機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-17「翼の向く先」

 

 

 

 

 

 

「ほら、きりきりやれ!! そこ、まだ汚れてるぞ!!」

 

 ナタルの声に叱咤されながら、3人の子供達は手を動かす。

 

 ここは士官用のトイレ。ここで今、キラ、エスト、カガリの3人はトイレ掃除に勤しんでいた。

 

 先日の戦いで、3人は危うくMIA認定を受ける所であった。

 

 幸いにして、キラとエストが、それから少し遅れてカガリも発見、救助され事無きを得たのだが。

 

 しかし、艦に戻った3人を待っていたのは、ナタル達の大目玉だった。

 

 機体を損傷させた3人には、罰としてトイレ掃除が命じられ、ナタルがその監督役をしているのだった。

 

 艦はインド洋での激戦を辛くも突破し、南太平洋に達している。

 

 位置的にはパプアニューギニアの東。南には大洋州連合を臨み、東に進路を取れば、崩壊したヘリオポリスの所有国であるオーブ連合首長国が存在する。

 

 道は既に半ばを過ぎている。中部太平洋までたどり着く事ができれば、ザフトの勢力圏を抜ける事ができる。そうすれば一息つける筈だ。

 

 もっとも、今も各々の持ち場に付いているであろうサイ達からすれば、もどかしい事この上ないだろう。彼等からすれば、ほんの少し進むだけで故郷に手が掛ると言う位置を素通りしてしまうのだから。

 

 とはいえ、今が最も危険な時である事は変わりない。

 

 大洋州連合にはザフト軍の地上最大の基地、カーペンタリアが控えている。つまり、アークエンジェルは今、地球上で最も危険な海域を航行していると言っても過言ではない。加えて、超期間の航海と度重なる戦闘でアークエンジェルの損耗も著しい。今、ザフト軍の精鋭部隊に捕捉されれば逃げ切れないかもしれない。

 

 そんな危険極まりない状況の中で、キラ達は罰掃除に勤しんでいた。

 

「・・・・・・理不尽です」

 

 モップを動かしながら呟いたのはエストである。

 

 いつもながらの無表情は、幾分か膨れ、見る者が見れば怒っていると言うのが判る。

 

「なぜ、私までこのような事をしなくてはならないのですか?」

 

 エストとしては、別に過失で機体を損傷させたわけではないので、このように罰則を科せられるのは不本意以外の何物でもなかった。

 

 それに追従する形で、キラも口を開く。

 

「それで言うんだったら、僕だって。整備不良の機体で出ざるをえなかったんだから、少しはそこら辺を汲んでほしいんですけど」

「お前等、薄情だぞ!!」

 

 叫んだのはカガリである。

 

 彼女だけは強引に出撃した上に撃墜されると言う、情状酌量の一切無い立場にあった。

 

 そのままギャーギャーと騒ぎ始める3人。

 

「煩いぞ、お前達。口を動かしてないで手を動かせ!!」

 

 ナタルの雷は、騒ぐ3人の頭上に容赦なく落とされた。

 

 仕方なく、やる気のない調子で掃除を再開する3人を、ナタルは容赦なく睨みつける。

 

「まったく・・・・・・お前達は反省と言う事を知らんのか? 何でこうなったと思ってるんだ?」

 

 きつい言葉と視線で、3人を問い詰めるナタル。

 

 その視線にたじろきながらも、キラ達は互いに顔を見合わせ、

 

 口を揃えて、

 

「「「ザフト軍のせいです(だ)」」」

 

 人のせいにした。

 

「こ・・・こいつら・・・・・・」

 

 その返答に頭痛を憶え、ナタルは頭を押さえる。

 

 流石にまずいと思ったのか、慌てて手を動かす子供達。

 

 そこへ、クスクスと笑う声が聞こえて来た。

 

「やっているわね」

 

 勤務時間が明けて様子を見に来たマリューは、苦笑しながら覗き込む。

 

「艦長・・・・・・」

 

 敬礼をするナタル。しかし、マリューに向けられたその目には、複雑な色がある。

 

 つい先日、エスト、カガリの捜索にナタルは反対の意を具申したのに対し、マリューの決定により、敵の勢力圏下で捜索は行われた。結果的に2人は生きていて、捜索に出て二次遭難にあったキラともども、無事に艦に戻る事ができた。

 

 結果だけ見ればマリューは正しく、ナタルが間違っていた事になる。しかし、ナタルは自分の行動が間違っていたとは思わない。一歩間違えば自分達はストライク、シルフィードを失うだけではなく、アークエンジェルも撃沈されていた可能性すらあるのだ。

 

 だが、睨むような視線を向けられているとうのマリューは、ナタルに向けて柔らかい微笑みを返して来ている。まるで、蟠りなど何もないと言わんばかりだ。その笑顔に、ナタルは複雑な想いを抱かざるを得ない。

 

「みんな、真面目にやってる?」

 

 マリューに目を向けられ、3人は慌てたようにモップを動かす。

 

 その姿に、ナタルは溜息をついた。

 

「艦長、やはりこいつらには、もっと重い罰を与えた方が良かったのでは?」

「まあまあ、そうきつくしてもしょうがないわよ」

 

 マリューは柔らかく笑うと、3人に「しっかりね」と言い置いて、その場を去ろうとした。

 

 その時だった。

 

 警報が艦内を鳴り響く。

 

 まずキラが、そしてナタルが、エストが、マリューが、カガリが反応する。

 

「艦長!!」

「ええ!!」

 

 気持ちの切り替えも手早く、マリューとナタルは急ぎ足でブリッジへと向かう。それを追うようにして、キラ達も掃除用具を投げ出した。

 

 

 

 

 

 蒼穹を切り裂くように、4つの影が海上を疾走していく。

 

 イージス、ブリッツ、デュエル、バスターから成るザフト軍ザラ隊は、前方低空を航行中のアークエンジェルを目視で確認すると、グゥルの速度を上げて距離を詰めに掛かる。

 

 アークエンジェルの方でもアスラン達の接近に気付き、速度を上げて退避しに掛っているが、戦艦ではモビルスーツの速度には敵わない上に、機関が損傷しているせいで加速力も悪い。徐々に距離が縮まっていく。

 

《「足付き」め、今日こそ沈めてやるぞ!!》

《いい加減、終わらせようぜ!!》

 

 イザークとディアッカは、逸る心を押さえずに機体を加速させていく。

 

《いいの、勝手にさせて?》

「構わないさ」

 

 ライアの問いに、アスランは静かな言葉で返す。

 

 どのみち、あの2人が自分の命令に従うとは思えない。ならば、あの2人には好きにやらせて、そこに自分達が合せた方がうまくいくだろう。

 

 バスターはアークエンジェルの背後から砲撃する体勢を取り、デュエルは右舷側に回り込みつつある。それを踏まえて上で、アスランは作戦を立てる。

 

「行くぞライア。俺達は左舷側から回り込む!!」

《了解!!》

 

 そう言うと、イージスとブリッツもまた、速度を上げてアークエンジェルへと接近していく。

 

 一方、アークエンジェル側は、背後から迫るザラ隊に対し、110センチ単装リニアカノン バリアントを放って応戦するが、先行するデュエルは、その攻撃を難なく掻い潜って、艦体に取り付きに掛る。

 

「遅いぞ!!」

 

 充分に接近した所で、ライフルを構えるデュエル。

 

 甲板上のイーゲルシュテルンが盛んに弾幕を張ろうとしてくるが、それらを回避する事はイザークには苦にならない。

 

 ライフルが発射されようとした、正にその時、

 

 前方から真っ直ぐに接近してくる機影に気付き、イザークはとっさに機体を翻す。

 

 そこへ、グランドスラムを構えたシルフィードが突っ込んで来た。

 

 間一髪。

 

 横なぎに振るわれた大剣を、デュエルは上昇する事で回避する。

 

「来たな、シルフィード!!」

「デュエルか!!」

 

 互いのコックピットの中で、キラとイザークが叫ぶ。

 

 放れようとするデュエルに向かったBWSを放つシルフィード。しかし、シルフィードからの砲撃は、回避行動を取るデュエルを捉えるには至らない。

 

 シルフィードの砲撃を回避しながら、加速して接近するデュエル。

 

「今日こそ、お前を!!」

 

 イザークの叫ぶとともに、ビームライフルを乱射する。

 

「ちっ!!」

 

 イザークは距離を詰めながらライフルを放ったため、徐々に正確さを増す攻撃を前に、キラも回避に専念せざるを得ない。

 

 その間にも、各戦線で砲火が交えられる。

 

 遠距離から直接アークエンジェルに攻撃を仕掛けようと、超高インパルス長射程ライフルを構えるバスター。

 

 しかし、巨大な砲門が火を吹く事は無かった。

 

 上空から舞い降りた影が、バスターの射線を遮るように降下する。

 

 青と白の戦闘機。ムウの操るスカイグラスパー1号機は、320ミリ超高インパルス砲アグニを装備している。

 

「やらせるかよ!!」

 

 《エンデュミオンの鷹》の異名の通り、猛禽のように鋭い瞳を、バランスを崩しながら後退するバスターへ向けるムウ。

 

 スカイグラスパーの機首を反転させると同時にアグニを放つ。

 

 太い火線が迸る。が、命中前にディアッカはグゥルを操り、アグニの射線から逃れる。

 

「このっ、邪魔すんなよ!!」

 

 苛立った叫びと共に、ディアッカはバスターの手にあるライフルを分解して射撃を仕掛ける。

 

 間一髪、ムウは錐揉みをするような機動で回避し、バスターとすれ違った。

 

 防衛線をすり抜け、ブリッツがアークエンジェルに接近していく。

 

 アークエンジェルも、前部甲板に備え付けられたゴッドフリートで応戦するものの、巧みな機動で接近するブリッツを捉える事は出来ず、火線は虚しく空を切る。

 

 その間にブリッツは射程距離まで接近し、右腕に装備したトリケロスを構える。

 

「喰らいなさい!!」

 

 ライアはランサーダートを放つ。

 

 しかし、巨大な棘は、白亜の装甲に貫く前に撃ち落とされる。

 

 甲板上に待機していたストライクが、ビームライフルで撃ち落としたのだ。

 

「やらせない」

 

 静かな声を発しながら、エストはストライクのビームライフルを構える。

 

 対抗するようにブリッツもビームライフルを放って牽制する。

 

 

 

 

 

 拮抗する連合軍とザフト軍。

 

 互いに死力を尽くす戦場は、一進一退のまま変化が無い。

 

 否。機動兵器の迎撃網をすり抜けてイージスが上空からアークエンジェルへと迫る。

 

 飛んで来る砲弾をものともせず、アスランは僅かな機動で全てを回避し、有効射程距離に入るとライフルを構える。

 

 エンジンの出力が弱まっているアークエンジェルには、機敏な機動を期待する事は出来ない。

 

 アスランは上空から接近すると、ビームライフルを2連射してアークエンジェルのバリアントを破壊、艦後方への火力を弱体化させた。

 

 アークエンジェルはイーゲルシュテルンの弾幕射撃によってイージスの接近を阻もうとするが、機動力において勝るイージスを捉える事ができない。

 

「よしっ!!」

 

 アスランはイージスを変形させ、スキュラによる攻撃を仕掛けようとする。

 

 が、その前に踊りかかる影がある。

 

「やらせない!!」

 

 デュエルを振り切ったキラのシルフィードが、間一髪のところでビームサーベルを振るい、イージスを阻止する。

 

 回避はしたものの、体勢を崩すイージス。

 

 その間にキラはシルフィードを割り込ませる。

 

「クッ・・・キラ!!」

「やらせないぞ、アスラン!!」

 

 互いにサーベルを振り翳して激突する。

 

 キラはイージスのビームサーベルをシールドでいなし、反対に自身も斬りかかる。

 

 シルフィードの斬撃を後退する事で回避するアスラン。

 

 切っ先は、僅かにイージスを捉えない。

 

「ッ!?」

 

 舌を打つキラ。

 

 そこへ、今度はデュエルが突っ込んで来る。

 

「貴様の相手は俺だァァァ!!」

 

 イザークの狂気が混じったような叫びと共に、デュエルはグゥルから飛び立つ。

 

 デュエルの手に光るビームサーベル。

 

 対抗するようにシルフィードも、背中のウェッポンラックからグランドスラムを抜き放つ。

 

 翻る光剣と打ち下ろされる大剣。

 

 2体の鉄騎が交錯する。

 

 すれ違った瞬間、デュエルのサーベルは根元の発振部分から斬り飛ばされていた。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・」

 

 イザークは驚愕に声も出せない。

 

 ただでさえ扱いが難しい大剣を使って、ビームサーベルの柄の先端部分のみを斬り飛ばすという離れ業をやってのけるなど、もはや曲芸にも近い。

 

 呆然として、思わず操縦を忘れるイザーク。

 

 その一瞬の隙を突き、キラはデュエルを海面に向けて蹴り飛ばした。

 

 グゥルから離れた為、成す術も無く墜落していくデュエル。

 

 キラは更にスラスターを吹かし、今度はストライクと交戦中のブリッツへ向かう。

 

 その一切の無駄のない動きは、アスランですら対応が遅れて追いつけないほどである。

 

「クッ!?」

 

 背後からのシルフィードの接近に気付き、とっさに機体を振り返らせようとするライア。

 

 しかし、一瞬早く、シルフィードのグランドスラムが襲った。

 

 フルスイングの要領で振るわれるグランドスラム。

 

 とっさにトリケロスを掲げるブリッツだったが、シルフィードの大剣はシールドを分断してブリッツの機体に叩きつけられた。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 グゥルから弾き飛ばされたブリッツは、ライアの悲鳴と共に海面へと落下していく。

 

 グランドスラムが実体剣だったから良かったものの、ビーム刃だったら一刀両断していた程の一撃だ。

 

 ブリッツの無力化を確認したキラは、次の目標に向けてスラスターを吹かした。

 

 

 

 

 

《ご覧頂いている映像は、撮影、編集された物ではありません。今現在、我が国の領海で行われている戦闘のライブ映像です。政府は不測の事態に備え、既に国防軍に出動待機命令を発動。また、カーペンタリアのザフト軍本部、および、アラスカの地球連合軍本部へ強い抗議を送り、両軍の即時撤退を・・・・・・》

 

 映像の中では両軍が激しく砲火を交わし、アナウンサーは興奮気味に状況を伝えている。

 

 その映像を、ワインレッドのスーツに身を包んだ男達が見守っている。

 

 ここはオーブ連合首長国。首都オロファスにある行政府。居並ぶ者達は皆、オーブの行政を司る各州の首長達、及びその側近たちだ。

 

テーブルの端に、1人の男が座してモニターを見ている。

 

 年齢的には壮年と言うべきだが、醸し出す貫禄には他者を寄せ付けぬ強靭さと、愛すべき全てを包み込む深い優しさを備えているように見える。

 

 男の名はウズミ・ナラ・アスハ。先のオーブ代表首長であり、ヘリオポリスを巡る一連の事件によって責任を取る形で退任したものの、未だに国内に厳然たる影響力を持っている人物でもある。

 

 険しい表情のまま、ウズミはモニターから目を放さずに見詰めている。

 

 戦闘は正に、オーブの領海ギリギリの場所で行われている。

 

 念の為、既に海軍には艦隊の派遣を命じ、更に外交官を通じて地球軍、ザフト軍双方に抗議を送っている。

 

「ウズミ様・・・・・・」

 

 声を掛けて来た男を目で制しながら、ウズミはいかつい顔を動かす。

 

「許可なく我が国の領海に侵入しようとする武装艦に対する措置に、例外はありますまい。ホムラ代表」

 

 ウズミに声をかけた男は、現オーブ代表首長のホムラだが、そんな彼ですらウズミには逆らえない。それほどまでの影響力と政治力、そしてカリスマを備えた存在なのだ、ウズミは。

 

 ウズミは、更に画面を見ながら続ける

 

「テレビ中継は、あまりありがたくないですな」

 

 このような危険な映像は、いたずらに人心に不安を呼び起こす。それでなくても、このような映像を公開するマスコミの気が知れなかった。

 

 とは言え、

 

 ウズミの目は、画面の中央に映る白亜の巨艦に目をやる。

 

 送られてきた情報によれば、あの船には『あの子』も乗っている筈。それを追い返すと言うのは、為政者としてはともかく、人の親としてはじれったい物があった。

 

 

 

 

 

 姿勢を保てず傾斜した艦内を頼りない足取りで駆け、カガリはブリッジへ向かっている。

 

 アークエンジェルはザフト軍からの激しい攻撃によって、徐々に戦闘力が落ちて行っている。

 

 キラ達は頑張っているようだが、損傷したアークエンジェルは足を引っ張るように航行している為、なかなか攻撃圏外に逃れられないのだ。

 

 先程チラッと見た外の風景の中で、見覚えのある機体が飛んでいるのが見えた。

 

 ほんの数日前、奇妙な縁の下で出会ったザフト軍の少年。別れ際に名乗ってくれた名前はアスラン・ザラと言っていた。

 

 敵味方と言う立場ながら僅か一晩、一緒にいただけの存在。しかし、その存在はカガリの中で強く印象付けられていた。

 

 知り合いの少年が操る機体が、自分の乗る艦を攻撃している。そんな理不尽な事態に対抗する為にカガリは走っていた。

 

 その肩を、力強く掴まれる。

 

「待てカガリ。どうするつもりだ!?」

 

 たくましい腕で少女を引き止めたキサカは、厳しい口調で問いただす。その後ろには、やはり心配顔のユウキの姿もあった。

 

「放せっ、このままじゃ沈む! オーブが、すぐ傍だって言うのにっ」

「気持ちは判るけど、落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかっ、私はっ・・・・・・」

 

 後は声にならない。

 

 あの夜、少年が寝静まるのを待って、カガリはアスランから銃を奪った。

 

 強迫とも言える確信の中、カガリには判っていた。目の前の少年を放置すれば、必ず自分達に災いを齎すと。

 

 しかし、それでもカガリはアスランを撃つ事ができなかった。

 

 果たして、カガリの予感は現実となり、アークエンジェルは既に判定大破とも言える損害を受け、青息吐息の状態だ。今はまだ辛うじて動いているが、主砲以外の武器の大半を喪失し、エンジンも半分近くが死んでいる。

 

 あの時自分が撃っていれば、今日のこの事態は避けられたはずなのに。

 

 扉が開いた先のブリッジでも、緊迫した状況が呈されている。

 

 デュエルとブリッツはシルフィードが落としたものの、残るイージスとバスターが猛攻を仕掛けてくる。2機の攻撃は的確で、徐々にアークエンジェルは追い詰められていく。

 

 装甲はあちこち被弾し、黒煙を上げてのたうっている。

 

 指揮を取るマリューとナタルの顔にも、焦燥の色が濃い。

 

 キラ達が奮戦してくれてはいるが、それでも全ての攻撃を防ぎ切れていないのが現状だ。

 

 ダメかもしれない。

 

 誰もがそう思い始めていた。その時、

 

「領海線上にオーブ艦隊!!」

 

 チャンドラの報告に、全員がモニターに目をやる。

 

 そこには領海線上に単縦陣を敷いて航行しているオーブ艦隊の姿があった。

 

 この時、領海線警護の為に出撃してきたのは、オーブ海軍第2護衛艦隊。対艦戦闘を主任務とする高速水上砲戦部隊である。

 

「た、助かった・・・・・・」

 

 カズイが思わずため息を漏らした。

 

 オーブ出身の彼としては、自国の軍隊が救援に来てくれたと思うのも無理は無い。

 

 しかし、その幻想を、マリューは厳然と撃ち砕く。

 

「領海に寄りすぎてるわ。離れて。取り舵15!!」

「し、しかしっ!?」

 

 その命令には、舵を握るノイマンも思わず抗議の声を上げる。しかし、マリューに命令を撤回する意思は無い。

 

「これ以上近付けば撃たれるわ!!」

「そんな・・・・・・」

 

 カズイの絶望に満ちた声にも、斟酌している余裕は無い。

 

 オーブは確かに、彼等にとっては祖国に違いない。しかし、アークエンジェルと言う戦艦にとってはまぎれも無い他国。それも、この戦争においてはどの国にも属さない中立である。オーブ側からしてみれば厄介事が飛んで来たようなものだ。

 

 だが、そんな中にカガリは割って入った。

 

「構わん、このまま突っ込め!! オーブには私が話す!!」

「な、カガリさん、あなた、何をっ!?」

 

 突然の事にマリューは、部外者がブリッジに入ってきている事も忘れる。

 

 それを制するように、警告の通信が飛んできた。

 

《こちらは、オーブ海軍、第2護衛艦隊である。接近中の地球軍艦艇、並びにザフト軍に告げる。貴軍等はオーブの領海に接近しつつある。ただちに進路を変更されたし。中立国である我が国は、武装艦船、並びに機動兵器の領海、領空侵犯を一切認めない。ただちに変針せよ》

 

 モニターに映ったオーブ艦隊指揮官の無情とも言える警告に、サイ、カズイ、トール、ミリアリアは暗澹とし、マリュー達は唇をかみしめる。

 

《繰り返す。ただちに変針せよ。この警告が守られない場合、当艦隊は自衛権を行使し、攻撃を行う権限を与えられている》

「そんなっ!?」

「攻撃って、俺達もっ!?」

「何が中立だよ。アークエンジェルはオーブ製だぜ」

 

 絶望的な声を上げるトール達に対し、ノイマン達は憤然とした声を上げる。

 

 そんな中で、1人気を吐くのはカガリだった。

 

「構わん。そのまま領海に突っ込め!!」

 

 叩きつけるように言うと、カガリはカズイからインカムをひったくって怒鳴りつけた。

 

「この状況を見て、よくそんな事が言ってられるな!!」

《なっ!?》

 

 突然乱入した無作法な声に、オーブ艦隊指揮官がモニターの中でたじろく。

 

 対してカガリは、まくし立てるように勝手な言葉を続ける。

 

「良いか、アークエンジェルは今からオーブ領海に入る。だが、攻撃はするな!!」

《な、何だお前は!?》

「お前こそ何だ!? お前では判断できんと言うなら、行政府につなげ!! 父を・・・・・・」

 

 僅かな躊躇いの後、カガリは言った。

 

「ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!! 私は、カガリ・ユラ・アスハだ!!」

 

 その言葉にブリッジクルー一同、特にトール達、学生組一同は唖然とした。

 

 ウズミ・ナラ・アスハの名前を知らない者はオーブにはいない。

 

 先の代表首長であり、「オーブの獅子」の異名で呼ばれる人物。その人物を父と呼ぶカガリはすなわち、代表首長家の娘。つまるところ、真正の「姫君」である事を意味している。

 

 この場にキラかエストがいたら、かつて「砂漠の虎」アンドリュー・バルトフェルドと対面した時の事を思い出した事だろう。彼はドレス姿のカガリを見て「着なれている」と評した。その評価は間違いではなかったのだ。

 

 振り返れば、キサカは粛然として目をつぶり、ユウキはやれやれとばかりに肩を竦めている。この2人の反応を見る限り、どうやら真実であるらしい。

 

 とは言え、そんな無鉄砲な要求がこの場で効果がある筈も無かった。

 

《ば、馬鹿な。姫様がそのような艦に乗っている筈が無かろうッ 仮に真実であったとして、そんな要求が呑めるものか!!》

 

 至極まっとうな返事と共に通信が一方的に切られる。

 

 無理も無い。彼等には彼等の使命があり、役割がある。仮にカガリの言っている事が真実であったとして、更に確たる証拠があったとしても、そんなルールを無視するような要求を受け入れる訳が無かった。

 

 カガリは唇を噛むが、この場合はどう考えても仕方が無い。

 

 そこへ、アークエンジェルの後方から、防御砲火を掻い潜ったバスターが対装甲散弾砲を構えた。

 

 シルフィードが砲撃阻止すべく高速で接近、グランドスラムを振り翳す。

 

 しかし一手遅く、バスターの放った散弾ビームは、生き残っていたアークエンジェルのエンジンの、更に半分を吹き飛ばした。

 

 バスター自体はシルフィードの攻撃を受けて後退したが、既に後の祭りである。

 

 推力を維持できなくなったアークエンジェルは、よろけるようにして傾き、高度を下げて行く。

 

「1番、2番エンジン被弾。推力落ちます!!」

「48から55ブロックまで隔壁閉鎖!!」

「高度、維持できません!!」

 

 次々と成される絶望的な報告に、マリューは絶望的な想いに捕らわれる。

 

 ノイマンとトールは必死に推力を維持しようとしているが、エンジンを失った以上は無駄な努力でしかない。

 

 だが、不意に落ち着いた声が発せられた。

 

「これで、領海に落ちても仕方あるまい?」

 

 声はキサカの物だった。この絶望的な状況の中にあって、彼は落ち着き払っている。

 

 見ればカガリの肩を優しく叩くユウキの顔にも、安堵の微笑がある。

 

「安心していい。第2護衛艦隊の砲手は皆、優秀だ。上手くやってくれるさ」

 

 その言葉を聞いて、マリューもキサカの考えを理解した。つまり、うまく偽装できると言う事だ。

 

「ノイマン少尉。操艦不能を装って、艦をオーブ領海へ向けて」

 

 意図的に入るのは容認されないが、やむなく入ってしまったものは仕方が無い。と言う事だ。

 

 やがて、着水したアークエンジェルの周囲に、砲弾が落下し、水柱を吹き上げて行った。

 

 

 

 

 

 水柱に包まれるアークエンジェル様子は、イージスを操るアスランからも見て取れた。

 

 オーブ艦隊の激しい攻撃に晒され、アークエンジェルの姿は殆ど確認できない。

 

 だが、自分も近づこうとする、オーブ軍の艦載機が行く手を遮って来る。

 

 これ以上の侵入は許さないと言う、明確な意思表示だった。これでは手出しする事は出来ない。

 

 仕方なく、機体を後退させる。流石に一個部隊で一国家を相手にする愚は侵せなかった。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 先程の戦闘の事を思い出し、溜息をつく。

 

 キラの戦闘力があそこまで上がっているとは、正直予想外だった。

 

 4機のXナンバー。性能的にはキラのシルフィードと大差無い筈だ。それが4機で掛かって、3機までがあしらわれるとは。

 

 正直、恐ろしいほどの成長速度だ。アスランですら、1対1で勝てるかどうか。

 

 脳裏では、かつてクルーゼに言われた言葉が思い出される。

 

『撃たなければ、次に撃たれるのは君かもしれないぞ』

 

 確かにそうだ。既にキラの存在は、看過できないレベルにまでなっている。

 

 それに、アスランにはもう一つ気がかりな事があった。

 

 先程の通信で傍受した少女の声。それに、あの名前。間違いなく、数日前、無人島で一夜を過ごした少女の物だった。

 

 まさか、お姫様だったとは。あの時は、全くそのような印象を受ける事は無かったと言うのに。

 

 苦笑しつつ、機体を反転させる。

 

 感傷は無意味だ。自分もザフトの軍人なら、何としても彼等を撃たなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 護衛艦に先導され、アークエンジェルは傷付いた体をゆっくりと港の中へと進めていく。

 

 ドッグの入り口は岸壁に偽装され、外から眺めただけでは判らないようにされている。

 

 エンジンの大半を失ったアークエンジェルだが、幸いな事にエンジンはまだいくつか生きており、辛うじて自力水上航行が可能な状態であった。

 

 反転させ、後進でドッグへその身を入れるアークエンジェル。

 

 戦闘後、第2護衛艦隊に包囲される形になったアークエンジェルだが、暫くして『後続せよ』との通信を受け、オーブ群島の一角にある島へと連れて来られた。どうやら軍施設であるらしい港には、数隻の護衛艦が停泊しているのが見える。現主力護衛艦の一世代前の艦で、名前は確かクラオミカミ級と言った筈だ。

 

「オノゴロは軍とモルゲンレーテの島だ。衛星を使っても、ここの施設を発見する事は出来ないだろう」

 

 案内役のような立ち位置になったキサカが説明してくれるのに対し、マリューは警戒しながら問いかけた。

 

「あなた達も、そろそろ正体を明かしてくれるのかしら?」

 

 問われるとキサカと、その背後に立っていたユウキはそれぞれ苦笑し、踵を揃えて敬礼する。

 

「オーブ陸軍第21特殊空挺部隊、レドニル・キサカ一佐だ」

「同じく、オーブ海軍情報部対外5課特務班所属、ユウキ・ミナカミ一尉です」

 

 「これでも護衛でね」と苦笑するキサカ。

 

 ユウキは一尉、と言う事は地球軍における階級は大尉に相当し、マリューやムウの1個下の階級と言う事になる。一方のキサカは一佐であるからは大佐相当になり、この艦の誰よりも階級が上と言う事になる。更に、オーブ軍の階級制度は、少し特殊な構造をしている。

 

 オーブ軍の将官の種類は、准将の上に普通はある筈の、少将、中将、大将が無く、将軍と言う階級があるのみである。更にその上の大元帥は、国家元首である代表首長へ与えられる名誉職のような物である。

 

 つまり、オーブ軍一佐とは事実上、他国における将官クラスに相当し、海軍の艦隊指揮官や陸軍師団長など、事実上戦闘部隊単位のトップや、主席参謀などの上位幕僚級の役職が任じられる物である。

 

 自然、マリューの口調も改まった物になるのは、普段からの習慣である。

 

「それで、私達はこの処置を、どう受け取ったらよいのでしょう?」

「それは、これから会う方に直接お聞きになった方がよろしかろう。《オーブの獅子》ウズミ・ナラ・アスハ様にな」

 

 その言葉に、マリューと、その傍らに立ったナタルは顔を見合わせた。

 

 つまり、オーブの実質的な国家元首が、自分達に会うと言う事なのだ。

 

 

 

 

 

 ボズゴロフ級潜水母艦クストーの中では、ザラ隊の面々が顔を突き合わせて議論を交わしている。

 

 特に舌鋒鋭いのは、強硬派のイザークである。彼らにしてみれば、あと一歩で仕留められた獲物を余計な邪魔で取り逃がしたのだから当然であろう。

 

 一方で、隊長のアスランは、あくまで冷静さを崩さないまま状況を見ている。

 

「こんな発表を素直に信じろと言うのか!!」

 

 イザークは叫びながら、冷めぬ苛立ちを叩きつける。その苛立ちの下は、先程オーブ政府から発せられた正式な回答が原因だった。

 

「『足付き』はオーブから離脱しました。だってさ。そんなもの本気で信じるとでも? やっぱ隊長が若いから、俺達馬鹿にされてるのかね?」

 

 ディアッカも皮肉交じりに言葉を投げる。

 

 ライアはディアッカを睨みつけてから、アスランに向き直った。

 

「アスラン、こいつ等の言い方はアレだけど、今回はあたしも同意見よ。こんな回答、鵜呑みにはできない」

 

 普段なら割とアスラン支持に回るライアも、納得できない調子でアスランを見ている。

 

 対してアスランは壁に寄り掛って腕を組んだまま、あくまでも慎重な姿勢を崩さない。

 

「だが、これがオーブの正式回答である以上、ここで俺達が『嘘だ』と喚いた所で、どうにもならん」

「流石に冷静だなアスラン。いや、ザラ隊長」

「それで、はいそうですかって、馬鹿みたいに引き下がるわけ?」

 

 イザークとディアッカの皮肉を込めた言葉を受け流し、アスランは自分の意見を口にする。

 

「カーペンタリアから圧力を掛けて貰うが、それでだめなようなら、潜入する」

 

 その言葉に一同は唖然とした。今の今まで慎重的な意見を言っていたアスランが、このような大胆不敵な案を出してくるとは思わなかった。

 

「相手は仮にも一国家だ。確証も無いまま、俺達の独断で不用意な事は出来ない」

「突破して行きゃ、『足付き』がいるさ。それで良いじゃないっ」

 

 尚も諦めきれない様子のディアッカだが、アスランは鋭い眼をして応じる。

 

「ヘリオポリスとは違うぞ。軍の規模もな」

 

 その言葉に、ディアッカも声を詰まらせた。

 

 自分達の攻撃で崩壊したヘリオポリス。いかに理由があったとはいえ、民間コロニーを破壊してしまったと言う事に罪悪感を覚えないほど、ディアッカも腐ってはいない。加えて、ヘリオポリスは宇宙空間の辺境に浮かぶコロニー。軍の規模も、せいぜい地方守備隊程度であったのに対し、こちらはオーブ本国。地球連合軍も警戒を置くオーブ正規軍が控えている。いかにXナンバーがあるとはいえ、1部隊で突っ込んで勝てる相手ではない。

 

 正論を突かれ、ディアッカも黙るしかない。

 

 ややあって、イザークが口を開いた

 

「OK、従おう。案外、潜入ってのも面白いかもしれない」

 

 最後に一言、皮肉を言うのも忘れない。

 

「案外、奴等、シルフィードやストライクのパイロットの顔も拝めるかもしれないしな」

 

 シルフィード、と言う単語が出た瞬間、アスランが僅かに顔を顰めたのを見た者は誰もいなかった。

 

 出て行くイザークと、未だに不満そうな顔をしているディアッカ。

 

 2人の背中を見送ったライアは、心配そうにアスランを見るが、結局何も言う事ができなかった。

 

 

 

 

 

 マリュー、ナタル、ムウの3人が、会談を行う為に上陸した後、残った一同は暇を持て余したまま待機状態に置かれていた。

 

 ヘリオポリスの学生組も、何をするでもなく食堂に集まると、食事の乗ったトレイを持って一つのテーブルに集まっていた。

 

「まさか、こんな形でオーブに来るなんてなあ」

 

 ミリアリアが溜息混じりにそう呟く。

 

 複雑さを内包した少女の言葉には、居並ぶサイ、トール、リリア、カズイも同意する。

 

「あの、さ、こういう場合って、どうなるのかな?」

 

 躊躇うように言葉を発したのはカズイだった。

 

「やっぱり、降りたりって、できないのかな」

「いや、私達はもう志願しちゃったんだから、除隊はできない筈でしょ」

 

 今更のように終わった議論を蒸し返すカズイに、リリアは呆れたように言葉を返す。対してカズイは慌てたように手を振った。

 

「い、いや、そうじゃなくて、えーっと、休暇、とか」

「可能性はあるな」

 

 答えたのは、隣のテーブルで食事をしていたノイマンだった。

 

「どのみち、修理が終わるまで艦は動かせないんだし」

「で、ですよね」

「だが、実際は艦長達次第だな。ここは結構、複雑な国でね。こうして入港させてくれただけでも奇跡に近いんだ」

 

 一瞬、喜色を浮かべるカズイに、ノイマンはすぐに表情を引き締めて釘をさす。

 

 実際、アークエンジェルの入港に当たって、相当複雑な事態に直面しているであろう事は想像に難くない。下手に出歩いたりして、アークエンジェルの入港が外部に漏れ出もしたら、受け入れてくれたオーブ政府の立場も無くなってしまう。

 

 そう簡単に転がる話は無いと言う事である。

 

「父さんや母さん、いるんだもんね」

 

 ミリアリアの言葉と共に、沈黙が降り立つ。

 

 ヘリオポリス崩壊に巻き込まれた民間人は、大半が本国へと移り住んでいる。ヘリオポリス崩壊は、大惨事ではあったものの、避難が迅速に行われた為、人的損害は最小限に抑えられている。当然、彼女達の両親もこの国にいる筈だった。

 

「会いたいか?」

 

 優しく問いかけるノイマンに、一同は無言で返す。問われるまでも無い質問であった。

 

「会えると良いな」

 

 この国の出身ではないノイマンだが、それでも彼等の事は本当の弟や妹のように大事に思っている。できるなら、彼らの願いを叶えてやりたかった。

 

 

 

 

 

 一言で言えば、「圧倒される」であろうか?

 

 上陸を許可されたムウ、マリュー、ナタルの3人は、連れて来られた国防総省の一室で、ある人物と対面していた。

 

 厳しさと優しさを備えたようなその人物は、《オーブの獅子》。ウズミ・ナラ・アスハ。代表首長の座こそ引いたものの、今持って誰もが認める「オーブの顔役」である。

 

 口を開いたウズミは、印象通りに、穏やかながら厳しい口調で言った。

 

「知っての通り、我が国は中立だ。公式発表では、貴艦は我が軍に追われ、領海の外へと離脱した事になっている。その事を、お忘れなきように願いたい」

「判っております。ご厚意には、感謝しております」

 

 代表として頭を下げるマリュー。だが、その心根の内では、目の前の人物の真意を測りかねていた。

 

 オーブを代表する政治家であるウズミ。そのウズミが、危険を承知でアークエンジェルの入港を認めた以上、そこには何らかの裏があると思うべきだった。

 

 そこに探りを入れるように、ムウが口を開いた。

 

「助けて下さったのは、まさか、お嬢様が乗っていたから、では、ないですよね?」

 

 カガリの事は、当然ウズミも知っているだろう。その点を突いて見たのだ。

 

 軽めに放ったムウの質問に対し、ウズミは苦笑しながらも、しかしはっきりした調子で返す。

 

「国の命運と、甘ったれた馬鹿娘1人の命。秤に掛けると思いか?」

「これは・・・・・・失礼いたしました」

 

 飄々とするムウの態度を咎めるでもなく、ウズミはむしろ穏やかに言葉を続ける。

 

「そのような事情であったなら、いっそ判り易くて良かったのだがな」

 

 ウズミは独り言のように続ける。

 

「ヘリオポリスの件。巻き込まれ、志願兵になった子供達の事、聞き及ぶ、戦場でのXナンバーの活躍。人命のみを救い、あの艦とモビルスーツはこのまま沈めてしまった方が良かったのではないかと、だいぶ迷ったよ」

 

 ナタルは衝撃を受けたように身じろぎし、ムウは険しい表情を作り、マリューは申し訳なさそうに俯く。

 

「今でも、これで良かったのか、判らん」

「申し訳ありません。ヘリオポリスや子供達の件、私などが言える事ではありませんが、一個人としては、大変申し訳なく思っております」

 

 頭を下げるマリューに対し、ウズミは優しく笑い掛ける。

 

「良い、あなた方を責めようと言うのではない。あれは、こちらにも非がある事。知っての通り、我が国は中立を掲げている。それは、ナチュラルとコーディネイター、どちらも敵には回したくないからだ。しかし、力無くば意思を押しとおす事も出来ず、さりとて、力を持てば、それもまた狙われる」

 

 この時代、小国が独立を保つ事は難しい。力が無ければ、主張を押し通す事も出来ず、だが力を持てば危険視される。ヘリオポリスの件が良い例だろう。

 

 大国は大国のルールに従い、力を持たない、あるいはこれから持とうとする小国を、一方的に弾劾し裁こうとする。古くからある、それは世界の公式とも言うべき難題であった。

 

 ウズミは3人を見まわし、フッと笑う。

 

「軍人である君達には、いらぬ話であるがな」

「いえ、ウズミ様のおっしゃる事も判ります」

 

 マリューに優しい目を向けた後、ウズミは一転して厳しい目と口調で口を開いた。

 

「とは言え、こちらも、貴艦を沈めなかった本当の理由を話さねばなるまい」

 

 「来た」と、3人は心の中で呟いた。

 

 オーブとて、善意だけでアークエンジェルを助けたわけでないのは、先程のウズミの言葉からも明らかだ。

 

 そんな彼らに、ウズミは鋭い目で見詰めながら言った。

 

「シルフィードとストライクの戦闘データの供出、そして、パイロットであるキラ・ヒビキ、エスト・リーランド両名のモルゲンレーテへの技術協力を、我が国は希望している」

 

 ウズミの言葉に、3人は言葉に詰まって黙り込む。予想はしていたが、かなり厳しい条件だ。

 

 そんな彼らに、ウズミは淡々とした調子で告げる。

 

「叶うなら、こちらとしてもかなりの便宜を貴艦に図れるのだが」

 

 選択肢を狭められるように告げられた言葉に、3人は言葉なく黙り込むしかなかった。

 

 

 

 

 

 他国とはいえ、庇護下におかれると言うのがこれほど落ち着くものだと、アークエンジェルのクルー達は再確認していた。

 

 何しろ、あれほど激しい戦闘を行い、あわや撃沈と言う所まで追い詰められた後である。気が緩むのも無理からぬことであった。

 

 キラは食事を終えると、自室へ戻ろうと廊下に出た。

 

 そこで、着替えを終えたエストを見かけ、小走りで近寄った。

 

「お疲れ様、エスト」

 

 突然声を掛けられて驚いたような顔をしたエストだが、すぐにいつもの無表情に戻った。

 

「お疲れ様です、キラ」

 

 淡々と挨拶を返すエストの横に並んで、キラは歩き出す。

 

 あの無人島での一夜以来、エストはキラを名前で呼ぶようになったが、その事をキラは純粋に嬉しく思っていた。

 

 自分でも奇妙な事だと言う事は判っている。かつては自分の命を狙って来た少女と仲良くする事が、いったい何になると言うのか?

 

 全くの無駄である。それは、誰よりもキラ自身が良く判っている。しかし、それでも、その「無駄」な事が、何より今のキラにとって心地よかった。

 

 そんな事を考えたまま、2人は一言もしゃべらないまま居住ブロックまで歩いて来ていた。

 

 エストは相変わらず無表情のままだが、キラを邪険にしたり、鬱陶しそうな態度を取る事は無かった。

 

 その時だった。

 

 ある部屋の前まで来た時、中から何かをぶちまけるような大きな音が聞こえ、2人は思わず足を止めた。

 

「な、なに?」

「さあ・・・・・・」

 

 互いに顔を見合わせ、尚も騒音をまき散らすドアを見詰める。

 

 騒音は暫く続いたが、やがて唐突に止んだ。

 

 2人は尚も硬直したまま、ドアの前で逡巡する。

 

 果たして、開けるべきか否か?

 

 迷っている内に、扉の方から勝手に開いた。

 

 中から出て来た人物を見て、思わずキラは息を呑んだ。

 

 カガリが、年配の女性に手を引かれて歩いて来た。

 

 だが、少女の姿は見慣れたゲリラ兵士時代の服ではなく、薄い緑色をしたドレスを着ており、髪もセットされ、顔には薄く化粧までされていた。

 

 がさつその物の外見だったゲリラ兵士は、見事なまでに「お姫様」に変身を遂げていた。

 

 その転身振りに、キラは目を逸らす事も忘れて見惚れてしまう。

 

 向こうも2人に気付いたらしく、目を見開く。

 

「き、キラ・・・・・・エスト・・・・・・」

「や、やあ、カガリ・・・・・・」

 

 思わず間抜けな挨拶をしてしまう。

 

 微妙な空気を感じ取ったのだろう、頬を僅かに赤くしてカガリは俯く。

 

「そ、そんなに、見詰めるな。恥ずかしいだろ」

「う、うん、ごめん」

 

 そう言って、互いに目を逸らせる。

 

 一方で、そうした空気の機微を読み取らない者もいる。

 

「綺麗です」

「お前も、あまりそう言う事は言うな」

 

 本気なのか社交辞令なのか判らないエストの言葉に、カガリは素のままに突っ込みを入れる。

 

「さ、姫様、参りましょう」

 

 そんなカガリの手を、傍らの女性が優しく、それでいて有無を言わさない調子で引っ張る。

 

 マーナと言うこの女性は、幼い頃からカガリの世話係を務めている。母親のいないカガリにとっては、まさに母その物のような女性であり、父と並んで、頭の上がらない人物の1人である。

 

「自分で歩けるっ」

「ダメでございます」

 

 カガリの主張をピシャリと却下して、マーナは歩き出す。

 

 後には、完全に呆気にとられたキラとエストだけが取り残される形となった。

 

 

 

 

 

 朝靄の中で釣りをする客は、それほど珍しい物ではない。

 

 だが、その釣り人は、先程から1匹の獲物も釣っていない。そもそも、彼は釣りしにこの場所へきたわけではないのだ。

 

 彼が釣り糸を垂れる目の前の海面が泡立ったと思うと、海の中から潜水服を着た4人の人間が上陸してきた。

 

 先頭に立った男は彼の前に来ると、ゴーグルを外した。

 

「クルーゼ隊、アスラン・ザラだ」

 

 アスランの言葉に、彼は頷きながら口元に笑みを見せる。

 

「ようこそ、平和の国へ」

 

 

 

 

 

 1人の若い男は、ビルの一室に掛け込むと、中にいた男に持っていた手紙を渡した。

 

 住宅街の裏通りは日も差さず、ジメジメとした感がある。

 

 その一角は更に人通りも少なく、訪れる者も少ない。

 

 まさに、潜伏するにはもってこいと言えた。

 

 男は、渡された手紙を見ると、ニヤリと笑みを見せた。

 

「そうか、あいつら、こんな所に来やがったか。こいつは僥倖だ。やっぱ、日ごろの行いが良いからかねえ?」

 

 その瞳は、「平和の国」の中にあっては、不必要かつ異常なまでにギラギラとした光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

PHASE-17「翼の向く先」   終わり

 

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