10ハロンの暴風   作:永谷河

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イメージは2005年〜2007年版夢の第11レースです。


エピローグ

俺は馬である。

俺は今、暗闇を歩いている。

どこまでも、どこまでも続く暗闇を。

 

 

【ここは、どこだ……】

 

 

そして、途方もない時間を歩いたような、それとも全く歩いていないような。時間感覚がおかしくなっているのか?

 

そんなとき、目の前に光が見えたのである。

 

 

【あっちに行ってみるか】

 

 

俺は走って光の方へ向かう。

これは……

 

光の中に飛び込むと、そこは何もない大草原であった。

まばゆい太陽と、雲一つない青空。心地よい風。

こんなところで走り回ったら、とても気持ちいいんだろうなあ。そう思わせてくれる。そんな光景。

 

 

「久しぶりだね」

 

 

後ろから聞きなれない。それでいてどこかで聞いたことがある声が聞こえた。

振り返ると、そこには小柄な馬がいた。

……間違いない。

 

 

「久しぶりだな。ディープインパクト」

 

 

「ええ。本当に長生きしてくれちゃって。僕がどれだけ待ったことか」

 

 

「お前が早すぎるんだよ。本当にな……」

 

 

「なんであれだけ種付けして、30以上も生きているんですかあなたは」

 

 

「生命力の違いとだけ言っておこう」

 

 

懐かしいなあ。ディープの奴、俺が日本に帰ってきたときにはいなくなっていやがったからな。

 

 

「ところで、ここはどこだ?」

 

 

「さあ、それは僕らにもわからないよ。ただ、ここは僕たちサラブレッドたちの、競馬の理想郷と言っていい場所だよ。のんびりするのもよし、走り回るのもよし。何でもできる場所さ。そして、再戦の場所でもある」

 

 

「再戦の……場所?」

 

 

「そうだよ。僕は君ともう一度戦いたいとずっと思っていた。でもそれはかなわなかった。だから……」

「もう一度、君を叩き潰してやる。これは僕からの挑戦状だ!」

 

 

意味の分からないことを言う俺のライバル。意味が分からないのに、俺の心は燃え上がり始めていた。

 

 

「いいぜ。距離は?場所は?」

 

 

「東京競馬場2400メートル……と言いたいところだけど、君にとっては苦手な距離だね」

 

 

「流石にそれは遠慮願うぜ。マイル、10ハロン……は流石に俺に有利すぎるな」

 

 

「君にその距離で勝てる馬なんてス……いや、何でもない。とにかく、その中間で戦うしかないね」

 

 

「そうなるとあのレースが適当だな」

 

 

「なら、あの時と同じ場所、距離で戦おうか」

 

 

「そうだな。それがいい」

 

 

わかっているじゃねーか。俺たちの最後の決戦の場所。

 

 

「「京都競馬場2200メートルで勝負だ」」

 

 

俺たちがそういった瞬間、大草原が消え去り、そして地面になじみの芝が生え始めた。

そして周りを見渡せは、大きなターフビジョン、そして観客席。

間違いない、これは京都競馬場だ。

こんな不思議な光景なのに、今の俺には一切の疑問はわかない。

 

 

「でもよ、俺たちだけじゃ競馬はできねえぞ。これじゃあただのかけっこだ」

 

 

「もちろん、その通りさ。だから、君と戦いたいと願う馬たちも集めてきたよ。というか勝手に集まってきたよ。もう人間を乗せて競馬場で走るのは面倒臭いし嫌って言って、のんびりしているような連中も、君が来たと知ったら目の色変えて走りたいっていうんだから。本当に人気者だね」

 

 

「よう、久しぶりだな。若造。強くなったか?」

 

 

ディープの言葉と共に、後ろから渋くていい声が聞こえる。

 

 

「ゼンノロブロイ……」

 

 

「せめて「さん」ぐらいつけろ。まあいい。俺もお前には負けっぱなしだったしな。リベンジさせろ」

 

 

「……いいぜ。かかってきやがれ。俺は強いぞ」

 

 

「おい、お前を倒すのは俺だ」

 

 

ゼンノロブロイとの会話に割り込んできたのは、でかい奴。こいつのことを忘れた覚えはない。俺と共に戦い続けた友人でありライバルだ。

 

 

「ダメジャー……久しぶりだな」

 

 

「俺をそのあだ名で呼ぶんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」

 

 

「すまんすまん。安田記念のあとの約束、ここで果たしてやるよ」

 

 

最後まで心残りだった友人との再戦。この時を待っていた。

そして次々と現れる俺のライバル、友人、後輩、先輩たち。

 

 

「先輩!僕も忘れないでくださいね」

「マイルじゃねーけど、俺は負けん。アスコット、それにモンマスパークのリベンジだ」

「久しぶりですね。あなたと私の子供はちゃんと育ちましたよ。それはそうと、あなたには負けっぱなしでしたし、今回こそ勝たせてもらいますよ」

 

 

見覚えのある馬たちが俺に挑戦状をたたきつけてくる。

俺が日本で、ドバイで、香港で、欧州で戦った奴らばかりじゃねーかよ……

まあいいさ。全員返り討ちにしてやる.

いや待て、ジョージワシントン。君には11ハロンは長いと思うが……

まあいいか。本人が納得しているわけ「あとでマイルの連中も集めてレースだからな!」……やっぱりそう来たか。

 

「今日は芝で勝負してやる。俺たちの国に殴り込んできた暴風に敬意を表してな。ただ、これが終わったら俺たちのダートでもう一度勝負だ」

 

 

カーリンにインヴァソール。

俺がアメリカで戦ったライバルたちもいる。

 

 

「ああ、いいぜ。どっちも返り討ちにしてやる」

 

 

意気揚々としていると、ディープが再び俺の前にやってくる。

 

 

「そろそろいいかな」

 

 

「いいぜ。いいメンバーが集まったしな」

 

 

「あと、すごい先輩や後輩たちが君をお待ちみたいだよ。本当に人気者だね」

 

 

ふと遠くをみると、なんかやばそうなオーラを放っているサラブレッドたちがいた。

 

マイルで11馬身差くらいつけて、俺の再来と呼ばれていそうな馬

仏国生まれで凱旋門賞を6馬身差つけていそうな馬

英国の英雄と呼ばれてそうな馬

マイルで不敗。英2000ギニーを8馬身差で勝ってそうな馬

英国の短距離路線も無双していそうな馬

イタリア史上最強と言われていそうな馬

米国三冠をすべてレコードで走ってそうな馬

 

……いや多いよ。

しかも結構伝説っぽいオーラを醸し出している馬もいるし、先輩ばかりじゃねーか。

いや、後輩もいるけど。

 

まあいい。

誰であろうと俺にかなう馬はいねえよ(長距離は無理)。

 

 

「いいぜ、これが終わったら全員かかってきやがれ!日本の芝だろうとイギリスやフランスの芝だろうが、日本のダートだろうが、アメリカのダートだろうが、どんなコースでも構わない。相手になってやる」

 

 

俺がそう叫ぶと、レジェンドたちだけでなく、観客席にいつの間にかいた馬たち、そして俺と共にゲートインを待つ馬たちの闘争心が燃え上がったのを感じた。

 

 

「やっぱり君は面白いね。それでこそ倒しがいがあるよ」

 

 

「さあ、始めようか。伝説の宝塚記念の再来を!」

 

 

いつの間にか俺の上に乗っているのは、相棒の高森騎手。ディープの上には彼が乗っている。あれ?アドマイヤムーンの上にもいるけど……まあいいや。

 

 

心地よいファンファーレが鳴り響く。

あの時と違って今は快晴だ。

つまり良馬場。

だけど関係ない。世界中を巡った俺はあの時とは違うぜ。

まあ、それはディープも同じだろうけどね。

 

 

『それでは、第47回宝塚記念と同じコースで行われます、京都競馬場2200メートル特別競走。出走馬の紹介です』

 

『1枠1番 ジョージワシントン』

『1枠2番 ノットナウケイト』

『2枠3番 デビットジュニア』

『2枠4番 スイープトウショウ』

『3枠5番 プライド』

『3枠6番 ウィジャボード』

『4枠7番 ダイワメジャー』

『4枠8番 ゼンノロブロイ』

『5枠9番 エレクトロキューショニスト』

『5枠10番 アドマイヤムーン』

『6枠11番 ハーツクライ』

『6枠12番 ディラントーマス』

『7枠13番 ハリケーンラン』

『7枠14番 マンデュロ』

『7枠15番 カーリン』

『8枠16番 インヴァソール』

『8枠17番 テンペストクェーク』

『8枠18番 ディープインパクト』

 

 

場内の実況が聞こえる。

懐かしい。

全員がゲートに入る。

そしてゲートが開く。

 

俺は全身の力を躍動させて、ゲートから飛び出した。

 

 

「……ああ、楽しいなあ」

 

 

『栄光の座はただ一つ』

 

 

 

 

サラブレッドは走り続ける。

終わりのない夢を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10ハロンの暴風 完

 




これにて、テンペストクェークの物語はお終いです。

今までありがとうございました。

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