10ハロンの暴風   作:永谷河

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馬、慣れない

モンマスパーク競馬場

アメリカ合衆国ニュージャージー州にある競馬場で、サラブレッド競走の平地競走のみを開催している。

アメリカ競馬には、日本のJRAのような統括組織が存在しない。北米サラブレッド競馬委員会やジョッキークラブなどは存在しているが、マーケティングや血統の管理等が主な役目であり、競馬全体を統括する組織はない。

競馬は、各州の認可を受けた主催者が独立した組織として開催されている。そのため、競馬場の規模によっては経営危機になっている競馬場もある。

また、日本や欧州のように、大規模なトレーニング施設に入厩して調教を行う方式は採用されておらず、競馬場に併設された厩舎に入厩して調教を行う方式が主である。

この辺りの特徴は日本の地方競馬に似ているところがある。

 

テンペストクェーク以下2頭も、モンマスパーク競馬場に併設されている厩舎に入厩して、調教を積んでいく予定である。

 

 

「なんというか、いい意味でも悪い意味でも注目されていますね」

 

 

長期遠征組の一員としてアメリカへ同行した秋山達はなんとなく居心地が悪かった。

 

 

「新たな新天地に挑戦してくるチャレンジャーとしては好意的にみられていますね。それはそれとしてダート王国を侮るな、舐めるなという意見も多いですが」

 

 

確実に勝つために、3か月近い長期遠征を行い、前哨戦も走らせるというテンペストクェーク陣営の本気をアメリカの競馬関係者は感じ取っていた。だからこそ強く反応しているのであった。

 

 

「さて、テンペストの様子はどうかな」

 

 

競馬場内のダートコースで軽く走っていた。

やはりチラチラとそこはかとない視線を感じながら、テンペストに乗っていた。

 

 

「うーむ、少し走りにくさを感じているのかな?」

 

 

日本や欧州にいたときのようないきなり適応という姿を見せていなかった。

 

 

「日本ダートとやっぱり全然違うな。土だよ、これは」

 

 

「やっぱりいつものような調子の良さは見せていませんね。……いきなり欧州芝を軽やかに走る方が異常だったんですよ」

 

 

「普通はこういう反応なんだよな。テンペストも普通の馬だったということだな。UMAとか言ってごめんな~」

 

 

軽く嘶くと撫でてくる本村や秋山の服を引っ張る。

 

 

「まあ、9月まで1カ月近くはありますから、ゆっくり慣らしていきましょう」

 

 

遠くではダイワメジャーやアドマイヤムーンも軽めの調教を積んでいるのが見えた。

話を聞くと、彼らも少し戸惑っていたが、すぐに慣れ始めたとのことで、調子を徐々に上げてきているようであった。

 

 

「ただ、環境が変わったストレスはそこまで感じていないようですね。いつも3頭で仲良くしているので」

 

 

「アドマイヤムーンが2頭の影響を受けたのか、ちょっと我が強くなったってしまったと嘆いていましたが……」

 

 

「ははっ、ダイワメジャーは当然として、テンペストもヤンチャなところがありますからねえ」

 

 

「そうですねえ。さて、ダートの走り方をしっかり学んでくれよ、テンペスト」

 

 

こういった形で慣れさせる期間があってよかったと痛感したスタッフたちであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

新天地にやってきてしばらく。

俺は新しい場所でトレーニングを受けていた。

 

ここは俺たちが暮らしている場所とレース場が近い。ほとんど併設されているようなものだ。

そして……

 

 

【は、走りにくいぞ】

 

 

砂というか土のコースを走っている。

トレーニング場で走った砂のコースとまた違う。

スピードを重視して走ると、土が邪魔になる。

逆にパワー重視で走ると、スピードが落ちる。

あと脚に結構衝撃がダイレクトで伝わる。

バランス感覚が難しいな……

 

 

【うーむ。今までとは違う感触】

 

 

「やはりテンペストは少し不満げにしていますね」

 

 

「調教のタイム自体は別に悪いわけではないです。ただ本人が納得していないというか……」

 

 

俺に乗っている人間も少し違和感を覚えているようだ。

すまんなあ……

 

 

【ねえ】

 

 

俺は近くでクールダウンしている馬たちに話しかける。

こいつらは前からここでトレーニングを積んでいる現地の馬だ。ちょっと聞いてみるか。

 

 

【どんな感じで走る?】

 

 

【うーん、わかんない!】

【ずばっと走る!】

【スイーッとする】 

 

 

うん、わからん。

習うより慣れろかな。

あまりお手本になるような馬もいないしなあ。

お手本になるような奴がいればまた別なのだがなあ。

 

 

「そういえば結局出走レースはどうなったのですか?」

 

 

「9月1日のウッドワードSにするようです。ジョッキークラブGCSは、このレースの結果や疲労、ダメージ次第で決めるそうです。BCクラシックまで中1ヶ月を切っているから積極的に出走させるわけではないですね」

 

 

「そうか……まだ時間があるとはいえ、しっかりと調整していかないとなあ」

 

 

さて、今日の練習は終わり。

飯をよこせ~

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「ダイワメジャーとアドマイヤムーンの出走計画を決定しました」

 

 

「ふむ、まあオーソドックスな出走計画ですね。おおよそ東海岸の芝馬のローテだと思いますね」

 

 

BCマイルを目標にしているダイワメジャーは10月6日にキーンランド競馬場にて施行されるシャドウェルターフマイルSを前哨戦として選んだ。9月16日にカナダのウッドバイン競馬場にて施行されるウッドバインマイルも検討されたようだが、カナダに行く必要があるため、選ばれることはなかった。

ダイワメジャーは昨年、毎日王冠→天皇賞秋→マイルCSのローテを走り切っており、レース間隔については大きな問題にはならなかったようである。安田記念から3ケ月近く休養するという点も大きい。

 

 

「ダイワメジャーの方は調子がいいみたいですね。テンペストに絡んで遊んでいますよ。もう6歳なのに……」

 

 

アドマイヤムーンの方は9月8日にベルモントパーク競馬場にて施行されるマンノウォーSに出走する予定であった。ターフクラシック招待Sも前哨戦として有名であるが、9月30日施行であるため、疲労を考慮してここを回避することにしたようである。

 

 

「ドバイDFの後のQEⅡ世Cはちょっと調子を落としていましたからね。中1ヶ月以上空けたほういいという判断なのでしょう」

 

 

「これで3頭のローテーションは決まったということですね」

 

 

「テンペストの方のローテの方は注目されているようです」

 

 

「そういえばアメリカメディアから取材も入っていたな。心配です……」

 

 

テンペストがいろいろと芸達者なことは米国の競馬関係者の知るところであり、彼の姿を映像に収めたいと取材が殺到していたのである。

 

 

「先生が中心に受け答えはすると思いますが、こっちでの調教は本村さんが中心ですからね。おそらくいろいろと聞かれると思いますが……」

 

 

そして数日後、テンペストクェークの取材日である。

現地メディアと日本のメディア関係者が訪れていた。本格的な調教が始まる前の最後の休養日での取材である。

日本からテンペストの様子を確認しに来た藤山調教師と本村、秋山の3人が揃って取材を受けることになっていた。

 

 

『今日は時間を作っていただき、ありがとうございます』

 

『こうやってアメリカの競馬ファンの人達にテンペストのことを知ってもらうことも大切ですので。是非彼の姿を撮っていってください』

 

 

カメラの先には馬房でくつろぐテンペストの姿が映される。

そしてカメラに気が付くと、馬房から頭を出して藤山調教師の服を引っ張っていた。

それを見た秋山が持っていた帽子をテンペストに被せると、楽しそうに首を振り回していた。

 

 

『あ~テンペストはこういう時帽子を被りたがるんですよ。私たちが被っているのを真似しているのかな』

 

『日本やイギリスの取材でも被っておりましたね。彼のチャームポイントと言えますね』

 

『ええ、テンペストは賢いですよ。こういった取材が自分をアピールする場所であることを理解しているようですから』

 

 

カメラに指をさして、「テンペスト、カメラだぞ」というと、テンペストは歯茎を露わにして笑う。

 

 

『……本当に賢いですね』

 

『芸達者ですよ。勝手に覚えてきましたからね』

 

『賢くて、それでいて強い。なるほど、人気になるわけですね』

 

 

テンペストが一嘶きすると、近くの馬房や近くの厩舎から馬たちの嘶きが返ってくる。

 

 

『テンペストはもうこのモンマスパークの馬たちのボスになりましたよ。日本の美浦、英国のニューマーケット、そしてここ。彼はサラブレッドたちに慕われる何かがあるらしいです』

 

『昨日の調教の様子を撮影していましたが、他の馬たちがテンペストクェークに道を譲っていたりしていましたね』

 

日本語の通訳が少し考え込んだ後、レポーターの英語を藤山達に伝える。

 

『ただ、他の馬から恐れられているわけではないのですよね。仲良くしていますし。隣のダイワメジャーやアドマイヤムーンとも特に仲が良いですよ』

 

隣の馬房でなんだなんだと取材陣を眺めていた2頭が嘶く。

 

『仲良し3人組といった感じなのですね。遠征では帯同馬も必要と聞きますし』

 

『……まあ、テンペストがどちらかといえば帯同馬の立場になっているのですけどね』

 

『とても面白い馬です。彼のエピソードももっと聞きたいですね……』

 

『いいですよ。語り切れないぐらいのエピソードがありますからね』

 

 

テンペストの面白い様子が撮れたせいか、レースのことを忘れて彼の面白エピソードが中心となった取材になってしまったのであった。

 

この放送を見た米国の競馬ファンは、「いや、調教内容とかは?」と盛大に突っ込んだそうである。

そして、テンペストで気をひかせて、あまり情報を出させないようにしているのではという疑惑を持たれた。高度な情報戦を展開していると勝手に勘違いされたのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

8月下旬

俺はアメリカの大地に降り立っていた。

実はアメリカにやってくるのは初めてだったりする。

 

 

「高森騎手!長時間のフライトお疲れ様です」

 

 

競馬場で俺を出迎えてくれたのは、本村君であった。

 

 

「ファーストクラスだったから快適だったよ。本当にオーナーには頭が上がりません……」

 

 

英国遠征も含めてだが、俺の飛行機は基本的にファーストクラスを用意してもらっている。腰痛もちとしては非常にありがたいのだが、エコノミーと文字通り桁が違う料金に、胃が痛くなったりすることもあった。

 

 

「それだけ高森騎手のことを気遣ってくれているってことですよ」

 

 

「本当にありがたい限りですよ。こっちでもテンペストに乗せてもらえるんですから」

 

 

「乗り代わりなんてありえませんよ。テンペストに一番うまく乗れるのは高森騎手しかいませんから。それがオーナーも含め、我々の共通意思ですので」

 

 

「はは……」

 

 

まあ、その期待を裏切らないように頑張らねばな。

 

テンペストたち日本馬がいる厩舎では、今日の調教を終えた3頭が仲良くご飯を食べていた。

 

 

「元気にしていたか?」

 

 

俺に気が付いたようで、首を揺らしながら嘶いて反応する。

見た感じはいつも通りだな。筋肉の付き方もしっかりしている。

本村さんたちは流石だな。あとテンペストも。

隣にいる2頭の馬も調子がよさそうに見える。

 

 

「テンペストの調教の方はどうですか。こっちのダートはどうです?」

 

 

「それなんですが、走れてはいます。おそらくその辺のGⅠ級の馬は一捻りできるくらいには。ただ、少し違和感があるというか……」

 

 

「違和感、ですか?」

 

 

「これは乗ってみないとわからないのですが、目に見えて走りにくそうにしているわけではないのですが、どこか違和感があるような、そんな感じです」

 

 

違和感か……

 

 

「おそらくここのダートが原因だと思うのですがねえ」

 

 

「実際に乗ってみないとわからないな」

 

 

追切で確認しないとな。

さて、すぐにサラトガ競馬場に向かわないといけないのか。

国土が広いっていうのも面倒なところがあるんだな。

 

 

 

 

「……確かにちょっと違和感があるな」

 

 

最終追切を終え、俺はいつものテンペストと少し違うことに違和感を覚えた。

ケガを隠しているとか、不調が原因というわけではないと思う。

おそらくは……

 

 

「やはりこのダートが原因だと思いますね。スピードとパワーのバランスが少し崩れている」

 

 

「やはり……」

 

 

それでもテンペストなら並の馬には勝てるだろう。

並の馬には、だが。

 

 

「こっちに来たか、インヴァソールは」

 

 

テンペストと激突することになった前回BCクラシックの覇者、そしてドバイWC覇者。現状、アメリカ古馬最強の競走馬である。

ケガからの復帰戦ではあるが、回復後にしっかりと休養と調教を積んだためか、かなり調子が良いという情報も入ってきている。

 

 

「ジョッキークラブGCSの方にはカーリンが向かうようですし、どちらの前哨戦にでても激闘は避けられないと思います」

 

 

「2か月の休養を挟める方がいいということか」

 

 

「あくまで本命はブリーダーズカップということです。オーナーからも最後に勝ってくれれば、途中で負けても問題はないと言われています」

 

 

連勝記録がかかっているのになあ。

いや、記録を狙うならわざわざアメリカにはいかないか。

 

 

「勝つつもりではいきますよ。ケガや疲労困憊にはさせませんけどね」

 

 

負けたとしても、必ずテンペストの次走につながるレースにするつもりだ。

 

 

「そのつもりでお願いします」

 

 

「それに……テンペストならいろいろと吸収してくれると思いますよ。頭がいいですからね」

 

 

テンペストは宝塚記念後に微妙に走法を変えている。というより、馬場状態や芝の状態で走り方を変えているのだが。

ただ、宝塚記念の後は顕著であった。あのレースの前までは、テンペストは蹄鉄の消耗が激しい馬であった。それが、英国遠征に行ってから、蹄鉄がほとんど消耗しなくなった。

この話を凱旋門賞を獲って珍しく泥酔していた彼に話したら、

 

 

「それ、ディープと同じですね」

 

 

と言われた。

よく考えたらあいつはディープの走りを一番近くで見ていた馬だ。

ダービー後、テンペストが更に強くなったのもゼンノロブロイと併せ馬をし始めたあたりからだった。

あいつは他の馬をよくみている。

 

テンペストが一番恐ろしいのは、一緒に走った馬の良いところを自分に取り入れることが出来る能力を持っていることだと思う。本人が意識的にやっているのかについてはわからないが。

 

そして、ここのダートでも同様の能力を発揮する可能性は高い。

テンペストなら、素の能力でGⅡレースを圧勝できるだろう。だが、本当にこっちのダートに適応するなら、敵は強ければ強いほどいい。

こっちの馬はテンペストと同じで馬格が大きく、ムキムキな馬が多い。

 

次のレースは現米国最強馬だ。

相手にとって不足はない。

 

 

「大丈夫ですよ。テンペストは勝ちますから」

 

 

最後の最後に勝つのは俺たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




なお、洋芝に関しては元々得意だったので、数日の調教で完全にマスターしたようです。

ウイポで言えばレースを数回こなすと勝手に適性が◎になるような能力ですね。
うーん、この見稽古馬、やっぱUMA。
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