叱ったようである。

テンペストがこういった行動をするときは大体人間に媚を売っているときだから、反省はしていない場合が多いと、藤山調教師一同から通達されていたため、容赦なく叱ったのである。

馬は怒られるとやる気をなくしてしまうことも多いので、あまり強く叱ることはないのだが、テンペストにそういう配慮は必要ない。なんだかやんちゃ坊主を叱っているような感覚だったという。

 

 

「あれ以来、ヤマニンシュトルムの方が、テンペストクェークに会わせろと煩いのですよね」

 

 

ヤマニンシュトルムの世話をしている哲也は嘆く。

容赦なく蹴られ、噛みつかれるとのことであるため、かなり気を付けていた。

 

 

「発情しているわけではないようです。どうやら彼にあおられまくった挙句、一度も勝てなかったことが悔しいみたいで、相当頭に来ているみたいです」

 

 

「どうすっかな……さすがに一緒に放牧するわけにはいかないし……」

 

 

場長の哲司も悩んでいた。

テンペストは勿論であるが、シュトルムの方も、GⅠをいくつも勝てる可能性のある素質馬である。ケガなどされては困るのである。

今回の事件は割と笑えない問題であった。

 

 

「仕方がない。先生方に相談するかな……」

 

 

「それがいいでしょう」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「それで俺が呼ばれたと」

 

 

「申し訳ありません。ただ、ちゃんと走らせるなら高森騎手に頼んだ方がいいと思いまして」

 

 

俺は、今日は完全オフの日だ。

ただ、テンペストと彼の妹のヤマニンシュトルムが併走するため、騎手として騎乗してほしいという依頼を聞いて、北海道まで飛んできたのである。

傍らにはヤマニンシュトルムの主戦を務めている若い騎手もいる。

あ、噛まれた。痛そうだなあ……

彼は笑っているけど。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

「いや~きついです。でもなかなか可愛いところもありますよ。意外とかまってちゃんかもしれませんね?」

 

 

そういってシュトルムの顔を撫でる。

いや、絶対「コロス」みたいな目をしているよ、その馬。

あ、また噛みついた。容赦ねえな。

というか蹴りつけようと狙っているように見える。

厩舎スタッフを病院送りにしたのは本当らしいな。

 

 

「テンペストクェークの全妹ということで大人しい馬かと思ったんですけどね……実際は凄まじい気性の持ち主でした。ただ、本当に素質はあります。テンペストから何か学んでくれればいいのですが」

 

 

「テンペストも気性が激しい馬の扱いは上手いですからね。2頭で何か話し込んでいるようですね」

 

 

「生まれ故郷に来たおかげか少し落ち着いているようですね」

 

 

「……あれで?」

 

 

「いつもはもっと酷いですよ。少しでも彼女の間合いにいたら容赦なく蹴りが飛んでいますからね。絶対に馬房に彼女がいるときに中には入らせませんし、調教のときは関係者以外は絶対に近づけません」

 

 

マッサージ機械などを使おうにも、下手に脚に近づけば攻撃されるため使うことが出来ないとのことである。

 

 

「気性が荒い馬はたくさん見てきましたが、彼女ほどの馬は滅多にいませんね。レースそのものは拒否しないのだけが救いです。そうでなかったらデビューすらできませんでしたからね」

 

 

向こう側ではお互いの先生たちが話し込んでいる。

そしてテンペストとシュトルムは嘶きあっている。どうもテンペストが煽っているようにも見える。テンペストと2年以上付き合っているが、彼はあえて他馬を煽ることがある。

それをコミュニケーションのツールとして使っているようだ。

本当に頭がいい。馬というより人間に近い。

いや、馬なんだけどさ。

 

 

「30年近く騎手をしているけど、こんな経験は初めてだよ」

 

 

俺たちは今、育成牧場に来ている。

トレセンにあるような規模のモノではないが、ちゃんとした坂路コースやウッドチップコースもある。

そこを島本牧場や西崎オーナーが自腹で借りたようである。

そしてわざわざ騎手と調教師を呼んだのもいろいろな事情があるためらしい。

 

 

「シュトルムはバカではありませんよ。自分の名前や私たち人間の顔も覚えていますし。ただ、本当にプライドが高いので、命令されるのが死ぬほど嫌いなようです。おそらくレースで負けることよりも。ケガをした厩務員は全員、シュトルムに何らかの行為を命令したときにやられたそうです。それはそうと日常生活でも何かしらにイラついているようですが。かなり神経質な性格ともいえますね。困ったお嬢様ですよ」

 

 

お嬢様って……

俺の知っているお嬢様はそんな血走った目で騎手や調教師を睨まないのだが……

 

 

「それって騎手が一番大変なのでは……?」

 

 

まだ若いのに癖馬に乗ることになったのか……

いや、デュランダルやスイープトウショウを乗りこなしているのだから、彼にとってはお手馬なのか?

 

 

「調教は気が向いたときにしかやってくれませんし、レースには何とか出てくれるといった感じです。賢いので、レースやトレーニングをさぼりすぎると御飯がもらえないことは理解しているみたいですが。本当に嫌そうな顔していますが……」

 

 

「なんというか本当に気難しい馬ですね。テンペストでよかった……」

 

 

「高森さんがうらやましいです……でも自分にとっては可愛い馬ですよ」

 

 

凄いなあ……

俺も若い時はこんなバイタリティーがあったかねえ……

 

 

ウォーミングアップや今日の進行について全員で確認を行い、実際に走ることになった。

 

 

「シュトルムが前を走って、テンペストが抜くのか。まあよくある形式だな」

 

 

若い馬を追わせることが多いが、テンペストは追い抜く方が得意だからな。シュトルムの方が逃げ先行が得意だし。

俺は騎乗しながらテンペストの状態をチェックする。

歩行もいいな。

休養をしていたと聞くが、身体のキレはそこまで鈍っていない。レース前に比べたら力不足だが、十分だ。相手も同じような感じだしな。というかお互いに鈍っていたらこんなことはさせない筈だ。

 

 

「無理しない程度に頑張ろうな」

 

 

テンペストはわかったと言わんばかりに嘶いて首を上げ下げする。

 

 

「行くぞ!」

 

 

少し離れたところから俺たちが追い始める。

GⅠ12勝馬とGⅠで掲示板を一度も外したことがない馬同士の併せ馬か。

 

そこまで速度は出させない。ケガ防止のためでもある。

ただ、やはり古馬として、そして世界最強の競走馬だけあって、ほとんど全力で走っていないのに、簡単に前を行くシュトルムを追い抜かした。

 

向こうも本気の全力では走らせようとはしていない。

それでも結構な強度で走っているようだ。フルパワーで走らせすぎないように制御したのか騎手の方が疲れ切っていた。

……お疲れ様です。

 

テンペストが勝ち誇ったように満面の笑みをシュトルムに向ける。だからそういうのが煽りになるんだって。相手は3歳牝馬だぞ。お前は古馬だ。勝ち誇るんじゃない。

いや、これはワザとだな

息が上がっている彼女は、かなりイラついているように見える。

 

 

「落ち着いたらもう一本しようか」

 

 

同じ条件でもう一回。

しかし結果は変わらない。

悠々とテンペストは走っていた。これが俺の強さだと言わんばかりに。

あ~もしかしてテンペスト、プライドをへし折りにかかっているな。大人げねえ。

というか君も弥生賞まであんな感じだったよ。調教や日常生活では大人しかったし、こっちのいうことは聞いてくれたけど。

 

 

「ああ、騎手を振り落としちゃって……」

 

 

テンペストがあたりに響き渡るような低い嘶きを上げる。

これは待てって感じかな。

美浦で暴れたりしている馬がいるときに使うものだ。人間でも威圧感があって近づけないほどのモノだ。美浦の人間は慣れたものだけど、栗東の人達には衝撃的かもな。

暴れようとしていたシュトルムが大人しくなる。

ただ、じっとテンペストの方を睨みつけて、嘶き返していた。

 

こうして兄妹の喧嘩?は終わった。

まあ、兄貴が強すぎるな。

 

 

「あれ?彼はどこに?」

 

 

さっきまでシュトルムに乗っていた騎手がいなくなっている。調教師たちもだ。

事情を知っていそうな先生に聞く。

 

 

「シュトルムのアフターケアだと。今がチャンスだ、とのことだ」

 

 

「そういえばオーナーの方は大丈夫なんですかね。こんなことしたらプライドごと闘争心まで折りかねませんが……」

 

 

馬によっては負け癖がついてしまったり、やる気を無くしてしまう可能性もあるような併せ馬であった。

 

 

「シュトルムのオーナーは了承しているとのことです。さすがにこれ以上騎手の、人間の指示を聞かないと、いつ事故が起きて、他の馬たちに迷惑をかけるか怖いとのことで、荒療治を許可してくれたようです。テンペストならシュトルムを恐れない上、彼女を叩きのめせる実力を持っていますからね。適任だったわけです」

 

 

相当悔しそうにしていたな。あとはそのプライドの高さが、レースでの負けん気に変わってくれればいいのだけどね。競走で負けることの本当の悔しさを知ったようだし。

本当に煽るのがうまいよなあ。

 

 

「テンペストも最初の頃は尖っていましたし、血統的に何かあるのかなあ……」

 

 

テンペストは弥生賞までは割と天狗だった。それに俺のことを信頼していなかった。

彼は愛嬌がいいので忘れがちだが、結構プライドが高い。最初の方はプライドの高さが仇となって誰も信用していなかった。それでも、ディープに負けて、皐月賞で俺と喧嘩して、それでやっと心を開いてくれた。

まあ、彼は日常生活や調教では大人しく従順だったけどね。

 

 

「多分ある程度は成功したと思いますね。テンペストに威圧された後のあの目。あれはテンペストと同じバイタリティーを感じますよ。あとはどれだけ人間を信用するかですね」

 

 

「彼らも大変だなあ」

 

 

HAHAHA!と笑う俺たち。

願わくば、彼らに祝福のあらんことを。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

その日、ヤマニンシュトルムの主戦騎手は泊まり込みで、島本牧場で荒れる彼女に付き添った。

曰く、「ここまで来ましたので。これぐらいなら付き合いますよ」とのことであった。

彼と彼女との間には、語りきれないほどの出来事があったようである。そのおかげか、島本牧場放牧後は少しだけ指示に従ってくれるようになったとか。

彼女の物語はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

そして、季節は本格的に夏になる。

テンペストクェークは美浦トレセンに戻った後、少しの調整をしてから検疫厩舎に入り、そして米国へと旅立った。

 

 

【また君たちとか……】

 

 

【狭い!嫌い!】

 

 

【狭いなあ……疲れる……】

 

 

テンペストクェークのライバルたちと共に。


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