機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-11「熱砂の猛獣」

 

 

 

 

 

 放たれる銃撃は、容赦なく掠めていく。

 

 そこには慈悲も無く、妥協も無い。

 

 ただ只管、こちらの命を奪おうとする意思が存在しているだけだ。

 

 一緒にいた仲間も、皆、姿が見えない。

 

 その生存が既に絶望的である事は、火を見るよりも明らかであった。

 

 そして、再びの轟音。

 

 砲弾がすぐ近くで炸裂し、体は空中に投げだされる。

 

 背中から地面に叩きつけられる衝撃。

 

 意識が大きく削られ、激痛は脳髄を焼く。

 

 絶望。

 

 たった二文字の言葉が、何とも重苦しくのしかかって来ている。

 

 ノロノロと、体を起こす。

 

 状況に相反して、体はまだ動いてくれた。

 

 爆炎と衝撃が躍る戦場を、それでも一歩一歩、傷ついた体を引き摺って歩き始める。

 

 まだ生きろッ

 

 お前は死ぬなッ

 

 心の中で、誰かが叫んでいる。

 

 その言葉に突き動かされ、足はひたすら前に進み始めていた。

 

 

 

 

 

 冷たい水の中で、半分だけ開いた目が、朦朧とした覚醒を促している。

 

「定格レベル、62パーセント下降!!」

「生体電流、出力低下!!」

「反射神経、伝達途絶!!」

「身体機能に異常発生!!」

「意識、回復しません!!」

 

 次々と告げられる言葉は、朦朧とした意識に僅かずつ入ってくる。

 

 だが、意味までは判らない。

 

 また、半分沈みかけた意識は、知る必要性も感じてはいない。

 

 冷たい水の中に浮かぶ幼い体には、無数の電極が貼り付けられ、必要に応じて電流が流される。

 

 投薬は今日だけで、既に3回。多分、これからまだ続けられる。

 

 もうやめて!!

 

 心の中で、誰かが叫んでいるのが判る。

 

 だが、

 

 最早それすらも、どうでも良いと思える。

 

 そして、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、大丈夫なんですか?」

 

 うなされるキラの様子を見詰めて、心配顔のサイが軍医に詰め寄る。

 

 今も低い唸りを上げ、傍に付いているリリアが心配そうに水を替えている。

 

 その隣のベッドにはエストが横たわり、同じようにミリアリアがついて看病しているが、こちらは穏やかに目を閉じて眠りについている。

 

 人類初のモビルスーツでの大気圏突入と言う快挙、と言うより暴挙を敢行した2人は、取りあえず助かったものの、回収された後に意識を失い、眠りに着いていた。

 

「だから、コーディネイターってのはさ、私達と違って丈夫にできてるんだよ。現にうなされてるように見えるけど、特に外傷はないし、ウィルス検査でも異常は無かった。単に疲労が溜まっているだけなんだよ。そっちの女の子も、助かった理由はよく判らないけど、精神状態は安定している。直にケロッとした顔で目を覚ますよ」

「それは、判りますけど」

 

 サイにも判っている。医者が「大丈夫」と言った以上、本当に大丈夫なのだろう。だが、やはりこうして苦しんでいる友人を見ていると、何もしてやれず、こうして見ている事しかできない自分達に対するもどかしさが拭えなかった。

 

 現在、アークエンジェルがいるのはアフリカ大陸北部。アフリカ共同体と呼ばれる勢力の圏内である。

 

 悪いことに、アフリカ共同体はプラントの友好国でもある。

 

 低軌道会戦のあと、大気圏を降下するシルフィードとストライクは、僅かに効果予定ポイントがずれ、アークエンジェルとは別々に落下を始めていた。そのままでは遭難の危険性が出ると判断したマリューは、2機を回収する為にあえて進路を変更したのだ。

 

 その結果、ザフト勢力圏の真ん中に降下する事となってしまったのだから、状況としては痛し痒しと言ったところである。

 

 そこでアークエンジェルは現在、機関を停止して、状況を確認する為に砂漠に足を下ろしている。まずは周囲の状況を探り、その上で慎重に行動する必要があった。

 

 そんな中にあって、辛うじて回収に成功した2人のパイロットの治療に専念していた。

 

「撃たれりゃ死ぬし、たまに熱出す事もあるけどさ。そう言うリスクは俺達よりも低いんだ。これくらいなら、どうって事無いよ」

 

 軍医の暢気な言葉を聞きながら、トールとサイは看病をしている2人の少女に歩み寄った。

 

「ミリィ、交代するよ。寝てないだろ」

「リリアも、ほら」

 

 この2人は、降下してからずっとキラとエストに付きっ切りで看病している為、相当疲れているはずだ。強がってはいるが、今も時々舟を漕ぐような仕草をする為、込み上げる眠気を我慢しているのが判る。 

 

「でも・・・・・・」

 

 心配するようにリリアがエストの顔を見るが、その肩をサイが叩く。

 

「キラ達が起きても、それで2人が倒れちゃったら意味無いだろ。良いから、少し休んで来いって」

「・・・・・・うん、それじゃあ、ちょっとだけお願いね」

 

 サイの説得に応じたリリアとミリアリアの2人はそう言うと、並んで医務室を出て行く。

 

 代わって看病についたサイとトールが、ベッドの脇に座る。

 

「なあ、大丈夫だよな、2人とも」

「当たり前だろ」

 

 トールの不安そうな声に強気で答えるサイ。

 

 しかし当のサイも、自分の言葉が何処まで当てになるか自信が無かった。

 

 ただ、今は2人の回復を祈って、できる事をする以外に道は無かった。

 

 

 

 

 

 溜息をついている暇くらいは、取り合えずあるようだ。

 

 だが、それは目下の所、問題解決には1ミリグラムも寄与してはいないようである。

 

 ムウとマリューは、艦長室で互いに難しい顔を突き合わせていた。

 

「ここがアラスカ・・・・・・」

 

 ムウの指が地図を指す。そこは太平洋の北部、北米大陸の西端。

 

亡きハルバートンの裁量により、ムウやマリューを初め、クルー達は一階級昇進を果たしている。それに伴い、志願して軍務についたヘリオポリスの子供達も、二等兵待遇で戦時任官されている。しかし何と言っても驚いたのは、キラにも階級が与えられている事だ。しかもパイロット待遇と言う事で少尉任官だった。

 

 テロリストのキラにまで階級が与えられたことに、いったいどのような意味があるのか?

 

 ハルバートンに如何なる思惑があったのかは、彼が戦艦メネラオスと共に大気圏の露と消えた以上、推察に委ねるしかないが、それでも一応、軍としての体裁は整った事になる。

 

「そんで、ここが現在位置・・・・・・」

 

 指が止まったのは、アフリカ大陸の北部砂漠地帯。

 

「嫌な所に降りちまったねえ。見事に敵の勢力圏内だ」

「仕方ありません。あそこでストライクとシルフィードを見失うわけにはいきませんでしたから」

 

 そう言って、マリューは沈痛な表情を作る。自分でも、幾分か言い訳じみているという自覚はあるのかもしれない。結果から見れば、尚もクルー達を危険に晒している事に変わりはないのだから。

 

 この女性の双肩に掛かっている重圧を考えれば、ムウにとっても辛い物がある。

 

 マリューはまだ若いし、実戦経験も多くない。にも拘らず、敵に包囲されたこの状況下を、艦長として、戦艦1隻率いて脱出しなければならないのだ。

 

 しかも、最短距離である大西洋横断のルートは使えない。

 

 ヨーロッパ地方の西端にあるジブラルタルは現在、ザフトに占領されて敵の一大拠点と化している。それに伴い、東大西洋の制海権はほぼザフト軍に握られていた。のこのこ出て行けば、喜び勇んで群がってくるザフト軍に袋叩きにされるのは明白だった。

 

 残るルートは反対側、地球をグルッと回り、インド洋、東南アジア、太平洋と抜けるコースを取らねばならない。こちらは中立地帯が多く点在してるため、少なくとも大西洋ルートよりは安全である。しかし当然、コースが長くなればその分、敵に捕捉される確率も高くなるし、長い距離を航行するわけだから、充分な量の補給も必要になる。

 

 しかもオーストラリア大陸北端には、地上におけるザフト最大の拠点カーペンタリアやユーラシア大陸南東部には占領された華南基地がある。こちらも安全とは言い切れない。

 

 勿論、こんな敵地のど真ん中では援軍も期待できない。アークエンジェルは自力で脱出し、敵中を横断しなければならないのだ。

 

 しかしマリューは、あの大気圏突入時の決断が間違っていたとは思っていない。あそこで幼い2人の命を見捨てる事ができなかったのだ。

 

「ともかく、本艦の目的、及び目的地に変更はありません」

 

 そこに何があろうとも、アークエンジェルは敵の勢力圏を中央突破してアラスカを目指す事が求められているのだ。

 

 強気に話すマリューの顔を、ムウは覗き込む。

 

「大丈夫か?」

 

 穏やかな目と口調に、マリューもムウを見返す。

 

「副長さんとも?」

 

 不意の質問に、マリューは僅かに身じろぎした。

 

 正直、問題は外ばかりではない。

 

 ここのところ、マリューはナタルとの間に深い溝を感じる事が多くなっていた。

 

 ナタルの事は嫌いではないし、判断や指示は的確だ。少々規律に厳しいところはあるが、彼女のおかげでアークエンジェルは秩序を保っていられるのだ。自分には過ぎた副官であるとも思っている。だがそれが故に、性格的におおらかで、規律や規則よりも、クルーのメンタル面を重視しがちのマリューとは、意見が衝突してしまう場面が多いのも確かだった。それがまた、マリューのストレスとなっている。

 

「大丈夫よ・・・・・・」

 

 幾分、低い声で答えるマリュー。ムウもその事に気付きながらも「そうか」と答えるに留めた。

 

「まあ、ハルバートン准将から受領した新兵器もある。俺達もいるんだ。どうにかなるさ。何たって俺は、不可能を可能にする男だからな」

 

 そうやっておどけるムウの姿に、マリューはようやく少しだけ微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと意識が浮上し、比例するかのように瞼が押し上がって行く。

 

「ん・・・・・・」

 

 自分の口から軽く上がったうめき声。同時に、脇で人の気配が動いた。

 

「お、気が付いたか?」

 

 ぼやけていた視界が回復すると、眼鏡を掛けた少年が安堵の笑顔を見せているのが判った。

 

「・・・・・・サイ・アーガイル?」

 

 掠れた声で、エストは目の前の少年の名前を呼ぶ。

 

 少女がいつも通りの淡白な言葉遣いをした事で、サイの口からは苦笑が漏れた。

 

「良かった。具合が悪いところ無いか? それとも、何か欲しいか?」

 

 尋ねてくるサイを無視して、ようやく活動を始めたばかりの脳を回転させる。

 

 記憶は低軌道会戦の終盤で途切れている。

 

 大気圏を落下して行くストライク。

 

 コックピットの中で熱と衝撃で気を失った自分。

 

 その時、誰かが名前を呼び、手を伸ばしてくれた。

 

 あれは、確か・・・・・・

 

 そこまで考えて、ふと、首を横に動かした。

 

 その視線の先で手を振るトール。そしてトールとの間にベッドがあり、そこに誰かが眠っている事に気付いた。

 

「・・・・・・・・・・・・ヴァイオレット・フォックス」

 

 呟きを洩らすエストの視線の先では、今は落ち着いてきたのか、静かな寝息を発するキラの姿があった。

 

 そうだ、あの時自分の名前を呼び、手を伸ばしてくれたのは彼だ。では、自分が今こうして無事でいるのは、このテロリストのお陰、と言う事になるのだろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 なぜ、彼がこんな事をしたのか、エストには理解できない。自分はこの少年を捕縛する事が任務であり、殺そうとした事もある。自分で言うのも何だが、見殺しにした方がキラには利点が大きいはずだ。

 

 だがすぐに、回転を始めた思考は別の事を考え始めた。

 

 キラの事は、とりあえず後回しでもいいだろう。そんなことよりも今は、優先してやらなくてはいけない事がある。差し当たり、自分達がどうなったのかを知る必要があった。

 

「現状の説明を、お願いします」

 

 そう告げたエストの様子は、これまでと変わらない物となっていた。

 

 

 

 

 

 その頃、砂漠に接地したまま息を潜めているアークエンジェルから距離を置き、密かに監視する目があった。

 

 コーヒーカップを手にしたその男を一言で言い表すなら、「精悍」に尽きるだろう。

 

 程よく引き締まった肉体はしなやかさと力強さを同居させ、瞳は獲物を狙う肉食獣のように釣りあがっている。口元に浮かべた不定な笑みは、見る者に絶大な安心感を与えてくれる。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。

 

 ザフト軍アフリカ方面軍司令官にして、猛き陸戦の王者。人は彼を「砂漠の虎」と称する。

 

「隊長、依然、動きはありません」

「Nジャマーの影響で、噂の大天使は未だにスヤスヤとお眠り中、か」

 

 副官のマーチン・ダコスタの報告に答えた直後、バルトフェルドは何かに気付いたように呻いた。

 

「ん!?」

「ど、どうしましたッ!?」

 

 慌てて双眼鏡に目を当てるダコスタ。だが、

 

「今回はモカマタリを5パーセント減らしてみたんだが、こりゃ良いな」

 

 飲んでいたコーヒーの感想と知り、ダコスタは思わず脱力した。

 

 ザフト地上軍の名将とまで呼ばれるこの男、実はコーヒーのオリジナルブレンドと言う密かな趣味を持っているのだが、何もこんな時に意味深に言わなくてもいいと思う。

 

 次のブレンド計画を口ずさみながら歩いていく上官の後を慌てて追うダコスタ。

 

 その視線の先には、待機している部隊の姿がある。

 

 伏せた犬にも似た4速歩行型モビルスーツの名はバクゥ。精強なユーラシア連邦軍戦車部隊に手を焼いたザフトが開発した地上戦用の機体である。モビルスーツならではの機動性と、荒れ地をいとも簡単に乗り越える走破性。そして、戦車では実現しえない装甲と火力。この機体が登場したことにより、ザフト軍は地上における覇権を確たる物としたのだ。

 

 その他にも指揮車両や多数の攻撃ヘリが待機している。

 

 飲み終わったカップをダコスタに投げ渡したバルトフェルドは、待機していた兵士達の前に立った。

 

「ではこれより、地球連合軍新造戦艦アークエンジェルに対する作戦を開始する。目的は敵艦及び搭載機体に対する戦力評価である」

「倒してはいけないのでありますか?」

 

 1人の兵士が、ニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。彼らは皆、この過酷なアフリカ戦線において戦い抜いてきた猛者である。その実績が彼等の自信となって現れているのだ。

 

 対してバルトフェルドも、少しおどけたように考えた素振りを見せてから口を開く。

 

「まあ、その時はその時だが、あれはクルーゼ隊が総力を挙げて仕留めることができず、あのハルバートンの第8艦隊が、その身を犠牲にしてまで地上に下ろした艦である。その事を忘れるな。一応な」

 

 最後に付け加えられた言葉が、兵士達の自信に拍車をかける。士気は否が応でも高まった。

 

 次々と愛機へと駆けて行く兵士達を見送りながら、バルトフェルド自身もダコスタの運転する指揮車両に乗り込む。

 

「コーヒーが美味いと気分が良い」

 

 そう告げたあとに開かれた目には、既に闘争心の炎が揺らめいていた。

 

「さあ、戦争に行くぞ」

 

 

 

 

 

 出し抜けに起こる警報が、眠りの粉を一斉に吹き飛ばす。

 

 仮眠を取っていたムウやマリューも慌てて飛び起き、身支度を整えると、自分達の持ち場へと走った。

 

 アークエンジェルを捉えた照準波が、接近する敵の存在を如実に示している。

 

 まだ本格的な攻撃が開始されていないので、警戒段階であるが、攻撃が来るのも時間の問題と言わざるを得ない。

 

《第二戦闘配備発令ッ 第二戦闘配備発令ッ》

 

 その警報を、エストはようやく戻る事ができた自室で聞いていた。

 

 ちょうどサイから聞いた情報を整理しようと端末を開きかけた、その矢先の警報発令であった。

 

 同時に脳が高速で回転し、現状を一気に整理する。

 

 キラは未だに目覚めず、ムウは受領した地上用戦闘機の調整が終わっていない為、戦うことができない。更に言えば、エンジンを停止していたアークエンジェルもすぐには動く事ができない。

 

 つまり、今この艦で使える機動戦力は、エストのストライクのみと言う事である。

 

 そこまでの事を3秒で纏めると、開きかけた端末を放り投げて駆け出した。

 

 エストが格納庫に到達する頃には既に攻撃が開始され、ザフト軍が放ったミサイルを、アークエンジェルのイーゲルシュテルンが迎撃しているところであった。

 

 今のところ被害は無い。飛来したミサイルは、全て対空砲によって撃ち落とされている。しかし相手がザフト軍なら、遠隔攻撃だけでお茶を濁すはずがない。必ず第二派攻撃として、モビルスーツを出してくる。そうなると、動けないアークエンジェルは、四方から囲まれて嬲り殺しになる。

 

 ムウが何とか出撃しようと、マードックと言い争いをしているが、どう考えても無茶な要求である。

 

 ハルバートンから支給された地上用戦闘機スカイグラスパーは、高い機動性もさることながら、ストライカーパックの装備も可能としている。これにより、従来の戦闘機を上回る機動性と火力が備わったことに加え、戦場での換装がよりスムーズになり、ストライクの運用性が飛躍的に向上する事になる。

 

 しかし、現状で使えない以上は仕方が無い。

 

 エストに出撃命令が出る。敵の影は未だに見えないが、とにかく出撃して、今の内にベストのポジションを確保しようと言うのだ。

 

 機体をカタパルトデッキに進めるエスト。

 

 装備はランチャーを選択。とにかく遠距離攻撃に徹して敵の出方を見るのが目的だ。それに射程の長いランチャーなら、いざというときにアークエンジェルの援護に入れるという狙いもある。

 

 カタパルトに灯が入る。

 

 見える視界の先は戦場。エストにとって初めてとなる地上戦である。

 

「エスト・リーランド、ストライク出ます」

 

 静かな声と共に、ストライクは射出された。

 

 

 

 

 

 砂地にストライクの足がつく。同時に、体勢が崩れるのを感じた。

 

「なっ!?」

 

 思わずバランスを取ろうとするが、機体は勝手に流れていく。

 

 足元が砂地であるため、ストライクの重量を支えきれず、流れる砂に足が取られてしまっているのだ。

 

《ストライク、戦闘ヘリを排除しろッ 重力を忘れるな!!》

 

 CICから戦闘指揮を取るナタルの声に、モニターを走らせる。

 

 そこには、アークエンジェルに向かって来る多数の攻撃ヘリの姿がある。

 

「クッ!!」

 

 どうにか機体を立ち上がらせようとするが、細かい砂に足が取られて、ストライクはまたもバランスを崩す。

 

 そこへ、戦闘ヘリは一斉にミサイルを発射した。

 

 飛来したミサイルが、立て続けに機体を直撃する。

 

 だが間一髪でPS装甲の起動が間に合い、ストライクは物理攻撃をシャットアウトする。これで、とりあえず物理攻撃に関しては脅威ではなくなった。

 

 エストは素早く320ミリ超高インパルス砲アグニを振り翳すも、その時には既にヘリは射線外へと退避してしまっていた。

 

 どうにか追おうとするが、その度にストライクは砂に足を取られてバランスを崩すのみである。本来持っている機動性を、まったく発揮することができない。

 

 ならばと、エストはストライクをジャンプさせヘリを追撃するが、ヘリは巧みに後退をかけるため、照準が合せられない。射程距離に入る前にストライクは落下してしまう。

 

 そして着地した先では、またもバランスを崩してしまう。

 

 まさに、悪循環であった。

 

 その時だった。

 

 甲高いキャタピラの駆動音が接近してくるのを察知した。

 

 とっさに音のする方向にカメラを向ける。

 

 そこへ、砂丘を乗り越えて飛びかかってくる影があった。

 

 速いッ

 

 エストが視認した瞬間には、ストライクはそいつに蹴り飛ばされていた。

 

 大きく吹き飛び、砂地を転がるストライク。

 

 どうにか大勢を立て直して立ち上がろうとするが、そんな動作にすら、今のストライクはもたついてしまう。

 

 ストライクを蹴り飛ばした後、敵機は反転して再び向かってくる。

 

 OSはすぐに相手を識別、解析する。回答は一瞬で出た。

 

「ザフト軍、地上戦用モビルスーツ バクゥ・・・・・・」

 

 局地での戦闘を考慮し、二足歩行型よりもバランスの良い四足型を選択したバクゥ。この砂地の戦闘では、ストライクにはひどく分が悪いと言わざるを得なかった。

 

 一斉に攻撃を開始するバクゥを相手に、エストはアグニを振り翳して反撃を試みる。

 

 しかし、砲身を持ち上げたとき、それよりも遥かに早く飛んできたミサイルやレールガンが、容赦なくストライクを直撃していく。

 

「クッ・・・・・・この、程度!!」

 

 とっさにジャンプしながらアグニを放つも、巧みに砂地を蹴って回避するバクゥの機動力の前に、虚しく空振りを繰り返す。そして着地した先でバランスを崩し、体勢を立て直している隙に、またも集中攻撃を喰らう。

 

 この繰り返しに、エストとストライクは無為な消耗を繰り返していった。

 

 

 

 

 

 背中から伝わってくる振動に、意識は覚醒レベルまでの浮上を強要される。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 キラが第一声を発すると、それに反応するように、傍らで動く気配があった。

 

「キラッ 良かった。起きたのね!?」

 

 覗き込んできたのは、作業着姿のリリアだった。戦闘が始まったので、繰艦の補助をしなければならないトールと再び交代したのだ。

 

「リリア、一体何が・・・・・・ここは何処? 僕は、どうなった?」

 

一息に聞こうとするキラを、リリアは慌てて制する。

 

「落ち着いて、キラ。ここはアークエンジェルの医務室よ。あんたは助かったの」

「たす・・・かった?」

 

 まだ混乱しているキラに、リリアは噛んで含めるように話す。

 

「危なかったんだから。大気圏降下中のあんたとエストが軌道からずれちゃってさ、何とか艦の方で捕まえたまでは良かったんだけど、そのせいで敵の勢力圏に落ちちゃって」

 

 リリアが説明している間にも、衝撃と轟音は続いている。それは、単独で出撃したエストが、敵の攻撃を抑え切れていない事を意味している。

 

「敵の・・・・・・攻撃が、来てるんだね」

 

 言いながら、身を起こそうとするキラ。だが、体が軋んでうまく動かない。

 

 そんなキラを、リリアは慌てて支える。

 

「何処行くのキラ!?」

「シルフィードへ・・・・・・僕も出ないと」

「駄目よッ そんな体で何ができるって言うの!?」

 

 病み上がりとも言えるキラの体は、自分でも思うとおりに動かすことができないでいる。

 

 数時間も休めば普通に動けるくらいには回復するだろうが、今はまともに機体の乗れるかどうかも怪しい。

 

 それが判っているだけに、キラにももどかしく感じる。

 

 敵がどの程度来ているのか判らないが、キラ無しで戦線を支えきれるのは難しい。かと言って、今の自分が出ても役に立たないことは明白だ。

 

「クッ」

 

 苛立って唇を噛むキラ。

 

 やがて、何かを悟ったように顔を上げた。

 

「それならリリア、僕の頼みを聞いて欲しい」

 

 キラは真っ直ぐな瞳を、リリアに向けて言った。

 

 

 

 

 

 モニターの中では、苦戦を続けるストライクの姿が映し出されている。

 

 エストは機動力に勝るバクゥに完全に翻弄され、効果的な反撃を行えないでいる。

 

 巨大な砲を振り翳すストライクを嘲笑うかのように、バクゥは高速で走り回って波状攻撃を繰り返す。

 

 バクゥの攻撃はすべて実体弾である為、PS装甲のお陰で今のところ被害は無いが、中にいるエストにとっては堪った物ではない。

 

 衝撃は断続的にコックピットを襲い、エストの体力を容赦なく削り取っていく。

 

 アークエンジェルからも援護の為にミサイルを発射するも、バクゥを捉える事は叶わず、却ってエストの足を引っ張る結果にしかならなかった。

 

「何とかならないの!?」

 

 悲鳴に近いミリアリアの声は、ブリッジにいる全員の声を代弁している。

 

 せめてもう1機、援護の機体を出せれば状況も立て直せるのだが、キラは療養中、スカイグラスパーは武装が間に合わない状況では、どうしようもない。

 

 エストはジャンプしながらアグニを撃つという戦法を繰り返している。今のところ、それが最も有効な手段であると気付いたのだろう。しかし、それでも状況を逆転するには至らない。

 

 機動力を発揮でいない上に多勢に無勢である為、着地したところを袋叩きにされる事の繰り返しであった。

 

 もどかしさだけが募っていく。

 

 そんな時だった。CICの扉が開き、リリアに支えられたキラが入ってきたのは。

 

「キラ・ヒビキ!?」

「キラ!?」

 

 ナタルやサイが驚きの声を上げる。起きたのは勿論だが、CICに入ってきた事も意外であった。

 

 自分に集まる視線を無視して、キラは遠慮なく室内に入ってくる。

 

「・・・・・・状況は、どうなっています?」

 

 まだ本調子でないのか、荒い息で尋ねるキラ。

 

 モニター上には、苦戦を続けるストライクの姿があった。

 

 今もジャンプしながら砲撃を繰り返しているが、攻撃は当たらず、却って着地の際にバランスを崩して動きを止めてしまう。そこへ集中攻撃を喰らう有様だ。

 

 だが、それを見て、キラの目は光った。

 

「貸してッ」

 

 キラはミリアリアの席を強引に奪うと、そこにある端末に手を伸ばし、指を高速で動かしてタイピングを始めた。

 

「何をする気だ!?」

 

 訝るナタル。彼女としては、自分の管轄下にある機材をテロリストであるキラに触らせたくないのだろう。

 

 だが、

 

「やらせてあげてッ」

 

 階上から、マリューの声が響く。この状況を逆転できるとしたら、それはキラ以外にはいない。マリューはそのように判断したのだ。

 

 艦長がそう判断した以上。ナタルとしては従うしかなかった。勿論、内心では納得できるものではなかったが。

 

 そんなやり取りを背中にしながら、キラの指は高速で動いていく。

 

「・・・・・・接地圧が逃げるんなら、それを合わせれば良い。逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス20に設定!!」

 

 画面がキラの想定した数値をたたき出す。

 

「システムアップデート、転送開始!!」

 

 設定した数値が、レーザー通信に乗ってストライクのOSへと送られる。

 

 同時に、苦戦を続けるエストの視界の隅で、キラからのデータを受け取ったストライクが、OSの書き換えを始めている。

 

 ストライクが足を付く。だが、これまでのように無様にバランスが崩れる事は無い。

 

「これはっ!?」

 

 理由は判らないが、状況は理解できる。反撃のチャンスだ。

 

 そこへ、これまで同様にバクゥが飛び掛かってくる。

 

 今回も、蹴り飛ばされ、無様に地面に転がる地球軍のモビルスーツの光景が、バクゥのパイロットの脳裏には浮かべられている。

 

 その瞬間、

 

 不用意に近づいてきたバクゥを、ストライクはカウンター気味に蹴り飛ばした。

 

 仰向けに倒れ込むバクゥ。とっさの事でパイロットも思考が追いつかない。

 

 どうにか身を起こそうとする。だが、その前にストライクはバクゥの腹を足で強引に踏みつけた。

 

 そしてアグニをゼロ距離から斉射。吹き飛ばす。

 

 1機撃破の報告に湧き帰るアークエンジェル艦内。

 

 更に別のバクゥが背後から襲いかかろうとするのを、ストライクはアグニの銃把で殴り飛ばす。

 

 そこには、先ほどまでのように、無様に転げまわる姿はない。完璧なまで絵に本来の性能を取り戻したストライクの姿があった。

 

 急に動きの良くなったストライクに、ザフト軍の間に戸惑いが走る。

 

 その間にエストは肩部のバルカンを起動。ヘリが放つミサイルを片っ端から叩き落していく。

 

 CICに居座っているキラもまた、黙ってはいない。

 

「水平角27度、仰角5度に主砲を向けてください!!」

「え!?」

「何だと!?」

 

 キラの突然の言葉に戸惑う一同。

 

「早く!!」

 

 急かされ、慌てて言われた通りに2番砲塔を旋回させる。

 

 その先では、今にもストライクめがけて飛びかかろうとするバクゥの機影がある。

 

「今!!」

 

 キラの号令と共にゴットフリートが斉射される。

 

 バクゥのパイロットは全く予想していなかったのだろう。その一撃によって閃光に吹き飛ばされる。

 

 ここに来てアークエンジェル側は、ようやく戦線を立て直しはじめている。

 

 接地圧パラメータのアップデートによって、本来の性能を発揮できるようになったストライクは、複数のザフト機を相手に善戦し、打って変わってザフト軍はストライクとの性能差の前に、先程までの整然とした連携に齟齬が生じ始めている。

 

 このままなら押し返せる。誰もがそう思い始めたときだった。

 

「南西より熱源接近、艦砲射撃です!!」

 

 その一言に、再び緊張が走る。敵は機動兵器だけでなく、戦艦も繰り出してきていたのだ。

 

 報告を受けると、マリューは素早く決断する。

 

「離床、緊急回避!!」

 

 既にエンジンは、動ける程度にまで圧が上がっている。

 

 ゆっくりと上昇するアークエンジェル。

 

 飛んできた砲弾は、一部はイーゲルシュテルンによって撃ち落され、他は地面へ落ちて砂塵を上げる。

 

 だが、攻撃はそこで止まらない。すぐに第二陣、第三陣が向かって来る。

 

 対してアークエンジェルは迎撃以外の手段が取れない。相手の位置が判らない為、効果的な反撃ができないのだ。

 

 そこへ、格納庫で待機していたムウから連絡が入った。

 

《俺が行く!!》

 

 叩きつけるように叫ぶムウ。

 

《俺がスカイグラスパーで出てレーザーデジネーターを照射する。それを目標にミサイルを撃ち込め!!》

「しかし、今から索敵しても間に合いません!!」

 

 既に敵の総攻撃は開始されている。今から出撃しても、こちらが被害を受ける前に敵艦を捕捉できる可能性は低い。

 

《それでもやるしかねえだろ!!》

 

 そう告げると、ムウは地上における新たな愛機となった戦闘機へと駆け寄る。

 

 第8艦隊から受領したスカイグラスパーは3機。そのうちの1号機は、ようやく飛行可能なレベルに調整が終わっていた。もっとも、ミサイルやバルカン等の武装は、まだ未搭載であるが。

 

 射出されるスカイグラスパー。

 

 だが、その間にも砲撃は続く。

 

「直撃、来ます!!」

 

 トノムラの悲鳴に近い警告の直後、激しい衝撃が艦内を襲った。

 

 

 

 

 

「アークエンジェル!?」

 

 未知の敵から攻撃を受けるアークエンジェルの姿は、エストにも確認できた。

 

 そこへ襲ってくるバクゥ。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちと同時に、トリガーを絞る。

 

 アグニから放たれた閃光により、バクゥは吹き飛ばされる。

 

 その間にも、アークエンジェルに向かって飛ぶ砲弾。

 

 それに対してエストは、バルカンでバクゥを牽制しながら、射程の長いアグニで飛来する砲弾を迎撃していく。

 

 的確に砲弾を撃ち落していくストライク。

 

 だが、そんな戦い方が長続きするわけも無かった。殊に大出力のアグニはエネルギー消費が激しい。

 

 気が付けば、バッテリーが危険領域に近付きつつあった。

 

「このままでは・・・・・・」

 

 エストは呻き声を発する。

 

 まだ敵は、当初の半分以上が残存している。残ったバッテリー量から逆算しても、全てを倒すのが不可能である事は明白である。

 

 迷うエスト。それを見透かしたかのように、包囲を狭めてくるザフト軍。

 

 その時だった。

 

 1機のヘリが、出し抜けに爆発を起こして撃墜する。

 

「えッ!?」

 

 驚くエスト。

 

 そこへ砂丘を乗り越え、数台の戦闘バギーが飛び出してくるのが見えた。

 

 バギーに乗っている者達は、次々と手にした大型のランチャーを放ち、飛んでいるヘリを撃ち落していく。

 

 さしものザフト軍も、横合いからの奇襲攻撃には対応できないでいる。

 

 その時、ストライクの足元に1台のバギーが止まり、通信用のワイヤーケーブルを接触させてきた。

 

《そこのモビルスーツのパイロット、死にたくなければこちらの指示に従え!!》

 

 シートに座った金髪の少女が、張りのある声で支持を送ってくる。

 

 同時に転送されてきた地形モニターの一角に、何かの点が打たれるのを確認した。

 

《そのポイントにトラップが仕掛けられている。そこまでバクゥを誘導するんだ!!》

 

 その声の後に、通信は途切れる。

 

 相手が何者か判らない以上、無闇に従うのは危険だ。だが、このまま手を拱いていても、バッテリー切れで撃破されるのがオチである。

 

 今はまだしも、可能性の高い方に賭けるしかなかった。

 

 ストライクをジャンプさせる。

 

 後から現れた勢力が何者であるかはわからないが、少なくともザフト軍に攻撃していた以上、敵と言う事もないだろう。

 

 エストはストライクの進路を指定されたポイントへと向ける。

 

 残り3機になったバクゥも、背後から追随して来るのが判る。

 

「あそこ・・・・・・」

 

 ポイントを目視する。

 

 着地。同時にバッテリーが危険域に入り、PS装甲がダウンする。

 

 これ以上、ストライクは戦うことができない。あとは任せるしかない。

 

 追って来たバクゥの前肢が迫る。

 

 その一瞬を見切り、最後のバッテリーを使ってジャンプし、その場を飛びのくストライク。

 

 それと入れ替わるように、着地するバクゥ。

 

 その瞬間を待っていたかのように、周囲から一斉に火柱が上がった。

 

 一瞬のことで、バクゥのパイロット達は、思わず次の動作を忘れて呆然とする。

 

 その一瞬の判断ロスが、致命傷となった。

 

 沸き起こる爆発。

 

 先ほどの爆発の数倍の規模を誇る火柱は、バクゥ3機を完全に呑み込み、粉砕する。

 

 この地方の地下には、莫大な天然地下資源が眠っている。そこに強力な地雷を仕掛け、誘爆を起こしたのだ。

 

 いかなモビルスーツでも、これにはひとたまりも無かった。

 

 膝を突くストライク。

 

 同時にエストは、ヘルメットを脱いで汗を拭った。

 

 長い髪も、汗でべとべとになっている。短い時間の戦闘であったにもかかわらず、それがエストにとってかなりの負担になっていたのは明白だった。

 

 どうにか、勝つ事ができた。すでにバッテリーは底を尽き、ストライクはこの場から動くことすらかなわない。

 

 しかし、

 

 指は、そっとOSのモニターを撫でる。

 

 あの一瞬、遠隔でOSを書き換えるという離れ業をやった人間。そんな事ができる者は1人しかいない。

 

 キラ・ヒビキ。

 

 その存在は、エストにとってますます謎に包まれようとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-11「熱砂の猛獣」     終わり

 

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