機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-20「黄昏を迎える代価」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各所から黒煙を上げながらも、アークエンジェルは辛うじて高度を維持して航行していた。

 

 ディン2機による猛攻に晒され、武装の6割とエンジン3基を破壊され、大幅に機能を低下させているが、モビルスーツ2機程度の火力で、この艦を沈黙させる事はできなかったのだ。

 

 既にジュートとハリソンのディンは、バッテリー残量の関係から撤退していた。当面の危機は去ったと言えよう。しかし、この場はまだザフト軍の行動圏内だ。いつ、第2波が襲ってきてもおかしくは無い。

 

 だが、シルフィード、そしてストライクが信号途絶したと言う状況が、一同の足を重くしている。

 

「キラ!! キラ、応答して!! エスト!!」

 

 管制席に座るミリアリアが必死になって呼びかけているが、返事が返る事は無い。彼女の目の前のモニターには相変わらず《SIGNAL LOST》の文字が素っ気なく浮かんでいるだけだ。

 

 重苦しい空気が増す中、メインモニターに人影が映った。

 

《おい、今の爆発は何だ!?》

 

 通信は、スカイグラスパー1号機。ムウからだった。

 

「少佐、無事だったのですかッ?」

《ああ、バスターは何とか退けた。仕留めちゃいないが、奴さんもすぐには追って来れないだろう。それより、状況は?》

 

 質問に対し、マリューはやや躊躇った後に、現在の状況を言った。

 

「爆発の意味は判りません。ただ、現在、シルフィード、ストライク双方ともに、通信が途絶した状態です」

 

 それが意味する事は、軍人であるならば誰だって判る。

 

 2人の子供達の事を思えば、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

 

 だが、感慨にふける時間は無かった。

 

「ろ、6時の方向、レーダーに機影、数は3」

 

 震えの混じったカズイの声を、パルが補足する。

 

「熱紋照合、ディンです。急速接近中。会敵予測は15分後!!」

 

 一同に戦慄が走る。

 

 ザフト軍は早くも追撃隊を指し向けて来たのだ。

 

「迎撃用意!!」

「無茶です。現在、大半の火器が使用不能です!!」

 

 マリューの命令に、ナタルが激しく反論する。

 

 今のアークエンジェルは、辛うじて航行が可能であるだけで、戦闘力は皆無に等しい。更に機動兵器もシルフィード、ストライクが無く、スカイグラスパー2号機が大破した状態で、後甲板に突っ込んでいる。

 

《クソッ。こっちも弾薬が無いからいったん戻る。整備の準備をするように言っといてくれ!!》

 

 そう言うと、ムウは通信を切った。

 

 だが、今から戻って補給と整備を行ったとしても、再出撃には1時間近く掛かる事だろう。その間にアークエンジェルは、敵の攻撃を受けて沈んでいる事は間違いない。

 

 ミリアリアは縋るようにマイクに跳び付くと叫んだ。

 

「キラ!! エスト!! 応答してッ ディンが!!」

 

 そこまで言った時、後ろから伸びて来た手がマイクのスイッチを切った。

 

 驚いて振り返ると、ナタルが硬い表情のまま告げる。

 

「もうよせ。ヒビキ少尉、リーランド准尉、共にMIAだ」

 

 その言葉に、ミリアリアは体を震わせる。

 

 ミッシング・イン・アクション。戦闘中行方不明。つまり、2人の生存は絶望的だと言う事だ。

 

「受け入れろ。できなければ、次に死ぬのは、自分だ」

 

 ナタルの声も、必要以上に固い。

 

 ナタルとしても、彼女の気持を汲んでやりたいという気持ちはある。しかし、ここで情に身を任せれば、より大きな悲劇を招き入れる事になる事を、誰よりも理解していた。

 

 ミリアリアはふらつく足取りで立ちあがると、ブリッジを出て行く。それを止める言葉は、誰も持ってはいなかった。

 

「ディン接近。会敵まで、あと1分!!」

 

 もはや一刻の猶予もない。

 

「ストライクとシルフィードの最終確認地点は!?」

「7時方向の小島です!!」

 

 希望は、最後まで捨てたくなかった。万が一の可能性だが、2人が脱出に成功している事もあり得るのだ。

 

 だが、

 

「戻るつもりですか? 無茶です!!」

 

 ナタルが抗議の声で叫ぶ。

 

 確かに、彼女の言うとおりだ。戻って2人を収容している内に、ディンに追いつかれてしまうだろう。

 

「ディン、射程に入ります!!」

「艦長、離脱しないとやられます!!」

 

 ナタルが急かすように叫ぶ。

 

 否が応でも決断しなくてはならない。

 

「でも、キラもエストも、もしかしたら脱出しているかも!!」

 

 マリューの心を代弁するようにサイが言うが、ナタルはそれに一瞥をくれただけで無視する。

 

 マリューはカズイへと振り返る。

 

「本部からの連絡はッ?」

「ダメです。応答ありませんッ」

 

 援軍は期待できない。迎撃は不可能。2人の救助もままならない。

 

 残された手段は・・・・・・

 

 マリューは迷う事無く、最後の手段に訴えた。

 

「オーブに連絡。島の位置と救援要請信号を!!」

 

 これが今できる「最善」だった。

 

「オーブに・・・・・・しかし、あの国は!!」

 

 中立です。と言おうとするナタルに、マリューは鋭く振りかえった。

 

「人命救助よ。オーブは受けてくれるわ!!」

「しかし・・・・・・」

 

 尚も言い募ろうとするナタルに、マリューは言葉をかぶせる。

 

「責任は、私が取ります!!」

 

 きつい口調でそう言われては、ナタルとしても黙り込むしかない。

 

「ディン接近!! 距離8000!!」

 

 ここが限界だった。

 

 同時に、センサーが別の機影も捉える。

 

「スカイグラスパー1号機を確認!!」

 

 その言葉に、暗澹としたブリッジの空気がどうにか和らぐ。ムウだけは無事に帰ってきてくれた事が、唯一の慰めであると言えた。

 

 だが、それが何の慰めにもならない事は、誰にとっても明らかな事であった。

 

「スカイグラスパー収容後、機関最大。現海域より離脱します!!」

 

 それは、苦渋にまみれた決断だった。

 

 

 

 

 

 潜水艦クストーに帰投したイザークとディアッカは、その足でブリッジへ入ると、艦長に向かってどなった。

 

「アスランと、ライアは!?」

「体はもう、良いのかね?」

 

 艦長は振り返りながら、逆にイザークに尋ねる。彼の頭には被弾のショックで負った傷を手当てした跡があった。

 

 だが、その言葉を無視して2人は詰め寄る。

 

「艦、動いてるよね」

 

 ディアッカが鋭く言う。

 

 彼自身は傷を負っていないが、バスターはスカイグラスパーとの戦闘で弾薬を使い果たし、再出撃には時間がかかる状態だった。

 

「状況はどうなっている? 2人は帰投したのか!?」

「2人は不明だ」

 

 殴り付けるような勢いで尋ねるイザークに、艦長はあくまで冷静に告げる。

 

「不明? 不明ってどういう事?」

「まず、ブリッツとの通信が途切れた。ついで暫くして大きな爆発の後、イージスとも交信不能となった」

 

 その言葉にイザークは呆然となったが、すぐにハッと気がついて顔を上げる。

 

「エマージェンシーは!?」

「どちらからも出ていない」

 

 艦長はかぶりを振った。

 

 つまりMIA。アスランとライアは戦闘中行方不明と言う訳だ。

 

「『足付き』は現在、ボズマン隊が追撃している。我々にはクルーゼ隊長から帰還命令が出されている」

「そんな馬鹿な!!」

 

 ここまで追い詰めた獲物を横から攫われるような行為に、イザークは思わず声を上げる。

 

「すぐに艦を戻せ。あの2人がそう簡単にやられるものか。伊達に『赤』を着ている訳じゃないんだぞ!!」

「お、おい、イザーク!!」

 

 激昂するイザークに、流石のディアッカも制止に入る。このままではイザークは、勢い余って艦長を殴り飛ばしそうな勢いだ。

 

 対して艦長は、冷静にイザークを見る。

 

「ならば、状況判断も冷静にできる筈だがね。我々には帰投命令が出されている。捜索には別働隊が出る予定だ」

「しかしッ!!」

 

 なおも食い下がろうとするイザークに、艦長は冷徹な目で告げる。

 

「オーブが動いていると言う情報もある。判ってもらえるかな?」

 

 これ以上議論する気は無いと言う事を、艦長はこの上ないほど明確に告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日から降っていた雨も上がり、周囲には乾いた空気と南国特有の強い日差しが降り注いでいる。

 

 島では既に、先発したオーブ軍の救助隊が調査を開始していた。

 

 アークエンジェルの要請に従い、連絡のあった小島に降り立ったカガリが見た物は、海岸線に打ち上げられたストライクの無惨な姿だった。

 

 辛うじてそれと判る程度に原形はとどめられている物の、肩から胸部に掛けて鋭い斬撃の跡があるのが見えた。

 

「エスト・・・・・・」

 

 そこに乗っていたであろう少女を想い、カガリは呟く。

 

「クッ!!」

 

 溜まらず、機体に向かって駆けだす。

 

 あの少女がどうなったか、何としてもこの目で確かめたかった。

 

「カガリ、よせ!!」

 

 背後からキサカが声を掛けて来るが、それすら今のカガリには聞こえていない。

 

 急いでストライクの胴体部分に駆けあがると、開いているコックピットを覗き込む。

 

 そこで、カガリは眼を見開いた。

 

 中には焼け焦げて溶解したシートがあるだけで、生存者、もしくは亡骸があると言う事は無かった。

 

「・・・・・・エスト?」

 

 彼女はどこに行った?

 

 後から来たキサカが、痛ましげに彼女を抱き寄せる。

 

 だが、カガリの瞳には、僅かな希望が宿っていた。

 

「いない・・・・・・」

「何?」

「あいつがいない。何処かに吹き飛ばされた・・・・・・いや、脱出したのかも!!」

 

 カガリはキサカを振りほどくと、砂浜に跳び下りる。

 

「すぐに捜索隊を組織しろ。生存者を捜すんだ!!」

 

 カガリが叫んだ時だった。

 

「カガリ!!」

 

 海岸の方から、ユウキが呼ぶ声がした。その手が大きく振られているのが見える。

 

 生存者がいたのか?

 

 その想いに駆られ、駆けだすカガリ。

 

 人込みをかき分けた先には、倒れて気を失っている人物がいる。

 

 それは、想像した人物ではなかった。が、カガリにとって多少、馴染みのある者でもあった。

 

「アスラン・・・・・・」

 

 少年の名前を、カガリは呆然と呟く。

 

 紅いパイロットスーツを着た少年は、ピクリとも動かず波打ち際に横たわっていた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、何かあったら言ってね」

 

 そう言うと、ユウキは部屋を出た。

 

 誰もいないのを確認してから、ユウキは溜息をつく。

 

 ユウキ達にとってもやるせなさが残る1日だったが、彼だけでも救えた事は、果たして良かったのか悪かったのか。

 

 結局、どれだけ探しても、エストの、そしてキラの消息は掴めなかった。

 

「よ、お疲れ」

 

 同僚のケン・シュトランゼン一尉が声を掛けて来たのは、その時だった。

 

「そっちはどうだった?」

 

 ユウキの問いかけに、ケンは肩を落として首を振る。

 

「ダメだ。見つからない。一応、シルフィードの様子も見て来たけど、ひどかったよ」

 

 ケンの脳裏では、擱座して動けなくなったシルフィードの姿が思い出されている。

 

 イージスの斬撃によって左腕を失い、肩口からざっくりと切り裂かれた姿は無惨の一言に尽きた。

 

 だが、奇妙な事に、ストライクと同様、シルフィードのパイロットの姿もまた消えていた。

 

「どこに行ったのかね、2人は」

「さあな」

 

 ケンのボヤキに答えながら、ユウキはキラとエストの顔を思い出す。

 

 砂漠での戦い以来の付き合いだが、2人ともまだ幼く、このような戦場で命を落とすべきではないと言う感情がある。勿論、戦場に立つ以上、死は常に付きまとう事ではあるが、そうした考えは理性の領域であり、理性と感情は常々葛藤の戦場で相まみえる物である。

 

 無事でいてほしい。

 

 それが、ユウキの偽らざる本音だった。

 

 その時、兵士の1人が駆けこんで来るのが見えた。

 

「ミナカミ一尉、宜しいでしょうか?」

「どうした?」

 

 敬礼を交わしながら、相手に尋ねる。

 

「ハッ、それが、反対側の浜辺に・・・・・・」

 

 報告を聞くと、ケンとユウキは顔を見合わせて兵士に続いた。

 

 2人が遠ざかって行く足音を聞いたのか、アスランは部屋の中でゆっくりと目を覚ました。

 

 ここは見慣れたクストーの天井でも、イージスのコックピットでもなかった。

 

 そして、目を転じれば、自分に銃口を向けている金髪の少女の姿があった。その少女には見覚えがある。確か、あの無人島で一夜を過ごした少女だった。

 

「気がついたか」

 

 カガリは固い調子で話し始める。

 

「ここは、オーブ軍の飛行艇の中だ。我々は浜に倒れているお前を発見し、収容した」

「・・・・・・中立のオーブが、何の用だ? それとも、今は地球軍か?」

 

 皮肉の混じったアスランの言葉にムッとしながらも、カガリは言葉を紡ぐ。

 

「お前に、聞きたい事がある。シルフィードと、ストライクのパイロットはどうした?」

 

 その言葉に、アスランはビクッと体を震わせる。その様を、カガリは見逃さない。

 

 こいつは何かを知っている。そう感じたカガリは、更に言い募る。

 

「見つからないんだ、キラもッ エストもッ 言え! 2人はどうした!? お前のように脱出したのか? それとも・・・・・・・・・・・・」

 

 「死んだのか?」と言う言葉を出す事を、カガリは躊躇う。口に出してしまえば、それが本当になってしまうような気がしたからだ。

 

 アスランは、疲れ切ったように口を開く。

 

「ストライクは、別の奴が落とした・・・・・・シルフィードは・・・・・・」

 

 やや躊躇ってから、ゆっくりと口を開く。

 

「あいつは・・・・・・」

 

 その口は禁断の扉のように重く、動かすのにも全身の力を込めなければいけなかった。

 

 だが、それでも、か細い声で真実を紡ぐ。

 

「俺が、殺した・・・・・・」

「ッ!?」

 

 衝撃を受けるカガリを余所に、アスランは続ける。

 

「イージスの剣で、斬り裂いた。その後、俺もやられて、機体は爆発した。俺はとっさに脱出したけど、あいつが助かったとは、思えない・・・・・・」

「貴様ァ!!」

 

 カガリは銃口をアスランに向ける。

 

 カガリは今まで戦場に立ち、幾人もの敵を倒し、また味方の死を見て来た。

 

 しかし、個人を激しく殺したいと思った事は無かった。

 

 だが今、自分の全身から殺気が迸るのを止められなかった。

 

 あの、無人島での一晩の時、カガリは一度アスランから銃を奪い、殺そうと思った時があった。思えばあの時、躊躇わずに殺すべきだったのだ。そうすれば少なくともキラは死なずに済んだはず。

 

「キラはな・・・・・・テロリストのくせに、ちっともそれっぽくなくて、危なっかしくて、優しくて・・・・・・とっても良い奴だったぞ。それを、お前は!!」

 

 アスランは、力無く首を持ち上げてカガリを見る。

 

「テロリスト・・・・・・か。それは知らなかったな。あいつ、そんな事してたのか」

「お前・・・・・・」

 

 アスランの言葉に、カガリはハッとする。

 

 その口調は、まるで・・・・・・

 

「お前・・・・・・キラを、知っているのか?」

「知っている」

 

 アスランはあっさりと肯定する。

 

「ともだち、だったからな」

「ッ!?」

 

 まさか、冗談だ。と思う。しかし、この状況で、そんな低俗な冗談を言うとも思えなかった。

 

 代わりに、カガリはアスランの胸倉を掴んで引き寄せる。

 

「貴様ッ 友達を殺したって言うのか!?」

 

 自分の声に涙が混じるのを、カガリは感じる。その激情は、ダイレクトにアスランへと伝わって行く。

 

「何でだッ!? 何でそんな事になる!?」

「判らないさ・・・・・・」

 

 アスランも、次第に感情によって声が歪んで行く。

 

「判らないさ、俺にも。子供の頃に別れて、次に会った時は敵だったんだ!!」

「・・・・・・敵?」

「一緒に来いと、何度も言った!! あいつはコーディネイターだッ 俺達の仲間なんだッ 地球軍にいる事の方がおかしい。そうだろう!? でも、あいつは聞かなくて、俺達と、戦って、仲間を傷付けて・・・・・・」

 

 そう、多くの者が、キラの手によって命を奪われた。

 

 ミゲル、バルトフェルド、そして、

 

「ライアを、殺した・・・・・・」

 

 その言葉に、カガリはハッとする。

 

 殺されたから、

 

 殺したと言うのか。

 

 キラを、

 

 友達を、

 

「だから、殺したのか? 友達のお前が?」

「仕方ないだろう。今のあいつは敵なんだ!! なら、撃つしかないじゃないか!!」

「馬鹿野郎!!」

 

 カガリは激情のままに拳を握る。だが、それを相手には叩きつけず、その代り、力任せにアスランをベッドに押し付けた。

 

「何で、そんな事になるんだ!?」

「あいつはライアを殺したんだ!! 女の子で、まだ15で、それでもプラントを守る為に戦っていたって言うのに!!」

「キラだって、守りたい物の為に戦っていたんだ。なのに、何で殺されなくちゃいけないんだ。それも、友達のお前に!!」

 

 最後の言葉は、正に殴られたような衝撃をアスランに与えた。

 

 それまで張り詰めていた物が、一斉に千切れ飛ぶのを感じた。

 

 それはカガリも同様である。

 

「殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで、本当に最後は平和になるのかよ!?」

 

 カガリは今、本当の意味で父の言葉を理解していた。

 

 今日誰かを撃つ者は、明日、誰かに撃たれる者になる。

 

 なぜ、こんな単純な事に気付かなかったのだろう。そしてなぜ、誰もこんな単純な事に気付かないのだろう。

 

 目の前の少年の嗚咽を聞きながら、カガリもまた失った物の重みを噛み締めて涙を流していた。

 

 

 

 

 

 連絡を入れて間もなく、飛行艇が姿を現した。

 

 飛行艇はゆっくりと着水すると、隣に停止する。

 

 その報告を聞いたカガリは、ベッドの方へ向き直る。

 

 あれだけ激しく激情をぶつけあったあと、アスランは痛み止めを処方されて静かな眠りについている。

 

 カガリはそっと近づくと、その肩をゆり動かした。

 

「アスラン、起きろ」

 

 声を掛けると、アスランはゆっくりと目を覚ます。

 

 茫洋とした視線は定まっておらず、何処か虚空を見ているようだ。

 

「迎えが来たぞ。ザフトの兵士をオーブに入れる訳にはいかないんだ」

 

 だが、アスランはなかなかそれに応じようとしない。混濁して意図が伝わっていないのかもしれない。

 

「くそっ、お前、大丈夫か?」

 

 言いながら、カガリはアスランを脇から支えて立たせてやる。

 

 その様子も、アスランの目には何処か他人事のように映る。

 

「・・・・・・変な奴だな、お前」

「お前に言われたくない」

 

 アスランが言った言葉に、カガリはムッとして返した。

 

 その様子がおかしくて、アスランは苦笑する。

 

「ありがとう、と言うべきなのかな?」

 

 助けてくれた事を感謝すべきなのか。それとも、何故死なせてくれなかったのか、と責めるべきなのか、今のアスランには判断がつかなかった。

 

 それを聞いて、カガリは思う所があったのか、自分の首から下げていたネックレスを外してアスランの首に掛けてやった。

 

「ハウメアの護り石だ」

 

 首をかしげるアスランに、カガリが説明してやる。

 

「お前、見るからに危なっかしいからな。こいつに護ってもらえ」

「・・・・・・キラを殺したのに、か?」

 

 自嘲的に発せられたその言葉に、カガリは鋭い視線を送りながらも、声のトーンをやや落として返す。

 

「もう、誰も死んでほしくないんだ」

 

 カガリの意思に満ち溢れた言葉は、アスランの耳にしっかりと溶け込んで行った。

 

 驚いた事に、迎えの飛行艇にはイザークの姿があった。

 

 いったんはカーペンタリアに戻ったイザークだが、アスラン発見の報に居ても立ってもいられず、便乗して駆けつけて来たのだ。

 

「貴様ァ どの面下げて戻って来た!!」

 

 罵声を浴びせつつも、怪我をしたアスランをいたわるかのように手を差し伸べ、乗り移る手助けをしてやる。

 

「シルフィードは、討ったさ」

 

 そう告げると、イザークは少しだけ笑みを浮かべたような気がした。

 

 やがて、機体のエンジンに灯が入り、ゆっくりと振動を始める。

 

「怪我人は大人しく寝てろ!!」

 

 言い方はぶっきらぼうだが、イザークはアスランを気遣うようにベッドに寝かしつける。

 

 何だか、夢の中にいるようだ。イザークがこんなに優しいなんて。

 

 いっそ、本当に夢だったらいい。

 

 目が覚めたら、隣ではキラとライアが笑っている。

 

 そんな事を思い浮かべながら、アスランの意識は急速に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 飛んでいく飛行艇を、カガリはキサカと肩を並べて見送る。

 

 正直、これで良かったのか、本当のところはカガリにも判らない。

 

 アスランはキラを殺した。その事実に変わりはない。だが悲しい事だが、アスランを撃ったからと言って、キラやエストが戻ってくる訳でもなく、ただ晴れる事の無い憂さが積もるだけだと言う事は判り切っていた。

 

 それに、アスランに語った誰も死んでほしくないというのも、カガリの偽らざる本音だった。

 

 やがて、飛行艇は黄昏の彼方に消え、見えなくなる。

 

 すでにオーブ軍による捜索は打ち切られ、カガリ達も日暮れを迎える前に本国への帰途に着こうと考えていた。

 

 その時だった、

 

「おーい、カガリ~!!」

 

 呼ばれて振り返ると、ユウキが手を振りながら走ってくるのが見える。

 

 何やら慌てたように駆けてくると、上がった息を整えながらカガリを見る。

 

「あ~、もう行っちゃったのか、ザフトのお迎え」

「ああ、たった今な。それより、どうしたんだ?」

「うん、実はね」

 

 ちょっと困った風に、ユウキは背後に目をやる。

 

 そこには、兵士が運ぶ担架の上で眠る少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れ落ちる巨大な滝に、アークエンジェルの巨体は吸い込まれていく。

 

 滝の中には巧妙に隠され、巨大なゲートが存在しているのだ。

 

 ベーリング海に面したこの場所こそが、地球連合軍統合司令本部。「JOSH-A」であった。

 

 ゲートの内部には巨大な空洞空間が広がり、そこは人工地盤によって守られ、核の攻撃にすら耐えられる防御性能が持たされていた。

 

 多くの犠牲を払いながら、アークエンジェルは、ようやくこの地に辿り着いたのだ。

 

「まさか、辿り着くとは」

 

 入港の様子をモニターで眺めていた男達が、溜息と共に呟く。

 

「ハルバートンの執念が守ってでもいるのでしょうかね?」

 

 今は亡き老提督の名前が出されると、揶揄するような言葉が返される。

 

「守っていたのは、コーディネイターの子供ですよ。それも、テロリストのね」

「そうハッキリ言うな、サザーランド大佐」

 

 たしなめる声には苦笑が混じる。

 

「だが、まあ、土壇場でシルフィードとそのパイロットがMIAと言うのは、何と言うか、幸いでしたな」

「ストライクのパイロットは惜しかったですかな。あれが想定以上のスペックを発揮したのは予想外でしたし。研究所に引き取って再調査をしてみたい所でしたが」

「なに、所詮はできそこないの烙印と共に放逐された個体。今更規格外の能力を発揮した所で、そんな物はたんなる偶然。当てにはならんよ」

 

 言いながら、手元の端末を操作する。モニターには入港するアークエンジェルに変わって、いくつかのモビルスーツのデータが映し出される。

 

「GATシリーズは、今後我々の旗頭になるべき物。それがコーディネイターの子供に操られていたとあっては話にならない」

「確かにな」

「所詮は奴らに敵わぬ物と喧伝しているようなものだ」

「技術は受け継がれ、更に発展していきます。今度こそ、我等の為に」

 

 モニターに映し出された機体は4機。巨大な砲をいくつも備えた機体。蟹の甲羅のような物を背負った機体。鳥のような形に変形する機体。重装甲を思わせるずんぐりとした機体。

 

 いずれも、ストライクやシルフィードなどのG兵器に似た外観をしているが、そのどれもが、禍々しい外観になっている。

 

「アズラエルには、何と?」

「問題は、全てこちらで修正すると伝えてある」

 

 将校の言葉に、頷きが返される。

 

「不運な出来事だったのですよ、全ては。そして、これから起こる事も」

 

 最後に一言、不気味に告げられた。

 

 

 

 

 

「全ては、青き清浄なる世界の為に」

 

 

 

 

 

PHASE-20「黄昏を迎える代価」   終わり

 

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