機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-16「2人の夜」

 洋上を航行するアークエンジェルに、黄昏の日が陰る。

 

 その光景に象徴されるかのように、沈痛な空気は艦全体を支配していた。

 

 先のモラシム隊との戦いで、辛うじて勝利を収めたアークエンジェルだが、その損害は大きかった。

 

 出撃した機動兵器は4機。うち、帰還したのは2機。

 

 戦闘が終わって艦に戻って来たのはシルフィードとスカイグラスパー1号機のみ。ストライクとスカイグラスパー2号機は、ついに戻らなかった。そのパイロットであるエストとカガリと共に。

 

 損耗率5割。戦慄すべき数字だ。

 

 勿論、本当に失われているのならば、と言う話である。

 

「MIAと、認定なさいますか艦長?」

 

 尋ねるナタルの声も必要以上に難く感じられる。

 

「何です、そのMIAって?」

「ミッシング・イン・アクションの略。戦闘中行方不明の事。『確認は出来なけど、戦死でしょう』って事」

 

 声を顰めて尋ねるサイに、トノムラがやはり小声で話す。

 

 戦い。それも混戦の時はよくある話だ。行方不明になった、それも戦死している可能性の高い味方を探している余裕は無い。死体一つ収容する為に、部隊全体を危機に晒すわけにはいかないのである。

 

 そこで「推定戦死」と言う意味で用いられるのがMIAである。実際の話、そう認定された人間が生きて戻った例は少ない。

 

 問われたマリューは、ナタルに一瞥しながら口を開いた。

 

「それは早計ね、バジルール中尉。撃墜は確認されていないわ」

 

 その瞳は既に決意が固まっており、自分の意志を曲げるつもりは無い事を意味していた。

 

 パルへと向き直るマリュー。

 

「日没までの時間は?」

「約2時間です」

 

 計算を始めるマリューに、ナタルは慌てて抗議の声を上げた。

 

「まさか、捜索なさるおつもりですか? ここはザフトの勢力圏なのですよ!!」

 

 あまりにも危険すぎる。慎重かつ現実派のナタルはそう訴える。先の敵は撃退できたが、また別の敵が来ないとも限らない。しかもそうなると今度は、消耗した戦力で迎え撃たねばならないのだ。

 

 戦死している可能性が高い人間の捜索などに、時間を割いている暇は無い筈だった。

 

 だが、そんなナタルを無視して、マリューは考え込む。

 

「まだ時間があるわね。少佐とキラ君で先に上空を探ってもらって、それでダメなら海中も捜索しましょう」

「艦長!!」

 

 尚も抗議しようと詰めかけるナタル。その彼女に、マリューも強い調子で振り返った。

 

「報告書でも何でも、好きに書きなさい!!」

 

 既にここに至るまで、「生き残る為」とは言えいくつか命令違反も侵している。最高機密である新型機を民間人どころかテロリストの手に委ね、現地ゲリラに機密情報の一部開示まで行っている。軍法会議に出れば立派な有罪だ。

 

 ナタルの言いたい事も判る。僅かな可能性にすがって艦全体を危険にさらす等、軍人にあるまじき行為と言える。

 

 しかしそれてもマリューは、その「僅かな可能性」を見捨てたくは無かった。

 

 

 

 

 

 シルフィードのコックピットに座りながら、キラはシステムのチェックをしていく。

 

 今回の目的は戦闘ではないのでBWSは持っていかない。バックパックと武装が1体となった追加装備は、機動性は向上するものの、燃費は極端に悪くなると言うマイナス面を持っている。

 

 今回はなるべく長く稼働時間を確保する必要がある。通常通り7割のバッテリーで出撃するシルフィードには無用の長物と言えた。同様の理由で、デッドウェイトになるグランドスラムも置いていく。万が一、敵と遭遇したらビームサーベルとライフル、アーマーシュナイダーのみで戦うつもりだった。

 

 既にムウのスカイグラスパーは先行して発進している。次はキラの番だった。

 

《良いか、あまり無茶すんじゃねえぞ。連戦続きで、その機体もあちこちガタが来てる。最悪、飛行中に機体が停止するなんて事も考えられるからな》

「判りました」

 

 マードックの声に頷くと、ヘルメットのバイザーを閉める。

 

 これからキラは、帰還しなかったストライクとスカイグラスパーの捜索に出る。

 

 もっとも、機体なんてキラにとってはどうでもよかった。

 

 そこに乗った、2人の少女を思い浮かべる。

 

 カガリと出会ったのは、あの崩壊するヘリオポリスでだ。あの時に、まさに自分の運命が決まったと言っても良い。それ以来、砂漠で再会するまで互いの無事も確かめられなかったのだが、無事な姿を見た時は内心でホッとしたものである。それほど思い出が深いわけでもないのに、一緒にいると何となく安心できる少女だった。

 

 そしてエスト。彼女は元々、自分の敵だ。出会った場所こそカガリと同じヘリオポリスだが、彼女は潜伏中のキラを殺す為にやってきたのだ。共に肩を並べて戦う今も、決してキラに対する警戒心を解いてはいないだろう。しかし、戦闘時以外の彼女が持つ危うさや儚さは、カガリとは逆に放っておけない未熟さを感じさせる。

 

 2人とも死んでほしくない。生きていてほしい。それがキラの偽らざる本音である。

 

 リニアカタパルトに灯が入る。

 

 今、キラは殺す為ではなく、救うために出撃する。

 

「キラ・ヒビキ、シルフィード、行きます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カガリは両手を後ろ手に縛られて、地面に転がされていた。

 

 発見したザフト軍の輸送機を襲撃、大打撃を与えた所までは良かったが、その一瞬の隙に自分まで撃墜されてしまったのは失敗だった。

 

 墜落寸前に何とか体勢を立て直し、どうにか手近な島の海岸に不時着できたのは幸いだったが、上陸の際に高波に逢い、持ってきた食糧や水を入れた荷物を無くしてしまったのは痛かった。

 

 どうにか食料を確保しようと島の中をさまよっている内に、大変な物に遭遇してしまった。

 

 カガリが撃墜した輸送機が積んでいたモビルスーツ。撃墜される直前にパージされた機体が、事もあろうに同じ島に不時着していたのだ。

 

 パイロットを見付け、先制攻撃を仕掛けたカガリ。

 

 しかし相手は身体能力に優るコーディネイター。それも百戦錬磨のザフト兵である。

 

 銃器も使わないままあっという間に組伏せられ、そして現在に至る訳である。

 

「お前、本当に地球軍の兵士か? 認識票も無いみたいだし。随分とおかしな奴だな」

 

 呆れたような声が、ザフト兵から投げかけられた。

 

「悪かったな」

 

 芋虫のように転がりながら、カガリは悪態をついた。

 

 組伏せられた時に体を触られたせいで、既にカガリの性別は相手に知られていた。もっとも、それがあったから、カガリは殺されずに縛られただけと言えなくもない。そうでなかったら、今頃はザフト兵のナイフで喉元を切り裂かれていただろう。

 

 そんなカガリの態度に、アスランは苦笑した。

 

 カガリを捉えたのはアスランだった。彼は母艦受領の為にカーペンタリアに向かう途中、カガリのスカイグラスパーと遭遇、大破した輸送機からイージスごとパージされたのだ。

 

 しかし、そこにまさか自分の乗った輸送機を撃墜した地球軍の戦闘機まで落ちてくるとは思わなかった。

 

「所属部隊は? なぜ、あんな場所を単機で飛んでいた?」

「私は軍人じゃない!!」

 

 カガリは抗議しながら身を起こす。

 

「所属部隊なんかないさ。こんな所だって、来たくて、うわっ!?」

 

 手足を縛られている為、カガリはバランスを崩して無様に転がってしまった。

 

 そんなカガリの姿に、アスランは思わず噴き出す。何だか面白く思えて来た。

 

 カガリに背を向けるアスラン。

 

 その背中に、カガリは刺す様な声で話しかけた。

 

「お前、あの時、ヘリオポリスを襲った奴の1人だろう」

 

 その言葉に、アスランは足を止めた。

 

 カガリにしてみれば、駐機してあるイージスの外観には嫌と言うほど見覚えがあった。味方として戦って来たシルフィードやストライクに酷似しているし、何より、あの時ファクトリーのラボで、実際に起動前のイージスを彼女は見ている。

 

「私もあの時いたんだよ。お前達がぶっ壊したヘリオポリスのな!!」

 

 憎しみをこめたカガリの視線から逃れるように、アスランはイージスへ歩いて行く。

 

 ヘリオポリスの件は、アスランにとっても悔恨の一事となっている。

 

 破壊する必要のないコロニー。ただ地球軍が開発した機動兵器を奪取できればよかった作戦。

 

 しかし、アスラン達の攻撃でヘリオポリスが崩壊したという事実は、今や動かしようのない現実だった。

 

 

 

 

 

 黄昏の空にシルフィードの翼で駆けながら、キラはセンサーの僅かな反応も逃すまいと目を走らせる。

 

 バッテリーの消費を最小限に抑え、既に3時間近く飛行している。いかに身体能力に優れるコーディネイターとはいえ、昼間に戦闘をこなした後である。体力の消費は著しい。

 

「どこだ・・・・・・くそっ、どこなんだ!?」

 

 焦りは時間の経過に比例して募って行く。

 

 通常の機体には、部隊とはぐれた場合に発する救難信号と言う物がある。この信号をキャッチできれば救助もできるのだが、Nジャマーの影響で電波状況は最悪を極め、よほど発信源の近くまで接近しないとキャッチは出来ない。

 

 バッテリー的にも、そろそろ一度戻って補給を受けなければならない。その前に、何としても痕跡を見付けださないと。

 

 ここは敵の勢力圏。もし弱った所に敵襲を受ければ、いかにシルフィードと言えどひとたまりもないだろう。

 

 加えて、昼間取り逃がしたクライブの事も気になっている。あの野獣のような男がまだこの近くにいるかもしれない事を考えると、一刻も早く2人を見付けたかった。

 

 機体を旋回させる。

 

 そろそろ決断する必要がある。いったんアークエンジェルに戻って補給を受けてから出直すか、それとももう少し頑張ってみるか。

 

「・・・・・・・・・・・・賭けてみようかな?」

 

 ここらで戻る必要があるのは、キラも理解している。深入りして、自分までMIAになったのでは間抜けにも程がある。

 

 しかし、戻る前にやってみたい事があった。動力のギリギリまでセンサーに回し、一時的にオーバーブースト状態にして探知範囲を広げるのだ。システムに多大な負荷が掛る為、本来なら使うべきではないのだが、それでも今は試してみたかった。

 

 キラはキーボードを引き出すと、高速でタイピングを始める。

 

「装甲エネルギー、武装用エネルギー、カット。光学センサー、レーダー、ソナー用エネルギー全カット、熱紋センサー停止、滞空に必要な最低限のエネルギーのみを残して、全エネルギーを受信センサーへ。探知範囲拡大、精度上昇・・・・・・」

 

 機体を滞空させたまま、キラの指は正確かつ高速にキーを打つ。

 

 やがてシルフィードの両腕はガクリと落ち、同時にPS装甲もダウンして機体が鉄灰色になる。全天視モニターも灯が消え、コックピットの中は一部の表示を除いて全ての明かりが消えうせる。全ての動力を切って、余剰エネルギーを全て受信センサーに回したのだ。

 

 センサーが一瞬、力強く明滅した。

 

 これまでに比べて4倍近く探知範囲が広がり、より鮮明な表示がなされる。

 

 キラは固唾をのみ、操縦桿を握る手に力を込めた。

 

 これでダメなら、殆ど絶望的かもしれない。

 

 やがて、

 

「あっ!?」

 

 モニターの端に、光点が結んだ。間違いなく、味方機の救難信号である。

 

 すぐさま全動力を回復。エンジンにエネルギーを送り、スラスターを吹かせると、反応があった方向に機体を向けた。

 

 進むにつれて、反応がより鮮明になって行く。

 

「もう少し・・・・・・もう少しだ」

 

 気持ちがはやる。信号を受信できたと言う事は、生存していると言う事だ。

 

 どちらが? もしかしたら両方が?

 

 だが、焦りはキラから、精密な判断力を奪っていた。

 

 目標の島が確認できた。

 

 そう思った瞬間、

 

 突如、シルフィードの機体はガクッと、不自然に高度を落としたのだ。

 

「何っ!?」

 

 焦って計器類をチェックする。

 

 OSが一斉にエラー表示を示していた。

 

 出撃前にマードックに言われた事を、キラは完全に失念していた。先程の探知範囲拡大で一気に負荷が掛ったシルフィードのシステムはオーバーヒートを起こしたのだ。

 

 気付いた時には既に手遅れ。

 

 シルフィードはキラを乗せたまま、急激に地面へと迫って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですって、今度はキラ君が帰らない!?」

 

 マリューの声と共に、驚愕が広がる。

 

 シルフィードからの連絡が途切れたと言う情報に、アークエンジェル艦内は悄然となった。

 

 エスト、カガリに続いて彼までが消息を絶ってしまったのだ。

 

「連絡を絶った場所は判る?」

「・・・・・・ダメです。撹乱酷く、大まかな方角程度しか」

 

 パルの悲痛な声が、状況を何より物語っている。

 

「逃げた可能性は無いか?」

 

 冷や水を浴びせるような声は、ナタルから発せられた。

 

 その言葉に、一同は今更ながら、キラがS級指定の広域指名手配テロリストである事を思い出す。

 

 ヴァイオレットフォックスの名は、大西洋連邦に所属する人間にとって恐怖の対象でしかない。

 

 類を見ない狡猾さ。全てを食い千切るかのような残忍さ。ずば抜けた戦闘センス。普段のキラを見ているとつい忘れがちになるが、テロリスト ヴァイオレットフォックスとはそういう存在なのだ。

 

「その可能性はありません。たとえシルフィードのバッテリーをギリギリまで切り詰めても、一番近い陸地までは届きませんよ」

「だが、どこかの島にでも降りて、そこで仲間に連絡を取る可能性もある」

 

 ナタルは冷たく言い捨て、マリューに向き直った。

 

「この撹乱状況では、自爆コードを送る事も出来ません。艦長、我々は野獣を1匹、野に解き放ったのではないですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 皮肉その物と言えるナタルの言葉に、マリューは言い返す事ができない。

 

 ただ今は、3人の子供達が無事に戻ってきてくれるのを祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 体を包む、縛るような痛みに、キラは目を覚ました。

 

 うっすらと開く眼に、土色の天井が見えた。

 

 気だるさと痛みを感じる体に力を入れて起こす。どうやら、体に大きな負傷は無いらしい。

 

「えっと、確か、僕は・・・・・・」

 

 シルフィードでカガリとエストを捜索していたのは憶えている。だが、途中でOSがダウンし・・・・・・

 

「墜落、か」

「間抜けですね」

 

 乾いた声が聞こえて来た。

 

 ハッとして振り返る。

 

 そこには、MIAになったはずのエストがいた。

 

 無事だったのか、

 

 そう言おうとして、絶句した。

 

 エストは下着姿だった。水色の少し大きめのTシャツの裾からは、白いパンツが見えている。下着から伸びる細い四肢は眩しいぐらいに白い。左の大腿部の付け根付近には、怪我をしたのか包帯が巻かれている。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いや・・・・・・」

 

 顔を背けるキラ。見れば、自分もパイロットスーツを脱がされてTシャツとトランクス姿になっている。

 

「パイロットスーツのままでは休憩するのに難がありましたので、勝手ながら脱がしました。何か問題でも?」

「いや、問題って言うか・・・・・・」

 

 下着姿の女の子を見て平静でいられるほど、キラは大物になったつもりは無かった。

 

 羞恥心ぐらい無いのか? と激しく突っ込みたい心境を必死で抑える。何となく、突っ込んだら負けな気がした。

 

 微妙に目を逸らしながら、キラは話を続ける。

 

「あの、救難信号は、君だったんだ」

「はい。敵の隊長機を撃墜したまでは良かったのですが、その際の爆発に巻き込まれて機体は操縦不能になりました。幸い、戦場がこの島の傍だった事もあり、衝撃で押し流されて浜に打ち上げられました。機体の駆動系に多大なダメージがあり、再起動は不可能だったのですが、辛うじて残存バッテリーで救難信号の発振装置を動かす事は出来たので」

 

 流れるような状況説明を受けて、キラは成程と納得する。

 

「それで、シルフィードの方は?」

「あちらは完全にOSが停止しており、いちどオーバーホールが必要なようです」

 

 そう言うと、エストは歩き出した。

 

 その背中に着いて行くキラ。

 

 外に出ると、既に日は水平線に沈もうとしていた。

 

 そこでキラは、今まで自分達がいた場所が、自然にできた洞窟のような場所である事に気付いた。どうやら偶然あったこの場所に、エストはキラを運んできたようだ。

 

 シルフィードとストライクは、その洞窟からほど遠からぬ場所に寄り添うようにして停止していた。どちらもPS装甲が落ち、鉄灰色の表面を露わにしている。

 

「再起動は出来そう?」

「先程も言いましたが、ストライクは駆動系が死んでおり、シルフィードはOSが完全にダウンしています。客観的に見て、どちらも動かすのは難しいです」

 

 そこまで言って、エストはわざとらしく溜息をついた。

 

「まったく、どんな無茶な操縦をしたら、OSがあのような過負荷状態になるのですか? あれではいっそ完全にリニューアルした方が早いように思えます」

「いや、まあ、あはは」

「何を笑って誤魔化そうとしているのですか?」

 

 実際には、キラはエスト達を探し出す為にオーバーブーストの使用に踏み切ったのだが、それを使うに当たって、マードックからの注意を失念していた事を思い出したのだ。

 

 以下に緊急時だったとはいえ、間抜けと言われても反論のしようがない。

 

「・・・・・・逃げようとは、思わなかったのですか?」

「え?」

 

 突然の質問に、キラはキョトンとした顔でエストを見た。

 

 それに対しエストはいつも通りの無機質な、それでいて、どこか惑うような瞳をキラに向けていた。

 

「あなたは一時的とはいえフリーになった。逃げるには絶好の機会だとは思わなかったのですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 若干の沈黙。

 

 そして、

 

「・・・・・・あ」

 

 「そう言えばそうだったね」と言わんばかりに手を打つキラ。

 

 間抜けと言えばあまりにも間抜けな宿敵の姿に、エストは今度こそ呆れかえった。

 

「・・・・・・・・・・・・あなたについて、ひとつ判った事があります」

「何かな?」

「連邦を震撼させた凶悪テロリスト、ヴァイオレットフォックスは、実は途轍もない『馬鹿』なのだと言う事です」

 

 ひどい言われようなのだが、今のキラに反論する資格は無い。

 

 事実、捜索中、キラには「逃げよう」などという概念は存在しなかった。あるのはただひとえに、2人の少女を一刻も早く見つけたいと言う焦りだけだった。

 

 別段、キラ自身は不思議には思っていない。ゲリラ時代から、キラは仲間を見捨てて自分の安全をはかろうと考えた事は一度も無い。勿論、助けようとした人間全てを助けられた訳ではないが、それでも救える可能性のある命を諦めた事は一度も無い。それがたとえ、自分の身を危険にさらす事に繋がってもである。

 

「でも、結果的に良かったと僕は思っているよ?」

 

 あっけらかんとしたキラの言葉に、エストは眉をひそめて振り返る。

 

 そんな彼女に、キラは笑い掛ける。

 

「だって、だからこそ、君をこうして見付ける事ができたじゃないか」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 キラの言葉に、エストは二の句を告げられず、ただ相手の顔を見る。

 

 キラはどこまでも本気で言っているのだ。かつて自分の命を狙った女を相手に、本気で命を心配して助けに来てくれたのだ。

 

「さて、それじゃあ、アークエンジェルが僕達を見付けてくれるまで、少し休んでよう」

 

 そう言って、洞窟の方へ歩き出す。

 

 その背中を、エストは不思議そうな瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 無言のまま、時間だけが過ぎて行った。

 

 キラとエストは互いに向かい合うようにして壁に寄りかかり、焚いた火を見つめている。

 

 既に日は落ち、発する言葉の無いまま、火が爆ぜる音だけが聞こえていた。

 

 キラは顔を上げ、エストの顔を見た。

 

 思い出されるのは、先程のやり取りである。

 

 確かに、エストの言うとおり、彼女達を見捨てて逃げると言う選択肢がキラにはあった。

 

 だが、不思議な事に、そんな事は微塵も脳裏に浮かぶ事は無かった。

 

 フッと笑う。

 

 きっと彼女の言うとおり、自分は馬鹿なのだろう。本来なら、自分の身の安全を考えなければならないと言うのに。気が付けば仇敵の命を救うために奔走していた。

 

 考える程に間の抜けた話である。

 

「何をニヤニヤしてるんですか?」

 

 エストの皮肉交じりの声に、キラは思考を止めて振り返った。

 

「おかしな人ですね、あなたは」

「そうかな?」

「自覚が無いのは認知症の表れでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 誤魔化そうとして失敗したキラは黙り込むしかない。

 

 エストは膝を抱え直すようにして、淡々と続ける。

 

「今のあなたは矛盾の塊です。コーディネイターでありながらナチュラルの艦に乗り、テロリストでありながら軍に協力している。これがおかしいと言わずに何ですか?」

「あはは・・・・・・」

 

 一部の反論の隙も見いだせない言葉に対し、苦笑と共に鼻の頭をかくキラ。その紫の瞳は、優しげな色を湛えてエストを見た。

 

「でもね、別に、そう難しい事じゃないと思うよ」

「・・・・・・」

「アークエンジェルには、僕の友達が乗っている。付き合いは短いけど、彼等はヘリオポリスに潜伏していた時に僕に良くしてくれた。そして、真実を知った後も、変わらずに僕と友達でいてくれている。彼等の為だったら、僕は幾らでもこの命を張れる」

 

 そう告げるキラの瞳は真っ直ぐに伸び、一片の迷いさえ含んでいない。

 

「それに、ラミアス艦長やフラガ少佐、ちょっときついけどバジルール中尉も、何だかんだ言って、みんなを守る為に動いてくれている。それに、」

 

 フッと柔らかく笑うキラ。その笑顔にエストは、何かは判らないが鼻に付くような感覚を覚えた。

 

「君も、ね」

「え?」

「君が背中を守ってくれるから、僕は戦う事ができる。今じゃ君も、僕にとってはかけがえのない存在だよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 何を言ってるのだ、この男は。

 

 頭が痛くなってきた。

 

 敵は殺せ。自分以外の者は決して信用するな。

 

 そう教わって来たエストには、キラの考えは理解できない事だった。

 

 敵である者を信用するなど、エストにはできない事だった。

 

「やっぱり・・・・・・あなたは、おかしな、人です・・・・・・」

「エスト?」

 

 少女の声が急に小さくなっていくのに気付いたキラは、怪訝そうにエストを見る。

 

 エスト自身、自分の声が徐々に小さくなっているのには気づいていた。

 

 大きな声を出そうとするのだが、できない。

 

 壁に寄りかかったまま、エストの体は地面に横倒しになった。

 

「エスト!!」

 

 慌てて駆け寄るキラ。

 

 抱き起こした少女の体は、まるで水に浸かったように冷たかった。

 

「これはっ!?」

 

 ハッとして、少女の太ももを見る。

 

 そこに巻かれた包帯からは、赤い血が滲んでいる。恐らくは墜落時に負った傷がそこにはある。

 

「まさかっ!?」

 

 大急ぎで包帯を解くキラ。

 

 そこには縫合もされておらず、適当に手当てしただけで開いた傷口があった。恐らくこの傷口から雑菌が入り、感染症を引き起こしたのだ。

 

「チッ!!」

 

 キラはそっとエストを地面に寝かせると、急いで外へ飛び出し、海岸に擱座しているシルフィードに向かった。

 

 万が一に備え、機体には救急キットが入っている。激しい戦闘で負傷した場合の応急手当て用である。

 

 洞窟に戻ったキラは、ひっくり返す勢いでキットの蓋を開く。

 

「包帯に、縫合セット、消毒薬、それに、抗生物質・・・・・・あった!!」

 

 必要な物が全て揃っている事を確認すると、急いで洞窟へ戻る。

 

 エストは吐く息も荒く、いかにも苦しそうだ。

 

 キラはその横に腰を下ろすと、キットを開き、消毒薬と縫合セットを取り出す。

 

「ちょっとの間だけ、我慢してね」

 

 苦しそうに息を吐くエストに囁くように告げるとまず、自分のシャツを脱いで、それを力任せに引き割くと、エストの口に当てる。

 

 まず無針注射を取り出して、それをエストの白い太ももに押し当てた。中身はモルヒネである。取り扱いには注意が必要な薬品だが、手っ取り早い麻酔薬として、戦場では重宝されている。

 

次いで、消毒薬の瓶を取った。

 

 ふたを開くと、独特の匂いが鼻孔に入って来る瓶を、そのままエストの傷口に勢いよく振りかけた。

 

「んぐゥゥゥァァァァァァッ!?」

 

 まだ完全にはモルヒネが効いていないのか、布を噛ませた口からくぐもった悲鳴が吐き出される。もし口を塞いでなかったら、舌を噛んでいたかもしれない。

 

「がんばってッ すぐ楽になるから!!」

 

 暴れるエストを押さえながら、声を掛けるキラ。

 

 傷口の雑菌はこれで洗い流した。次は傷口を塞ぐ必要がある。その後で抗生物質を打ち、体内を滅菌するのだ。

 

 ゲリラとして各地の戦場渡り歩いたキラは、このように緊急的な手術を何度かこなした事がある。勿論、大抵の場合はこのような贅沢な救急キットは無く、あり合わせの物を使って粗雑な処置をするのがせいぜいだった。

 

 救急キットから縫合用の針と糸を取り出し、エストを見る。

 

 先程に比べると息も落ち着いている。モルヒネの麻酔効果が出始めているのだ。やがて、完全に息が落ち着き、眠るように静かになる。

 

 それを待って、キラはエストの傷口に針を当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が鼻孔をくすぐるのを感じ、エストは瞼をゆっくりと開いた。

 

 どのくらい眠っていたのだろう? あれだけあった身体の倦怠感が完全に抜けているのが判る。体が暖かい感触に包まれているのが判る。

 

 首を巡らして、状況を確認しようとする。

 

 そこで、

 

「ッ!?」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 すぐ目の前に、キラの顔があった。眼を閉じ、静かに寝息を立てているその顔は穏やかで、とても凶悪テロリストのようには思えない。

 

 更に驚いたのは、キラの恰好。上半身が裸だった。自分は記憶にある通り、Tシャツに白パンツと言う飾りっ気のない下着姿である。

 

 キラはエストの小さい体を抱きしめるような格好で、静かな寝息を立てていた。

 

 まさか、自分が気を失っている間に、この男に何かされたのだろうか?

 

 そう考える、が、すぐに考えるのをやめた。この男に、気を失っている女に手を出す度胸は無いだろう。

 

 それにしても、

 

 エストは、目の前で眠る男が本気で何を考えているのか判らなくなっていた。

 

 瀕死の仇敵を助けたのみならず、その相手を一晩中抱きしめるなど、まるで殺してくれと言わんばかりだ。

 

 エストは視線を巡らせる。

 

 拳銃は荷物と一緒に枕元に置かれている。それを取って引き金を引くだけで、この最凶最悪のテロリストを葬る事ができる。

 

 だが、

 

 何だか、それをするのも気が引けた。だいいち、こんな男でも貴重な戦力だ。わざわざここで殺す事も無いだろう。

 

 言い訳めいた思考を打ち切って、エストは視線をキラに向ける。

 

 それにしても、

 

 キラの寝顔を見続けるうちに、エストは何だか頬の辺りが熱くなるのを感じていた。

 

 あどけなさを感じさせる寝顔からは凶悪テロリストのイメージは全く浮かんでこない。本当に、ただの学生にしか見えない少年がそこにはいる。

 

 ふと、他愛のない考えがエストの中に浮かんできた。

 

 もし、自分とこの年上の少年が、敵味方でなくもっと別の出会い方をしていたら、どんな関係になっていただろう?

 

 兄妹? 友達? それともただの知り合い?

 

『それとも・・・・・・』

 

 その先を考えようとした時、キラが鼻を鳴らすように小さく呻いた。どうやら、意識が覚醒するようだ。

 

 慌てて眼をつぶり、眠っているふりをする。

 

 入れ替わるようにして、キラが身を起こした。

 

「・・・・・・痛っ、さすがに地面に寝たのは久しぶりだから、凝っちゃったな」

 

 硬くなった体をほぐしながら、キラは立ち上がると、傍らでタヌキ寝入りをしているエストに目をやると、額に手を当てた。

 

「・・・・・・うん、もう、大丈夫みたいだね」

 

 ひんやりしたキラの手の感触が伝わって来ると、先程から鳴っている心臓の音が更に大きくなった気がした。

 

「あれ、何か、まだ熱いな。まだ治ってないのかな?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 訝るキラの声にも、エストは黙って寝たふりをしている。

 

 キラはエストの体調を確認すると、洞窟の外へと出て行った。それを見届けてから、エストも身を起こす。

 

 まったく、本当に何を考えているのか。この一晩だけで、彼には脱出のチャンスは何度もあった筈だ。それをこんなにも簡単に棒に振るとは。

 

 つくづく、意味が判らなお男だった。

 

 と、足音が聞こえ、キラが戻って来る気配を感じた。

 

「あれ、起きて大丈夫なの?」

「問題ありません。既に支障が無いレベルまで体は回復しています」

「ふうん。まあ、あまり無茶はしないでね」

 

 そう言うと、キラは機体から運び出してきた荷物を下ろした。中身は食料の類である。

 

「救助が来る気配は、まだ無いですか?」

「そうみたい。もう少し、がんばるしかないかも」

 

 キラは答えながら、食事の用意をしていく。

 

 もう暫くこのままでいなくてはならないのだろうか?

 

 エストは、チラッとキラに向き直る。と言う事は、もう暫く、このテロリストの男と2人っきりと言う事になるのだろうか。

 

 そう考えるとまた、意味も判らず勝手に動悸が早くなるのを感じた。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 食事の用意をしていたキラが、手を止めて顔を上げた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、これは・・・・・・」

 

 何かに気付いたように呟いたキラは、食事を放り出して洞窟の外へと駆けだした。

 

 訝りながらも後を追うエスト。

 

 外に出ると、キラは空を仰いで何かを見ていた。

 

 そこで、エストも見た。

 

 甲高いエンジン音を響かせ、蒼穹の天を切り裂くように、1機の戦闘機が飛んで来るのを。

 

 白と青の大型戦闘機。スカイグラスパーである。ストライクから発せられる救難信号をキャッチして来てくれたのだ。

 

 向こうでもこちらの姿を確認したのか、上空をゆっくりと旋回している。

 

「どうやら、何とか生き残れたみたいだね」

「そうですね」

 

 淡泊にそう言うと、エストは海岸の方へと歩き出した。

 

「行きましょう、キラ。救助が来るなら機体で待っていた方が良いです」

「・・・・・・う、うん」

 

 頷きつつもキラは、なぜか足を止めてエストを見ている。

 

「どうかしましたか?」

「いや・・・・・・」

 

 訝るエストに、キラは笑って言った。

 

「初めてだね。君が僕の名前を呼んでくれたの」

「・・・・・・っ!?」

 

 思い出して、訳も判らず頬を熱くするエスト。そのまま踵を返すと、心無し速い足取りでストライクへと歩いて行く。

 

 その後ろ姿を追って、キラもシルフィードへと歩いて行った。

 

 

 

 

 

PHASE-16「2人の夜」     終わり

 

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