機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-10「低軌道会戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラクスをプラントへ後送する算段が整ったため、アスランは彼女が宛がわれた部屋へと向かっていた。

 

 現在ヴェサリウスは、アークエンジェル追跡を打ち切った後、後続部隊との合流を急いでいた。

 

 勿論、ラウにアークエンジェルを見逃す心算は無い。既に偵察機を多数放ち、その動向を掴んでいる。仮にここで一時アークエンジェルを取り逃がしたとしても、地球へ逃げ込まれる前に捕捉する事は充分可能であった。

 

「入りますよ」

 

 アスランがそう言って、扉を開いた時だった。

 

「ハロハロ、アスラーン!!」

 

 陽気な声と共にピンク色のボールが飛んできた。

 

 危うく顔面にぶつかりそうになったそれを寸前でキャッチすると、主人である少女もまた、こちらに向かって来るのが見える。

 

「ハロがはしゃいでいますわ。久しぶりにあなたに会えて嬉しいのでしょう」

「ハロにそんな感情のような物はありませんよ」

 

 己の婚約者の、相変わらず少々ズレた様子に、苦笑すると同時に安堵の溜息が漏れた。どうやら、暫く会わなかったからと言って、彼女のありように変化があると言う事は無かったようだ。

 

 ハロをラクスの手に返しながら、少し躊躇いがちに彼女の顔を眺めて来る。

 

 そんな婚約者の不振な様子に、ラクスも小首を傾げる。

 

「何か?」

「あ、いやー、ご気分は如何ですか? 人質にされたり、色々とありましたから」

 

 不器用に尋ねるアスランに、ラクスは合点が行ったように、微笑を浮かべながら口を開いた。

 

「わたくしは元気ですわ。あちらの船でも、皆さん良くしてくださいましたし」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アスランは相手に判らない程度に一瞬、己の身を震わせた。

 

 ラクスに良くしてくれた「皆さん」の中には、きっと彼もいるのだろう。

 

 キラ・ヒビキ

 

 かつて運命を知らぬまま、同じ時の中で過ごした親友。そして今は、敵と味方に別れてしまった遠き存在。

 

『悪いけど、僕はザフトには行けない』

『さようならアスラン。今度会った時は容赦しない、僕が君を撃つ』

 

 考えれば考えるほど判らない。

 

 一体キラは、何を考え、そしてなぜあのような事を言ったのか。そもそも、コーディネイターであるキラが、なぜ地球軍にいるのか。考えれば考える程に、アスランには理解できなかった。

 

 軍人である以上、互いに戦場で出会った時には、戦わねばならない。だが、いざと言うときにキラに対して引き鉄を引く踏ん切りが、アスランにはまだできていない。

 

「辛そうなお顔ばかりですのね。このごろのあなたは」

「ニコニコ笑って、戦争はできませんよ」

 

 心配そうに尋ねて来るラクスに対しても、素っ気なくそう答える事しかできない。

 

 そうしている内に、2人の足は連絡艇の待つ格納庫に着く。そこには既に、クルーゼ以下ヴェサリウスのクルー達が見送りの為に集まっていた。

 

「クルーゼ隊長にも、お世話になりました」

 

 先日はラクスの機転によって、策を一つ潰された身である。腹の虫が良かろう筈もないが、それでもラウは仮面の下に笑みを見せた。

 

「お身柄はラコーニが責任を持ってお届けいたします」

「ヴェサリウスは、追悼式典には戻られますの?」

「さあ、それは判りかねますが」

 

 ラウの言葉にラクスは短く、そうですか、と返して更に口を開いた。

 

「戦果も重要でしょうが、犠牲になる者の事も、どうかお忘れなきように」

「肝に銘じておきましょう」

 

 歴戦の隊長たるラウを相手に、ラクスは一歩も退かぬまま対峙している。

 

 そんなラクスの様子に、アスランは戸惑いを隠せなかった。人質受け渡しのときもそうだったが、この少女は普段の天然的な性格の底に、何か強固な意志のような物を持っている気がした。

 

「何と戦わねばならないのか。戦争は難しいですわね」

 

 そう言うとラクスは、もう一度アスランに向き直った。

 

「それでは、またお会いしましょうね」

 

 それだけ告げると、ラクスは機上の人となった。

 

 

 

 

 

「『またお会いしましょうね、アスラン』ってか?」

 

 廊下を歩いていると聞こえてきた揶揄するような声に、アスランは顔を顰めつつ振り返る。

 

 壁に寄りかかったままクライブは、アスランに薄笑いを見せている。

 

「いや~良いね~、若いってのはよ。どんな事をしても許されると思ってやがる。作戦を妨害しようが。自分を救う為に、何人犠牲になろうが」

「・・・・・・どういう意味ですか?」

 

 ラクスの処遇を決める一件以来、アスランはクライブに対していい感情は持っていない。自然、対応する口調にも棘ができる。

 

「判らねえか? お前の婚約者である所の馬鹿女さえいなければ、俺達はあそこで足付きを撃沈して晴れて凱旋と相成っていたって訳さ。だが、あの女のせいで最大のチャンスを逸した。そしてやらでもがなの追撃戦だ」

 

 そう言うと、クライブはグッとアスランに顔を近づけた。

 

「さて問題です。これから起きる戦いで、何人の人間が死ぬ事になるでしょう、か?」

「ッ!?」

 

 その言葉に、アスランは言葉を詰まらせる。

 

 先の戦いでクルーゼ隊は、終始ラクスの存在に翻弄され続けた。確かに、彼女さえいなければ、アークエンジェルを撃沈する事は容易かったはずだ。

 

 だが作戦は失敗し、ヴェサリウスはなおもアークエンジェル追撃を続行している。そして、ラウの決断しだいでは、再び戦いになるだろう。

 

 だがアークエンジェルは今、地球軍第8軌道艦隊と合流している。戦うと言っても今度は、今までのように簡単にはいかないだろう。ザフト側にも犠牲も多く出る事が予想できる。

 

 本来ならば、必要無い筈の犠牲である。クライブの主張は、言い方こそ鼻に付くが正論には違いなかった。

 

「しかし、彼女はッ」

「邪魔者だったんだよ、あの女は。存在自体が迷惑そのものだな」

 

 そう言うと、挑発するようにアスランの頬を軽く叩く。

 

「お前も婚約者なら、首輪でも付けて鎖に繋いでおけよ。何なら、物理的にな」

 

 それだけ言うと、クライブは笑みを浮かべたまま歩き去っていく。

 

 アスランはその背中を、顔を顰めながら見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 胸に付く苛立ちを僅かに払い、クライブはアスランの非難する視線を無視して歩き去る。

 

 実際、クライブにとってはラクスの存在は鬱陶しい限りであった。戦場に博愛主義を持ち出す輩など、クライブに言わせれば唾棄すべき存在でしかない。そんな物は、どこか自分のいない場所でやれと言いたい。

 

 そんな博愛主義の塊のような女に、作戦を妨害され大魚を逸してしまった事で、腸が煮えくり返りそうだった。叶うならば今すぐ、ラクスを乗艦ごと粉微塵にしてやりたいくらいであった。

 

 腹立たしい事と言えば、もうひとつある。あのシルフィードとか言う地球軍のもビルスーツの事だった。

 

 後一手で詰む所まで駒を進めたというのに、その肝心の一手をあいつに阻止されてしまった。

 

 ラクスと言い、シルフィードのパイロットと言い、可能なら存在その物を抹消してやりたいくらいである。

 

 だが、ふと、思い立って、足を止めた。

 

 思い出されるのは、あの時、不意を突かれて対峙したシルフィードから聞こえてきた声。

 

『僕がそれを予想していなかったと思うか!?』

 

 若々しく張りのある、恐らくはまだ少年と思われる人間の声。

 

 だが、その声にクライブは、妙な違和感を感じずに入られなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・まさかな」

 

 考えても答は出ない。

 

 しこりが残る感覚は拭えないが、それの正体が何なのか、結局クライブには判らず仕舞いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒や青などの色をした軍艦の中にあって、白い装甲はそれだけで映えてみせる。

 

 地球連合軍、第8軌道艦隊。

 

 智将と名高いデュエイン・ハルバートン准将指揮の下、開戦以来、優勢なザフト軍を相手に一歩も退かず善戦を続けており、連合宇宙軍最強部隊として名高い。

 

 その第8艦隊旗艦であるアガメムノン級戦艦メネラオスの横に、アークエンジェルは静止していた。

 

 ハルバートンはXナンバー開発計画の推進者でもある。その自分の成果を、間近で見たいとの欲求もあったのだろうし、人格者で知られる当人の事、死線を潜り抜けて来た部下達を労う意味もあったのだろう。その証拠に、アークエンジェルの停止を確認すると、すぐさま連絡艇で乗り込んできた。

 

 出迎えるマリューを初めクルー達と言葉を交わし、その労を労い、更にサイを初め、乗り合わせたヘリオポリスの学生達に、彼等の家族の無事を伝えていた。

 

 だが、その中に、最大の功労者とも言うべき少年の姿は無かった。

 

 その頃キラは、私室を出て居住区の方を適当に歩いていた。

 

 収容されている避難民達は皆、離艦する為に荷物を纏め始めている。

 

 ヘリオポリスはオーブ所有のコロニーだっただけあって、避難民のほぼ全員がオーブ国民である。彼等はこの後、旗艦メネラオスに移り、そこからシャトルに移乗して地上に下ろされる事になっていた。

 

 長かった逃亡生活もこれで終わり、ようやく彼らにも平穏な日々が戻ってくるのだ。

 

 これで良い。

 

 キラは口に出さずに呟く。

 

 少なくとも自分がやってきた事は、無駄ではなかったようだ。それを実感できただけでも、罪の重さで朽ち掛けたこの命にも価値があったと思える。

 

 皆、一様に明るい表情をしている。彼等の未来には、きっと希望が待っている事だろう。

 

 もう未来が無い自分なんかと違って。

 

 そこまで考えて、居住区を出ようとした時、ふと、足を止めた。

 

 フレイがいる。

 

 それは良いのだが、気になったのは、彼女が誰かと一緒にいると言う事だった。

 

 身形の良いスーツを着た男性だと言う事は、この位置からでも判った。だがキラは、その男性に見覚えがなかった。

 

 ヘリオポリスの難民ではない。かと言って、第8艦隊の軍人にも見えない。

 

 だが、離れているキラからも、フレイの顔が綻んでいるのが見て取れた。と言う事は、彼女の知り合いなのだろう。

 

 他人の会話にそれ以上踏み込む事は躊躇われる為、そのまま立ち去ろうとしたその時、弱い力で袖を引かれるのを感じて、ふと振り返った。

 

 そこには、先日の出撃の時にぶつかってしまった少女が、キラに笑顔を向けている。

 

 彼女もここで船を降りるようで、身支度を整えていた。

 

 キラは腰を落とし、少女と同じ視線の高さに合わせる。

 

「何、かな?」

「はい、これ」

 

 そう言って差し出されたのは、紙で折られた小さな花だった。

 

「これ、は?」

 

 受け取ると、少女はニコッと笑みを見せる。

 

「まもってくれてありがとう」

 

 どこかまだ舌足らずな口調でそう言うと、待っている母親のほうに向かって走って行った。

 

 キラは無言のまま、渡された花を見詰める。

 

 所々、歪になっているその花は、お世辞にも出来が良いとは言えない。しかしそれでも、あの女の子はキラに渡そうと、一生懸命折ったのだろう。その気持ちが伝わってくるようだった。

 

 何やら暖かいようなくすぐったいような、そんな気持ちになり、フッと笑みを浮かべた。

 

 と、

 

「何をニヤニヤしているのですか、あなたは?」

 

 全く空気を読もうとしない一言が背後から発せられ、キラは溜息をついた。

 

 振り返るとそこには、相変わらず無表情を張り付かせたエストが立っていた。どうやら、ハルバートン准将の出迎えは終わったらしい。

 

「なぜ、来なかったのですか?」

「え、何が?」

 

 折り花を胸ポケットに入れながら、キラはエストに問い返す。彼女の質問の意図は何となく察していたが、一応すっとぼけてみる。

 

 勿論、そんな事でエストが諦める事は無かったが。

 

「ハルバートン准将の出迎えです。クルー、及びそれに順ずる者の中で、来なかったのはあなただけです」

「いや、それは・・・・・・」

 

 予想通りの質問に、苦笑を浮かべる。

 

「僕があの場にいてはまずいでしょ」

「クルー全員の集合が掛けられていましたが?」

「テロリストの僕も?」

 

 相手は地球連合軍実戦部隊の重責。言わばキラとは対極の位置にあり仇敵どうし。そんな人間と顔を合わせるのは遠慮したかった。

 

「准将の方は、あなたに会いたがっていましたが?」

「それはまた、物好きだね」

 

 こちらは会う気は無いが、と心の中で付け加えた。

 

「あと、サイ・アーガイル、トール・ケーニッヒ、カズイ・バスカーク、ミリアリア・ハウ、リリア・クラウディスの5名には除隊許可証が発行されました。これにより彼等は軍へ協力した事を不問に付され、避難民と一緒に退艦する事ができます」

「・・・・・・そっか、良かった」

 

 エストの報告を聞き、キラは胸の痞えが取れた気がした。自分にとっての最大の懸案事項は、彼等5人の身の安全の確保にあった。それが成された以上、自分の役目は終わったと言って良い。

 

 だが、同時にそれは、キラ自身の運命も旦夕に迫っている事を表わしていた。

 

「それで、今後の僕の処遇はどうなるわけ?」

 

 ここまでキラはパイロットとして戦う事を条件に、艦内ではある程度の自由を許されてきた。しかしアークエンジェルが地球に降下し、司令部であるアラスカに行く以上、最早パイロットとしてのキラは必要なくなる事になる。よって、こうして自由に行動する権利も、同時に無くなるだろう。

 

 そしてその後は、再び拘束されて収監されるであろう事は目に見えていた。

 

「あなたの事はアラスカ本部到着後、当局に引き渡すことになっています。その後、軍事法廷で裁判に掛けられる事になります」

 

 そしてその後は、処刑台に送られる、か。相変わらず言い難い事を淡々と言う娘である。

 

 エストの言葉を自嘲気味に引き継ぎ、キラは苦笑を浮かべた。

 

 まあ、ここまで来たんだ。見苦しい真似はせず運命に従うだけだ。

 

「・・・・・・ひとつ、聞きたい事があります」

「何?」

 

 振り返るキラに、エストは少し思案するようにしてから口を開いた。

 

「あなたはなぜ、あの時行かなかったのですか?」

「あの時って?」

「ラクス・クラインをザフトに返還した時です。あの時あなたは、逃げようと思えば逃げれたはずです。なぜ?」

「それを君が言う? 僕の首に鎖を付けて放ったのは君だったと思うけど」

 

 そう言って、首に付けられた爆薬入りの首輪を指で弄んで見せる。

 

 揶揄するようなキラの返事に、エストは気付かれない程度に目を細めた。

 

 はぐらかした心算のようだが、エストには判っている。あの時キラは、逃げようと思えば逃げれたはずだ。確かに自爆装置の起動装置はエストが握っていたが、それでも一時的にキラがフリーハンドを得ていたのは事実である。それで実行しなかったと言う事は、キラには初めから逃亡する意思は無かったとしか思えない。

 

 尚も言い募ろうとしたエストを、キラは手を上げて制する。

 

「この前も言ったかもしれないけど、僕はザフトには行かないよ。行けない理由があるんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エストはそれ以上、言葉を続ける気が削がれた。

 

 最後に付け加えられた一言が、何となく今のキラの本質を言い表しているような気がしたのだ。

 

 だが、キラはそれ以上の事は告げる事無く、エストに背を向けて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 第8艦隊の護衛の下、ゆっくりと降下コースへと向かうアークエンジェルを見ながら、ラウは次に打つべき一手を模索していた。

 

「月本部に行くと思っていたが、奴ら『足付き』をそのまま地球に下ろす心算のようだ」

「目標は、アラスカでしょうか?」

 

 現状、後続してきた戦艦ツィーグラーと合流、更に先行していたガモフとも合流し戦力はヘリオポリス強襲時よりも充実している。

 

 しかしそれでも、1個艦隊を相手にするとなると、戦力比は微妙な所であった。

 

 加えて、報告にあったイザークの負傷が痛かった。

 

 彼の愛機であるデュエルは、Xナンバーの中で最も武装が貧弱である。それ故、本国は優先的に追加武装を開発し、それを搬入したばかりである。だと言うのに、肝心のイザークが負傷していては話にならない。

 

「何とか、こちらの庭にいるうちに片を付けたかったのだが」

 

 クルーゼは思い悩むように、声を低くして呟く。

 

 艦隊戦力は10倍、機動兵器も5倍以上の戦力差を付けられている。勿論、質の面ではクルーゼ隊の方が圧倒的に優位であるが、しかし、やはり数は脅威であると言える。

 

 彼我戦力を計る天秤は、微妙な位置のバランスで静止している。

 

「ツィーグラーにジンが6機、こちらはイージスとシグーが1機、ジン4機が出れます。ガモフからもブリッツとバスターが出れるでしょうから」

 

 戦力を天秤に掛ける。

 

 ここが、仕掛ける最後のチャンスだ。賭けるだけの価値はある。

 

「・・・・・・智将ハルバートン、ここらで退場願おうか」

 

 ラウの口が不敵な笑みを刻んだ。

 

 

 

 

 

 なぜ、ここに足が向いてしまったのかは判らないが、気が付けばキラは、こいつの前に立っていた。

 

 この逃亡生活の中で、最早自分の体の一部と化して機体の前へ。

 

 鉄灰色の装甲で佇むシルフィードは、無言のまま眠ったような瞳をキラに向けている。

 

 本来であるならキラは、格納庫へ1人で出入りする事を許されてはいない。しかし今は人の目も無く、咎める者はいない。

 

 キラとシルフィード。互いに無言のまま瞳を交し合う。

 

 現状、間違い無く地球軍最強の戦力。しかし、キラとシルフィード、どちらかが欠けても、その関係は成立しない。この組み合わせがあったからこそ、アークエンジェルはここまで来る事ができたと言える。

 

 これは、キラにとって最も厳しい目を向け続けているナタルですら、認めざるを得ない事実である。

 

 やがて地球軍は、シルフィードやストライク、そしてアークエンジェルの実戦によって培われたデータを元に新型機を開発し、ザフトを圧倒し始めるだろう。それは、ほぼ確定した未来として、キラは脳裏に思い浮かべる事ができた。

 

 今の地球軍に足りない物は、質だけである。ならば逆に、その質さえ補ってしまえば、精鋭であっても少数でしかないザフト軍は無力に等しい。

 

 だが、まあ、そんな事はキラにはどうでも良いのかもしれない。その頃にはキラは、処刑台の露と消えているだろうから。

 

 自嘲気味に笑った時だった。

 

「降りるとなると、名残惜しいかね?」

 

 背後から声を掛けられ振り返ると、そこには地球軍の軍服に身を包んだ、見慣れぬ男性が立っている。

 

 落ち着いた雰囲気を持つその男性は、軍人と言うよりも、英国貴族のような高貴な雰囲気を持っている。

 

 胸に着けた階級章から、将官である事が伺える。となると、今この宙域に、該当する人物は1人しかいなかった。

 

「ハルバートン、准将?」

「そう言う君は、キラ・ヒビキ君だね。ラミアス大尉から報告を受けているよ」

 

 そう言うとハルバートンは、優しく微笑みながらキラの横に立った。

 

 そのままキラと同じように、シルフィードを見上げた。

 

「ザフトのモビルスーツにせめて対抗しようと計画を推し進めたが、君たちが扱うと、とんでもない怪物になってしまうな、こいつも」

 

 そう言って苦笑する。

 

 Xナンバー開発、正式名称「G開発計画」の発案推進者であるハルバートンからすれば、開発した機体の半分以上を敵に奪われたこの状況は、臍を噛みたくなる物だろう。だからこそ、僅か2機とは言え、アークエンジェルが機体を持ち帰ってくれた事を素直に喜んでいるように見えた。

 

「・・・・・・報告を受けた、と言う事は、僕の正体は?」

 

 気になっていた事を、キラは尋ねてみた。

 

 正直な話、今すぐにでも会話を打ち切ってこの場から立ち去りたかった。だが、相手の穏やかな雰囲気に飲み込まれ、何となく立ち去りがたい空気に侵されていた。

 

 ややあって、ハルバートンの方から口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・君自身は、どうなのかね?」

「どうって・・・・・・」

 

 問い返そうとするキラを、ハルバートンは真っ直ぐに見詰めた。

 

 同年代の少年よりもやや華奢で幼いな印象のキラに対して、若い頃から軍で鍛えているハルバートンは、見下ろすような形になる。

 

「実際、この艦で長く生活してみて、どう思ったのかね?」

「それは・・・・・・」

 

 キラの手は知らずの内に、ポケットに添えられる。そこには、先程女の子から貰った折花が入っている。

 

 キラがここに来るまで戦って来た理由は、全て勝つためであり、仲間を守るためでもあった。そして、それ以外の事を顧みた事は無かったし、その余裕も無かった。

 

 それは現在に限らず、過去に渡り歩いた戦場に置いても同様だった。

 

 元々、キラが所属していたテロ組織レッド・クロウとは、ブルーコスモスを始めとするナチュラル組織の過激なコーディネイター排斥運動に対し、同胞保護を目的として発足した組織である。しかし、徐々に抗争が激化する中にあって、ついには反動的なテロリズムにまで及ぶに至り、ついには両勢力が武装しての血みどろの戦いにまで発展するに至った。

 

 そんな中でキラは常に仲間を守り、味方の勝利に貢献する為に戦い続けて来た。

 

 しかしこの艦に乗って、初めてそれ以外の何か、力の無い者を守る為に戦った事になる。

 

 その証が、この不器用に折られた紙の花だった。

 

 答えられずに返答に窮しているキラに、ハルバートンは教え導く教師のように、更に口を開いた。

 

「生き方を変えれば、見方も変わる。変えるのは君自身であり、きっかけはほんの少しの勇気である、と私は思うがね」

「勇気?」

「そう、勇気だ。今までの自分を捨てるのは、誰だって怖いし、大抵は必要にすら思わないだろう。だがもし、今の君が変わりたいと願っているのなら、勇気を出して欲しいと私は思っている」

「それで、過去が消えるとは思えませんが。それが憎しみ合った結果の過去なら尚更の事なんじゃ」

「その通り、悲しいが、それが人間だ」

 

 そう言ってから、ハルバートンはそっとキラの肩に手を置く。

 

 厚い皮膚の下から伝わる、仄かな温もり。それが、この初老の提督の人柄を表わしている気がした。

 

「しかし、君のような若い者には、そんな過去や憎しみを乗り越えた先にあるものを見つけて欲しいと思うのだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ま、こんな物は老人の戯言なのかもしれないがね」

 

 まさか地球軍の提督からそのような事を言われるとは、思っても見なかったキラは、そのまま絶句してしまう。

 

 ちょうどその時、キャットウォークを連合軍の兵士が走ってくるのが見えた。

 

 その表情はどこか硬く、一目で、何か異常事態があったと察する事ができた。

 

「提督、至急メネラオスにお戻りください」

「うむ、判った」

 

 頷いてから、最後にもう一度キラに向き直った。

 

「ではな。私の言った事を戯言と思ってくれても構わない。だが、少しでも君の興味に触れたのなら、考えてみてくれ」

 

 それだけ言うと、ハルバートンは兵士を連れて去っていく。

 

 後には、立ち尽すキラだけが、その場に残されていた。

 

 

 

 

 

「奴等め、やはり来たか」

 

 メネラオスの艦橋に入ると、開口一番、ハルバートンは副官のホフマン大佐に尋ねた。

 

「はい、戦艦3隻を中心に、まっすぐこちらに向かってきます」

「このまま行かせてくれるかと思ったが、さすがはラウ・ル・クルーゼ。噂通りのしつこさだ」

 

 アークエンジェル合流前から、ハルバートンはザフト艦隊の接近に気付いており、監視の網を掛けていた。しかし既に、大気圏も間近に迫っている事もあり、仕掛けてくることは無いと考えていたのだが。

 

「それだけ、アークエンジェルを逃がしたくないと言う事か」

「迷惑な話です」

 

 フンッと鼻を鳴らすホフマンを一瞥しつつ、智将はその頭脳を鋭く回転させる。

 

 ホフマンの言う通りであったとしても、向かって来る以上は迎え撃たねばならない。

 

 問題なのは時間である。アークエンジェルの降下予定地点まで時間を稼ぐ事ができれば戦略的には第8艦隊の勝利であるし、そうなれば目標を失ったザフト軍が撤退する事も期待できる。敵もわざわざ、大気圏に落下する危険を冒してまで追っては来るまい。

 

 全ては時間との勝負であると言える。

 

 既にアークエンジェルが運んで来た避難民は、メネラオスに収容完了している。後顧の憂いは無かった。

 

 決断と共に、ハルバートンは司令官席から立ち上がった。

 

「全艦、第一戦闘配備。密集隊形を取りつつザフト軍を迎え撃つ。火力を集中して奴等を近づけるな。モビルアーマー隊は直ちに発進!!」

 

 ハルバートンの指示に従い、第8艦隊が動き出す。

 

 高機動重武装のモビルスーツを相手に、戦艦は鈍足な的でしかない。ならば、唯一勝る火力で圧倒するしかない。回避運動を無視して艦と艦の間隔をあえて狭め、濃密な対空砲火を形成する事で、敵機の接近を防ぐのだ。

 

 同時に各艦に搭載されたメビウスが発進し、艦隊の前面に展開していく。

 

「アークエンジェルは、如何致しますか?」

「本艦の後方に着かせろ。このまま降下完了まで守り通す」

 

 その返事に、ホフマンはやや不満げな顔を返した。彼としてはアークエンジェルの戦力も戦線に投入し、被害の極限を図りたいのだろう。

 

 しかし敵の狙いがアークエンジェルとシルフィード、ストライクである以上、今ここで彼等を失う危険性を冒す事はできない。戦術的勝利に拘って大局を見失う愚は犯せなかった。

 

 数の上では第8艦隊が圧倒的に優位。しかし、キルレシオを考えれば決して楽観できる状況ではない。

 

「限界ポイントまでの数10分。果たして耐えられるか」

 

 悲壮な覚悟の元、ハルバートンは眦を上げた。

 

 

 

 

 

 ハルバートンが交戦意思を固め、迎撃準備を始めた頃、クルーゼ隊も決戦に向けて動き始めていた。

 

 艦隊火力を集中した総力戦で挑む第8艦隊に対し、クルーゼ隊の戦法は至ってシンプルに、これまで通りモビルスーツを繰り出しての機動戦となる。

 

 ただ今回の戦場は、大気圏間近の低軌道と言うかなり特殊な場所での戦いになる為、モビルスーツの特性である、縦横な機動力を発揮できない環境にある。かなり慎重な戦力運用が必要となる状況だった。

 

 次々と発進していく遼機を見ながら、クライブも愛機であるシグーを立ち上げていく。

 

 気になるのはやはり、あのシルフィードのパイロットだ。あいつが何なのか、どうにも気になって仕方が無い。

 

「うまく出会えれば良いんだがな、ま、出てこないなら、炙り出すまでだけどな」

 

 1機ずつ、あるいは1隻ずつ地球軍の戦力を嬲り殺しにしていけば、奴等も切り札を出さざるを得なくなる。そうなればチャンスは幾らでもあるはずだ。幸いにして1個艦隊が相手ともなると的には困らない。

 

「さて、」

 

 リニアカタパルトに灯が入る。

 

 目の前には地球。吸い込まれるような蒼が広がる。

 

「クライブ・ラオス、出るぞ!!」

 

 一気に加わる加速感と共に、シグーはヴェサリウスを飛び出した。

 

「さあ、お遊戯タイムだぜナチュラル!!」

 

 野獣は舌なめずりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツの性能で押すザフト軍と、物量と総合火力で応戦する第8艦隊。

 

 そのベクトルの違う戦力の均衡を利用して時間を稼ぐと言うのが、ハルバートンの、ひいては第8艦隊の狙いである。

 

 だが、その均衡が崩れたのは、戦闘開始後僅か数分の事であった。

 

 陣形を緊密に組んだ艦隊の火力がモビルスーツにとっても脅威なのは、ラウにも判っている。だからこそ、ラウはXナンバー4機を先鋒としてぶつけ、第8艦隊の陣形外郭に穴を開ける作戦に出た。

 

 従来のモビルスーツの常識を覆すほどの能力を有するXナンバー。これらを前にしては、さしもの歴戦の第8艦隊と言えど、抗しきれるものではない。

 

 こうして開いてしまった陣形の穴は、すぐには塞ぐ事ができない。そして、その穴目掛けて、ラウは全戦力を叩きつけた。

 

 中でも目覚しい活躍を見せているのが、デュエルの存在である。

 

 デュエルは、先にシルフィードから受けた損傷は既に修復し、追加武装であるアサルトシュラウドを装備しての出撃だった。

 

 だが、機体が強化されても、パイロットはそうは行かない。機材の破片によって、顔面を斜めに切り裂かれる重傷を負ったイザークは、傷口こそ塞がった物の、未だ安静が必要な身である。

 

 それを押しての出撃は、自分に屈辱の傷を追わせた相手への復讐の念故であった。

 

 群がるメビウスを蹴散らしながら、デュエルは瞬く間に第8艦隊の前衛部隊に取り付いた。

 

「邪魔だ、落ちろ!!」

 

 アサルトシュラウドはデュエルの機体を取り巻く追加装甲であり、左右の両肩にはそれぞれ115ミリレールガン「シヴァ」と、5連装ミサイル発射管が取り付けられている。更に重くなった機体重量を補う為の追加スラスターも充実し、機動性の向上も図られている。

 

 イザークはシヴァとビームライフルを構えると、目標をドレイク級護衛艦に定めて砲火を開く。

 

 当然、ドレイク級からも対空砲が打ち上げられるが、機動性を強化されたデュエルにはかすりもしない。やがて、ビームと砲弾によって装甲を食い破られた護衛艦は内部から破裂するように爆発し火球へと変じた。

 

 時をほぼ同じくして、イージスに狙われた護衛艦はスキュラの強力な火線によって主砲を吹き飛ばされ、それがフィードバックして搭載弾薬が誘爆、戦闘不能となり隊列を離れる。

 

 ブリッツはミラージュコロイドによって戦線を密かに突破、前衛部隊旗艦に取り付くと、グレイプニールを射出して艦橋を破壊、首脳陣を抹殺された旗艦は漂流するように隊列を離れる。

 

 バスターは両手のライフルを連結、超高インパルス長射程ライフルを構えて発射する。目標にされた護衛艦は、一撃で装甲を貫かれて轟沈した。

 

「セレウコス被弾、戦闘不能!!」

「カサンドロス、沈黙!!」

「アンティゴノス、音信途絶!!」

「プトレマイオス、撃沈!!」

 

 その報告に、ハルバートンは苦しげに唸った。

 

「戦闘開始、僅か6分で4隻もか・・・・・・」

 

 推進者の自分が言うのも何だが、恐ろしい性能である。返す返すも奪われたのが口惜しい。

 

 旗艦を脱落させられた事で、前衛部隊は混乱状態に陥っている。

 

 その間にラウはヴェサリウス、ツィーグラー、ガモフを前進させて主砲の射撃準備を整えた。

 

 狙われたのはアンティゴノスとカサンドロス。先程、イージスとブリッツの攻撃によって戦闘不能になり、戦列から離脱中の艦である。

 

 ヴェサリウスとガモフの主砲が火を噴き、2隻を撃沈する。

 

 その様子に、ハルバートンはシートのアームを握り締めて呻く。

 

「離脱中の艦を撃つとは・・・・・・おのれ、クルーゼ・・・・・・」

 

 クルーゼのやり方は軍人として、否、人として唾棄すべき行為である。

 

 対してラウは、仮面の下に薄く笑みを浮かべて満足げに頷いた。

 

「アスランとライアは甘い。人を残せば、そいつはまた武器を手に来るぞ」

 

 第8艦隊の前衛部隊は既に壊滅状態に陥り、事態は掃討戦に移っている。

 

 だが、旗艦メネラオスを中心とした本隊には、未だ動きは無かった。その様子に、ラウは僅かに顔を顰める。

 

「ハルバートンは、どうあってもアレを地球に下ろす気のようだ。大事に仕舞いこんで何もさせぬとは」

「こちらはお陰で楽ですな。ストライクもシルフィードも出て来ないとなりますと」

 

 アデスの言葉を聞きながら、ラウは口の端を吊り上げた。

 

「戦艦とモビルアーマーだけではもはや我等に勝てぬと知っている。良将と言うべきだ。アレを造らせたのも彼だと言うし」

 

 仮面の下の瞳が、残酷に光った。

 

「ならばせめて、この戦闘で自説を証明して差し上げようではないか」

 

 

 

 

 

 ハルバートンの当初の作戦通り、アークエンジェルはメネラオス後方に位置したまま、戦闘には全く加入していない。

 

 それでも万が一に備え、大気圏突入準備に並行して、戦闘準備も整え、パイロット達も各々の搭乗機にて待機していた。

 

 キラの扱いに関しては、マリュー達も微妙に持て余し気味であったが、今回に限ってはなぜか本人の強い希望もあり、これまでと同様に出撃準備をしたまま待機してもらっていた。

 

 しかし、肝心の出撃命令がなかなか降りない。

 

 言うならば、弓の弦を限界まで引っ張って張り詰めたまま、長時間に渡って保持しているような物だ。当然、徐々にストレスは溜まっていく。

 

 戦況だけはリアルタイムで伝わってくる。ザフト軍の猛攻により、既に前衛部隊が壊滅した事も把握していた。その事で更にパイロット達の苛立ちが募っている。

 

 その状態に耐えかねたのだろう。メビウスゼロで待機中のムウが、艦橋へ強引に回線を繋いできた。

 

《おい、何で俺達は発進待機なんだ!?》

「フラガ大尉・・・・・・」

 

 ブリッジとの通信が繋がるなり、開口一番、ムウが怒鳴り込む。顔こそ出さないが、他の2名も同様に苛立ちを募らせているであろう事は想像に難くない。

 

 だが命令が降りない以上、現状ではマリューにもどうにもできない。

 

「本艦への出撃指示はまだありません。引き続き待機をお願いします!!」

 

 それだけ言うと、マリューは一方的に通信を切ってしまった。

 

 苛立っているのはマリューも同じである。

 

 アークエンジェルは現状打破の鍵である。切り札と言っても良い。故にこそ、ハルバートンも切り所を計っている最中なのだろう。しかし、刻一刻と入ってくる戦況は、予断を許していない。

 

 このままでは降下予想地点まで戦線を保持できないのは明白だった。

 

 決断するなら、今しかない。

 

 マリューは顔を上げた。

 

 

 

 

 

 Xナンバー4機の攻撃力を前面に押し出し、前衛部隊を壊滅に追いやったザフト軍は、そのままの勢いで第8艦隊の本隊へと砲門を開く。

 

 さすがに本隊の数と火力は前衛部隊の比ではなく、圧倒的な火線の洗礼がモビルスーツを迎え撃つ。

 

 大質量の砲撃を前にしては、流石のモビルスーツでも、これまでのように電撃的進行と言う訳にも行かなかった。

 

 それでも4機のXナンバーは、それら致死量の砲撃を巧みに避けながら攻撃を加え、徐々に、しかし確実に第8艦隊の戦力を削り取っていく。

 

 そんな中で、Xナンバーに負けていないのは、クライブのシグーである。

 

 彼もまた、迎撃網の最も厚い場所に機体を飛び込ませ、次々と敵を屠っていく。

 

 群がるようにして寄って来る敵機を、クライブは歯牙にも掛けずに屠っていく。既に幾多の戦線でこの機体を相手にしてきたクライブにとって、その存在は足元の蟻の如きでしかない。

 

 文字通り踏み潰し、蹴散らしていく。

 

 突撃銃を構える。目標は、必死になって対空砲火を吹き上げるネルソン級戦艦。既にいくつかの火砲は潰され、接近するクライブのシグーにも気付いていない様子である。

 

 ニヤリと、唇が上がる。

 

 同時に放たれた弾丸は、戦艦のスラスターへと吸い込まれる。

 

 断続に放たれた砲弾はネルソン級戦艦のスラスターを粉砕。更にその奥にあるエンジンまで直撃した。

 

 エンジンに集中していたエネルギーが回路を通じてフィードバックし、艦内は炎と爆発によって彩られていく。

 

 やがて搭載していた弾薬が一斉に誘爆、装甲が膨れるようにして爆散した。

 

 その光景に背を向けながら、クライブのギラつく双眸は、遥か彼方に佇む白亜の巨艦を見据える。

 

 アークエンジェルに動きは、まだ無い。

 

 その様子に、盛大に舌打ちする。

 

「いつまで待たせんだよ、おいッ」

 

 ギラギラとした闘争本能を掌の上で転がすように、クライブは苛立たしげに吐き捨てる。

 

 既にクライブにとって、メビウスや戦艦は敵と言う認識すらない。たんなる進路上の障害物でしか無かった。

 

 クライブが求める敵は1つ。

 

「さっさと出て来いよ、シルフィード!!」

 

 言いながら、重斬刀でメビウスを無造作に斬り捨てた。

 

 尚も懲りずに向かって来るメビウスを薙ぎ払いながら、更に機体を陣形中央に向けて進ませる。

 

 その時だった、それまで動かなかったアークエンジェルに変化が生じたのは。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルは急速に第8艦隊の隊列を離れ、降下していく。

 

 マリューはこここそが、ジョーカーの切り場所と踏んでいた。

 

 すなわち、大気圏へ向けて降下する。敵がアークエンジェルを追ってきた以上、ここでその目標を追尾できなくなれば、これ以上の戦闘を控える可能性もある。

 

 現状で、地球連合軍本部のあるアラスカへの直接の降下は望めない。しかしそれでも、連合の勢力圏へ降りられる計算であった。

 

 マリューの意を受けたハルバートンは、その作戦案を了承。ただちに陣形を再編して援護の体勢を整えつつあった。

 

 一方で、ザフト軍も慌てたように猛攻を加えだした。

 

 さしものラウも、この状況でアークエンジェルが降下を開始するとは思ってもみなかったのだ。

 

 その勢いはこれまで以上に凄まじい出力で持って、強引に攻め立てて来る。

 

 今までどうにか戦線を支えていた第8艦隊の迎撃網はあっという間に切り裂かれ、旗艦メネラオス周辺にも砲火が及び始めていた。

 

 このままではアークエンジェルの地球降下まで持たない可能性がある。

 

 誰かが殿に出る必要がある。

 

 大気圏突入までの僅かな時間。裏を返せば、タイミングを間違うと地球の重力に引き込まれかねない危険な戦場に、マリューは断腸の思いながら、機動兵器を発進させる決断を下した。

 

 現在、降下シークエンスはフェイズ1、実際に突入するフェイズ3までに戻らなければ、大気圏に引き込まれてしまう。

 

 カタログスペック上、Xナンバーは単独での大気圏突入が可能となっている。しかし、機体が良くても中の人間が無事とは限らないのだ。また、カタログスペックは、あくまで机上の計算に過ぎない。実際にやってみないと、どんな問題があるのか誰にも判らないのだ。

 

 ムウのメビウスゼロと、エストのストライクが先行して発進していく。

 

 今回、第8艦隊から補給を受けた結果、シルフィードは追加装備を使用可能となった。

 

 バック・ウェポン・システム(BWS)と呼ばれるこの装備は、ビーム砲と高出力スラスターが一体となっており、シルフィードに不足している砲撃力を補いつつ、機動力を高める設計となっている。ストライクのストライカーパックのように背部バックパックに追加装着される形式の物で、コンパクトな設計ながら、高いポテンシャルをシルフィードに与えていた。

 

 リニアカタパルトに灯が入り、発進準備が整った。

 

「キラ・ヒビキ、シルフィード行きます!!」

 

 勢い良く射出される機体。同時にPS装甲が起動し、装甲が青く染まる。

 

 だが次の瞬間、これまでに無いような振動が機体を襲う。

 

「クッ、重力に引かれて!?」

 

 ペダルを踏み込み、スラスターの噴射力を高める。背部に畳まれている砲身の中途部分にも、追加スラスターが存在している。それらを目一杯吹かし、どうにか重力の縛鎖から逃れる。

 

 だがその時、すぐ目の前をビームの閃光が掠めて行った。

 

 その方向に目を向けると、ライフルを掲げてこちらに向かって来るデュエルの姿があった。その外観はキラの記憶の中の物よりもだいぶ変わっているのが遠目にも判った。

 

「あっちも、装備が追加されたのかッ!?」

 

 すぐにキラも、ライフルを放って応戦する。

 

「見つけたぞ、シルフィード!!」

 

 顔面に斜めの傷を残すイザークは、機体を突っ込ませながら全火力を解放する。

 

 ビームライフル、右肩のレールガン、左肩のミサイルが一斉に放たれる。

 

 対してキラは、先程の経験を踏まえてスラスターを気持ち強めに吹かして回避、そのまま飛んでくるミサイルを掻い潜ると、デュエルに対して距離を詰めにかかる。

 

「このっ!!」

 

 剣を抜いている暇は無い。

 

 キラは勢いのままデュエルに蹴りを加える。

 

 僅かにバランスを崩すデュエル。その隙にキラは、腰からビームサーベルを抜き放つ。

 

 その様をイザークは、殺気の篭った瞳で睨みつける。

 

「疼くんだよ。貴様を見ると、傷がなァァァァァァ!!」

 

 憎しみはダイレクトに、殺気へと変わる。

 

 その想いは剣を伝って具現化する。

 

 イザークの殺気をそのままぶつける斬撃を、キラは辛うじて回避した。

 

 機体が沈み込んでいるのが判る。比喩でも何でもなく、地球に引き込まれているのだ。

 

 だが、そのような事は意に介さず、2体の鉄騎は互いの剣をシールドで弾くと、再び距離を置く。

 

 キラはすかさずBWSの砲身を展開する。

 

 肩越しから前方を狙うように展開された砲身は、ランチャーストライカーのアグニと同じインパルス砲になっている。それが両肩に回すように2門。同時に発射された。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら放たれた閃光を回避すると、イザークは再び切り込んでいく。

 

 それに対抗するように、キラもサーベルを構え直す。

 

 足元から伝わる恐怖を黙殺して、シルフィードはデュエルと切り結んだ。

 

 

 

 

 

 しかしその出撃は、聊か遅すぎた。

 

ザフト軍の猛攻の前に、いよいよ第8艦隊の戦線は崩壊しつつある。メビウス隊は数機を残して全滅。艦隊戦力も60パーセント以上が宇宙の塵と化していた。

 

 旗艦メネラオス以下、主力戦艦部隊が前線に出て砲撃を加え、必死に阻止線を形成しているが、その抵抗も僅かに敵の侵攻を遅らせるぐらいの効果しかない。

 

 今また、メネラオスの直掩についていた戦艦が攻撃に耐え切れず、エンジンが爆発して果てた。

 

「ベルグラーノ、撃沈!!」

「降下時間までは!?」

「あと、5分です!!」

 

 報告を聞きながら、ハルバートンは達観した面持ちで状況を見ている。既に最悪の事態をも考慮に入れるべき段階が来た事を悟っていた。

 

 覚悟はある。この命尽きるとも、明日の将兵達に一分の勝機を残せるのならば悔いは無かった。部下達に貧乏籤を引かせてしまった事は心苦しい限りではあるが。それを嘆くのは今更である。彼らも軍人である以上、いつかはこうなる事が必定である。あとは自分達の死が無駄にならない事を祈るだけである。

 

 アークエンジェルから発進した機動兵器が援護に回ってくれているが、それも勢いのあるザフト軍を押し留めるほどの力は無い。それでも、何とか必要な時間は稼げるだろう。

 

 その時だった。それまでに無い太さの閃光が、メネラオスの甲板を駆け抜けていく。

 

 見れば、1隻のローラシア級戦艦が主砲を撃ちながら向かって来るのが見える。ガモフである。

 

 1隻だけ突出しての攻撃は、特攻に近い。

 

 艦長のゼルマンは、一連の戦いでアークエンジェルを仕留め損ない続けた事に重い責任を感じていた。だからこそ、このような無謀な行動に出たのだ。

 

 当然、生き残っている第8艦隊の戦艦群から集中砲火を受け、ガモフも傷付いていくが、それでも足を止めようとしない。

 

 間に入ろうとしたドレイク級護衛艦を屠り、尚もメネラオス目指して前進をやめないガモフ。

 

 その様を見て、ハルバートンは素早く決断を下した。

 

「避難民を乗せたシャトルを脱出させろ。今ここでやられるわけにはいかん!!」

 

 たとえ自分達が犠牲になっても、民間人に犠牲を出す事はできない。それが戦争の最低限のルールである。だからこそハルバートンは、アークエンジェルから引き受けていた民間人を、先に脱出させる決断をしたのだ。

 

 命令に従い、シャトルが発進する。アークエンジェル同様、このままではオーブ領へ降下することはできないが、連合の勢力圏へは降りられる。後は地上の連中に任せるしかない。

 

 その間にもガモフは急速に接近し、ついにはメネラオスを主砲の射程距離に捉えた。

 

 2隻の戦艦は、互いに激しい砲火を交える。

 

 既に高度は大気圏ギリギリの地点まで降下し、徐々に装甲が赤く染まっていく。

 

 メネラオスもガモフも大気圏突入ができるようには設計されていない。このまま突入すれば、2隻とも大気摩擦で崩壊し、撃沈は免れないだろう。

 

 それでも両者は相争う獣のように、一歩も引かずにビームの牙を相手の体に突きたて続ける。勿論摩擦熱も容赦無く襲い、それに伴い2隻は徐々にその装甲を削り削られ、抉られていく。

 

 その様子は、徐々に高度を落としていくアークエンジェルからも視認する事ができた。

 

「メネラオスが・・・・・・」

「ハルバートン准将・・・・・・」

 

 自分達を逃がす為に、最後まで踏み止まって戦っているのだ。その想い、何としても無駄にするわけには行かない。

 

「突入シークエンス、フェイズ3に入りました。限界まであと2分!!」

 

 その報告に、マリューは頷いた。

 

 もう充分だ。これ以上の戦闘に意味は無い。

 

「ゼロ、ストライク、シルフィードを呼び戻せ!!」

 

 ナタルの反応も素早い。すぐに撤退命令が発振され、3機の機動兵器に通達された。

 

 

 

 

 

 命令受諾と同時に、エストは機体を反転させた。

 

 既に機体装甲は紅く染まっている。フェイズ・シフトでなければ、とっくに融解が始まっているレベルだ。

 

 戦闘終盤からの参戦であったが、エストもジン1機撃破の戦果を上げている。

 

 本来であるなら、ストライクもシルフィード同様に受領した追加武装を装備して出撃できるはずだったのだが、シルフィードの物と比べてかなり大掛かりであった為、調整が間に合わず、今回は通常通りエールでの出撃となった。

 

 だから、と言うわけではないが、結局この出撃で得た物は少なかった。

 

 地球連合宇宙軍最強部隊である第8艦隊は壊滅。辛うじて自分達が逃げるので精一杯であった。

 

 だが、今は悔やむ時ではない。彼等の犠牲を無駄にしない為にも、ここを生き延びる。それがエスト達に課せられた使命なのだ。

 

 機体を反転させた。

 

 その瞬間だった。

 

 背部から、強烈な衝撃が襲ってきた。

 

「グッ!?」

 

 出し抜けの一撃に、思わず意識を持って行かれそうになった。

 

 目を向けようと反転させるストライクに、更に追撃が来る。

 

 その全てがPS装甲によって阻まれるが、大気との摩擦になぶられ、機体が不気味に振動する。

 

「ようやく追いついたぜ。子猫ちゃぁん!!」

 

 第8艦隊の陣形を突破したクライブが、今にも離脱しようとしているストライクに追いついたのだ。

 

「まだ、来る!?」

 

 とっさにビームライフルを掲げようとするエスト。

 

 だが、その前に接近したシグーは、ストライクのライフルを蹴り飛ばした。

 

「クッ!?」

 

 腕から離れたライフルは、そのまま大気の摩擦により一瞬で融解、爆発する。

 

「お~怖い怖い。そんなモン向けちゃヤだぜ~!!」

 

 嘲笑を加えて言いながら、クライブは突撃銃のフルオートを容赦なくストライクに叩き込む。

 

 一方のエストは、機体に異常が発生している事に気付いた。

 

 先程クライブが先制した一撃は、エールのスラスター噴射口を直撃していた。物理衝撃に対して無敵の強度を誇るPS装甲と言えど、噴射口まではガードできない。そのせいでストライクは制御を失い、大気圏に引き摺られ始めていた。

 

 そこへ、容赦の無いクライブの砲撃が加えられる。

 

 その振動によって、ストライクは更に大気圏へと押し込まれていく。

 

「そ~らそら、どうしたどうした、逃げないのか? 早く何とかしないと死んじゃうぜ~!!」

 

 相手が抵抗できないのをいい事に、好き放題に砲弾を叩き込む。こうなるとPS装甲も嬲り殺しの道具に過ぎない。

 

「クッ、このっ!!」

 

 なけなしの反撃に頭部のイーゲルシュテルンを放つが、安定しない機体では照準も望めない。加えてストライクのイーゲルシュテルンでは、まぐれで命中したとしてもモビルスーツに対しては掠り傷を付ける程度の威力しか望めない。

 

「さあ、ノーロープバンジーまで後何分かな!? この高さだと世界記録だなオイ。ギネスに乗るぜ。嬉しいだろ、えぇ!?」

 

 更にマガジンを代えて砲弾を叩き込もうとした、その瞬間だった。

 

「やめろォォォォォォ!!」

 

 その一瞬の隙を突いて、間に入る機体。キラのシルフィードである。

 

 イザークのデュエルの猛攻を振り切り、帰還途中にこの場に出くわしたのだ。

 

 振るわれる高周波振動ブレードは、しかし間一髪のところでクライブは回避する。

 

「ようッ 会いたかったぜ、ハニー!! やっと会いに来てくれたかよ!!」

 

 後退しつつ重斬刀を構える。

 

 強化されたスラスターは、この高度でもまだ充分な機動性を確保できている。

 

 だが、それはシルフィードも同じである。追加されたスラスターも含めて、これでも尚、高機動を確保していた。

 

 一息の間にクライブ機を間合いに捉えると、キラは高周波振動ブレードを振り翳した。

 

「でぇぇぇぇぇぇい!!」

「クッ!?」

 

 一閃と共に翳された斬撃は、シグーの突撃銃を斬り飛ばす。

 

 爆発する突撃銃を投げ捨てると、クライブは重斬刀とガトリング砲を構え直した。

 

 対してキラは急旋回しながら、シグーへと接近していく。

 

「いつまで逃げ回る心算だ、腰抜けッ おら、掛かって来いよ!!」

 

 放たれる砲弾を回避し続けるシルフィード。

 

 だが、一瞬の隙を突いて斬り込んでいく。

 

 それを迎え撃つクライブ。

 

 両者の機体は激しく接触し、軋みを上げる。

 

「もう止めろ!!」

 

 機体が触れ合った事で接触回線が使用可能となり、キラは思わず叫んでいた。

 

「退けッ これ以上の戦闘は無理だと言う事が判らないのか!!」

《何っ!?》

 

 突然の言葉に、クライブは思わず眼を剥いた。

 

 だが同時に、またあの違和感が湧き上がるのを感じる。何か、心の奥から滲み出てくるように、急速に埋まり、形を成していくのが判る。

 

「僕達がこれ以上戦っても意味は無い。ここは退くんだ!!」

 

 尚も言い募るキラ。

 

 だが、それに対してクライブは答えない。ただじっと黙ったまま、キラの言葉を聞き入っている。

 

 その間にも、2人の機体は重力に引かれて落ちて行く。

 

「聞いているのか!? 早くッ」

《ああ、聞いているよ・・・・・・》

 

 キラの声を遮るように、クライブは殊更低い声で答えた。

 

 先程から耳障りに喚く声が、神経を逆撫でする。

 

 うるせえ奴だ。「相変わらず」な。

 

《・・・・・・・・・・・・クックックックックックッ》

「っ!?」

 

 スピーカーから響いてくる笑い声に、キラは眉を顰める。

 

 まるで、その光景すら判っているかのように、笑い声は一層強まった。

 

「な、何が可笑しい!?」

《可笑しいさッ ああ、可笑しいとも!!》

 

 クライブは思った。こいつは笑劇だ。それも飛びっきり最高級のな。

 

《こいつは驚いたッ テメェ、ひょっとして「キラ」か!?》

「え!?」

 

 今度はキラが驚愕する番だった。なぜ、相手のパイロットは自分の名前を知っている?

 

 アスランに聞いたか? 否、それはあるまい。そうであるなら、わざわざ確認するような言い方はしないはずだ。

 

「誰だ、あなたは一体!?」

《つれねえ事言うなよ、キラ~。ところで「親父」は元気か? 「ジョン」は? 「モイダート」は? 「マリー」は? 「コリンズ」は? みんな元気でやってるか? あの世でな!!》

「ッ!?」

 

 それらの言葉を聞き、キラの胸のうちには動揺が走る。そして同時に、通信機の向こう側にいる悪意の存在に向けて、記憶の像が繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き上がる炎が味方ゲリラの村を覆う。

 

 そこら中に転がるのは、親しい戦友達の死体。

 

 その全てが、無抵抗のまま殺された事が判る。

 

 向こうでは尚も戦っているのか、断続的に銃声が聞こえる。

 

 そして、

 

 炎を背に、不敵な笑みを浮かべて立ち尽す、男。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたはまさか、クライブ・ラオスか!?」

《おおー、思い出してくれたか。嬉しいぜ!!》

 

 言いながら、クライブはシルフィードを大気圏側に投げ飛ばす。

 

《テメェがまさか生きてやがったとはなッ!! 他の奴等はみんな死んだのに、随分な悪運じゃねえかッ ええ!?》

「何をッ みんなを死に追いやったのは、あなただろう!!」

 

 激昂して斬り込むキラ。

 

 その攻撃を、クライブのシグーは、後退しながら回避する。

 

《何の事か判らねえなッ 被害妄想すんのは自意識が過剰なんじゃないのかッ!?》

「ふざけるなッ」

 

 せせら笑うクライブの声が、キラの癇を必要以上に逆なでして行く。

 

 こいつが、

 

 この男が、仲間の仇なのだッ

 

 そう思うと、キラは湧きあがって来る感情を止められなかった。

 

《ハッハー どっちにしろ、連中を守れなかったのはテメェだッ なら、せいぜい派手に散って親父たちの所に行くんだな!!》

「クライブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 キラの絶叫と共に、高周波ブレードを構え、斬り込もうとするシルフィード。

 

 だが、既にかなりの低高度まで降下しているせいもあり、その動きは呆れるほどに遅い。

 

《あばよ、キラッ あの世で親父たちに宜しくなッ!!》

 

 そう言うと、ガトリング砲を構え、照準をシルフィードに合わせる。

 

 だが、その引き金を引こうとした瞬間、両者の間に割り込む影があった。

 

 それは、メネラオスから発進したシャトルであった。

 

 舌打ちするクライブ。今ので必中のタイミングを逃してしまった。

 

「チッ 邪魔しやがってっ」

 

 シルフィードとの間には既に距離が開きすぎてしまい、大気摩擦で激しく揺れる状況では必中も帰しがたい。加えて、そろそろ離脱しないと、シグーの装甲が持たなくなってきていた。

 

「ケッ、命拾いしたな、キラよォ!!」

 

 言いながら、再度ガトリング砲を構える。だが、今度の狙いはシルフィードではない。

 

 砲門は、地球に向かって降下していくシャトルに向けられている。

 

「ハッ、腰抜け兵士が生きてく程、世の中甘くねえんだよ。さっさと退場しろっての、糞豚共が!!」

 

 それを悟ったキラが、慌てて機体を翻す。

 

 しかし、既に重力圏に捕まってしまったシルフィードの動きは、胃がねじ切れる程遅い。

 

「やめろォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 既に接触回線は絶たれ、キラの声はクライブには届かない。そして、仮に届いたとしても、発砲をやめるような男ではない事もキラには判っていた。

 

 だが、それでも叫ばずにはいられない。

 

 なぜなら、あれには・・・・・・

 

 放たれる弾丸。

 

 瞬間的に、シャトルの外壁に弾痕が刻まれる。

 

 キラの脳裏に、あの折花をくれた少女の笑顔が過ぎる。

 

 あの笑顔が、炎と共に消えていく。

 

 伸ばす手は、シャトルに届かない。

 

 無情にも、キラの目の前でシャトルは大気熱に焼かれ、内側から膨らむようにして弾けとんだ。

 

 その様子に、クライブは先程の溜飲を僅かに下げると、視線は落下して行くシルフィードを追った。

 

「あばよ、キラ。せいぜいローストになんねえようにがんばんな」

 

 それだけ言うと、スラスターを全開まで吹かして離脱に掛かった。

 

 一方で、キラも、悲しんでいる場合ではなかった。

 

 既にシルフィードは重力と大気摩擦によって、制御を失いつつある。それでも推力を保持しているのはBWSの追加スラスターのお陰であった。

 

「クッ、やるしかない!!」

 

 いよいよ時間がなくなって来た。

 

 既にアークエンジェルも降下体勢に入っている。

 

 一方で、大気圏ギリギリまで砲火を交わしていたメネラオスとガモフの姿は、既に無い。

 

 ガモフは集中砲火を浴び、エネルギー回路を暴走させて爆発し撃沈。そしてメネラオスも、その僅か数分後、大気の摩擦に耐え切れずに崩壊していた。

 

 だが、今のキラにはそれらを気にかけている余裕は無い。

 

 既に機体外部の温度は、無視し得ないレベルにまで上昇している。最早、是非もなかった。

 

 シールドを掲げ、降下体勢に入るキラ。後は、運を天に任せるしかない。

 

 視界の中に信じられない物が飛び込んできたのは、正にその時だった。

 

「あれは!?」

 

 驚愕に目を見開いた。

 

 クライブによって痛めつけられたストライクが、力が抜けたように落下して行く光景が見える。中のエストがどうなっているかは判らないが、少なくとも動いているようには見えない。

 

 このままでは、大変危険な状態である。

 

「クッ、世話の焼ける!!」

 

 キラはシールドを避けると、スラスターを全開まで吹かし、フリーダイブの要領でストライクを追いかける。

 

 最早時間は無い。ストライクのエールの翼は、摩擦熱で溶け落ち、融解が始まっている。

 

 キラは落下を続けるストライクを、必死になって追いかける。

 

「何をしているんだ。姿勢を戻せ!!」

 

 国際救難チャンネルの回線を開いて叫ぶが、その声が届いていないのかのように、ストライクに変化は見られない。

 

 この時エストは、大気圏突入のショックと急激なコックピット内温度上昇により、気を失っていた。その為、スピーカーから聞こえてくるキラの声に気付いていなかったのだ。

 

 キラは更に機体を加速させる。

 

 伸ばされた手が、間もなく届く。

 

「シルフィードの手を取るんだ。早く!!」

 

 だが、尚もストライクは動こうとしない。

 

 間もなく、限界高度を越える。そうなると、その先どうなるかは想像もできない。

 

 一拍の間を置いて、キラは叫んだ。

 

「しっかりするんだ・・・・・・エスト!!」

《ッ!?》

 

 その声に弾かれたかのように、エストは目を見開く。

 

 朦朧とする意識。視界はぼやけて、周囲の状況を把握する事ができない。

 

 それでも、自分に向かって手を伸ばすシルフィードの姿だけは、しっかりと見えていた。

 

 殆ど制御の利かない機体を操り、手を伸ばすエスト。

 

 その手を、シルフィードは、キラはしっかりと掴み取る。

 

 そのまま引き寄せると、ストライクを右腕で抱きかかえるようにして、左手に装備した盾を掲げる。

 

 最早、後戻りはできない。

 

 2人を乗せた機体は、灼熱の大気の中へと急速落下して行った。

 

 

 

 

 

PHASE-10「低軌道会戦」      終わり

 

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