機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-22「幻想の翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『なぜ、あなたはアスランが生きていた事を喜んでいらっしゃるのですか?』

 

 あの日以来、ラクスに言われた言葉がキラの脳裏から離れなかった。

 

 敵は殺せ。殺した相手は振り返るな。

 

 そう教わり、これまで疑いもせずに実践してきたキラにとっても、理解できない事態である。

 

 ゲリラ兵士として物心付いた頃から戦い続けて来たキラのアイデンティティが、根底から崩れていく思いであった。

 

 自分が何のために戦っているのか。今こそ、もう一度考える必要があるように思えた。

 

「エスト、入るよ」

 

 そう言って、キラは扉を開けた。

 

 お茶の準備ができたので、ラクスからエストを呼んで来るように言われたのだ。

 

 扉を開けた瞬間、

 

「ッ!?」

 

 中から、息を呑むような声が聞こえた。

 

 エストは部屋の真ん中に背中を向けて立っていた。

 

 ただし着替え中だったのか、ブラウスの前は半ばまで開き、スカートは床に下ろされ、前かがみになって突き出されたお尻を包むパンツはキラの目を眩しく射る。ピンク色の布地に、周囲には軽くフリルのついた可愛らしいパンツは、普段無表情を決め込んでいる少女とのミスマッチを見事に演出している。

 

 ちなみに、パンツはエスト本人が元々持っていた物ではなく、ラクスが気を回して用意してくれた物である。その為、多分にラクスの趣味が入ってこんな事になってしまっている。

 

「あ・・・あ・・・あ・・・」

 

 突然の事に、とっさに舌が回らず、顔を真っ赤にするエスト。

 

 それはキラも同じである。

 

「えっと・・・・・・」

 

 言葉に詰まる。

 

 元ゲリラ兵士であろうと、凶悪テロリストであろうと、キラも健全な16歳の少年である。少女のあられもない下着姿を見て何も感じない筈が無い。

 

 次の瞬間、エストはスカートを上げるのも忘れてキラに駆けよると、その頬を思いっきり張り飛ばした。

 

 

 

 

 

 痛む頬を押さえながら、キラは廊下を歩く。

 

 隣では見るからに不機嫌そうむくれたエストが、そっぽを向いて歩いている。

 

 それにしても、

 

 含み笑いをしながらキラは、これも一種の成長なのだろうかと思う。少し前までのエストなら、パンツを見られたくらいであそこまで恥ずかしがったりはしなかっただろう。

 

 出会った頃の感情の希薄ぶりからすると、大変な変化だった。

 

「・・・・・・何をニヤニヤしているのですか?」

 

 そんな事を考えていると、エストが極低温の声を発して来る。

 

 完璧に機嫌を損ねた少女に、キラは微笑を返す。こうして怒ると言う感情を見せるようになったのも、最近になっての事である。

 

 しかしそうなると、キラの中で悪戯心が湧きあがるのを抑えられなかった。端的に言えば、ちょっと苛めてみたくなったのだ。

 

「いやね、ちょっと驚いてさ」

「・・・・・・何がですか?」

 

 そのキラの含み笑いに不穏な物を感じたのだろう。エストは訝るように尋ねる。

 

「いや、だって、君がまさか、あんな可愛いのを穿いているとは思わな・・・・・・」

 

 ドゴスッ

 

 かなり、景気の良い音と共に、エストの爪先がキラの向こう脛に容赦なくめり込んだ。

 

「フンッ」

 

 足を押さえて悶絶するセクハラテロリストを放っておいて、エストはさっさとその場を後にした。

 

 いつものテラスに入ると、既にラクスがお茶とお菓子の準備を終えて待っていた。が、何やら不機嫌そうなエストを見て首をかしげる。

 

「あら、どうかしましたかエスト? それに、キラは・・・・・・」

「あんな馬鹿男、知りません」

 

 そう言うと、エストはさっさと自分の席へと座った。

 

 首をかしげるラクスを余所に、エストは先程の事を思い出し、また頬を紅くする。

 

 いったい、自分はどうしてしまったのだろう?

 

 たかがパンツを見られたくらいが何だと言うのだ。そんな事、ついこの間までは何ともなかった筈だ。事実、インド洋の小島でキラと一晩過ごした時、エストは終始下着姿だった。

 

 だが、さっきキラに見られた時、何だか判らないが、ものすごく恥ずかしいと感じた。

 

 なぜだろう。

 

 エストは訳も判らないまま、テーブルの上にあるクッキーを1つつまんで頬張った。

 

 相変わらず、ラクスが作ってくれるお菓子は美味しい。

 

 だけど、キラの事を考えると、思考にノイズが入り、せっかくのお菓子もただの小麦粉と砂糖の塊にしか思えなくなってしまう。

 

 その対面に、ラクスが腰掛けると、微笑を送って来る。

 

「エストは、キラの事が好きなのですか?」

「・・・・・・何故、そんな事聞くのですか?」

 

 今度はエストが怪訝な顔つきになる。突然尋ねられた困惑もあるが、ラクスの意図がエストには読めなかった。

 

 対してラクスは、テーブルに肘をつきながら微笑みをエストへ送って来る。

 

「何となくそう思いましたので。あなたを見ていましたら」

「・・・・・・・・・・・・正直、良く判りません」

 

 エストはポツリと言う。

 

「そのような事は、調整段階でプログラミングされませんでしたので」

「調整? プログラム?」

 

 聞き慣れない言葉に、ラクスが問い返すと、エストは真っ直ぐに色の無い瞳をラクスに返して口を開いた。

 

 その最大の禁忌を。

 

 だが、彼女になら、ラクス・クラインと言う少女になら、この事を話しても良いと思っていた。

 

 共に過ごした時間こそ短いが、エストにとってこのラクスと言う年上の少女は、それこそキラ・ヒビキやカガリ・ユラ・アスハに匹敵するくらい大きな存在となっていた。

 

「私は、大西洋連邦が開発した対コーディネイター用の強化兵士。その先行試作型にして失敗作です」

 

 その言葉に、ラクスは口を閉ざし、ようやく痛みが引いてテラスにやって来たキラは足を止めた。

 

 エクステンデット開発と呼ばれる、地球連合の極秘機関が研究、開発を進めている強化人間製造計画がある。

 

 遺伝子を操作して驚異的な身体能力や技術力を手に入れたコーディネイターに対し、遺伝子はあくまでいじらず、筋肉、骨格、内臓、血管、神経、脳、眼球、鼓膜などを強化し、あるいは改造して「研究・製造」されたのがエクステンデットである。

 

 勿論、普通に考えて、そんな事が許される訳が無い。研究は極秘に進められ、一般人はおろか、連合軍でもごく一部の者以外には知らされないでいる。

 

 言わば「プロトタイプ・エクステンデット」と呼べる存在。それがエスト・リーランドと言う少女であった。

 

「研究の指揮者はベルンスト・ラーズ少将。彼はブルーコスモスの構成員で、ムルタ・アズラエルの側近の1人とも言われています」

 

 ムルタ・アズラエルの名前はラクスも知っていた。大西洋連邦の国防連合産業理事を務める傍ら、ブルーコスモス強硬派の筆頭であり、地球連合を影から操る黒幕とも言われている。言わば、コーディネイター最大の天敵とも言える人物である。

 

 ラクスはふと、気になった事を尋ねる。

 

「あの、エストは先程、ご自分の事を失敗作だとおっしゃいましたが、それは?」

「はい」

 

 実験には付き物な話だが、当然、エクステンデット開発もトライ&エラーの連続であった。

 

 研究者、あるいは推進者の側からすれば、大した問題ではない。失敗したのなら素体を破棄して、また新しい被験者に取りかかれば良いのだ。良心を痛める必要も無ければ、犠牲になった命を省みる事すらしない。

 

 だが、素体の側からすればたまった物ではない。非道な研究に供され、辛い実験を施され、挙句に失敗作として破棄される。こんなひどい事がある筈が無い。後に残るのは、過酷な実験によって潰された心と、改造され尽くされ、もはや人と呼べるかどうかも怪しくなった体だけであった。

 

 エストは予定された性能の60パーセント程度しか発揮できず、実験は次の、より過酷な物へと移行されたのだ。

 

 それでも、エストは比較的運がいい方である。

 

 同期素体の中では最も実験結果が良く、研究所を放逐された後は特務部隊に引き取られて、今日まで生き延びて来れたのだから。同期素体の内、5割は研究中の失敗で死亡、3割は結果を残せずに破棄、1割は何らかの任務中に死亡している。現在まで生き残っている者は、エストを含めても両手の指に足りない。

 

 話を立ち聞きしながら、キラは以前、アルテミス要塞の司令官であるガルシアが言っていた言葉を思い出す。

 

「『人形』・・・・・・か」

 

 あれは、そう言う事だったのだ。

 

 ラクスは席を立つと、エスト歩み寄り、その体をそっと抱きしめた。

 

「辛かったですね。お友達が死んでいくのは。でも、ここにいれば、もう大丈夫です」

「ラクス・・・・・・」

 

 正直、同じ素体達を友達と思った事はない。彼等は単に自分の前か後ろに並んで改造されるだけの存在でしか無かった。

 

 だが、ラクスにそう言われて、エストの目には知らずの内に身を預けていた。

 

 何となく入るのに躊躇われているキラ。

 

 その肩が不意に背後から叩かれた。

 

 振り返れば、ラクスの父親であるシーゲル・クラインが立っていた。

 

「シーゲル、さん?」

 

 政界を引退したが、未だにプラントに大きな影響力を持つこの男性は、傷付いたキラとエストを快く迎え入れてくれた人物であり、そんな彼にキラは多大な感謝をしている。

 

 だが、普段は温厚で優しそうな顔をしている事が多いシーゲルが、今日に限っては厳しい顔つきでキラを見ている。まるで、何か突発的な事態に焦っているかのようだ。

 

「キラ君、それにエスト君も。君達にとって、いささかまずい事態になった」

 

 シーゲルが告げる事態。それは、キラ達を驚愕させるには充分な事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沖の艦隊からは一斉に砲撃が行われ、上陸した部隊が地を駆ける。

 

 上空には機体が乱舞し、大気圏外からも続々とやって来る。

 

 CE71年5月5日。

 

 開戦以来最大規模となるザフト軍の総攻撃が開始された。

 

 オペレーション・スピットブレイクの発動。

 

 目標はアラスカ地球連合軍総司令部「JOSH-A」。

 

 この時、地球連合軍は、ザフト軍の攻撃目標がパナマであるとの情報を掴んでいた。これには確かな具体性があり、地球軍の手にある最後のマスドライバー基地であるパナマを奪えば、地球軍の受ける損害は計り知れない。その為、ザフトの攻撃目標を疑う者は1人もいなかった。

 

 しかし、その情報は欺瞞だった。

 

 主力軍をパナマへ配置した地球軍に対し、ザフト軍は裏を掻き、手薄となった地球軍本部を目標としたのだ。

 

 事は、完全なる奇襲となった。

 

 主力軍を欠いた結果、アラスカに残るのはアークエンジェル以下、僅かな防衛軍を中心とした部隊のみである。

 

「頭を潰した方が効率が良いのでね」

 

 旗艦艦上に座して、ラウ・ル・クルーゼはそう呟く。

 

 今も、各部隊は前進を続けている。

 

 ジンやシグーは地上に降り立ってライフルを放ち、バクゥは疾走しながら施設を叩きつぶしていく。

 

 ディンは機動力を活かして敵勢力を見付け、殲滅し、ゾノやグーンは駐留艦隊に攻撃を仕掛けている。

 

 ふと、モニターの端に、見慣れた白亜の巨艦を見付け、ラウは口元に笑みを浮かべた。

 

「成程。生贄はユーラシアの部隊とあれか。地球軍も面白い配置をする」

 

 愉快そうに笑うラウ。

 

 あの艦との因縁も長いが、それもここらで終わりそうだった。

 

 

 

 

 

 ザフト軍の大規模攻勢に対して、地球軍は混乱の際にあった。

 

 既に地上では戦闘が開始され、ザフト軍のモビルスーツ隊による蹂躙が始まっている。

 

 そんな中にあって、アークエンジェルにも司令本部からの通達が届いた。

 

《守備軍はただちに発進。敵を迎撃せよ》

 

 通信はサザーランド大佐からだった。

 

《してやられたよ。連中は直前で攻撃目標をパナマからこのアラスカに変更したようだ》

 

 パナマではなく、敵の目標はアラスカ。

 

 その事実に、マリューは衝撃を受けた。

 

《とにかく、ここを敵に明け渡す訳にはいかん。厳しい状況ではあるが各自、健闘を祈る。以上だ》

 

 それっきり、サザーランドからの通信は切れてしまった。

 

 健闘を、などと言われても、いったいどうしたらいいのか。

 

 アークエンジェルの修理は終わっている。だが、頼みの機動兵器はスカイグラスパー3機のみである。しかも、パイロットがいない。

 

「私が出ます。艦長。機体の準備を」

「俺も!!」

「ダメよ!!」

 

 居合わせたリリアとトールが名乗り出るが、マリューは即座に却下した。

 

 確かにリリアは、これまで何度か実戦を経験してきてはいるが、それでもマリューの目から見てその技量は、キラはおろかエストやムウにも数段劣る。ましてか、今の彼女は負傷から癒えていない。そんなリリアを出撃させるなど、言語道断だった。

 

 トールも同様である。トールの出撃回数はオーブ沖海戦の1度のみ。しかも、戦闘らしい戦闘は経験していない。せいぜいが機体を真っ直ぐ飛ばすだけで精一杯だろう。あれだけの大軍を前にして、出撃しても5分持つかどうか。

 

「でも、あたし達しかいなじゃないですか!!」

「これは、命令よ。ケーニッヒ二等兵はいつも通り操舵手を、クラウディス二等兵は、その腕じゃ整備は無理でしょうからCICに入って!!」

 

 尚も言い募ろうとするリリアに、マリューはこれ以上議論する気はないとばかりに、ピシャリと言い捨て、厳しい顔で正面を向いた。

 

 こうしている間にも、味方はどんどんやられている。手をこまねいている時間は無かった。

 

「アークエンジェル、発進します。厳しい戦いになるけど。各自、奮闘を!!」

「そんなッ キラも、エストも、少佐もいないのに!!」

 

 カズイが情けない声を発する。

 

 彼の気持ちはマリューも良く判る。本音を言えば、彼女だって泣き事を言いたい状況だ。だが、艦長と言う責任ある職にある者が、そんな事は許されない。

 

 ゲートが開き、アークエンジェルが進み出る。

 

 海上では既に、地球軍艦隊がザフト艦隊と交戦を開始している。

 

 旗色は、当然悪い。

 

 数でも敵が勝っている事に加え、海中から襲い掛かって来るモビルスーツによって、次々と損傷していく艦が増える。

 

 そこへ、アークエンジェルが躍り込んだ。

 

「ゴッドフリート照準、撃てェ!!」

 

 マリューの命令に従って放たれた4門の主砲が、今にも僚艦に襲い掛かろうとしていたディンの一群を吹き飛ばした。

 

 しかし、それで新たな目標に気付いたザフト軍が、次々と殺到してくるのが見える。

 

 イーゲルシュテルンを起動して迎え撃つアークエンジェル。

 

 だが、迫りくる敵は、あまりにも多かった。

 

 

 

 

 

 アラスカ基地は地下の要塞構造を取っており、人工岩盤によって防御された内部施設は、核の直撃にすら耐えられると言われている。その為、仮にザフト全軍が全火力を叩きつけたとしても、外側からの攻撃ではアラスカ基地にかすり傷一つ負わせる事はできない。

 

 アラスカ基地を攻略する方法はただ1つ。グランドホローと呼ばれる内部施設への侵攻しか無かった。

 

 イザークのデュエルと、ディアッカのバスターも攻撃軍主力の一翼を担い、前線に立っていた。

 

《派手に始めちゃってるねえ》

「ここが正念場だからな。必死にもなるさ」

 

 ディアッカの軽口に、イザークは皮肉交じりに返す。

 

 実際、ここで勝負を決める事ができれば、以後の戦局は掃討戦へと移行するだろう。逆を言えば、ここらで戦果を上げないと、これ以降、戦う機会があるかも怪しい。

 

 次々と突撃していくザフト軍。

 

 しかし、地球軍とて眠っている訳ではない。

 

 岩盤各所に設けられた大小のゲートが開き、そこから次々と戦闘機が舞いあがって来るのが見える。

 

 中には発進途中に撃墜される機体もあるが、それでも多くは離陸に成功して迎撃態勢をとり、殺到して来るディンとの空中戦に入る。

 

 地上に目を転じれば、ジン、シグー、バクゥ、ザウートが次々と地球軍の攻撃拠点を見付けてはそれを叩きつぶし、さらにそこへ上陸したゾノやグーンも加わる。

 

 全体的に見て、ザフトの優勢は明らかだった。

 

 もともと質で優っている上に、今回は量においても地球軍の3倍近い兵力が投入されている。これならば負ける道理は無かった。

 

《そんじゃ、俺達も遅れないように行きますか》

「ああ、ナチュラルどもに思い知らせてやる!!」

 

 言いながら、2機のXナンバーも、戦線に加わるべく突撃を開始する。

 

 既に歴戦の兵士と呼べるまでに成長を遂げている2人の戦いぶりは群を抜いている。

 

 バスターが砲撃力を活かして上空から地上部隊を狙い撃ちにし、デュエルは戦闘機を次々と屠って行く。

 

 当然、地球軍の反撃も来るが、機動力に優る2機を捉える事はできない。

 

 デュエルとバスターを先鋒とした部隊は、ジリジリと、着実に前進を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラスカ!?」

 

 キラの驚愕の叫びに、シーゲルは黙って頷く。

 

 シーゲルは友人のアイリーン・カナーバから、オペレーション・スピットブレイクの攻撃目標が、直前でパナマからアラスカへと変更された事を知らされ、慌てて自宅へと戻って来たのだ。

 

 アイリーンは勢いを失った穏健派とはいえ、未だに最高評議会議員を務めている人物である。その彼女が作戦の詳細を知らなかったという事は、つまりパトリックは評議会議員にすら作戦に関する情報を秘匿していたのだ。

 

「そんな、アラスカが・・・・・・」

「キラ?」

 

 ラクスの呼びかけにも気付かないほど、キラは体を震わせている。

 

 アラスカが、攻撃されている。

 

 あそこはまずい。あそこにはアークエンジェルがいる。キラの友達が、仲間達がいるのだ。

 

 せっかく、

 

 せっかく助けたのに。

 

 もう大丈夫って、思ったのに。

 

「クッ」

 

 苛立たしげに呻くキラ。

 

 今のアークエンジェルにはシルフィードもストライクもない。ザフト軍の猛攻を防ぎ切れないのは火を見るよりも明らかだった。

 

「・・・・・・・・・・・・行かないと」

 

 ややあって、ポツリとキラは言った。

 

 顔を上げる。

 

 安息の時は終わった。

 

 兵士は兵士の居るべき場所へ帰る時が来たのだ。

 

「僕は行くよ」

 

 告げるキラ。

 

 どこへ、などと無駄な質問が返される事はない

 

 代わりに、ラクスは真っ直ぐにキラを見詰めて尋ねる。

 

「行って、どうなされるのですか?」

 

 その瞳は鋭く、声にも硬質を帯びているのが判る。

 

「ラクス・・・・・・」

 

 普段のゆったりとした姿とはかけ離れた娘の様子に、シーゲルも戸惑いを隠せないようだ。

 

「地球軍の兵士として、またザフトと戦うのですか?」

 

 ラクスの鋭い問いかけ。

 

 しかし、キラは黙って首を横に振った。

 

「では、地球軍と戦うのですか? コーディネイターとして」

 

 この問いにも、キラは首を振る。

 

 以前、ラクスに、なぜアスランが生きていた事を喜んでいるのかと尋ねられた時、キラは答えられなかった。

 

 だが、今ならその問いに答えられる気がした。

 

「僕は、何と戦えばいいのか、判った気がする」

 

 キラの答えに、ラクスは何かを承知したように頷いた。

 

 そこで、それまで黙っていたエストが口を開いた。

 

「なら、私も一緒に行きます」

 

 少女の言葉に、キラは驚いたように振り返る。

 

 エストはいつも通りの無表情な瞳をキラへと向けて、自分の意思が固い事を示していた。

 

「いや、君はここに残るべきだと思う。わざわざ僕に付き合わなくても良いよ」

 

 ラクスもシーゲルも、決してエストを無碍にはしないだろう。それどころや、本当の妹や娘のように可愛がってくれるだろう。わざわざ危険な戦場に舞い戻る必要など無いのだ。

 

 先程の話を聞いてしまった後では、尚更にそう思う。むしろ、ここに残ってゆっくりと体と心を癒して欲しかった。

 

 だが、キラの言葉に対して、エストは首を振り断言する。

 

「あなたが行くのに、私が行かないと言う事は無いです」

 

 そう。あのヘリオポリスの崩壊以来、キラとエストは一緒に戦って来た。

 

 相棒と呼んでも差し支えが無い2人。片方が行くのに片方が残るなど、有り得ない話だった。

 

「・・・・・・判った」

 

 キラは頷き、少女の戦場への復帰を認める。

 

 その様子を見ていたクライン親子は、何かを決意するように頷き合った。

 

「お父様。彼等に、あれを託しても宜しいのではないでしょうか?」

「うむ。この子達なら、あるいは、な」

 

 意味ありげな親子の会話に、キラとエストは訳が判らずに見ている。

 

 そんな2人に、シーゲルが向き直った。

 

「君達2人に、託したい物がある」

 

 

 

 

 

 連れて来られたのは、ザフト軍のラボだった。

 

 キラとエストは、それぞれザフトの紅服に着替えている。

 

 キラが着ているのは、アスラン達が来ていたのと同じ物で、ジャケットの丈が長いタイプの軍服である。エストが着ているのは、ジャケットの丈が短く、下がミニスカート状になっているタイプの物であった。

 

 2人は先を行くラクスに先導されて移動する。

 

 事前にレクチャーされた通り、すれ違う兵士とザフト式の敬礼を交わしながら、奥へ奥へと進んで行く。

 

 ラクス自身はよく慰問などで訪れる機会がある為、この場にいたとしても何ら違和感は無かった。

 

 やがて、3人は巨大な扉の前に辿り着く。

 

 扉の前で警護している、緑服の兵士2人は示し合わせたように頷くと、手にしたカードキーを同時に滑らせた。

 

 重々しい響きと共に、扉がスライドしていく。

 

 中に入ると内部は暗闇に包まれ、奥まで見通す事ができない。キャットウォークの足場があり、奥には巨大な空間が広がっているのが判る。

 

 ライトによる明かりがともる。

 

 内部に鎮座している機体を見て、キラとエストは思わず息を呑んだ。

 

 1機のモビルスーツが目の前に佇んでいた

 

 巨大な鋼鉄の四肢と、背中に負った一対の大振な翼。PS装甲を標準装備しているらしく、今は鉄灰色になっている。

 

 右手にはビームライフルを持ち、背中にはアグニを思わせる長射程砲1門と、シュベルトゲベールのような大剣を、折り畳んだ状態で背負っている。

 

 頭部はXナンバーを思わせる巨大な4本のブレードと、ツインアイによって構成されている。

 

「・・・・・・ガン・・・・・・ダム?」

 

 それは、かつて初めてシルフィードに乗った時と同じセリフであった。

 

 キラの言葉に、ラクスは振り返ってクスッと笑う。

 

「ちょっと、違いますわ。これはZGMF-X14A『イリュージョン』です」

 

 でも、ガンダムのほうが強そうですわね。そう言って、ラクスが笑う。

 

「なぜ、これを?」

 

 エストの問いに、ラクスは振り返って答える。

 

「あなた方に、必要だと思ったからです。お二人の願いに、行きたいと思う場所に、これは不要ですか?」

 

 勿論、これから戦火の渦中に行くのだから、いらない訳が無い。

 

 だが、

 

 キラは改めて、ラクスに向き直る。

 

 これが本当に、あのおっとりした少女なのだろうか。アークエンジェルで共に過ごした時とは、まるで別人のようだった。

 

「君は、誰?」

「わたくしは、ラクス・クラインですわ」

 

 そう言って、ラクスは微笑んだ。

 

 パイロットスーツに着替え、ヘルメットを持ってキャットウォークに戻るとラクスが変わらずに待っていた。

 

 そこでふと、ある事に気付いたエストが尋ねる。

 

「あなたは大丈夫なのですか?」

 

 ザフト軍が開発した機体を、譲渡と言えば聞こえはいいが、これはれっきとした強奪である。彼女やシーゲルの身に累が及ぶのは目に見えている。

 

 しかしラクスは、何でも無いといった風に微笑んでみせる。

 

「わたくしも、歌いますので。平和の歌を」

 

 そう言って、自分よりも華奢なエストの体を、そっと抱き締めた。

 

 エストの方も、その温もりを忘れないようにするかのように、ラクスの背中に手を回した。

 

 イリュージョンのコックピットは複座式になっており、メインパイロットが前席に、一段高い後席にサブパイロットが座る仕様となっている。

 

 メインパイロットにはキラが、サブパイロットにはエストが座った。

 

 ただちにOSに火が入り、モニターが点灯していく。

 

Generation

Unsubdued

Nuclear

Drive

Assault

Module Complex

 

 Xナンバーと似て異なる表記の文字が踊る。

 

「出力は・・・・・・ストライクの4倍以上です」

 

 エストが驚いて声を上げる。

 

 更に、キラはスペックに目を通していく。

 

「武装は、対艦刀ティルフィング、290ミリ長射程狙撃砲1門、ルプスビームライフル1基、ラケルタビームサーベル2本、バッセルビームブーメラン2基。6銃身ビームガトリング2門、ビームシールド1基、頭部ピクウス機関砲、それに・・・・・・何だこれは!?」

 

 武装の一番最後の欄にある物を見て、キラは驚愕の声を上げた。

 

 背部の翼内に、巨大な砲が収納されており、その推定出力は想像を絶している。

 

 これだけの武装を、いったいどんな動力で補っているのか。

 

 と、考えていると、視界の端にある文字が映った。

 

「Nジャマーキャンセラー?」

 

 Nジャマーが核をはじめとした動力を無力化するのは知っている。そのNジャマーをキャンセルすると言う事は、すなわち、

 

「核を積んでる。と言う事ですね」

「うん」

 

 禁忌の炎は、再び人類の手に戻ったのだ。

 

 だが、それを厭う暇は無い。2人には、その炎を上手く振るい、そして守る事が求められるのだ。

 

 モニターの中で、ラクスが手を振っているのが見える。

 

 その姿も、扉が閉じて見えなくなる。

 

 全ての準備は整った。

 

 あとは、飛び立つだけである。

 

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 

 頷き合う2人。

 

 PS装甲に火が入り、蒼いボディと天使のような白い翼が出現する。

 

 同時に、頭上のハッチが一斉に開く。

 

 その段になって、事態に気付いたザフト兵達が動き出すが、もう遅い。

 

 キラはスラスターを全開まで吹かし、機体を舞い上がらせた。

 

 その圧倒的な加速感に、思わずキラとエストは息が詰まりそうになった。

 

 宇宙空間に飛び出し、進路を地球に向けようとする。

 

 しかし、事態を聞いたザフト軍の早期警戒機が行く手を遮るようにして出現した。

 

 2機のジンは、イリュージョンに向けてライフルを放ってくる。

 

「2時と11時の方向、ジン2機、急速接近」

「了解!!」

 

 エストの報告を受けて、キラは大出力の機体を大胆に操って火線をかわしていく。

 

 その圧倒的な出力と機動性は、どのような乱暴な操縦を行っても追随してきそうなほどである。

 

「行くぞ!!」

 

 キラの叫びと共に、腰に装備したラケルタビームサーベルを抜き放つイリュージョン。

 

 同時に一気に機体を加速させる。

 

 ジン2機は慌てて照準を修正しようとするが、完全に遅い。

 

 すれ違う一瞬。

 

 その一瞬で、イリュージョンは2機の頭部を斬り飛ばしていた。

 

 そのまま一気に駆け抜けるイリュージョン。

 

 目指すは地球、アラスカ。

 

 危機にある仲間達を救う為に、今、幻想の翼は飛び立った。

 

 

 

 

 

PHASE-22「幻想の翼」   終わり

 

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