ちなみにテンペストは、QE2世Sでロードノースほどではありませんが、出遅れをしたくせに、アスコットの最終直線を上がり1F10秒で走って勝利しています。
テンペストクェークが先頭でゴールポストを駆け抜けた。
ラスト1ハロン半の直線。テンペストは風のように加速し、ライバルたちを置き去りにした。
実況がテンペストの名前を叫び、彼の栄光を称えた。
ファンの大歓声とどよめきがモンマスパーク競馬場を包み込んだ。
『……インヴァソールも、カーリンも、ストリートセンスも、ラグズトゥリッチズも。彼の強さに屈しました。おおよそ4馬身差。そしてこの記録はトラックレコードを更新しています。日本からやってきた天災が、アメリカをねじ伏せました……』
2着カーリンに4馬身差という圧勝劇でダート10ハロンの競走は終わった。
アメリカの強豪馬たちは、テンペストクェークの加速についていくことはできなかった。
『第4コーナーからの大外を回ってのスパート。そしてラストの直線での意味不明な加速は何だったのでしょうか……』
クールダウンが終わり、泥まみれになった騎手と馬が、誘導馬とともにスタンド前に戻ってきた。
そして勝利騎手へのインタビューが騎乗したまま行われる。テンペストは流石に疲れた様子を見せていたが、嫌がるそぶりも見せることなく誘導馬と視線を合わせていた。
『テンペストクェークを勝利に導いた高森騎手は現在49歳。47歳で初めて日本のGⅠを勝利した遅咲きの騎手です。テンペストクェークとともに世界を駆け巡ったまさにベストパートナーでしょう』
『ライバルたちが先に仕掛ける中、冷静に脚を溜め、最後に一気に爆発させました。その胆力と判断力は素晴らしいものがありますね』
インタビューを終えたテンペストクェーク達は、スタンド前に戻り、多くの人々に出迎えられた。
藤山調教師を中心とした藤山厩舎のスタッフたち。そして西崎オーナーとその関係者(妻一人)。そして島本牧場の二人が高森騎手とテンペストたちを労っていた。
「高森君、テンペスト。本当にお疲れさまでした。頑張りましたね。本当にありがとうございます。そして、おめでとう!」
藤山は自分の管理する馬が勝ったことよりも、テンペストクェークという最高の馬と、ずっと目をかけてきた騎手が世界最高の栄誉をつかんだことを喜んでいた。
「高森騎手、藤山先生に皆さん。本当にありがとうございました。テンペスト!本当に頑張ったな~!強かったぞ!」
西崎が泥まみれのテンペストの首元を撫でて彼の健闘を称える。その彼はどんなもんだと誇らしげに嘶いていた。
藤山は、テンペストが構って構ってとうるさいので、取り敢えず彼が喜ぶので藤山厩舎(ブリーダーズカップ特別バージョン)の帽子を被らせておく。すると満足したのかスッと大人しくなり写真撮影に応じていた。
もう誰も突っ込まない。
しばらくすると、馬主である西崎や調教師の藤山に対するインタビューも始まる。
『テンペストクェークのオーナーの西崎氏です。おめでとうございます』
『ありがとうございます。本当に強かったです』
『大勢の日本のファンの人たちも来ていますね。何か一言お願いします』
『アメリカにまで来ていただいて本当にありがとうございます。この声援がテンペストたちの励みになったのだと思います』
『7月ごろにこの国に来て、2回もレースを経験させました。このブリーダーズカップにかける思いというのはどのようなものだったのでしょうか』
『このレースは、世界最高峰のレースだと聞いておりました。テンペストクェークは強い馬です。この偉大な馬が世界最高峰のレースを勝つ、そんな姿を見たいと思いました。でも生半可な挑戦では跳ね返されるとも思いました。それぐらいレベルの高いレースです。だから本気で挑ませていただきました』
ちなみにこのオーナーは数年前までブリーダーズ・カップ・クラシックがダート競走であることすら知らなかった人である。
何はともあれ、西崎のインタビューも終わった。すらすらとインタビューに答えており、どうやら事前にいろいろと準備をしているようであった。勝つ気満々だったようである。
藤山調教師も様々なメディアからインタビューを受けており、あわただしいひと時を過ごしていた。
客席で待機していた日本陣営はお祭り騒ぎであった。
最後の直線で抜け出した瞬間、ファンはテンペストが勝ったと確信した。そして先頭で駆け抜けたとき、応援の声は大歓声に変わった。
そしてドロドロの馬場なのにトラックレコードを更新し、米国の強豪馬に4馬身差をつけて快勝したテンペストに困惑もしていた。
「……強くね?」
「怖いぐらい強い」
「意味が分からん。なんなんだよ、この馬」
その反応は、現地で、日本でブリーダーズ・カップの中継を見ていた競馬関係者たちも同様であった。
アドマイヤムーンやダイワメジャーの生産者代表としてアメリカに来ていた関係者は、自分たちが関与した2頭の勝利とダート世界王者に輝いたテンペストクェークの栄光に歓喜していた。その一方で、テンペストクェークの価値がさらに上がったため、今後のことを考えて、やや憂鬱にもなっていた。
「……これは30億では無理かもしれませんね」
「アメリカさん、というよりアラブの彼らが本気で取りに来るな。欧州・米国でここまで走れる馬だ。札束で殴りつけてくるだろうな……」
「西崎オーナーはもっと大変になりそうですね」
「それにしても700万ほどで買われた馬が20億稼ぎましたか。この後のことも考えたらもっと稼ぐことになりそうですね」
「ヤマニンゼファーからこんな馬が生まれるとはね。我々も血統の研究で馬を知った気になっていたけど、まだまだ分からないことは多いよ」
「「これだから馬産は、競馬はやめられない」」
競馬や馬を知り尽くした気持ちになっていたが、そんなことはなかったと再認識したのであった。
「「日本で種牡馬、なれるかねえ……」」
そして、世界中の馬産関係者とのマネーゲームに付き合うかどうか悩むことになるのであった。
―――――――――――――――
俺は馬である。
ああああああ、疲れたああああ。
マジでしんどい。
脚の骨が折れるかと思った。
ちょっとフルパワーで走りすぎた。
【疲れた……】
ちょっと騎手君に闘魂を注入されすぎたな。
だが、俺は勝った。
俺の強さを証明できた。
俺より先に走る奴は誰もいなかった。
勝った後はいろいろな人に褒められた。
俺の勇姿を映像に収めたいのか、カメラをたくさん向けられた。サービスをたくさんしておいた。かっこいい写真を頼むよ。
レース場から帰ってきた後に一番初めにしたことは身体を洗ってもらったことだ。
泥まみれだったからな。騎手君も泥んこでちょっとおかしかった。
ただ、勝ったんだしそれぐらいは我慢してな。
「テンペストの状態は?」
「骨や心臓、それに肺に異常はありませんでした。ちゃんと食べていますし、元気ですよ。少し腱に熱を持っているようで、ケアはしないとだめですね」
「そうか。やはりあの馬場であれだけのスピードで走ったからな。故障馬が続出しているようだよ」
「インヴァソールは春先のケガが再発して引退。まあこのレースが引退レースだったので特に問題はないのでしょうけど。ラグズトゥリッチズも骨折が発覚したみたいですね。ジョージワシントンも右前脚の剥離骨折で早々に離脱していましたし、負担が大きいレースだったのだと思いますよ」
「あの馬場状態でトラックレコードだったものな。文字通り死力を尽くしていたってことだ」
ああ、疲れた疲れた。
しばらく走れんよこれ。
温泉に入りたい。この国だとないのかねえ。
後メロンよこせ!
頑張ったんだから!
【メロン!メロン!】
【うるさい!】
「テンペスト~静かにしてね。ダイワメジャーが怒っちゃうよ」
おっと失礼。俺と同じようにレースで勝利した友人と後輩君。彼らも疲れているのか、部屋でゆっくりとしていた。
「そうだテンペスト!いいものを持ってきたぞ~」
そ、それは!
【メロン!ほしい!】
兄ちゃんの手にあるのはあのおいしいメロンではないか!
「よく頑張ってくれたご褒美だよ。味わってね」
上手い!上手い!
これが食べたかったんだ!
【うまい!】
なんか視線を感じる。
ふと隣を見ると、友人と後輩君が俺とメロンをじっと見ている。
「ダイワメジャーとアドマイヤムーンの分もあるからな~先生たちからもいいって言われているし、味わってな」
【甘い!おいしい】
【おいしい!もっと!】
どうも隣の馬もメロンを気に入ったようだ。
あと桃のような果物も食べている。
いいなあ……
「テンペストの分の桃もあるよ」
やったぜ!
【うまい!】
【おいしい!】
【もっと!】
「こいつら可愛いなあ……」
【ちょうだい!】
【ああ…….】
「ってテンペスト!ムーンのオヤツをとっちゃダメでしょ!」
食い意地が張りすぎてしまった。
すまぬすまぬ。
お詫びメロンにこっちのバナナをあげよう。
【おいしい】
「全く、テンペストは意外と食い意地が悪いからなあ……」
欲張りすぎちゃったぜ。
それにしてももっと欲しいなあ……
「流石にこれ以上はダメだな。おやつタイムはおしまいだよ」
友人も後輩くんもまだ食べたいようで、前脚を地面に鳴らして催促する。
俺ももっと欲しかったが、こうなった時は基本的に追加でくれることはないので、諦めて部屋の中に戻る。
後輩くんももらえないことがわかったみたいで、俺と同じように部屋に戻った。
……お前も戻りなよ。
「テンペストもムーンも帰ったよ。おしまいですよ、メジャー」
【もっと!】
友人は結構粘り続けていたが、結局もらえなかったようで、渋々部屋に戻っていった。
意外と食いしん坊なんだな……
おやつタイムが終わり、しばらくゆっくり過ごしていると、俺たちは外に連れられて行くことになった。
広場に出ると、たくさんの人たちが俺たちにカメラを向けながら待機していた。
それになんか着せられたし、何なら騎手君もいる。
ふむ、どうやら俺たちの勇姿をカメラにもう一度収めたいようだな。ぞんぶんに撮りなさい。
【あっち見るといい】
【面倒。疲れた】
【だるい】
2頭は気に入らないらしい。
まあまあ、あとでご褒美もらえると思うぞ。
『えっと、テンペストが真ん中で隣に2頭が並ぶことって出来ますか?』
「ほら、テンペスト。こっちに来て」
騎手君が俺を引っ張る。
なるほど、そっちに行けばいいのだな。
君たちも来なさいよ。
せっかくなんだから一緒にね。
しぶしぶといった感じで2頭も俺と隣同士になってしばらく立ち続ける。
騎手君たちもいい笑顔で人間たちの撮影に応えているようだ。
【疲れた。帰る!】
【おなか減ったなあ】
流石に二人とも嫌気がさしたのか、首を振って部屋に戻ろうとする。
まあ俺も疲れたし一緒に帰るか。
「って、勝手に帰ろうとしないでくれ……」
【疲れたもん!】
【そうだ】
【寝たい】
「3頭とも不機嫌なので、流石にこれぐらいにしましょうか」
「テンペストのおかげでダイワメジャーも暴れませんが、本来もっと暴れるぐらい気性が荒いんですよ彼」
『テンペストは2頭のボスなんですか?』
「まあボスというよりまとめ役といった方がいいのかもしれないですね。本人はあまり偉ぶったりしないのですが」
『賢い馬なんですねえ……』
写真撮影会が終わったようで、俺たちは部屋に戻される。
あ~疲れた疲れた。
人気者はつらいねえ。
何はともあれ、全員勝ててよかった。
これでこの国にもう未練はないな。
―――――――――――――――
「疲れた……」
アメリカのホテルで高森はここ最近の疲れを癒していた。
現地の競馬新聞を片手に高級なウイスキーを飲む。
テンペストの勝利は米国競馬界を震撼させた。彼の近親にアメリカで大きく活躍した馬がいないためである。テンペストの血統は何なんだという話もあった。
その一方で、日本からやってきたチャレンジャーの勝利に賞賛もしていた。テンペストたちはアメリカ競馬に真っ向から挑戦して、勝ったのである。そのファイティングスピリットは大きく評価されていた。
「ま、来年以降はまたアメリカの馬が勝つと思うけどね」
アメリカ競馬のレベルは高いから、そんな簡単に他国の馬が勝てるとは思っていなかった。なお、翌年はAWの影響もあって、連続でアメリカ馬がクラシックを落とすことになる。
「……またメールか」
テンペストクェークと共に、BCクラシックを勝利したことで、高森の話を聞きたいという人が押し寄せたからだ。
友人や知り合いからの祝福のメールや電話も多数寄せられている。
初めてGⅠで勝った時や英国で勝利した時も今と同じような状況だったが、より多くなっている気がしていた。
「ああ、終わったのか……」
まだ、公開していない情報であるため、口に出すことはできない。
「ラストラン。最高のラストだった……」
テンペストクェークはBCクラシックを最後に、現役を引退することが決まっていた。
オーナーの西崎から告げられたのがジョッキークラブGCSの後であった。5歳冬のシーズンが引退の目安的なこともあったので、覚悟はしていた。
今回のブリーダーズ・カップの祝勝会は日本で行うことになっている。その時にテンペストの引退は発表される予定だ。
その一方で、テンペストも自分もまだまだ戦えるという気持ちも大きかった。
まだ走っていないレースはある。
英国の春のマイルレースや10ハロン競走。それにフランスのマイルレースもだ。オーストラリアにだって行ってみたい。
そう思ったが、オーナーの決定は止められない。
それにテンペストは種牡馬になれる。彼は厳しい競走馬の世界の生存競争を生き抜いたのだ。これから悠々自適に暮らせるのなら、それは彼のためでもある。
「……いや毎日3回以上も種付けするのは流石にキツイか。そもそも牝馬に興味あるのかね。香港の時は牝馬に興奮したというより、レースに対して気持ちが高ぶったかららしいし。これで種無しだったら……」
笑えない冗談である。
ただ、そういう馬もいるので、種牡馬ビジネスの恐ろしいところでもあった。
「俺の役目は終わったか……」
こうして高森とテンペストとの闘いの日々はいったん幕を下ろすことになった。
まだ完全なお別れではない。
引退式とかも残っているので、さよならはその時に伝えればいい。
それでもやはり寂しさを感じつつ、アメリカでの時間は過ぎ去った。
そして数日後の日本では、ブリーダーズ・カップの祝勝会が行われていた。
ダイワメジャーとアドマイヤムーンの、特に生産者は日本の馬産関係者の中でも重鎮と言っていい人たちであったため、非常に豪華な顔ぶれであった。
一方のテンペストの関係者は特に有名な人もいないので、招待された人は顔を青くしながら祝勝会を楽しんで?いた。
「西崎さん。あなたの誘いに乗って本当に良かったです。アドマイヤムーンはアメリカで輝くことが出来ました。本当にありがとうございます」
「あ、いえ。アドマイヤムーンやダイワメジャーがいたおかげでテンペストも調子を落としませんでしたし、チーム日本で戦うことができたからこそ、大きな事故やミスも起きなかったのだと思います。我々だけではこのような結果は生まれませんでしたよ」
西崎は今回の遠征の発起人であったため、成功を一番に祝われていた。
だいぶ慣れたのか西崎は特に緊張することなく談笑を楽しんでいた。なお妻は飲み物の味がわからなくなるほど緊張しているようである。
藤山も調教師として他の関係者とブリーダーズ・カップの話や、今後の競馬についての話を語り合っていた。
島本親子は馬産関係者からテンペストやその弟妹たちの話や、今後のセオドライトへの種付けの話などの話を振られ、頭がこんがらがっていた。いつも通りの二人である。
大団円で終わったアメリカ遠征。
この祝勝会をもって、その栄光も一区切りとなる。
そして……
「テンペストクェークは今回のレースをもって引退します。たくさんのご声援とご支援、本当にありがとうございました。無事走りきることが出来ました!」
テンペストクェークが現役を退くことが、公に周知されて、祝勝会は終了した。
11月中旬。
テンペストクェークは日本に無事帰国した。ブリーダーズ・カップを勝利しての凱旋であった。ダイワメジャーもテンペストと同じ便で帰国しており、検疫を経て美浦に戻った。
『ダイワメジャー、有馬記念で引退。兄妹対決実現!』
『アドマイヤムーン、香港ヴァーズ出走へ』
ダイワメジャーは桜花賞と秋華賞、エリザベス女王杯を制した妹のダイワスカーレットと有馬記念で激突することが決まった。
そしてアドマイヤムーンは、アメリカからそのまま香港へと向かい、香港ヴァースがラストランになる予定であった。
そしてテンペストクェークは……
『テンペストクェーク、現役引退』
『最強の王者 引退へ』
ブリーダーズ・カップの祝勝会で陣営から発表された引退宣言は、日本、世界の競馬界を揺るがしていた。まだ走れるのではという声も大きく、引退を惜しむ声も多かった。
ただ、BCクラシックを勝利し、一つの区切りでもあった。
『テンペストクェークの行く先は?』
『アイルランドで種牡馬入りか!?』
新聞、ネットはテンペストクェークの動向を探るのに必死であった。
特に種牡馬入りに関する情報は多くの関心を寄せていた。
西崎オーナーが日本はもちろん、アラブの王族や欧州の馬産関係者、米国やオセアニア地域、果ては南米の競馬関係者とも面会していることが報じられていた。
しかしどれも眉唾の情報であった。
テンペストの引退、そして秋のGⅠ戦線と競馬の盛り上がりが続くなか、テンペストクェークの引退式の日程が決まった。
最後の時は近い。
テンペストクェーク 2007年成績
3月25日 高松宮記念:1(同着) GⅠ(中京・芝1200m) 6903.8万円
4月29日 クイーンエリザベス2世カップ:1 GⅠ(沙田・芝2000m) 800万HK$(2007年のレート15円で計算。1億2000万円)
6月3日 安田記念:1 GⅠ(東京・芝1600m) 1億390.6万円
9月1日 ウッドワードS:2 GⅠ(サラトガ・ダート9ハロン) 10万ドル(2007年9月1日の円ドルレート116.07円で計算。1160.7万円)
9月30日 ジョッキークラブGCS:1 GⅠ(ベルモントパーク・ダート10ハロン) 45万ドル(2007年9月30日の円ドルレート115.43円で計算。5194.35万円)
10月27日 ブリーダーズ・カップ・クラシック:1 GⅠ(モンマスパーク・ダート10ハロン) 270万ドル(2007年10月27日の円ドルレート114.23円で計算。3億842.1万円
2007年合計:6億6491.15万円
総賞金:20億1727.1910万円
テンペストクェークは引退です。
もっと走らせたいという思いもあります。それを期待していただいている読者の方もいます。ただ、今回のBCクラシックが最後になります。
これ以上は引き延ばしになってしまいます。ダイジェストにした場合、今までの盛り上がりを台無しにしてしまうと思うからです。
テンペストがまだ獲っていないレース(プリンスオブウェールズSやエクリプスS、ジャックルマロワ賞、コックスプレート、ドバイWC等)は彼の子供の世代が荒らしまわってくれると思います。
23日10:00に掲示板回+αを投稿します。
追記
賞金額の計算を間違っていたため算定し直しました。