2007年ブリーダーズ・カップは大盛況のなか予定されていたレースが次々と開催されていった。
マイルでダイワメジャーが、ターフでアドマイヤムーンが勝利し、日本馬が大きく躍動していた。
しかしこのブリーダーズ・カップ、大本命のレースはダートレースなのである。そして西海岸、東海岸の強豪馬が、クラシック戦線の激闘を戦い抜いた3歳馬が、経験豊富な古馬たちが、そして海外からやってくる強豪馬が。彼ら彼女らが一堂に会するダートの大レースが行われようとしていた。
それがメインレースのダート10ハロン、クラシックである。
賞金総額500万ドル、1着賞金270万ドルの超高額レース。世界最強の馬を決めるのにふさわしい舞台であった。
日本で大種牡馬となったサンデーサイレンス。
覚醒してから敵なしだったシガー。
欧州最強馬たちを相手取って連覇したティズナウ。
多くの名馬がこのレースを勝利してきた。
そして今年も最高のメンツがそろっての開催となった。
日本のスポーツ番組の特番ではブリーダーズ・カップの模様を中継する特番が作られて放送されていた。
ディープインパクトの凱旋門賞等で味を占めた各種メディアは、テンペストクェーク達の海外挑戦を、スポーツの国際試合という側面を強調して報道した。
要するにサッカーのワールドカップの時と同じようなノリである。
テンペストクェーク(+2頭)=日本代表という図式が成立したことで、「ニッポンチャチャチャ」というなじみのフレーズでテンペストたちは一般の人からも応援されていた。
こういった経緯もあり、少々大げさともいえるレベルでの中継番組が作られていたのである。
こういったノリで作られた番組であったが、割としっかりと作られていたため、競馬ファンも受け入れてみている人も多かった。
『最後にこのブリーダーズ・カップのメインレースであるクラシックについて紹介していきます。このレースは……』
テンペストが出走するレースの説明が行われ、
『……そしてライバルたちの紹介です』
ライバルの馬たちも詳細に解説がなされていた。
『インヴァソール』
ウルグアイで無敗の三冠馬となり、アメリカに殴り込みにやってきた『侵略者』だ。UAEダービーを4着になった後は昨年のBCクラシック、今年のドバイWCを制し、ウッドワードSではテンペストクェークを破ってGⅠ7連勝を達成した。現時点でアメリカ最強と言われている馬だ。
『ストリートセンス』
「スポーツの中で最も偉大な2分間」と呼ばれるほどの価値を持つケンタッキーダービーを制した3歳馬。真夏のダービーと呼ばれるトラヴァーズSにも勝利しており、今年の3歳馬の中で最も勝利が有力視されている馬だ。
『カーリン』
プリークネスSを勝利した3歳馬だ。ダービーは惜しくも3着。そしてベルモントSでも2着と惜しい競馬を続けている。前走ジョッキークラブGCSではテンペストクェークと差のない2着であり、確実に実力はつけてきている。栄光を再び勝ち取ることはできるのか。
『ラグズトゥリッチズ』
今年のケンタッキーオークス、そしてベルモントSを勝利した3歳牝馬だ。性別の壁を超え、牡馬を蹴散らす女王は牝馬限定戦ではなく、牡馬との勝負を選んだ。前走のガゼルSを圧勝し、GⅠを5連勝中である。
人気が集中している馬たちの紹介が終わると、それぞれの馬の調教師たちのインタビューが流れる。
その中でも特にテンペストのことに言及していたのがカーリンの陣営であった。
『前のレースでは負けてしまいましたからね。次は絶対に勝ちたいね。我々も最高の状態に仕上げてきました。カーリンは勝ちますよ』
どの陣営も気合を入れてこのレースに向かっていた。
そして一般の競馬ファンたちも大きく盛り上がりを見せていた。今年はバラエティ豊かな馬たちがそろっているからである。
3歳クラシックを3頭で分け合い、うち1頭は牝馬であった。その馬たちが夏の競馬を経て再び集結したのである。そして古馬には現役最強馬がいる。
そして遠く離れた島国から、世界最強の評価を受けた馬がやってきた。しかも前哨戦で2着1着とすでに米国最強馬に匹敵する強さを持っている馬であった。
『ダービー馬の強さを見せてほしい』
『ダービーの、ベルモントSの、ジョッキークラブGCSの借りをここで返して』
『アメリカ最強馬の実力を見せつけてほしい』
『牝馬はもう牡馬を叩きのめせる。それを証明してほしいですね』
多くの人がそれぞれの馬たちを応援していた。
『断然テンペストだね。私は彼に有り金すべてを賭けるつもりだよ』
『こっちに来てまだ2戦しか走っていないけど、本当に強い馬だね。応援しているよ』
『トレーニングセッションの動き、あれは本当に良かった。直感に来たね』
テンペストを応援する声も日本人だけでなく現地のファンからも聞こえてきていた。
芝ではなくダートに挑戦するチャレンジャーとして、そしてアメリカの牙城を揺るがす強者として。2回の前哨戦を使うという陣営の本気をたたえるファンも多かった。
『さあ、2007年ブリーダーズ・カップ、その大トリを飾りますクラシック。出走する馬たちが出てきました!』
場面は現地の映像に切り替わり、アナウンサーと解説者が喋り始める。
馬具を付けられた12頭の馬たちがモンマスパークのダートコースに現れ、誘導馬とともに歩いていた。
そして、開催をたたえるトランペットの音楽が流れ、会場は再び盛り上がり始めようとしていた。天候も日差しが雲の間から見える程度には回復していた。
『さあ、今年のクラシックは12頭での開催となりました』
『しかし先ほど紹介したように、参戦したメンバーのレベルはかなりのハイレベルです。なんといってもGⅠ馬が10頭もいるのですから』
『それでは、改めて出走馬の紹介をしていきます』
コース上を歩く馬たちのプロフィールとともに1頭1頭丁寧に解説が入る。
『……そして7番のテンペストクェークです。前走ジョッキークラブ金杯では4番のカーリンを抑えての優勝でした。ダートでも十分なパフォーマンスを発揮できそうです。それに馬体の調整も完璧ですね。大一番に最高の仕上がりを見せております。鞍上はもちろん高森康明騎手です』
優勝候補の5頭以外にも油断できない馬たちが紹介された。GⅠを勝利している3歳馬ティアゴやハードスパン、エニギヴンサタデー。テンペストやカーリンたちへ逆襲の機会を伺うローヤーロン。そしてとある事情で現役復帰を果たしたジョージワシントン。
最高のメンバーがそろったクラシックであった。
「すべて高森騎手とテンペストに託します。勝って、そして無事に帰ってきてください」
「高森君、テンペスト。頑張ってきてください。私から言える言葉はこれぐらいしかありません」
高森騎手がテンペストに乗る前に、西崎オーナーと藤山調教師が託した言葉はそれほど多くなかった。
西崎は調教師たち、そして高森騎手とテンペストのことを信頼していた。そして藤山達も高森とテンペストのコンビを信じていた。
誘導馬に引き連れられて馬場に入っていくテンペストはピカピカに輝いているように見えた。
馬体のバランス、そして筋肉の付き方も完璧と言えるほどであった。
アメリカの筋骨隆々な馬たちに劣るどころか、それすらも上回るほどの完成度である。
モンマスパーク競馬場で調教を重ね、日に日に強くなっていく様子を他陣営はしっかりと偵察していた。そして、テンペストクェークという馬が絶好調であることを悟っていた。
かつてないほどの激戦になることが予想しており、テンペストの強さを間近で感じ取ったカーリンを筆頭に、それぞれの馬にとって最高ともいえる調教が行われていた。
もう油断し見下した人間は誰もいない。この場にいるのは一流のホースマンだけであった。
「さあ、いこうか。テンペスト」
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「勝ちましたよ。次は高森さんとテンペストクェークの番です」
「ええ、受け取りました。勝ってきます」
アドマイヤムーンを勝利に導いた彼から勝利の襷は受け取った。
この日のためにテンペストたちはこの遠く離れた異国で何か月も過ごしたんだ。
俺たちがこのブリーダーズ・カップの舞台にいるのは、観光のためでもない、研修のためでもない。
「勝つために来たんだ」
テンペストの気合もばっちり入っている。
走りたくてうずうずしていることが俺にはわかる。
掛かってしまう心配など今更する必要もない。
彼は俺の指示にしっかりとしたがってくれる。信頼しているぞ。テンペスト。
ダートコースはところどころに水たまりができるほどのドロドロの状態である。
テンペストは地面の感触を確かめるように脚を動かしていた。
泥だらけになる覚悟はできているか?テンペストよ。
首元を撫でると、軽く嘶いて反応する。
ご機嫌だ。
「それにしても……」
去年のQE2世Sで走ったジョージワシントンが出走するとはなあ。マイルの方がいいと思うのだけど……
聞いた話だと種牡馬として失格の烙印を押されて現役復帰したらしいのだけど、本当なのかな。
そうだとすると少し可哀そうだな……
「いや、今はレースに集中だ」
テンペストと仲が良かったからいろいろと感傷にふけってしまうな。
ただ、レースでは容赦はしない。雪辱の機会は与えない。
競馬場のスタンド前の直線の端にあるスタートポケットからダート10ハロンの競走は始まる。
トラブルもなくテンペストを含めた12頭がゲートに入る。
「勝って帰るぞ!テンペスト!」
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ベルの鳴る音とともに、ゲートが開く。
そして12頭の馬たちが一斉にスタートした。
『メイン競走、クラシック、今スタートしました。大外ティアゴが少し出遅れたか。インヴァソールは好スタート、テンペストクェークはまずまずのスタートです』
大外枠のティアゴが出遅れた以外には大きく出遅れた馬はいなかった。人気馬のインヴァソールは好スタートを切っており、先行ポジションに控えようとしていた。
『内側ローヤーロンも前に前に向かいます。ストリートセンスは後ろに控えるのか。そして外から端を獲ろうとしているのがハードスパンです』
スタンド前の最初の直線で、先頭に立ったのはハードスパン。そしてローヤーロンが続き、インヴァソールとジョージワシントン、エニギヴンサタデーが先行ポジションでレースを進めていた。
テンペストクェークとカーリン、そしてラグズトゥリッチズ、ストリートセンスはそこから数馬身ほど後ろで中団を形成していた。
『7番手にダービー馬ストリートセンス。マークするようにして横につけているのはカーリン。その後ろで内側ラグズトゥリッチズ、外側テンペストクェークが並んでおります。先頭から6~7馬身ほど離れております……』
最初のコーナーを曲がり、第2コーナーに入るころには、先頭集団から6馬身ほど離れた場所で、優勝候補の4頭が走っていた。
『第4コーナーが終わって先頭はハードスパン。2番手はローヤーロンとダイアモンドストライプス。その後ろにインヴァソールとエニギヴンサタデーです……』
先頭集団には優勝候補のインヴァソールがおり、ローヤーロンも前目での競馬であった。
ジョージワシントンが先頭集団の最後方におり、そこから数馬身ほど後ろにカーリン、ストリートセンスらが続いていた。
テンペストクェークも前の馬の泥を浴びながら落ち着いた様子で走っていた。
『ジョージワシントンから数馬身ほど後ろにストリートセンスにカーリン、ラグズトゥリッチズの3歳3強。そしてテンペストクェークもおります』
向こう正面の直線に入ると、少しずつスピードを上げていったのは中団の先頭にいた2頭であった。
『先頭は依然としてハードスパン。おっとジョージワシントンがやや後退する。そして後ろからカーリンとストリートセンスが上がってきた。ここから3歳3強の力を発揮するのか!』
2頭がスピードをアップして先頭集団に襲い掛かった。それに反応するようにテンペストの隣で走っていたラグズトゥリッチズもスピードを上げていく。
テンペストクェークの高森騎手はまだ動かなかった。
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「うえっぷ!泥が」
飛んできた泥が顔面に直撃して、不快感を覚える。
一方のテンペストは泥が顔に当たっても何も反応することなく自分の指示に従っていた。
本当にタフな馬だ。
先行ポジションをとっても良かったが、ほかの馬のスタートが良かったので、なかなか前に行けなかった。こっちに来てから先行策を選択し続けてきたけど、もともとテンペストは差しの方が得意なので、特にこだわることはやめて中団に控えさせることにした。
向こう正面に入ってしばらくすると俺たちと同じように中団で控えていたカーリンとストリートセンスがスピードを上げて先頭集団にとりつこうとしていた。
それに反応してラグズトゥリッチズも前に行こうとしていた。
どうするか……
いや、まだ早い。
まだ、我慢だ。
「テンペスト……我慢してくれ……」
このドロドロの馬場だ。
普通の馬なら末脚は平時より鈍るだろう。
だが、テンペストにそんなものは関係ない。
勝負は、第3コーナーの終わりからだ。
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『第3コーナーから第4コーナーに入って先頭はハードスパン。後方から青い勝負服カーリンがやってきた。3番手、2番手になった。第3コーナーから勝負を仕掛けてきた。内側からストリートセンス、ラグズトゥリッチズも上がってくる』
第3コーナーに入って中団に待機していた馬たちが一機に勝負を仕掛け、先頭集団に食らいつく。2番手、3番手にいた馬たちは彼らに追走することが出来ず、その座を譲っていた。
しかし先行ポジションにいながら彼らに反応した馬がいた。
先頭から4番手外目で走っていたインヴァソールもカーリンが2番手に上がると同時にスピードを上げ、追走し始めたのである。
そして第4コーナーに入った瞬間、中団にいた一頭の馬に鞭が入った。
『第4コーナー、先頭はハードスパン。ローヤーロンはここで後退か。カーリンとインヴァソールが外から、内からストリートセンスとラグズトゥリッチズが上がってくる。そして大外からテンペストクェークだ!後退する先行勢を交わして一気に加速。外から一気に上がってきた!』
外から先頭を走るハードスパンを交わそうとしていた2番手のカーリン。それをマークするように走るインヴァソール。その外を捲って走りこんできたのがテンペストクェークであった。
『先頭がカーリンになった。外からインヴァソールとテンペストクェーク。内からラグズトゥリッチズ。やや遅れてストリートセンス。この4頭が一気に上がってきた。しかし逃げ粘るハードスパン。ジャイアントキリングなるか!さあ、ラストの直線に入る!』
直線に入り、いち早く抜け出したのが3歳馬のカーリンであった。内側で走るラグズトゥリッチズも伸びているが、やや切れ味が悪い。
遅れて直線に入ったストリートセンスも加速が鈍っているのかなかなか前に進まなかった。
カーリンの加速に反応してついて行ったのは、インヴァソールとテンペストクェークであった。
そして終始逃げていたハードスパンも粘り続けており、ずるずると後退することなく、カーリン達に食いついてきていた。
『直線に入って、先頭カーリン、そしてインヴァソールが続く。テンペストクェークは1馬身後方。ハードスパンも粘っている!テンペストクェークはまだ動かない。これは厳しいのか!?』
カーリンの優勢を伝え、テンペストはまだ後ろにいるという競馬場内の実況を聞いた天才騎手が呟く。
「ここで終わるわけがないだろう。ここからが彼らの本気だよ」
テンペストの恐ろしさを間近で体験した騎手の言葉とともに、テンペストは驚異的な加速を見せた。
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俺は馬である。
そして今俺はレース中である。
大事な大事なレースだ。
このレースの価値なんて馬の俺にはわからない。
それでも、何ヶ月もこの日のために準備をして、この日のために戦ってきたということは俺にも理解できる。
来ている人の数も多い。きっとこの国一番のレースなのだろう。
なら、気合も入るってものよ!
「テンペスト!我慢だ」
となりで走っていた馬たちが次々とスピードを上げて、前の馬たちにとりついていく姿を見て、俺は反応してスピードを上げようとしていた。
しかし、騎手君からストップの指示が出る。
……そうか。「まだ」なんだな。
「我慢してくれ~」
君に任せるよ。
あの日あの時、俺たちの歯車がかみ合ったとき。
あの時から俺は君とともに戦うことを決めたんだ。
君の指示で俺はずっと勝ち続けてきた。
俺は信じるよ。
コーナーを曲がりながら俺は自分の力を解放する時を待つ。
「本当によく我慢してくれた」
俺に鞭が一発入れられる。
待っていたぞ。
俺はコーナーを曲がりながら一気に加速態勢に入る。
俺は直線も大好きだけど、コーナーも大好きなんだよ。
「うおっと!」
遠心力に負けないように少し体を傾けながら一気に駆け抜ける。
前にいる馬が邪魔だ。
だったら外を通って行けばいいだけの話だ。
少なくともアイツは当たり前のようにやっていた。
地面がドロドロ?
関係ない。俺の筋肉に蹴れない地面はない!
直線に入ると、俺がこの間のレースで勝った馬と、その前のレースで俺が負けた馬が前にいた。
やっぱ強いな。お前ら。
全員泥まみれであった。
だが、だれも力を抜こうとはしていなかった。
スパートで体力を使ったこともあり、今の俺は疲れている。
このままのペースなら俺は1着になれるか怪しいだろう。
いいや、俺の前でゴールしてよい馬など存在してなるものか。
俺はあいつにだって最後は勝ったんだ。
ぎりぎりでの勝利?
そんなの許せるわけがないじゃないか。
疲れている?そんなのいつものことだ。
そんなものは言い訳でしかない。
俺は勝つためにここにいるんだ。
こんな遠くの国まで応援に来てくれた人がいる。
俺の勝利を願う人がいる。
俺と共に戦う人がいる。
その期待に俺は応えたい。
さあ、騎手君、相棒よ。
俺の準備は整ったぞ!
「最後だ!テンペスト!」
俺に1回、そして2回の鞭が入る。
馬の俺でも少々痛いくらいの鞭捌き。
これは相棒からの闘魂注入だ!
【マカセロ!】
俺は最後の、全身に残るすべての力を総動員して地面を蹴り上げる。
骨がきしみ、肺が痛む。
心臓が狂ったように動いている。
大丈夫だ。
俺は3年間、これぐらいで壊れるような鍛え方はしていない。
これが俺の全身全霊だ。
思い知れ!
心に刻み込め!
この俺が、世界で一番強いってことを!
―――――――――――――――
モンマスパーク競馬場の約300メートルの最終直線。テンペストクェークは、残り250メートル地点で先頭を走るカーリンから1馬身ほど後方を走っていた。カーリンもインヴァソールもまだ余力を残しており、さらにスピードを上げようとしていた。
『直線残り1ハロン!テンペストクェークにさらに鞭が入った!テンペスト先頭だ!どんどんと伸びていく!インヴァソール、カーリンも伸びていくが、テンペストだ!テンペストが伸びる。1馬身、2馬身とリードを広げる。こんなことがあるのか!こんな馬が存在していいのか!なんなんだこの馬は!』
最終直線に入って、先頭を走るカーリンとそのやや後ろで走るインヴァソールの騎手たちは、風のように外から抜き去っていくテンペストクェークを唖然とした表情で見ていた。
インヴァソールの騎手はまだ若い騎手であった。そんな彼は、ウルグアイからやってきた最強の馬に乗ることができた。そして、彼に騎乗して数多くの強敵を倒してきた。海をこえてやってきた最強の怪物も一度は討伐したはずだった。
しかし前を行く馬はその時とは比べ物にならないほど強く、そして速かった。
彼も必死で食らいつくように走っていた。しかし、風のように加速する鹿毛の馬をとらえることはできなかった。
カーリンの騎手は、なかなか大きなタイトルを取る馬と出会うことが出来なかった。そんな中で、出会ったカーリンは本当に強い馬だった。同期の怪物との激闘で鍛え抜かれた馬体は、この秋に充実期を迎えていた。
前のレースでテンペストに敗れたが、カーリンもフルパワーでは走らせていなかった。そしてこのレースでは絶対に勝てると意気込むほどの仕上がりでこの直線まで来ていた。
しかし、ラスト1ハロン付近で一気に自分たちを抜かして前に行ってしまった馬は、因縁の鹿毛の馬であった。
((なんなんだ、あの馬は))
必死にゴールを目指す2頭の馬、そして泥まみれになって少しでも前の着順を目指す馬たちをあざ笑うかの如く、どんどんと前に消えていった。
『Leading the way is Tempest Quake! Tempest, it's coming! Decided! The tempest has come from Japan!』
『Both Carlin and Invasor succumbed. The greatest racer in the world is now born!』
ラスト2ハロンを超え、大外を捲りながら直線に入ったテンペストは、先頭集団に喰らい付いた。そして、残り250メートル付近で高森騎手の鞭に呼応し、一気に加速してカーリンとインヴァソールの叩き合いを外から一気に交わした。並ぶことなく先頭に立ったテンペストクェークは、そのまま1馬身、2馬身とどんどんリードを広げてゴールラインを通過した。
その暴力的なまでの加速は、まさに暴風そのものであった。
勝ち時計は2.00.22。
ドロドロの田んぼのような馬場状態にもかかわらず、これはトラックレコードであった。
2着カーリンに4馬身差。3着インヴァソールに4馬身半差。4着ラグズトゥリッチズに7馬身差であった。
水色と黄色の勝負服、そして騎手も馬も泥まみれになっていた。しかしこの汚れが彼らの勲章であった。
観客は新たなる王者を拍手と歓声で歓迎した。
現地の競馬ファンは強豪馬たちが並ぶことすら叶わない異次元の疾走に、かつての名馬たちの姿を思い描いた。
ここに、名実ともに世界最強のサラブレッドが誕生した。