機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-12「勇気の代償」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの闇が去り、陽は地に影を落とす。これから徐々に気温は上がり、焼けるような暑さが襲う事になる。

 

 戦いを終えたアークエンジェルは大地に羽を下ろしていた。

 

 ザフト軍の指揮官が、名将アンドリュー・バルトフェルドである事が判明した時点で、マリューは交戦を断念。同時に、索敵に出ていたムウも、機首を翻して帰還した。

 

 ストライクのバッテリー残量も限界を迎えており、それ以上の作戦行動は不可能と判断した事に加え、相手は地上戦の名指揮官。下手に深追いして、薮蛇になるのは避けるべきだった。

 

 マリューは艦内から出て、砂地の上を歩いていく。付き従うのはムウとキラの2人。アークエンジェルの傍らには、待機状態のストライクも立ち、警戒状態にある。

 

 視線の先には、先の戦闘で援護に入ってくれたゲリラメンバー達が立っている。

 

「どう、思います?」

「さてな、取り合えず、銃は向けられていないみたいだが」

 

 マリューに尋ねられたムウも、歯切れ悪く応える。

 

 見たところ、こちらに攻撃してくる兆候は無いように思えるが、相手の正体が判明しない以上、油断は出来ない。敵地のど真ん中にいる現状、「敵の敵は味方」と断定できないのは辛い所である。

 

 病み上がりのキラをわざわざ連れて来たのは、いざと言う時の戦闘力を期待しているからである。

 

 やがて、両者は対峙した。

 

 ゲリラ側からも代表者と思しき男が前に出る。口ひげを蓄えた、体格の良い凄みのある男である。長年にわたって様々な物と戦い続けて来た一種の貫禄のような物が見て取れた。

 

 男の存在感にやや圧倒されながらも、マリューはその前に立つ。

 

「助けていただいた事、ありがとう。と、お礼を言うべきなんでしょうね。地球連合軍第8艦隊所属、マリュー・ラミアスです」

「あれ、第8艦隊ってのは、壊滅したんじゃなかったっけ?」

 

 男の傍らにいた少年の嘲るような言葉に、マリューは一瞬顔を顰める。ハルバートンが自分達の身を犠牲にしてまでアークエンジェルを逃してくれた事は、まだ記憶に新しい。そして、結果的とは言え、自分達が助かる為にハルバートンと第8艦隊を見殺しにしてしまったと言う負い目もあった。

 

「アフメド」

 

 そんなマリューの様子を察したように、リーダーの男は厳しい口調で少年を嗜め、マリューに向き直った。

 

「俺達は『明けの砂漠』だ。俺はサイーブ・アシュマン。礼なんざいい。判っているんだろ、別にあんた達を助けたわけじゃねえ。こっちも、こっちの敵を討っただけでね」

 

 どうやら、取り合えず敵ではないと断定できるようで、マリューは密かに胸を撫で下ろした。

 

 サイーブは、マリューからムウに視線を向けた。

 

「あんたの顔には見覚えがあるな」

 

 その言葉に、ムウはおどけたように肩を竦める。

 

「ムウ・ラ・フラガだ。この辺に知り合いはいないはずなんだがな?」

 

 軽い調子で言ったムウの言葉に、サイーブは納得したように深く頷きを返した。

 

「有名な『エンデュミオンの鷹』に、こんな場所で会えるとはな」

 

 マリュー達は、少し驚いたように目を見開いた。ムウの存在と異名は連合軍の宣伝効果もあり、それなりに知れ渡って入るのだが、それにしてもこんな局地にまで知っている人間がいるとは思わなかった。単に噂程度のレベルなのか、それともサイーブが情報に精通しているのかは判然としないが。

 

 いずれにせよ、このサイーブという男が詳しい情報に精通しているようなのは確かだった。

 

 サイーブは、更に視線をキラに向けた時、今度はサイーブ自身が驚く番だった。

 

「お前は・・・・・・」

 

 目が合ったキラは、マリューの前に出てサイーブを見た。

 

「お久しぶりです、サイーブさん。3年ぶり、くらいですか?」

「・・・・・・ヴァイオレット・フォックス、なぜお前が地球軍と一緒にいる?」

 

 驚愕するサイーブと、苦笑するキラ。

 

 思わず、ムウとマリューは、両者の顔を見比べてしまう。まさか、こっちは本当に知り合いだったとは。確かにキラはゲリラとして世界中を転戦した経験を持っているので、あちこちに知り合いがいてもおかしくはないのだが。それにしても、偶然降り立った先で知り合いに出会うとは・・・・・・

 

「まあ、こちらも色々ありまして。今はこの人達に協力している身分です」

 

 そう言って、苦笑気味に頬をかくキラ。

 

 その時だった、

 

「おい、お前ッ!!」

 

 突然、1人の少女が割り込むようにして前に出てきた為、会話が中断されてしまう。

 

 割り込んできたのは、あの爆破作戦の指揮を取っていた金髪の少女である。だが、その少女の顔は、まるで戦闘中であるかのように厳しく引き攣られていた。

 

 少女はキラの前に立つと何を思ったのか、突然殴りかかってきた。

 

「お前が何故、こんな所にいる!?」

「わッ!?」

 

 少女の拳を首を傾げながらかわし、とっさにその手首を掴むキラ。同時に、苛立ちに満ちた少女の顔が、自身の記憶の中にある1つと一致するのが判った。

 

「あれ、君、確か、ヘリオポリスにいた・・・・・・」

 

 ザフトに襲撃を受けたヘリオポリスのラボで助け、脱出ポッドに押し込んだ少女だった。

 

 あのときはほんの僅かな邂逅であったが、あまりにも印象が強烈だったため覚えていたのだ。

 

 あれから、まだ一月しかたっていないのに、ずいぶんと立場が変わってしまったものだと、思わず感慨に耽ってしまう。

 

 それにしても、ヘリオポリスで助けた少女が、なぜこんな場所にいるのか?

 

 と、そんなキラの感慨を振り払うように、少女は暴れる。

 

「放せ、馬鹿ッ!!」

 

 少女はキラの手を振り払うと、お返しとばかりに頬を殴りつけてくる。

 

 そんな一連の様子を、大人達は呆気に取られて見詰めていた。

 

 

 

 

 

 岩陰に設けられた明けの砂漠の前線基地に、ゆっくりと降り立つアークエンジェル。

 

 着地体勢に入った巨体を見上げるゲリラの戦士達が、呆気にとられている様子が見える。

 

 とにもかくにも敵地の真ん中に下りてしまったアークエンジェルとしては、何もかもが足りない。武器、弾薬、食糧、医薬品、燃料、そして何より情報。それらを確保する為に、現地ゲリラと協力するのは最善であった。

 

 艦を停止すると、早速、マリュー、ムウ、ナタルの3人がゲリラ側との折衝に赴き、その間にキラ達は、艦の上部を偽装ネットで覆う作業を命じられた。

 

 シルフィードで大掛かりなネットを拡げながら、キラは何とも奇妙な感覚に囚われていた。

 

 地球連合軍第八艦隊所属、キラ・ヒビキ少尉。それが、今のキラの立場である。

 

 どうやら、ハルバートンの差し金だという事は話に聞いたが、テロリストの自分に階級を与えるなど、あの老提督は何を考えているのか。

 

「・・・・・・過去を乗り越えろ、か」

 

 宇宙で一度だけ会った初老の提督は、キラにそう語った。

 

 随分と、面倒な宿題を押しつけて逝ってくれたものだ。と思う。そもそも言う方は簡単だが、実行する方は堪ったものではない。それを承知で言ったのだ、あの老提督は。ならばこの措置も、その為の一環なのだろうか。

 

 過去はそう簡単に捨てきれるものではない。テロリストとして、あるいはゲリラとして長くナチュラルと戦ってきたキラには、それが嫌と言うほどわかる。

 

 過去は過去として、まるで忌み嫌う影のようにどこまでも付いて回るものである。

 

 その過去を、ハルバートンは乗り越えろという。

 

「ほんと、簡単に言ってくれるよね」

 

 溜息混じりに呟きながら、作業を進めていく。

 

 やがて偽装作業も終わり、キラはコクピットから出て、甲板に降り立った。

 

 既に陽は中天に上り、砂漠特有の容赦ない日差しが降り注ぐ。一瞬で肌が焼けそうな光に、キラは思わずむせるような感覚を味わった。

 

 キラが階級を貰ったのと同様に、マリューを初めとしたクルーも、それぞれ昇進し、マリューとムウは少佐に、ナタルは中尉、エストは准尉になっている。

 

 そして、サイ、トール、ミリアリア、カズイ、リリアの5人も、それぞれ二等兵となった。キラのみ、パイロット待遇と言う事で少尉となっている。

 

 フレイはいない。

 

 後でサイに聞いた話では、第八艦隊と合流した時、亡くなったアルスター外務次官の秘書だとの名乗るものが現れ、戦闘開始前に専用シャトルで離脱したのだと言う。

 

 そう言えば、艦隊との合流直後、フレイが見知らぬ男性と話しているのを見ていた。恐らく、あれがそうなのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彼女の事を考えると、キラは胸が痛むのを止められない。

 

 自分達の力が足りなかったせいで、彼女は父親を失った。これからフレイが、どのような人生を歩んでいくのか、想像する事もできない。

 

 それに、サイの事もある。

 

 仕方のない状況とはいえ、婚約者と離れ離れになってしまった事は彼にとっても辛いだろう。だが、サイはそんな様子は一切感じさせずに、いつものように柔らかく笑って皆のまとめ役としてふるまっている。だが、僅かに肩を落としているように見えたのは、キラの見間違いではないだろう。

 

 フレイだけではない。キラが助けた一般人や、紙の折花をくれた少女。彼女達もまた、結局守ることが出来なかった。

 

 クライブの攻撃により、目の前で爆散するシャトルの光景は今も目の奥に焼きついている。

 

「クッ」

 

 痛みを堪えようと、軽く首を振った。

 

 許されざる男。

 

 クライブ・ラオスという男の事を思い出すたびに、キラは灼熱にも似た怒りにとらわれるのを抑えられない。

 

 今回の事もそして過去の事も、キラには決して癒えぬ傷となって血を流し続けている。

 

 クライブは、必ずまた自分たちの前に立ちはだかるだろう。それは願望でもなんでもなく、キラの中に確かに存在している確信だった。そういう男なのだ。付き合いの長いキラには、それが手に取るようにわかる。

 

 あの男にはいずれ相応の報いを受けさせる。そう固く心に誓っていた。

 

 その時、背後から人が近付いてくる気配がありキラが振り返ると、そこには先程の金髪少女が、ばつが悪そうな顔で立っていた。

 

 カガリ・ユラと名乗ったその少女は、少し躊躇うような顔をしている。

 

 先程の事もあり、キラとしては彼女が直情的な性格の持ち主である事を察していた。もう、あんな事は無いだろうが、それでも身構えずにはいられない。

 

 やがて、カガリは躊躇いがちに口を開いた。

 

「・・・・・・さっきは、その、殴って悪かったな」

 

 キラを睨みつけるようにしながら、カガリはボソッと呟いた。

 

「殴るつもりはなった・・・・・・訳じゃないんだが、あれははずみだ。許せ」

 

 その物言いが妙におかしかったので、キラは思わず噴き出してしまった。

 

「何が可笑しい!?」

「いや、ごめん」

 

 そう言いながらも笑うのをやめないキラ。先ほどあんなに激昂していたのに、今は借りてきた猫のように大人しくなっている事が、妙にほほえましくて笑ってしまったのだ。

 

 結局その後、調子に乗って笑いすぎたせいで、顔を真っ赤にしたカガリにもう1発殴られてしまった。

 

「・・・・・・あれから、お前がどうなったのか、ずっと気になっていたんだ」

 

 並んで甲板に座り、カガリは話し出す。

 

 キラは再び殴られた頬を摩りながら、カガリの言葉に聞き入っている。

 

 あの時、脱出ポットに入る事が出来たのは1人だけ。だが、キラは迷わずカガリを押し込んだ。本来なら、彼女を押しのけてでも自分が入るべきだったのかもしれない、と思わない事もない。そうすれば、エストの追撃を断つ事も出来たし、今こんな場所で苦労する事もなかったはずだ。

 

 だがそれでも、キラはあの時の決断には微塵も後悔していなかった。きっと、場所を変えて同じような状況になったとしても、キラはまた、同じ決断をするだろう。

 

 そんなキラの様子を見ながら、カガリは話題を変えてきた。

 

「そう言えばお前、サイーブ達とは知り合いだったのか?」

「うん、まあね」

 

 3年ほど前、ユーラシア連邦の警察組織に追われたキラ達の組織は、それまで活動拠点にしていた欧州を脱出し、アフリカ地方へと落ち延びてきた。その時、敗残のキラ達を匿ってくれたのが、サイーブの住むタッシルの街の住人だったのだ。

 

 そこから一時期、レッド・クロウの面々はタッシルで暮らしていた事もある。その為、キラとサイーブは顔見知りであったのだ。

 

 反大西洋連邦の筆頭ともいうべきキラが、まさか地球軍の戦艦に乗って現れるとは、サイーブとしては思ってもみなかったことだろう。

 

「お前が、ヴァイオレット・フォックスって言うのは、本当なのか?」

「ハハ、まあ、世間じゃ、そんな風に言われてるみたいだね」

 

 乾いた笑みを見せるキラを、カガリは意外そうな面持ちで見詰める。

 

 「大量殺戮の使徒」「狡猾なる暗殺者」「姿無き殺人鬼」「連邦に仇成す者」・・・・・・、・フォックスに関する不吉な異名は数々ある。そんな凶悪なテロリストが、まさか自分と同年代の子供だったとは驚きであった。

 

「天下の凶悪テロリストが、今度は連合のパイロットか。いったいどうなってるんだ、お前?」

「いや、僕に聞かれても・・・・・・」

 

 その質問には、苦笑で返すしかない。何しろ、キラですら何でこんな事になってしまったのか、把握しきれないからだ。

 

 そんなカガリに、今度は逆にキラが問い返す。

 

「そう言えば、君はどうしてこんな所にいるの? オーブの子じゃなかったの? それとも、元々こっちの人だったの?」

「あ、いや、それは・・・・・」

 

 妙に口ごもるカガリ。何か聞きづらい事でも聞いたのだろうかと、キラは首をかしげる。

 

 その時、1人のゲリラ戦士が近付いてきた。

 

 砂漠の民にしては妙に色白な、線の細い華奢な印象のある青年だ。格好こそ砂漠用迷彩を纏っているが、どこか違う土地の人間であるように思える。

 

「カガリ、キサカさんが呼んでるよ。武装のチェックは終わったか、だってさ」

 

 穏やかな口調で語る青年は、そのまま視線をキラに向けた。

 

「やあ、君がヒビキ少尉だね。俺はユウキ・ミナカミ。よろしく」

「は、はあ、どうも」

 

 妙に気さくな物言いで、右手を差し出すユウキ。その手を、キラも戸惑いがちに握り返す。

 

 瞬間、キラは僅かに目を細めた。

 

 握手と言うのは存外、するだけで相手の正体の表面くらいは探る事が出来る。それは挨拶と言う行為と供に、相手の事を知ろうとする意思が介在しているからなのだが、今、ユウキは絶妙な力加減で、キラに探りを入れてきていた。

 

 それにその掌。一見するとユウキは、砂漠に似つかわしくない優男にしか見えないが、その実、鍛え込まれたように硬い感触があった。間違いなく素人ではない。

 

 そんなキラにユウキは構わず笑みを向け、もう一度カガリに向き直った。その顔には、面白いネタを見付けたような笑みが張りつけられている。

 

 カガリは思わず、言葉に詰まった。ユウキがこう言う顔をする時は、大抵はろくな事を考えていない時だ。

 

「それにしても、カガリも隅には置けないね」

「な、何がだ?」

「初めて会ったばかりの男の子を、もう口説きにかかるなんてさ」

「なっ!?」

 

 カガリは仰天し、次いで顔を真っ赤にして立ち上がる。

 

「そんな訳あるか!! それにこいつとは初対面じゃない。前に一度会ってる!!」

「あ、じゃあ、再会して、また狙いを定めたって感じかな?」

「そう言う話じゃない!!」

 

 『遊ばれてるな』と、キラは思うと同時に、密かに笑みがこぼれるのを止められなかった。

 

 肩を怒らせて怒るカガリに、巧にかわしながら逃げまくるユウキの光景が、どうにも可笑しい。

 

「そ、そんな事より、キサカが呼んでるんだろ。あいつはどこにいるんだ!?」

「あ、バギーの格納庫。そんじゃキラ、また後で」

 

 そう言いながら、カガリとユウキは去っていく。

 

 尚も笑いが止まらないユウキの向こう脛を、カガリが思いっきり蹴り飛ばす所が、最後にちょっとだけ見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦レセップスは、バルトフェルドが旗艦にしている、レセップス級陸上戦艦の一番艦である。大型の艦体に多数の火砲を搭載し、スケイルモーターの採用により巨大な艦体にも拘らず、高い機動性を誇る。そして、次世代機動戦力であるモビルスーツの整備、運用能力を持つ。まさに陸の移動要塞とも言うべき存在である。

 

 昨夜の戦いで接触したムウが交戦を断念して帰投した事からも、その存在の強大さが伺えた。

 

 ノックして艦長室のドアを開けると、ダコスタの鼻腔に強烈な匂いが吹き込んできた。

 

 ムッとするような空気に思わず鼻と口を手で押さえ、匂いの主に抗議の声を上げる。

 

「隊長、換気くらいしません?」

「そんな事をわざわざ言いに来たの?」

 

 バルトフェルトは楽しそうにコーヒーをブレンドしながら尋ねてくる。

 

 そんな上官の様子に、諦めの溜め息を吐きながら告げる。この上官の趣味には艦内の誰もが辟易しているのだが、下手に突くとやぶへびになると言う事は、これまでの経験で判っているので、ダコスタはそれ以上何もいわない。

 

「あ、いえ、出撃の準備が整いました」

「はい」

 

 コーヒーをカップに注ぎながら、バルトフェルドはその香気を吸い込み、心地よく呼吸をする。出撃準備が整い、命令を待っている部下を前にしてもマイペースを崩さないのは流石と言うべきか何と言うべきか。

 

「うん、良いね。今度のはハワイコナを少し足してみたんだ」

「はあ・・・・・・」

 

 ここでうっかり「それはどんな豆なのですか?」などと尋ねてはいけない。そんな事をしたら、この後、延々と薀蓄を聞かされる事になりかねない。今は作戦前なのだ。そんな事を聞いている余裕は無い。

 

 淡白な反応の副官を無視して、バルトフェルドは差し向かいに座った人物に向き直った。

 

「君はどう思う? 意見を聞かせて欲しいんだが」

 

 目の前には、赤服を纏った少女が座っている。手には、バルトフェルドに勧められたカップを、両手で包むようにして持っている。

 

「はあ・・・・・・まあ・・・・・・美味しいんじゃないですかね?」

 

 微妙な表情と受け答えをしながら、ライア・ハーネットはカップから口を離した。

 

 正直、淹れられたコーヒーは濃すぎて、とても飲めたものではない。そもそも、コーヒー自体あまり飲んだ事のないライアには、あまりにも強烈過ぎた。これがコーヒーという代物であるなら、一生飲まないでもいいのでは、とさえ思ってしまう。

 

「おや、君にはまだ早かったかな?」

 

 そんなライアの表情を見て、バルトフェルドは可笑しそうに微笑を浮かべる。どうやら自分の淹れたコーヒーで悦に浸っているようなので、ライアとしても、そこに水を差す気はないが。

 

 あの低軌道会戦で第八艦隊の防御陣を突破したライアのブリッツは、逃げるアークエンジェルを追撃した。

 

 その結果、深追いしすぎて脱出不可能となり、そのまま降下する羽目になってしまったのだ。

 

 幸い、落ちた先はザフトの勢力圏内であり、数時間後には味方の偵察隊に救助されたのだが、ブリッツは大気圏突入の際に負荷がかかりすぎた為に動かす事ができず、砂漠戦仕様への回収も含めて、現在はバルトフェルド指揮下の整備班に預けている。

 

 しかし、

 

 ライアは、バルトフェルドをチラッと見据える。

 

 アフリカ方面軍司令官アンドリュー・バルトフェルド。名将だとは聞いていたが、これではただの変人にしか見えない。

 

 しかし、飄々とした態度とは裏腹に、開戦初期のスエズ攻防戦においては、ユーラシア連邦軍の大戦車部隊を相手に、当初の劣勢を跳ね返して逆転勝利を飾った事はあまりにも有名である。

 

 そんなライアに笑みを向けながら、バルトフェルドは立ち上がると、艦長室を出た。

 

 それに慌てて付いていくライアとダコスタ。

 

 甲板上には、既に3機のバクゥが出撃準備を整えて待機していた。

 

「それではこれより、レジスタンス拠点に対する攻撃を行う。昨夜は少々おいたがすぎた。悪い子にはきっちりお仕置きしてやらんとな」

 

 兵士達の笑いを誘う。こう言うユーモアを基にした士気の上げ方は、クルーゼ隊には無かった物だ。長く、エリート部隊特有の堅苦しい雰囲気に包まれて戦ってきたライアには、それがとても新鮮に思えた。

 

「目標はタッシル。総員搭乗!!」

 

 バルトフェルドの号令と供に、パイロット達は愛機へと駆けて行く。

 

 その様子を見ながら、バルトフェルドはライアに向き直った。

 

「さて、君も来るかい? こっちの戦い方を教えてやるよ」

「はい!!」

 

 そう返事をすると、ライアはバルトフェルドと供に、ダコスタの運転するジープへ乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 夜陰。

 

 タッシル近郊で車を止めると、バルトフェルド達は眼下の街を見下ろした。

 

 さほど大きな街ではない。バルトフェルドが拠点にしているバナディーヤに比べれば、半分ほどの規模ではないだろうか。深夜と言う事もあって灯りは全て落とされ、人が動く気配もない。

 

「もう、寝静まる頃ですしね」

「そのまま永遠の眠りについてもらう・・・・・・」

 

 冷酷な言葉を発するバルトフェルドに、後部座席に座ったライアは息を飲む。逆らう者は皆殺し。全てを焼き尽くして前へと進む。この冷酷さが「砂漠の虎」が名将たる所以なのだろう。

 

 ライアの隊長であるクルーゼも冷酷さでは人語に落ちないが、どうやらバルトフェルドも、自身に楯突いた者に見せる寛容さは持ち合わせていないようだ。全てを焼きつくし、己が力を誇示する為の見せしめとする心算なのだ。

 

 と、思った瞬間、

 

「なんて事は、僕は言わないよ」

 

 気の抜けるような言葉に、ライアは思わずその場でコケそうになった。

 

「や、やらないんですか?」

「だって、それじゃ僕が虐殺者になっちゃうじゃないか。嫌いなんだよね、そう言うの」

 

 驚愕の表情を浮かべるライアに対し、飄々と応えながらバルトフェルドはダコスタに向き直る。

 

「警告から15分後に攻撃を開始する」

「は?」

 

 ダコスタも意味がわからないのか、怪訝な顔で上官を見ている。

 

 長くバルトフェルドの副官を務めているダコスタですら、上官の真意を測りかねている様子である。昨日今日会ったばかりのライアに、彼の胸の内が理解できるはずもなかった。

 

 だが、そんなダコスタを、バルトフェルドは急かす。

 

「ほら、早く言って来て」

「は、はい!!」

 

 慌てて走っていくダコスタの背中が、闇の中に消える。

 

 それを待っていてバルトフェルドは、隣で呆気にとられているライアに口を開いた。

 

「意外かね?」

「え?」

 

 突然の問い掛けに戸惑うライアに、バルトフェルドは続ける。

 

「クルーゼ隊では、作戦の為には民間人も犠牲にしていたのかい?」

「・・・・・・それは」

 

 崩壊したヘリオポリスの件を考えれば、否とはいえない。理由があったとは言え、中立国の民間コロニーに攻撃を仕掛けたのは事実なのだから。

 

 バルトフェルドは、それ以上何も言わずに、ただ黙って時間が来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 それが起こったのは、一部の者を除いて全員が眠りに入ろうとしていた時だった。

 

 レジスタンスの基地は、騒然に包まれた。

 

 サイーブが司令室から飛び出し、それに続いてマリューとムウも走り出てくる。対ザフトに向けて連携を組む事となったアークエンジェルと明けの砂漠は、細部の作戦について詰めている矢先の騒ぎだったのだ。

 

「空が、空が燃えている!!」

「タッシルの方角だ!!」

 

 その報告に、サイーブは顔色を変える。

 

 タッシルは彼の街である。あそこにはサイーブの妻と2人の子供が暮らしている。それだけではない。住む者達とは皆、家族同然の付き合いだ。そして明の砂漠に所属するレジスタンスの大半もまた、タッシル出身者で占められている。

 

 そのタッシルが燃えている。

 

 既に通信も途絶し、状況は全くわからない。

 

「弾薬をッ 早く!!」

「お袋が!! お袋は病気なんだ!!」

「早く乗れッ 置いてくぞ!!」

「そこッ もたもたすんじゃねえ!!」

 

 ゲリラ戦士達は皆、色めき立ち、今にも飛び出していきそうな雰囲気だ。

 

 対して、リーダーであるサイーブは、まだ冷静な方であった。ここでリーダーまで度を失っては、組織としての秩序が崩壊する。それだけは避ける必要があった。無論、可及的速やかに状況を確認する必要があるが。

 

「待てッ 慌てるんじゃない!!」

「サイーブ、放っとけって言うのか!?」

「そうじゃない、落ち着けッ 別働隊がいるかもしれないから、半分は残れと言っている!!」

 

 これが陽動である可能性は、充分にある。1隊で持ってタッシルを襲い、その隙に別働隊がこの基地を襲う。元々タッシルにはろくな戦力が置かれていない。襲撃するなら少数の部隊で済む。その上で余剰戦力をこちらに向けてくる事は充分にあり得る。そう考えれば確かに、ここを手薄にするべきではなかった。

 

 そんな様子を見ながら、マリューは傍らのムウに話し掛ける。

 

「どう、思います?」

「う~ん、砂漠の虎は残虐非道、なんて話は聞いた事ないけどな」

 

 確かに、アンドリュー・バルトフェルドは戦場の勇士ではあっても、非道な真似をするという話は聞いたことがなかった。

 

 だが、現実に攻撃を受けて街は燃えている。万が一のことを考えれば、こちらからも戦力を出すべきだった。

 

「サイーブさんの言う通り、別働隊の可能性を考えればアークエンジェルを動かすわけにはいきません。少佐、行って頂けますか?」

「俺が?」

 

 意外そうな顔をするムウに、マリューは微笑みながら続ける。

 

「スカイグラスパーが、一番速いでしょう。援護にリーランド准尉も付けますから」

「了解、そんじゃいっちょ、行って来ますか」

 

 おどけ気味にそう言うと、肩を回しながらムウはアークエンジェルへと向かう。

 

「私達にできる事は救援です。バギーでも、医師と何人か行かせますから」

 

 マリューの言葉に片手を上げて答えながら、ムウは艦内に入っていく。

 

 見れば、レジスタンスのメンバー達も出撃する所であった。

 

 サイーブを先頭に次々とバギーが走り出す。

 

 カガリもまた、アフメド達と同じバギーに乗り込んでいる。後部座席にはキサカと名乗る巨漢の戦士も乗っていた。

 

 それを見届けてから、マリューも警戒態勢をとる為にアークエンジェルに向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダコスタがバルトフェルドとライアが乗る車に戻る頃には、タッシルの街は完全に火の海に飲み込まれていた。

 

 だが、事前警告が功を奏し、焼かれたのは街だけで済んだはずだ。

 

「終わったか?」

「はい」

 

 それまで瞑っていた目を開き尋ねるバルトフェルド。その視界には、炎に染められるタッシルの街が映っている。

 

「双方の人的被害は?」

「はぁ?」

 

 何か常識外の事を聞いたように、ダコスタは問い返す。相手は無抵抗の民間人。対してこちらはモビルスーツ3機を投入しての殲滅戦である。被害が出るはずもなかった。

 

「あるわけないですよ。戦闘をしたわけじゃないんですから」

「『双方』と言ったんだぞ」

 

 訂正したバルトフェルドの言葉に、ダコスタはようやく上官の意図を察した。ようするに味方ではなく、敵の心配をしているのだ。

 

 昨夜の報復の為に、街を焼き払うような事はしても、住民に被害は極力出さない。それは人道的精神から来ているのではなく、あくまで戦略家としての合理性が元になっている。良くも悪くも、戦場において砂漠の虎は、無駄な事はしない主義なのだ。

 

「そりゃあ、まあ、街の連中には転んだだの、火傷しただのはあるでしょうが」

 

 その答えに満足したのか、バルトフェルドは身を起こした。

 

「それじゃあ、引き上げるぞ。グズグズしていたらダンナ方が帰ってきてしまうからな」

「え、それを待って迎え撃つんじゃ?」

 

 てっきりそうだと思っていたライアが、意外そうに口を挟む。少なくともライアが指揮官なら、この好機を無駄にはしない。救援に来たレジスタンスを補足して殲滅すべきと考えたのだ。

 

 そんなライアの反応が可笑しかったのか、バルトフェルドは笑みを見せながら振り返る。

 

「おいおい、それじゃ卑怯だろ。僕がそんな事をするように見えるのかい?」

「あ、いえ・・・・・・」

 

 見えるも何も、会って1日とちょっとの人間を、どう判断しろと言うのか?

 

 戸惑うライアに肩を竦めて見せて、バルトフェルドは改めて命じた。

 

「ここでの目的は達した。帰投する!!」

 

 そう告げるバルトフェルドの背中に、ライアは戸惑いの視線を投げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 2機のスカイグラスパーが、轟音と供にタッシル上空に達したのは、ザフト軍が立ち去って数分が経過した後であった。

 

 赤々と燃える炎は遠方からでも視認できた。それだけに住人の安否に関しては絶望的な気分にもなる。

 

《ああ・・・・・・ひでぇな、全滅かな、こりゃ・・・・・・》

 

 1号機を操縦するムウが、苦い響きと供に呟く。

 

 2号機を駆るエストも同じ考えであった。見たところ、街の95パーセントが焼失。全滅を通り越して、消滅と呼んで差支えがないレベルだ。火は勢いを衰える気配を見せない。残った部分も、いずれは炎にまかれてしまうだろう。

 

 ゆっくりと機首を回すエスト。

 

 と、その時、視界の端に何かが映り込んだ。

 

「少佐、10時方向を見てください」

《ん?》

 

 エストに倣って機首を回すムウ。その視界には、街の外れにある小高い丘があった。その上に、多くの人間が集まっている。状況から察して街の住人であろう事は予想できる、が。中には、こちらへ向けて手を振っている者までいる。

 

 しかし、気になる事があった。

 

《おいおい、なんか、多くねえか?》

「視界難につき確定は困難。推定ですが、100人は下らないと思われます」

 

 街は壊滅し、今も炎を吹き上げている。簡単に考えれば、生存者は絶望的。いたとしても数人くらいではないだろうかと思われた。

 

 しかし、現実として眼下には、無数の人々がいて、こちらに手を振っている。

 

 ぎりぎりの距離まで近付いて旋回すると、こちらを見上げてくる住民達の姿が見て取れる。

 

 戸惑いながらも、取りあえずは報告をと思い、フラガは無線のスイッチを入れた。

 

《こちらフラガ、生存者を確認》

《そう、良かったわ》

 

 通信機の向うのマリューからは、ホッとした様な声が漏れる。だが、そこへフラガの報告は続く。

 

《と言うか、どうも、ほとんどの皆さんが無事みたいだぜ》

《え?》

 

 スピーカーからはマリューの戸惑う声。

 

 その間にエストは、機体を大きく旋回させながら索敵を掛ける。まだ近くにザフト軍が潜んでいる可能性は否定できない。

 

 だが、どれ程飛んでも、砲撃を受ける気配も、動き出す熱源も存在しなかった。どうやら、攻撃したザフト軍は本当に撤収してしまったようだ。

 

《こいつは、どういう事なんだ?》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エストにもその答は出ない。

 

 そうしている内に、彼方の砂丘から幾つかの光が近付いて来るのが見える。レジスタンスの車両が追いついてきたのだ。

 

《着陸するぞ。とりあえず、状況を見てみない事には何とも言えん》

「了解」

 

 そう言うと、エストとムウは近くの砂地にスカイグラスパーを着陸させた。

 

 ほどなく、レジスタンスの車も到着し、飛び降りたゲリラ戦士達が、口々に家族の名前を呼んで駆け寄っていく光景が見える。

 

 レジスタンスに混じってアークエンジェルのバギーも到着した。

 

 責任者として乗り込んでいたナタルが、足早に近付いて来るのが見える。

 

「少佐、これは一体?」

 

 到着したばかりのナタルも、周囲の状況を眺め渡して、戸惑いを隠せずにいる。

 

 もといた人数がどの程度だったかは判らないが、街が全滅するほどの攻撃を受けて、これだけ生き残っていると言うのは理解できなかった。

 

「怪我人はこっちに運べ!! 動ける者は手を貸せ!!」

 

 サイーブが矢継ぎ早に指示を下していく。

 

 そんな中で、カガリも車から降りて駆け寄っていく。

 

「ヤルー、長老!!」

 

 1人の少年が、老人に寄り添っているのが見える。その少年に、サイーブが近付いていく。少年の方もサイーブに気付いたのだろう、険しかった表情が、少し安堵したように穏やかになる。

 

対するサイーブの顔にも、普段には無い優しさが滲んでいる。どうやら、少年がサイーブの息子であるらしい事が判る。

 

「無事だったか、ヤルー。母さんと、ネネは?」

「シャムセディンの爺様が、逃げる時に転んで怪我したから、そっちに着いている」

「そうか」

 

 まだ幼い息子を頼もしく見詰めながら、サイーブは長老のほうに向き直った。

 

「何人やられた?」

 

 その問いに、長老は苦々しそうに顔をゆがめながら口を開いた。

 

「・・・・・・死んだ者はおらん」

「どういう事だッ?」

 

 傍らのカガリが、驚いて声を上げる。

 

 驚くと同時にムウやエストの脳裏に湧き上ったのは「やはり」と言う感情。これだけの惨事にも関わらず、これだけ多くの者が生き残っているのだ。何か事情があったのは間違いない。

 

「最初に警告があった。『今から街を焼く、逃げろ』、とな。警告の後、バクゥが来た。そして焼かれた。家も、食料、燃料、弾薬、全てな」

 

 長老の言葉に、怒りが混じる。

 

「確かに、死んだ者はおらん。じゃが、全てを焼かれ、明日からどうやって生きていけば良いのじゃ?」

「ふざけた真似をッ どういう心算だ、虎め!!」

 

 自分の街を焼かれ、サイーブの声も荒い。

 

 だが、そんな中でムウが落ち着いた調子で言った。

 

「だが、方法はあるだろう。生きてさえすれば」

「何ッ!?」

 

 突然の言葉に、怒りの矛先が一斉に変わる。それに構わず、ムウは続ける。

 

「虎はどうやら、あんた達と本気で戦う心算はないらしいな」

「どういう事だ?」

「こいつは昨夜の一件に対する報復、って言うよりもお仕置きだろう。こんな事くらいで済ましてくれたんだ。虎って、案外優しいんじゃないの?」

「何だとッ!?」

 

 その言葉に強く反応したのは、サイーブではなく、その傍らにいたカガリだった。

 

「『こんな事』だと!? 街を焼かれたのが『こんな事』か!?」

 

 その勢いに押され、思わずムウは後じさりながらも、どうにか反論に出る。

 

「気に障ったんなら謝るがね、けど、あっちは正規軍だぜ。本気でやったら、こんな物じゃ済まないって事くらい、あんた達にだって判るだろ」

 

 ザフトが本気になれば、こんな街くらい小一時間で壊滅させ、住民を全滅させる事もできただろう。そしてそうなれば、先の事を考える余裕すら無かったはずだ。

 

 ムウとしてはその事を教えた心算だった。が、それが却って相手の怒りに油を注いでしまったようだ。

 

「あいつは卑怯な臆病者だッ 我々の留守の街を焼いて、それで勝ったつもりか!? 我々はいつだって勇敢に戦ってきッ 昨日だってバクゥを倒したんだ!! だからあいつは、こんなやり方でしか仕返しできないんだ。何が『砂漠の虎』だ!!」

 

 タジタジになりながら、ムウは助けを求めるように周囲を見回す。が、レジスタンスメンバーや街の住民たちは、敵愾心の篭った瞳でムウを見ている。

 

 心なしか、ナタルとエストの目も冷たい。

 

『少佐、あなたって人は・・・・・・』

『空気くらい読んでください』

 

 味方であるはずの女性陣からもそんな言葉を無言で投げかけられ、ムウはばつが悪そうに頬をかく。

 

 そんな中にあって、サイーブの鋭い声が響いた。

 

「お前等、何処へ行く心算だ!?」

 

 見れば、何人かのゲリラ戦士達が、バギーに乗り込み、出撃の準備を進めているのが見える。それぞれが武装を担いでいるところを見ると、どうやら、ザフト軍を追撃する心算のようだ。

 

「奴等は街を出て、そう経っていない。今なら追いつける!!」

 

 そんな彼等の様子に、ムウは呆れ返るのを止められなかった。

 

 カガリは、自分達がバクゥを倒したと言ったたが、あれは相手がストライクに気を取られていた事、足元の罠に気づいていなかった事が大きい。正面から渡り合えば、結果は自明の理である。

 

 しかし、今にも噛み付いてきそうなカガリの顔に、自案を引っ込めてへりくだる。

 

「いや~、あ~、嫌な奴だな、虎は」

「あんたもな!!」

 

 最後に怒鳴りつけると、カガリは肩を怒らせてバギーの方へ去っていった。

 

 ゲリラ戦士たちの怒りも、もはや抑えがたいレベルにまで達している。この中で辛うじて理性を保っているのはリーダーであるサイーブと、キサカと呼ばれていた大柄な戦士くらいだろう。

 

「街を襲った直後なら、奴等の弾薬も底を突いているはず!!」

「馬鹿な事を言うな。そんな事をするくらいなら、怪我人の手当てをしろ!! 女房や子供に着いていてやれ!!」

 

 だが、もはやサイーブの言葉すら、今の男達には届かない。

 

「何でそうなる!? 見ろ、タッシルはもう終わりさ!! 家も食料も全て焼かれて、女房や子供と泣いていろっていうのか!?」

「まさか俺達に、虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな、サイーブ!!」

 

 まるで街を燃やす炎と同化したような彼らの激情を、押し留めることは不可能に近いだろう。

 

 言い放つと、男たちを乗せて、次々とバギーが走り出す。

 

 その様子を、苛立ちげに見据えてから、サイーブも自分も出撃する為にバギーに乗り込む。理性は無謀な攻撃に反対しているが、それでも指揮官である以上、彼らを見殺しにはできない。せめて統制できる人間が必要だった。

 

「サイーブ、私も!!」

 

 それに続いてカガリも乗り込もうとするが、それをサイーブは荒々しく払い除ける。

 

「お前は残れ!!」

 

 そう言うと、バギーを発車させる。

 

 1人取り残されたカガリは、恨めしげにそれを見送るが、すぐその脇に別のバギーが停車する。

 

「カガリ、乗れ!!」

 

 アフメドの運転するバギーである。後部座席にはキサカの姿もある。

 

 それにカガリが飛び乗ると、バギーは走り出した。

 

 その様子を、ムウは溜息と共に眺める。

 

「何とまあ、人も風も熱いお土地柄なのね」

「何を暢気な。全滅しますよ、あんな装備で」

 

 ムウの言葉に反論するナタルだが、彼女にしろムウにしろ、現状で打てる手を持っているわけではない。

 

「だよねえ」

 

 どうしたものか、と思案する。

 

 案の定と言うか、報告を入れたマリューも、驚愕の声を上げた。

 

《何ですって、どうして止めなかったんです、少佐!?》

「止めたら、こっちと戦争になりそうだったの。それより、どうする? 街も、これじゃ早速、食料や何より水の問題もある。これだけの人数だし、怪我人も多い」

 

 見れば、エストやナタルも怪我人の間を走り回って手当てをしている。

 

 ナタルは腕を怪我して泣きやまない男の子の隣に腰を下ろすと、優しく声を掛けている。

 

「ああ、どうした、痛いのか?」

 

 男の子は、ナタルの声にも気付かずに泣き続けている。

 

 そこでふと、ナタルは軍服のポケットの中に入っている物を思い出して取り出した。

 

「そうだ、これをやろう、ほら」

 

 それは携帯用のスナック菓子だった。

 

 普段の堅苦しいイメージが強いナタルからすれば意外な光景だったが、なかなかどうして、子供の相手も様になっている感がある。

 

「どうした、うまいぞ」

 

 そう言って、スナックを差し出すナタル。

 

 男の子は暫く、それを不思議そうに眺めていたが、やがてむさぼるように食べ始めた。

 

 そんな男の子を、微笑みながら見詰めるナタル。

 

 だが、ふと自分の周囲を見回してギョッとした。

 

 いつのまにか、ナタルの周りは子供達に包囲されていた。どうやら、同様のスナック菓子をねだりに来たようだ。

 

「あ、いや、そんなには、無いんだが・・・・・・」

 

 焦りながら、ポケットをまさぐるナタル。取り敢えず3~4本は出て来たが、数は到底足りない。

 

 そんなナタルを苦笑しながら眺めつつ、視線を別の場所に移してみる。

 

 エストはと言えば、

 

「そちらを固定してください」

「は、はい」

「こちらは包帯を、間も無く軍医が痛み止めを持ってきますので、それを打てば多少楽になります。それまで辛抱を」

「ど、どうも・・・・・・」

 

 的確な指示なのはいいが、何とも機械的な対応で、患者からは却って怖がられている。

 

 そんな様子を見ながら、再度、無線機に耳を傾ける。

 

《仕方ありません、ヒビキ少尉を救援に向かわせましょう。あと、水と食料を車両に乗せてそちらに向かわせます》

 

 助かる、と思いながらもムウは、思わず舌を巻くような想いであった。

 

 戦争において、物資の有無は大きい。これだけの難民を抱えたアークエンジェルとレジスタンスは、暫く身動きが取れなくなる。

 

 もし、こちらの補給線に負担を掛ける事が砂漠の虎の狙いだとするならば、恐るべき敵と言うべきだった。

 

 加えて、サイーブ達が出て行ってからだいぶ時間が過ぎている。シルフィードのスピードを持ってしても、間に合うかどうかは微妙なところである。

 

 かと言って、最低限の装備しか持っていないスカイグラスパーで自分達が出て行っても大した援護にはならない。

 

 もはやムウにできる事は、キラが間に合ってくれる事を願うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上りきった太陽の陽光が、気温を容赦なく引き上げる。

 

 そんな中、タッシルを壊滅させたバルトフェルド達はゆっくりと砂の上を帰路に着いている。

 

「隊長、もう少し急ぎませんか?」

 

 うだるような暑さの中、ダコスタがうんざりしたように言う。バクゥの影になるようにして入るが、それでも気温は容赦なく上がっていく。

 

 正直、ライアもダコスタに同意見だった。こんな環境で日焼けなどしたくないし、それでなくても、この気温は容赦なく体温を奪っていく。さっさと帰ってシャワーでも浴びたいというのが、偽らざる本音だった。

 

「そんなに早く帰りたいのかね?」

 

 対してバルトフェルドは、のらりくらりとした調子を崩さない。

 

「じゃなくて、追撃されますよ、このままじゃッ」

「そうですよ。味方の消耗だってあるんですから」

 

 後部座席のライアも、ダコスタと一緒になって抗議する。

 

 レジスタンスの車両が来るくらいなら、ライアも慌てたりはしない。バギーなど何台来たところでバクゥの前では塵と同じだろう。しかし、万が一アークエンジェルの機動兵器が出て来る可能性もある。そうなると、3機のバクゥしかない状況では心許ない。

 

 実際にストライクやシルフィードと戦闘の経験があるライアからすれば焦燥も強い。

 

 手元に愛機があればまた違ったのかもしれないが、ブリッツは今、修理と砂漠戦仕様への改造を含めて動かす事ができない。

 

「運命の分かれ道だな」

「え?」

 

 突然の意味不明な言葉に、ライアとダコスタはキョトンとしてバルトフェルドを見る。

 

「自走砲とバクゥじゃ喧嘩にもならん。『死んだ方がマシ』って言葉があるが、本当にそうなのかねえ?」

 

 誰に問い掛けるでもないバルトフェルドの言葉に、ライアとダコスタは互いに顔を合わせて首を傾げる。

 

 その時、最後尾を歩いていたバクゥのパイロットがスピーカーを鳴らした。

 

《隊長、後方から接近してくる車両があります。数は、6、いや、8、レジスタンスです!!》

 

 その報告に、バルトフェルドはゆっくり目を開いた。その視線は憂いとも闘志とも着かないような色を放っている。

 

 そこでようやく、ライア達はバルトフェルドの真意を悟った。

 

 これが狙いだったのだ。無駄な虐殺はせず、待ち伏せして、街の救援に来た敵を狙い打つような卑怯な真似もせず、それでいて向かって来る敵はきっちりと殲滅する。

 

 一切の無駄を省いた、見事な戦略といえた。

 

 この結果を生んだのは、彼らレジスタンス自身だ。自分達の実力を弁えず、貧弱な装備で圧倒的な戦力差のバクゥに向かって来るという選択をした。

 

 これから起こるのは、戦いじゃない。一方的な虐殺だ。

 

「やっぱり、死んだ方がマシなのかねえ?」

 

 静かに告げるバルトフェルドの声が、妙に剣呑に聞こえたのは、はたしてライアの聞き間違いだったのだろうか?

 

 

 

 

 

「カガリ、アフメド、駄目だ、戻れ!!」

 

 バギーを並走させながら、サイーブが叫ぶ。その視界の先には、得意げにバギーを走らせるアフメドと、その助手席に座るカガリの姿がある。

 

 2人とも不敵に笑いながら、手にしたバズーカを掲げてみせる。

 

「こないだバクゥを倒したのは誰だ? 俺達だろ!!」

「こっちには地下の仕掛けは無いッ 戻るんだ!!」

 

 自分達の手持ちの武器でバクゥに立ち向かうなど、素手でライオンに挑むようなものだ。それが判っているからこそ、サイーブはカガリ達を残そうとしたのだが、着いてきてしまっては何の意味も無い。

 

 だが、それが子供達には伝わらない。

 

「サイーブ、アンタはいつから臆病者になったんだ!?」

「仕掛けが無くても、戦いようはある!!」

「そう言うこと!!」

 

 駄目だ。「自分達がバクゥを倒した」と言う事実だけが一人歩きしている2人には、何を言っても無駄だった。

 

 そのままスピードを上げるアフメド。その後部座席に座る巨漢の男と目が合った。

 

「キサカ!!」

 

 名前を呼ばれた男はサイーブに、全て判っている、と無言の頷きを返した。

 

 ここでカガリを死なせる事はできない。命に代えてでも守り抜かねばならなければ、「あの人」に対し申し訳が立たない。その想いはキサカとサイーブに共通するところであった。

 

 スピードを上げて戦闘域に突入するサイーブのバギー。

 

 既に先行したゲリラ戦士達が戦闘を開始している。

 

 発射されたバズーカがバクゥに命中するが、戦車をも上回る装甲を前にしては大した効果を望めない。事実、バクゥは何事も無かったように動き続けている。

 

 だが、そのバクゥが足元で守るようにしている1台の車両を見逃さない。それに誰が乗っているかなど、考えるまでもなかった。

 

「ジープだ、ジープを狙え。虎を殺すんだ!!」

 

 狙いはバルトフェルド本人。指揮官さえ倒せれば、一発勝利は間違いない。

 

 だが、その事はザフト軍も先刻承知している。

 

 ランチャーやバズーカが次々とジープを狙うが、その前にバクゥが立ちはだかって盾となる。

 

 その間にジープは、ダコスタの運転の元、安全域へと逃れていった。

 

 多くのレジスタンスが舌打ちしつつも、素早く戦術を切り替える。一発勝利が狙えないなら、通常攻撃を行うまでである。

 

 アフメドが車をバクゥの腹の下へもぐりこませると、カガリとキサカがその下からランチャーで攻撃する。

 

 そのうちの一発がバクゥの関節部に命中、ジョイントに不具合が起きたバクゥは、その場に蹲るようにして停止した。

 

 ラッキーヒットである。これであのバクゥは、暫く動く事ができない筈。

 

「やった!!」

「続けて行け!!」

 

 喝采を上げるゲリラ戦士達。

 

 だが、彼等の善戦もそこまでだった。

 

 反撃はすぐに来た。

 

 残る2機のバクゥが速度を上げて襲い掛かってくる。

 

 飛び上がると同時に、4足歩行からキャタピラ走行に切り替えたバクゥが、手始めに直下にいたバギーを踏み潰した。

 

 こうなると、戦闘は一方的な物になる。

 

 速力、機動力、火力、装甲、質量、全てにおいて勝るバクゥは、次々とバギーをひき潰して行く。

 

 それに対するレジスタンスは、あまりにも無力だった。彼らはか細い抵抗を僅かに示したのち、次々と鋼鉄の獣にひき潰されていった。

 

 カガリ達のバギーも例外ではない。あっという間に、背後から追いすがられる。

 

 巨大な鋼鉄の獣が、背後から迫ってくる。

 

 対して、ハンドルを握るアフメドは、全開までアクセルを踏み込むが、既に振り切ることは不可能な距離にまで迫っていた。

 

 それを見据え、キサカは叫ぶ。

 

「跳べ!!」

 

 とっさにキサカがカガリを抱えて飛び上がる。

 

 だが、ハンドルを握っていたアフメドは一瞬遅れた。

 

 次の瞬間、バクゥの前肢がアフメドが残ったバギーを、いともあっさりと蹴り飛ばした。

 

「アフメド・・・・・・」

 

 キサカに抱かれて地面を転がりながら、カガリは見た。

 

 バギーが粉々に粉砕され、少年の細い体が宙に舞う光景を。

 

 それが、どこか別の世界の出来事のように映る。

 

「アフメドォォォォォォ!!」

 

 アフメドを殺したバクゥが、こちらに向き直る。その姿を見ながら、カガリを引き摺って逃げるキサカ。

 

 そのバクゥの肩口に、サイーブが放ったミサイルが命中した。

 

 サイーブは2丁のランチャーを手にしてバクゥに攻撃を仕掛ける。1丁でも重いランチャーを2丁同時に操る辺り、サイーブ・アシュマンが戦士としていかに優秀か覗う事ができる。が、それらも全て、バクゥの装甲に弾かれて、虚しく炎を上げるだけに留まる。最初の1機を撃破したのは、僥倖に助けられたからに過ぎない。人間の手で持てる武装では、やはりモビルスーツに対抗する事はできないのだ。

 

 新たな目標に向き直り、バクゥがサイーブの乗るバギーへと迫る。

 

「ちくしょう・・・・・・」

 

 歯を食いしばり、新たなランチャーを構えるサイーブ。しかし、いくら撃った所で、バクゥを倒す事など不可能に近い。

 

 ここまでか、と自らの運命を悟るサイーブ。

 

 疾風が戦場を駆け抜けたのは、その瞬間だった。

 

 バクゥの鼻先を掠めるようにしてビームが砂地に着弾する。

 

 カガリはハッとして、上空を見上げた。

 

 照り返す太陽を包むような、どこまでも広がる青い空。

 

 そこには水平のスタビライザーを広げた、蒼い機体が真っ直ぐに向かって来る姿が見える。

 

「シルフィード!?」

 

 その遅すぎた援軍に、僅かな希望の光が灯っていた。

 

 

 

 

 

 放ったビームが、不自然に逸れた事に、キラは首を傾げた。

 

 一射目、二射目、共にビームは妙な曲線を描いて着弾している。

 

 その原因にも、すぐに気付いた

 

「そうか、砂漠の熱対流で・・・・・・」

 

 砂地から発する熱によって、大気が激しく対流している。それがビームに影響し、目標を不自然に逸らしていたのだ。

 

 キラはキーボードを取り出すと、素早くパラメータをOSに書き込み、修正を加える。

 

 再びライフルを発射。今度は目標から逸れる事は無く、標的にしたミサイルポッドのみを吹き飛ばした。

 

「よし!!」

 

 空中を翔けながら、キラは素早く戦場に目を走らせる。

 

 動いているバクゥは2機。少し離れた場所には、蹲ったまま動けないでいるバクゥもいる。

 

「敵は3機。でも、うち1機は動けない」

 

 ならば、当面の敵は2機のみと見ていいだろう。

 

 更にカメラを動かす。

 

 そこに映り込んだのは、倒れたアフメドを抱き起こすカガリの姿だった。

 

「クッ・・・・・・」

 

 苦い物が込み上げる。

 

 もう少し早く来ていたら、間に合ったかもしれないのに。

 

 そんなキラの視界に、向かって来る2機のバクゥが映り込む。

 

 シルフィードの背部に装備したBWSを展開すると、キラは一気に急降下をかけた。

 

 

 

 

 

 その様子は、少し離れた場所にジープを止めたバルトフェルド達からも見えた。

 

「あれがシルフィードです。あたしも、何度か交戦した経験があります」

「ほう、あれが、ねえ。さしずめ、空戦タイプ、高機動戦闘用といった所かな」

 

 ライアの報告に答えながら、バルトフェルドは感心したように目を細める。

 

 最初の2発のビーム攻撃と、それ以後の攻撃では、照準に大きな違いがある。恐らくは熱対流のパラメータを入力したのだろうが、それを戦闘中にやってのけるとは、思いも拠らなかった。

 

「しかし、なぜ、地球軍がレジスタンスの救援に?」

「さてな、だが・・・・・・」

 

 バルトフェルドは、不敵に口元を吊り上げる。

 

 あいつの目的なぞどうでも良い。問題なのは、あの機体の戦闘力。そして、コックピットに座る人間の正体だ。

 

 戦闘中にパラメータの書き換えを行うなど、その技量は尋常ではない事が伺える。

 

 もっと知りたい。実際に戦ってみたい。

 

 今でこそアフリカ方面軍司令などと言う立場にあるが、本来のバルトフェルドは戦士であり、モビルスーツのパイロットだ。そのパイロットとしての血が、強敵の存在を前にして沸き立つのを押さえられなかった。

 

 その時、レジスタンスの攻撃で行動不能に陥っていたバクゥが、コントロールを取り戻して立ち上がるのが見えた。

 

 それを見て、バルトフェルドはマイクを取った。

 

「カークウッド、俺と代われ!!」

《はい?》

 

 突然の言葉に、言われたバクゥのパイロットは怪訝な声で問い返す。

 

 そこへバルトフェルドは、更に勢い込んで言った。

 

「バクゥの操縦を代われと言っている!!」

「隊長!!」

 

 上官の意図を察したダコスタが声を上げるが、対してバルトフェルドは不敵な笑みを見せる。

 

「実際に撃ち合って見ないと、判らない事だってある」

 

 

 

 

 

 戦いは、キラの優位に進んでいた。

 

 高空を自在に飛び回り、盛んに攻撃を仕掛けてくるシルフィードを前にしては、さしものバクゥも敵わない。

 

 今なら、行ける。敵を倒せる。

 

 キラは勝負を掛けるべく、右腕の高周波振動ブレードを展開、一気に低高度まで舞い降りて背後からバクゥに迫る。

 

 得意の接近戦で、勝負を仕掛けようというのだ。

 

 だが、次の瞬間、横合いから飛んできたミサイルによってシルフィードはバランスを崩し、そのまま砂地に突っ込んでしまった。

 

「うわァッ!?」

 

 とっさにバーニアを吹かし、シルフィードの体勢を立て直すキラ。

 

 その目には、3機編成になって突っ込んでくるバクゥの姿があった。

 

「3機目、まだ動けたのか!?」

 

 予想外の展開に、思わず唇を噛むキラ。相手が損傷していたからと言って、3期目の存在を今の今まで完全に失念していたのだ。

 

 そこへ、3機のバクゥが突っ込んでくる。

 

 とっさに避けようとスタビライザーを展開するが、その前に先頭の1機が繰り出した前肢に蹴り飛ばされた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、背後からBWSを放つが、その前にバクゥは散開して回避、今度は三方向からシルフィードに接近し、レールガンやミサイルで攻撃してくる。

 

 避けようとするが、その前に攻撃が着弾する。

 

 既にシルフィードにも、ストライクと同じように接地圧のパラメータを組み込んであるが、それでも嵐のような攻撃を前にしてはバランスを取る事すら難しい。

 

 加えて、PS装甲の電圧の問題もある。装甲に電流を流し、物理衝撃を相転移する事で無効化するPS装甲は、敵弾が着弾する毎に電力を消費している。そしてバッテリーが切れた瞬間、装甲は無効化される。そうなれば、

 

『やられる・・・・・・』

 

 息を尽かさぬ攻撃に翻弄され、シルフィードは反撃できずにいる。このままでは遠からずPS装甲はダウンしてしまう。

 

「そうは・・・・・・いかない!!」

 

 叫んだ瞬間だった。

 

 キラの視界が、一気にクリアになる。

 

 戦場のあらゆる事象が同時に認識される。

 

 バクゥの機動、ミサイルの軌跡、砲弾の飛翔音。それだけではない、風の風向や風速、太陽の微妙な照り返しすら認識できる。

 

 眦を上げる。

 

 そこへ飛んで来る、数十発のミサイル。

 

 対してキラは、機体を急制動させて回避。爆発したミサイルが砂埃を舞い上げて、カメラを暫くの間、不能にする。

 

 目標を見失い、動きを止めるバクゥ。

 

 だが、キラには相手が見えていた。

 

 視界は効かずとも、相手のシルエットがキラには手に取るようにわかる。

 

 照準を合わせ、BWSを連射。そのうちの一発が、1機のバクゥを捕らえて右前肢を吹き飛ばす。

 

 前のめりに倒れるバクゥ。

 

 その瞬間を逃さず、キラはブレードを展開、低空から急接近して、動きを止めたバクゥを、真っ向から真っ二つに切り裂いた。

 

 体勢を立て直し、攻勢に出るシルフィード。

 

 対して、完全に統制の乱れたバクゥは、既に先程までのような編隊行動もできなくなっている。

 

 それでも、1機のバクゥがレールガンを放ちながら向かって来る。

 

 だが、キラはもう慌てない。フォーメーションが崩れた以上、それはもう何ほどの脅威でもない。

 

 振動ブレードの一撃が、バクゥの翼を斬り飛ばした。

 

 時間差を置いて、最後の1機が向かって来る。

 

 その1機も、すれ違い様に後肢を斬り飛ばされる。

 

 それが最後だった。

 

 どうやら、ザフト軍の指揮官も状況不利と判断したのだろう。残ったバクゥとジープが撤退していく。

 

 キラも、敢えてそれを追おうとは思わなかった。とりあえず目標であるレジスタンスの救援には成功した。これ以上の深追いは無意味だった。

 

 

 

 

 

 シルフィードを地面に下ろし、キラがコックピットから降りていくと、生き残ったゲリラ戦士達はばつが悪そうに顔を逸らした。

 

 冷静になり、仲間達の死体が地面に転がるのを見て、ようやく現実と、自分達が如何に無謀だったかを悟ったようだ。

 

 そんな彼らを見てキラは、必要以上に冷めた口調で口を開いた。

 

「死にたいんですか?」

 

 バギーやランチャーでモビルスーツに勝てるわけが無い。それはちょっと冷静に考えれば判る事だ。そんな事も考えずに無謀な戦いを仕掛けたレジスタンスが、キラにはひどく滑稽に見えた。

 

「こんな所で、こんな戦いで命を落として、何の意味も無いじゃないですか」

 

 最後は殆ど、吐き捨てるように言った。今この時、彼らの心情に対して斟酌する必要性を、キラは一切認めていなかった。

 

 この結果は必然だった。起こるべくして起こったのだ。

 

 キラのその言葉に、誰よりも反応したのはカガリだった。

 

「よくも、そんな事が言えるな!!」

 

 カガリはそのままキラに掴みかかる。

 

「見ろッ 彼らは皆、必死に戦ったッ 戦ってるんだ!! 大切な人や大切な物を守る為に必死に戦ってるんだ!! そんな人たちを前に、よくそんな事が言えたな!!」

 

 キラを焼き殺しそうな勢いで嚙み付くカガリ。

 

 だがキラは、そんなカガリを素気無く振り払うと、返す手でその頬を殴り飛ばした。

 

「どんなにがんばった所で、結果が残らなければ無駄死には無駄死にだ」

 

 叩かれた頬を押さえ、カガリは呆然とキラを見詰める。

 

「・・・・・・気持ちだけじゃ、誰も、何も守れないって事だよ」

 

 そう告げるキラの声が、この無謀を極めた戦いの終局となった。

 

 

 

 

 

PHASE-12「勇気の代償」      終わり

 

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