機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-07「零れ落ちる希望」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、このタイミングで。

 

 誰もが、その可能性を予測していなかった。

 

 先遣隊の背後から接近する熱源に気付いた時には、既に戦闘は避け得ない距離にまで詰め寄られていた。

 

「熱源5、急速接近。モビルスーツです!! ジン4、シグー1、そして・・・・・・」

 

 上ずった声で、最後の1機の名を告げるオペレーター。

 

「イージス・・・・・・X303、イージスです!!」

 

 その言葉に、旗艦モントゴメリの艦橋は騒然となった。

 

 奪われたXナンバー。本来なら自軍の強力な味方になる筈だった機体が襲ってくる恐怖を、彼等は初めて体験する事となる。

 

「急速回頭、迎撃戦準備!! モビルアーマー隊、発進急げ!!」

 

 コープマンの声も上擦っている。まさかの奇襲に彼自身、対応が完全に後手に回っていた。

 

 しかしそれでも、やるべき事はやらねばならない。

 

「アークエンジェルに打電ッ 《直ちにこの宙域より離脱せよ》!!」

 

 その言葉を聞いて、隣に座るジョージ・アルスターが呻いた。

 

「な、何だと、それではここまで来た意味が無いではないか!!」

「あの艦が落とされるような事があったら、もっと意味が無いです!!」

 

 怒鳴り返すコープマンも必死である。

 

 一方で、その様子は、アークエンジェルのほうでも確認していた。

 

 既に、モントゴメリから離脱命令が来ており、マリューとしては艦の安全保持のためにも、直ちに反転離脱するべきなのだが、なかなかその決断が下せずに居た。

 

 先遣隊とアークエンジェルとの距離は微妙な関係にあり、全速で赴けば間に合う可能性もある。しかし、それではアークエンジェル自身も危険に晒す可能性がある。

 

「迷う事はありません。反転しましょう艦長!!」

「でも、あれにはフレイの父さんが!!」

 

 叩きつけるようなナタルの言葉に、サイの反論が交錯する。

 

 マリューも、理性の内では反転すべきだと考えている。それが命令であり、論理的に言って正しい事も判っている。

 

 しかし、それでも危険を承知で捜索に来てくれた先遣隊を見捨てる事が、マリューには出来ない。更に現実的な問題として、先遣隊には恐らく、アークエンジェルに配属される補充要員も乗っている事だろう。それを考えれば、退くに退けない。

 

 決断し、顔を上げた。

 

「今から反転しても、逃げ切れると言う保証はないわ・・・・・・全艦第一戦闘配備!! アークエンジェルはこれより、先遣隊の援護に向かいます。フラガ大尉、リーランド曹長、それにキラ君は、各々の搭乗機へ!!」

 

 

 

 

 

 警報が鳴ると同時にキラは、支給された軍服の上着を掴んで部屋を出た。警報が鳴った瞬間には、既に即応するように立ち上がっていた。この辺りは、戦場で鍛えた勘が劣化していない事を思わせる。

 

 扉を開けて飛びだすと、部屋のすぐ横にはまるで誂えたかのようにエストが待ち構えている。

 

 並んで駆け出す2人。既に事態は逼迫している。交わす言葉もそこそこだ。拙速をこそ狡知よりも尊ぶべき状況である。

 

「状況は?」

「現在より約360秒前、合流予定にあった先遣隊との間に繋がれた音信が、ジャミングにより切断、その後、熱紋照合によりザフト軍1個部隊の襲撃を受けている事が判明しました。なお、熱紋照合の結果、敵モビルスーツのうち、1機はX303イージスと確認されています」

「イージス・・・・・・」

 

 となれば、パイロットはアスラン。またも、あの部隊と言う事だ。

 

 続けてキラが何かを言おうとした時、

 

 すぐ脇にあった扉が唐突に開いた。そこは、ラクスが軟禁されている部屋である。

 

「あれ?」

「・・・・・・またですか」

 

 驚き駆ける足を止める2人の前に、ラクスはヒョッコリ顔を出した。

 

「何ですの? 急に賑やかに・・・・・・」

「戦闘配備です。危険ですので、あなたは中に入ってください」

 

 そう言うとエストは、ラクスを押し留める。

 

 その足元では、相変わらずハロが間抜けな声を上げている。

 

「せんとうはいび、と言う事は、戦いになるのですか?」

「いや、もうなってるし」

「お2人も、戦われるのですか?」

 

 相変わらず能天気なラクスのズレた質問に、2人はどうにも調子が狂う思いだった。

 

 とは言え、今はこうしている場合ではない。

 

「・・・・・・とにかく、中に入ってください。良いですね」

 

 そう言うとエストは、ラクスを中に押し込んで扉を閉めた。

 

 と、

 

「キラ!! エスト!!」

 

 今度は廊下の端から呼ばれ、2人は再度振り返る。

 

 そこには、不安そうな顔で駆けて来るフレイの姿があった。

 

「戦闘配備ってどういうこと? パパの船は?」

 

 パパの船、と言う言葉の意味が判らず、キラは戸惑った瞳をエストに向ける。

 

 その視線に吊られたのか、フレイの手は、エストの肩を掴んだ。

 

「ねえ、パパの乗った船は大丈夫よね? 沈んだりしないわよね?」

「確約は、致しかねます。戦場では何が起こるか・・・・・・」

「駄目よ!!」

 

 思わず傍らのキラが震えるほどの声が、エストの言葉を遮ってフレイの口から発せられた。同時に、エストの肩には痛いぐらいの握力が加えられる。

 

「大丈夫って言って・・・・・・パパの船は大丈夫だって・・・・・・」

 

 かなり精神的に追い詰められているのが判る。目は大きく見開かれ、唇は歪み、絶叫を必死で堪えているのが判る。掴んだ手は、そのままエストの首を絞めそうな勢いだ。

 

 思わず、掴まれているエストは、痛みの為に顔を歪める。

 

 そんなフレイの腕を、横からキラがそっと掴んだ。

 

「大丈夫だよ。僕達も行くから」

「・・・・・・ほんとう?」

「うん、だから」

 

 キラは優しく言いながら、そっとフレイの手をエストから離すと、力強く頷いて見せた。

 

 少し苦しそうにしているエストの背中を叩くと、縋るようなフレイの瞳を見詰め返して、待機所へと駆け出す。

 

「・・・・・・なぜ、あのような事を?」

 

 少し非難の色を込めたエストの質問に対し、キラはそう言って苦笑を浮かべた。確約できない事を軽々しく言った事に対し、非難をしているようだ。

 

「ああでも言わないと、放してくれなかったでしょ、彼女」

 

 時間が惜しい現在、嘘も方便と割り切るしかなかった。

 

 あとは、その嘘を真実にできるかどうかが鍵であった。

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスから出撃した機体は5機。対して3隻の連合軍艦からは、その3倍以上のメビウスが出撃している。

 

 しかし、地球圏最強機動兵器を前にして、「たかが」3倍の物量差など、あって無きに等しい。

 

 先頭を行くシグーから、各機に命令が飛ぶ。

 

「アスラン、さっそくだが、そいつの性能と君の腕前、見せてもらうぞ」

《了解です》

 

 短いアスランの返事を聞くと、クライブ・ラオスは愛機を一気に加速させた。

 

 彼の愛機は一般的なシグーで、武装に関しては他の機体と同じである。だが、エンジンだけはチューンナップを施し、限界ギリギリまで馬力と速度性能を上げてある。

 

 そのシグーのコックピットの中で、

 

「さて・・・・・・」

 

 クライブは自身を豹変させる。

 

 アスランに接した時のような紳士然とした物腰を消し、戦う為の獣へと変貌した。

 

「きやがったな、連合の豚共が!!」

 

 重突撃銃を構え、向かって来るメビウスを見据える。

 

 既に戦闘態勢に入り、メビウスはザフト軍を包囲しようと迫ってくる。

 

 だが、

 

「ハッ、遅いんだよ。蝿が止まるぜ!!」

 

 接近するメビウスに、クライブの先制攻撃が入った。

 

 その一撃で、包囲しようとしていたメビウスの内、1機が撃墜されて、そこだけ陣形に穴が空く。

 

 そこへ、クライブは機体を割り込ませた。

 

 突然、陣列の中に入り込まれ、メビウス隊は混乱を来たす。

 

 ただの1機として、クライブのシグーを捕捉できるメビウスはいない。

 

 それを嘲笑うかのように、クライブは混乱するメビウスに砲弾を叩き込んでいく。

 

「ハッハーッ 豚は豚らしく地面を這いつくばってやがれ!!」

 

 接近すると、銃を使わずに蹴り飛ばす。それだけでメビウスはフレームがひしゃげ、火球へと変じた。

 

 通常のモビルアーマーや戦闘機には決して真似できない芸当。手足を持ち、人間に近い形をしたモビルスーツのみに許された荒業と言える。

 

 その間に、アスラン達も攻撃を開始している。

 

 他のメビウスに攻撃を仕掛け、撃墜し、見る見るうちに連合軍側の兵力は減っていく。

 

 アスランはイージスをモビルアーマーに変形させ、最大の武装である580ミリ複列位相砲スキュラを放った。

 

 赤い火線が駆け抜ける先には、盛んに対空砲を打ち上げながら回避行動を取ろうとしている護衛艦バーナードの姿がある。

 

 迸る太い閃光は、狙い違わずバーナードの舷側に命中する。

 

 戦艦の主砲をも上回る威力を持つ砲撃は、その一撃で持って護衛艦の薄い装甲を突き破り、内部の弾薬庫を直撃した。

 

 船体は真っ二つに引き裂かれ、噴き上がった巨大な火球が、護衛艦を飲み込んでいく。

 

 それを見届けると、アスランは次なる目標を目指す。

 

「護衛艦バーナード、轟沈!!」

「X303イージス、護衛艦ローへ向かいます!!」

 

 刻々と悪化する戦況が、戦艦モントゴメリのブリッジにリアルタイムで伝わってくる。

 

 司令官席の隣に座ったアルスター外務次官は、まるで悪夢でも見るかのように呆然と呟く。

 

「奪われた機体に攻撃される・・・・・・そんな馬鹿な話があってたまるものか・・・・・・」

 

 気持ちは分かる。

 

 だが、どんなに視線を逸らそうとも、現実は彼の目の前から消えてくれない。

 

 モントゴメリにも、メビウスを撃墜したクライブのシグーが迫ってくる。その驚異的な技量と性能を前にしては、必死に敵の進行を防ごうとするモビルアーマーなど、蚊トンボ以下にしか見えない。

 

「そらそらそらッ 逃げろ逃げろッ 早く逃げないと落としちまうぞ!!」

 

 圧倒的な機動力で迫って来るシグーに対し、慌てたように旋回するモントゴメリの主砲。

 

 しかし、

 

「は~い、ざーんねーん!!」

 

 その前に急接近したシグーの銃が、モントゴメリの主砲を貫いて吹き飛ばした。

 

「第1砲塔、損傷!!」

 

 振動と同時に発せられるオペレーターの悲痛な叫び。

 

 その間にクライブは、対空砲火を突破してモントゴメリの中枢へ迫った。

 

 開戦から11ヶ月。対モビルスーツ戦闘の戦訓を考慮し、モントゴメリもイーゲルシュテルンの増設により近接防空能力を強化してあるが、所詮は付け焼刃。歴戦のザフト兵士が操るモビルスーツの進軍を止め得るものではない。

 

「あばよ。ナチュラルのノロマさん!! 次は亀にでも生まれ変わってくださいってか!!」

 

 雄叫びと哄笑が響く。

 

 構えられる銃。

 

 その射線上には、モントゴメリのブリッジがある。

 

 ニヤリと笑みを浮かべるクライブ。

 

 トリガーに掛った指に力が入る。

 

 だが次の瞬間、

 

 出し抜けに駆け抜けた閃光がその進路を遮った。

 

「何ッ!?」

 

 予期せぬ事態に、思わず機体を翻し後退するクライブ。

 

 備え付けられたセンサーには、こちらに向かって急速に接近する機体の存在を映し出していた。

 

 水平のスタビライザーを広げた青い機体。

 

 シルフィードを駆るキラは、間一髪のところで間に合った。モニターには、再度モントゴメリに取り付こうとしているクライブ機の姿がある。

 

「させるか!!」

 

 叫ぶと同時に最加速。その勢いのまま、右腕のブレードを展開、シグーに斬りかかる。

 

「チッ、ようやく来やがったか!?」

 

 文字通り疾風の如き斬り込みを、辛うじて回避するクライブ。

 

 更にシルフィードの後ろからは、メビウス・ゼロにエール装備のストライク、そしてアークエンジェルが後続している。

 

「ば、馬鹿な、何故来たのだ!?」

「た、助かった・・・・・・」

 

 コープマンとアルスターは、同時に対照的な声を発した。

 

 キラはライフルでクライブのシグーを牽制すると、まずはモントゴメリの安全を確保する。

 

 既にムウとエストも、それぞれジンと交戦状態に入っていた。

 

 一方でアスランはと言うと、護衛艦ローのスラスターを潰して航行不能状態に陥れた時点で状況の変化に気付き、機体を反転させて戻ってきた。

 

「あれは、キラ!!」

 

 ある意味で予定通りの邂逅に、アスランは逸る気持ちをどうにか抑えようとする。

 

 シルフィードに向かって駆けるイージス。

 

 だが、その前にトリコロール色の機体が立ちはだかった。ストライクである。

 

「あなたの相手は私です」

 

 小さな声で囁くと同時に、ビームサーベルを抜き放ってエストは斬り込んだ。

 

 対してアスランも、イージスの腕からビームソードを展開して迎え撃つ。

 

 切り下ろされる剣を、互いのシールドで弾く。

 

「邪魔だ!!」

 

 弾くと同時に機体を上昇、勢いを付けて再び斬り込む。

 

「ッ!?」

 

 対してエストは、シールドでアスランの斬撃をかわしつつ、カウンターの隙を伺う。

 

 アスランは単調な攻めを避け、幻惑するような剣捌きでストライクを攻め立てる。その鋭い攻撃は、徐々にエストの行動半径を狭め、追い込んでいく。

 

 アスランは数回乗っただけで既に、この新型機の特性を自分の物にしていた。

 

 一方、ムウもジン相手に善戦していた。

 

 4基のガンバレルを展開し、オールレンジで砲撃を行う。

 

 そのトリッキーな攻撃を前にして、1機のジンが腕部を破壊されて後退を余儀なくされる。

 

 だが、直後に、並走するようにしてジンに取り付かれてしまった。

 

「クソッ!!」

 

 とっさにガンバレルを1基呼び戻し砲撃を行う。しかし、殆ど同時にジンも、手にしたバズーカでゼロを攻撃した。

 

 閃光が、両機をほぼ同時に吹き飛ばす。

 

 結果、相打ち。ジンも戦闘不能で離脱したが、ゼロも判定中破の損傷を受けてしまった。

 

「これじゃ、立つ瀬無いでしょ俺」

 

 愚痴るような言葉を吐きながらも、これ以上の戦闘が不可能なのは明白である。唇を噛みつつ、損傷した機体をアークエンジェルへと向けるしかなかった。

 

 後は、2人の子供達に期待するしかない。

 

 だが既に、状況は更に悪化していた。

 

 距離を詰めた戦艦ヴェサリウスの攻撃によって、航行不能状態で漂流していた護衛艦ローが撃沈。クルーゼは、その砲門をモントゴメリに向けようとしていた。

 

 その頃キラは、クライブのシグーに動きを拘束されていた。

 

 前述の通り、エンジンにフルチューンを施したクライブ機は、機動性だけは高かった。

 

「クッ、何だ、このシグーは!?」

 

 機体性能だけなら、以前に戦ったクルーゼ機以上である。

 

 それでも辛うじて、シルフィードの機動力をフルに活かして追随する。

 

「ハッハー!! どうしたどうした!? 上手いのは猿真似だけかナチュラルさんよ!?」

 

 隙を見て、重斬刀で斬り込むクライブ。

 

 一瞬の方向転換に、思わずキラの行動が遅れた。

 

 剣先がコックピットを掠める。

 

 だが、PS装甲を前にして、実体剣の刃は通らない。

 

 その事を思い出し、クライブは舌打ちする。

 

 一瞬の間を置かずに、キラの反撃が来る。

 

 横薙ぎに振るわれた高周波振動ブレードを、クライブは辛うじて後退する事で回避。両者は再び剣先を向けて対峙する。

 

「・・・・・・そう言や、効かねえんだったな」

 

 呟いてから、ニヤリと笑う。

 

「だが、無限って訳じゃ、無いんだろ!?」

 

 言うと同時に、抜き打ちに近い速さで突撃銃を構え、シルフィードを狙い打つ。

 

「クッ!?」

 

 対応が一瞬間に合わず、数発の直撃を受けよろめくシルフィード。それでも持ち前の高機動で機体を翻し、追撃の砲弾はキッチリと回避してのける。

 

 反撃とばかりにキラもビームライフルを放つが、その攻撃はクライブ機を捉えるには至らない。

 

「クハハ!! そんなもんかよ地球軍の新型!! それじゃガキの玩具と変わらんな!!」

 

 言いながら、砲撃の手は止めない。

 

 まるでキラの逃げる場所がわかっているかのように、クライブは的確な砲撃でシルフィードを追い詰めていく。

 

 直撃は少ないが、素早くシュミレートするキラの脳裏では、徐々に逃げ道が潰されていっているのが理解できる。

 

「そらそら、どこまで耐えられるかな、お人形遊びのナチュラルさんよ!? それとも、中の人間が先にくたばるか!?」

 

 愉悦に満ちた言葉のまま、クライブは翻弄されるシルフィードを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルブリッジにも、刻々と戦況が伝わってくる。

 

 既にバーナードとローが撃沈され、今また最後のメビウスも火球へと変じた。これで、モントゴメリを護る者は居なくなった。

 

 そんな折、通路のドアが開き、フレイが入ってきた事に気付いた者は1人も居なかった。

 

 そんなフレイの耳にも、不吉な声が飛び込んでくる。

 

「敵機、モントゴメリへ攻撃を開始しました!!」

「敵ナスカ級、急速接近中!!」

「メビウス・ゼロ被弾、帰投します!!」

 

 そんな声を聞きながら、フレイはフラフラとした足取りでモニターの方へと歩んでいく。

 

「パパ・・・・・・パパの船は、どうなったの?」

 

 その声に、ようやくフレイの存在に気付いたのだろう、マリューが振り返った。

 

「今は戦闘中ですッ 民間人はブリッジの外へ出て!!」

 

 だが、そんな声も耳に入らないらしく、フレイは前へと進もうとする。

 

 見かねたCICのサイがブリッジに上がり、フレイを外へと連れ出した。

 

 だが、それでもフレイは暴れだす。

 

「イヤ、離して!! パパは、パパはどうなったの!?」

「落ち着くんだ、フレイ!!」

 

 なだめようと必死になるサイだが、フレイはそれすら耳に入っていない。手足をばたつかせて暴れ周り、とてもではないがサイでは抑えきれない。

 

「キラは・・・・・・エストは・・・・・・あの子達は何やっているの!?」

 

 縋るように問い掛ける。

 

 そんなフレイの両肩を力一杯掴み、サイは自分に振り向かせる。

 

「必死に戦ってるよ。でも向こうにもイージスが居て、簡単にはいかないんだッ」

「でも、大丈夫って言ったのよ。僕達も行くから大丈夫って!!」

 

 その言葉が、戦場においてどれだけアテになるのか、フレイはまったく理解していない。無理も無いだろう。今まで上流階級の令嬢として過ごし、日なたの人生を過ごしてきたフレイにとって、戦場とは簡単に人が死ぬ場所である事など、理解の範囲外の事だった。

 

 と、その時、

 

 締め切られた部屋の中から、澄んだ歌声が聞こえてきた。

 

 手を止めるフレイとサイ。

 

 やがて、何かを決断したようにフレイは歩き出した。

 

 

 

 

 

 クライブは悪態を吐きたい心境だった。

 

 既に並みのモビルスーツなら、3機はスクラップにしているであろう命中弾を得ていると言うのに、シルフィードは未だに大した傷を負っていない。

 

「クソッ、何だってんだよ!?」

 

 既に、手持ちの弾丸は心許なくなって来ている。これが無くなれば、後は剣を抜いて白兵戦しかないのだが、そうなると密着してしまう関係から、クライブ機のアドバンテージとも言うべき高機動の魔力が発揮できなくなってしまう。

 

「だが、そろそろテメェも限界か?」

 

 クライブは見抜いていた。シルフィードの動きが徐々に鈍くなって来ているのを。

 

 いかに無敵の装甲を作ろうと、中にいる人間には限界があると言うことである。

 

 事実としてこの時、キラは度重なる被弾と空振る攻撃によって、機動に精彩を欠きつつあった。

 

 その様を見て、クライブはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「所詮はナチュラルってこったな。お人形遊びは、もっと大きくなってからしましょうね、いや、もっと小さい頃にか? ま、どっちでも良いがなッ」

 

 その間にも、砲弾は容赦なくシルフィードに襲い掛かる。

 

 コックピットの中でキラは、疲労と共に焦りを感じ始めていた。集中力も低下し、先程から被弾する確率も上がっていた。

 

 量産機にすぎないシグーに拘束されて身動きが出来ないでいる現状が、キラの苛立ちを深刻なレベルで募らせていた。

 

 その間にザフト軍の残りはモントゴメリに攻撃を集中している。

 

 既に武装の大半を破壊されたモントゴメリは、機関も損傷しているらしく動きが極端に鈍い。大型火器は全て潰され、最早、辛うじて生き残っている対空砲が散発的に火線を上げている程度である。

 

 援護無しでは、もう幾らも持たないであろう事は明白であった。

 

 一方、アスランのイージスを相手にしているエストも、苦戦を強いられていた。

 

 元々、機体制御の半分近くをOSで補正する事で、ようやくストライクの操縦が可能となっているエストである。全ての動きを自分で制御し、スピーディな機動を可能とするアスランには及ばないものがある。

 

 接近しての鋭い斬撃を前にして、徐々に動きが鈍り始める。

 

「クッ、このままでは・・・・・・」

 

 焦るのはエストも、キラと同じである。

 

 そして、焦りは一瞬の判断ミスを生む。

 

 横薙ぎに振るわれたストライクのサーベルが、虚しく虚空を薙いだ。

 

 対してアスランは、機体を沈み込ませてエストの攻撃をかわし、反撃に打って出る。

 

 急接近するイージス。

 

「クッ!?」

 

 それに対して、エストの対応は追いつかない。

 

 次の瞬間、振るわれた光刃は、ストライクの左腕と頭部を同時に斬り飛ばした。

 

「ッ!? そんな・・・・・・」

 

 コックピットのモニターが損傷を示す赤に変わり、頭部と左腕が欠損している事を伝えてくる。

 

 損傷と共に、バランスが崩れて流されるストライク。

 

 それを見届けてアスランは、機体を翻した。

 

 彼の狙いはストライクには無い。今クライブと戦っているシルフィードこそ、彼の本命と言えた。

 

 

 

 

 

「ストライク損傷、帰投します!!」

 

 その報告に、マリュー達は息を呑んだ。

 

 ついに使える機動兵器はシルフィード1機のみとなった。加えて先程、モントゴメリから航行不能の通信が入っていた。

 

 状況は極地まで切迫し、刻一刻と破滅へ突き進んでいる。

 

「シルフィード、キラ君は!?」

「敵隊長機と交戦中。イージスもそちらに向かっています!!」

 

 状況は最悪だ。

 

 アークエンジェルはヴェサリウスに砲撃を集中しているが、ヴェサリウスのアデス艦長は、巧みにデブリを利用して砲撃を回避しつつ、徐々にモントゴメリとの距離を詰めていく。

 

 そして、生き残っているキラの命運も今や危うい。敵隊長機に加えてイージスも参戦しては、いかにキラでも支えきれないだろう。

 

 その時だった。

 

 再びブリッジの扉が開いた。

 

 またか、と思い振り返ると、そこには予想通りフレイが立っている。

 

 注意しようと重い口を開きかけ、そのまま硬直してしまった。

 

フレイは、今度は1人ではなかった。

 

 その手は、ラクス・クラインの腕をきつく掴んでいる。

 

 「何を」と尋ねる前に、フレイは音階を踏み外した声で口を開いた。

 

「この子を殺すわッ」

「え?」

 

 一瞬何を言っているのか判らず、ブリッジに居る全員が訝った。だが、すぐに言いたい事に思い至り、凍り付く。

 

「パパの船を撃ったらこの子を殺すって・・・・・・あいつらに言って!!」

 

 その言葉に、フレイを追ってきたサイも凍りついた。

 

 フレイの精神は、今や信念に続く崖の上に、意図一本でかろうじて立ているに等しい。

 

 父は「まだ」生きている。それだけが、フレイを支えている全てであった。

 

「言ってよォォォォォォ!!」

 

 絶叫するフレイ。

 

 だが、

 

 死神は、

 

 容赦なく、

 

 鎌を振り下ろした。

 

「ナスカ級、モントゴメリを捉えました!!」

 

 ハッとする一同。

 

 モニターに振り返るのと、ヴェサリウスの主砲が火を噴くのは同時だった。

 

 太い閃光が、既に損傷して脆くなった戦艦の装甲を容易く突き破り、その内部に破壊を齎していく。

 

 炎に包まれる戦艦。

 

 モニターの前の一同は、ただそれを見守る事しかできない。

 

「ああ・・・あああ・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・」

 

 最早フレイの声は、言葉にすらならない。

 

 彼女の目の前で、彼女の父親が乗った船が炎の中に沈んでいくのだ。

 

 崩れ落ちるフレイの体を、サイがとっさに支える。が、支えきれずにサイもまた床に座り込む。

 

 誰もが息を呑み、誰もが動きを止めた。

 

 ほんの1時間前、誰がこの結末を予測し得ただろう?

 

 直撃を受けたモントゴメリは轟沈。そのまま巨大な火球へと変じた。生存者など、考えるだけ労力の無駄だった。

 

 先遣隊全滅。

 

 希望の光が、彼等の目の前で消えていこうとしている。

 

 しかも、戦いはまだ終わっていない。クルーゼ隊の残存戦力とヴェサリウスが、アークエンジェルに向かって来ているのだ。しかもアークエンジェル側の戦力は、最早シルフィード1機のみ。そのシルフィードも2機の敵に挟まれ、身動きが取れない。

 

 その時、CICで指揮を取っていたナタルが弾かれたように駆け上がり、通信手席のカズイからインカムをひったくった。

 

「ナタル、何を!?」

 

 驚くマリューを制するように、ナタルは叩きつけるように言った。

 

「接近中のザフト軍に告ぐ!! こちらは地球連合軍戦艦アークエンジェル。本艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインが令嬢、ラクス・クラインを保護している!!」

 

 その声は、アークエンジェルに舳先を向けたヴェサリウスでも受信した。同時に、ブリッジに佇むラクスの映像も送られる。

 

「偶発的に救命ボートを発見し、人道的な立場から保護したものであるが、以降、当艦への攻撃が加えられた場合、それは貴軍のラクス嬢に対する責任放棄とみなし、当方は自由意志でこの件を処理する事をお伝えするッ」

 

 その言葉を聞き終えて、ラウはやれやれといった調子に苦笑を浮かべた。

 

「格好の悪い事だな。助けに来て、不利になったらこれか」

「隊長」

 

 決断を迫るアデスの言葉に、手を上げる。向こうの出方はどうあれ、ラクスを見殺しにするわけにはいかないのもまた事実だ。

 

「判っている。全軍に攻撃中止命令を出せ」

 

 その通信を聞いていたキラ、アスラン、クライブも戦闘を止めていた。

 

《卑怯な!!》

 

 怒気をそのまま言葉に乗せたアスランの声が、キラに聞こえてくる。

 

《保護した民間人を盾にする。それがお前の正義か!?》

「・・・・・・・・・・・・別に」

 

 対してキラは、淡々とした調子で返した。

 

「ここは戦場だよアスラン。生き残る事が最優先だ」

《その為なら、こんな汚い事もすると言うのか!?》

《よせよせ、アスラン。こいつらも必死なのさ。みっともなくあがいて、もがいて、そんで地べたを這い回る以外に生きていけない豚共だ。そう責めてやるのも酷ってもんだろ》

 

 冷静な中にも侮蔑を含む口調を込めて言うと、クライブは機体を反転させた。

 

 それに従い、アスランも僅かに睨みつけるような態度で続く。

 

《彼女は取り戻す。必ずな》

 

 捨て台詞を残して遠ざかっていく2つの機影を、キラは見送る事しかできない。

 

 確かに、自分で言った通り、戦場にある以上、生き残る為に手は尽くさねばならない。

 

 だが、良い気分でないのもまた、確かな話であった。

 

 後には、惨めな敗北者が1人、取り残されただけだった。

 

 

 

 

 

PHASE-07「零れ落ちる希望」     終わり

 

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