機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-09「萌芽の刻」

 

 

 

 

 

 驚く事はない。負け戦なんてものは、いつもこんな感じだ。

 

 泥濘と爆炎が肌を撫で、鼻に飛び込む火薬と血糊の匂いが混じった臭気。視界の中には死体、死体、また死体。

 

 一緒に戦って来た戦友達は、1人、また1人と泥の中に倒れ、圧倒的な軍靴の下に踏み躙られて行く。

 

 自分の周りに居る味方も最早、両手の指で足りる程度でしかない。

 

 それでも必死になって、手にしたライフルを撃ちまくる。

 

 だが、その返礼は、100倍近い銃弾の嵐によって返される。

 

 最早、ここも数分と持たないだろう。そして、それはまた自分達の命も同義である。その事は、この場に居る誰もが理解している事であった。

 

 死にたくない。

 

 こんな所で、まだ死にたくない。

 

 飛んでくる銃弾が顔を掠め、頬を切って鮮血を撒き散らす。

 

 溢れ出る血を袖で拭い、構わずトリガーを引き続ける。

 

 殺しても殺しても、死体の山を踏み越えて襲ってくる敵は、無限とも思える物量を持って、自分達を押しつぶそうとしている。

 

 僅かに転じる視界には、やはり必死に応戦する味方が映る。

 

 死なせたくない。

 

 大切な仲間だ。絶対に死なせたくない。

 

 そう思った時、

 

 

 

 

 

 何かが弾けた気がした。

 

 

 

 

 

 頭の中がクリアになり、視界が気持ち悪いほど開ける。

 

 数を数えたわけでないのに、向かって来る兵士の数が判る。彼等が誰を狙い、次にどう行動し、どう動けば対処可能であるか、それが今の自分には手に取るように判る。

 

 それだけの事が、一瞬の何百分の一の時間で理解できた。

 

 次の瞬間、立ち上がる。

 

 味方が制止する声が聞こえるが、今はそれすらどうでも言い。

 

 飛んでくる銃弾を全て知覚する事すら、今なら造作無くできる。

 

 遮蔽物を飛び越え、銃弾の海へと飛び込む。

 

 敵兵達が、嘲笑を浮かべるのがハッキリと見えた。わざわざ飛び出した自分が間抜けに見えて仕方ないのだろう。

 

 だがその表情が驚愕に変わるまでに、数秒も掛からない。

 

 飛んでくる銃弾を、跳ね、駆け、伏せてかわしていく。

 

 いつしか、敵陣は目の前にある。

 

 ライフルをフルオートにして発射。ここまで近付けば、照準も必要ない。

 

 血しぶきが、自分の服を、顔を紅く染めていく。勿論、その血は自分の物ではなく、周囲の敵兵の物である。

 

 悲鳴と絶叫を上げながら、周囲の敵兵が殲滅されるのに、1分も掛からなかったろう。

 

 後には、弾切れのライフルを手にした少年が立ち尽くすのみ。

 

 その朱に染まった華奢な姿を、味方ですら慄きに満ちた瞳で見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モップとバケツを手に、キラは己の「戦果」を見渡すと、満足げに頷いた。

 

 生理的に嫌な物があるが、やってみると意外に楽しいものである。

 

 まあ、こんな事に慣れて行く自分はちょっと嫌だが。

 

 そう考えると、複雑な思いを胸に1人で笑みを浮かべてしまう。

 

 とにかく、これで今日の分は完了だ。

 

 掃除用具をロッカーにしまうと、外に出た。

 

 ちょうど時を同じくして、隣の部屋からエストが出てくるのが見えた。

 

「お待たせしました」

「いや、僕も今終わったところだよ」

 

 相変わらず抑揚の欠いたエストの言葉に、キラは手を振りながら答える。

 

 この会話だけ聞くと、何やらデートの待ち合わせみたいだな。と、キラは場違いにも考え、再びエストに視線を戻した。

 

 その格好は、いつも着ているピンク色の軍服の上からエプロンを身につけ、頭には三角巾を巻いている。

 

 普段の彼女を知る立場からすれば苦笑を浮かべたい格好ではあるが、今のキラには彼女を笑う資格は無い。なぜなら、軍服の違いがあるだけで、キラも同じ格好をしているからである。

 

 そして、2人がたった今出てきた部屋は、それぞれ、紳士用と婦人用のトイレであった。

 

 話は数日前に遡る。

 

 誰もが予想しなかった、ラクス・クラインを巡る騒動がひと段落し、ザフト軍の追撃を振り切る事に成功したアークエンジェル。

 

 艦内は落ち着きを取り戻し、誰もが未曾有の危機を乗り切った事に一息入れ・・・・・・・・・・・・るかと思いきや、そうする事ができない面々がいた。

 

 現在、艦の首脳を臨時的に形成している3人、マリュー、ムウ、ナタルの3仕官がそうである。

 

 事態は収束し、ラクス嬢は無事にザフトに保護され、自分達も(先遣隊全滅の上ではあるが)無事に済んだ。これでめでたしめでたし、と行かないのが軍の複雑な所である。

 

 無断でのラクス・クライン解放。その主犯たる2人には、何らかの厳罰を科さないと、組織として成り立たない。

 

 テロリストであるキラは無論の事、軍属でありながら捕虜逃亡を幇助したエストにも、当然罰則が科せられるべきだった。

 

 とは言え、アークエンジェル最強の戦力である2人の事。未だザフトの勢力圏を抜けない状況下にあって、2人にあまり重い罰を課しすぎて、戦力の低下を来たしては元も子もない。さりとて、何のお咎め無とする事もできない。

 

 処分を決める3人としては、何とも落とし処に悩む懸案だった。

 

 2人の身体、及びメンタルに負担を与える事無く、且つ厳罰となり得る物。

 

 散々悩んだ挙句、キラとエストに与えられた罰則は「第8艦隊との合流までの期間、艦内全てのトイレ掃除」であった。

 

 そんな訳で、戦闘もないここ数日、キラ、エストの両エースは、仲良くトイレ掃除に勤しんでいたわけである。

 

「ねえ、一つ聞いていいかな?」

 

 廊下を歩く2人の周囲には、他には誰もいない。それを幸いと思ったわけではないのだが、キラは兼ねてから胸の内に秘めていた疑問を、この際口にしてみた。

 

「何でしょう?」

「何であの時、彼女の事を助けようとか思ったの?」

 

 その事が、ザフト軍を振り切ってからの数日、キラの中で蟠っていた。

 

 地球軍所属のエストからすれば、ラクスを逃がす事に関するメリットは完全無欠にゼロであるのに対し、デメリットは計り知れない。下手をすれば極刑すら覚悟しなければならない。現にこうして、極刑こそ免れたものの罰則を受ける身となっている。

 

 背後から銃を突き付けられたあの時、キラはエストと一戦交える事を覚悟した。だがそうはならず、エストは何を思ったのかキラに協力してラクスを逃がす道を選んだ。

 

 助かったと言えば助かったのだが、なにか釈然としない気持ちを抱え込んでしまったのは確かだった。あの時のエストの立場からすれば、逃亡幇助罪でキラを射殺した方が早かったはずだ。勿論、キラとしても無抵抗に殺されてやる気は無く、あの時点で片手の指程度には反撃の手段を構築していたのだが、結局、予想外のエストの行動によって無駄な努力に終わってしまった。

 

「・・・・・・別に。ただの気紛れです」

 

 ややあって返って来たエストの無機質な返答はしかし、キラの好奇心を満足させるには到底容量が足りていなかった。

 

「気紛れ、ね」

 

 幾分か、皮肉を混ぜたキラの言葉を無視して、エストは無言のまま歩き続ける。

 

 常に無機質な声で、正確精緻な言葉を紡ぐ少女の横顔は、相変わらず人形めいたように無表情を決め込んでいる。

 

 そんなエストの口から「気紛れ」などと言われても、納得の行くものではない。

 

 しかし、鉄壁のような意思で塗り固められたあどけない横顔は、それ以上の追求を拒否するかのように真っ直ぐと前に向けられたまま、振り返ろうとはしなかった。

 

 横の通路かに立ち尽くしている少女に目が留まったのは、そんな時だった。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 少女も、2人の存在に気付き声を上げる。

 

 フレイ・アルスターは、この場で2人を待っていたのだ。

 

 通路の反対側には、キラとエストが並んで立っている。エプロンに三角巾と言う、少々家庭じみた出で立ちのテロリストと特務部隊員と言う組み合わせの2人だが、こうして並んで立つと、何やら歳の近い兄妹を連想させられる。

 

 だが、脳裏の夢想を放り投げ、フレイはゆっくりした足取りで2人に近付いた。

 

 近付いてくるフレイを見て、キラとエストは早鐘のような鼓動に従い、無意識の内に身構えた。何しろ先日の戦闘では、彼女の父親を守ることができず、その事で罵声を浴びせられたのは記憶に新しく、かつ生々しい。

 

 そんな事があり、人間関係に対して殊更無頓着なエストはともかく、キラはここ数日、意図的にフレイと接触するのを避けていた。顔を合わせてもろくな事にならないのは、明々白々だったからである。

 

 だが、意外な事にフレイは歩み寄ると、自分から2人の手を取ってきた。

 

「キラ、エスト・・・・・・この間は、その、ごめんなさい」

「え?」

「?」

 

 当然、恨み言を言われるであろうと覚悟していた2人は、フレイの口から出た言葉に、思わず顔を見合わせた。

 

 そんな2人に、フレイは伏せ目勝ちに言葉を紡いでいく。

 

「あたし、パニックになっちゃって・・・・・・この間は、2人にひどい事を言っちゃった」

 

 僅かに挙げられたフレイの目には、涙が浮かんでいるのが見える。

 

「2人は、あたし達を守る為に戦ってくれた。それなに、あたし・・・・・・あたしにも判ってるの。あなた達が一生懸命戦ってくれてるって」

「フレイ、そんな・・・・・・良いんだよ、そんなの」

「結果が全てです」

 

 言葉に詰まるキラ。エストも、戸惑うようにそれだけ口にする。

 

 そんな2人を抱きしめながら、フレイは消え入りそうな声で呟いた。

 

「戦争ってイヤよね・・・・・・早く終わればいいのに」

 

 その通りだ。

 

 戦争など所詮、合法化された人殺しでしかない。そんな物を好むのは、よほどの狂人か、自殺志願者くらいだろう。幸か不幸かキラは、まだ自分はそこまで行ってはいないと思っている。

 

 だが、キラもエストも気付いてはいなかった。

 

 その台詞を口にした少女の瞳は、何かを貪るかのように貪欲な光を湛えている事に。

 

 

 

 

 

 救出したラクス・クラインを友軍に預ける為、一時的に後退したヴェサリウスに代わり、追撃戦の前線に立ったのはガモフであった。

 

 奪ったXナンバー、デュエル、バスター、ブリッツとそのパイロットを傘下に収めるローラシア級戦闘空母は、量的な面ではともかく、質的には本隊を上回っている。その事実があるからこそ部隊の、分けても一時的に指揮権を預けられたイザーク・ジュールの士気は高かった。

 

 そんな彼等が宇宙要塞アルテミス襲撃後、与えられた情報を元に捜査し、アークエンジェルを捕捉できたのは、先の戦闘から数日経った時の事だった。

 

 しかし、そこにはある微妙な問題を内包していた。

 

「戦闘開始から10分が限界、か」

 

 ライアは難しい顔を宙図に向けつつ、周囲の人間を見やる。

 

 イザーク・ジュールにディアッカ・エルスマン、そしてガモフ艦長のゼルマン。彼等、特にパイロットであるイザーク、ディアッカの両名は強気の表情を崩そうとしない。

 

「やっぱさ、これはまずいんじゃない? 月艦隊に捕捉されれば、いくらあたし達でも多勢に無勢よ」

「10分はあるって事だろ」

「臆病者は黙っているんだな」

 

 最近までロストしていたアークエンジェルを、ギリギリの地点とは言え捕捉する事に成功したとあって、両名は鼻息も荒く言い放つ。

 

 だが、イザークが発した嘲りの言葉に対し、ライアはムッとした顔を向ける。

 

 この中で最年少のライアだが、故にこそ自尊心は強い。「臆病者」呼ばわりされて黙っている事などできるはずもない。鋭い視線を、笑みを張り付かせたイザークの顔面に突き刺した。

 

「あたしはリスクとリターンを天秤に掛けただけ。それを理解しない阿呆と話す口は無いわね」

「・・・・・・何だと?」

 

 あからさまなライアの挑発に、イザークの声にも冷気が宿る。それに対峙するライアも、一歩も退かずに睨み返す

 

 イザークはこの中ではリーダー格として扱われているが、だからと言ってライアに遠慮する気は無い。場合によっては殴り飛ばす覚悟はある。

 

 そんな2人の間に、苦笑気味に割って入ったのはディアッカであった。

 

「奇襲の成否は、その実働時間で決まるわけじゃない。違うか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に、ライアも自分の熱が冷めていくのを感じる。同時に、ディアッカの言葉に対して計算を進める。

 

 確かに、奇襲する側にとって「時間」は味方にはなり得ない。時間が経てば経つほど、相手は体勢を立て直して来る為、奇襲した側が不利になるからである。故に、短時間に全力で強襲を掛ける事こそが、勝利への最短の道となり得る。

 

 しかし、ライアが懸念するのは、それでもなお、今回は時間が少ない事である。10分では、射程内に捕捉し、敵側の機動兵器を排除するまでに、控えめに見積もっても1分から2分は経過してしまうだろう。そこから更に、アークエンジェルの防御砲火を突破し、艦体に取り付くまでに時間が掛かる。加えて、月艦隊の補足までに撤収する時間を考慮すれば、アークエンジェルに直接攻撃を掛けていられる時間は、事実上1分を切る可能性すらある。果たしてそれまでに、アークエンジェルに致命傷を与え得るかどうか、ライアには疑問に思えた。

 

 だが有権者3人のうち、2人までが賛成しているとなると、ライア1人が反対したところで意味は無い。

 

 結局の所、多数決と言う古来から存在する厳然な決議方法によって、作戦は決行される事になった。

 

「ヴェサリウスはすぐに戻ってくる。それまでに何としても、俺達の手で『足付き』を沈めるぞ」

 

 結局の所、そこか。

 

 ライアは言った本人であるイザークを、溜息と共に軽く睨む。

 

 イザークとしては、ライバルであるアスランが一時的に戦線を離れている隙に、功績を上げておきたいのだろう。

 

 彼のこう言う性格は嫌いではない。だが、今回は勇み足ではないだろうか?

 

 漠然とした不安を、ライアは、結局出撃時まで払拭する事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警報が発せられたのは、キラが夕食の為に食堂に行こうと思い立ったときの事だった。

 

 あと少しで第8艦隊との合流地点と言う事もあり、艦内には楽観的な雰囲気が蔓延しつつある事は否めなかった。キラ自身、あと僅かということもあって、徐々にではあるが緊張の糸が緩みつつあるのは自覚していた。

 

 その矢先の攻撃には、誰もが虚を突かれた想いだった。

 

 とは言え、実際に敵が来ている以上、迎撃に出ない訳にはいかない。

 

 キラは食事を諦めると、上着を羽織って部屋の外へ飛び出す。

 

 だが、その時、偶然扉の前に居た女の事と激突してしまった。

 

 悲鳴を上げて倒れる女の子はまだ幼く、誰か避難民の子供である事が伺える。

 

「ごめんッ 大丈夫!?」

 

 慌てて助け起こそうとするキラ。

 

 だが、少女の後ろから駆けて来たフレイが、キラよりも先に女の子を助け起こした。

 

「ごめんね、このお兄ちゃん、急いでるから」

 

 フレイは微笑を浮かべ、女の子の髪を優しく撫でる。

 

「また戦争になるけど、このお兄ちゃん達が戦って守ってくれるからね」

「ほんとう?」

 

 涙目で問い掛ける女の子に、フレイは優しく頷いてキラに向き直った。

 

「うん。悪い奴らを、みんなやっつけてくれるから」

「・・・・・・」

 

 その言葉に、キラは僅かに無言のまま頷くと、踵を返して駆け去っていく。時間が無い以上、女の子の事はフレイに任せた方が良いだろう。

 

 その背中を見詰めるフレイ。

 

 だが、その顔を見た人間は、ゾッとするような感情に囚われる事だろう。

 

 見つめるフレイの瞳には、闇のように暗い光があり、口には不気味な笑みが浮かべられている。まるで闇の中にたたずみ、男の心を惑わす闇の女神であるかのようだ。

 

「そうよ・・・・・・みいんな、やっつけてもらわないと・・・・・・」

 

 絞り出された呟きが、不気味な音を響かせる。

 

 フレイはいつしか、無意識の内に、掴んだ女の子の手を強く握り締めていた。

 

 女の子が悲鳴を上げて駆けていく。

 

 それを、見送る事もせず、フレイはキラの背中をいつまでも見続けていた。

 

 

 

 

 

《APU起動、オンライン、カタパルト接続。ストライカーパックは、ソードを装備します!!》

 

 手馴れた物だ。

 

 シルフィードのコックピットに座したまま、キラは感心したようにミリアリアの声を聞いていた。

 

 ミリアリアだけではない。サイ達も皆、見る見るうちに艦の操作に慣れ、自分の役割を問題なくこなしている。今や彼等は、このアークエンジェルにとって、無くてはならない存在にまで成長していた。

 

 ストライクが発進した事が告げられ、次いでシルフィードの番が来る。

 

 いつも通り、バッテリーの補充量は7割での出撃。

 

 限られた時間に、通常よりも短いリミット。

 

 その制限された手札の中で、キラは勝負を掛けねばならない。

 

 だが、

 

「分の悪い戦いには、僕も慣れている」

 

 シルフィードをデッキに進めながら、キラは呟く。

 

 そう、限られた装備に、少ない味方。圧倒的不利な戦況。

 

 死は、物心着いた時から既に、キラと共にあり、キラと共に生活の一部としてあり続けてきた。

 

 故にキラは、どんな状況であっても生き残れると言う自信が身に着いていた。

 

カタパルトに灯が入る。

 

 眦を上げた。

 

「キラ・ヒビキ、シルフィード行きます!!」

 

 虚空に打ち出されると同時にスタビライザーを展開、同時に目が覚めるような蒼が、機体装甲を覆った。

 

 既にムウのメビウスゼロ、エストのソードストライクが発進し、直衛位置に着いている。

 

 接近してくるのは、デュエル、バスター、ブリッツの3機。しかし、その3機は密着してデルタを組むと言う、奇妙な陣形で向かって来る。

 

 いったいどう言う心算だろう?

 

 見慣れない陣形に、地球軍側は訝った。

 

 一同が、ザフトの出方を見守る。

 

 次の瞬間、3機は花弁が開くように一斉に散開、同時に、後方に待機していたガモフが主砲を一斉に発射、その太い閃光はキラ達の中央を突き抜け、アークエンジェルを直撃した。

 

 作戦を立案したイザークに抜かりは無い。制限時間が心許ない事を承知の上で、最も効率の高い戦法を選択したのだ。

 

 奇襲に続く先制攻撃で敵を撹乱し、その隙を突いて前線を突破。一気に敵中枢を叩く。正に、教科書通りの奇襲作戦である。

 

 ガモフの主砲攻撃によって、キラ達の陣形も乱される。

 

 その隙に、デュエルとブリッツがすり抜けた。

 

「クッ 行かせるか!!」

 

 機体を反転させようとするキラ達。

 

 だがそこへ、バスターが対装甲散弾砲を打ち込んできた。

 

「クッ!?」

 

 狙われたのはストライクとメビウスゼロである。

 

 2機は飛んでくる散弾ビームを辛うじて旋回して回避したものの、更に致命的な時間のロスを生んでしまった。

 

 その間に、デュエルとブリッツはアークエンジェルへと接近していく。

 

 アークエンジェルも慌てたように対空砲を打ち上げるが、2機はその弾幕をすり抜けながら接近していく。

 

 それに対し、最も早く反応する事に成功したのは、キラのシルフィードであった。

 

 キラはビームライフルを抜き放ち、先を行くデュエルとブリッツを追いかける。

 

 続いてストライクとゼロも反転しようとするが、それを牽制するような砲撃が飛んでくる。

 

「おっと、そう簡単には行かせないってね!!」

 

 対装甲散弾砲を構えたバスターが、2機に砲門を向けてくる。

 

 同時に肩部に備えられたミサイルポッドを解放、一斉発射を仕掛けてくる。

 

「舐めるな!!」

 

 対して、立ちはだかったムウのメビウスゼロは4基のガンバレルを展開、向かって来るミサイルを撃ち落していく。

 

 メビウス零が攻撃を行って、バスターの目を引き付けている隙に、エストはストライクを駆って前へ出る。

 

「間合いさえ詰めれば」

 

 背中から15・78メートル対艦刀「シュベルトゲベール」を抜き放ち、斬り込んでいく。

 

「クゥッ!?」

 

 一閃が、バスターを掠める。

 

 モビルスーツの全長よりも長大な刀を振るわれ、慌てたように、バスターを後退させるディアッカ。

 

 しかし、ディアッカも歴戦のザフト兵士である。やられっぱなしではいない。機体を後退させると同時に散弾砲を分解、両手に砲を構えて砲撃を繰り返し、大剣を構えるストライクを牽制しにかかる。

 

「素早い!?」

 

 一気に距離を離される高機動に、エストは反応しきれない。

 

 ディアッカは機体を後退させながら、間断無い砲撃によってストライクの接近を許さない。一定の距離を置いた戦闘では、接近戦用の武装を装備したストライクの不利は否めない。

 

「ッ!?」

 

 辛うじて安全圏に機体を逃しながら、切り込む隙を伺うエスト。

 

 その隙に、今度はムウが前に出た。

 

 4基のガンバレルを展開しての、オールレンジ包囲攻撃。これには、直線的な砲撃しかできないバスターも溜まらず、後退して安全圏に退避する。

 

 その間にも両者は砲撃を続け、瞬間的に激しい応酬が両者の間に交わされる。

 

「このッ ナチュラルなんかに!!」

「舐めんなよ!!」

 

 互いに機体を突撃させながら砲撃するムウとディアッカ。

 

 圧倒的な機体性能に、コーディネイターとしての身体能力を上乗せして圧倒するディアッカ。対するムウも長い実戦で培われた経験則をフルに活かして追随する。

 

 殆どガンマンの早撃ちに近い両者の攻撃。

 

 互角に近い両者の撃ち合いを、

 

 僅差で競り勝ったのはディアッカだった。

 

 バスターの放ったビームが、ゼロのガンバレルを1基吹き飛ばす。

 

 機体のバランスを崩しに掛かるムウ。しかし、すぐに補正を掛けて修正する。

 

「まだまだ!!」

 

 残る3基のガンバレルを再展開、更に機首のレールガンを放っていく。

 

 そこへ、好機と捉えたエストが斬り込みを掛けた。

 

「そこ!!」

 

 大上段から振り下ろされるシュベルトゲベール。

 

 間合いは広いとは言え、長大な刀身は動きを鈍らせる要因となる。ディアッカの反応速度を持ってすれば回避に難は無い。しかしそれでも、回避運動中は攻撃を中断せざるを得ない。

 

「大尉!!」

《おう!!》

 

 エストの声に導かれ、ムウは4門に減った砲を総動員して砲撃、ディアッカに立て直す機会を与えない。

 

 ムウとエストが急造した、遠距離攻撃と接近戦を組み合わせた見事な連携に、圧倒的な能力差を有するディアッカといえど、反撃の手を封じられて苦戦は免れない。

 

 3者の戦いは膠着したまま推移し、その間にアークエンジェルにより近い場所での戦闘が激化していた。

 

 

 

 

 

 背後から迫るシルフィードの攻撃をかわしながら、デュエルとブリッツはアークエンジェルへと急接近していく。

 

 作戦は成功。敵の陣形を乱し、その間に本丸を突くと言うイザークの作戦は功を奏し、今やアークエンジェルまでの道は完全に開かれていた。

 

「ライア、奴は俺が相手をする。お前は『足付き』をやれ!!」

《判った!!》

 

 対空砲を放つアークエンジェルに向けて、飛び去るブリッツを見送りながら、イザークはデュエルを反転させた。

 

 接近するシルフィードの前に、デュエルは立ちはだかる。

 

「ここは行かせんッ 貴様の相手は俺だ!!」

 

 デュエルもまたビームライフルを抜き放ち、シルフィードの前に立ちはだかる。

 

 高速で接近しながらの攻撃ゆえに、両者の照準は激しくブレる。

 

 急接近する2機の鉄騎。

 

 しかし、互いが放つ閃光は、目標を捕らえる事叶わない。

 

 すれ違う一瞬。

 

 殆ど近距離から放っているにも拘らず、互いの高機動ゆえにビームは虚しく目標を逸れる。

 

「「チィッ!?」」

 

 両者舌打ちと同時に後退、照準を修正と同時に発砲する。

 

 僅かに早く撃ったのは、イザークであった。

 

 デュエルのビームライフルが火を噴き、シルフィードへ向かう。

 

「クッ!?」

 

 対してキラは攻撃を諦め、シールドを掲げて防御した。

 

 そこへイザークが畳み掛ける。

 

 ザフトの軍人として長くモビルスーツに乗って戦って来たイザークは、いかにテロリストで実戦経験もあるとは言え、モビルスーツ操縦の経験が薄いキラに対して一日のリードがある。

 

 そのまま動きを封じ込めるように、イザークはわざと照準を散らしながらビームによる檻を形成し、その中にシルフィードを閉じ込めていく。

 

「これでも喰らえ!!」

 

 そして動きを止めたシルフィードに対し、ビームライフルに付随したグレネードランチャーを放った。

 

 その攻撃を、機動に制限を加えられていたキラはかわす事ができない。

 

 勿論、PS装甲がある以上、物理攻撃は通用しない。しかし、そんな事はイザークも承知の上だった。

 

 着弾と同時にグレネードが爆発。その衝撃により、シルフィードの機体は大きく傾いだ。

 

「ウワァァァッ!?」

 

 激しく吹き飛ばされるシルフィードのコックピットで、キラはどうにか機体のコントロールを取り戻そうと苦心する。

 

 その瞬間を、イザークは見逃さない。

 

「貰ったぞ!!」

 

 一気に急接近しながら、ビームサーベルを抜き放つデュエル。

 

 気付いたキラもビームサーベルを抜くが、とっさの事で受け太刀に回ってしまう。

 

 距離を詰めたデュエルの猛攻を前に、辛うじてシールドを掲げながら防御し、どうにか体勢を戻そうとするが、イザークはそれを許さず、ピッタリと張り付いたままシルフィードに鋭い斬撃を浴びせようとする。

 

それをあるいは避け、あるいはシールドで弾くキラ。

 

「ウォォォォォォ!!」

 

 デュエルはサーベルを突き立てるようにして振るう。

 

 光刃はシルフィードの胴を僅かに掠め、装甲を焦がす。

 

「クッ、このままでは!?」

 

 ムウとエストはバスターの相手に拘束され、キラ自身もデュエルに翻弄され、身動きが取れない。このままでは、先行したブリッツにより、アークエンジェルが危険に晒される事になりかねない。

 

 焦燥がキラの中で、徐々に募っていく。

 

 そして、最悪の事態は寸暇を置かずに現実となった。

 

《キラ、戻ってッ ブリッツに取り付かれたわ!!》

 

 通信機からミリアリアの悲鳴のような声が響く。

 

 この時、イーゲルシュテルンの弾幕を突破したブリッツが、防御砲火の内側に取り付き、ゼロ距離から、アークエンジェルの装甲に砲撃を加えていた。

 

 アークエンジェルはラミネート装甲と呼ばれる熱エネルギーを吸収、排熱する新型装甲を採用しているが、それでも処理が追いつかない攻撃を加えられた場合、装甲は破られる事になる。

 

「アークエンジェルが!?」

 

 この距離からでも、甲板に不自然な光が纏わり着いているのがわかる。

 

 既に装甲の一部が破壊され、被害は艦内部にまで及んでいる。

 

 事は一刻を争う。だと言うのに、支援に戻れる機体がいない。

 

 このままでは・・・・・・

 

 このままでは・・・・・・

 

 その瞬間、

 

 

 

 

 

何かが弾けた。

 

 

 

 

 

 すぐに、キラは気付いた。

 

 「アレ」が来たのだと。

 

 いつの頃からは判らないが、キラは自分に奇妙な癖がある事に気付いていた。

 

 それは「スイッチが入る」とでも表現すれば良いのか。

 

 何らかの極限状態に追い込まれた時、あらゆる感覚の探知範囲が広がり、まるで空間その物が自分の制御下に置かれたかのような錯覚を感じるのだ。

 

 それが今、この瞬間に来ていた。

 

 接近してくるデュエル。振るわれるサーベル。後方ではストライクとゼロ、そしてバスターが交戦中。その様子はほぼ1秒単位で把握する事ができる。

 

 そしてアークエンジェル。その後部デッキ付近に取り付いたブリッツが、砲撃を加えているのが見える。

 

 今なら、

 

 やれる!!

 

「アークエンジェルは・・・・・・」

 

 デュエルがサーベルを振るう。それはもう至近だ。

 

「やらせない!!」

 

 光刃が迫る。

 

 だが、

 

 デュエルの剣は虚しく空を切った。

 

「何ィッ!?」

 

 突然目標を見失い、イザークは焦ってセンサーに目を向ける。

 

 衝撃はその瞬間に来た。

 

 突然の振動。コックピット外壁のPS装甲が損傷している。

 

 僅か一瞬の内に背後に回りこんだシルフィード。その手にあるビームサーベルがデュエルの腹部装甲を切り裂いたのだ。

 

「馬鹿なァッ!?」

 

 突然の事で動きを止めるイザーク。その間にキラは間合いの外に離脱し、アークエンジェルへと向かう。

 

 イザークもすぐに後を追いながらライフルを放つが、放たれる閃光はその全てが空しく虚空に飲まれるのみで効果を成さない。

 

「馬鹿な!? なぜ、当たらん!?」

 

 まるで背中に目が着いているかのような的確且つ高速なシルフィードの機動に、イザークは愕然として見詰める。

 

 一方で、キラの意識は既にデュエルには無い。

 

 その目標へ向けてスラスターを全開にし、急接近する。

 

 その様子に、アークエンジェル攻撃中のライアも気付いた。

 

「シルフィード!?」

 

 間合いに入ると同時にビームサーベルを振るうキラ。

 

 とっさに攻撃中止を判断したライアは、一瞬早くその場を離れる。

 

 しかし、キラは追い討ちを掛けるようにして、ブリッツにシルフィードの膝を叩き込んだ。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 衝撃に揺さぶられ、ライアは悲鳴を上げる。

 

 その一撃でブリッツは大きくバランスを崩し、対空砲火の外側へと蹴りだされてしまった。

 

 その様子に、激高したイザークが撃ち上げてくるアークエンジェルの砲火も構わずに突撃し、剣の間合いに再度シルフィードを捉えた。

 

「貴様、よくも!!」

 

 振り翳されるサーベル。

 

 しかし、今度はキラの反応の方が速い。

 

 とっさに腿部のラックを開き、右手でアーマーシュナイダーを引き抜き損傷したデュエルの腹部に突き刺す。

 

 破れたPS装甲の隙間に突きこまれた刃は、内部に深刻な被害を及ぼし、それはコックピットにまで波及した。

 

「イザーク!!」

 

 体勢を立て直したライアは、バランスを失って流れていくデュエルに取り付き、曳航していく。

 

「イザークッ しっかりして!!」

 

 ライアの声に対して、イザークの返事は無い。

 

 ただ、呻くような声だけがマイクを通して聞こえてくる。

 

《イタイ・・・・・・イタイ、イタイイタイイタイィッ!!》

 

 この時イザークは、電路の急激なフィードバックによって破損したコックピットの内壁が顔を掠め、顔面を斜めに切り裂かれる重傷を負っていた。

 

 そんなイザークの様子にただならぬ物を感じたライアが撤退を決断するのに、数秒と掛からなかった。

 

 元々彼女は、今回の作戦にはあまり乗り気ではなかった。加えて既に、制限時間の10分は過ぎようとしている。グズグズしていれば、地球艦隊の攻撃圏内に捉われてしまう。

 

「ディアッカ、撤退するわよ!!」

 

 通信機に叩きつけるように叫ぶと、動けないデュエルを抱えて機体を後退させる。

 

 それを見ていたディアッカも、牽制の砲撃を放ちながらバスターを後退させる。

 

「チッ、何だってこんな事になったのさ!?」

 

 苛立ちを悪態に代えて吐き出すが、既にディアッカにも潮時だと言う事は理解できていた。

 

 だが、一方がそれで良くても、他方もそれで満足しているかと言えば、決してそうではなかった。

 

 ディアッカ達が退勢に入ったと見るや、動き出した影があった。

 

「ただでは返しませんよ」

 

 エストが駆るストライクである。

 

 ディアッカの死角から一気に間合いに入ると、シュベルトゲベールを翳して斬りこんだ。

 

「チィッ!?」

 

 その様子にディアッカも気付き迎え撃とうとするが、既に遅い。

 

 一瞬早く振り下ろされた大剣を前に、バスターの手に持った対装甲散弾砲は真っ二つに切り裂かれ爆発した。

 

「クソッ!?」

 

 武装の全てを失ったバスターは、最早戦力とはなりえない。

 

 これ以上の戦闘は無理と判断したディアッカは、スラスターを限界一杯まで吹かして離脱を図る。

 

 そのあまりのスピードには、さしものストライクも追いつく事叶わず、エストは遠ざかるバスターを見送る事しかできなかった。

 

 かくして戦いは、アークエンジェル側の勝利に終わり、仕掛けたザフト側には何ら実りの無い結果に終わったのだった。

 

 そして、戦いを終えたアークエンジェルに、彼方からゆっくりと接近してくる光がある。

 

 それこそが、智将デュエイン・ハルバートン准将に率いられた、地球連合軍第8軌道艦隊の雄姿に他ならなかった。

 

 アークエンジェルは、ようやくここまで来たのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-09「萌芽の刻」      終わり

 

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