10ハロンの暴風   作:永谷河

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ストックがあるので放出していきます。


馬、名前が決まる

俺は馬である。

雪が残りつつも、寒さが和らいできた今日このごろ。

俺はいつも通り、屋内のコースを走っていた。脚に金属の変なものを取り付けられ、坂道を走る。

それにしてもあんなにヤバそうなもの付けているのに痛くもなんともないのな。

真っ赤に染まった金属を見たときは少しビビった。それに釘みたいなもので打ち付けられたときは、いつ痛みが襲ってくるんじゃないかとびくびくしておしっこちびりそうになった。

でもなにもなかったので、今は問題なく走れている。

おそらくこの道具は、脚の先を保護するための道具なのだろう。

 

それにしても俺は速いのだろうか。ここにいる他の馬に比べたら速いのは確かなんだが……

 

 

【お前速い。強い】

 

【疲れた】

 

 

隣で併走していた馬たちが、俺のことを速くて強いと言ってくることが多くなった。

まあ悪い気はしない。

それにしてもいつから俺は競馬場に行くのだろうか……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2004年も春になり、2002年に生まれた馬たちは2歳馬となっていた。仕上がりの早い馬だと、もうデビューしてもいいような馬もいる。

こうなると、育成牧場から卒業して、中央なら栗東や美浦所属の調教師の厩舎や、地方なら地方競馬の調教師の厩舎に入厩して、さらなるトレーニング生活を送ることになる。

 

 

「西崎さん、島本さん。セオドライトの2002ですが、入厩先は決まりましたか。一応我々の方でも推薦することは可能ですが」

 

 

良血馬だったり、兄弟姉妹が有力馬だったりすると調教師側から預かりたいと願い出ることもある。しかし、セオドライトの2002はお世辞にも血統はいいとは言えないし、兄弟姉妹にも有力馬はいない。生産牧場も有名ではないし、育成牧場も小規模であるため、そういった有名調教師との縁もなかった。

それでも幾人かはぜひうちにと名乗り出ているところもあるが、最終的な判断は馬主が行うため、保留にしている。

 

 

「と言いましても、馬主初心者の私には競馬会にコネはありませんし。父も馬主としては微妙だったので、その息子の私が頼んでも逆効果かもしれないです」

 

 

「それで、島本さんに相談しているというわけです」

 

 

「うーん。一人いるが、預かってもらえるかな」

 

 

哲司の頭の中に、一人の調教師の名前と顔が思い浮かんでいた。

 

 

「ちなみにその方は?」

 

 

「美浦の藤山順平先生です。G1馬こそいませんが、コンスタントにオープン馬や重賞馬を送り出しているので、腕はいい方だと思います」

 

 

「藤山先生ですか。そこまで大きい厩舎ではないですが、面倒見のいい先生だと聞いていますね。育成牧場側としても問題はないと思いますが」

 

 

「私はよくわからないけど、一度話してみたいな」

 

 

この後、哲司の計らいで、調教師の藤山が育成牧場に来ることになった。

 

 

「あと、名前考えました」

 

 

「おー。いつまでもボーじゃかっこ悪いもんなあ」

 

 

「まだ正式登録は先ですが、名前は……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺の名前が変わったらしい。

正確に言うと二パターンあることが分かった。

あだ名みたいなものか?

 

 

「テンペストクェーク(Tempest Quake)、かっこいい名前になっちゃって」

 

 

「馬主の人曰く、生まれたときが記録的な暴風雪の時だったからテンペストにしたらしい。しかも地震も起きたらしいから、暴風の意味をもつテンペストと地震のアースクェークのクェークをくっつけたらしい」

 

 

「なんというか凄い時に生まれたんですね」

 

 

「暴風のような猛烈な走りを見せてほしいって願いも込められているんじゃないかな」

 

 

俺の名前はどうやらかっこいいようだ。

豚の角煮とかサバの味噌煮とかふざけた名前じゃなくてよかった。というかそんな名前ないよね?(※あります)

 

新しい名前をもらってテンションが上がっている俺を誰かが見ているような気がした。

ねっとりとした視線。さては俺のファンだな。

 

 

「コラ、よそ見すると危ないぞ」

 

 

視線の先を探そうときょろきょろしていたら、上に乗っている人間に注意されてしまった。

こりゃ失礼。

しかし誰なんだろうなあ。前の牧場の人間ではないだろうし。

 

トレーニングを終え、自分の部屋に戻ると見知らぬ人間が俺の近くに寄ってきた。

 

 

「彼が哲司くんの言っていたヤマニンゼファーの子か。名前はテンペストクェーク……」

 

 

「はい、調教も問題なく進んでいます。調教時は人に従順で、普段も基本的には真面目で穏やかな性格をしています。闘争心もありますし、馬群が嫌いというわけでもないので、しっかりとデビューはしてくれると思います」

 

 

「自分の名前を呼ばれた時に反応したみたいだ。確かに賢い」

 

 

なんやなんや?俺に用か?

俺の世話やトレーニングの手伝いをしている人間がえらくへりくだってるな。相手のおっさんは偉い人なのか?

だったらちょっとはサービスしてみるか。

俺を撫でる権利をやろう。

 

 

「こうやってすり寄ってきたときは、首のあたりを撫でてやると喜びますよ」

 

 

「人懐っこいところもあるんですね。外見がどことなく貧乏くさい、脚がちょっと外向気味なところ以外はかなり完璧ですね」

 

 

おー、このおっちゃん(おじさんからグレードアップした)撫でるの上手いな。うわぁ~気持ちいい……ダーレーアラビアンの母よ。

 

 

「走りを見ていたが、右回りも左回りも苦にしていないな……決めました。この子を預かります。いえ、むしろ紹介してくれてありがたいほどです。」

 

 

「こちらこそありがとうございます。あとは、西崎オーナーの承諾だけですね」

 

 

なんだ?なんか俺のターニングポイントがあっさりと決まったような気がするが……

ご機嫌な二人が俺の部屋から離れていき、俺はまた一人になった。

そろそろ俺も競馬場に行く日が来るのかなあ……

それはそれでワクワクする。

 

こうして彼は美浦のトレセンに入厩することが決まったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2004年の春も終わりに近づいたころ。ボー改めテンペストクェーク(以下、テンペストと呼称する)は、育成牧場を卒業した。

 

 

「馬運車でも落ち着いていましたし、輸送にも強いと思います」

 

 

「それはいい。精神的にもタフ、それに賢い。競走能力さえ高ければ、後は言うことなしだな」

 

 

藤山調教師一同は育成牧場のスタッフから、テンペストの脱走癖や他馬嫌いの話を聞いてはいたが、そのあたりはしっかり管理すれば何とかなるだろうと考えていた。

しかし、美浦という千を超える馬がいるトレーニングセンターが、彼のストレスにどれだけ影響を与えるのかということがわかっていなかった。そして、ナチュラルに他の馬を見下す性格が歴戦の馬たちの神経を逆なでさせるのかを知らなかったのである。

 

入厩後数週間後事件は起こった。

 

 

「大変です!テンペストクェーク号とゼンノロブロイ号が!」

 

 

この報告に、トレーニングや出走日程を調整していた藤山調教師は飲んでいたコーヒーを吹き出してむせていた。

 

 

「なんでゼンノロブロイが。テンペストはほかの馬に全く興味も示さなかったし、そもそも他の馬にからもうとすらしない馬だぞ」

 

 

「それが、曳き運動の際に、ゼンノロブロイ号の前をテンペスト号が横切ってしまったみたいで。それが癪に障ったみたいです」

 

 

GⅠ戦線で戦い続け、古馬になってまさに全盛期になるつつあるゼンノロブロイは、人間には従順な馬だったりする。やたらめったらケンカを仕掛けるようなチンピラでもない。ただ自分がないがしろにされていると感じるとかなり怒る馬だったりする。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今俺は、黒い大きな馬に絡まれている。

といっても蹴ろうとしたり、噛みつこうとしているわけではない。

人間が俺たちを動かそうと必死になっているが、今回はそれを無視する。

 

 

【お前、生意気だな】

 

「不味い、早く2頭を引き離せ」

 

 

「だめです。ピクリとも動きません!」

 

見たらわかる。こいつは強者だ。体の大きさだけなら俺より少し大きいくらいだが、筋肉や風格が今まで出会った馬の中でもひときわ大きい。

こいつは普通の馬じゃない。

だから俺は反応してやった。

 

 

【なんかようか】

 

【生意気だ。従え】

 

 

なんだこいつ。ただ、こいつの威圧感の前だったら並みの馬はみな従うだろうな。

だが俺は違う。

 

 

【断る。俺にかまうな】

 

 

その瞬間、馬とは思えない重低音の嘶きが響き渡った。

フーン、そういうことね。

面白い。応えてやる。お前は強いみたいだしな。

土俵に乗ってやるよ。

俺も思いっきり息を吸い、嘶き続けた。

 

にらみ合い、嘶き合う。

 

お互いに蹴りや噛みつき、タックルなんかはしない。それをしたら逆に負けだ。

それがわかっているからガンの飛ばし合いで済ましている。

 

長いような短い時間が過ぎた。

 

周りに人間が集まってきており、さすがにこれ以上は迷惑だなと思った瞬間、相手が人間に従ってどこかに行ってしまった。

俺もそのあと人に従って、いつものトレーニングを受けることになった。

 

 

【またやろうぜ】

 

 

黒い馬はこう言い残していった。え~面倒……

 

副産物として、俺に絡む馬がめっきりいなくなったのはよかったのかもしれない。

今後は、定期的に俺にかまわないでオーラを出すといいのかもしれんなあ……

 

 

 




馬/テンペストクェーク
人間の魂がインストールされた馬。馬の脳みそに人間の演算能力は釣り合わないため、文字や言葉、一部の記憶等の演算能力はそぎ落とされている。そのため、中学二年生のようなムーブをかましている。それでも馬を超えた頭の良さをもつ。
性格はナルシストかつナチュラルに他馬を見下すヤバい性格をしている。その一方で、世話になった人間にはその恩を返す律儀な面もある。そのため、人間目線からは真面目で大人しい馬と思われている。
また、人間としての意識が強すぎるせいか、馬として扱われるのがやや不満な様子。ただ、自分が「馬」であることに変わりはないため、しぶしぶ受け入れている模様。ささやかな抵抗として、群れようとしなかったり、他馬を畜生扱いして見下している。
実際に能力もあるため、今のところは俺TUEEEEを楽しんでいる。
今のところ、彼が認識した馬はゼンノロブロイ号のみである。

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