機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-08「さらば友よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体をメンテナンスベッドに固定し、コックピットを開く。

 

 そこには、見慣れた友人の顔が出迎えてくれていた。

 

「キラ、お疲れ」

 

 告げるリリアの声は、どことなく暗い物がある。どうやら彼女も、事情に関しては聞き及んでいるのだろう。その声には、いつもの快活さが感じられなかった。

 

 対してキラは無言で頷く。アスランにはああ言ったが、やはりやり切れる物ではない。勿論キラは、これまで幾度か汚い作戦に従事した事もある。しかし、世の中の全てのテロリストが喜んで手を汚しているかと言えば、決してそうではない。

 

無論、それを言い訳にする気はないのだが。

 

 目を転じれば、左腕と頭部カメラを失ったストライクと、側面装甲のひしゃげたメビウスゼロが見える。

 

 物心ともに失う物ばかり多く、得る物の何も無い戦いだった。

 

「キラ・・・・・・」

 

 そんなキラを気遣うように、リリアは濡れタオルを差し出した。

 

「ありがとう」

 

 微妙な笑みを浮かべてそれを受け取るとキラは、待機所の方へと歩き出した。

 

 ちょうどそこで、疲れた調子で肩を落としているムウと行き合った。

 

 こちらも難しい顔をしている。その度合いから行けば、キラ以上に疲労しているように見える。連合の軍人として戦うムウとしては、このような卑怯な振る舞いを許容できるはずも無い。それでも黙っているのは、それしか方法が無かったからだ。

 

「こうなってしまったのも、僕達が弱いから・・・・・・なんでしょうね」

「ああ、実際情けねえよ、俺も」

 

 そう言って肩を落とす。機体損傷と引き換えにジン2機撃破の戦果を上げたムウだが、それを誇る気には到底なれなかった。

 

 キラも同様である。敵隊長機との戦いに拘束されて、味方の救援どころではなかった。それが敗北の一因となった以上、尚更の話である。

 

 結果は無惨。先遣隊は全滅、生存者無し。アークエンジェル側も、ストライク、メビウスゼロ中破の被害を蒙っていた。

 

 あそこでナタルの機転が無かったら、確実に全滅していたであろう。

 

 それは判っている。

 

 だが、判っていても、やり切れない。

 

 重苦しい雰囲気だけが、艦内を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 着替えて、廊下を歩いていると、エストと行き会った。

 

 相変わらずの無表情ではあるが、心なしか彼女にも疲労感が見て取れる。無理も無い、ストライクは判定中破の損傷を受けて、当面は出撃不能となっている。あのアスランと切り結んで、この程度の損傷だったのは、むしろ幸いであった。

 

 どうやらキラを連れて行く為に待っていたようだ。

 

 2人は無言のまま、肩を並べて歩き出す。だが、エストの足取りは重く、ふとすればキラの方が行き過ぎて歩調を合わせねばならなかった。

 

 仕方なくキラは、ゆっくり歩く事でエストに合わせてやる。

 

 とにもかくにも休息が必要である。特にエストには、相変わらず表情には出ていないが、今回の戦いはショックが大きすぎたのだろう。

 

 その時だった。

 

 ふと通り掛った部屋の中から、少女がすすり泣く声が聞こえてきた。見れば、入り口の辺りでミリアリアが立ち尽くしているのが見えた。

 

 ミリアリアは歩いてくる2人の姿を見ると、少し驚いたように慌ててみせる。

 

 覗き込んでみるとそこには、サイの胸で泣き崩れるフレイの姿があった。

 

 嗚咽を洩らす少女に胸を貸した、サイの表情もまた暗い。入ってきたキラとエストに、何と声を掛けたら良いのか判らない様子だ。

 

 堪りかねたキラが、声を掛けようとした。

 

 その瞬間、フレイが顔を上げて涙に濡れた瞳を向けてきた。

 

「嘘つき!!」

 

 純粋な怨嗟と憎悪に彩られた言葉が、容赦なくぶつけられる。

 

 向けられた瞳は夜叉の如く変貌し、口を突いて出る言葉の鋭鋒は鈍る事を知らない。

 

「嘘つきッ 『僕達も行くから大丈夫』って言ったくせに!!」

「フレイ、キラ達だって必死に・・・・・・」

 

 見かねたミリアリアが割って入ろうとするが、フレイの言葉は留まらない。

 

「あんた達が・・・・・・」

 

 吐き出される憎悪は、とめどなく溢れ出てくる。

 

「あんた達が死ねば良かったよ」

「フレイ!!」

 

 さすがにサイも嗜めようとするが、それをフレイは凄まじい力で振り払った。

 

「あんた達が死ねば良かったのよ!! パパの代わりに!!」

 

 それだけ言うとフレイは、再びサイの胸に顔を埋めて泣き出した。

 

 そんなフレイに抗弁しようと、エストは一歩踏み出す。だが、その細い肩を、キラの手がそっと引き止めた。

 

 顔を向けるエストに、キラは無言のまま首を横に振る。

 

 フレイの言い方はともかく、自分達が彼女の父親を救えなかったのは紛れもない事実である。ならば、ここで幾ら抗弁したとしても状況は変わらないだろう。少なくとも、フレイを相手にしては。

 

 何か言いたそうなエストだったが、やがて諦めたのか、キラの背中を追ってその場を去っていった。

 

 確かに、ここに居てもできる事は何も無いだろう。

 

 ただ、少女が洩らす嗚咽の声だけが、エストの小さな背中に突き刺さるようだった。

 

 

 

 

 

 先に歩いていたキラを追いかけると、展望デッキに佇む彼を見つけた。

 

 視界一杯に広がる宇宙空間を見詰めるキラの瞳は、どこか哀しげに翳っているようにも見える。

 

 気付いていないのかと思い、背後から近付いてみたが、意外にもキラの方から声が掛かった。

 

「綺麗だよね」

「え?」

 

 キラは振り返らずに続ける。

 

「信じられる? 僕達のさっきまで戦っていた戦場は、こんなにも綺麗なんだよ。僕は今まで、こんな綺麗な戦場を見た事は無い」

 

 地上での戦場は、いつも悲惨だった。血と炎、そして瓦礫。

 

 そこには綺麗などと言う感情が入り込む余地は、僅かも存在し得ない。ただ只管の絶望があるのみであった。

 

 そして、感情を持ち込もうとした者は大地に躯を晒し、絶望を糧にし泥を啜った者だけが生き残る事のできる世界。それが戦場である。

 

「でも、僕達は間違い無く、あの場所で戦っていた。そしてフレイのお父さんを助けられなかった。それは事実なんだ」

 

 物事はすべからく結果が重視される。それが刹那の間に命をやり取りする戦場であるなら尚更である。

 

 先遣隊は全滅し、フレイの父親を救えなかった。それが、今のキラ達にとっての「結果」である。

 

 その時だった。

 

「もう戦いは終わりましたの?」

 

 その場の空気にあまりにもそぐわない、柔らかい声が2人の背後から聞こえてきた。

 

 振り返るとそこには、ピンク色の髪を持つ少女が、同じ色の丸い物体を従えて佇んでいた。

 

 一瞬呆気に取られたのは、2人一緒だった。

 

 そんな2人に、ラクスは優しく微笑んでいる。

 

「いや、あのさ・・・・・・」

「何度も申し上げましたが、勝手に出歩かれては困ります。あなたは、少しは御自分の立場を弁えてください」

 

 どう言って良いのか判らないキラを押しのけて、エストが抗議するが、ラクスはそれをふんわりと受け止めた。

 

「でも、このピンクちゃんはお散歩が好きで、鍵が掛かっていると、勝手に開けて出て行ってしまいますの」

 

 そう言っているラクスの足元で、事の主犯である丸い物体は、「テヤンデ~」などと能天気に言いながら跳ね回っていた。

 

 キラとエストは、同時に溜息を吐いた。何はともあれ、これで密室の謎が解けた。

 

 ハロを床で遊ばせながら、ラクスは2人に歩み寄った。

 

「戦いは、終わりましたのですね?」

「ええ、あなたのお陰で」

 

 繰り返されて質問に、キラは苦笑気味の返事を返した、実際、自分達は何も出来なかった。ラクスがいてくれたからこそ、少なくとも現在のところ、アークエンジェルは無事な姿をとどめているのだ。

 

 答えたキラに、次いで、その横に佇むエストに、ラクスは交互に目を向ける。

 

「でも、あなた方は悲しそうなお顔をなさっていますわね」

「え?」

 

 言われてから、互いに顔を見合わせた。

 

 それをどう解釈したのかは知らないが、ラクスは言葉を続けた。

 

「あなた方は、きっと優しい方なのでしょうね。まるで、わたくしの婚約者のように」

「婚約者?」

 

 驚きの声を上げるが、ラクス・クラインほどの立場と声望をもつ存在ならば、既にそのような存在がいたとしてもおかしくは無い。

 

 だが、ラクスの次の言葉が、キラを驚愕させた。

 

「ええ、アスラン・ザラと言いまして、不器用なのですが、わたくしには優しくしてくださるのです。今はザフトに入っておいでですので、ひょっとしたら、お2人もお会いになる機会があるかもしれませんわね」

 

 この場合、「お会いになる」時は、互いに殺し合いを演じる場であるのだが、

 

 相変わらずの少しズレたラクスの台詞に、キラは思わず苦笑を返した。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・

 

 いやいやいや、ちょっと待て。

 

 今突っ込むべきところは、そこではないだろう。

 

 あまりにも自然に出てきた為、よく知った固有名詞を危うく聞き逃すところだった。

 

「アスラン・ザラを知っている、て言うか、婚約者!?」

「はい?」

「何を慌てているのですか、あなたは?」

 

 突然うろたえたキラに、ラクスとエストは怪訝な顔を向ける。だが、そんな2人の様子も目に入らないほど、キラは動揺していた。

 

「まさか、アスランが・・・・・・」

 

 人の縁とは、本当に不思議だと感じる。

 

 キラはアスランと自分の関係を話し、また、現在彼がイージスに乗ってアークエンジェルを追撃してきている事を話すと、2人も驚いたような顔をした。

 

「不思議ですわね」

 

 ラクスはそう言って微笑むと、色々とアスランとの思い出を語った。

 

 親同士が決めた許婚である事。メカに詳しいアスランが、ラクスのお気に入りのペットロボットを修理してくれた事。それが縁で、ハロを作って送ってくれた事。少々調子に乗って作りすぎ、今やラクスの家にはたくさんのハロが居る事。

 

 キラは笑った。

 

 アスランは変わっていない。コペルニクスで彼と過ごせたのは短い期間だったが、それでも一番の親友だったのだから判る。

 

 だからこそ、

 

 こうして敵同士になって砲火を交え、彼の大切な人を人質に取っている状況が、キラには歯がゆく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が痛いのは、連合もザフトとも同じと言う事である。

 

 現在ヴェサリウスは、一定の距離を保ちながら、逃走するアークエンジェルを追尾している。

 

 捜索対象と攻撃目標が同時に見付かったわけであるから、最大限ポジティブな見方をすれば、手間が省け一石二鳥と言えなくも無い。

 

 しかし、それを手放しに喜べよう筈も無く、ブリッジに集まった面々は隊長であるラウを始め、皆渋い顔をしている。

 

「さて、どうしたものか」

 

 発するラウの声も苦い。

 

 ラクスを人質に取られた以上、下手な手出しはできない。こちらが妙な動きをすれば、即座に先程の繰り返し、地球軍はラクスの頭に銃を突きつけて交渉してくるだろう。

 

 こちらから手を出す事はできない。よって現状は、惰性として後に着いて行く以外に無かった。

 

 せめてもう少し戦力があれば、足止めして包囲するという手段もあるのだが。

 

「せめてガモフがいればな」

 

 ガモフをはじめ、合流予定にある艦は全て、未だヴェサリウスから1日以上の距離にあり、早急な連携は難しいだろう。こうなると、性急に接触した事が仇になってしまった感があった。

 

 その時。

 

「何を悩んでいるのかね、キミタチは」

 

 嘲弄とも取れる声が、背後から上がった。

 

 壁に背をもたれたクライブがニヤついた顔で、悩む一同を眺め渡している。

 

「このまま全力出撃して、足付きを沈める。それで全ておしまいだ。向こうは戦力が減ってる。今ならやれるだろ。厄介事も厄介な敵も、それでぜ~んぶ、お終い」

 

 事も無げに告げるクライブに、動揺の視線が集中する。

 

 この男はたった今、一同の前で禁断の果実を事も無げにもぎ取り、見せ付けるように舐めて見せたのだ。

 

 どうだ、簡単だろう。この程度の計算すら、お前等は解けないのかよ?

 

 嘲弄に満ちた視線は、そう語っている。

 

「馬鹿な、そんな事できるわけが無い!!」

 

 言い放ったのはアスランである。婚約者もろとも敵艦を撃沈しようと言うクライブの言葉に、彼は激高していた。

 

「あの船には、ラクス嬢が乗っているのですよ。それを、」

「あ~そいつはご愁傷様。名誉の殉職って事でOK?」

 

 ヘラヘラと笑いながら、クライブは肩をすくめる。

 

 その仕草に怒りを覚え、なおも詰め寄ろうとするアスランを挑発するかのように、クライブは更に言う。

 

「大体にして、こんな危ない所までノコノコ来るくらいだ。ハナッからこうなる事くらい、奴さんだって了承済みだろうよ。あとはせいぜい派手に国葬でもやってやれば、本国の連中も満足するんじゃねえの?」

 

 その言葉に、アスランの忍耐が切れるよりも一瞬早く、背後からラウの制止する声が入った。

 

「やめたまえ。不毛な議論は時間の無駄だ」

「しかし隊長!!」

 

 こんな事を言われて黙っているのか?

 

 今にも食って掛かりそうなアスランに笑みを見せながら、ラウの仮面に隠れた瞳はクライブに向いた。

 

「まあ、そう性急に結論を出す事もあるまい。まだ足付きが地球軍の勢力圏に逃げ込むまでには時間もある。それまでに方針を決めればいいさ」

 

 少し間を置いて、付け加える。

 

「最悪の決断も含めて、な」

 

 その言葉に、アスランは不承不承ながら引き下がる。対してクライブは、大きく欠伸をして立ち上がった。

 

「どこへ行くのかね?」

「退屈だから寝る。何か変化があったら起こしてくれよ」

 

 心の底からどうでも良さそうに言いながら、クライブはブリッジを出て行く。

 

 だが、その一瞬、アスランと視線を合わせる。

 

『甘ちゃんが』

 

 そう侮蔑を込めた視線を、アスランはやるせない怒りを湛えた視線で睨み返すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 寝返りを打ちながら、キラは寝苦しい夜に身を委ねる。

 

 落ち着けば落ち着くほどに、釈然としない気持ちが込み上げてくるのが判る。

 

 目に浮かぶのは、ピンクの髪を持つ可憐な少女の姿。

 

 プラントの歌姫であり、現最高評議会議長の娘であり、現在は拘留中の身であり、そして、旧友の婚約者である少女。

 

 間にアスランを挟むとは言え、キラにとっても縁浅からぬ存在であると言える。

 

 どうにもすっきりしない気持ちを持て余し、ベッドの上で寝返りを打つ。

 

 必要とあれば汚い手段を使う事も厭わないキラではあるが、決してそれが気分の良い物ではない。それが今回、人間関係も相まって最悪な気分に貶められていた。

 

 もう一度、寝返りを打つ。

 

 そうしているうちにも、キラの中にある考えが急速に形を成してくる。

 

 しかし、それを行うには、キラと言えど勇気が必要であった。最悪の場合、自分の命を投げ出す覚悟も必要だろう。

 

 天秤は、然程時間を置かずに片方へと傾いた。

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱり、ちょっと納得できないな」

 

 そう呟くと、ベッドから起きあがった。

 

 ドアを開き、周囲に人影が無い事を確認すると、足音を殺しながら廊下を進む。目指す部屋はすぐそこである。

 

 扉を開く。同時に、光を感知したハロが、喜ぶように騒ぎ出した。

 

「う、う~ん・・・・・・ハロ?」

 

 ベッドの上で身じろぎしながら、眠っていたラクスが目を覚ました。

 

 正直、傍から見ると夜這いを掛けに来たように見えなくも無いが、キラは真剣な表情のままラクスに向き直った。

 

「キラ様?」

「黙って。静かに着替えて、僕について来てください」

 

 言われるままに、眠い目を擦りながら従うラクス。その間にキラは、周囲を確認しながら人の気配を探る。

 

 人手が足りない事はこの際、幸いと言うべきだった。お陰で、周囲に人の気配はない。

 

「お待たせいたしました」

 

 そう言って、ハロを抱いてラクスが出てきた。

 

 その時だった。

 

「何をしているのですか?」

 

 ギョッとなって振り返る、前に、後頭部に硬い物体を押し付けられた。

 

 一瞬で銃だと判断したそれは、華奢な少女の手に握られて、キラの頭に押し付けられている。

 

「あなたらしくないですね。何を焦っているのですか?」

 

 こうも簡単に背後を取れた事を指摘しつつ、視線を逸らしたエストは、ラクスと目が合った。

 

 意味の判っていないのか、ラクスはニコニコと微笑みながらエストを見ている。

 

 一方でキラは、既に次の行動を模索していた。

 

 エストの初撃をどうかわすか。エストに発砲の意思があれば、既にキラの頭は石榴と化している筈。ならば、このまま不穏な動きをしなければ撃つ事はないはず。そこを突ければ、勝機は充分にある。

 

 行動を起こそうと、脳が筋肉に伝達を送った。

 

 次の瞬間、

 

 エストはフッと手を緩め、そのまま銃を引いた。

 

「・・・・・・・・・・・・何の心算?」

 

 ゆっくりと振り返るが、エストは再び銃を構える様子も無くラクスに歩み寄ると、その手を取って廊下を歩き出した。

 

「行きましょう、時間がありません」

「はい?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 

 キラは2人の後を、慌てて追いかける。

 

 エストの足は格納庫へと向かっている。その行動から、彼女の意思もラクスを逃がす事にあると悟る。

 

 しかし、何故彼女が?

 

 先を行くエストは無言のまま、ラクスの手を引いて歩いていた。

 

 

 

 

 

 脱出プランはシンプルだった。

 

 使える機体はシルフィードのみであるので、キラが受け渡し役になる。

 

 発艦後キラは、国際救難チャンネルにアクセスし、追跡してくるナスカ級戦艦にラクス解放を伝える。同時に条件として、ナスカ級の機関停止と受取人としてアスランを指定する。

 

 それが一連の行動だった。

 

 当然、受け渡しは宇宙空間で行われる事になる。

 

 そこで、ラクスには宇宙服を着てもらう事になった。

 

 ロッカーを開けて予備の宇宙服を取り出したキラは、はたと思い至った。

 

 ラクスは裾の長いロングスカートを着用している為、体にフィットするような宇宙服は着辛い。よって、着替えてもらわねばならないのだが、

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

 迷うキラの視線の意味に気付いたラクスは、いそいそとその場でロングスカートを脱ぎ始めた。

 

 その姿に、キラはとっさに視線を逸らしつつも、頬を赤くする。

 

 ロングスカートを取り払ったラクスのスカートは、それでもミニスカート状の部分が残るのだが、その裾からピンク色の布地が見え、

 

「あなたは向こうを向いてください」

 

 グリッ ゴキンッ

 

「グッ!?」

 

 いきなりエストの手によって、強引に首を捻じ曲げられた。

 

 その痛みに、思わずキラは息を詰まらせた。虚を突かれた事もあるが、骨が折れなかったのが奇跡に思える。

 

 着替えを終えたラクスは、脱いだスカートを宇宙服の腹部に格納した為、まるで妊婦のような外観になっていた。

 

 そのまま3人は気配に気を配りながら、格納庫へと辿り着いた。

 

 周囲を見回すが、折り良くマードック達もいないようだ。

 

 3人は低重力を泳ぎながら、シルフィードのコックピットへと辿り着く。

 

 コックピットに滑り込み、手早く機体を立ち上げていく。そのコックピットにラクスを座らせるエスト。

 

 目が合うと、ラクスは微笑む。

 

「ありがとうございました。また、お会いしましょうね」

「さあ・・・・・・それは、どうでしょう」

 

 無表情のまま返すエスト。

 

 自分は連合の兵士。彼女はプラントの歌姫。ここまで立場の違う人間の人生が、今後、交錯するとは思えない。

 

「無理があると思います」

「そうですか・・・・・・」

 

 エストの拒絶の言葉に、少し曇ったように瞳を潤ませるラクスだったが、すぐに笑顔に戻って見せた。

 

「では、お元気で」

「はい」

 

 頷いてからエストは、視線をキラに向けた。

 

「あなたは、戻ってきてくださいね。さもないと、すぐにこの機体を自爆させます」

 

 先の戦いで損傷したストライクだが、起動自体には問題ない。OSさえ動けば、そこからレーザー通信を発してシルフィードの自爆装置を作動させる事が出来る。

 

 一瞬キラは、立ち上げる手を止めてエストと向かい合う。

 

 交錯する瞳と共に張り詰められた沈黙はしかし、キラが浮かべた微笑によってすぐに霧散した。

 

「大丈夫、僕はザフトには行かないよ」

「そう願ってます」

 

 テロリストの言葉など信用できないが、それでも今は信じるしかない。何より、ここには彼が守るべき存在がいる。ある意味でそれが、キラとアークエンジェルを結び付ける細い糸であるように思えた。

 

 エストが離れるのを確認してから、キラはコックピットハッチを閉じシルフィードを前へと進ませる。

 

 その頃になって、ようやく事態に気付いたマードック達が格納庫に駆け込んでくるが、既に遅い。

 

 カタパルトデッキへと機体を進ませライフルとシールドを受け取ると、発進シークエンスをスタートさせる。

 

「行きます、しっかり掴まってて」

「オマエモナ~」

 

 ハロの間の抜けた返事と共に、シルフィードは虚空へと打ち出される。

 

 一方で、勝手に発進したシルフィードに、格納庫内は大混乱に陥る。

 

 どうにか発進を止めようとするが、既にカタパルト側のハッチは閉じられてしまっている。こうなると、事実上、発進を止める事は不可能だ。

 

 その騒然とした中で、キャットウォーク上に立ち尽くしたエストは、シルフィードの背中が消えたハッチを、静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 報せを受けてアスランがブリッジに上がったとき、既に主要なメンバーは揃っていた。

 

 食い入るように見守るモニターには、光学センサーで捉えた青い機体がこちらに向かって来る様子が映し出されている。

 

「キラ・・・・・・」

 

 親友の愛機がヴェサリウスに向かってくる理由は、既に聞いている。どうやらラクスを解放すると言う事なのだが。

 

 半信半疑のまま、アスランはモニターの中の機体を見る。

 

 他の人間ならば、罠と言う可能性も考えられる。しかし、あの機体を駆っているのはキラなのだ。ならば、きっとラクスを解放してくれるはずだ。

 

 そう思うのは、所詮はアスランの願望に過ぎないのかもしれない。しかしそれでも今は、そう信じたかった。

 

 アークエンジェルとの中間宙域で停止したシルフィードから、サウンドオンリーで通信が入ったとき、その声が親友の物であると再確認した。

 

《こちらは、地球連合軍アークエンジェル所属のモビルスーツ、シルフィード。ラクス・クライン嬢を同行、引き渡す。ただし、ナスカ級戦艦は機関を停止しその場にて待機、イージスのパイロットが1人で来る事が条件だ。この条件が守られない場合、彼女の身柄は・・・・・・保証しない》

 

 最後の部分だけ、僅かに苦悩を滲ませて言った。

 

 国際救難チャンネルで発した音声は、当然、アークエンジェルでも受信している。

 

「艦長、奴が勝手に言っている事です。今すぐ攻撃を!!」

「そんな事したら、今度はシルフィードがこっちを撃ってくるぜ。多分な」

 

 ナタルの強硬な主張に対し、ムウが軽く返す。彼としても、民間人の少女を人質に取ると言う現状に不満を感じていた為、このキラ達の行動には溜飲が下がる思いであった。勿論、軍人としての彼は、そのような想いは微塵も出さないのだが。

 

 既に、同様に加担したエスト・リーランドは警備兵によって拘束し収監している。

 

 アークエンジェル側としては、最早ザフトの出方を見守る以外にする事が無かった。

 

 それから暫くしてからヴェサリウスのハッチが開き、中からイージスが発進してくる。

 

 両者の機体が至近まで接近した時、キラはライフルを掲げてイージスを停止させた。

 

「・・・・・・アスラン・ザラか?」

《・・・・・・ああ》

 

 硬さが印象的な返事がではあるが、それは間違い無く親友の声である。

 

「ハッチを開け」

 

 指示通りに開かれたイージスのコックピットハッチから、ヘリオポリスで見た紅いパイロットスーツ姿のアスランが確認できる。

 

 キラはラクスに向き直った。

 

「話して」

「え?」

「向こうにも、偽者じゃない事を確認させる必要があるから」

 

 それで得心が言ったのか、ラクスはイージスに向かって手を振って見せた。

 

「こんにちはアスラン、お久しぶりですわね」

「ハロハロ~オマエモナ~」

 

 ラクスの柔らかい言葉と、ハロの能天気な声を聞き、アスランは微笑んだ。どうやら、間違いは無いようだ。

 

 確認した事を伝えると、キラはラクスの背中をイージスの方へと押し出す。

 

 特に暴行を受けた様子も無い事に、アスランはホッと息を吐いた。

 

 流れてきたラクスを受け止めると、2人してキラに向き直った。

 

《ありがとうございました、キラ様。エスト様にも、お礼を言って置いてください》

 

 そう告げて、手を振るラクス。その横でアスランは唇を噛み締め、決意を固めた。

 

 今だ。今しかチャンスは無い。

 

 手は自然に、前へと伸ばされる。

 

《キラ、お前も一緒に来い!!》

 

 これが最後のチャンスだ。これを逃せば、キラを引き戻す機会は巡ってこない。

 

 そう思えばこそ、アスランも必死になって手を伸ばす。

 

《お前が地球軍にいる理由がどこにある!?》

 

 キラはコーディネイターだ。ならば自分達と一緒に居るべきなのだ。

 

 そんな親友の様子を微笑みながら見詰め、

 

 キラは首を横に振った。

 

「ありがとう、アスラン。けど、僕はザフトには行かない。これは前にも言ったはずだよ」

《キラ!?》

 

 そのまま姿勢制御用のスラスターを逆噴射し、シルフィードはイージスから離れていく。

 

「さようならアスラン。次に会った時は、容赦しない。僕が君を撃つ」

《何故だキラ!? 何故なんだ!?》

 

 静かな、しかし明確な拒絶に、アスランは戸惑うしかない。

 

 そんなアスランの耳に、通信を斬る直前、キラの囁くような声が届いた。

 

「地球軍に居る理由は無いけど、ザフトに行けない理由ならある」

 

 それっきりキラは、相手の返事を待たずに通信を切り遠ざかっていく。

 

 これ以上何かを言われたら、本当に心が揺らいでしまいそうだ。

 

『キラ、お前も一緒に来い!!』

『お前が地球軍にいる理由がどこにある!?』

 

 確かにその通りだ。しかもその言葉が、かつての親友の口から発せられると、何と甘美に聞こえる事か。

 

 だが、キラはザフトに、いや、プラントへは行けない。行けない理由があるのだ。

 

 あの船には、サイが、トールが、カズイが、ミリアリアが。リリアがいる。彼等を置いて行く事は、キラにはできなかった。

 

 機体を反転させ、帰途に着くキラ。

 

 だが、まだ終わってはいなかった。

 

「機関始動だアデス。クライブ!!」

《おう!!》

 

 ヴェサリウスの機関に灯が入り、同時にカタパルトが点灯、待機していたクライブのシグーが打ち出される。

 

 キラからの通信があった時点で、ラウはここまで計算していたのだ。アークエンジェルが停止し、ラクスが解放される瞬間を。そして、そのタイミングで奇襲を掛ける作戦を立てていたのだ。

 

 イージスとシグーが、高速ですれ違う。

 

《よくやったぜアスラン。お手柄だな!!》

「ラオス隊長!!」

 

 口調こそ褒めているが、その声音には多分に侮蔑の色がある。最期まで利用されるだけだったピエロに過ぎない少年。本当に、よく踊ってくれた。

 

 今やクライブの目の前には、無防備に背中を晒すシルフィードと、間抜けな顔で停止している足付きがいる。

 

「貰ったぜ!!」

 

 突撃銃を構える。

 

 だが、次の瞬間、

 

 一閃された光と共に、シグーの右腕が肘から吹き飛ばされた。

 

「何だと!?」

 

 衝撃で流れる機体を制御しつつ、舌打ちするクライブ。その目には、ライフルを構えたシルフィードが居る。

 

《僕がそれを読んでなかったと思うかッ!?》

「クソッ!?」

 

 残った左手で重斬刀を抜こうとするが、それもライフルの一撃によって阻まれてしまった。

 

「野郎、よくも!!」

 

 両腕を失ったシグーが後退する。

 

 その時、通信が入った。

 

《やめてください、クライブ・ラオス隊長。追悼慰霊団代表のわたくしがいるこの場所を戦場にする心算ですか?》

 

 後方にいるイージスからの通信である。ラクスは普段の温和な雰囲気からは想像もつかないような、強い口調で告げる。

 

 意思の篭った両眼は、鋭くクライブを射抜く。

 

《すぐに戦闘行動を中止してください。聞こえませんか?》

 

 クライブは舌打ちする。

 

 ガキが、状況が判っていないにも程がある。これ程のチャンスを手放せと言うのか?

 

 だが、現実問題として、彼のシグーは両腕を失い戦闘不能となっている。どの道退かなきゃいけないことには変わりなかった。

 

「判りました、了~解でーす」

 

 投げやりに答えると、機体を反転させる。

 

 口惜しいが、今はあの小娘に従う以外に無かった。

 

 残ったキラは、ゆっくりとライフルを下ろした。どうやら、危機は去ったようだった。

 

 あれだけラクスが睨みを効かせてくれれば、取り合えずナスカ級がすぐに追ってくる事も無いだろう。

 

 深く息を吐いた。

 

 かなり危うい綱渡りではあったが、何とか成功したようだった。

 

もっとも、これから艦に戻るキラからすれば、まだ話は終わっていないのだが。それはまた、別の話と割り切って笑みを浮かべた。

 

 まあ、どの道、半ば以上捨てている人生だ。なるようになる時はなるようになるし。そうでない時は、終わる時だ。

 

 さばさばした思考のキラを乗せたまま、シルフィードは機体を反転させた。

 

 

 

 

 

 

PHASE-08「さらば友よ」      終わり

 

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