機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-18「守護の魔剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い室内にあって、ウズミは1人、黙然と執務机に向かっている。

 

 頭にあるのは先日、ザフト軍に追われて領海内に逃げ込んで来た地球連合軍の戦艦について。

 

 遠くアフリカにまで家出していた娘を運んできてくれた戦艦。

 

 勿論、感謝の念はある。

 

 しかし、それ以上に複雑な念を、ウズミは自覚せずにはいられなかった。

 

「・・・・・・まさか、生きていたとはな」

 

 手の中にある写真を眺める。

 

 映っている若い女性の腕には、女性の子供らしき、茶色い髪と金色の髪をした2人の赤ん坊が抱かれている。

 

 過ぎ去りし日々。

 

 救えなかったと思っていた小さな命。

 

 消えぬ後悔。

 

 しかし、

 

「・・・・・・生きていてくれたとは」

 

 溜息が、重い口から洩れる。

 

 これはあるいは、天の配剤か、それとも運命のいたずらか。

 

 神ならぬ身のウズミには、判別する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 誘導されて入ったモルゲンレーテの工場で、キラとエストは機体を固定してコックピットから降り立った。

 

 ドッグ同様、工廠施設も岩盤に偽装された入口から入る事ができ、内部は地下にも繋がって、驚くほどの広さを持っている。

 

 そこにある光景に、2人は圧倒されていた。

 

 壁に並んで固定されている人型機動兵器。

 

 赤、白、黒のカラーリングが特徴的な機体が、ズラリと並んでいた。

 

 型はストライクやシルフィードなど、Xナンバーに良く似ているが、そのフレームや構造は簡略化されており、間違いなく量産を前提にして開発がすすめられている事が判る。

 

「これが、中立国オーブの本当の姿だ」

 

 声がしたので振り返ると、昨夜、素敵なドレスを着て艦を下りていった少女が、見慣れたTシャツにカーゴパンツ姿で立っていた。

 

「そう、驚く事も無いじゃない。あなた達の機体もヘリオポリスにあったんだから。あそこもオーブでしょ」

 

 驚く子供達に面白そうに言ったのは、ここまで案内してきた30代ほどの女性だった。エリカ・シモンズと名乗ったこの女性は、このモルゲンレーテで技術開発主任を務めているそうだ。

 

「これはM1『アストレイ』。モルゲンレーテ社製のオーブ軍の機体よ」

 

 機体を見ながら、エリカが説明してくれる。

 

 額のツインアンテナや、顔を構成するツインアイなど、外見はXナンバーに酷似しており、背中に背負っているバックパックなどは、ストライクのエールストライカーに似ている。

 

「オーブの護りだ、これは」

 

 エリカの後を引き継ぐように、カガリが話し始める。

 

「お前達も知っているだろう。オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして他国の戦争に介入しない。これは、その為の力だ。いや、そのはずだった」

 

 語尾の方は震えるように絞り出される。

 

 そこでふと、キラはカガリの左頬が、誰かに殴られたように赤く染まっている事に気付いた。

 

「オーブはそう言う国だ。いや、そう言う国だった筈だ。父上が裏切るまではな」

「え?」

 

 カガリの言葉の審議が計りかね、キラは掛ける言葉が浮かばない。ウズミ前代表が裏切ったと言うのはどういう事なのか?

 

 キラが困惑していると、エリカはやれやれといった調子にカガリを見て行った。

 

「あら、まーだそんな事をおっしゃっているのですか。そうではないと、何度も申しあげたでしょう。ヘリオポリスで地球軍の機動兵器を開発しているなんて、ウズミ様は知らなかったのだと」

「黙れっ。そんな言い訳が通る訳が無いだろう。国の最高責任者が!! 知らなかったからと言ったところで、それもまた罪だ!!」

 

 厳しい言葉だが、カガリの言にも一理ある。国家元首が、国の不利益になる事を「知らなかった」では済まされないのだ。

 

『お父様の裏切り者!!』

 

 カガリがかつて、ヘリオポリスのラボで叫んだ言葉が、キラの脳裏に浮かんだ。

 

 カガリとエリカは、尚も口論(と言っても、構図的にはカガリが噛み付き、エリカがあしらうと言う物)を続けている。

 

「ですから、責任はお取りになったでしょう」

「叔父上に政権を譲った所で、結局口を出すのだから、何も変わっていないじゃないか!!」

 

 いい加減、うんざりしてきたエリカは溜息をついた。

 

「まったく、あれだけ可愛がっておられたお嬢様がこれでは、ウズミ様も報われませんわね。確かに、ほっぺのひとつも叩かれますわ」

 

 どうやら、彼女の頬はウズミに殴られた物であるらしい。

 

 エリカはそんなカガリに当てつけるように、キラ達へ振り返った。

 

「さ、こんなお馬鹿さんは放っておいて、あなた達に見せたいものがあるの。ついてきて」

 

 そう言うと、エリカは先に立って歩き出す。その後へついて行くキラとエスト。不承不承と言った感じに、カガリもその後に続いた。

 

 既にキラとエストも、マリュー達から今回の件について説明を受けている。機体や艦の整備をモルゲンレーテで行う対価として、これまでの戦闘データの提供と、技術開発への協力を行うように、と。

 

 この申し出には、当然、反対の声もあった。Xナンバーのデータは地球軍にとっては機密事項に属する。それを供出するなど以ての外であると。

 

 しかし、結局のところ、その「貴重な」データを欲したからこそ、オーブはアークエンジェルの入港を認めたわけであるから、初めからこちらには選択する余地は無かったのである。

 

 連れて来られたラボでは、3機のM1が並んで立っているのが見えた。

 

 3人を強化ガラスの前まで連れて来ると、エリカはマイクを取った。

 

「アサギ、ジュリ、マユラ」

《は~い》

 

 名前を呼ばれると、マイクから3人の女の子が返事を返した。

 

 アサギ・コードウェル、ジュリ・ウー・ニェン、マユラ・ラバッツは、それぞれオーブ陸軍の所属する兵士であり、このM1開発の為、テストパイロットとして出向している身である。

 

《あー、カガリ様だ!!》

《あら、本当ッ》

《なぁに~、帰ってきてたの?》

「悪かったな」

 

 3人娘に、ブスッとした調子で応えるカガリ。余計な事を言うと弄られるだけだと言うのは本人も判っているので、それ以上は何も言わない。

 

《隣の男の子、何!?》

《家出かと思っていたけど、もしかして駆け落ち? カガリ様、やるぅ!!》

「馬鹿、そんなんじゃない!!」

 

 ムキになるカガリと、それを見て苦笑するキラ。エストは我関せずとばかりにそっぽを向いている。

 

《ムキになる所が却って怪しい~》

《いいな~、あたしも素敵な彼氏が欲しい~》

《でも、コブ付きで駆け落ちも無いんじゃない?》

《いや、でもありかもよ、そっちの女の子も可愛いし~》

「お前等、いい加減にしろ!!」

 

 癇癪を起こしかけて怒鳴るカガリ。

 

 流石に見かねたのか、エリカがやんわりと割って入った。

 

「そうね、再会の挨拶は、あとでゆっくりと続きをやってもらうとして、お客さんもいる事だし、そろそろ始めて」

《は~い》

 

 エリカの指示を受けて、3機のM1は動き出した。

 

 しかし、その動きはあまりにも遅い。

 

 恐らく中国拳法か何かをしているつもりなのかもしれないが、あまりに動きが遅い為、よく言って、「できそこないの太極拳」と言った所だ。

 

 期待はしていなかったが、ある意味で予想通り過ぎる結果に、カガリはガックリと肩を落とした。

 

「・・・・・・相変わらずだな」

「あれでも、新型のOSに切り替えて、倍以上速くなったんですよ」

 

 エリカの説明に、今度はキラが愕然とする。これで倍のスピードと言う事は、以前はもっと遅かったと言う事か。

 

 てっきり、わざとゆっくりやっているのだろうと思っていたキラは、内心で呆れる思いであった。

 

「実用以下ですね。標的の大量生産でもしたかったのですか?」

 

 空気を読まないエストの言葉も、なかなか痛々しい。

 

 耳が痛いわね、と苦笑するエリカの横で、カガリは盛大にため息をつく。

 

「これじゃあ、あっという間にやられるぞ何の役にも立ちはしない」

《あっ、ひっど~い》

《こっちの苦労も知らないくせに!!》

「敵だって知っちゃくれないさ、そんなもん!!」

 

 カガリの言う事はいちいちもっともだ。こちらの苦労を知ったからと言って、戦場で手加減してくれる敵はいない。

 

「こう、もうちょっとテキパキと動けないのか? せめて蝿が止まらない程度にさ」

《蝿なんて止まってないもん!!》

「ここに蝿がいないからだろうが」

《何よッ 自分は乗れもしない癖に!!》

「言ったなッ だったら代わってみせろ!!」

「はいはいはい、やめやめ」

 

 マイク越しに果てしなく口喧嘩を続けそうな少女達を制し、エリカが割って入ると、キラとエストを見て言った。

 

「カガリ様の言う事ももっともな事よ。だから、私達はあれをもっと強くしたいの。あなた達のシルフィードやストライクのようにね」

「つまり、僕達が協力するのは、OS開発と言う事ですね」

「そう言う事、話が早くて助かるわ」

 

 そう言って、エリカは柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海洋国家であるオーブにとって、海軍とはまさに国防の要であると言ってよい。自国の交易路を守る為には必要不可欠な存在なのである。

 

 技術大国オーブは近年、海軍の拡張に力を注ぎ、質においては列強各国に比肩しうる強力な海軍の整備を行っていた。

 

 勿論、ハード面ばかりを追求しているわけではない。その証拠に、優秀な情報部員の育成にも力を注ぎ、今やオーブ海軍のエージェントは世界中に散らばるまでに至っている。

 

 海軍情報部対外課特務班とは、敵性国家への隠密潜入を目的とした部署であり、構成員にはあらゆる分野でのエキスパートである事が求められる。

 

 ユウキ・ミナカミ一尉もまた、そうしたエージェントの1人である。

 

 久方ぶりに来たオフィスは、何も変わっておらず、相変わらずの顔振りを呈していた。

 

 それは自分の机のまわりも同じ事で、行く前と同じ、否、それ以上の惨状を創り出していた。

 

「・・・・・・何で、俺の机に他人の荷物が山みたいに置かれてるんだ?」

「あれ、ミナカミ、お前、帰って来たの?」

 

 応じたのは、隣の机に席を持つケン・シュトランゼン一尉であった。ユウキとは士官学校の同期生であり、共に情報の道を歩いて来た友人でもある。

 

 しかし、見れば、机を占領している荷物の大半がケンの物であると判る。

 

「何で俺の机が、お前の荷物に占領されているんだ?」

「いや~、悪い悪い、お前、当分帰ってこないと思ったからさ」

 

 だからって、人の机を物置にするのはどうだろう。と突っ込みたかったが、面倒くさいのでやめておいた。

 

 取り敢えず、持ってきた荷物は、ここだけは無事だった椅子の上へと置く。

 

「それで、どうだった、お姫様の護衛は?」

「どうって、まあ、相変わらずだったよ」

 

 そう言って、ユウキは苦笑する。

 

 実際、カガリに関する事で苦労するのは、今回が初めてではない。

 

 ミナカミの家は、代々アスハ家に仕える身分であり、ユウキは幼い頃からカガリの護衛役として様々な技術を叩き込まれてきた。

 

 護衛役、と言っても、幼い頃はそんな殺伐としたものではなく、せいぜいが年の離れた友達と言った感じであった。カガリは昔から活発な性格であり、ユウキはいつも、そんなカガリに振り回されていた。

 

 今回、カガリの出奔に際し、ユウキが護衛役に任命されたのは、そうした経歴を考慮された結果であった。

 

「さて」

 

 荷物を置くと、ユウキは踵を返した。

 

「ん、どっか行くのか?」

「ああ、課長に任務完了の報告。これで、暫くは骨休めに入れるよ」

「そりゃ良い御身分で」

 

 からかうようなケンの口調に背中越しに手を振ると、ユウキは課長室へと向かった。

 

 自分の甘い考えが撃ち砕かれるのをユウキが悟るのは、それから僅か数分後の事だった。

 

 

 

 

 

 青天の霹靂と言うのは、こう言う事態の事なのだろう。とユウキは、自分の上司である課長を前にして考え込む。

 

 そう考えるに至った経緯としては、今、ユウキが手にしている1枚の書類が原因だった。

 

「艦隊勤務、俺がですか?」

 

 ユウキは渡された辞令書を眺め、怪訝そうにな声を上げた。

 

 手にした書類には、こう書かれていた。

 

『ユウキ・ミナカミ海軍一尉

上の者、壱號艦、副長乗り組みを命ずる』

 

 その下には現代表首長であるホムラの名前と、国防大臣、国防軍総司令官、艦隊司令長官、人事部部長の署名があり、書類が本物である事を示している。

 

「何だ、不満か?」

「いや、不満って言うか・・・・・・」

 

 課長の言葉に、ユウキは言葉を詰まらせる。

 

 艦隊勤務とは言葉通り、艦艇に乗り組み、国防の最前線を担う海軍の花形部署である。多くの民間人が「軍人=前戦部隊」と言う認識を持っている事からも判る通り、人気の高い部署である事は間違いない。

 

 しかし、ユウキは今まで情報畑一本で歩んできた身である。今更艦隊勤務と言われても困る。

 

「まあ、聞け」

 

 課長は困惑するユウキを落ち着かせるように、ゆっくりと話す。

 

「八八艦隊計画は知ってるか?」

「・・・・・・はい。長期国防計画の一環だって。まあ、俺程度の身分だと、名前と大まかな内容くらいの情報しか見れませんけど」

 

 それはオーブが数年前から進めている艦隊建造計画である。

 

 戦艦8隻、航空母艦8隻を中心とした大規模な艦隊整備計画である。同時並行して進められている「宇宙軍整備計画」との兼ね合いもあり、一部の艦は大気圏の内外で共有できるような設計を成されているとか。

 

 既に完成し、運用が始まっているイズモ級宇宙戦艦2隻も、この計画によって建造された艦である。そして、ユウキが乗り組みを命じられた壱號艦も、その一環によって建造された戦艦である。

 

「その計画に従って、優秀な人材の引き抜きが始まってる。そこで、うちではお前に白羽の矢が立ったってわけだ」

「事情は判りましたけど、何で俺なんですか?」

 

 ユウキは不満そうに言う。「優秀な人材」なら、他に幾らでも居る。たとえば、先程のケンにした所で、ユウキ自身、一目置くほど、優秀な軍人だ。

 

「まあ、聞け。お前だって、いつまでも情報部の一部員でいるつもりは無いだろう。いや、そんな顔するな、たとえお前自身はそのつもりでも、海軍としてはそれじゃ困るんだよ。いずれは海軍その物を引っ張って行ってくれるような、そんな人材になってくれないと困る。その為の艦隊勤務だ。まあ、出世していく上じゃ、誰もが通る道だよ」

 

 そう言って笑う課長に、ユウキは複雑な表情を返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 モルゲンレーテの工場に入り浸るのが、最近のカガリの日課となっているような気がするが、本人は特に気にした様子も無く、自分のパスを使って自由に出入りしていた。

 

 帰って来てからと言うもの、父との不仲は続いている。もっとも、それはカガリが一方的にウズミを避けているだけの話なのだが。

 

 そんな事もあって家に居づらいカガリは、ますますモルゲンレーテに入り浸るようになっていた。

 

 今、モルゲンレーテのドッグではアークエンジェルが、ラボではシルフィードとストライクの整備が急ピッチで行われている。

 

 そのシルフィードが安置されている場所まで来てコックピットを覗き込むと、中に乗っている人物が凄まじい勢いでタイピングを行っているのを見付けた。

 

「うわっ、お前、凄いな」

 

 そのあまりの速さに思わず声を上げると、相手も顔を上げる。だが、それはよく見知った顔の少年だった。

 

「カガリ?」

「何だ、キラだったのか」

 

 キラはいつもの軍服姿ではなく、オレンジ色の整備兵の服装をしている。軍服では目立つ為、整備兵の恰好をするように言われたのだ。

 

 コックピットから上がって来ると、キラは苦笑をカガリに向けた。

 

「君も変わったお姫様だね。こんな所にいたりして」

「悪かったな。それから姫とか言うな」

 

 むっとした表情のカガリに、キラは思わず堪え切れずに噴き出した。

 

 今こうしている姿からして、深窓の令嬢と言った雰囲気では無い。当初の野生児めいた印象こそ薄れたものの、控え目に言って「不良少女」と言った感じだ。

 

「けど、やっと判ったよ。あの時、カガリが何でモルゲンレーテにいたのか」

「ああ、モルゲンレーテがヘリオポリスで地球軍の機動兵器を作っているって言う噂を聞いてな。父に話しても全く信じてくれないから、それで自分の目で確かめようと思ったら、あの騒ぎだ」

 

 ヘリオポリスは崩壊し、その事が元で彼女の父、ウズミは政権を返上する事になった。

 

 だが、それでも目の前の娘は、父の「背信」を許す事ができず、今も反攻しているのだ

 

 しかし、

 

「父を、信じていたのに」

 

 ポツリと囁かれた言葉が、カガリが今でもウズミの事を信じたがっている事を如実に表している。

 

 と、2人が話していると、ストライクのOS整備を終えたエストが歩いてくるのが見えた。

 

 エストもまたキラと同様に整備兵の作業服を着ているが、サイズが合った物が無く、やむなく、最小サイズの服の裾を折って着ていた。

 

 エストは2人の傍らまで歩いてくると、カガリを見て言った。

 

「姫、また来ていたのですか」

「だから、お前も姫とか言うな」

 

 カガリはエストに、容赦無くヘッドロックを掛ける。

 

 何だか最近、エストの言動に変化があるように思える。今のように冗談のような事もたびたび口にするようになった。もっとも、本人が無表情なので、本当に冗談なのかどうかは判断が難しい所であるが。

 

「ところで、」

 

 ようやく解放されたエストは、乱れた髪を直しながらキラに向き直った。

 

「先程、整備士の方がぼやいていました。あまりにもシルフィードの駆動系の摩耗が酷過ぎると」

「あんまり、無茶な事をしすぎたからだろ」

 

 エストの言葉に、カガリがからかうように続ける。しかし、キラはそれには乗らず、俯いた表情をする。

 

「それでも、守れなかった物はたくさんある」

 

 キラの中で、これまで犠牲になった人々が蘇って来る。

 

 先遣隊と一緒に沈んだフレイの父親。アークエンジェルを守る為に盾となったハルバートン提督と、第8艦隊の将兵。そして、クライブの非道によって低軌道に儚く散った少女と、ヘリオポリスの難民たち。

 

 そのどれもが、キラの悔恨となって心をむしばんでいる。

 

 落ち込むキラを察するように、カガリは強く肩を叩く。

 

「ああ、何か、腹が減ったな。昼飯でも食べに行こうぜ」

「・・・・・・そうだね」

 

 キラも気を取り直したように笑顔を浮かべると立ち上がる。

 

 3人は連れだって歩き出す。

 

「ところで姫、昼食は姫の奢りで宜しいでしょうか?」

「調子に乗るな。あと姫はやめろ」

 

 カガリはエストの頭を軽く小突いた。

 

 

 

 

 

 制服とは、それを着ているだけで異邦の者を、ありきたりな風景の中へ溶け込ませる事ができる。

 

 オーブへの潜入を果たしたザラ隊の4人は、現地で接触した工作員からモルゲンレーテ作業員の制服を借りると二手に分かれて情報収集を開始した。

 

 イザークとディアッカ。そしてアスランはライアと共に街の中を歩いて行く。

 

「どこかにいるとは思うけど・・・・・・」

 

 街並みのデータを眺めながら、ライアは傍らを歩くアスランを見る。

 

 アスランはライアの言葉を聞きながらも、どこか注意散漫な調子で歩いている。

 

 そんなアスランの横顔を、ライアは黙って見詰める。

 

 今回の潜入作戦、慎重派のアスランにしては妙に大胆すぎるような気がする。そこに彼の焦りのような物を感じていた。

 

「軍港に停泊しているとは思えないし、本命はやっぱりドッグかな? でも、あそこに入るにはあたし達のIDじゃ無理よ」

「別に艦その物を見付ける必要は無い。その証拠があれば良いんだ。必要な物資、乗組員、住民の噂程度でも充分な証拠になる」

 

 乗組員と言った瞬間、アスランの脳裏に浮かんだのは言うまでも無くキラの事だった。

 

 「足付き」がこの地にいるなら、彼もまたここにいるのだろう。

 

 もし、遭遇したら、自分は彼にどのように接すれば良いだろう?

 

 キラは今まで、多くのザフト軍兵士を葬ってきている。アスランとも何度も刃を交え、手加減する気配すら無い。

 

 かつての親友は、今や地球軍最強のパイロットとなって、アスランの前に立ちはだかっていた。

 

「・・・・・・行こう。ゆっくりしている時間は無い」

「そうだね」

 

 そう言うと、2人は連れだって歩き出した。物見遊山で来たわけではない。こうして潜入していられる時間も限られているのだ。

 

 

 

 

 

 工廠を出てすぐのレストランに入り、それぞれ注文した品が運ばれてくると、暫くは無言のままにそれぞれの食事を口に運んでいた。

 

 メニューはそれぞれ、キラが洋食、カガリがチキンカレー、エストは和食の定食を頼んでいた。

 

「ふむ」

 

 手にしたお椀を置くと、エストは満足そうに中身を見て頷いた。

 

「これが噂に聞くミソスープですか。何とも、不思議な味ですね。コーンスープとも違いますし」

「何だ、和食は初めてか?」

「そもそも、東洋の文化圏に来た事がありませんので」

 

 エストは物珍しそうに言いながら、今度は野菜炒めに挑戦する。

 

 だが、箸の使い方に慣れていないせいか、さっきからボロボロと取り落としている。

 

「あ~ほら、何やってるんだ、だらしないな」

 

 カガリは呆れたようにいながら、エストの口の周りをナプキンで拭ってやる。

 

 何とも微笑ましい光景に、キラは食事をする手を止めて微笑を浮かべる。

 

 どうにも、砂漠での戦いからこっち、カガリはエストを妹分として見ている節があり、何かにつけて世話を焼こうとしているようだ。同様の事はリリアにも当て嵌まり、あちらも何かにつけてエストに構おうとしているのが判る。

 

 きっとエストのキャラクターのせいだろう。本性はともかく、普段は茫洋とし、どこか人形めいた印象を持つエストだが、同時に見る者をハラハラさせる危うさを持っている。それが2人の保護欲を刺激しているのだろう。

 

 そんな事を考えていると、

 

「痛っ」

 

 テーブルの下で、向こうずねを思いっきり蹴られた。

 

「笑い方がいやらしいです」

 

 淡々と理不尽な事を告げる加害者の少女を、キラは涙目になりながら睨みつける。

 

「何だ、キラ。お前、変な事でも考えてたんじゃないだろうな?」

「いや、変な事って、別に僕は・・・・・・」

「慌てて否定すると言う事は、肯定の証です。語るに落ちましたねヴァイオレット・フォックス」

「気を付けろ、エスト、男はみんな羊の皮を被った狼だって、前にマーナが言っていたからな」

「・・・・・・もう、好きにして」

 

 少女2人に弄り倒されて、キラはガックリと肩を落とした。

 

 そんな事を話している内に、3人は食事を終えて店を出る。

 

 もっとも、キラだけは、先程のダメージが効いているのか、1人疲れたような足取りだが、

 

 と、気の無い調子で歩いていたキラは、店を出ようとした瞬間、逆に入って来る人物と肩がぶつかってしまった。

 

「あっ」

「うわっ!?」

 

 互いにどうにか転倒するだけは免れたが、大きくよろけてしまった。

 

「あ、すいません」

「いや、僕の方こそ、ちょっとボーっとしてて」

 

 互いに謝る2人の少年。キラは顔を上げて、相手を見た。

 

 印象的な紅い瞳を持つ少年である。年の頃はエストと同じくらいではないだろうか? 幼いながらにして、強そうな意思が宿っているのように思える。

 

「お兄ちゃん、早くー!!」

「判ってる! じゃあ、俺、行くんで」

「うん、ほんと、ごめんね」

 

 家族に呼ばれて店に入って行く少年を見送ると、キラも先に出ていた2人に駆け寄る。

 

「どうした?」

「いや、何でも無いよ。さあ、戻ろう」

 

 キラが促すと、3人は連れだって歩き出した。

 

 木漏れ日がこぼれる、オーブでの昼下がり。

 

 だが、その日溜まりに影を落とす不吉が、この時既に彼等の背後に迫っている事は、だれも気付いていなかった。

 

 連れ立って歩く3人。

 

 その様子を、冷やかに見詰める一対の瞳があった。

 

「ビンゴ・・・・・・」

 

 口調に歓喜が漏れ、殺気は嫌が上でも体内に宿る。

 

 まさにたった今、彼の標的が目の前を呑気に歩き去った所だった。

 

 折よく、携帯電話が振動によって着信を伝えて来る。

 

「おう、俺だ」

《隊長、そっちはどうですか?》

 

 報告を聞き、男の口元には凄みのある笑みが浮かんだ。並みの人間ならば見ただけで震えあがりそうな笑みの元、男は話を進める。

 

「こっちもたった今確認した所だ。例の奴、準備できてるか?」

《ばっちりです。整備も完ぺきにやっときましたよ》

 

 ニヤリ、と笑みを強める。

 

 これで準備は整った。後は、花火を上げるだけだ。

 

「そんじゃ、おっぱじめるとしようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えて工廠に帰るとキラとエストは、今度はOS開発の仕事があると言って別れた為、手持無沙汰になったカガリは再び工廠内をぶらぶらと歩いていた。

 

 そんな時だった、背後からの呼び声に振り返ったのは。

 

「お久しぶりですな、カガリ様」

 

 カガリの背後に、軍服に身を包んだ男性が立っていた。

 

 年は既に60を越えているであろうか。初老のその人物は、鍛え上げた身を海軍の軍服に包み、いかにも海の男然とした引きしまった容貌をしている。しかし、その表情は柔和であり、カガリを見詰める瞳も孫を見るかのように優しげである。

 

「爺や、久しぶりだな!!」

 

 カガリもまた、その人物に笑顔で駆けよった。

 

「何だ、爺や、こんな所で何をしているんだ?」

「いや、モルゲンレーテの方に少しばかり用がありましてな、ついでにカガリ様が来ていると聞きまして、探していた次第です」

「何だ、わたしはついでなのか?」

 

 冗談めかして言う男に、カガリも冗談で返す。

 

 カガリと親しく話す初老の海軍軍人の名は、ジュウロウ・トウゴウ海軍准将と言い、現在でこそ待命状態であるが、本来は現場一筋の叩き上げの軍人であり、幾度かの領海紛争にも参加した名将でもある。

 

 カガリは「爺や」などと呼んでいるが、本来ならば、そのような無礼が許されるような相手ではない。しかし、子供のころから定着した呼び名を、目の前の老提督が咎めた事は一度も無かった。

 

 カガリの父、ウズミとは旧知の仲であり、カガリの事は幼い頃から本当の孫のように可愛がってくれた人物である。

 

「カガリ様、今回はまた、随分と遠くまで冒険をなされたとか」

「何だ、爺までお説教するのか?」

 

 カガリは渋い顔でトウゴウを見る。

 

 厳しい面もある父やマーナと違い、このトウゴウはカガリにはとかく甘い一面がある。そのトウゴウまで自分を責めるのかと思うと、カガリとしては面白くなかった。

 

「いえいえ、そうではないのです。ただ、カガリ様が世界を回って見て来た事を、この爺にも教えていただけないかと思いましてな」

「・・・・・・世界を回った、か」

 

 トウゴウの言葉に、カガリは少しだけ俯いたようにして語りだす。

 

「今、世界中が戦っている。どこでも。私が行った砂漠でも、皆が皆、武器を持って戦っていた。なのにオーブは、」

 

 カガリはちらりと、視線を奥のラボへと向ける。

 

 視線の先には、引っ張り出されて調整を受けるM1が鎮座していた。

 

「なあ、爺や。これだけの力があり、地球軍相手にあれだけの事をやったと言うのに、未だに地球にもプラントにも良い顔をしようとする。それってずるくないか?」

 

 カガリの率直な言葉に、トウゴウは「ふむ」と顎に手を当てる。

 

「成程。カガリ様は、今こそオーブは、苦しめられた人々を助ける為に立ちあがるべきだとおっしゃりたい訳ですね」

「そうだ。それをやってこそ、初めて『中立』って言えるんじゃないのか」

 

 カガリの言葉に、トウゴウはしばし黙考する。

 

 幼いと言ってしまえば、あまりにも幼い意見だ。「人の善意」と「国の善意」は違う。人の善意は良心に従い、困っている人々に手を差し伸べればいい。しかし国の善意は、まず第一に、自分達の利益を考えなければならない。他国の人々を助ける為に、自国の民を飢えさせたのでは本末転倒である。

 

 カガリはまだ、その事が判っていない。仮に、戦火にあえいでいる人々を救う為に軍の派遣を行ったとして、それで戦い、傷付き倒れて行くのはオーブの兵士、オーブの民なのだ。

 

 だが、

 

「国と言うのは、複雑な物でしてな」

 

 トウゴウは、諭すように優しく言葉を紡いだ。

 

「その中には多くの国民が暮らしているにもかかわらず、まるでそれがひとつの生命体であるかのように、意思を持って動く時があるのです。それを制御するのが、国家元首の仕事です」

「だが、父は失敗した!!」

「そうです。それ故、ウズミ様は苦悩されているのですよ。責任は取らなければならない。しかし、この舵取りが難しい時期に国の首班を明け渡す事の危険さを誰よりも知っているのは彼でしょうから。ですから、今のこの状況は、ウズミ様にとっては、窮余の一策とも言える『落とし処』なのですよ」

 

 カガリはようやく、トウゴウが自分とウズミの仲を修復する為に来たのだと言う事を理解していた。

 

 口をとがらせて、そっぽを向く。

 

 何と言われようが、今のカガリには、父が裏切ったように見えて仕方が無く、また、それを許す気になれないのも事実だった。

 

 そんなカガリを見て、トウゴウは苦笑を洩らす。

 

「今は、まだ迷う時期なのでしょうな」

「爺や・・・・・・」

「迷いなさい。答までの道に、初めから近道などありませんし、初めから近道を探すような人間に、真の道を見付ける事などできはしませんよ」

 

 そう言うと、トウゴウはカガリの頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 1日歩きまわり、ほとんど成果の無いまま、アスラン達は合流する事となった。

 

 4人の間には、徒労感が漂っている。

 

 目立つような場所にいるとは、流石に思っていない。それでも何らかの証拠の欠片が欲しかったが、しかし、現実として、「足付き」に関する情報は全くと言っていいほど集まらなかったのだ。

 

「そっちはどうだ?」

 

 アスランの問いに、イザークは傷の入った顔を横に振り、ディアッカは肩を竦める。

 

「そりゃ、軍港に堂々といるとは思わないけどさ」

「あのクラスの船だ。そう易々と隠せるとは思えないが・・・・・・」

 

 2人にも徒労感が強い。いるかどうかも判らない相手を探そうと言うのだから、無理も無かった。

 

「欲しいのは証拠だ。いるならいる。いないならいないという、な」

「でも、この調子でやってたら、どれくらいかかるか・・・・・・」

 

 ライアも、気弱な事を言って俯く。こちらは女の子、それもこの中で最年少だ。疲労の色は誰よりも濃かった。

 

 その時、4人の目の前に大型のトレーラーが止まり、中からドライバーが顔を出した。

 

 とっさに、被った帽子で顔を隠すアスラン達に、ドライバーの男は話しかけた。

 

「すいませーん、第2ドックっでどこですか?」

 

 イザークは舌打ちしたが、アスランはそれを手で制して口を開いた。

 

「すいません、俺達新人なんで、詳しい事は判らないんです」

「あー、そうかい。そいつは悪かったな」

「いえ、こっちこそ」

 

 答えるアスランに手を振ると、トレーラーは走り去っていった。

 

「仕方が無い、もう少し情報を探ってみましょう」

「しょうがないか」

「やれやれ」

 

 疲れた体で、立ち上がる3人。

 

 だが、アスランだけは立ち上がらず、走り去ったトレーラーを見続けている。

 

「どうしたの、アスラン?」

「あ、いや・・・・・・」

 

 声を掛けたライアに振り返らず、視線は真っ直ぐにトレーラーを追う。

 

「あのトレーラー・・・・・・」

「?」

 

 ライアも視線を向けるが、既に角を曲がったトレーラーの姿を確認する事はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラボの中では、先日と同じようにM1の作動デモンストレーションが行われていた。

 

 ただし、違う点があるとすれば、先日とはうって変わって、機敏な動きをしている点だった。

 

「新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合の代謝速度を40パーセント向上させ、一般的なナチュラルの神経接合を適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました」

 

 強化ガラスの向こう側で、M1が滑らかな動きをしているのが見える。

 

 その光景はエリカを始め、モルゲンレーテの関係者を瞠目させるには充分な光景だった。

 

 何しろ、プロの技術者が数人がかりでも進展させる事ができなかったOS開発を、たった2人の子供が、数日のうちに成し遂げてしまったのだから。

 

「凄いわ、よくこんな短期間で完成させてくれたわね」

 

 エリカの目は信じられないと言わんばかりに見開かれている。

 

 冷やかしにやって来たムウも、面白そうに目の前の光景を見ている。

 

「俺が乗っても、あれくらい動くのかね」

「勿論ですよ、少佐」

 

 パイロットとしての食指が動くのだろう。いかにも乗りたそうな表情で見ている。

 

 驚きの声を上げる大人達を尻目に、キラはここ数日、共に作業を行っていた少女に振り返った。

 

「お疲れ。今回は助かったよ、色々と手伝ってくれて」

 

 優しく声を掛ける。が、当のエストは、まるで不満だと言わんばかりに、キラを睨み返して来る。

 

「理不尽です」

「え、何が?」

「あのプログラムの殆どは、あなたが組んだ物です。私がやった事と言えば、完成後、シュミレーターを使用して、試運転をした程度。同じように技術開発の支援要請を受けたのに、これでは私が無能者のようです」

 

 相変わらずの無表情で発せられるエストの愚痴に、キラは思わず噴き出す。

 

 要するに、自分とキラとの技術力の差を認識して腐っていたのだ。

 

 キラはエストの頭に手を置くと、髪を掬うように撫でる。

 

「いや、でも助かったのは本当だよ。君がシュミレーションをこなしてくれたから、僕としては手間が省けたしね」

「・・・・・・フンッ」

 

 エストはキラの手から逃れるように身を引いた。

 

 その様子に、キラは少し拍子抜けしたように少女を見る。てっきり、いつものように二言三言、皮肉を返してくると思ったのだが。

 

 なんにしても、これで自分達の役割は終わった。後はアークエンジェルとシルフィード、ストライクの修理さえ完了すればアークエンジェルは出港できる。

 

 その時だった。

 

 入口の方でけたたましい音が鳴り響き、ラボにいた全員がそちらの方へと振り返った。

 

 振り返れば、入り口に大型のトレーラーが突っ込んでいるのが見えた。

 

「何でしょう?」

「事故みたい、だね」

「おいおい、勘弁してくれよ」

 

 キラとエスト、それにムウが他人事のように入口の様子を眺める一方、エリカを始め、モルゲンレーテの関係者は慌てふためいている。

 

 作業員の1人が、トレーラーの運転席へと近づいていく。

 

「おいおい、馬鹿野郎ッ どんな運転したらこうなるんだ? 酔っ払ってたのか?」

「あ~、すみませんね~」

 

 運転席の男は、顔を出さずに言ってくる。

 

「大丈夫かッ?」

「あ~、大丈夫大丈夫」

 

 そう言うと、ハンドルの隣にあるボタンを押しこんだ。

 

「何しろ、お楽しみはここからだからね」

 

 言った瞬間、トレーラーの荷台が大きく開いた。

 

 中から現れた物。

 

 それを見た瞬間、

 

 その場にいた全員が凍りついた。

 

 荷台から出て来た物。それは、大型のパワードスーツ。

 

 本来は作業等に使用される機材であり、現われた物はかなりの大型で、恐らくは土木作業用と思われた。モビルスーツの半分程の大きさだが、腕はM1等に比べれば倍近く太く、相当なパワーがある事が窺える。

 

 その腕が一閃される。

 

 一撃で、ラボのドアが吹き飛んだ。

 

 轟音と衝撃が、ラボの中を駆け巡る。

 

「クソッ、何だってんだよ!?」

 

 2人の子供達を庇いながら、ムウが悪態をつく。

 

 予期しえない突然のテロリズムに、キラは皮肉な物を感じていた。まさかテロリストの自分がテロに巻き込まれる事になろうとは思わなかった。

 

 だが、次の瞬間、キラは自分の目を疑った。

 

 パワードスーツは操縦桿やペダルで操縦するモビルスーツと違い、パワーアシストと言う機能が搭載され、コックピットの中で実際に手足を動かす事で操縦するのだが、そのコックピットはガラス張りになっており、その内部が見えるようになっている。

 

 キラの視線は、コックピットにいる人物に注がれていた。

 

 その人物の顔。

 

 その顔を、キラはこの場にいる誰よりも熟知していた。イヤと言う程に。

 

「クライブ・ラオス!?」

 

 自身の仇敵にして、ザフト軍の隊長格を務めるあの男が、なぜこの場に現われたのか?

 

 考えている間にも、パワードスーツは暴れ回り、並んでいる機材を片っ端から叩き壊していく。

 

《はぁ~い、ど~も~、平和ボケしたオーブのみなさ~ん、知ってますか~? お外には、こ~んなに危ないおじさんがたくさんいるんですよ~。だから、お外に出るのはやめましょう~、もっとも、もう遅いけどな!!》

 

 からかうような口調と共に、パワードスーツの腕を振るうクライブ。それだけでラボの内壁が吹き飛び、大穴があく。

 

 更に旋回するように腕を振るえば、高価な整備用機材が宙を舞い、床に叩きつけられてスクラップと化す。

 

《ギャハハハハハハ、ほらほら逃げろ逃げろ~ 踏みつぶしちまうぞ~》

 

 パワードスーツの猛襲から逃げ惑う人々。殆ど、暴れる巨像から逃げ回るような光景だ。

 

 そんな中で、キラ、ムウ、エストの3人は物影から様子を覗う。

 

「本当か? 本当にザフトの兵士なのか?」

「間違いないです。前に戦った事のある相手ですから」

 

 答えるキラも、猛威を振るうパワードスーツを見やる。

 

 モルゲンレーテの社員達は、負傷者を連れて後方に下がろうとしている。幸いまだ死者は出ていないようだが、それも時間の問題であると言える。

 

 そんな中でクライブの駆るパワードスーツは、我が物顔で暴れ回っている。

 

 エストはキラの顔を見ている。

 

 何故彼は、乗っている人間がザフトの兵士だと判ったのだろう? 前にイージスのパイロットが幼馴染だと言っていたが、それと同じように、知り合いか何かだろうか?

 

 しかし、

 

 今も暴れ回っているパワードスーツを見やる。

 

 同じテロリストとは言え、とても、あんな下品そうな言葉を使う人物と、目の前の年上の少年が、馬が合うようには見えないのだが。

 

 だが、事態はのんびり構えている時間も無いほどに逼迫している。

 

 破壊された瓦礫は、3人が潜んでいる場所にまで降り注ぐようになってきていた。このままではがれきに押しつぶされるか、パワードスーツに捕まって握りつぶされるかの、悲惨な二者択一しかない。

 

「くそっ、滅茶苦茶だな。どうにかしないと」

「それなら、まずはあのパワードスーツをどうにかしないと」

「とはいっても・・・・・・」

 

 生身で立ち向かうには、あまりにも危険すぎる相手だ。せめてこちらにもモビルスーツがあれば良かったのだが、生憎シルフィードもストライクも整備中だ。

 

「いや、待てよ・・・・・・」

 

 「それ」の存在に思い至ったのは、ムウだった。

 

「あるじゃないか」

 

 指を1つ鳴らすムウを、キラとエストは不思議そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 クライブ・ラオスはインド洋の戦いで母艦を失った後、部下2人を伴っていったん、中立国である赤道連合へと渡り、そこで非公式の運搬船を購入して機体を乗せると、海路でカーペンタリアへの帰還を目指したのだ。

 

 途中、立ち寄ったこのオーブで、出港間際になって突然の戦闘に巻き込まれ、出入国管理局から出港の差し止めを言い渡されていたのだが、まさか極上の獲物が自分達から飛び込んでくるとは思わなかった。

 

 すぐに強襲の準備を整えるべく、急いで機材の調達に走った。と言っても、オーブ国内でザフトの機体を使う訳にも行かず、さりとて中立国のオーブでは、中古のモビルスーツを手に入れる事も難しい。そこで目を付けたのが、比較的入手しやすい土木作業用の大型パワードスーツである。これなら武装はともかく、パワー面ではモビルスーツに引けを取らないし、何よりモビルスーツに比べるとコンパクトである為、ドッグなどの閉鎖空間内では、むしろ使い勝手が良い。

 

「さてと、」

 

 一連の破壊活動の成果を満足げに眺める。

 

 パワードスーツによって、ラボ入り口付近は完全に破壊し尽くされ、見る影も無くなっている。

 

 元々、こうした強襲は、クライブの得意分野である。

 

 既にモルゲンレーテの職員達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていた。

 

「ケッ 詰まんねえ奴等だな。所詮クズの集まりってか。余計な事に突っ込むから、大事な大事なお命まで失う事になるんだよ」

 

 剣呑な言葉を吐きながら、クライブはパワードスーツを進める。

 

 彼の目的は、別にモルゲンレーテの破壊にある訳ではない。

 

 目的は「足付き」の撃沈。そして、シルフィードとストライクのパイロットの抹殺。既に街中でキラを見かけたことで、このラボにキラがいる事は掴んでいる。

 

 暗い笑みが、口元に灯る。

 

 この日をどんなに待った事か。あのすかした小僧を、今日こそこの手で捕まえて握り潰してやり。

 

 そう思った時だった。

 

「クライブ・ラオス。そこまでだ!!」

 

 切り裂くような声に引かれ、顔を上げる。

 

 そこには、拳銃を構えた少年が真っ直ぐにこちらを見ている。

 

 茶色い髪に、幼さの残る顔立ち。そして、特徴的な紫の瞳。

 

 見間違える筈もない。キラ・ヒビキだ。

 

《見つけたぜぇ、ヴァイオレット・フォックス!!》

 

 歓喜に満ち溢れた言葉と共に、クライブはパワードスーツを前進させる。

 

 対してキラは手にした銃で応戦するが、弾丸は装甲に跳ね返って転がる。

 

 クライブはリーチの範囲内にキラを捉えると、容赦無く腕をふるった。

 

「クッ!?」

 

 殴りかかって来るパワードスーツの腕を、辛うじて回避するキラ。

 

 その様子に、クライブは失笑を漏らす。

 

《テメェはどこまで馬鹿だ、キラ? パワードスーツに生身で向かってくるとはよ。あれか? 竹槍精神って奴か? 恰好良いねえ。良いからもう、そのまま死んじまえよ》

 

 振るわれる腕をかわし、瓦礫を楯にしながら逃げ回るキラ。時折反撃に銃を撃つが、全て装甲に跳ね返される。コックピットのガラスも防弾の物を使用しているらしく、ハンドガン程度では貫く事は出来ない。

 

 狭いラボの中である、追い込まれるのは時間の問題である。

 

 ついに、キラの背中は壁に付いてしまった。

 

《ギャハハハ、どうしたのかな~、もう逃げないのかな~?》

 

 いたぶるように、クライブはゆっくりと近づいてくる。

 

 パワードスーツの腕が、身動きの取れないキラの目の前で振り上げられる。

 

《あばよ、キラ。あの世で親父に宜しくな》

 

 腕が振り下ろされる。

 

 キラの体は、無惨にも作業用アームに押し潰されるか。

 

 そう思われた時、

 

 横からパワードスーツの腕を掴む者があった。

 

 薄暗い闇の中で鋭く光るツインアイ。引き絞ったような細い四肢。赤と白と黒の装甲。

 

 オーブの剣、M1アストレイが、その雄姿を持ってパワードスーツの腕を取り押さえていた。

 

《何だ、テメェは!?》

 

 とっさに振り払おうと、腕に力を込める。

 

 しかし、できない。

 

 M1は凄まじいパワーで、パワードスーツを押さえつけに掛かる。

 

《くっ、舐めんなよ、雑魚の分際で!!》

 

 とっさにフルパワーでM1の腕を払い後退するクライブ。

 

 一方、M1のコックピットでは、エストが、体勢を整えるパワードスーツを見詰めている。

 

「起動確認。全てにおいて問題無し。ただし、バッテリー残量僅かに付き、稼働時間は03:00が限界」

 

 エストが乗っているのは、先程デモンストレーションに使っていたM1である。

 

 キラが組んだOSは確実に作動し、M1は調整前のぎこちなさを残しながらも、エストの思い描いた通りに動いて見せる

 

 元々、デモンストレーション用に用意した機体。万全には程遠い事は理解している。

 

 だが、どうにか作戦通りに行った。

 

 敵のパイロットに因縁があるキラが囮役を引き受けている内に、エストはM1を起動し、ムウは避難誘導を行うと言う、連携パターンだった。

 

 デモ用の機体には、武装は実装されていない。ライフルやバルカン、サーベルはおろかシールドすら無い。

 

 だがそれでも、エストには充分な勝算があった。

 

 前傾姿勢のまま、前へと踏み込むM1。

 

 対抗するように腕を振り上げるパワードスーツ。

 

 互いの腕が交錯し、またガードによって弾かれる。

 

《ハッ ピカピカの玩具を壊されたくなかったら、とっととおうちに帰るんだな!!》

「・・・・・・いちいち煩いですね」

 

 クライブの言葉に、エストは冷静に返す。

 

《あん?》

「しゃべらなければ戦う事も出来ないのですか?」

 

 言いながら、もう一本の腕を繰り出すも、それもパワードスーツに受け止められる。

 

 2つの機体はがっぷりと四つに組んだまま硬直する。

 

《おしゃべりは嫌いかい、お嬢ちゃん?》

 

 先程の会話から、目の前の機体を操縦するのが女であると察したのだろう。

 

《いかんなあ、猿じゃないんだから、言葉くらいしゃべらんと》

「・・・・・・・・・・・・」

《と言う訳で、とっとと退場してくれよ、猿女ちゃん!!》

 

 言いながら、腕を引きに掛る。

 

 M1の拘束を抜けたパワードスーツは、そのままM1に殴りかかる。

 

 しかし、次の瞬間、強烈な蹴りがパワードスーツを襲った。

 

「うおぉ!?」

 

 壁際まで吹き飛ばされるパワードスーツ。

 

 パワーにおいてはモビルスーツと遜色ないパワードスーツも、機動力は雲泥の差である。

 

 M1の強烈な蹴りを食らって、パワードスーツは壁に叩きつけられた。

 

「クソッ!?」

 

 すぐに体勢を立て直そうとするが、今の一撃で駆動系がやられたらしく、パワードスーツは低い唸り声を上げるだけで全く動かなくなってしまった。

 

「くそっ、この役立たずが!!」

 

 悪態をつくと同時に、クライブはコックピットを飛び出して逃走に掛かる。

 

「逃がしませ、っ!?」

 

 エストが言い掛けた所で、M1はガクンと項垂れるように動きを止めた。どうやら、バッテリーが切れたようだ。

 

「クッ!?」

 

 動かなくなってしまったものは仕方が無い。元々、長時間の稼働はできない状況だったのだから。そのうえ、調整前の無理な機動である。敵機を倒せただけでも十分と考えるべきだった。

 

 仕方なく、緊急用バッテリーでコックピットハッチを開くと、飛び降りて駆けだした。

 

 

 

 

 

 クライブはラボの外に飛び出すと、一目散に敷地の外へと向かう。

 

 作戦が失敗した以上、長居は無用だった。元々、大した準備も無しに行った作戦である。失敗しても惜しくは無かった。

 

 心配しなくても、いずれチャンスはある。今は一刻も早くこの国を出て、

 

 そう思った瞬間、足元に銃弾が跳ね返った。

 

 足を止めるクライブ。

 

 そこへ、鋭い声が放たれる。

 

「動くな!!」

 

 振り返らずとも、声だけで相手が誰だか判った。

 

 キラは真っ直ぐにハンドガンを構え、クライブの背中をポイントしている。

 

「動くと撃つ。じきに警備兵が来る。それまで大人しくしてるんだね」

「クックックッ、おまえにそんな度胸がある訳ねえだろ、臆病者のくせに」

 

 あざ笑いながら、振り返る。

 

 交錯する視線。

 

 かつての同志。そして、奪った者と奪われた者は、真っ直ぐに対峙した。

 

「こうして顔合わすのは2年振りか、お前は相変わらずみたいで何よりだよ」

「クライブ・・・・・・」

 

 肩をすくめてみせるクライブに、キラは銃口を逸らさず、その紫の瞳は普段に無いくらいの憎悪を込めて睨みつける。

 

「父さん達の仇だ。大人しくしろ」

「フッ」

 

 銃口を向けて来るキラに対し、クライブはつまらなそうに鼻を鳴らして見せた。

 

「だから、お前は臆病者だって言ってんだよ」

「何っ!?」

 

 詰め寄ろうとするキラ。

 

 だが、その一瞬、鋭い殺気を感じ、とっさに身を翻した。

 

 次の瞬間、今までキラが立っていた場所に、銃弾がさく裂した。

 

「クッ!?」

 

 射手の姿は見えない。恐らく遠距離からの狙撃である。

 

 さらに放たれる追撃の弾丸を回避するキラ。だが、大勢は大きく崩れてしまう。

 

 その間にクライブは走って来た車に飛び乗ってしまった。

 

「あばよキラ。せいぜい地べたを這いずって泣きわめいてろ」

 

 捨て台詞を放つクライブに、キラは銃を向けるも、それよりも一瞬早く車は走り去ってしまった。

 

「くそっ・・・・・・」

 

 走り去る車を見送り、キラは舌打ちする。自分の甘さを、呪い殺したくなる。

 

 捕縛など考えずに、クライブに銃を向けた時、躊躇わず引き金を引いていたなら仇を取れていたかもしれないと言うのに。

 

 脳裏には、炎に巻かれながら、逃げまどい、撃ち殺されていく仲間達の姿が浮かぶ。

 

 下ろした銃のセーフティを掛け直すと、寂寥感が湧きだす。

 

「父さん、みんな・・・・・・ごめん・・・・・・」

 

 悔しかった。仇を取り逃がした事が。それをなせなかった自分が。

 

 苛立ちを叩きつけるように、足元の地面を力任せに蹴りあげる。

 

 後から来たエストは、その背中に掛ける言葉も見つからないまま立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

 その様子を、物陰から見ていたアスランは、言葉も出なかった。

 

 破壊された、モルゲンレーテのラボ。

 

 それをなした、顔見知りのザフト兵。

 

 オーブが完成させたであろう、新型モビルスーツ。

 

 そして、

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 眼差しの先で立ち尽くす旧友の姿を、アスランは黙然と見続けていた。

 

 

 

 

 

PHASE-18「守護の魔剣」     終わり

 

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