機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-15「空に、海に」

 固定された機体のコックピットに座り、アスランは先日の事を思い出している

 

 ようやくの非番の際に、久しぶりにラクスの家に言った時の事だ。

 

 そこに、ニコルがいた事には驚いた。

 

 プラントでは名前の知れた天才少年ピアニスト。その人気は、ラクス・クラインと二分するほどである。アスランとはラクスを介して知り合い、それ以後友好が続いている。

 

 久しぶりに婚約者や友人と語らう事ができ、楽しい時を過ごせた事で、戦場での殺伐さを忘れる事ができた。

 

 そんな中で、ラクスが地球軍に捕らわれていた時の話になった。

 

 彼女を助けてくれたのは2人。そのうちの1人は、アスランの旧友である。

 

「キラ・・・・・・」

 

 今は地球軍のパイロットをしている、かつての親友。

 

 彼がなぜ、地球軍に協力しているのか、今のアスランには判らない。

 

 だが、今度立ちふさがるなら、アスランとしても手加減する訳にはいかない。

 

《ジブラルタルサービス、晴れ。気温12、湿度45》

 

 ジブラルタルの気象情報が伝わって来る。

 

 これからアスランは、地球へと降りる。

 

 間もなく地球軍との最後の決戦が始まる。その為にザフト軍は、本土防衛軍を除く全部隊が集結しており、アスランもそこに加わる事になる。

 

 別の降下ポッドでは、イザークとディアッカも降下の準備に入っている。

 

 先に地上に降りているライアも、既にジブラルタルへ到着しているとの事であるので、久々にクルーゼ隊の面々が集う事になる。

 

 戦いはいよいよ、佳境に入りつつある。

 

 現在、ザフト軍が計画中の「オペレーション・スピットブレイク」は、ウロボロス作戦の総仕上げであり、地球軍が保有する最後のマスドライバー基地パナマを攻略すべく、最高評議会は可決を急いでいる。

 

 そして、その議決は9割方、作戦決行で固まりつつあった。

 

 現プラント最高評議会議長、シーゲル・クライン。ラクスの父でもある壮年の男性は温厚な性格で知られ、作戦決行にも慎重論を主張している。シーゲルとしては、決戦を急ぐ事によって必要以上に連合を刺激してしまう事を懸念しているのだろう。

 

 しかし今一方の勢力である強硬派は、そんなシーゲルの態度を「弱腰」と断じ、あくまで作戦決行を目指していた。

 

 無理も無い、とアスランは思う。

 

 今、慎重論を展開した所で、プラントは得る物よりも失う物の方が大きい。地球連合宇宙軍は尚も強大な勢力を誇っており油断ならない相手だ。そこにマスドライバーが生き残っていては、地球にある無尽蔵の物資を、いつでも月基地に送れると言う事を意味する。

 

 講和のテーブルに着くのは、地球軍が宇宙での作戦行動力を失ってからでなくてはならない。最低限そうでなくては、プラントの安全は保障できなかった。

 

 だが、アスランにとって頭の痛い事は、他にあった。

 

 強硬派、すなわちシーゲルの政策に反対している者達の筆頭は、現国防委員長にして彼の父、パトリック・ザラである。つまり、自分の父親と婚約者であるラクスの父親が政敵として争っている事になる。

 

 窓からは、同様に降下準備に入るポッドが見える。

 

 間もなく、最高評議会議長選出選挙がある。恐らく父も出馬するだろう。現在、強硬派は勢いがある。政治に疎いアスランにも父の優勢は目に見えていた。

 

 オペレーション・スピットブレイクが成功すれば、確かに地球軍は大打撃を受け、地球に閉じ込められる。

 

 だが、それで本当に戦争は終わるのか?

 

 もし、それで終わらなかったら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 損傷の激しい機体を見上げながら、コジロー・マードック軍曹は盛大にため息をついた。

 

「こいつはダメだな」

「ダメ、ですか?」

 

 キラも途方に暮れた感じで、自分の機体を見上げる。

 

 先日の戦いでアンドリュー・バルトフェルドと戦ったキラのシルフィードは、機体の内外が激しく損傷し、徹底的な整備が必要となっている。

 

 もっとも、キラとマードックが気に病んでいるのは、機体その物ではない。少々時間はかかるが、機体の方は完璧な整備が艦内でもできる。

 

 問題は、武装だった。

 

 目の前には、シルフィード本体から取り外した高周波振動ブレードがある。

 

 ラゴゥの一撃によって半ばから断ち折られた刀身は、内部のシステムがむき出しになっている。

 

「こいつの刀身の外殻にはレアメタルが使われてるんだがよ、こいつは希少価値が高い上に精製も困難と来た」

「つまり、材料が手に入り難い上に、手に入ったとしても、この艦の中じゃ修復は出来ないって事ですか」

「まあな」

 

 困った。主武装である高周波振動ブレードが使えないとなると、シルフィードの戦力は大幅に低下してしまう。

 

 ここから、目的地であるアラスカはまだ遠い。正直、今からこれでは先が思いやられる。

 

「どうにもなんねえよ。他に手を打つしかねえ」

「他ですか・・・・・・何かあります?」

「まあな、こいつを見ろ」

 

 そう言うと、マードックは携帯端末を操作してキラに見せる。

 

 そこには、一振りの剣が映っている。ストライクのシュベルトゲベールに似ているが、向こうはレーザー仕様の刃であるのに対してこちらは実体剣だ。柄の部分が折り畳める構造になっており、収納性にも考慮されている。

 

「こいつは元々、ストライク用に作られた剣だ。見ての通りデカすぎるってんで、お蔵入りになったんだが、物のついでって事で積み込まれたんだ。こいつをシルフィード用に改良して使ってみようと思ってる」

 

 その剣は片刃で構成され、大振りなペーパーナイフのようにも見える。

 

 もう一度、振動ブレードを見上げる。

 

 今までキラの戦いを支えてきた剣。だが、それも折れてしまった。これからのキラには、新たな剣を使いこなす技量が求められるのだった。

 

 

 

 

 

 視界が開けると、一面に青い海原が広がっていた。

 

 それまで全身を包んでいたうだるような暑さは消え、吹き抜ける涼しい風によって、心も体も癒されていくようだ。

 

「うわ、気持ち良い!!」

「地球の海って、すげぇ久しぶりだな」

 

 早速甲板に出た子供達が、はしゃぎまわっている。

 

 砂漠を出たアークエンジェルは、太平洋回りでアラスカ地球連合軍本部を目指すべく、今は紅海を進んでいる。

 

 先日までの砂漠での生活から一転、心地よい海風が甲板を撫でて行く。

 

 そんな中で、エスト・リーランドもまた甲板に出ていた。

 

 長い黒髪を、風が靡かせる。

 

 アフリカを出たとはいえ、ここはまだ赤道近く。暑さは鬱陶しいくらいだが、それでも先日に比べれば吹き抜ける海風がある分、季節が夏から春へ逆転したと思えるくらいだ。

 

 甲板の反対側では、ミリアリアとトールが、何やらカズィをからかっているのが見える。どうやら、海が珍しいらしい。

 

 手すりに寄り掛り、眼下を見下ろす。

 

 そんなに珍しい物なのか、と首をかしげたくなる。エストに言わせれば、海など単なる塩水の溜まりでしかない。気にする事と言えばせいぜい、この逃げ場の無い海上で敵の襲撃を受けた場合をシュミレートする事くらいだろう。

 

 だが、そんな海面から、エストは目を放せない。

 

 別に、海を見ているわけではない。

 

 思い出されるのは、あの砂漠に倒れた男の事だ。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。

 

 彼はキラと戦い。そして、死んだ。

 

 彼は、満足して死ねたのだろうか?

 

 おかしな事もある物だ。

 

 これまでのエストならば、敵が死んだとしても、否、たとえ味方が死んだとしても、こんな事を考える事など無かった筈だ。

 

 いったい、自分はどうしてしまったと言うのか?

 

 おかしくなったのは自分なのか? それとも、周りがおかしいから自分もそれに染まったのか?

 

 溜息をつく。

 

 こんな事で悩む事自体、自分がどうかしてしまった証拠に思えてならなかった。

 

 と、背後に人の気配がして振り返った。

 

「どうしたの、こんな所で?」

 

 振り返ると、リリア・クラウディスが、怪訝そうな顔で立っていた。

 

 先日の戦いで味方の勝利に貢献した、このパイロット兼整備士見習いの少女は、流石に暑いのか、作業用のつなぎの上半分を肌蹴た状態で着ている。

 

 上に着ているのはTシャツ1枚のみなのだが、こうして見ると、なかなかに大きく育った胸が強調されている。

 

「クラウディス二等兵、何か用ですか?」

「ん、別に」

 

 そう言うと、リリアはエストの横に背中を預けて寄り掛る。

 

「たださ、」

「ただ?」

 

 リリアは真っ直ぐにエストを見て、優しく言う。

 

「何だか、エストが寂しそうにしていたから」

 

 その言葉を聞いた途端、エストは思わず不思議な物を見るような目をリリアに向けた。

 

 寂しそう?

 

 自分が?

 

 まさか、と思う。兵器として調節された自分に、そんな意味の無い感情が生まれるとは到底思えなかった。

 

 しかし、

 

 バルトフェルドの、あの強烈過ぎた個性を思い出すたびに、これまでに無い感情が掠めるのを感じるのは確かだった。

 

 この感情はいったい何なのか? もしかしたら、これがリリアの言う「寂しい」という感情なのだろうか?

 

 スッと、目を伏せる。

 

 自分は本当に、寂しいと思っているのか? あの、砂漠の虎が死んだ事に対して?

 

 そこまで考えた時、不意に頭を引っ張られた。

 

「あ・・・・・・」

 

 気付いた時には、リリアの胸に抱かれていた。

 

「・・・・・・何を?」

「エストが何を思っているのか、あたしには判らない。けどさ、寂しい時は、頼ってくれても良いんだよ。あたし達は仲間じゃん」

 

 仲間。と言う言葉に、妙な新鮮さをエストは感じる。これまでのエストにとって、仲間とは単に一緒に仕事をする人間の事を定義していた。しかし今、リリアが言った「仲間」とは、それとは違う気がした。

 

 リリアの手が、優しくエストの頭を撫でる。

 

 その仕草が、妙に心地よく感じられた。

 

 だが、そんな優しい時間も、唐突に終わりを告げた。

 

「・・・・・・・・・・・・お前等、何やってるんだ?」

 

 呆れを滲ませた声に、思わずリリアはエストを抱いたまま振り返る。

 

 そこには、野戦服姿のカガリ・ユラが立っていた。

 

 出港前の事だ。カガリは半ば強引に「自分も連れて行け」などと言い出したのだ。初めは難色を示したマリュー達だったが、強引な態度のカガリに辟易し、ついには乗艦を許可した。

 

 護衛役だったキサカとユウキの2人も同行者として乗り込んでいる。

 

 いったい彼女達が何を目論んで船に乗り込んで来たのか。真偽のほどは定かではなかったが、とにもかくにも、アークエンジェルには奇妙な同乗者が増える結果となった。

 

「お前等2人とも、整備長が呼んでたぞ。ストライクの点検は終わったのか、だってさ」

「あ、いっけない。そう言えばまだだった」

「・・・・・・それを先に言ってください」

 

 今まで自分をハグしていた少女を見上げ、エストは冷やかな視線を送る。こんな事をしている場合ではないだろう、と。

 

 格納庫に向かおうとするエスト。

 

 その手を、リリアが強引に掴んだ。

 

「ほら、急ご!!」

 

 そう言うと、弾かれたように走りだす。

 

 自然、エストの足も遅れないように速くなった。

 

 

 

 

 

 

「あいつを追わせてください、隊長!!」

 

 先に降りていたラウ・ル・クルーゼに会うなり、開口一番でイザーク・ジュールが言ったのは、その言葉だった。

 

 周りにはディアッカ・エルスマンやライア・ハーネット、そして本日の最終便で地球に降下してきたアスランの姿もあった。

 

 ジブラルタルは現在、決戦に向けて兵力と物資の集中を行っており、そこら中がごったがえしている。何も無ければ、数日中にはアスラン達も出撃する事になる。現状で、質的にザフト軍最強部隊であるクルーゼ隊は、最前線で戦う事を求められているのだ。

 

 しかし、そんな中でイザークは、クルーゼに出撃許可を求めている。

 

 顔に斜めに入った傷は、痛々しさと共に猛々しさを醸し出しており、一種、切れ味の鋭いナイフのような雰囲気になっていた。

 

 何の事を言っているのかは判っている。「足付き」の事だろう。あの艦も地球に降りている事は知っている。イザークはそれを追わせてくれと言っているのだ。

 

「あの艦の追撃には、既にカーペンタリアからモラシム隊が出撃しているし、その増援としてラオス隊も合流しているのだが・・・・・・」

「我々の仕事です!! 隊長、あいつは我々の手で!!」

 

 クルーゼの言い掛けた言葉を、イザークは被せるようにして遮った。

 

 その時、それまでソファーに座っていた少女が顔を上げた。

 

「あたしからもお願いします、隊長。足付きを追わせてください」

「ライア?」

 

 アスランは驚いた。この年下の少女が、こんな積極策を進言するとは思わなかったのだ。

 

「いろいろあったのよ、あたしも」

 

 低く抑えられた言葉からは、アークエンジェルに対する恨みのような物が見て取れる気がした。

 

 砂漠での戦いの事は、アスランも聞いている。バルトフェルド隊の一員として参加したライアだが、結局部隊は全滅。隊長も戦死すると言う大敗を喫した。雪辱と言う意味では、この中の誰よりも強いのかもしれない。

 

 クルーゼは仮面の奥で思案するとやがて、イザークとライアを交互に眺めてから顔を上げた。

 

「そこまで言うのなら、いっその事、君達だけでやってみるか?」

 

 その言葉に、誰もが言葉を失った。

 

 自分達だけ、などとクルーゼは簡単に言うが、それはすなわち自分達だけで部隊を編成して見ないかと言っているのだ。ザフト軍では1つの責任を持つ事を意味している。連合軍なら1個師団を任されるにも等しいのだ。

 

 加えてモビルスーツ隊の隊長と言えば、ザフト軍人なら誰もが憧れる花形ポストだ。モビルスーツのパイロットをしている人間なら、皆が隊長になることを夢見ていると言っても過言ではない。

 

 4人は期せずして息を呑むのを互いに感じ、クルーゼの言葉を待った。

 

「私はスピットブレイクの準備で忙しいが、カーペンタリアで母艦を受領できるように手配しておこう。君達4人で1個部隊を組んで、『足付き』追撃の任に着きたまえ。指揮は・・・・・・そうだな、アスラン、君が取りたまえ」

「え、私が、ですか?」

 

 アスランは戸惑いの声を上げた。隊長が必要なのは確かだが、まさか自分が指名されるとは思っていなかった。言いだしたのはイザークなのだから、当然、イザークが指名されると思っていたのだ。

 

 当のイザークもそのつもりだったのだろう。その言葉を受けて、明らかに快く思っていない様が見て取れる。忌々しさを感じさせる瞳でアスランを睨みつけて来る。

 

 見れば、ディアッカもあからさまでないにしろ、不満がある様子でアスランを睨んでいる。好意的なのはライアくらいではないだろうか。

 

 もっとも、それが隊長の命令である以上、イザークもディアッカも逆らう心算は無いようだ。

 

「色々と因縁のある艦だ。難しいだろうが、君に期待する。アスラン」

 

 クルーゼは、アスランがシルフィードのパイロットと縁がある事を知っている。その事を言っているのだ。そうまで言われたのなら、断る事も出来ない。

 

「判りました。お引き受けします」

 

 そう言って頭を下げるアスランに、イザークとディアッカは鼻を鳴らす。

 

「『ザラ隊』ね」

「ま、お手並み拝見だな」

 

 そう吐き捨てて出て行く2人。

 

 それを見送った後、クルーゼはアスランに向き直った。

 

「アスラン、判っているだろうな」

「はい・・・・・・」

 

 判っている。クルーゼが何が言いたいか。

 

「なら良い。シルフィード、撃たねば、次に撃たれるのは君かもしれないぞ」

 

 その言葉が、アスランの胸に深く突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球の面積の7割は海で占められている。よって、地上における輸送手段で最も効率が良いのは海上輸送であるのは、旧世紀からC・Eの今に至るまで変わる事は無い。

 

 ボズゴロフ級潜水空母は、開戦初期からザフト軍が海洋戦線に投入した大型潜水母艦である。

 

 その性能は、機動力、輸送力、打撃力、全てにおいて既存の連合軍潜水艦を凌駕しており、数的劣勢のザフト軍の戦線を支える一翼を担っている。

 

 潜水空母は、海中に身を隠しながら、獲物の存在をその至近距離に捕捉していた。

 

 艦長席に腰を下ろした男は、豊かな口ひげをたくわえ、いかにも海の男然とした、日焼けした肌をしている。鋭さを持つ瞳は、モニターに映し出された白亜の巨艦を真っ直ぐに見詰めている。

 

「成程、情報通りだな」

 

 マルコ・モラシムは、低い声で呟いた。

 

 ザフト海軍のエースと呼ばれるこの男は、開戦初期におけるカサブランカ沖海戦において、地球連合軍の洋上艦隊を相手に一方的な大勝利を演出し、「紅海の鯱」と言う異名で呼ばれている。

 

 アフリカを脱出したアークエンジェルを追撃する為に、モラシムは自分の隊を率いてこの場所に網を張っていたのだ。

 

 ザフト軍きっての海中戦の名手は、神業的な読みで大天使をその網に捕えていた。

 

 そして、潜水艦に同乗しているのはモラシム隊だけでは無かった。

 

「さっすが。相変わらず、執念はたいしたもんだな」

 

 クライブ・ラオスは、仲間からも獰猛と呼ばれるその目を細めてモラシムに笑って見せた。

 

 低軌道会戦においてキラのシルフィードを取り逃がしたクライブは、クルーゼ隊の撤収に便乗していちどプラント本国に戻り、そこで部隊を再編成した後、オペレーション・スピットブレイクに参加する部隊に便乗して、大洋州連合北部に設けられたザフト地上軍本部カーペンタリア基地へと降り立ったのだ。

 

 本当はバルトフェルド隊の戦闘に参加する予定だったのだが、受領予定の潜水艦が地球連合軍の攻撃によって撃沈された為に移動ができず、こうして「足付き」追撃任務についたモラシム隊に同乗してやって来たわけである。

 

「お前がどうしてもと言うから同乗を許したが、お前は海の戦いでは素人だ。せいぜい足を引っ張るなよ」

 

 鋭い視線をクライブへと送って来る。

 

 対してクライブは、口の端を釣り上げて、ヘラヘラと笑って見せた。

 

「へいへい、判ってるよ。あんたはせいぜいがんばんな。でないと、また差を付けられちまうぜ」

 

 そう言って手を振って見せるクライブに対し、モラシムはいら立つように顔を顰めるが、それ以上は何も言わずに部屋を出て行った。

 

 その足音を聞きながら、クライブはやれやれとばかりに肩をすくめた。

 

「肩肘張っちゃってまあ。大変だねぇ、ライバルが大物だと」

 

 クライブの言葉は、モラシムの心情を揶揄したものである。

 

 モラシムがクルーゼに対してライバル意識を抱いている事は知っていた。クルーゼはザフトきっての名将だが、モラシムもまたザフト海軍の名将として名を馳せている。両者に差は無いように見える。

 

 しかし、片やパトリック・ザラ国防委員長に憶えめでたく、大作戦の総指揮官に任命され、片やその配下に組み込まれる事が確定している。と、立場に明確な差が出始めている。

 

 モラシムは焦っているのだ。ここで大きな戦功を立てないと、これからのザフト軍で立場を失いかねない。だが、クルーゼ隊が取り逃がし、バルトフェルド隊を壊滅に追いやった「足付き」を撃沈できれば、この上ない大戦果となる。だからこそ、「足付き」は自分のテリトリーにいるうちに沈めてしまおうと考えているのだ。

 

 その時、扉が開いて2人の男が部屋の中に入って来た。

 

 その容姿は、かなり個性的と言える。

 

 1人は燃えるような赤い髪をドレッド風に纏めており、もう1人は年若い背恰好をした、痩せ形の男だ。

 

 それぞれ特徴も出で立ちも異なる2人だが、共通点として、人を食ったような笑みを顔に張り付かせている、と言う事がある。

 

「隊長、機体の準備できたっすよ」

「いつでも出撃できますぜ」

「ああ、ご苦労さん」

 

 2人はクライブの前にそれぞれ腰掛けた。

 

「調子はどうだ、お前等?」

「もう、バッチリっすよ。まあ、地球の重力って奴のせいで、足の裏がムズムズする気がしますがね」

 

 赤髪の男はジュート・ランディット、優男の方はハリソン・グラムシェルと言った。2人は、元々ラオス隊に所属していたパイロットであり、クライブが特に目を掛けていたパイロットであり、長くラオス隊の一員として戦ってきた間柄だ。

 

 常に前線で戦って来たラオス隊は、人員の入れ替わりが激しい。そんな中で長く生き残っているのだから、2人がパイロットとしていかに優秀であるかが窺える。

 

「しかし隊長、本当にいいんですか? あんな奴に先陣任せちまって」

 

 ハリソンが、モラシムが出ていった扉を睨みつけて言う。

 

「俺も同感ですね。あんな奴等に頼らんでも、俺達だけでもやれるっしょ」

 

 血気逸る部下2人。彼等としては、モラシムに自分達の狙っている得物を「横取り」される事を懸念しているのだ。

 

 そんな2人の言葉に対して、クライブは肉食獣のような顔に満足げな笑みを浮かべる。

 

「まあ、そう吠えるなって。心配しなくても、たかだか水の中ではしゃいでいる程度の魚に、狐は狩れねえよ」

 

 それを聞いた瞬間、ジュートとハリソンは、上官の意図を理解してそれぞれに笑みを浮かべた。

 

「強い獲物は、噛ませ犬をぶつけて弱らせねえとな。あのオッサンにはその役割をきっちりとやってもらうさ。それ以上の事は期待しちゃいねえさ」

 

 そう言うと、ソファに頭を預ける。

 

 そう、相手があのキラなら、モラシム如きが敵う筈が無い。だが、モラシムもザフトでは名の知れた戦士なら、ある程度の手傷を負わせる事くらいは期待しても良いだろう。そうして弱った相手の背中から撃てば、楽に勝つ事ができる。逆にモラシムが勝つならそれも良し。余計な手間が省けずに煩い敵が消えてくれる事になる。どちらに転んでもクライブに損は無かった。

 

 

 

 

 

「確かに赤道連合はまだ中立のはずだが・・・・・・」

 

 言いながら、キサカは振り返る。

 

 カガリと共に艦に乗り込んで来たこの巨漢は、そのゴツイ見た目とは裏腹に、理知的で落ち着いた雰囲気を持ってブリッジクルーの中に溶け込んでいた。

 

「呆れたものだな、地球軍も。自力でアラスカまで来いと言っておいて、補給もよこさないとは」

 

 痛い所を突かれ、マリューは苦笑せざるを得なかった。

 

 補給に関してはバナディーヤで積み込んだ分があるので当面の心配は無いが、それでもアークエンジェルが敵の勢力圏で孤立している事には変わりが無い。

 

 地球軍にとってアークエンジェル、そしてシルフィードとストライクは、今後の戦局を占う大事な切り札である。無事にアラスカに送り届けなくてはならない。せめて僅かなりとも救援を差し向けてくれても良いのではと思う。

 

 地球軍本部は、自分達をさほど重要視していないのではないのだろうか?

 

 そんな風にさえ思ってしまう。

 

「極力、戦闘を避ける必要があるだろう」

 

 キサカは海図を見ながら続ける。

 

「だが、海のど真ん中を行くと言うのは厳しいぞ。いざという時に逃げ込める場所が無い」

「な~に、ザフトは領土拡大戦争をやってるわけじゃないんだ。見つかり難い分、海上の方がまだ安全だよ」

 

 そう言って気楽に肩を竦めたのはムウだった。

 

 ムウの言うとおり、領土の拡大が目的では無いザフト軍は、戦に着全てに兵を配備している訳ではない。加えてザフトには寡兵と言う弱みもある。そこを突けば、極力戦闘を回避する事も難しくないはずだった。

 

「ま、あとは運だな」

 

 そう言って肩を竦めるムウ。

 

 その仕草にはマリューのみならず、キサカも苦笑を浮かべた。

 

 確かにアークエンジェルはこれまで、多くの危機に直面し、その度にそれを乗り越えて来た。

 

 願わくば、その運がこれからも続いてほしい物である。

 

 その願いが泡沫よりも儚い物であるとマリューが思い知るのは、それから僅か10分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦内に走った警報。

 

 同時に、足元が持ち上がるような浮遊感に艦内が蹴とばされる。

 

 敵の攻撃、その第一波が魚雷によって行われたのを、アークエンジェルは離水上昇する事で回避したのだ。

 

 だが、攻撃はそこで終わらない。

 

「れ、レーダーに反応!!」

 

 観測席に座るカズイの上ずった声。そこへ、更に覆いかぶせるように声がブリッジに響く。

 

「未確認機、急速接近!! 撹乱酷く確認は取れませんが、民間機ではありません!!」

 

 センサーに目を凝らしていたパルから緊張に満ちた叫び。それが、緊迫した事態を告げている。

 

「総員、第二戦闘配備!!」

 

 上空からは、ザフト軍の主力空専用モビルスーツ ディンが迫っていた。引き絞ったようなスリムなボディに、4枚の薄い羽根が特徴の機体。一見すると頼りないようにも見えるが、開戦初期からザフトの空を守り続けている名機である。

 

 更に、攻撃は空だけではない。

 

「水中に反応!! 数は3、いや、4!!」

「ザフト軍、水中用モビルスーツ グーンです!!」

 

 こちらは水中での機動性を重視しており、ずんぐりとしたマンタのような外観をしているが、それだけに、水中戦では驚くべき機動性を発揮する。

 

 海と空からの同時攻撃。

 

 これに対処すべく、アークエンジェル側も迎撃を開始していた。

 

 ゴットフリート、バリアント、イーゲルシュテルンが起動、後部ミサイル発射管にはヘルダートが装填される。

 

 更に、格納庫では各機動兵器が出撃準備を整えていた。

 

 3機のスカイグラスパー。そして、シルフィードとストライク。

 

 このうち、ストライクは水中用モビルスーツへの対処の為、甲板上で迎撃戦を展開。シルフィードとスカイグラスパーが直俺として出る事になったのだが、スカイグラスパーのパイロットとして期待できるのはムウのみであり、残り2機のスカイグラスパーは待機と言う事になった。

 

 

 

 

 

 機体が射出されると同時に、キラはスラスターを目いっぱい吹かせる。

 

 今回の戦闘は海上戦となる。今までのように足場がある訳ではないので、落下はすなわち海へ落ちる事を意味していた。

 

 速度を上げるシルフィード。既にセンサーは、接近する3機のディンを捉えていた。

 

 望む所である。元々シルフィードは、ディンに対抗する為に開発された機体だ。まさに好敵手と言える。

 

 キラはマニピュレーターを操作し、腰部に追加されたハードポイントから、一振りの剣を抜きだした。

 

 長い。その刀身はモビルスーツの全長すら上回っている。

 

 グランドスラムと名付けられたこの剣は、元々はストライクの追加装備として開発されたのだが、対艦刀には、より汎用性の高いシュベルトゲベールが採用された為、お蔵入りとなったのである。

 

 失った高周波振動ブレードの代わりに、マードックが引っ張り出して来たのがこの巨大な剣である。実体剣なので、エネルギーの消費も少ない。規約により7割のバッテリーでの出撃を余儀なくされているシルフィードにはうってつけと言えた。ただ、この剣の搭載に合わせて、シールドも小型の物に代えている。グランドスラムは両手用の剣なので、従来型の大型シールドでは、取り回しにくいのだ。

 

 剣を腰に構えるようにして、シルフィードは突撃する。

 

 迫るディンは、両手に持った実弾ライフルを放ってくる。

 

 しかし、遅い。

 

 キラは機体を上昇させるようにして攻撃を回避。同時に急降下してグランドスラムを振り下ろす。

 

 その一撃だけで、ディンの機体は真っ二つに切り裂かれた。

 

 その切れ味に驚く。鋼鉄製のモビルスーツが、バターよりも簡単に切れた。

 

「行ける!!」

 

 呟きながら、尚も向かってくる敵機に視線を向ける。

 

 そこへ切り込みを掛けるシルフィード。

 

 2機のディンが慌てたようにライフルを放ってくるが、今のキラにはその動きすら止まって見えるようだった。

 

 

 

 

 

 グーンは時折、海面から顔を出しては、フォノンメーザー砲を放ってくる。

 

 このフォノンメーザー砲は、超音波に指向性を持たせた、所謂、音のレーザー砲であり、本来なら水中でこそ威力を発揮する武器なのだが、威力の減殺を無視すれば、こうして大気中でも使う事のできる。

 

 これに対してアークエンジェルは、翻弄されるがままになっている。

 

 水中や下方に対する有効な武器が少ないアークエンジェルは、敵機に対して手も足も出せないでいる。

 

 敵機が頭を出した時には下部イーゲルシュテルンで、水中にいる時にはバリアントで攻撃するが、どちらも射角が取れずに、水中を自在に動き回っているグーンを捉えられない。

 

 それは、甲板上でライフルを構えているストライクも同じだった。

 

 ビームは水中まで届かない。更に、甲板の上と言う死角に立っている事から、アークエンジェル同様に、真下に対して充分な射角を取れないのが難点だった。

 

 このままではまずい。アークエンジェルは水中からの攻撃に、なぶり殺しにされてしまう。

 

 打つべき手は一つ。

 

 エストが決断するのに、時間はかからなかった。

 

 通信機のスイッチを入れると、すぐに格納庫を呼び出した。

 

「マードック曹長、ソードストライカーの準備を。それから、第8艦隊の補給で受け取ったバズーカ、あれをください」

《ああ? どうしようってんだよ?》

「このままでは埒が明きません。私が直接水中に入り、敵機を駆逐します」

 

 レーザーを切れば、シュベルトゲベールは実体剣として使う事ができる。更に、実態弾を使用したバズーカなら水中での使用も問題は無い。

 

 とにかくグーンを倒す事ができれば、後の敵は空中のディンのみとなる。それなら、キラが押さえてくれるだろう。悔しいが、あの「ヴァイオレットフォックス」の能力だけは信用に値すると、エストは思っている。

 

 だが、エストは気付いていなかった。

 

 グーンの背後から、巨大で不気味な影が迫っている事を。

 

 

 

 

 

 水中に踊り込むと同時に、センサーの全てが、水に包まれた周りの状況を伝えて来た。

 

 視界は良好であり、海上の戦闘音もここまでは聞こえてこない。僅かに差す陽光が海底を照らし出し、幻想的な光景を創り出している。

 

 しかし、その光景に見とれるつもりも余裕もエストには無い。

 

 センサーに反応がある。

 

 こちらに向かってくる敵機は2機。グーンである。

 

 とっさにバズーカを構えて発射。砲弾がバズーカから勢いよく発射される。

 

 しかし、発射された砲弾の勢いは水の抵抗に殺され、思うように前へ進まない。

 

 対してグーンは、まるで小石でも避けるようにあっさりと砲弾を回避、そのまま突っ込んで来てストライクに体当たりを仕掛けた。

 

「クッ!?」

 

 衝撃に歯を食いしばるエスト。

 

 やはり、水中では機動力で劣るストライクは不利である。

 

 2機のグーンは、再び反転して向かってくる。その様子はさながら、俊敏な魚のようだ。

 

 対してストライクは、背中からシュベルトゲベールを抜き放った。遠距離攻撃が効かないのなら、直接斬りつけるまでである。

 

 レーザーを発振しないまま、大剣を槍のように構えるストライク。その先端部は実体剣となっており、モビルスーツを串刺しにできるだけの威力を持っている。

 

 推進装置を全開まで押しこむ。

 

 加速するストライク。そのままグーンを差し貫くかと思われた時、

 

 横合いから放たれた魚雷が、ストライクを弾き飛ばした。

 

 PS装甲のおかげでダメージは無い。だが、まるで車にはね飛ばされたような衝撃が機内を襲った。

 

「ッ!?」

 

 それでも、どうにか体勢を立て直すエスト。同時にセンサーを走らせ、相手の正体を探る。

 

 グーンではない。相手はもっと大型である。

 

 ずんぐりとした胴体に、大振りな腕部。頭部は、その胴体部分にめり込むように装着されている。反対に両脚部は不要とばかりに小型化されている。まるでオラウータンのような外観の機体だ。

 

 ザフト軍の新型水中機動兵器ゾノ。水中での格闘戦を重視したザフト軍期待の新型機である。胴体部の魚雷発射管に加えて両手掌部にフォノンメーザー砲を装備、その両手には格闘用の鉤爪も装備し、接近戦にも考慮を入れた強力な機体である。操るのは紅海の鯱、マルコ・モラシム。

 

「お前達は『足付き』を叩け。こいつの相手は俺がする!!」

 

 部下2人の操るグーンを先行させ、モラシムはストライクへと向き直る。

 

 ストライクを操るエストもまた、大剣を構え直して対峙する。相手が新型であり、油断できない相手である事を瞬時に悟ったのだ。

 

 そこへ突撃するゾノ。

 

 対してストライクは左腕のロケットアンカー パンツァーアイゼンを射出、ゾノを掴み取ろうとする。

 

 しかしゾノは、ワイヤーを左腕で簡単に払いのけ、そのまま突撃する。

 

「なッ!?」

 

 とっさに回避しようとするが、海中では機体が思うように動かない。

 

 ゾノが持つ水中推進用の絶大なパワーを直接叩きつけるような体当たりを受け、ストライクの機体は水の中で木の葉のように振り回された。

 

 そのままストライクの機体を抑えつけようとするゾノ。

 

 しかし、その前にストライクはスラスターを全開まで吹かして辛うじて退避に成功、左手でバズーカを構えて放つ。

 

 水中を進む砲弾。

 

 だが、あまりにものろのろと飛んで来る砲弾をゾノはあっさりと回避して、逆に次々と魚雷を放ってくる。

 

「クッ!?」

 

 向かって来た魚雷をどうにか回避し、あるいは大剣で斬り払うストライク。勝手の違う水中での戦闘に、エストは思うように機体を動かせないもどかしさを払えないでいた。

 

 しかし、その間にもゾノは向かってくる。

 

 水中用に特化した機体の圧倒的な機動力の前に、苦戦を免れないでいるストライク。

 

 しだいに追い込まれるのを、エストは自覚していた。

 

 

 

 

 

 出撃準備を終えたムウは、ランチャーストライカーを装備したスカイグラスパーのコックピットに乗り込み、エンジンをスタートさせようとした。

 

 彼は今、特務を担って出撃しようとしていた。

 

 こんな海上のど真ん中に、敵が忽然と現れるわけが無い。かといって、陸上から直通で来れるとも思えない。と言う事は、この近くに敵の母艦がいると言う事を意味している。

 

 ムウの任務はその母艦を探し出して叩く事だった。母艦への攻撃と言う最大限の効果を期待できる策を、何も敵の専売特許にしておく手は無かった。

 

 計器類をチェックして、イグニッションボタンを押そうとした時、戦いの物とは違う喧騒が聞こえて来て手を止めた。

 

 そちらに目を向けると、1人の少女がマードックに食ってかかっていた。

 

「だから、何で機体を遊ばせておくんだ!? 私は乗れるんだぞ!!」

 

 マードックに詰め寄っているのはカガリだった。彼女は先の戦いでもスカイグラスパー1機を操り勝利に大きく貢献している。

 

 どうやら、今回も出撃させろと、マードックに噛みついているらしい。

 

 今回は緊急出撃と言う事で、リリアの出撃準備は間に合わなかった。そこでムウとしても単独出撃せざるを得ないと思っていたのだ。

 

 とは言え、カガリは地球軍の兵士ですら無い部外者だ。マードックで無くても大事な機体を預けるには躊躇いを覚える所だろう。

 

 だが、そんな事はお構いなしにカガリは語調を強める。

 

「アークエンジェルが沈められたら全部終わりだろ!! なのに何もさせないで、それでもし沈んだら化けて出てやるぞ!!」

 

 激しいカガリの舌鋒に、マードックはただ怯むしかない。

 

 その様子を見て、ムウは吹き出した。

 

「お嬢ちゃんの勝ちだな曹長。3号機、準備してやれよ!!」

「いや、少佐!!」

 

 勘弁してくれと言わんばかりに、マードックは肩を落とす。

 

 対してムウは、笑顔のまま肩をすくめてみせる。実際問題として、単独出撃と言う状況に不安があるのも確かである。僚機がついて来てくれるなら、多少は心強かった。

 

「母艦をやりに行くんだ。火力は多い方がいい」

 

 そう言うと、今度は真剣な顔をしてカガリに向き直った。

 

「だが、遊びじゃないんだぞ。判ってるだろうな、お嬢ちゃん」

「『カガリ』だ。判ってるさ!!」

 

 叩きつけるように言いながらカガリはスカイグラスパー3号機へと足を向けた。

 

 予備機の必要性があるとは思えなかったので、今回は1号機以外は追加武装を装備していない。よってカガリの乗る3号機はミサイルとバルカンのみの基本装備で出撃となる。

 

 ただちに、グーンからの攻撃の合間を縫って2機のスカイグラスパーが射出された。

 

 その間にも、アークエンジェルは纏わりつく敵機に対して応戦を繰り広げている。

 

 グーンは初期の作戦通り、海面を隠れ蓑にして顔を出して攻撃しては潜り、潜ってはまた顔を出して攻撃すると言う行動を繰り返している。

 

 一撃で大損害を食らうと言う事は無いが、アークエンジェルとしては鬱陶しいことこの上なかった。

 

 対してアークエンジェルはバリアントと下部のイーゲルシュテルンで応戦するも、死角からの攻撃になかなか命中が得られない。

 

 まるでモグラ叩きである。

 

「クッ、ストライクは、何をしている!?」

 

 いら立ったナタルの叫びがCICから聞こえてくる。ストライクが先程海中に潜った事は確認しているが、その後の音沙汰が何もない。しかし、こうして敵の攻撃がやまない事からも、迎撃が成功したとは思えなかった。

 

「クソッ、せめて、ゴッドフリートの射線が取れれば!!」

 

 サイの毒づく声は、この場にいる全員の心を代弁していた。

 

 アークエンジェルの主砲である、225センチ高エネルギー収束砲ゴッドフリートさえ使えれば、敵機を一撃で撃破する事も不可能ではない。しかし、ゴッドフリートは上甲板に備え付けられている為、真下の海面に向けて発射する事は出来ないのだ。

 

 マリューは、しばし考えてから顔を上げた。

 

「ノイマン少尉、一度でいい、艦をバレルロールさせて!!」

「えっ!?」

 

 その言葉には、言われたノイマンのみならず、その場にいた全員が思わずマリューを振り返ったほどである。

 

 バレルロールとは、その名の通り樽が転がるように、空中で捻り込むように360度横回転する事で、本来は機動性の高い戦闘機が行うアクロバット技である。間違っても、質量何1000万トンの宇宙戦艦がこなす技術ではない。

 

 しかし無論、マリューも冗談を言っているつもりは微塵も無い。

 

「ゴッドフリートの射線を取る。チャンスは一度よ、やれるわねナタル!!」

「はっ・・・わ、判りました」

 

 マリューの叩きつけるような声に、ナタルは若干気圧されながらも返事を返す。しかし、すぐに表情を引き締めて決断する。やれるかどうかではなく、やるのだ。それ以外に状況を打破する手段は無い。

 

《本艦はこれより、360度バレルロールに入る。総員、衝撃に備えよ!!》

 

 パルの声がスピーカーから響くと、艦内は上へ下への大騒ぎになる。

 

 とにかく手近な物に掴まる者、慌てて電気系統をカットする者、物を固定する者。特に格納庫は大騒ぎである。何しろ大掛かりな機材がたくさんある上に、待機中のスカイグラスパー2号機もある。それらがひっくり返りでもしたら大参事は免れない。

 

 そうした小パニックを経て、準備は整って行く。

 

「グーン2機、来ます!!」

「ゴットフリート照準、良いか!?」

 

 マリューは尋ねながら、自分の体をシートに固定する。それを見て、他のクルー達も慌ててベルトを引き出す。

 

「行きますよ!!」

 

 ノイマンが叫ぶと同時にスラスターを操作して操縦桿を引きながら回して行く。

 

 艦が回転し、一気に傾いていく。

 

「うわぁ!?」

 

 観測席に座るカズイが声を上げる。他の者も、大なり小なり似たような反応をしている。

 

 そんな事はお構いなしに回転する白亜の巨艦。艦内はまるで、スローモーションのジェットコースターだ。

 

 とうとう、頭上に海面が来た。

 

 まさにその瞬間、グーンが海面から顔を出した。しかし、想像を絶する光景に、流石のザフトパイロットたちも度肝を抜かれたように攻撃を躊躇っている。

 

 その瞬間を逃さず、ナタルが叫んだ。

 

「ゴッドフリート、撃てェェェェェェ!!」

 

 火を噴く4門の主砲。

 

 その攻撃は、動きを止めていたグーンを、正確に粉砕してのける。

 

 敵機が爆炎を上げるのを確認した瞬間、ブリッジ内では逆さまのまま歓声が上がった。

 

 

 

 

 

 水中での死闘は続いていた。

 

 流石は紅海の鯱と言うべきか、水中戦では負け無しのモラシムを相手に、最新鋭機であるとはいえ、水中戦を想定していないストライクは苦戦を強いられていた。

 

 離れればフォノンメーザー砲と魚雷が襲い、近付こうとすれば体当たりが掛けられる。

 

 エストとて、ヘリオポリスからここに至るまでを戦い抜き、今や歴戦のパイロットと言っても過言でない実力を兼ね備えるに至っているが、それでも勝手の違う水中戦では、モラシムとゾノのコンビには敵わなかった。

 

「クッ!!」

 

 エストは弾丸を撃ち切ったバスーカを捨て、再びシュベルトゲベールを構える。完全に相手のペースだ。追い込まれるのも時間の問題だろう。

 

 魚雷を放ちながら突っ込んで来るゾノ。

 

 対してストライクは、突き出すようにシュベルトゲベールを構える。

 

 ゾノを加速させようと、モラシムがスロットルを握る手に力を込めた。

 

 その瞬間だった。

 

 出し抜けに、海面付近で大爆発が起こり、その衝撃がゾノの機体を大きく揺るがした。

 

「な、何だ!?」

 

 衝撃に思わず顔を顰めるモラシム。

 

 海上では今、部下達が「足付き」を攻撃している筈である。そこで何かあったのだろうか?

 

 モラシムは知る由も無かったが、今まさに、バレルロールから主砲を発射したアークエンジェルによって、彼の部下が操る2機のグーンは撃破されたのだった。

 

 動きを止めるゾノ。

 

 そして、その瞬間をエストは見逃さなかった。

 

「今っ!!」

 

 鋭く言い放つと同時に、槍のようにシュベルトゲベールを構えて突撃する。

 

 高速で接近してくるストライクにモラシムも気付いたが、もう遅い。

 

 突き出されたシュベルトゲベールの長い刀身は、次の瞬間、ゾノのエンジン部分を深々と刺し貫いた。

 

「グッ!?」

 

 自身も致命傷を負い、意識を朦朧とさせるモラシム。シュベルトゲベールの刃は、僅かにコックピットをも掠めたのだ。破壊された機材の一部がモラシムの体に突き刺さり、致命傷を負わせていた。

 

 その目には、まだ生きているモニターの中で離脱しようとしているストライクの姿が映った。

 

「・・・さ、せるかァァァァァァ!!」

 

 殆ど本能的に手が動いた。

 

 海の男の執念が、最後の力を機体に与える。

 

 ゾノはその長大な鉤爪で、ストライクに掴みかかった。

 

「なっ!?」

 

 機体が突然引き戻されるように停止し、目を剥くエスト。

 

 次の瞬間、ゾノはストライクを巻き込んで爆発した。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルを発進したムウとカガリのスカイグラスパーは、洋上を飛行しつつ、敵母艦を目指している。

 

 敵母艦さえ叩く事ができれば、この苦境を脱する事も不可能ではない。

 

《さあ、どこにいるんだ、子猫ちゃん》

「子猫ちゃん?」

 

 ムウの言葉に、カガリは眉を顰める。無骨な印象のある敵の母艦を差して「子猫ちゃん」は無いような気がするのだが。

 

 そうしている内に、周囲の視界を覆っていた雲も晴れる。

 

 次の瞬間、レーダーが海面下にいる巨大な金属反応を捉えた。

 

《見つけたぜ、行くぞお嬢ちゃん!!》

「カガリだ!!」

 

 ムウの声に怒鳴り返しながら、カガリは先行するスカイグラスパー1号機に追随する。

 

 2機は海面に向けて急降下を掛けながら、下部のハッチを開き、捕えた反応に向けて対艦ミサイルを発射した。

 

 ミサイルは海面に着弾すると同時に、巨大な水柱を突き立てた。間違いなく、命中した証拠である。

 

《さあ、出てくるぞ!! 良いか!?》

「ああ!!」

 

 ムウの言葉に、カガリは操縦桿を握る手を強めながら頷きを返す。

 

 直撃弾を受けた潜水艦は、浸水を食い止める為に浮上せざるを得ない。そこへ集中砲撃を加えるのだ。

 

 やがて、巨大な緑色の艦体が海面に姿を現した。間違いなく、ザフト軍主力潜水空母ボズゴロフ級である。

 

 2人が発見したボズゴロフ級もまた、突如現れた戦闘機相手に迎撃戦を展開すべく、上部ハッチを開き、艦載機の発進体勢に入る。

 

「やらせるか!!」

 

 カガリは血気逸るように、敵艦へ突撃を仕掛ける。

 

 しかし、敵艦ばかりに目をやっており、計器を見るのを忘れていた。

 

《おい、海面に近付き過ぎるな。潮を被るぞ!!》

「あっ、うわっ!?」

 

 慌てて機首を上げるカガリ。潮が当たれば、それだけで機体は海に突っ込みかねない。それでなくても戦闘機は精密機械の塊である。海水を被って細かい機器が故障する事も考えられる。

 

 そこへ、浮上した敵艦の余波が掛りそうになり、カガリは間一髪で安全圏へと逃れた。

 

《馬鹿、だから言わんこっちゃない!!》

「馬鹿とは何だ!!」

 

 2人のどこか間の抜けたやり取りの間にも、ボズオロフ級の迎撃準備は進められる。

 

 開いた上部ハッチから、ディンが発進してくるのが見える。

 

《そうはさせるか!!》

 

 すかさず、ムウは装備した320ミリ超高インパルス砲アグニを発射して、ディンが発進する前に射出口を叩きつぶそうとする。

 

 320ミリの太い閃光がハッチ付近に突き刺さる。

 

「やったか!?」

 

 カガリが身を乗り出すように叫ぶ。

 

 しかし、狙いは僅かに外れたらしく、ディンは破壊されたハッチから羽を広げて飛び立ってしまった。

 

 そこへ上空から攻撃を仕掛けようとするムウ。

 

 しかし、同時にカガリも下から接近した為、両機の軌道が交錯するような形となり、カガリの3号機がムウの攻撃を遮ってしまった。

 

 急増の連携である為、意思の疎通が取れていないのは明白だった。ムウとしては、自分が攻撃している間、カガリには自分の背中を守ってもらう役をしてもらいたかったのだが、血気に逸るカガリは、自分も母艦攻撃を行おうと躍起になっている様子だ。

 

《ちょろちょろするな、俺が撃っちゃうじゃないか!!》

 

 邪魔者扱いされて、激昂しかけるカガリ。

 

「何を!?」

 

 しかし、抗議の声を上げようとした瞬間、機体に鈍い衝撃が走った。

 

 いつの間にか背後に回り込んでいたディンの攻撃によって、後部に被弾したのだ。

 

 機体が不気味に振動し、煙を上げる。

 

 どうにか墜落するレベルではないが、機動力は大幅に落ちている。

 

《大丈夫か!?》

「ナヴィゲーションモジュールをやられただけだ。大丈夫!!」

 

 カガリが強気で応えると、ムウは安堵と共に命じて来た。

 

《自力で帰投できるな。こっちは任せて、お前は戻るんだ!!》

「大丈夫だ、まだ、」

《フラフラ飛ばれても邪魔なだけなんだよ。それくらいの事も判らんか!?》

 

 屈辱的な物言いだが、こうなった責任が自分にある以上、カガリはそれ以上何も言えない。

 

「・・・・・・判ったよ」

 

 悔しさを滲ませて機首を反転させた。

 

 

 

 

 

 カガリは煙を吹く機体を宥めながら、アークエンジェルへと目指して後退していた。

 

 その内面は、やるせない気持ちでいっぱいであった。

 

 カガリも決して愚鈍な娘では無い為、ムウの言葉が正しいのは頭では理解している。しかし、このまま帰るのは納得がいかなかった。これではほんとうにただの役立たずだ。

 

 溜息をつく。

 

 そんな事言った所で、今更引き返すわけにもいかない。エンジンが半分止まったスカイグラスパーで戦場に引き返した所で、本当に足手まといにしかならないだろう。それどころか最悪、撃墜されてしまう可能性もある。

 

 ここは大人しく帰っておくほうが無難だろう。

 

 そう考えて操縦桿を倒した。

 

 その時だった。

 

 雲間に、何か飛んでいるのが見える。鳥では無い。何か人工物だ。

 

 ずんぐりした胴体に取り付けられた大振りな翼。

 

 ザフト軍で正式採用されている小型輸送機だ。

 

「敵っ!? 増援か!!」

 

 カガリは半分死んだエンジンの出力を上げ、突撃を仕掛ける。

 

 増援ならば、敵が合流する前に叩かないといけない。

 

 突撃しながらバルカンを放つ。

 

 突然の襲撃に焦ったのだろう、輸送機の方からも反撃してくるが、その火線は弱く、損傷した機体でも簡単に回避できた。

 

 一航過する間に、数発の命中弾を得た。

 

「よしっ!!」

 

 煙を吹く輸送機を見て、カガリは喝采を上げた。

 

 その時、輸送機の後部ハッチが開くのが見えた。そこから、機体が1機吐き出されるのが見える。この輸送機は、モビルスーツを輸送中だったのだ。

 

「クソッ!!」

 

 舌を打ちながら、カガリは機体を反転させて再度突撃しようとする。どうやら敵は、積み込んだ機体を破壊されるのを恐れ、先にパージしたの。

 

 しかし、その一瞬の隙を突かれて、輸送機の銃撃がスカイグラスパーを捉えた。

 

「しまった!?」

 

 気付いた時には既に手遅れだった。止まりかけのエンジンは完全に停止し、機体は大きく振動しながら高度を下げて行く。

 

 カガリは必死に体勢を立て直そうとするが、それは無駄な努力でしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グランドスラムを振るう。

 

 その一撃で、ディンの機体は袈裟掛けに斬り飛ばされ爆散した。

 

 散って行く煙を見ながら、キラはシルフィードのコックピットで息を吐いた。

 

「新しい反応は・・・・・・無い」

 

 今のが最後のディンだったようだ。

 

 グランドスラムをハードポイントに収める。

 

 他の戦場がどうなったかは判らないが、取り敢えず空に限っては敵の進行を防ぐ事に成功したようだ。

 

 ならば、これ以上の敵の襲撃に備える為にも、一旦帰還するべきだろう。

 

 そう思ったキラは、帰投すべく機体を翻した。

 

 その時だった。

 

《ハッハー!! お早いお帰りですなァァァ!!》

 

 オープン回線で放たれた叫び。

 

 次いで、雲から湧き出るように3機の機体が飛びだしてきた。

 

 その内2機は、先程まで交戦していた機体と同じディンである。

 

 そしてもう1機、

 

「あの、シグーは!?」

 

 特に特徴がある訳ではない、通常デザインのシグー。こちらは大気圏飛行能力が無い為、ザフト軍が正式採用している支援飛行メカ グゥルに搭乗している。しかしキラには、先程聞こえた声と相まって、猛烈に嫌な予感がした。

 

《久しぶりだなー、ヴァイオレットフォックス!! てっきり今頃は虎の胃の中かと思ってたんだが、テメェのまずい肉じゃ、虎の餌にもならなかったか!?》

「やっぱり、あなたは、クライブ・ラオスか!?」

 

 宿命の仇敵が、再びキラの前に立ちはだかったのだ。

 

 クライブのシグーは、手に持ったライフルを構えた。

 

 防御を、と思いシールドを掲げるシルフィード。

 

 次の瞬間、

 

 銃口より放たれた閃光が翼端を掠めた。

 

「ビーム兵器!?」

 

 まさか、と思う。シグーの装備は全て実体系で統一されていた筈。そもそもザフト軍はこれまで、携帯型の小型ビーム兵器は開発できなかった。

 

 考えるまでも無く、その答えは決まっている。

 

《ギャハハハ!! テメェの玩具を盗られたからって拗ねるなよ!! よく言うだろうが、テメェの物は俺の物ってな!!》

 

 ザフト軍は奪ったXナンバーの技術を転用し、小型携行用ビーム兵器の開発、量産に成功したのだ。

 

 放たれるビームを盾で防ぎながら後退するシルフィード。

 

 そこへ、左右から包み込むように2機のディンが迫って来る。

 

 その手に持ったライフルから放たれるビーム。

 

「クッ、こっちもか!!」

 

 ビームライフルとBWSで応戦しようとするキラ。しかし、3方向からの攻撃に、なかなか照準が定まらない。

 

《ほ~らほら、あんよはお上手か? うまく避けないと当てちまうぞ!!》

 

 ジュートとハリソンのディンがシルフィードの動きを牽制しつつ、クライブのシグーがビームライフルで攻撃する。

 

 息の合った連携攻撃に、シルフィードは後退せざるを得ない。

 

 だが、そんなキラの行動が、クライブの嘲笑を招く。

 

《テメェは亀かキラ!? いつまでそうやって甲羅の中に首を突っ込んでいる気だ!!》

「クッ!?」

 

 挑発的な言葉にも、しかしキラは乗らない。

 

 昔から付き合いのあるこの男が、こう言う性格である事は充分に承知している。それに安易に乗れば手ひどい目に会う事も。

 

 だからキラはシールドを掲げつつ、ひたすら後退する。その場に留まっていたのでは、3機に包囲される事になる。

 

 3機から放たれるビーム攻撃。それを小型のシールドのみで防ぐ。

 

《どうした、キラ!? 仲間の仇も撃てずに、こんな所でくたばるのかよ!》

「ッ!?」

 

 その一言で、キラの脳裏にスパークが起きる。

 

 炎に巻かれ、倒れていく仲間達。

 

 そして、大気圏の炎の中で燃え尽きた、ヘリオポリスの人達と、あの紙花をくれた女の子。

 

 それを、

 

 この男が、殺した!!

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 突撃するシルフィード。

 

 手には長大な対艦刀グランドスラム。

 

 いかに大気圏内飛行が可能とは言え、グゥル付きのシグーやエンジン回りが通常仕様のディンなど機動力においてシルフィードの敵ではない。

 

 いったん沈み込むような機動を取りながら、斬り込みを掛ける。

 

 グゥルはモビルスーツの足裏を支える形になる為、下方は完全な死角となる。

 

 いかにクライブと言えども、その法則からは逃れられない筈である。

 

 振り上げられた大剣。

 

 その一撃が、一瞬で身をかわしたシグーを掠め。ビームライフルを切断した。

 

「浅いっ!?」

《バーカ》

 

 キラが呻くのと、クライブが不敵に笑うのは同時だった。

 

 次の瞬間、クライブのシグーはその手に、光を発する剣を抜き放った。

 

「ビームサーベルまで!?」

 

 その正体を知り、愕然とするキラに、クライブは残忍な笑いで返した。

 

《そら、胴がガラ空きだ!!》

 

 振るわれる光刃。

 

 サーベルがシルフィードに迫る。

 

 直撃するコースにある光刃。既に、回避が可能な距離では無い。

 

 しかし、次の瞬間、キラの無我夢中の操縦でシルフィードが振り上げた足が、偶然シグーを乗せたグゥルの機首を掠めた。

 

 その一撃により、バランスを崩して、シグーのサーベルは空ぶった。

 

《チィッ!?》

 

 舌を打つクライブ。

 

 その間にシルフィードは体勢を立て直し、再びグランドスラムを構えている。

 

 だが、まだ3対1と言う優位性は崩れていない。このまま戦えば勝てる筈。

 

 そう思った矢先だった。

 

《隊長、母艦からの信号が途絶えました。どうやら撃沈されたようです》

《おいおい・・・・・・マジかよ。使えねえ奴等だな》

 

 ジュートからの報告を聞いて、自軍の不甲斐なさに、心の底から舌打ちする。せめて、あと5分持ちこたえられなかったのかよ?

 

《この分だと、モラシムのおっさんも今頃は水葬済みだろうな。まあ、あんまり期待はして無かったが、思ったよりも呆気なかったな》

 

 味方の隊長に対する侮蔑を、隠そうともしないクライブ。

 

 とは言えモビルスーツのバッテリーは有限である。母艦がやられた以上、長居は無用だった。

 

《シュート、ハリソン、プランC6に変更して撤退するぞ。狐の小僧との遊びは終わりだ》

《了解!!》

《了~解》

「逃がすか!!」

 

 オープン回線の声を聞きながら、相手の意図を悟ったキラがライフルに持ち替えて攻撃するも、3機は巧みな機動でシルフィードの攻撃を回避すると、あっさりと射程圏外に消えていった。

 

「クソッ・・・・・・」

 

 銃を下ろすシルフィード。これ以上の追撃は無意味だった。

 

 敵の撃退は出来た。自分自身も生き残った。

 

 しかし、キラの中では苦い敗北感が消えずにいた。

 

 機体を反転させる。とにかく今は、皆の無事を確認したい心境だった。

 

 

 

 

 

PHASE-15「空に、海に」    終わり

 

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