機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-13「虎の街」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その街は、一目見ただけで賑わっている事が判る。

 

 行き交う人々の顔は活気に満ち、露天に並ぶ様々な商品が行く人の目を楽しませている。

 

 そのメインストリートに、キラ達は降り立った。

 

「では、4時間後にな」

 

 ジープからキサカが、いかつい声でカガリに告げる。

 

 先のタッシル追撃戦において、大量の難民を抱える事となったアークエンジェル・レジスタンス連合軍は、必要な物資を求めて、ここ、バナディーヤへと足を運んでいた。

 

 必要な物と言うよりは、今は何もかもが足りない。食料品、飲用水、医薬品、燃料、その他生活必需品、更には戦闘に必要な弾丸やレーダーサイト。それらの物を早急に補充する必要に迫られている。

 

 このバナディーヤはオアシスで発展し、近隣では最も裕福な街である。この街で手に入らない物はない。勿論、非合法な品物には相応のリスクを伴うが。

 

「気を付けろ」

「判ってる。そっちも、アル・ジャイリーってのは気の抜けない相手なんだろ」

 

 キサカ達がこれから会うのは、このバナディーヤのトップに君臨する人物だ。その男に頼めば、この街で手に入らないものはないとされている。勿論、そのような人物である為、一癖もふた癖もあるという事は、カガリも噂で聞いて知っていた。

 

 カガリの言葉にキサカが頷くと、ジープが走り出した。

 

 その背後を見送ると、カガリは背後に向き直った。

 

 そこには、ボウッとしたまま町並みを眺めている2人、キラともう1人、エストがいる。

 

 2人とも周囲の物が珍しいかのように、周囲に視線を巡らしている。傍から見ると、都会から旅行に来た兄妹といった感じに見える。

 

 そんな2人の様子に、カガリは腰に手を当てて呆れ気味に言った。

 

「おい、なにボケッとしてるんだ。お前達は一応、護衛なんだろ」

 

 そう言われて、2人は振り返る。

 

 いつもの軍服ではなく、借り物の私服に着替えた2人は、どう見ても連合の兵士には見えない。今回2人は、カガリの護衛という名目でバナディーヤに来ていた。もっとも、エストの方は、カガリの護衛役を務めるキラの、そのまた監視役と言う側面もあるのだが。

 

 そんな2人を引っ張るように、カガリは歩き出す。

 

「ここはアンドリュー・バルトフェルドの本拠地と聞いていますが?」

 

 歩きながら、エストが尋ねる。

 

 もっと、路地と言う路地には銃を構えた兵士が監視に立ち、目に付く場所にはモビルスーツや戦車が居並ぶような、殺伐とした雰囲気を予想してきたのだが、実際に足を踏み入れてみれば全くそのようなことはなく、むしろその活気に圧倒される想いだった。

 

 どうやらキラも同様らしく、先程から落ち着かない視線を彷徨わせている。

 

「前に来た時と、あまり変わっていないね。虎は統治はしていないの?」

 

 そんな2人の反応に僅かに顔を顰めると、カガリは「着いて来い」と顎をしゃくった。

 

 3人の前を、遊んでいる子供達が駆け抜けていく。

 

 その向こう側には、明らかに爆撃の物と判る地面が抉れた痕がある。

 

「平和そうに見えたって、そんな物はまやかしだ。見ろ」

 

 そして、その更に向こう、日干し煉瓦の建物の影にから見える、巨大な戦艦。

 

 バルトフェルド隊旗艦レセップスが、静かに鎮座しているのが見えた。

 

「あれが、この街の本当の支配者だ。ここはザフトの、『砂漠の虎』の物なんだ」

 

 そう吐き捨てるように言うと、カガリはさっさと歩き出した。

 

 その後に続くキラとエスト。

 

 そして、

 

 そんな3人を不敵に睨む視線があることには、その場の誰もが気付かなかった。

 

 

 

 

 

「へえ、キラ君とエストちゃんがカガリの護衛か」

 

 物資のチェックを済ませたユウキが、チェックボードをサイに渡しながら言った。

 

 今は、2人で残余の物資をチェックしているところである。何しろ、難民を抱えて一挙に大所帯になってしまったレジスタンスである。今や水の一滴、米の一粒まで貴重な資源である。チェックは入念にする必要があった。

 

「そりゃ今頃、2人とも苦労しているかもね」

「え、何でですか?」

 

 さも可笑しそうなユウキの声に、サイは首を傾げながら尋ねる。

 

「カガリは何しろ、あんな感じの気性だからね。言い出したら止まらない所があるんだ。だから、誰かが傍にいてブレーキをかけてやらなきゃならないんだけど、これが大変でね。普段は俺やキサカさんがその役なんだけど」

「はあ」

 

 一応、カガリの護衛と言う事で外出した2人だが、なにやらユウキの言葉を聞いていると、今頃は余計な苦労を背負い込んでいそうな気がしてきて、内心でサイはキラ達に同情する。

 

「そう言えば、」

 

 ユウキが話題を変えたので、サイは再び顔を上げる。

 

「君達はヘリオポリスの学生だったんだってな」

「ええ、そうですよ」

 

 頷きながらもサイは、自分の意識がどこか別の場所へと飛んでいくような感覚に囚われた。ここに来るまでに、何とも変遷した人生を歩んでしまったものである。

 

 今の自分の滑稽さは、あるいは必然の結果足るべきなのだろうか?

 

 そんなサイの肩を、ユウキはポンッと叩く。

 

「ここまで辛かったよな。実際、君達は良くがんばったよ」

 

 その一言が、どれほどの安らぎを与えたか。それは、当事者以外には判り得ない事であった。

 

 少しだけ振り返るユウキ。

 

 そのユウキの目には、サイの肩が僅かに震えているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの買い物を終え、3人がカフェに入る頃には、既に日は中天にまで昇っていた。

 

 唯一の男と言うことで、荷物持ちをやらされた上に散々街中を連れまわされたキラは、カフェに入るなり、ドッと体を椅子に投げ出した。

 

 その右隣にはエストが、向かいにはカガリが座る。

 

「これで大体のところは揃ったな。後の物は、ちょっと手に入らないかもしれないから、諦めてもらうしかないだろ」

 

 日用雑貨品担当の3人の周りには、買った物を満載した紙袋がいくつも置かれている。これら全てを、キラ1人で運んできたのである。因みに少女2人は、さも当然と言わんばかりに何も持ってはいなかった。いきおい、キラの疲労はイヤでも増すというものである。

 

 女の買い物が疲れる。と言う話は聞いた事がある。が、これはちょっと違う気がした。

 

 早く帰りたい。と言うのがキラの偽らざる本音である。

 

 そんな3人の前にお茶と料理が運ばれてきた。ドネル・ケバブと呼ばれる地方独特の料理は、美味そうな匂いを放ち、疲弊したキラに、食欲と言う原初の欲求を呼び起こす。

 

「何ですか、これ?」

 

 物珍しそうにケバブを突つきながら、エストが尋ねる。こんな地方に来た事がない彼女にとって、見た事の無い食物である事は間違いない。瞳の色は暗に「喰えるのか?」と尋ねている。

 

 そんなエストに、カガリは微笑を浮かべる。

 

「ドネル・ケバブさ。腹減っただろ、お前らも食えよ。こうやって、チリソースをかけてだな・・・・・・」

 

 カガリが2本あるソースの、赤い方に手を伸ばした。

 

 その時、

 

「あいや待ったッ ちょっと待った!!」

 

 突然響く声。3人は思わず、その方向へ向き直る。

 

 そして、絶句した。

 

 そこには派手なアロハシャツにカンカン帽、怪しげなサングラスを掛けた、「何かを致命的に間違ってしまった旅行者」のような男が立っていた。

 

 はっきり言って、かなり胡散臭い。

 

 思わず唖然とする子供達を他所に、男は彼らのテーブルに近寄ると、カガリが取ったのとは別の、白いソースを手に取った。

 

「ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ。ここは、このヨーグルトソースをかけるのが常識だろう!!」

 

 何やら、かけるソースについて熱く語り始めた。

 

 カガリが「はぁ?」と問い返すが、男は更に持論をオーバーヒートさせる。

 

「いや、常識と言うよりももっとこう・・・・・・そうッ ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!!」

「何なんだお前は!?」

 

 言いながら、カガリはこれ見よがしにケバブにチリソースをかけて見せる。

 

「見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いは無い!!」

 

 そう言い放つと、チリソースの掛かったケバブをあんぐりと頬張った。

 

「あー、うっまーい!!」

「ああ、何と言う・・・・・・」

 

 見せ付けるように食べるカガリに、本気で打ちひしがれる男。

 

 何とも低次元なレベルの戦いである。見ているキラとエストとしては、呆れるしかない。

 

「何だろ、これ?」

「しょーもないです」

 

 何でも良いから早く食わせて欲しい。

 

 そんな2人に、カガリがチリソースを掲げてみせる。

 

「ほら、お前達も」

「ああ、待ちたまえ。彼等まで邪道に落とす気か!?」

 

 そう言ってヨーグルトソースを掲げる男。

 

「何を言う。ケバブにはチリソースが当たり前だ!!」

「いいや、ヨーグルトソース以外にありえない!!」

 

 テーブルの上で押し合い圧し合いする2人。

 

 そして、

 

 悲劇は起こった。

 

 2つのソースは、皿の上に大量にぶちまけられた。

 

 エストの皿の上に。

 

 溜息交じりでその光景を見るキラ。

 

 ばつが悪そうなカガリと男。

 

 エストは一口、茶を啜り、

 

「それで、わたしの食事はどうなるのでしょう?」

 

 

 

 

 

「いや~悪かったな」

 

 そう言って、男はキラに詫びる。

 

 何となく以上に理不尽さを感じずにはいられないキラだが、たかが食事でこれ以上もめるのも面倒なので、ここは黙って、何とも面妖な味と化したケバブを口に運んでいた。

 

 結局、エストのケバブは口の付いていないキラの物と交換する事で解決した。

 

「いえ、まあ、ミックスもなかなか・・・・・・」

 

 口いっぱいに広がるソースの味。不味くはないのだが、はっきり言って、料理本来の味は完全に消滅していた。

 

 茶を口に運ぶキラは、隣で淡々と食事をしているエストに恨みがましい視線を向ける。

 

 そんなキラの視線を、そ知らぬ風に無視して、エストはケバブを口に運んでいた。

 

「しかし、すごい買い物の量だね。パーティでもやるの?」

 

 いつの間にか椅子を持ってきて座り込んでいる男に、カガリはつっけんどんな口調で返す。

 

「余計なお世話だ。だいたいお前、さっきから何だ!? 誰もお前なんか招待していないぞ!!」

「まあまあ・・・・・・」

 

 そう言って、カガリを宥める男。

 

 その視線が、僅かに光る。

 

 同時にキラも、その雰囲気に気付き、次いでケバブを咥えたままのエストが身構えた。

 

 カガリは尚も文句を言っている。そのせいか、場に満ちる緊張感には気づいていない様子だ。

 

 その瞬間、

 

「伏せろ!!」

 

 男が叫び様に、テーブルを蹴り上げる。同時にキラはカガリの腕を掴み、エストは料理を被りながらもシャツの裏に手を突っ込み、背中に装備したホルスターから銃を抜き放った。

 

 同時に飛来するロケット弾が、店内に命中し大音響を上げる。

 

 砂埃が舞い、視界が急激に低下する。

 

 しかしテーブルを盾にしたお陰で怪我はない。

 

「無事か!?」

「はい!!」

 

 テーブルの陰に隠れながら、男の声に返事を返すキラ。エストとカガリが盛大に料理を頭から引っかぶった以外は、被害らしい被害もない。

 

 そんな男の手には、いつの間にか黒い拳銃が握られている。

 

 驚く間にも、キラの体は動く。

 

 テーブルの陰から僅かに覗くと、ライフルを手にこちらに向かって来る数人の男が見えた。

 

「死ね、コーディネイター!! ソラの化け物!!」

「青き清浄なる世界の為に!!」

 

 その文句には聞き覚えがあった。

 

 コーディネイターを「人外」と断じ、その排斥を訴える集団。過激派ともなると、こうしたテロ行為にまで平気で手を染める事がある。

 

「ブルーコスモスのようですね」

 

 同じように様子を伺うエストに、頷きを返すキラ。

 

 その間にも銃撃は続く。

 

 調子に乗ったブルーコスモス構成員達が、距離を詰めてくる。こちらが反撃しないのを見て、一気に勝負をつける気なのだ。

 

 すると、奇妙な事が起こった。同じようにカフェにいた客達が、次々と銃を手に反撃を始めたのだ。

 

「構わん、全員排除しろ!!」

 

 同じように銃を撃ちながら命令するアロハ男の言葉を聞きながら、客達は的確な射撃で襲撃者たちを排除していく。

 

「これは、一体・・・・・・」

 

 その光景に、キラ達3人は唖然としたまま見詰める。

 

 そうしている内にも、襲撃者達は倒されていく。戦力差は圧倒的であり、襲撃者たちは空しく路上に打ち倒されていく。

 

 その時、キラの視界に、ビルの陰から銃口を向ける別の襲撃者の影が映る。

 

 襲撃者達は、万が一奇襲に失敗した時の事を考え、次善の策を用意していたのだ。

 

 背後からアロハ男を狙ったその銃口に、狙われている本人は気付いていない。

 

「クッ!!」

「あっ!?」

 

 キラはとっさに、傍らのエストから銃をもぎ取ると、抗議する声を無視して物陰から飛び出す。

 

 襲撃者は既に照準を合わせている。今から銃を構えて照準していたのでは遅い。

 

「でぇぇぇぇぇぇい!!」

 

 サイドスローの要領で腕を一閃、手にしたハンドガンを投げ付ける。

 

 その一撃が襲撃者の手元に当たり、照準がぶれた。その隙に距離を詰めたキラが顎に蹴りを入れ、襲撃者は昏倒した。

 

 どうやら、今ので最後だったらしい。気が付けば銃声は止んでおり、路上には襲撃者達の死体が転がっている。

 

「銃の撃ち方も忘れましたか、ヴァイオレット・フォックス?」

 

 皮肉交じりに言葉を吐きながら、エストはキラに投げられた銃を拾って具合を確かめる。しかし、頭からケバブのソースを被った姿で言われても、迫力は全く無く、却って笑いを引き起こされてしまう。

 

 そんな中、野戦服を着た赤毛の男がアロハ男に近付いてきた。

 

「大丈夫ですか、隊長?」

「ああ、彼のおかげでね」

 

 そう言いながら、帽子とサングラスを取るアロハ男。

 

 その下から現れた、精悍な男の顔を見て、カガリが息を呑むのが判った。

 

「アンドリュー・・・・・・バルトフェルド・・・・・・」

 

 絞り出される言葉が、カガリの口から発せられる。

 

 まさかと思いつつも、向ける視線には、照り付ける砂漠の太陽よりもなお鮮烈な印象の笑みが返される。

 

「砂漠の、虎・・・・・・」

 

 カガリの言葉が、何処か遠くで言われたかのように、キラには感じられた。

 

 

 

 

 

「キラ君達が戻らないですって!?」

 

 モニターの中で渋い顔をするキサカに、マリューは思わず問い返した。

 

 向こうは既に必要な物資を買い揃え、こちらに戻る途中であったようだ。しかし、そこで日用品を買いに出たはずの子供達が戻らないと言うのだ。

 

《ああ、時間になっても姿を現さん。サイーブ達はそっちに戻ったか?》

「いいえ、まだよ」

《市街ではブルーコスモスのテロもあったようだ。状況は錯綜しているようだ》

 

 その言葉に、マリューは息を呑まずに入られない。

 

 コーディネイター排斥を訴えるブルーコスモスのテロ。ヴァイオレット・フォックスの素性は一般には殆ど伝わってはいないはずなので、標的がキラである可能性は低いと言えるが、それでも巻き込まれている可能性はゼロではない。

 

 そこへ、ブリッジの扉が開き、砂漠迷彩服を着込んだ男が駆け込んできた。ユウキである。報せを聞いて駆け付けたのだ。

 

 その姿は、モニターの向こうのキサカにも見えたのだろう。マリューから視線を外し、そちらを向いた。

 

 ユウキはマリューに頷きを見せ、モニターに目をやる。キサカに言われて、マリューが呼びにやったのだ。

 

「キサカさん、話は聞きました」

 

 口を開くユウキの口調も、緊張に満ちている。いつもの軽い調子は鳴りを潜めている。

 

《お前の持つ情報網で、行方を探る事はできるか?》

「難しいですね、バナディーヤでの情報網は完璧とは言いがたい。遠隔での捜索には限界があります」

 

 一言置いてから、ユウキは続ける。

 

「俺がそちらに行きます。直接指揮すれば何とかなるかもしれない」

《判った、頼む。サイーブ達が戻ったら、入れ替えで来てくれ》

 

 そう言って、通信が切れる。

 

「ラミアス艦長、バギーを貸してください。途中まで出向いてサイーブと合流し、バナディーヤに行って来ます」

「判ったわ」

 

 この、砂漠に似つかわしくない色白の青年が行ったとして、現状でどのような役に立つのかは判らないが、今は藁にも縋りたいのが心境だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃キラ達はダコスタが用意したジープに乗せられ、ザフト軍が仮設司令部にしている高級ホテルへと招待されていた。

 

 庭には砂漠仕様のジンが立ち、兵士が訓練している様子が見て取れる。

 

 ここはキラ達にとって、紛う事無き「敵地」であった。

 

「あ、あの、僕等、ほんとに良いですから」

 

 改めてお茶に招待すると言うバルトフェルドの言葉を、キラは遠慮している風を装いながらも、内心で冷や汗をかいて謝辞する。

 

 ここは敵の本拠地。もし自分達の正体がばれたら命の保障は無い。

 

 ここは穏便に断り、怪しまれないうちに帰るのが得策だろう。

 

 傍らではカガリが首を必死に縦に振り、エストは我関せずとばかりにそっぽを向いている。2人とも頭からソースを被り、何とも滑稽な装いをしているが。

 

 だが、そんなキラ達の思惑を他所に、バルトフェルドはあくまでマイペースを崩さない。

 

「ダメダメ、お茶を台無しにした上に、こっちは命まで救われたんだよ。このまま帰すわけには行かないよ。だいたい彼女達の服、ぐちゃぐちゃじゃない。せめてそれだけでも何とかさせてよ、ねえ」

「い、いや、私達はぜんぜん平気だから。なあ」

「多少の不快感はありますが、問題はありません」

 

 カガリとエストも必死に首を振るが、

 

「それじゃあ、僕の気が済まないよ」

 

 そう言って、おどけるようにして歩き出すバルトフェルド。

 

 そんな背中を見て、3人は途方に暮れたように顔を見合わせた。

 

 これ以上断れば、却って不審に思われるかもしれない。

 

 仕方なく、3人はジープを降り、バルトフェルドに倣ってホテルの敷地へと入っていった。

 

 流石に観光地の高級ホテルだけあり、内装も格調高い造りになっている。

 

 そんな廊下を歩いていると、前の方から私服姿の女性が歩いてくるのが見えた。スラリと背が高く、どこか異世界の住人を思わせる妖しさを持った女性だ。

 

 その頬には柔らかい笑みが浮かべられ、優しい瞳がこちらに向けられている。

 

「アンディ、お帰りなさい」

 

 そう言って首に手を回す女性を、バルトフェルドは優しく抱き寄せて唇を重ねる。

 

「ただいま、アイシャ」

 

 その様子を、キラ達は三者三様の反応を示す。キラは息を吐いてそっぽを向き、カガリは顔を紅くして僅かに俯き、エストは意味が判らないと言った風に小首を傾げて眺めている。

 

 それぞれに、2人の関係を類推している。

 

 奥さん、には見えない。と言う事は愛人か何かだろうか? いずれにしてもこの男は、戦場に女連れで来ているらしい。

 

 そんな3人に、アイシャと呼ばれた女性は視線を向け、その口元に妖艶な笑みを見せる。

 

「この子達ですの、アンディ?」

 

 舌足らずの口調でそう言いながら、全身にソースを被ったエストとカガリを見やる。

 

「ああ、何とかしてやってくれ。チリソースとヨーグルトソース、それにお茶まで被っちゃったんだ」

「あらあら、ケバブね。さ、いらっしゃい」

 

 そう言うと、2人の手を引いて歩き出す。

 

 慌ててその後を追おうとするキラをだが、そんなキラをアイシャは悪戯っぽく制した。

 

「駄目よ、レディの着替えに着いて来ちゃ。すぐ済むから、アンディと2人で待っててね」

 

 それに併せるように、部屋の中からバルトフェルドに呼ばれる。

 

 逡巡するキラに、エストが視線を向けてくる。どうやら「こちらは任せろ」と言っているようだ。

 

 仕方ない。心配なのは変わりないが、確かに女の子の着替えを覗くわけにも行かないだろう。

 

 仕方無しに、キラは部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 廊下同様、部屋の中も贅沢な調度品に埋め尽くされている。

 

 そんな中で、バルトフェルドは自分専用のサイフォンを弄っている。

 

「まあ、掛けたまえ。自分の家だと思ってゆっくりしてくれ」

 

 それは無理です。と言う言葉を辛うじて飲み込み、キラは進められるままにソファへ腰を下ろす。

 

 視線を巡らせるキラ。

 

 部屋の内装もまた豪華で、掃除が行き届いている清潔感がただよっている

 

 見まわす視界に、それだけ明らかに違う雰囲気を持った調度品を見つけ、キラは歩み寄った。

 

 何かの生物の化石を模したレプリカで、魚を奇形化したような形をしている。

 

 それはファーストコーディネイター、ジョージ・グレンが、木製探査から持ち帰った未確認生物の化石で、地球外生命体の存在が証明された証拠として有名な物である。エヴィデンス01、羽クジラ、もしくはクジラ石の名で呼ばれるその化石は、本物はプラントの首都、アプリリウス1に最高評議会ビルに展示されている。

 

「本物を見た事は?」

 

 振り返ると、マグカップを二つ手にしたバルトフェルドが背後に立っている。

 

 その片方を受け取りながら、キラは首を横に振った。プラントに行った事は無いので、流石に本物のクジラ石を見た事は無かった。

 

 そんなキラに、バルトフェルドはコーヒーを飲みながら続ける。

 

「何で、これを『クジラ石』って呼ぶのかねえ?」

「え?」

 

 突然の質問の意味が判らず首を傾げるキラに、バルトフェルドは石を指差しながら続ける。

 

「ここのこれ、どう見ても羽根でしょ。普通、くじらに羽根は無いんじゃない?」

 

 まあ、言われてみれば確かに、羽根に見えない事も無い。しかし、全体として見た場合、クジラのほうが近いのだが、どうも目の前の男には、その答えが不満であるらしい。

 

「それは、今この場で言っても仕方ないんじゃないですか?」

「うん?」

 

 キラの言葉も興味が惹かれたように、バルトフェルドはカップを運ぶ手を止める。

 

「これを見つけた人がクジラと言ったんですから、命名の権利が発見者に帰される事を考えれば、これはクジラと見るべきです」

 

 そもそも、実際にクジラであると言う保証もない。正に「未確認」生物なのだ。それをあーだこーだと言っても仕方ないだろう。

 

 しかし、それでも納得しないかのように、バルトフェルドは難しそうに首を傾げる。

 

「うーん、僕が言いたいのは、何で、これがクジラなのかってことなんだよ」

「なら、何ならいいんですか?」

 

 キラの切り返しに、バルトフェルドは更に首をかしげた。

 

「何ならっていわれてもな・・・鳥、でもないし、うーん・・・・・・あ、それよりも、どうだい、コーヒーは?」

 

 突然言われて、自分が手に持っているものがコーヒーである事を思い出す。先程から香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、心が落ち着くのが判る。

 

 その満たされた漆黒の液体に軽く口を付け、

 

「っ!?」

 

 上げかけた悲鳴を、とっさ飲み込んだ。

 

 苦い。

 

 元々コーヒーはあまり飲む方ではなかったが、これはかなり強烈だ。通常のブラックコーヒーを2~3倍に深くしたような苦味に、キラは何とも異様な顔で苦味を噛み締めるしかない。

 

 そんなキラの反応を見て、バルトフェルドは笑みを浮かべた。

 

「おや、君にはまだ早かったかい?」

 

 そう言う問題じゃない。と言い返してやりたかったが、のどが焼けそうなほどの苦味に、それどころではなかった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、エストとカガリは、アイシャに連れられて風呂にやってきていた。まずは身に被ったソースを洗い落とさない事には話が始まらない。

 

 2人の少女は着ていた物を脱ぐと、生まれたままの姿となって、浴場へと入った。

 

「しかし、何でこんな事になるんだ?」

 

 現状を鑑み、カガリは呆れたように声を発した。

 

 今日一日の行動を整理してみる。

 

 街に買い物に来て、食事をして、宿敵に会い、襲撃されて、風呂に入っている。

 

 おかしい。特に最後の部分が。

 

 何か、ひどく納得の行かない物を感じずにいられない。

 

 そんなカガリを放っておいて、エストはさっさと体を洗うと、立ち上がって出て行こうとする。

 

 しかし、そんなエストの腕をカガリが捕らえた。

 

「こら、待て」

「何ですか?」

 

 抗議するような視線を送るエスト。しかしカガリは、構わずその腕を引っ張る。

 

「まだしっかり洗ってないだろ。汚れが残っていたらどうするんだ?」

「平気です」

「そんな訳あるか。ちょっと座れ」

 

 そう言うと、強引に自分の前に座らせた。

 

 不満そうに顔を振り返ろうとするエストを無理やり前向かせ、その頭に容赦なく大量のシャンプーをぶっ掛ける。

 

「必要無いと思います」

「いいから、頭下げて目ぇ瞑ってろ」

 

 そう言いながら、乱暴な手付きでエストの頭を洗っていく。

 

「砂漠じゃ、風呂に入れる機会なんて滅多にないんだから、入れるときにしっかり洗っておけ」

 

 エストの頭を泡まみれにしながら、カガリは説教くさく告げる。

 

 一通り洗ってからシャンプーの泡をシャワーで洗い流すと、癖の無い長い髪が現れた。

 

「ほら、これで良いぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉に対して、エストは無言のまま前を見ている。

 

 その姿に、カガリは妙な気分になる。まるで、聞き分けの無い妹を風呂に入れているかのようだ。

 

「まったく、お前も一応女だろう。髪の手入れには気を使えよな」

「問題ありません。許容は満たしています」

「いや、そういう問題じゃなくて、次にいつ入れるか判んないから言ってるんだ」

 

 無機質なエストの声を聞きながら、カガリは自分でも似合わない事を言ったと言う自覚はあった。何しろ、自分ほど身だしなみに気を使わない女も珍しいのだから。しかし、このエストの場合、「汚くなければオッケー」と言う思考があるようだ。髪はただでさえ痛み易い。見えない汚れまで充分に落とさないと、すぐに荒れてしまうと言うのに。

 

 こんなに可愛いのに、勿体無い。と、カガリは内心で思う。

 

 その時、風呂場の戸が開き、アイシャが入ってきた。

 

「あらあら、随分楽しそうね」

 

 そう言って笑うアイシャに、2人は振り返る。どうやら着替えを持ってきてくれたらしい。

 

「着替え、ここに置いておくから。それと、」

 

 悪戯っぽい笑みと共に、アイシャは指を掲げてみせる。

 

「あっ!?」

 

 それを見て、思わずエストは声を上げた。

 

 アイシャの細く綺麗な指先には、エストの拳銃が引っ掛けられていたのだ。

 

「駄目よ、女の子がこんな物持ち歩いてちゃ。これは、帰りまで預かっておくわね」

 

 そう言うと、アイシャは出て行く。

 

 その姿を、エストは唇を噛んで見送る。

 

 迂闊だった。一応警戒して、銃は服の下に隠しておいたのだが、当然、所持品をチェックされると考えておくべきだった。

 

 おかげで、敵のど真ん中で丸腰になってしまった。

 

「おい、どうする?」

 

 事態の切迫に、カガリも不安そうに声を掛ける。

 

 しかし、実際問題として、完全に反撃の手を封じられてしまった事になる。後はもう、これから先、何も無い事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 結局、それ以上コーヒーに口を付ける気にもなれず、キラはソファーに座ってバルトフェルドと適当な雑談を交わしていると、扉が開いてアイシャが入ってくるのが見えた。

 

「準備できたわよ」

 

 奇妙な物言いに、キラは首を傾げる。ただ着替えるだけのはずなのに、いったい何の「準備」があると言うのか?

 

 そんなアイシャの背後に、人の気配があることがすぐに判った。

 

「あれ?」

「ほら、なに恥ずかしがってるの」

 

 そう言うとアイシャは、背に隠れていた少女を引っ張り出す。

 

 思わずキラは、ポカンと口を開いた。

 

 そこにはカガリがいた。ただし、先程まで来ていた私服姿ではなく、薄緑のロングドレスを身に纏い、セミロングの髪はアップに纏められている。

 

 どこか良家の令嬢めいた、楚々とした印象が出ている。とても、ロケット砲片手にゲリラをやっている少女には見えない。

 

 人間、変わればここまで変わるものなのか、と言う実物大見本がそこにいた。

 

 思わず呆けたまま、口が開く。

 

「女の子・・・・・・」

 

 そのキラの一言に、カガリの導火線に火が着いた。

 

「てっめえ!!」

 

 それで一転、先程までの清楚な雰囲気をかなぐり捨てて素に戻るカガリに、キラは慌てて手を振る。

 

「いや、『だったんだよね』って言おうとしたんだよ」

「同じだろうが!!」

 

 確かにそうだ。

 

 苦笑するキラの視界に、更にもう1人の少女が入ってくるのが見えた。

 

 カガリよりも更に小柄なその少女は、またカガリとは違った意味で普段とは一転した印象を与えてくる。

 

 エストが着ているのは漆黒のゴシックロリータ調のドレスだが、丈はやや短く、バレリーナの衣装のように、周囲に大きく広がる構造をしている。長い髪は1本に纏められ、頭の上には赤いリボンが着けられ、手袋も黒になっていた。黒でほぼ統一したせいで、元々白い肌の色が、余計に強調される仕様となっている。

 

 エスト本人も、着慣れない服を着ているせいか、少し戸惑い気味に自分の格好を見ている。

 

 そんな彼女に、キラは笑いかける。

 

「可愛いよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その一言にエストは、ハッとしてキラを見て、次いで不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

 そんな子供達の様子を、バルトフェルドとアイシャは可笑しそうに笑って眺めていた。

 

 役者は揃ったと言うことで、取りあえずお茶会は再開となった。

 

 バルトフェルドが淹れ直したコーヒーに口をつけるカガリとエストは、2人とも何でもないといった風に飲み干していく。

 

 ためしにキラも、再度チャレンジしてみると、なるほど、先程に比べれば飲み易くなってはいる。僅かではあるが。もっとも、さっきの強烈な一撃を先に喰らっていなければ、これも飲む事が出来なかっただろうが。

 

 取りあえず、お茶請けのお菓子をかじりながら、話に耳を傾けることにした。

 

「さっきまでの服も良いけど、ドレスもよく似合うね。特に、そっちの金髪の彼女、まるで、そう言う服に着慣れているみたいだ」

 

 からかうような口調で少女達を褒め称えるバルトフェルド。それに対してカガリは、不機嫌そうにコーヒーを口に運ぶ。

 

「勝手に言ってろ」

「喋らなければ完璧」

 

 そんなカガリの様子に、バルトフェルドはまったく堪えた様子が無く喋り続ける。

 

 一方でエストは、黙々と菓子を頬張り続けている。どうやら気に入ったようだ。

 

 そんなバルトフェルドの態度に辟易したのか、今度はカガリの方から口を開いた。

 

「人にこんな服を着せて、一体どういう心算なんだ? そもそも、お前は本当に《砂漠の虎》か? それとも、これも毎度のお遊びのひとつか?」

 

 そんなカガリの切り返しに、バルトフェルドは首をかしげて見せながらも、面白そうに受ける。

 

「服を選んだのはアイシャだし・・・『毎度のお遊び』とは?」

「変装して街をフラフラしてみたり、住民だけ逃がして街を焼いてみたり、て事だよ」

 

 その一言に、思わずキラとエストは緊張が走るのを止められなかった。キラは辛うじて腰が浮くのを押さえ、エストは菓子を頬張る手を止める。

 

 不用意にも程があるカガリの一言。先日の戦闘の件で頭に血が上っているとは言え、ここが何処なのか、そして自分達が何なのか考えて欲しい。自分達は今、文字通り丸腰で、敵地のど真ん中にいるのだ。

 

 対してバルトフェルドは、笑みを絶やさず、それでいて僅かに目を細めながら口を開く。

 

「君、良い目だねえ」

 

 その声を聞きながら、キラは自分の背筋に冷たいものが奔るのを感じる。まるで、本物の虎を相手にしているかのような緊張感があった。

 

 エストも同様らしく、いつでも動けるような体勢に入っているのがわかった。

 

「実に良い目だ」

「ふざけるな!!」

 

 はぐらかすようなバルトフェルドの言葉に、カガリはとうとう激高する。

 

 そんなカガリを押さえようと、傍らのキラが腕を掴む。

 

 そして、気付く。

 

 バルトフェルドの瞳が、先程とはうって変わって、冷たい光を放っている事を。

 

「・・・・・・君も、『死んだ方がマシ』なくちかな?」

「ッ!?」

 

 もはや是非もなかった。

 

 鍛え抜かれたテロリストとしての勘が告げている。既に自分達の正体は、目の前の男に悟られている。ならば、これ以上の韜晦は却って危険。これ以上状況が悪化する前に、先制攻撃を仕掛けるしかない。

 

 キラがバルトフェルドに飛びかかろうと腰を浮かせた。

 

 その瞬間、

 

 キラでさえ知覚出来ない速度で動いたバルトフェルドの右手には、いつの間に抜いたのか、大型の拳銃が握られていた。

 

 銃口は真っ直ぐにキラの額にポイントし、動きを封じている。これでは動くことができない。

 

 カガリが息を飲み、エストは浮かしかけた腰を中途で止めている。

 

「やめたほうが良い。暴れて、ここから無事に脱出できる保障は、僕にもできないよ」

「クッ」

「そっちの彼女も、動かないほうが良い」

 

 何らかの反撃手段を講じていたらしいエストも、身を強張らせて動きを止める。カガリもまた、状況の急転に着いて行けずに目を見開いている。

 

 一方でキラは、如何にしてこの状況を逆転するか考えている。

 

 目の前の銃を奪うか? いや、それよりもバルトフェルドを人質にしたほうが得策かもしれない。いずれにしてもここはザフトの基地。ここにいる兵士全てがコーディネイターである以上、脱出は容易ではない。キラとエストならば何とか脱出もできるだろうが、カガリは難しい。

 

 そんな事を考えていると、真っ直ぐに視線をキラに向けたバルトフェルドが口を開いた。

 

「君に聞きたい事がある」

「・・・・・・何ですか?」

 

 この状況で何を聴きたいのか知らないが、少しでも相手の気を逸らせるなら越したことは無い為、キラは身を強張らせながら会話に応じる。

 

 バルトフェルドの口から出た質問は、意外なものだった。

 

「どうすれば、戦争は終わると思う?」

「・・・・・・・・・・・・」

「モビルスーツのパイロットとしては?」

「お前、なぜそれを!?」

 

 驚くキラの代わりに、カガリが思わず口を開いていた。

 

 途端に、バルトフェルドは笑い出した。

 

「おいおい、正直すぎるのも考え物だぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、内心で舌打ちする。カマを掛けられたのだ。それにカガリは、まんまと乗せられてしまったことになる。

 

 完全に相手のペースに呑まれていた。こちらは3人もいるのに、目の前の男1人を相手に圧倒されているのだ。

 

 笑いながら、バルトフェルドは先ほどの話題を続ける。

 

「戦争には制限時間も得点も無い。スポーツやゲームのようにね。なら、どうやって勝ち負けを決める? どこで終わりにすれば良い?」

 

 額に込められた圧力が、少し強まったような気がした。

 

「敵である者を、全て滅ぼして、かね?」

 

 その質問に、キラも、エストも、カガリも答える術を持たない。

 

 互いに口を開かず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 やがて、室内を満たしていた空気がフッと和らいだ。

 

 同時に、キラの額に向けられていた銃口がどけられる。

 

「やっぱり、どちらかが滅びなければならないのかな? なあ、ヴァイオレット・フォックス君」

「えっ!?」

 

 なぜ、一般には知られていない筈のキラの異名を知っているのか?

 

 と、そこで思い出す。

 

 先程のカフェで襲撃を受けたとき、エストが自分を異名で呼んでいた事を。どうやら、それを聞かれてしまったらしい。

 

「噂に聞く凶悪テロリストが君のような少年だとは驚きだ。けど、そんな君でも、この問いには答を出せないか」

 

 そう言って、バルトフェルドはキラ達に背を向けた。

 

「まあ、今日の君は命の恩人だし、ここは戦場じゃない」

 

 そのまま背を向けて、窓際まで歩いていくと、振り返らずに言った。

 

「帰りたまえ。話せて楽しかったよ。良かったかどうかは知らないがね」

 

 先程まで感じられた殺気は、一切感じられない。ただ泰然としたまま外を眺めるバルトフェルドの背中に、それ以上掛ける言葉が見付からず、そのまま立ち上がる。

 

 だが、最後にキラが部屋を出ようとした直前、

 

「また、戦場でな」

 

 そう掛けられた声には、どこか寂しさのような物を感じたのは、キラの錯覚だったのだろうか?

 

 部屋を出ると、アイシャが待っていた。その手には、綺麗にたたまれたカガリとエストの服を持っている。どうやらお茶会が終わるのを見越して待っていたようだ。

 

「あなたたちの服、返すわね。それと、これ」

 

 そう言って差し出したのは、エストの拳銃だった。調べてみれば、何か細工をした形跡は無い。ただ、弾丸は抜かれていた。

 

「あ、じゃあ、ドレス」

 

 慌てるカガリを、微笑みながらアイシャは制する。

 

「良いの、あなた達にあげるわ」

「でも、」

「本当に良いの。私よりも似合う人がいる服なんて、もういらないから」

 

 そう告げるアイシャの声も、どこか寂しげである。

 

「さあ、お行きなさい。他の人は、まだあなた達の事を知らないわ」

 

 急きたてるように、アイシャが背中を押してくる。

 

 その声に促されるまま、3人は背を向けて歩き出す。

 

 ホテルの館外に出て、敷地を横断する間、不審げなザフト兵達の視線が気になったが、外見上は平静を装ったまま外を目指す。

 

 やがて、門の所まで来ると、一台のバギーが停まっているのが見えた。

 

「カガリ!!」

「みんな、大丈夫か?」

 

 バギーから降りてくる、キサカとユウキの姿があった。どうやら、ずっと3人を探していたらしい。

 

 2人とも、カガリとエストの格好に驚いていたが、とにかく無事な姿を見れて安堵しているようだった。

 

 ようやく味方と合流できて、緊張から息を吐く。

 

 そこでふと、キラはもう一度だけ、敷地の方に振り返った。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。砂漠の虎。色々な意味で印象深い相手だった。

 

 次に会う時は、彼が言った通り戦場。それも、決戦の場となるだろう。それはすなわち、どちらかが命を落とす事を意味している。

 

 彼の人となりを知り、言葉を交わし、

 

 それで果たして、戦う事ができるだろうか?

 

 今のキラには、判らなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-13「虎の街」   終わり

 

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