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テンペストクェークの米国ダートGⅠ制覇で盛り上がる中、オーナーの西崎は悩んでいた。
最近は仕事が立て込んでおり、テンペストのレースを観に行くことができないため、若干の寂しさを感じつつも、次のBCクラシックを楽しみにしていた。
そんな中、とある馬産関係者たちとの協議がやっと終わったのである。
「テンペストの今後か……」
テンペストクェークはその気になれば7歳くらいまでは今の力をキープしたまま走り続けることができると藤山調教師から伝えられている。
ただ、頑丈なテンペストでも、ケガのリスクは常に伴っているため、あまり長く現役を続ける必要はないと西崎は思っていた。そして、もう充分にテンペストは暴れまわってくれたとも考えていた。
「引退か……」
さみしい気持ちは大きい。ただ、いつか訪れることでもある。
すでにテンペストは種牡馬となることが決定している。
この話は藤山調教師とも共有している。
馬産関係者との話し合いもテンペストの種牡馬入りのオファーに関する内容であった。
「こんなにお金が動くのか……」
日本一の馬産グループとの会話を思い出す。
「テンペストクェークにはこれだけの価値があります」
提示された額は約30億円。種牡馬ビジネスのことに疎い西崎にとって途方もない値段であった。テンペストがBCクラシックを勝利した場合には、さらに上がる可能性もあるとのことだ。
テンペストのライバルのディープインパクトはさらに倍近くの51億円であるという。シンジケートでも一口8500万円という莫大な金額であった。
「あの、こんなにお金をかけてテンペストが種牡馬として失敗、なんてことも考えないのですか?」
「名馬=名種牡馬とならないのが馬産の世界です。莫大な金額をはたいて購入した種牡馬が全く結果を残せなかったという話はよくあることです」
「それでも、我々はテンペストクェークという偉大な馬の次の物語を見たいと思うのです」
もしテンペストが日本の主流の血統、それこそディープ級の血統であったら。おそらく50億以上は軽く超えていたとのことである。主流とは言い難い血統であるがゆえに評価が下がってもこの値段なのである。
ただ、ヘイローやロベルト系にミスタープロスペクター系、ノーザンダンサー系と5代先までクロスしないことも魅力的であった。薄め液としても期待されているのである。
「海外、特にアイルランドやイギリスからのオファーも強いと聞いております。我々にはそれを阻む権利はありません」
もし海外で種牡馬入りさせたとしても、西崎オーナーの馬主業に横やりを入れるような真似は絶対にしないとも話していた。
もともとテンペストは彼らとは一切関係がない出自の馬であるからでもある。
「とはいってもなあ。やっぱり日本で種牡馬になるのが普通だよね」
初めて所有した馬が、シンジケートが組まれるほどの馬になるとは思いもしなかった。そんなことを思っていたら逆に夢を見すぎだと笑われるくらいである。
「決断の時は近いかな……」
まずはいつ引退するかについてであった。
そして、その時は西崎の心の中では決まりつつあった。
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俺は馬である。
前のレースは勝利することができた俺は、いつもの場所に戻り、疲れを癒していた。
一回負けたけどリベンジ成功だな。
ただ、不完全燃焼でもあった。全力で走らせてはくれなかったのである。
ただ、これについて不満はない。
おそらく大本命のレースが俺を待っているのだと思う。
その証拠に、おっちゃんたちの雰囲気がいつもよりもピリピリしているのだ。
身体のチェックの頻度も増えており、大レースが近いことを予感させている。
【俺はやるぞ!】
疲れを癒す期間だとわかっていても、走りたくなってしまう。
KOOLになれ俺。
ケガでもしたら皆の努力が水の泡だ。
おっちゃんたちの許可が出るまでは身体を休めよう。
そして、休養が終わると、厳しい特訓の日々が待っていた。
あの時を思い出す。
俺が一度しか勝てなかったあいつとの最後の対決の時を。
「テンペストの調子はどうですか」
「万全ですよ。むしろもっと走らせろとうるさいくらいです。無理をさせすぎないようにセーブさせないといけませんね」
この調子だと大体2週間後くらいかな?レース本番まで。
俺は勝つ。これは当然だ。
だが、忘れてはいけない。俺たちと一緒に来た同士たちとともに勝つ。
俺たちが最強であることをこの国の奴らに刻んでやろうぜ。
【なあ、お前ら!】
つい先日のレースで勝利してウキウキな友人と、トレーニングを頑張っている後輩君。君たちにも頑張ってもらいたい。そして俺たちの強さを知らしめてやろう。
【勝つ!うれしい!】
【頑張る!】
【俺についてこい!】
彼らは俺とは違うレースに出るのだと思う。トレーニング内容が若干違うし、人間の雰囲気的にも違う。同じレースにでるならもっと人間同士がピリピリしているからな。
でも俺と近い時期にレースには出るのだと思う。
なら最高の状態で本番に行くぞ。
【俺は負けん】
【ついてく!】
俺たち3頭でトレーニングするときもある。
騎手君の指示に従うが、それでも負けたくはない。
先頭は俺だ。
ああ、楽しいなあ。
【勝つぞ!】
そんな燃え上がる俺の気持ちとは別に、雨の日々が続いた。
……ええ。
まあいいけどさ。雨好きだし。
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10月下旬。
ニュージャージー州のモンマスパーク競馬場は雨が降り注いでいた。
「こりゃあ雨の中の開催になるかもしれないなあ……」
高森は空を眺めながら嘆く。
本番まであと1週間となり、藤山調教師や高森騎手もアメリカに入国し、テンペストの最終調整に参加していた。
「テンペストは雨でも特に問題はないですけどね」
藤山調教師も雨に濡れながらテンペストの様子を観察していた。
泥まみれになっても特に問題もないうえ、楽しそうに雨の中を走っていた。
「テンペストのやる気に中てられたのか、ダイワメジャーやアドマイヤムーンの調子もいいみたいです。ダイワメジャーは前のレースも勝ちましたしね」
ダイワメジャーは前哨戦として選んだシャドウェルターフマイルSを勝利して、GⅠ5勝目を挙げた。芝のレースとは言え、サンデーサイレンスの子供がアメリカにやってきたということもあり、孫であるシーザリオがアメリカで勝利した時よりも話題にもなっていた。
「3頭とも期待が持てそうです」
藤山は、2頭を管理している調教師たちから感謝までされてしまったのである。
「BCマイルの方はダイワメジャーが本命になりそうです。ただ、ターフの方はちょっとやばいかもしれないです」
BCターフにはディラントーマスの参戦が決定している。昨年はテンペストクェークに連敗していたが、今年はガネー賞、キングジョージⅥ&QES、愛チャンピオンS、凱旋門賞を勝利しており、絶好調であった。他にも2006年以前にBCターフを制した馬たちが出走を予定しており、一筋縄ではいかぬレースになることが予想されていた。
「そして、BCクラシックも……」
高森も、出走が決まったテンペストのライバルたちのことは調べに調べていた。
「海外から襲来した絶対王者に現役最強古馬、3歳強豪馬と役者はそろいましたからね」
芝の絶対王者にして、ダートにも適応した怪物テンペストクェーク。
昨年度の覇者にして、テンペストに土をつけたウルグアイの英雄インヴァソール
ケンタッキーダービー、トラヴァースSを勝利した3歳3強の1頭ストリートセンス。
プリークネスSを勝利し、その他のレースでも好走を続ける3歳3強の1頭カーリン
牝馬でありながらベルモントSを勝利した最強の女王である3歳3強の1頭ラグズトゥリッチズ。
そのほかにも3強には劣るが、三冠路線を好走したハードスパンやテンペストに苦渋を味わわせられた古馬のローヤーロンとGⅠ勝利経験を持つ馬が他にも参戦を表明していた。
「メンツがそろわなかった。そんな言い訳はできないメンバーとなりましたね」
すでに打倒テンペストクェークで動いている陣営もある。前走で惜しくも敗れたカーリンの陣営は特に燃えていた。
「すでにテンペストの強さは知れ渡っています。油断なんて誰もしてくれませんでしょうから、厳しいレースにはなりそうですね。気を付けてください」
「わかりました。テンペストの強さを世界中に轟かせて見せますよ」
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『テンペストクェーク、ダート初勝利』
テンペストクェークの勝利の記事を見ながら、俺は調整ルームで待機していた。明日の騎乗が終われば、先生とともにアメリカに向かうことになっている。
ゲン担ぎとまではいかないが、勝って向こうに行きたい。
俺はテンペストの主戦騎手であるが、常にアメリカにいるわけにはいかない。
西崎オーナーは、現地でずっとテンペストの調教に付き合ってもいいと言って、滞在費や給料まで出そうとしていたが、流石にそれは断った。
勝負勘など、レースでしか養えない経験もあるからだ。それにテンペストの調教のことは藤山先生たちに任せればいい。
明日のレースの展開の予想やデータ分析を終え、少し手持ち無沙汰になったので、サウナルームに向かう。
「あ、どうもです」
部屋に入ると、ブリーダーズ・カップでともに戦う二人の騎手がいた。
アドマイヤムーンに騎乗予定の天才騎手とダイワメジャーに騎乗予定のベテラン騎手である。
そしてその間にテイエムオペラオーで一世を風靡したイケメン騎手も座っていた。
「ダイワメジャー、お見事でした。強かったですね」
「ありがとうございます。テンペストクェークのおかげで遠征先でも調子がいいみたいで。次も期待できそうですよ。アドマイヤムーンの方も調子がよさそうだって聞きましたよ」
「ええ、同じ遠征組の2頭と調教を行ったおかげかソラを使う癖がなくなったらしいです。次に乗るときが楽しみですよ」
テンペストが馬を逸脱した行動をしているのはもう慣れたので誰も突っ込まない。
「それにしてもアメリカのダートGⅠを初めてとったのがテンペストになるとは思いませんでした……」
「自分はダート馬より芝の馬の方が、結果が出るんじゃないかと思っていましたので、不思議ではないですね」
「テンペストなら日本のダートでも結果は出すと思いますけどね。それでも結構適応するのに時間がかかったんですよ」
俺はテンペストの秘密を二人に打ち明ける。
案の定二人はマジかといった顔で苦笑いする。
「それでインヴァソールの2着になるのはおかしいですよ。ヴァーミリアンですら歯が立たなかった相手ですよ」
そういえば彼は次のJBCクラシックからヴァーミリアンに騎乗する予定らしいな。
「あの強さでまだ完成していなかったんですか……」
「ええ、やっと前のレースで完全に適応できました。本番が楽しみですよ」
「勝手に強い馬の長所を吸収して強くなっていく馬なんてずるいですよ。ディープの走法も吸収されたみたいですし」
「まあ、ディープインパクトがいたからテンペストは強くなれたといっても過言ではないですからね」
「今でも宝塚記念の夢を見るんですよ。責任取ってください先輩」
「ええ......そんなこと言われてもなあ……」
競馬場では年齢関係なくライバルであるが、こうやって談笑し合うことぐらいは許されるだろう。
二人は先に入っていたこともあり、しばらくすると先にサウナから出て行った。
「……」
40超えの先輩騎手二人に30台中盤の偉大な先輩騎手と騎乗前日のサウナで一緒。
うん、胃が痛くなるわ。
いくら陽気な性格の彼でも気を遣うよ。
それにしても後輩の彼。年齢は違うけど俺と似たような境遇でもあるんだよなあ。
テイエムオペラオーとのコンビは見ていて眩しかったなあ。
俺は微妙な成績の時代だったから羨ましく見えた記憶しかない。
「テイエムオペラオーの後、大変だったか?」
「ええ、いろいろと」
「そうか……自分はもう歳だからな」
もし俺が若い時にテンペストと出会っていたら。
何か変わっていたのだろうか。
テンペストの後に俺はどうするべきだろうか。引退という文字がチラつく俺にとって、まだ若い彼が羨ましくもあった。
「いつかオペラオーのような馬と出会って、それで高森さんとテンペストクェークみたいに世界を制してみたいですね」
若さは関係ないか……
「そうか。なら俺みたいにケガはするなよ」
「……高森さんのケガは、割とシャレにならないケガなので気を付けます」
まあ、3回死にかけた人間の言うことは説得力があるよね……
「それはそうと君は女装が趣味なのかい?」
ずっと気になっていたことだ。二人きりなのでぜひ聞いておきたい。
「違います!」
……ごめん。マジだと思っていました。
サウナから出て、俺は自分の部屋に戻る。
「……テンペスト」
テンペストの引退が俺にとっての区切りになりそうなことは理解できている。
俺が現役を続行しても、テンペストのような馬に出会える確率は限りなく低いだろう。ただ、俺は、昔の俺にはもう戻れない。日本の頂点を、世界の頂点を知ってしまったのだから。
この身体が動く限り俺は......
「勝ってから決める事だな」
迷いはいらない。
まずは明日のレースを、そしてテンペストとのレースのことだけを考えるんだ。
次の日、条件戦とはいえ、人気薄の馬を2回も勝利に導いた俺は、絶好調であった。
そして、次がテンペストクェークとの最後の戦いであることを胸に秘めながら俺はアメリカに向かった。
「必ず勝つ」
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様々な人の思いが交錯する中、テンペストクェーク、ダイワメジャー、アドマイヤムーンの戦いが幕を開ける。
競馬の祭典ブリーダーズ・カップ開幕
種牡馬関係の金額ですがオグリキャップがおおよそ18億程度だったらしいです。もっと安いOR高いという意見もあるかと思いますが、取り敢えず30億円くらいに設定しました。
クラシックディスタンスはテンペストは走れませんが、その辺は牝馬の血統でなんとかなるでしょう......
それにしてもディープは高いですね。あとラムタラもヤバいですね。