機動戦士ガンダムSEED Illusion 作:ファルクラム
1
「オルバーニの譲歩案など呑めるものか!!」
鋭い声が議場を震わせる。
プラント最高評議会は、先日の選挙によって政権を交代し、今では主戦派のパトリック・ザラを中心とした構成が成されている。
既に決戦を目指した「オペレーション・スピットブレイク」は可決され、兵力、物資の移動は始まっている。
そんな中にあって議題とされたのは、地球連合から提示された和平案であった。
しかし、その内容は和平とは名ばかりの恭順案でしかない。
若干の自治権は認めるものの、結局、プラントは各統治国の管理下に置くと言う、要するに殆ど何も変わっていない内容であった。
オペレーション・ウロボロスが進行し追い詰められつつある中で、このような現実を見ない、と言うよりも当のプラント政府からすれば、恥知らずとしか思えない内容は、当然の如く受け入れられる物ではなかった。
「既にオペレーション・スピットブレイクは可決されている。今更こんな物、ただの時間稼ぎにすぎない」
「しかし、初めから突っぱねては、講和の道など無いではないか!!」
強硬派の意見に真っ向から反対したのは、アイリーン・カナーバである。前政権から引き続き閣僚の座にある女性で、今は穏健派の筆頭となっている。
とは言え、強硬派が大半を占める閣僚の中にあって、穏健派の勢いはいかにも衰えた物となっていた。
「オルバーニとて、連合全ての総意を代表している訳ではない。これでは講和も何もあるまい。話し合うと言っても、これではな」
そう告げたのはエザリア・ジュール。イザークの母であり、強硬派急先鋒の1人である。
議場が強硬派の意見に賛同しかけようとした時、1人の男が立ちあがった。
ラクスの父にして、前最高評議会議長シーゲル・クラインは、強硬派に対して痛烈な非難を浴びせる。
「では、今後我々は、言葉を全て捨て、銃のみを取って生きていくと言うのか? そのような物なのか、我々は?」
人類の英知と自認するコーディネイターが、これでは蛮人と大差ないではないか、とシーゲルは強かに投げかけているのだ
シーゲルの言葉に、居並ぶ強硬派の幾人かは気まずそうに視線を逸らすのが見えた。強硬派の人間とて、より良い条件が示されるのであれば、講和に賛同する事を良しとする者もいる。何も、こちらから道を閉ざす事も無いのではないだろうかと考えているのだ。
だが、それも議長席から発せられた言葉によって封じられる。
「お言葉が過ぎるもではありませんか、前議長殿?」
現最高評議会議長パトリック・ザラは、既にこの場にお前の居場所はないと言わんばかりに言い捨てる。
「我々は総意で動いているのですよ。個人の感情的な発言はお控え頂きたい」
「・・・・・・失礼した」
そう言われては、シーゲルとしても引き下がらざるを得ない。
パトリックは国民の総意によって選ばれた議長である。それはつまり、国民の大半がパトリックの強硬路線を支持したと言う事になる。
シーゲルは、この場にあって、既に自分の居場所が無い物と確認せざるを得なかった。
「貴重なご意見には感謝します。しかし後は、我々、現最高評議会が検討すべき事。マルキオ導師にも、そうお伝えください」
かつての友人にしてライバルでもある男に、パトリックは容赦なく告げる。
「・・・・・・伝えよう。先を見据えた正しき道が選ばれん事を」
それだけ言い残すと、シーゲルは肩を落としてその場を去って行く。
もはや、プラントは強硬派一色となりつつある。
早期平和を目指して苦心してきたシーゲルにとって、それは滅亡への一里塚に思えてならなかった。
アークエンジェルがアラスカに入港して5日。損傷個所の修理が進められ、同時に補給も進められつつあった。
だが、クルー達は艦内に留め置かれ、上陸の許可すら下りずにいた。自然、クルー達の不満は日増しに高まりつつある。
「まったく・・・・・・・」
トレイに乗った食事に手をつけながら、トールがぼやくように言う。
「いつまでこうしてればいいんだよ?」
ヘリオポリス組の中で、サイ、ミリアリア、トールの3人がこの場に集まっていた。
トールは先の戦いにおいても生き残り、辛うじてだが生還する事ができた。だが、素直にそれを喜ぶ気にもなれない。
キラとエスト。いつもそばにあった筈の両名の姿はない。その事が、重苦しい雰囲気を創り出していた。
「そうぼやかないの。艦長達が今司令部に行っているらしいから、戻ってきたら何か動きがあるわよ」
「そうだな。きっとそうだよ」
サイが努めて明るく言う。
そう、多少なりとも明るくしていない事にはやってられないのが現状だった。
そこへ、入口の方から入って来る人影があるのに気付いた。
骨折した左腕を吊り、頭に包帯を巻いた少女はリリアである。
先の戦いで撃墜されたものの、辛うじて甲板上に不時着したリリアは、その後救助され、艦内で応急処置を施されて、どうにか一命を取り留めたのだ。
「リリア!!」
まだふらついている様子のリリアに、ミリアリアが駆けよって支えた。
「もう、起きても大丈夫なの?」
「うん、もう平気」
言いながらも足元がおぼつかないリリアを、ミリアリアは支えながら椅子に座らせる。
「それで、やっぱりキラ達から連絡はないの?」
リリアの問いかけに、居並ぶ一同は暗い顔を見せる。
キラもエストも、未だに生存を告げるニュースはもたらされていない。
一縷の希望として脱出しているなら、救助を依頼したオーブ、もしくは本人達から連絡があっても良さそうな物だが、現在に至るまでにその兆候はなかった。
ふと、サイはつい先日の事を思い出していた。
艦内の廊下でナタルに呼びとめられたサイは、キラとエストの遺品を整理してまとめるように言われたのだ。
その事が、サイの心を陰鬱とさせる。
既に艦内では、2人は戦死した物として扱われ、過ぎ去った過去に埋もれさせようとしているかのようだった。
「そっか・・・・・・」
疲れた体を脱力させて椅子にもたれ、リリアは言った。
キラとの付き合いは短いが、それでもヘリオポリスでは学生として共に机を並べた仲だ。そのキラが居なくなってしまった事が、今だに信じられなかった。
「・・・・・・そう言えば俺達、キラの事、何にも知らなかったんだな」
そう言ったのはトールである。
実はテロリストで、しかも子供の頃から戦場にいた兵士。人殺しのプロ。そんな存在と一緒に学校に行っていたとは、到底信じられない事であった。
だが学校にいた頃のキラは、多少成績が良かった事を除けばどこにでもいそうな普通の少年のように思えた。と言うよりもむしろ、同年代の少年少女よりも危なっかしい面が強く、放っておくと何処かへフラフラと行ってしまいそうな雰囲気すらあった。
「・・・・・・それに、エストの事も、ね」
エストは努めて、自分の事を話そうとはしなかった。その為、キラ以上に素性が判らないままだった。
結局、2人は戻らず、何もかもが分からないままになってしまった。
その事が、更に空気を重くして行った。
2
濁ったような空気が、喉に絡みつく。
居並ぶ高級将校を前にして、マリュー、ナタル、ムウ、マードック等は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
現在、JOSH-Aに設けられた一室では、ヘリオポリス戦以来、アークエンジェルのこれまでの事を鑑みた査問会が行われ、マリュー達はその審議の場に立たされていたのだ。
議長役の大佐が、顔を上げてマリューをねめつける。
「私は軍司令部のウィリアム・サザーランド大佐だ。諸君ら第8軌道艦隊所属、戦艦アークエンジェルに対する審議、指揮一切を任されている」
そう言うと、視線を横に向ける。
サザーランドの隣には、樽のように太った体躯を持つ少将が座っている。
「こちらは、ベルンスト・ラーズ少将。この場にはオブザーバーとして座っていただいている。宜しいかな?」
ラーズと呼ばれた少将は、でっぷりとした腹を突き出したままふんぞり返り、マリュー達を睨みつける。
「では、これより君達のこれまでの詳細な報告、及び証言を得て行きたいと思う。なお、この査問会は軍法会議に準ずるものである。発言は全て公式な物として記録される事を心得ておくように」
「はい」
マリューが固い動作で頷くと、サザーランドは先を続ける。
「では、まず、ファイル1、ヘリオポリスへのザフト軍奇襲の状況について、マリュー・ラミアス当時大尉から報告を聞こう」
促されて、マリューは立ちあがる。
ヘリオポリス崩壊。それに先立つ、緊急避難的な処置としてのキラとエストの登用。
それらは今となっては、随分と遠い過去の出来事のように思える。
「不謹慎とは思わなかったのかね?」
報告を終えたマリューにそう言ったのは、ラーズである。
「君は、キラ・ヒビキがコーディネイター、それもテロリスト『ヴァイオレット・フォックス』と知っていて、彼にシルフィードを預けた。そう言う事なのだね?」
「はい。しかし、あの時は仕方なく・・・・・・」
「『仕方なく』かね。相手は子供とは言え、広域指名手配中の凶悪犯だ。そのような者に最新鋭の機体を預けるなど、私などには狂気としか思えんよ。彼がシルフィードを手土産にザフトに合流する可能性を君は考えなかったのかね?」
「考えました。だから、充分に予防策を張ったのです」
爆薬入りの首輪に、機体自爆装置の掌握、バッテリー搭載量の制限。それらはキラの行動を制限する目的で設けた物だが、今にして思えば単なる方便だったのかもしれない。キラと言う存在をアークエンジェルに留め置く為の。
案の定、サザーランドはその点を突いて来る。
「それが役に立たなかった時の事は考えたのかね? 相手はコーディネイターだ。どんな手を使ってくるのか判ったものではないぞ」
「それは、しかし・・・・・・」
ラーズの言う理屈は判らないでもないが、それではキラに出撃を許さず、自分達は死ねば良かったとでも言うのか?
どうにもマリューには、この査問会の意味が計りかねていた。
マリューの困惑をよそに、サザーランドは更に読みあげて行く。
「更に、ストライクに搭乗したエスト・リーランド当時曹長が放った320ミリ超高インパルス砲アグニの一撃がヘリオポリスの外壁を損傷、それによって危機感を覚えたザフト軍の攻撃により、ヘリオポリスは崩壊した、と」
「それは結果から見た推論に過ぎません!!」
反論したのはムウだが、サザーランドはそれに一瞥をくれただけである。
「認めよう。だが、君も指揮官なら判るだろう。そんな強力な兵器を搭載した機体を、敵の指揮官が放っておくと思うかね?」
「それは、しかし・・・・・・」
「フラガ少佐、今は事実確認を行っているのだ。感情での発言は控えたまえ」
ラーズに尊大に言われて、ムウは引き下がるしかない。
「その後も、アークエンジェルはユーラシア連邦所有の要塞アルテミスを壊滅させ、先遣隊を全滅、第8軌道艦隊をも失わせている」
「曲解です。我々は!!」
再び激昂するムウに、ラーズは言う。
「我々は、何だね?」
「我々は、ハルバートン准将の意思を受けて・・・・・・」
言い掛けたマリューに、サザーランドが言葉をかぶせる。
「彼の意思が連合の総意なのかね? 誰が、いつ、そんな事を言ったのかね?」
サザーランドの言葉に、マリューは唇を噛むしかない。
確かに、見ようによってはサザーランド達の言うような取り方もできなくはない。だが、これではまるで、自分達が利敵行為を働いたようではないか。
そんなマリューに、ラーズは白々しい言葉で続ける。
「落ち着きたまえラミアス少佐。我々は何も、全部君達に非があるとは言っていない。全ては不幸な出来事だったのだよ」
「不幸、ですか?」
「そうだ。ヘリオポリスにザフト軍が侵攻したのも、そこにコーディネイターのテロリストがいたのも、全ては不幸な偶然が重なったにすぎない」
「君達は実によく頑張ってくれたと思うよ」
ラーズの言葉に、サザーランドが続ける。
「多くの犠牲を払いながら、このアラスカに辿り着いた。だが、そうして辿り着いたアークエンジェルが、シルフィードもストライクも失ったとあっては、犠牲になった者達は果たして浮かばれるのかね?」
そう問われれば、マリューとしても黙らざるを得なかった。
「全ての事実を明確にし、一連の成果と責任を明らかにしなくてはいかんのだよ。誰もが納得する形でな」
ラーズは事務的に言う。
その後もマリュー達にとっては、実りの無い、ただただ苦痛であるだけの時間が過ぎ去って行き、結局、得る者が無いままに査問会は閉会となった。
「では、これにて当査問会を閉会とする。長時間の質疑応答、ご苦労だった」
そう告げるサザーランドの言葉に、居並ぶマリュー達はホッと息をつく。
だが、話はまだ終わってはいなかった。
「なお、ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジルール中尉以外のクルーに関しては、この後も艦内待機とする」
「では、我々は?」
自分達が除外された事に、ムウは首をかしげながら尋ねる。
それに対し、サザーランドは告げる。
「君達2人には転属命令が出ている。追って、書類を発送するので、それに従うように。以上だ」
それが、空虚に満ち溢れた査問会の閉会を告げるベルとなった。
カーペンタリア基地に、黄昏が落ちる。
ザフト軍の地球方面軍司令部のあるこの基地は、同時にザフト軍の地上における最大の基地である。だが驚くべきことは、この、ザフトはおろか、地球軍ですら並ぶべき物が無いとされる大基地を、ザフトはたった2日で完成させたと言う事である。
その一事だけをもってしても、プラントの、ひいてはコーディネイターの技術力の高さを覗わせるには充分であろう。
出発用のシャトルが発着するゲートに向かって、アスランは歩いていた。
先日の戦闘で骨折した左腕は吊ったままだが、それ以外の体の傷は既に治りかけている。
彼には本国から帰還命令が下されている。
地球軍の最新鋭モビルスーツであるシルフィードを見事撃墜した彼には、ザフト軍最高の栄誉であるネビュラ勲章が贈られると共に、本国にてロールアウトした最新鋭機のパイロットとなる事が確定している。
だが、それだけの栄誉であるにもかかわらず、アスランの心には霞が掛っていた。
ライアの、そしてキラの命と引き換えにして手にした栄光などにアスランは欲しくなかった。彼が欲しかった物は、栄光でも最新鋭の機体でもなく、隣で笑ってくれている友達であり、一緒に歩んでくれる仲間だったのだ。
だが、そのどちらもアスランは失ってしまった。残ったのは、彼にとって空虚極まりない栄誉だけであった。
足取りも重く、廊下を歩くアスラン。
その視界に、待ち受けるようにして2人の人影がある事に気付いた。
イザークとディアッカである。
2人はまるでアスランを待っていたかのように、こちらを見ている。
近付くと、イザークは面白くなさそうにそっぽを向き、ディアッカは気さくに片手を上げて来る。
「やったじゃんかよ、大抜擢だろ」
「ふんッ 貴様が最新鋭機のパイロットとはな」
全く逆の反応を示す2人。
それを見ながら、アスランは妙に心が和むのを感じた。
ああ、ここにまだ、自分が望む物があるじゃないか。
そう思うと、自然と右手が差し出される。
その右手を見て、一瞬面食らったような顔をしたイザークだが、すぐに握り返してくる。
「ありがとう。色々と、世話になった」
「・・・・・・フンッ」
イザークの力強い、それでいて温かみのある掌が、アスランに伝わって来る。
次いで、ディアッカと手を繋ぐ。
「元気でな。また、何かあったらよろしく」
「ああ、こちらこそ」
そう言って、互いに笑みを見せあう。
この2人とは何かとぶつかることの多かったアスランだが、共に戦って来た仲間とは、こうして必ずつながっている物なのだ。
アスランは手を放すと、荷物を持ち直して歩き始める。
「今度はッ!!」
数歩進んだ所で、背後からイザークが声を掛けて来た。
「今度は、俺がお前を部下にしてやる!! それまで死ぬんじゃないぞ!!」
振り返るアスラン。
その顔には、苦笑とも微笑ともつかない笑顔がある。
「ああ、楽しみにしているよ」
そう言うと、今度こそ、アスランは2人に背を向けて歩いて行った。
プラント首都アプリリウス1.
それ1基で小国並みの人口を収容できる最新式砂時計型コロニー内部にあって、この場所はまるで中世欧州の幻想から切り出してきたかのように、穏やかな時の中に流れている。
豪華な高級住宅に面する庭は手入れが行き届き、住む人間の趣味の良さが窺える。
その庭を元気に跳ねまわるボール・・・・・・
《ハロハロ~、テヤンデ~》
訂正、喋る丸い物体が跳びはねる。
「あらあら、ピンクちゃん」
ピンク色をしたハロは、主の手を振り払って跳ねて行く。
その進む先には、長い黒髪を持つ少女が草場に腰をおろして、人工の空を眺めていた。
ハロは少女の傍らに転がって行くと、黙したまま、その円らな瞳で少女を見上げて来る。まるで構ってくれ、と甘えているかのようだ。
対する少女の方もハロを見詰め返し、優しくそっと抱き上げた。
ハロと少女は無言のまま見つめ合う。ただそれだけで、何だか互いに意思のやり取りをしているかのように見えてくるから不思議だ。
そこへ、ようやくハロの主が追いついて来た。
「どうかなさいましたか?」
黒髪の少女に対して微笑みかける、ピンク色の髪をした少女。
「・・・・・・エスト」
ラクス・クラインの呼びかけに対し、ハロを胸に抱いたエスト・リーランドは、無言のまま振り返った。
3
ラクスに誘われてエストがテラスに入ると、キラ・ヒビキが1人の男性と共に向かい合わせて茶を飲んでいた。
プラントの天候は全てコンピューターで制御され、暖かい日差しがテラスの中に降り注ぎ、中に入ると心まで温まるような思いだった。
「さ、エストも座っていてください。今、新しいお茶を入れますわ」
そう言うと、ラクスは1人出て行く。
エストは空いている席に座り、抱いていたピンクハロを机の上に置いた。
「気分はどう?」
「問題ありません。回復は順調です」
キラの問いかけに、エストは相変わらずの淡々とした声で応える。
実際、ゆっくりと療養した結果、体調は順調に回復していた。
だが、一時はキラも、エストもかなり危険な状態にあった。
そんな2人を救ったのが、キラと対面に座っている人物である。
光を失った瞳を閉じ、まるで1個の彫像であるかのように、ゆったりとした仕草でお茶を飲んでいるその人物は、マルキオ導師と言う。人種に捕らわれない独自の思想を持つ人物で、ナチュラルでありながら、プラント、地球連合双方から信頼されている人物でもある。
エストも名前くらいは聞いた事がある。何度も地球とプラントの間を行き来し、両国の間を取り持つ人物がいると。どうやら、それがマルキオであったらしい。
「元気になったようでなによりです。私としましても、あなた方を助けた甲斐がありました」
そう言って、マルキオはニッコリと微笑む。その抱擁力のある微笑みは、たとえ目が見えずとも、全てを包み込むような優しさを感じさせた。
ちょうどそこへ、新しいお茶の入ったポットを持ったラクスが戻って来る。
「お話は弾んでいますか?」
そう言って、ポットを机の上に置くと、足元にいる犬のような形をしたロボットが運んできたお菓子を取り出す。
オカピと名付けられたそのロボットは、何でもラクスの子供の頃からの友達であるとか。いちど壊れてしまったのを、アスランが修理したそうだ。
アスラン。
その名前を思い出すと、キラは苦い思いが込み上げるのを止められなかった。
熱を帯びたコックピットから無理やり這い出し、キラは地面に転がった。
折から降り出した雨だが、全身に熱を帯びた体を冷やすにはそれでも足りない。
地面に大の字に寝転がると、もはや動く気力すら失せていた。
シルフィードは大破していた。
イージスの剣は肩口から胸部にまで達し、無惨な傷跡を残している。更に近距離でイージスの爆発を食らい、内部電装系、駆動系は全滅している。キラが生き残る事ができたのは、緊急閉鎖用シャッターをとっさに下ろしたからに他ならない。
僅かに残った力を振り絞るようにして振り返れば、イージスが項垂れるようにして擱座しているのが見える。向こうはナイフがエンジン部に直撃した事もあり、腹部から上が殆ど吹き飛んでいる。あれではパイロットの生存は絶望的だろう。
「アスラン・・・・・・・・・・・・」
冷たい雨が、狂気に取り付かれた心を覚ましていく。
今になって、失った物の重さがキラにのしかかる。
大切な物を奪った代償として、またもキラは、大事な物を捨て去ってしまった。
何たる矛盾。何たる短慮。
自分の浅はかさに、キラは空虚な気持が心を覆って行くのを感じた。
いっそ、このまま死んでしまおうか。
エストを守れず、アスランも死なせてしまった自分には、それが相応しいんじゃないだろうか。
そう思った時だった。
かすかに、キラの耳に土を踏む音が聞こえた。
全身の力を使い、体を起して、振り返る。
たとえ死の淵にあっても、異常自体が起こった際には体が動くように訓練されているのは皮肉な事である。
視線を向けると同時に、キラは今にも死にかけていた命に、急速に熱い血が通い始めるのを感じた。
果たして、キラの目に飛び込んで来た小さな人影。
それは、死んだと思っていた少女であった。
「エストッ!!」
キラは慌てて駆け寄る。
残された力を振り絞ってここまで歩いて来たエストは、力尽きたように崩れ落ちるが、その直前でキラが受け止める。
支え切る事ができずに、もつれるようにして倒れ込む2人。
だが、キラの胸には、少女の発する鼓動が確かに伝わって来る。
その鼓動に、思わずキラは熱い物が瞳から零れるのを感じた。
「生きて、た・・・・・・」
生きててくれた。
エストを抱く腕に力を込める。
キラの腕の中で、エストが僅かに目を開いた。
「・・・・・・キ、ラ?」
「エスト?」
エストは自分を抱く人物の顔を、朦朧とした意識の中で見詰める。
なぜ、この人はこんなにも嬉しそうにしているのだろう。敵である自分が生きていた事が嬉しいとでも言うのだろうか?
「泣いて、いるのですか?」
「・・・・・・悪い?」
少し不貞腐れたように答えるキラに、エストは何だか奇妙な気分に包まれた。
頬を膨らませてそっぽを向くキラが、とても愛おしい存在のように思える。
こんな事は初めてだった。誰かに対して特別な感情を抱くなど。ましてかそれが、かつて殺そうとした相手であるとは。
霞が掛ったような脳でそんな事を考えていると、キラはエストを背に負い立ちあがった。
「・・・・・・・・・・・・何、を?」
突然負ぶわれ、掠れた声を上げるエスト。
そんな彼女に構わず、キラは重い足を引きずって歩き出した。
「ここにいちゃダメだ。どこか、避難できる場所を探そう」
「しかし・・・・・・」
キラはそう言うが、ここは太平洋に浮かぶ小島である。最後の交戦地点から考えてオーブからはほど近い場所ではあろうが、それでも人が住んでいるとは思えない。避難できる場所と言っても限られるだろうし、ましてか2人とも重傷である。救助が遅れればそれだけ生存の可能性も低くなってしまう。
それに、
「キラ、あなたには、自爆装置が・・・・・・」
キラの首には爆薬入りの首輪がしてある。万が一、ナタル達が機密保持と逃走防止の為にこの装置を起爆させれば、キラの命は瞬時に奪われる事になる。
だが、
「・・・・・・ああ、これ?」
今更思い出したようにそう言い首輪に指を掛けると、キラはあっさりと引きちぎってしまった。
勿論、首輪は爆発する事もなく、唖然とするエストの目の前で地面に投げ捨てられる。
「こんな物、貰って1分後には無力化していたよ」
「・・・・・・・・・・・・・何で?」
なら、何で逃げなかった?
キラは逃げようと思えば逃げれた。にも拘らず、留まってわざわざ戦い続けた。
「前にも、言ったと思ったけど?」
「・・・・・・・・・・・・」
友達がいたから。仲間を守りたいから。キラはかつて、エストにそう言った。
本当に、キラが戦い続けた理由は、それだけだったのだ。
力が抜けたように、エストはキラの背中に身を預ける。
同年代の少年達と比べて、ずいぶん華奢だと思っていた体。
しかし、実際に身を預けてみると、大きく、そしてとても温かかった。
「キラ・・・・・・」
意識が徐々に沈下していく。朦朧とする中で、半ば無意識に口だけが動く。
「やっぱり・・・・・・あなたは、変です・・・・・・・・」
でも、
「あなたのそう言うところ・・・・・・私は、嫌じゃ、ない・・・・・・です」
それっきり、エストは何もしゃべらなくなる。
キラは歩き続ける。
足が重い。まるで、鎖で繋がれたように思うように動かない。
それでも、キラは歩き続ける。
「・・・・・・絶対に、死なせない。絶対に、だ」
雨は、容赦無くキラの体を撃つ。
闇の中を迷い歩くと、過去の幻影が思い起こされる。
あの時も、こうだった。
クライブの裏切りによって部隊が全滅した後も、今と同じように、暗闇の中を彷徨い歩いたのを覚えている。
仲間を失い、全てを失い、生ける屍のように歩き続けた自分。
だが、あの時とは決定的に違う事がある。
あの時のキラは1人だったが、今のキラの背中には、守りたい物が背負わされているのだ。
全ての力を振り絞って、キラは歩き続ける。
やがて、その瞳に暖かい光が見えて来た。
その時の明かりが、マルキオ導師の庵だったのである。
気が緩んだ事で倒れてしまったキラを発見したのは、マルキオが養っている孤児達だった。
すぐに介抱された2人だが、予断を許されない状況である事に変わりはなかった。島はオーブ本国からも離れており、また時化とNジャマーの影響で電波状態は最悪を極めており、本島に連絡を入れる事はできない。
連絡を入れたとしても、時化のせいで救援が来るのはだいぶ掛かる事が予想される。そして救援が来たとしても、そこから更に本国に戻るまで、2人の体力が持つかどうか。
そこでマルキオは一計を案じた。
ちょうどその時、彼は地球連合が提示した「オルバーニ講和案」を携えて、プラント本国へ上がろうとしており、もう数時間もしないうちに迎えが来る予定になっていた。そこで2人をプラント本国へ連れて行き、そこで治療してもらえばオーブに運ぶよりも時間的なロスは少なくて済むと考えたのだ。
かくして、マルキオの取った行動は正しかった。
偶然にも2人がユニウス7におけるラクス救出の立役者だった事も手伝い、彼女の父でありマルキオの友人でもあるシーゲル・クラインは、キラとエストの受け入れを快く承諾した。
その後、最高水準を誇るプラントの医療技術により一命を取り留めた2人は、無事に回復を遂げ、クライン邸で療養していた訳である。
自分の分のお茶も入れ終わり、一息つくと、ラクスはキラとエスト双方を見て口を開いた。
「それで、お二人は、これからどうなさいますの?」
そう尋ねられて、キラは返答に窮した。
正直、これからの展望が何もない。元々、友人達を守る為に地球軍に協力していたキラである。計算でいけば、アークエンジェルはとっくにアラスカに入っている筈で、彼自身の役割は終わっている。ならば、元々が反大西洋連邦組織の構成員であるキラに、地球軍に協力する理由もない。
かと言って、今更ゲリラに戻る気にもなれなかった。
組織が壊滅して間もない頃は、クライブへの復讐心もあって衝動的なテロ活動に及んでいたが、そのクライブを討ち、組織もない今、ゲリラとして戦う意義も見いだせなかった。
チラッとエストに目をやると、相変わらずの無表情を見せながら、ラクスが作ったと言うお菓子をほおばっている。微妙に喜んでいるようにも見えるのは気のせいではないだろう。
「今は、休息の時なのでしょう」
そう言ったのは、マルキオである。
「しかし焦らずとも、いずれは飛び立つ時が来ます。あなた方はSEEDを持つ者ですから」
「ですって」
そう言って、ラクスはニッコリと微笑み、お菓子を食べるエストの髪を優しく撫でる。
彼が何を言っているのか、キラには皆目見当がつかなかった。
だが、自分の役割は終わっていない。と言うニュアンスだけは読み取る事ができた。
「アスランは、生きていたそうですわ」
「え?」
唐突に言ったラクスの言葉に、キラは思わず振り返った。
対してラクスは、あくまで穏やかに続ける。
「キラはここに来てから、ずっと悩んでらしたのでしょう。アスランと戦ってしまった事を」
「・・・・・・・・・・・・」
図星だった。
共に過ごした時間が短いとは言え、アスランは紛れもない親友だ。その彼と血肉を削り合う殺し合いをしてしまった事に、キラはひどい自責の念を感じていた。
「安心しましたか?」
「あ、ああ・・・・・・」
笑い掛けるラクスに、キラはぎこちなく返事を返す。
アスランが生きていたと聞かされて、心の底から安堵する自分がいる事をキラは自覚する。
だがそこで、ラクスはうって変わって静かな表情を作った。
まるで波紋の全くない水面のようなその表情は、見る者の心を映すかのように、ある種の冷たさを持っていた。
「しかし、おかしな話ですね」
「な、何が?」
気圧されながらも、キラは尋ねる。
「あなたとアスランは元々敵同士。ならば、戦うのは当然で、殺し合うのも仕方のない筈。なのになぜ、あなたはアスランが生きていた事に喜んでいらっしゃるのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
確かに、ラクスの言うとおりだ。
友人だから、幼馴染だから。
そう語る前に、アスランは敵であった。その敵が生きていた事を喜ぶのは、考えてみればおかしな話だった。
テロリストとして活動したいた頃は、そんな事は考えた事も無かった。
だが、こうしてやる事の全くない身分になると、今まで考える気すら無かった事が次々と浮かんで来るようになった。
果たして、本当に自分とアスランは殺しあう必要があったのか? 疑問は渦のようにキラの中に湧き上がっていた。
4
地上に、空に、海上に、海中に、それぞれザフト軍の大部隊が進んで行く。
合計すると艦艇300、モビルスーツ1000を下らないこの大軍を派遣するに当たり、ザフトは本国防衛軍を除く、ほぼ全部隊を投入している。
それだけ、ザフト軍がこの作戦に掛ける意気込みは本気だった。
ウロボロス作戦の総仕上げ。残った最後のマスドライバー基地、パナマを落とし、地球と宇宙の連合軍を分断する。
成功すれば、地球連合軍に大打撃を与え、継戦不可能なレベルにまで叩きつぶす事ができる。
そうなれば、あとは講和条約によっていくらでもプラント有利な交渉が可能となる。
「オペレーション、スピット・ブレイク。全軍、配置完了しました」
旗艦艦上にあって、全軍総指揮を任されたラウ・ル・クルーゼは、モニターに映る男にそう伝える。
相手は現最高評議会議長パトリック・ザラ。
彼がゴーサインを出すだけで、後は全てが自動的に動き出す。
「後は、ご命令を頂くだけです」
そう言って、ラウは薄く笑った。
薄暗い部屋の中で、オペレーターが作業する音だけが響いてくる。
その様子を、ラーズとサザーランドは密かな笑みを浮かべて眺めていた。
モニターには、巨大なパラボラアンテナが並んでいる様子が映されている。
あれがアンテナである事は間違いない。もっとも、通常の通信用やレーダー用ではないのだが。
「作業状況は?」
「間もなく完了します」
オペレーターの返事を聞き、満足げに頷く。
間もなく、コーディネイターどもに正義の鉄槌が下される事になる。
あの野蛮人どもは、卑怯にも地球にNジャマーなどと言う異物を撃ち込み、あまつさえモビルスーツを使った大量虐殺を繰り広げている。
自分達が紛い物であり、実験室のモルモット程度の存在にすぎないと言う事を忘れ、不遜にも創造主に逆らった罪を、たっぷりと後悔させてやらねばなるまい。
「全ては、順調に」
「はい。予定通り始まり、予定通りに終わる事でしょう」
そう言うと、2人は含み笑いを強めた。
差し出された手を、ナタルは奇妙な面持ちで握り返す。
「それじゃ、元気でね。バジルール中尉」
艦を降りる副長に、マリューは柔らかく笑い掛けた。
人事局から書類を受け取ったナタルとムウは、艦を降りる事となった。
軍人である以上仕方ないとは言え、今までよく補佐してくれた優秀な副官と、頼れる先任士官に去られるのは、アークエンジェルにとっても辛い。キラとエストをも失った今となっては、さしもの大天使も両翼をもがれた上に、両腕も斬り落とされたに等しかった。
不満と言えばまだある。
先日通達が下り、アークエンジェルはアラスカ守備軍への配属が決まった。だが、その決定はあまりにも急で、しかもクルーへの上陸許可や、子供達の除隊申請に関する話も全くないままの一方的な通達だった。
気を取り直して、マリューはナタルを見る。
何もこれで今生の判れと言う訳でもない。生きてさえいれば、また会える日が来るだろう。
「あなたとは色々あったけど、本当に助かったわ。ありがとう」
「はあ・・・・・・恐縮です」
一方のナタルはと言えば、かなり面食らう思いだった。
ただでさえ、軍人同士が握手で別れるなど、形式から逸脱していると言うのに、この上官から、このような言葉を掛けて貰えるとは思わなかった。
彼女にとって、上官を支えるのはそれが任務だからであり、何も感謝されるような事ではない。加えて、マリューとは何度も意見的にぶつかる事も多く、恨まれこそすれ、労いの言葉をもらえるなどとは思ってもみなかったのだ。
だが、マリューの微笑みには一切の曇りはなく、心の底から感謝している様子がうかがえた。
「また、いつか、会えると良いわね」
「・・・・・・戦争が終われば、それも可能でしょう」
硬い表情ながら、そう答える。
奇妙な事だが、ナタルとしても、この女性とはまた会いたいと思っていた。会って、もっと軍とは離れた所で色々と話し合ってみたいと思っていた。
敬礼し、ナタルが出て行くと、今度はムウが歩いて来た。
普段から軍人らしからぬ言動や恰好の多い男だが、きちっと軍服のボタンを閉め、軍帽を被っていても、どこか飄々とした雰囲気が見て取れた。
「一応、人事局に撤回申請してみたけど、やっぱだめだったよ」
「でしょうね」
そう言って、マリューはクスッと笑う。
人事局が一度発した命令を撤回する訳が無い。そんな事を許していては軍として成り立たなくなる。
ムウにはカリフォルニア士官学校で、教官職につくように命令が出ていた。
「こんな時期に教官やれって言われてもね」
「あなたが教官をやれば、新兵の戦場での帰還率も上がると思います」
マリューのその言葉に、ムウは苦笑を返す。
とは言え確かに、彼に教官をやれと言うのは、鷹に紐をつけるようなものであるように思える。ザフトとの決戦が近付くこの時期に、彼を前線から遠ざけるなど、才能の無駄遣いにしか思えなかった。
「じゃあ、元気で」
「少佐も」
こうして、多くの者が艦を去り、寂寥感を増したアークエンジェル艦内。
破滅を呼ぶザフト軍の総攻撃が目前に迫っており、水面下では恐るべき謀略が進行中であるなど、この時はまだ、誰も気付いてはいなかった。
パトリック・ザラは断を下す。
今、こうしている間にも多くの同胞たちが虐げられ、傷付けられ、果ては命を奪われている。
彼等を助け、そして戦争の早期終結を目指す為に、今こそ全てを終わらせる必要がある。
その為の準備は、既に終えていた。
一度だけ、デスクの上にある写真に目を向ける。在りし日の妻と、幼い息子が映っている写真。撮影者はパトリック自身である。
この写真を撮った頃、自分は幸せの絶頂にいた。愛しい家族と共に暮らせる。そんな日が長く続くと信じていた。
だが、それは砕かれた。ナチュラルどもの横暴と、卑劣な核の炎によって。
何をしても、あの日々は最早帰らない。それはパトリックにも判っている。ならばせめて、罪を犯した咎人達にも同じ苦しみを味あわせねばならない。
立ち上がり、良く通る声で叫ぶ。
「この作戦により、戦争が早期終結に向かう事を、切に願う。真の自由と正義が示されん事を」
一拍置いて、パトリックは宣言した。
「オペレーション・スピットブレイク、開始せよ!!」
パトリックの宣言を受けて、全てが一斉に動き出す。
大作戦を指揮統制する為、巨大司令部が設けられ、オペレーターだけでも100人近い人数がいる。
それらの声が重なり合って、待機中の各艦隊、及び各部隊へと通達されていく。
「オペレーション・スピットブレイク、発動」
「スピットブレイク作戦、発動!!」
「事務局発、第6号作戦開封承認、コールサイン、オペレーション・スピットブレイク」
「攻撃目標・・・・・・・・・・・・」
「アラスカ地球連合軍総司令本部、JOSH―A!!」
PHASE-21「嵐の予感」 終わり