10ハロンの暴風   作:永谷河

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自分はスマホゲームはやらないと誓っているのでウマ娘はやっていません。
アニメ、漫画は読んでいますが……
なので、ジャンルをウマ娘にしませんでした。




馬、問題児になる

12月12日(日)の中山競馬場5Rの新馬戦は、テンペストクェークが大逃げを行い勝利した。パドックでの奇行もあり、8番人気に甘んじていたものの、その予想を覆す結果であった。

最高のスタートを切って、そのまま先頭を走り、粘りきってのゴールであった。

生産者や、馬主、騎手などの関係者が集まっての記念撮影なども終わり、テンペストクェークは自分の馬房に戻っていた。鞍上の高森は騎乗予定があるため、この場所にはいなかった。

 

 

「大逃げを行ったんだ。しっかりとケアをしておかないとな。馬体の方に問題はあったかな?」

 

 

「今のところ特に問題はないようです。呼吸も落ち着いているので、肺にも影響はないと思います。ここでできる検査は限られていますが、大丈夫だと思います」

 

 

藤山調教師と厩務員の秋山がテンペストクェークをチェックしながら彼の体を気遣っていた。

 

 

「当初の想定とは異なる勝ち方だったが、こういうこともあるのが競馬だ。諸々の振り返りは後日にするとして、今日はしっかりと勝ちを喜びましょう」

 

 

自分の管理する馬が勝つ。これが調教師を含めたホースマンたちの最上の喜びでもあった。

 

 

 

 

次の日、テンペストクェークの馬主の西崎が藤山調教師の下に訪れていた。

西崎は、昨日は祝勝会だったようで、少々二日酔い気味だった。

 

 

「テンペストクェークを勝利に導いていただきありがとうございました」

 

 

島本牧場の二人は二日酔いに襲われながらも、朝早くの便で北海道に戻っていった。そのため、彼らの分も含めて藤山に感謝の気持ちを伝えていた。彼にとって初めて所有した馬が勝ったのである。当然といえば当然である。

 

 

「いえ、こちらこそ素質のある馬を預けていただき、ありがとうございます」

 

 

この会話も昨日さんざん行った会話である。新馬戦で馬が勝ち、こうやって喜びを爆発させる馬主の顔をみるのも楽しみの一つであった。

 

 

「彼の様子はどうでしょうか」

 

 

「さすがにレースが終わった後は疲れた様子でした。今も少し疲れた様子は見せていますが、概ねいつも通りですね。おそらく数日もすれば元の調子に戻ってくれると思います」

 

 

「それならよかったです。ケガも多い世界だと聞いているので、安心しました」

 

 

「体調管理については私共に任せてください。それで、次の目標ですが、昨日の新馬戦を勝った場合のプラン通りに行くことを計画しています」

 

 

調教師の仕事は、馬の調教プランを考えるだけではない。管理している馬の出走計画も考える必要がある。それもテンペストクェーク1頭ではなく、管理馬すべてである。最近は馬主の意向が強くなってきてはいるものの、藤山厩舎では、彼とスタッフたちが出走計画を練っているのである。

 

 

「私は素人ですので、プロのあなた方に任せます。次のレースはいつになりますか」

 

 

「本来であれば、1月の若駒ステークスに挑もうと考えていたんですが、少し昨日の走りが気になりましてね。もう一度陣営で再検討する予定です」

 

 

新馬戦を勝った馬は、条件戦(現在は1勝クラスなどと呼ばれている)に挑む。素質のあると感じた馬は、オープン戦や重賞に格上挑戦させることもある。当初予定していた若駒ステークスはオープン戦である。

 

 

「気になる?といいますと……」

 

 

「ああ、大逃げという戦法での勝ち方はあまり一般的ではないもので。まだ彼の脚質、レースの戦い方を見極めたいと思いましてね」

 

 

「なるほど、わかりました。私ももう少し勉強をしようと思います。今後も彼をよろしくお願いいたします」

 

 

彼が立ち去った後、藤山は今後のプランをどうするか再度考えていた。他に管理する馬がいる以上、テンペストクェークだけを贔屓することはできないが、それでも期待の一頭だけに、比重はどうしても重くなる。

 

 

「自分の管理する馬が勝ったのに、悩むとは。贅沢になったものだよ……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

レースから幾日が立ち、俺はトレーニングを行う場所に戻っていた。

さすがにちょっと疲れた。

最初は自分の想定したペースで走っていたと思ったが、最後のコーナー付近でスピードが落ちていた。坂もきつかった。

ただ、俺より前を走る馬はいなかったな。

最初から先頭に立って、最後まで先頭で行く作戦は成功したといっていいだろう。

ただ俺の上に乗っている騎手が不気味なほど何もしなかったんだよなあ。

最初は前に行くなって感じで指示を受けたんだけど、それだと作戦が台無しになってしまうしあえて無視した。ちょっと申し訳なかったが。

そうしたらその後は何もされなかった。

鞭でバシバシしばかれるのかと思ったら、コーナーの終わりで一回、坂をのぼっているときに一回だけ優しく叩かれただけだったし。

まあぐいぐい来られる人よりマシかな。

 

あと、やっぱ俺って強いわ。

ちょっと想定より遅かったけど、これぐらいなら次のレースも勝てるかな。

いろいろと心配そうな顔を向けてくるけど、大丈夫だ。

俺に任せなさいな。

俺のことは俺が一番わかっているんだから。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「藤山先生。テンペストですが、やはり自分でペースを作ろうとしていました」

 

 

「最初の3ハロンが11秒台後半、中盤3ハロンが12秒台中盤、終盤が12秒ジャストくらいだったな。上がり3ハロンは36.1か。終盤あまり加速はしていなかったのはスタミナ切れかな?」

 

 

「確かに第四コーナー付近で少しスピードが緩んだんですが、坂でまた加速しました。ただ、最後の100メートル付近で少し力を緩めていましたね」

 

 

勝ち時計が2.02.1であった。このタイムは新馬戦では速いタイムではあるが、異常な速さではない。ただ彼の大逃げのせいで、他の馬もペースを上げてしまったようで、全体的に早い展開のレースになってしまった。逃げ・先行の馬もスタミナが切れかかっていたし差し・追込の馬も最後の加速が鈍っていた。

 

 

「うーん、逃げ気質だったのか?調教では全く気づけなかったが……」

 

 

「確かに最終追い切りで自分が乗ったときもペースを守ろうとするところはありました」

 

 

調教を見ていて、優れたスピードは間違いなく父や祖父から受け継いでいることがわかった。また、一気に加速する瞬発力も明らかに他の馬より抜きんでている。それに人に従順だから、騎手がペースを把握して、先行待機策や後方待機策のどちらもいけると踏んでいた。

 

 

「調教で他の馬と併走するときは追い抜くタイミングなんかはしっかりと指示に従ってくれていたんだが」

 

 

「少し思ったんですが、彼は自分で考える能力が高すぎるのだと思います。今までのエピソードを聞いていると、結構彼はプライドが高いことがわかります。真面目で大人しいのは確かなんですが、想像以上に頑固です」

 

 

「手を抜くというより自分に絶対の自信があるということか」

 

 

「先頭に立って加速し始めたときには一度スピードを緩めるように指示したんですが、聞いてくれませんでしたね。多分ですが、彼は大逃げで勝つように最初から考えて、それを実行したんだと思います。だから、作戦外の走りをさせようとした私の指示を無視したのだと思います」

 

 

「自己管理能力が高いと思っていたがそこまでとは」

 

 

「しかし、先生もお気づきになっているとは思いますが、中盤にペースが落ちていたり、終盤でスピードが鈍っているのを見ると、自分の想定に自分の体がついていかなかったのだと思います」

 

 

「次は若駒ステークスを予定していたが、条件戦に変えたほうがいいかもしれないな」

 

 

「おそらく今のままでも勝てると思いますが、彼に彼の本当の力を教える必要があります」

 

 

テンペストクェークは馬とは思えないほどの賢さを持っている。それは人間の魂がインストールされているからである。

しかし人間の賢さがインストールされていても、彼に「競馬」の賢さはインストールされていないのである。

なので、彼は「ゴールで自分の体力が尽きるくらいのペースで走れば勝てるよね」という結論で走っている。案外自分の体というものは自分では理解できないものなのである。

 

 

「今の話を聞く限り、坂路や併走なんかの実際に走る調教をただの体力トレーニングとしか思っていないのかもしれんな。それに本当の意味で人間を信頼していないのかもしれん」

 

 

「信頼していないというより、自分のことは自分で何とかするものだと思い込んでいる可能性があります。だからこそ「頑固」な性格なんだと思います」

 

 

ここまで自己を確立してしまっている2歳馬を見るのは初めてであった。

そして、藤山調教師は、この無駄に高い知能をどうやって制御し、競馬はタイムアタックではなく、「競争」であることを教えることが出来るのかを考えるのであった。

 




因みに当初の想定で若駒Sに行った場合、同期の怪物にわからされます。


話のストックはここまでです。

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