機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-29「歌姫勇躍」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4つのパーツがドッキングする事によって、戦艦クサナギは真の姿を取り戻していく。

 

 スラスターと武装・カタパルトブロックの連結により、クサナギの戦闘力は飛躍的に向上し、強力な宇宙戦艦として完成される。

 

 ドッキング作業を行うクサナギの周囲では、戦艦大和、ならびにアークエンジェル、そしてイリュージョンやジャスティスを中心とした機動兵器が飛び交って警戒に当たっていた。

 

 クサナギはカガリ座乗艦という事で、旗艦としての役割も担っている。この艦の連結完了を待って、オーブ残党軍は行動を開始する予定になっている。

 

 だが旗頭となるべきカガリは、未だに自室に閉じこもったまま出てこようとしない。

 

 無理もない話だった。愛する父を失い、陥落する祖国に背を向けて逃げなければならなかった彼女の心中は察するに余りある。

 

 もう暫くそっとしておこうというのが、周囲の一致した見解であった。

 

 とはいえ、いつまでもそうしていられないのもまた事実である。

 

 現在、地球にある4つのマスドライバーの内、オーブとパナマの物は破壊、華南とビクトリアの物はザフト軍の制圧下にある為、地球軍がすぐに追撃を掛けてくる事はないだろうが、それでも、戦力的に乏しい事に変わりはない。早急に戦力の立て直しが必要であった。

 

 各艦の首脳はクサナギへと集まり、今後の方針を話し合う事となった。

 

「しかし、驚きました。この艦にも、大和にも」

 

 アークエンジェルから到着したマリューは、溜息をつくようにして言う。

 

 分離、結合システムにより運用性の幅を広げたクサナギ。そして、一種の移動要塞とでも言うべき様相の大和。どちらも、これまでの戦艦とは一線を画している。

 

「モビルスーツの登場により、これまでの兵器システムは全て旧式化した」

 

 説明したのは大和からやってきたトウゴウである。

 

「同様に、戦艦のこなす役割も変化している。これまでのように対艦戦闘や固定目標に対する艦砲射撃だけではない。戦闘の主力となるモビルスーツを火力、運用面で支援する必要がある」

 

 機動兵器のパイロットにとって最も恐ろしい事は、母艦が撃沈される事だ。折角苦しい戦闘を勝ち抜いても、帰るべき母艦が沈んでしまってはそのまま未帰還になるケースも考えられる。

 

 大半の機体が動力をバッテリーに頼っているモビルスーツは、航続力がそれほど長くない。当然、効率的な運用を行う為には母艦も主戦場に接近する必要があり、その際に攻撃を受けて撃沈されてしまう可能性も増える。その為、母艦に求められる役割と性能は、「多数の機体を搭載できる運用能力」「いち早く艦載機を戦場に展開できる速力」「自艦を守り切る装甲、及び近接防御火力」「機動部隊を支援する大火力」「前線でも機動兵器を完全に修理可能となる整備機能」となる。

 

 特に、広大な海洋や宇宙空間においては母艦と機動兵器は切っても切り離せない存在となっている。母艦があれば機動兵器の活動範囲は大幅に広がる。逆にいえば、母艦の性能が低ければ、機動兵器の行動に枷を嵌める事になるだろう。

 

「儂はこの機構を、『艦機一体システム』と名付けた。これからモビルスーツは益々の進化を遂げる事になる。それに合わせて、戦艦もまた進化していく事だろう」

 

 母艦と機動兵器がそれぞれ独立した運用を成される為ではなく、それがひとくくりとして考え運用方針を模索していく事になる。今はまだ、その試行錯誤の段階であると言えた。

 

 クサナギのブリッジに入るとそこではドッキングシークエンスを行うオペレーター達が、エリカ・シモンズの指揮の元で作業していた。

 

 モルゲンレーテの技術者でありM1の生みの親でもあるエリカは、オーブ脱出の際にクサナギに同乗し宇宙に上がっていた。優秀なエンジニアである彼女の同行は、オーブ軍としても願ってもない事であった。

 

 ブリッジの内部はアークエンジェルと似通っている部分が多く、マリュー達は驚きの声を上げていた。

 

 やがて、キラ、エスト、アスランに伴われたカガリがブリッジにやってくると、早速、今後の行動方針を決める会議が始まる事となった。

 

「まず、何を置いても確保しなければならないのは、水場です」

 

 そう言ったのは、トウゴウに着いてやって来たユウキだった。

 

「現在、我々は戦艦3隻と60機弱のモビルスーツを保有しています。モビルスーツの中には修理途上の機体や組み立て前の機体も含みますが。これだけでも充分な戦力と言えます。ですが当然、これだけの戦力を維持するには、どうしても莫大な量の物資が必要になります」

 

 ユウキの説明に、居合わせる面々は難しい顔をする。

 

 3戦艦は急場の発進であったにもかかわらず、食料や弾薬は十分な量が確保されており、大規模戦闘を避ければ向こう1年くらいは行動が可能な状態であった。

 

 しかし水だけはどうしようもなく、この問題を早急に解決する必要が迫られていた。

 

「向かうなら、L4だろうな」

 

 会議の席上でそう言ったのは、ムウだった。

 

 マリューと公認の恋人同士となり、先の戦いではストライクを操って全軍の先陣に立った鷹は、今やこの流浪の軍になくてはならない中核的な存在となっている。

 

 L4、ラグランジュポイント4は開戦初期の地球軍とザフト軍の戦闘で、大半のコロニーが破壊され、今は無人と化している。だがうまくすれば、損傷が軽微で機能が生きているコロニーが存在するかもしれない。と言うのがムウの意見である。

 

 実質的な廃墟群である事も、逃亡軍の隠れ蓑としては理想的だった。

 

「残る地球のマスドライバーは華南とヴィクトリアだが、これはどちらもザフト軍の制圧下にある。いずれ、地球軍はどちらか、あるいは双方の奪還に動くはずだ。地上のザフト軍に奮戦すれば、追撃の手を遅らせる事も出来るだろうが、こればかりはザフト軍に期待するしかない」

 

 難しいだろうな。とは、トウゴウが腹の内でつぶやいた言葉である。

 

 ザフトがこの戦争を五分以上に進める事が出来たのは、モビルスーツという兵器の優位性があったからに他ならない。だが、それと同じ力を地球軍も得てしまった。ならば、後は数の勝負となってしまう。そして、その結果がどうなるかは、オーブ戦を見れば考えるまでもなかった。

 

 急ぐ必要があった。地球軍が本格的な宇宙進出を始める前に、こちらも体勢を整えなければならない。

 

「L4には、まだ使えるコロニーがある」

 

 呟くように言ったのはアスランだった。

 

 全員の視線が集まる中、アスランは自分の持っている情報を話し始める。

 

「少し前に、不審な一団が根城にしていた事があって、ザフトの方で調査を行ったんだ。住人はいないが、まだ設備が生きているコロニーがあったと、報告書に書いていた」

「じゃあ、決まりですね」

 

 友人の意見に賛同するキラ。

 

 しかし、そんなアスランに難しい視線を投げかける者がいる。

 

 ムウだった。

 

「しかし、本当に君は、それで良いのか?」

 

 問いかける声も鋭く、周囲の人間はこれから始まるのが気分のいい話でない事を肌で感じた。

 

「むろん、君だけじゃない。もう1人の彼女もだけど」

「ムウ・・・・・・」

 

 マリューが制しようとするのを、ムウは無視して続ける。

 

「こんな状況だ。オーブでの戦闘は俺も見ているし、着ている軍服にこだわる気はないだが、俺達はこれから状況次第ではザフトとだって戦闘になる。オーブの時とは違う。君にそこまでの覚悟があるのか? ましてか君は、あのパトリック・ザラの息子なんだろ」

 

 覚悟。

 

 ムウがアスランや、そしてこの場にいないライアに問いかけているのは、まさにそれだった。

 

 ザフト軍と戦うという事は当然、かつての仲間と戦う事になる。その際に明確な裏切り行為と言わずとも、サボタージュ等を行う、あるいはもっと良心的な見方をすれば、かつての仲間を撃つ事を躊躇う等の行為があれば、軍としての態勢がたちまち崩壊する事になりかねない。

 

 その指摘に対し、噛みついたのは当のアスランではなく、その横に立っていたカガリである。

 

「誰の子だって良いじゃないか。アスランは・・・・・・」

「軍人が自軍を抜けるって事は、君が思っているよりもずっと大変な事なんだ。ましてや、そのトップにいるのが、自分の父親じゃあ・・・・・・」

 

 軍を抜けるという点では、ムウもアスランと変わりはない。しかし、アラスカでの凄惨きわまる裏切り行為の後とあっては、そこから起こる罪悪感も綺麗さっぱり払底し尽くしていた。

 

 ムウの視線は、再びアスランを見た。

 

「自軍の大義を信じていなくちゃ、戦争なんて戦えるわけがない。それがひっくり返るんだ。ましてか彼は、キラやリリアと違って、ザフトの正規の軍人だろう」

 

 少々、行きすぎるぐらいに、ムウの言葉は痛烈を極める。ムウは測っているのだ。これで揺らぐようなら、アスランは所詮そこまでの人間。当てにして良いものではない。と。

 

「悪いんだけどな。一緒に戦うんだったら、当てにしたい。どうだ?」

 

 問われて、アスランは顔を上げた。

 

「・・・・・・オーブで、いや、プラントや地球でも見て、思った事が沢山あります。それが間違っているのか、正しいのか、今の俺にはそれすら分かりません」

 

 そう言うと、顔を上げる。

 

 見上げたアスランの瞳には、はっきりとした強い意志が宿っているようだった。

 

「ただ、願っている物はあなた達だと同じだと、そう信じています」

 

 その答えを聞き、

 

 質問したムウは、ようやく相好を崩して笑みを見せた。

 

「君はしっかりしてるねえ。キラとは大違いだ」

「え、そんな事ないと思いますけど」

 

 突然ダシにされたキラは、戸惑いながら否定しようとする。が、

 

「いえ、大違いです。少しはアスランさんを見習ってください」

 

 傍らに控えたエストにまでそんな事を言われ、不貞腐れるキラ。

 

 その様子が、クサナギのブリッジに笑いを呼んだ。

 

 そんな笑いの中にあって、アスランは1人、誰にも気づかれないように難しい表情を作っていた。

 

 ムウにはああ言ったが、やはりこのまま何もせずに父を裏切る事など、アスランにはできない。

 

 どうしても一度、父と腹を割って話し合う必要があった。

 

 困難な事である事はアスランも分かっている。父、パトリックはプラント強硬派のトップだし、今はオペレーション・スピットブレイクの失敗で、頭に血が上っている。更に言えば、イリュージョンやジャスティスの開発等を見る限り、暴走しているようにも見受けられる。

 

 だが、それでもアスランは、父を見捨てる事などできない。彼にとって、父は、今やたった1人の家族なのだから。

 

 

 

 

 

 借りた軍服に着替えると、シンはクサナギの医務室を訪れた。

 

 クサナギが宇宙に出た後、妹のマユは熱を出して倒れた為、医務室へと運んで休んでいるのだ。

 

 無理もない。突然戦争に巻き込まれて両親を失い、こんな宇宙にまで連れてこられたのだ。10歳の女の子が精神的にまいらないはずがないのだ。

 

 医務室に入ると、ベッドに横たわるマユと、その横に着き添ったリリアの姿があった。

 

「あ、ごめん。ずっと着いていてくれたのか」

 

 その声で、リリアは振り返ると、シンに向かって人差し指を立てて見せた。

 

「シッ 今眠った所だから、静かにね」

 

 見れば、ベッドの上ではマユが静かな寝息を立てていた。

 

 そっと足音をたてないようにベッドに近付き、横たわるマユを見下ろす。

 

 先ほど見た時は苦しそうに呼吸をしていたが、今は落ち着いているようで、呼吸も安定している。

 

 だが、そんなマユの姿を見ると、シンはいたたまれない気持ちになる。

 

「俺が・・・・・・俺があんな事しなければ・・・・・・」

 

 一時の激情に囚われて、マユを巻きこんでしまった。その事が、否応なくシンの胸に悔恨を呼ぶ。

 

 そんなシンの肩を、リリアは優しくたたく。

 

「そんな風に言っちゃダメ」

「え?」

「マユちゃんに聞いたよ。君はこの子を守ったんでしょ。お兄ちゃんが守ってくれたから、助かったんだった。マユちゃん言ってたよ」

「マユ・・・・・・」

「だから、もっと、胸を張らなくちゃ」

 

 守った? 俺が?

 

 もう一度、ベッドに眠るマユを見る。

 

 自分の行為には意味があったのか? 自分は、この小さな、そして大切な命を守り通す事が出来たのか。

 

 その事が実感となって、シンの中に染みわたっていく。

 

 少年の紅い瞳から、知らずの内に涙がこぼれおちる。

 

 マユ。生き残ったたった1人の家族。

 

 そのマユを、守る事が、これからのシンの使命となる。

 

「大丈夫だよ」

 

 その肩を、リリアが励ますように抱きしめる。

 

「君は1人じゃないんだから。大変だったら、みんながいつでも助けてくれるから。だから、あんまり無理はしないで」

「・・・・・・ありがとう」

 

 嗚咽交じりに、シンは頷きを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議を終え、キラ、エスト、アスランの3人は、再びパイロットスーツに着替えていた。

 

 クサナギのドッキングシークエンス警戒の為に哨戒活動を行い、そのまま同艦に着艦していたイリュージョンとジャスティスだが、こちらはM1を多数搭載している関係で手狭になりつつある。そこで、作業もひと段落したので、アークエンジェルに移ろうという事になったのだ。

 

 だが、その前に部屋が開いて、入ってくる人物があった。

 

「カガリ?」

 

 見慣れた金髪少女の登場に、3人は怪訝な顔つきになる。

 

 カガリは少し戸惑うような顔をしたまま、3人に近付いてきた。

 

「キラ、少し、良いか?」

「え、うん。別に、大丈夫だけど」

 

 そう答えながら、アスランとエストに視線を向ける。

 

 何か込み入った話をするのだろうと察した2人も頷きを返すと、床を蹴った。

 

「俺達は、席をはずそう」

「先に機体に行っています」

 

 そう言って出て行こうとする2人。

 

 だが、そんな2人を、他でもないカガリが制した。

 

「い、いや、良いから、お前達も居ろ。一緒にいてくれ」

 

 そう言われて、顔を見合わせる3人。

 

 カガリはポケットから写真を取り出すと、キラに渡した。

 

「写真?」

「赤ん坊だな」

「推定ですが、生後1~2か月程度と考えられます」

 

 それは、オーブ脱出直前に父ウズミから託された物である。

 

「裏、見てくれ」

 

 言われるままに、裏返して見る。

 

『キラとカガリ』

 

 そこに書かれていた言葉に、3人は目を見開いた。

 

「これはっ!?」

「カガリ、どういう事?」

 

 問われるが、カガリもまだ事の真相を把握している訳ではなく、明確に応えられるわけがない。

 

「分からない。けど、お父様が、『きょうだい』って」

「きょうだい、キラと、カガリが、ですか・・・・・・」

 

 エストは呟きながら、キラの手の中にある写真を見入る。

 

 中央に映った20台ほどと思われる美しい女性と、その腕に抱かれた2人の赤ん坊。確かに、髪の色は明るい茶色と金髪であり、特徴は2人とは一致している。しかし、現在の2人の顔立ちはあまり似ているとは言いづらく、正直、言われてもピンとこない。

 

「双子?」

「だとしたら、二卵性双生児が考えられます」

 

 だが、片や国家元首の娘と、片やテロリストの少年。あまりにも接点が無さすぎる。

 

「カガリ、君の母親はどうしたんだ?」

「分からない。お父様は、私が小さい頃に病気で死んだって・・・・・・」

 

 アスランの問いかけにも、カガリは力なく首を振る。

 

 キラはと言えば、幼い頃に飛行機事故で奇跡的に助かり、以後はゲリラをしていた養父に育てられている為、当然、両親に関する記憶は無い。

 

 せめて、ウズミが生きていてくれたら、真相を聞く事も出来たのだろうが、今やそれもかなわない。

 

 キラはフッと笑うと、カガリに写真を返す。

 

「真相は分からない。けど、これだけははっきりと言える。カガリのお父さんはウズミ様だよ。

「キラ・・・・・・」

「それを、カガリは誇りに思って良いと思う。あんなに立派な方がお父さんなんだから」

 

 見ればアスランは微笑んで、キラを肯定するようにうなずいている。

 

 エストは相変わらずの無表情ながら、姉を想う妹のようにそっと寄り添っている。

 

「・・・・・・ありがとうキラ、エスト、アスラン・・・・・・ありがとう」

 

 そんな友人達の思いに、カガリは涙をぬぐって微笑んだ。

 

 

 

 

 

 蒸せるような暑さが肌に着く。

 

 天に昇る柱も陽炎に揺れ、今にも溶け落ちてしまいそうだった。

 

 そこかしこに残るモビルスーツの残骸が、激戦の凄まじさを物語っている。

 

 そのモビルスーツを、地球軍の兵士達が1機ずつ見て回り、まだ息のあるザフト兵達にとどめを刺していく。

 

 そんな凄惨な行為が、ここ、ビクトリア基地にて行われていた。

 

 オーブにおけるマスドライバー奪取に失敗した地球連合軍は、ただちに第2弾作戦を発動。ザフト軍に占拠されているビクトリア基地を奪還すべく行動を起こした。

 

 ザフト守備軍は奮戦したものの、大軍を擁する地球軍に抗することはできず、ビクトリア基地は約4カ月ぶりに、所有者を交代する事となった。

 

「まったく、何を考えていたのかね、あのオーブって国は」

 

 まだ硝煙の匂い残る基地の通路を、兵士の運転する車で走りながら、アズラエルはぼやくように呟いた。

 

 その声は、同乗するサザーランドとラーズに向けられていた。

 

「うまく立ち回って美味い汁を啜ろうとしていたのでしょう。卑怯な国です」

 

 吐き捨てるようにサザーランドが言う。いかに高い理念も、それを介さない俗物的な人間が見れば、紙くず以下の存在に扱われてしまう。

 

「それにしても、面目ない所をお見せいたしました。まさか、新型のエクステンデット3体を投入して、あそこまで苦戦するとは」

 

 そう言ったのはラーズである。

 

 エクステンデット開発計画の責任者でもある彼としては、現状での最良製品と自負するオルガ、クロト、シャニの3人が思ったよりも成果を上げなかった事が苦々しくてたまらないのだ。

 

「まあね。僕もまさか、アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダーの4機を投入して、あそこまで苦戦するとは思わなかったよ」

「苦戦を強いられたという2機。もしや、ザフトの技術を使っているかもしれませんな。奴等は裏で手を組んでいた訳ですし」

 

 我が意を得たりと言わんばかりに頷くサザーランド。彼等の視点からすれば、オーブは敵と通じていた国。当然、技術供与も受けていた筈。と言う事になるらしい。元々Xナンバーを開発する為にオーブと秘密裏に提携していたのはどこの国なのかを、綺麗さっぱり忘れている様子だった。

 

 もっとも、下衆な勘繰りの末にサザーランドが真実を言い当てている事には、当然の事ながらこの場にいる誰も気付いていないのだが。

 

 そこへ、4機の機体が降下してくるのが見えた。

 

 アヴァンジャーを筆頭に、カラミティ、フォビドゥン、レイダーの4機である。オーブ戦に引き続き投入された4機は、その圧倒的な性能でザフト軍機多数を撃ち取り、勝利に大きく貢献していた。

 

「まだまだ問題が多くてね、こっちも」

 

 面倒な話だと言わんばかりに、アズラエルは首を振る。

 

 これから彼は、あの4機とともに宇宙へ上がる事となる。

 

「それに、気になるんだよね、あの2機。ひょっとしたら、核エネルギー、使ってるんじゃないかな?」

「それはっ」

「まさか・・・・・・」

 

 驚く2人を、アズラエルは愉快そうに笑う。

 

「おいおい、国防産業連合理事の僕の勘を疑うのかい?」

「いえ、そういうわけでは・・・・・・」

「申し訳ありません。しかし、言われてみれば確かに。Nジャマーも奴らが作ったものですし、それを無効化する術を持っていたとしてもおかしくはないですな」

 

 そこで、車はマスドライバー施設の前で止まり、アズラエルは外へ下りる。

 

「何にしても、がんばらないとね、僕も」

 

 そう言い残し、アズラエルは機上の人となった。

 

 

 

 

 

 カガリはアークエンジェルへ着くと、急いで格納庫へ向かった。

 

 無重力で、床から足が離れている事が、これほどもどかしいと感じた事はない。自分の足で走った方がまだ早いのに。

 

 それでも、格納庫に入り、目的の人物を見つけた時にはホッとした。どうやら、間に合ったらしい。

 

「アスラン!!」

 

 名前を呼ばれ、アスラン、そして傍らにいるキラとエストは振り返った。

 

「カガリ?」

 

 出発の準備を進めているアスランだったが、作業の手を止めて流れてくるカガリを受けとめた。

 

「待てよ、ちょっと待てよ、お前」

 

 アスランはこれから、父親であるパトリック・ザラに現状を訴え、直談判しに行くというのだ。地球連合軍との戦争をやめ、平和への模索して欲しいと。

 

 簡単にうまくいくとは、アスランも思っていない。だが、簡単に諦める事もまたできない。

 

 父への情と、現実への認識。その2つに板挟みになった結果、アスランが出した結論がこれだった。たとえうまくいかずとも、パトリックが少しでも耳を傾けてくれれば、希望はある。そう考えての行動であった。

 

「分かってくれ。たとえ強硬派の急先鋒でも、俺の父なんだ。このままにしておく事なんてできない」

「だからって、お前・・・・・・」

 

 カガリの視線は、メンテナンスベッドに固定されたジャスティスに向けられた。

 

 アスランはジャスティスをアークエンジェルに預け、シャトルを借りて単身プラントに戻ると言っているのだ。

 

「あれを置いていったら・・・・・・」

「最悪の事態も考えられる。万が一、父が俺の言葉に耳を貸さなかったら、ジャスティスを奪われる可能性もある。だから、あれはここに置いていった方が良い」

 

 もしジャスティスがなければ、味方の戦力はガタ落ちとなってしまう。だが置いていけば、仮にアスランが戻らなくても、誰かが乗る事が出来ると言う訳だ。

 

 無論、ジャスティスを持って帰らなければ、父や強硬派の人間にいらぬ嫌疑を掛けられてしまう可能性も考慮の内であった。

 

「大丈夫。僕達も行くから」

 

 カガリを安心させるように、キラは彼女の肩をポンと叩く。

 

 見れば、エストは既にヘルメットをかぶり、イリュージョンのコックピットに乗り込もうとしていた。

 

 とはいえ、イリュージョンで護衛できるのは、プラントの外。それも、ザフト軍の索敵圏外までだ。それ以後はアスラン単独で動かねばならなくなる。

 

「大丈夫。必ず帰ってくるよ」

 

 不安そうに顔を伏せるカガリにそう告げるアスランだが、その言葉には紙切れ程の説得力もない事は、他ならぬ言ったアスラン自身が良く分かっていた。

 

「必ず、必ずだぞ!!」

 

 すがるようなカガリの姿は、あまりにも痛々しいように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を聞き、パトリックは驚いて顔を上げた。

 

「なに、アスランが?」

 

 特別任務と新鋭機を携えて出撃したはずの息子が戻ってきたというのだ。それも手ぶらでだ。問題のイリュージョンだけでなく、乗機であるジャスティスすら持ってきていないという事だった。

 

 意味が分からず、首を傾げる。

 

 報告では、イリュージョンはオーブ連合首長国に渡っているとのことだ。そのオーブも、連合軍の総攻撃にあい壊滅、イリュージョンの行方もようとして知れない。

 

 てっきりアスランが、何らかの報告を上げてくるものと考えていたのだが。

 

 とにかく、話を聞いてみる必要がある。

 

 拘束しているヤキン・ドゥーエ要塞に命じ、すぐに連れてくるように指示を出した。

 

 しばらくして、警備兵に両側を固められたアスランが司令室に入って来た。

 

 警備兵を下がらせると、父と息子は正面から向かい合った。

 

「一体どういう事なのだアスラン? イリュージョンは? ジャスティスはどうした!?」

 

 怒号のようなパトリックの言葉を受けて、しかし、アスランは微動だにせずに受けとめる。父がこのような行動に出る事は、予め予想済みだった。

 

 対照的に、アスランは務めて冷静に口を開く。

 

「その前に、父上にお聞きしたい事があります」

 

 アスランの瞳に宿る意志の強さを感じ取ったパトリックは、一瞬黙したのち、先を促す。

 

「・・・・・・言ってみろ」

 

 並々ならぬ緊張感が場を包み込む。

 

 だが、ここで引き下がれば、父を引き戻す事ができなくなる。

 

 さながら戦場のような緊張感の中、アスランはゆっくりと口を開いた。

 

「父上は、この戦争が本当に正しいものとお考えですか?」

「・・・・・・なに?」

「地球軍を撃つ事が、本当に正しい事とお考えですか?」

 

 静かなアスランの問いに、パトリックは一気に激発する。

 

「何だそれは!?」

「お答えください!!」

 

 父の怒気に負けぬよう、アスランもまた声を張り上げる。

 

 だが、パトリックはそれには答えずに、息子へと詰め寄る。

 

「いったい、どこでそんな妄言を吹き込まれた!? あの女、ラクス・クラインにでもたぶらかされたか!?」

「父上っ!!」

 

 アスランも一歩も引かない。闇の中をまさぐり、必死に手を伸ばすように父へと呼びかける。

 

 しかし伸ばされた息子の手は、父親自身によって振り払われる。

 

「いい加減にしろ!! 何も判っていない子供が、知った風な口をきくな!!」

「何も判っていないのは父上ではありませんか!?」

 

 アスランは尚も諦めずに声を荒げる。

 

「アラスカ、パナマ、ヴィクトリア・・・撃たれては撃ち返し、撃ち返してはまた撃たれ、今や戦火は広がるばかりです。そうして力と力でただぶつかり合って、それで本当に戦争が終わると、父上は本気でそうお考えですか!?」

「終わるさ!!」

 

 パトリックは間髪いれず、叩きつけるように叫んだ。

 

「ナチュラルどもを、全て滅ぼせば戦争は終わるさ!!」

「父上・・・・・・」

 

 その答えに、アスランは呆然とした。

 

 まさか父が、いや、予想はしていた。以前から強硬な言動が目立つ人だったから。だが、面と向かってここまではっきり言われたのは初めてだった。

 

 扉が閉まる。

 

 父が、手の届かない所へ行ってしまう。

 

 パトリックの手が伸び、アスランの胸倉を強引につかみ上げる。

 

「言えッ イリュージョンとジャスティスはどこへやった!? 言わねば、お前でも容赦しないぞ!!」

「父上・・・・・・」

 

 もはやアスランには、父の目に狂気しか見えていなかった。

 

「本気なのですか、ナチュラルを全て滅ぼすなどと・・・・・・」

「我等はその為に戦って言えるのだ。それすら忘れたのか、お前は!?」

 

 それが、決定的な一言になった。

 

 アスランは悟った。もはや、自分の力では父を引き戻す事などできない。

 

 強引に突き飛ばされ、よろけるアスラン。

 

 パトリックは机の引き出しから拳銃を取り出し、銃口をアスランに向けた。

 

「この愚か者が。下らぬ事を言ってないで答えろ!! イリュージョンは!? ジャスティスはどうした!?」

 

 喚き散らす父の言葉を、アスランはもはや聞いていなかった。

 

 説得できると思ったのは間違いだった。

 

 怨讐と言う念に凝り固まった父は、もはや息子の声も届かぬ深淵にその身を落としてしまっていたのだ。

 

「う、ウワァァァァァァ!!」

 

 気が付けば叫び声を上げ、アスランはパトリックに跳びかかっていた。

 

 銃口を向けられている事も、相手が父親である事も、完全に忘れ去っていた。

 

 だが、そのアスランに向けて、

 

 無情の弾丸が放たれた。

 

 銃口が反れ、アスランの右肩に当たったのは親子の情故ではない。今は殺す事ができないと言う、事情からだった。

 

 銃声を聞き、警備兵達が足音も荒く駆けこんで来る。

 

 その警備兵達に、パトリックは苛立たしげに告げる。

 

「殺すなッ まだ、これには聞かねばならん事がある!!」

 

 そこにはもはや、親子の情は欠片ほどさえも見出す事はできなかった。

 

 いったいどうすればよかったのだろう? 自分はどこで間違ってしまったのだろう?

 

 冷たい床に転がりながら、そんな事を考えているアスランを、兵士達は荒々しく引き立てて行く。

 

「見損なったぞ、アスラン」

 

 その背中に、冷たく投げつけられる父の声。

 

「・・・・・・俺もです」

 

 返される息子の声も、冷たい苦悩に満ち溢れている。

 

 これが、父と子が決定的に決裂した瞬間だった。

 

 引き立てられて行くアスラン。

 

 これから投獄され、厳しい尋問が待っている。多分、ジャスティスとイリュージョンのありかを何が何でも聞きだす気だろう。

 

 だが、

 

 アスランはふと、胸元に目をやった。

 

 軍服の胸元が開き、首元に下げていた紅い石が零れ落ちてぶら下がっていた。

 

 それは、かつて無人島で一夜を共に過ごした、ナチュラルの少女からもらった物。大切な仲間との、絆の証。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 両脇を引き立てられながら、アスランは静かに眦を上げる。

 

 まだ、死ねない。

 

 こんな所で、倒れる訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 

 その報告を聞いた時、男は机に足を乗せ、居眠りを決め込んでいた。

 

 地球で撃墜され乗機を失った彼は、怪我の治療も兼ねて本国に戻っていた。

 

 その傷も癒え、新型機受領と共に戦線に復帰しようとしていた矢先の出来事だった。

 

「・・・・・・なに、アスランが?」

 

 旧知のモビルスーツパイロットが、反逆罪で軍に拘束されたと聞き、従来からぎらついていると周囲に言われがちな相貌を、更に凶悪に歪める。

 

 噂ではシルフィードを撃墜したアスランは、特務隊に抜擢され、最新鋭機を与えられたとのことである。

 

 そのアスランが、どういう経緯で捕まったのかは判らない。だが、このままで終わりと言う事は無いだろう。

 

「面白くなりそうだな」

 

 口笛を吹くように笑みを浮かべると、包帯を力任せに引きちぎり、軍服を手に取った。

 

 ここのところ退屈していたのだ。

 

 そろそろ、快気祝いの狼煙でも、派手に上げたい心境だった。

 

 

 

 

 

 後ろ手に手錠を掛けられ、アスランは護送車両へと引き立てられて行く。

 

 打ちひしがれた姿は、何もかも失いった罪人のそれに等しい。

 

「さっさと入れ」

 

 兵士がそう言ってアスランの肩を押した瞬間、

 

 アスランは両脇にいた兵士を、片方を蹴り飛ばし、もう片方にタックルを食らわした。

 

 そのまま駆けだすアスラン。

 

「おい、止まれ!!」

 

 他の兵士が、慌ててアスランの背中に銃口を向けようとする。

 

 だが、それを見ていたとなりの兵士が、慌てたように味方を銃床で殴り飛ばした。

 

「ああ、もう、何だってんだよ!!」

 

 悪態をつきながら、兵士は威嚇射撃を行いつつ、アスランのいる場所まで後退して来る。

 

「こっちへ!!」

 

 兵士はアスランの腕を引いて物影へと入ると、改めて溜息をつく。

 

「無茶な人ですね、あんたも。段取りが滅茶苦茶ですよ。こっちの味方も1人蹴り倒しちゃうし」

「すまない。知らなかったから・・・・・・」

「まあ、そうでしょうけどね」

 

 アスランは、状況の変化について行けず、呆然としている。

 

 男がアスランの手錠を銃で破壊すると、先程アスランが蹴り倒した兵士が威嚇射撃をしながら後退してきた。

 

「ダコスタ、早く!!」

「判ってる」

 

 そう言うと、ダコスタと呼ばれた男は目の前の車のドアを開き、アスランと共に乗り込む。

 

「君達は、いったい・・・・・・」

「いわゆる、『クライン派』って奴ですよ」

 

 誇らしげに名乗るダコスタに、アスランは、目を見開く。

 

 クライン派? ラクス?

 

 では、この救出劇は彼女の手によるものだと言うのか?

 

 呆然としたアスランを乗せて、車は急発進した。

 

 

 

 

 

 その男は、暗闇の中で報告を待っていた。

 

 隻眼に隻腕。

 

 男の体にはいくつもの傷がある。

 

 しかし、それが男の威厳を損なっているかと言えば、聊かもそのような事は無い。

 

 彼の名はアンドリュー・バルトフェルド。

 

 かつて砂漠の戦いでアークエンジェル、そしてシルフィードと死闘を繰り広げ死んだと思われていた男。

 

 しかし、忠実な副官にして無二の戦友、マーチン・ダコスタの手によって九死に一生を得た彼はプラントに生還し、最新鋭高速戦艦エターナルの艦長として戦線に返り咲いていた。

 

 既に準備は完了している。あとは最後のピースがそろえば、船出に躊躇う理由もない。

 

 その報告もまた、ほどなく齎された。

 

 バルトフェルドは隻眼に、ニヤリと笑みを浮かべると、傍らの受話器を取った。

 

「あ~、これより本艦は、最終準備に入る。いいか、これより最終準備に入る。ただちに準備しろ」

 

 その命令が行き届いた時、多くの兵士が疑問を浮かべた。

 

 聞き慣れない命令に、戸惑うクルー達。

 

 だが、その背後からいきなり銃口を押しつけられた。

 

「な、何するんだ!?」

「いいから、ただ降りてくれればいいんだよ」

 

 そう言って、兵士達を追い出しに掛る。

 

 息の掛かっていない兵士を追いだす一方で、艦橋では発進準備が進められる。

 

「艦長、ゲートの開閉コードが変更されました」

 

 操舵士をと詰めている少年から報告を上げられ、バルトフェルドは僅かに舌打ちする。

 

「優秀だねえ。そのままにしてくれりゃいいものを」

 

 そう言いながらも、バルトフェルドは余裕の表情を崩さない。これくらいは想定の範囲内だ。

 

 その時だった。

 

「隊長!!」

 

 背後からの声にバルトフェルドが振り返ると、ダコスタと。彼の背後から撃たれた腕を固定したアスランがやって来るのが見えた。

 

「よう、ご苦労さんダコスタ。早く席に付け。出港するぞ」

「随分と慌ただしいですね」

 

 ぼやくように言いながら、それでもダコスタは笑みを浮かべて席に着く。

 

 ついで、バルトフェルドはアスランに目をやる。

 

「よう、初めましてだな。アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく」

「あなたが・・・・・・」

 

 砂漠の虎の名前はアスランも知っていた。同時に、死んだと言う噂も。

 

 その砂漠の虎が生きていて、こんな所にいるとは。

 

 そこへ、操舵席に座っていた、緑の髪をした柔和な顔つきの少年がアスランに声を掛けた。

 

「アスラン、無事で良かったです」

「ニコル、君まで・・・・・・」

 

 平和的なピアニストである年下の友人まで、この騒ぎに参加している事に軽いショックすら覚える。しかし考えてみれば、以前、廃劇場での一件で彼はラクスと共にいた。それを考えれば、彼もまた「クライン派」の一員なのだろう。

 

「よし、出発するぞ。少々荒っぽい発進になるからな!!」

 

 その間にも、エターナルは発進に向けて動き出す。しかし、コードを改変された事で、ゲートの開閉ができなくなった。

 

 太古の昔から、開かなくなったドアの開け方は決まっている。

 

 蹴り破るのだ。

 

「主砲発射準備。照準、メインゲート、発進と同時に斉射!!」

 

 エターナルの上部甲板に備えられた単装主砲が照準を合わせる。

 

 今頃、港湾施設はハチの巣をつついたような騒ぎだろう。

 

 ならば今のうちに、ずらかるのだ。

 

 後部に備えたエンジンが噴射される。

 

 滑りだす淡紅色の戦艦。

 

 同時に、大出力の主砲が火を噴き、ゲートを吹き飛ばした。

 

 宇宙空間に出ると同時に、加速するエターナル。

 

 その速力たるや、それまでザフト軍最速戦艦であったナスカ級を上回る。立っていたアスランが、思わず後方に流されるような感覚に捕らわれた程である。

 

 そのまま港湾警備隊を振り切り、一気に増速するエターナル。

 

 しかし、ザフト軍の対応も早い。

 

 報告を受けるや否や、プラント最終防衛線であるヤキン・ドゥーエ要塞が動き出した。この要塞には、ザフトの本国防衛軍主力が駐留している。

 

 エターナル反逆の報告を聞くや否や、すぐさま50機から成るモビルスーツ部隊を出撃させ、阻止線を展開した。

 

 さしもの高速戦艦もモビルスーツの機動力には敵わない。

 

 接近され、火力を集中されれば一巻の終わりである。

 

「主砲、発射準備、CIWS起動!!」

「この艦にモビルスーツは!?」

 

 命令を下すバルトフェルドに、アスランは尋ねる。アスランはモビルスーツのパイロットである。何もできないまま戦艦の中でいるのには耐えられない物があろう。

 

 だが、それに対して、バルトフェルドはニヤリと笑う。

 

「今は1機だけな。だが、心配しなさんな。全て彼女に任せておけばいい」

 

 「彼女」と言う言葉に、アスランは怪訝な顔つきになる。

 

 この時点でアスランはまだ、「クライン派」と名乗る彼等の、その象徴とも言うべき人物が姿を現していない事に気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、エターナルの格納庫では、1機の機体が出撃準備を整えていた。

 

 PS装甲を切っている表面は、鉄灰色をしている。その背中には折り畳まれた翼があり、手にはライフルとシールドが装備されている。全体的にイリュージョンやジャスティスに似ている。

 

 ハッチが解放され、エターナルの前部甲板に装備されたカタパルトが点灯する。

 

 コックピットの中で、シートに身を預けた少女はゆっくりと目を開いた。

 

「ラクス・クライン、フリーダム、参ります!!」

 

 虚空を翔ける機体。

 

 同時にPS装甲に火が入り、蒼、黒、白のトリコロールに機体は染め上げられた。

 

 背中にある10枚の翼が、破格の大出力と機動性を生み出す。

 

 ZGMF-X10Aフリーダム。

 

 ジャスティスやイリュージョンと同系統の機体である。

 

 そしてその翼の駆り手は、かつては歌姫と称えられ、今は反逆者として追われる者。

 

 ラクス・クラインは急加速でエターナルの前にフリーダムを持っていくと、装備したルプスビームライフル、パラエーナプラズマビーム砲、クスィフィアスレールガンを展開、一斉に砲撃を行う。

 

 その圧倒的な火力は、瞬く間に前方のザフト軍機を駆逐していく。

 

 否、その全てが、武装や手足、頭部を狙われるだけで撃墜には至らない。

 

 無論、ザフト軍も反撃しようと接近を試みるが、それよりも先にフリーダムは遠距離から一方的な掃射を食らわし、戦闘力を奪っていく。

 

 フリーダムのコックピットの中で、ラクスは目まぐるしく変化する戦場を見て、的確な砲撃を行っていく。

 

 純真無垢な少女だと思われていたラクスだが、ここにきてパイロットとしての才能をも開花させた感がある。

 

 フリーダムの砲撃によって、次々と戦闘能力を失っていくザフト軍機。

 

 しかし、流石に数が多い。

 

 相手が一筋縄ではいかないと見るや、ヤキン・ドゥーエのザフト本国防衛軍司令本部は増援部隊を繰り出してエターナルの脱出阻止に掛かる。

 

 ラクスに才能があるとはいえ、フリーダムは1機。押し包まれれば突破される戦線も増えて来る。

 

 エターナルを射程距離内に捕えたザフト軍は、次々と重砲やミサイルを放ってくる。

 

 阻止不可能か!?

 

 そう思われた瞬間、

 

 幻想の名を頂く翼が、戦場に舞い込んだ。

 

「キラ、マーク03デルタに敵集団、数、約10」

「了解。手早く行くよ」

 

 イリュージョンのコックピット内で、阿吽の呼吸を見せるキラとエスト。

 

 同時にエストが選抜した目標をOSがロック、キラはトリガーを絞る。

 

 展開した290ミリ長射程狙撃砲が連続して火を噴き、展開するザフト軍を蹴散らしていく。

 

 ジンが、シグーが戦闘能力を失っていく。

 

 更にティルフィングを抜き放ち斬り込むや、敵機の手足、頭部、武装を片っ端から斬り飛ばしていくイリュージョン。

 

 予期し得なかった新手の参入に、ザフト軍の陣形は崩れる。

 

 そこへ更に、フリーダムからの追撃が入る。

 

 5門の砲から放たれる圧倒的な火力の前に、ザフト軍は成す術もない。

 

 フリーダムが火力で陣形を崩し、空いた隙にイリュージョンが斬り込む。

 

 展開したザフト軍が、余りの損害の多さに戦線立て直しの為に後退したのは、それから僅か5分後の話だった。

 

 高速航行するエターナルに並走するように、フリーダムとイリュージョンが飛ぶ。

 

「こちらイリュージョン、キラ・ヒビキ、およびエスト・リーランドです」

 

 アスランを見送った後、キラとエストは岩礁地帯にイリュージョンを隠し潜伏していたのだ。そしてエターナルの脱出劇を見るや、これがアスランに関わる事だと直感し援護に入ったのである。

 

《お久しぶりですね、キラ、エスト》

 

 フリーダムからの通信に、思わず2人は目を見開いた。

 

「ら、ラクス!?」

 

 まさか、彼女がモビルスーツに乗って現れるとは、思ってもみなかったのである。

 

 だが、エターナルからの通信に、更なる驚愕が走った。

 

《よう少年、それにお嬢ちゃん。助かったよ》

 

 容姿は若干変わったが、かつて受けた鮮烈な印象は聊かの揺らぎすら与えない。

 

 思わずキラは、そしてエストも、空いた口がふさがらないとばかりに男を見た。

 

「バルトフェルド、さん?」

「生きて・・・・・・」

 

 あまりの展開に、脳がフリーズしたかのような錯覚に捕らわれていた。

 

 

 

 

 

 L4に存在するコロニー「メンデル」。

 

 廃棄されて久しいこのコロニーが、オーブ残党軍の隠れ家となっていた。

 

 そこに辿り着いたエターナルに、出迎えたマリュー達も驚きを隠せない様子だった。

 

「初めまして、と言うのも変かな。アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく」

「へえ、本当にあんたが『砂漠の虎』?」

 

 ぶしつけな質問をするムウに、バルトフェルドは気にしない様子で笑みを返す。

 

「がっかりさせたら悪いが、生憎本物でね」

 

 その様子に苦笑しながら、マリューは手を差し出す。

 

「マリュー・ラミアスです。それにしても、驚きました」

「それは、お互いさまさ」

 

 そう言ってマリューの手を握り返すバルトフェルド。

 

 次いで、隻眼を巡らし、立ち尽くしているキラを見た。

 

 複雑な表情を見せるキラは、視線を合せるのを躊躇うように顔を逸らしている。

 

「いよう少年。助かったよ」

 

 気さくに挨拶するバルトフェルドに対し、キラは躊躇いがちに顔を上げる。

 

「あなたには、僕を撃つ理由がある」

「キラ・・・・・・」

 

 少年の弱気な発言に、エストは心配そうに見上げて来る。

 

「戦争をしているんだ。そんな物、誰にだってあるし。誰にだってない」

 

 対してバルトフェルドは、馬鹿な事をと言わんばかりに笑みを見せた。

 

「そう言う事を終わらせたいからここに来たんだ。違うか?」

「・・・・・・はい」

 

 肩を叩くバルトフェルドに、キラは笑みを返す。

 

 かつて、熱砂の上で刃を交わした2人は、互いの手を固く握りあった。

 

 

 

 

 

「いつも傷だらけだな」

 

 皮肉なカガリの声に、アスランは振り返った。

 

 確かに今の彼は、パトリックに撃たれた腕を吊っている。思えば、彼女と一緒にいる時、アスランはいつも何かしら傷を負っていたような気がする。

 

 インド洋の時も、オーブ沖の時も、そして今回も。

 

 もっとも、インド洋の時の傷はカガリのせいで負ったような物なので、彼女に偉そうな事を言う資格は無いのだが。

 

 だが、

 

「石が、守ってくれたよ」

 

 アスランは自嘲するように呟く。

 

 父に撃たれた時、絶望の淵に落ちようとしていたアスランを掬い上げたのはカガリが渡してくれたハウメアの護り石だった。

 

「そっか。良かったな」

 

 カガリは屈託なく笑う。

 

 その笑顔に、アスランは心も体も傷が癒されていくかのようだった。

 

「それにしても、すごいな彼女。あんな戦艦で飛び出してくるなんて。おまけにモビルスーツにまで乗って」

 

 話題を変えたカガリの視線の先には、キラやエストと談笑するラクスの姿がある。

 

「良いのか、声掛け無くて? 彼女、お前の婚約者だって聞いたぞ」

「・・・・・・元、だよ」

 

 アスランは今度こそ自嘲を込めてそう言った。

 

 

 

 

 

「父が、死にました」

 

 展望室に腰掛けラクスは静かに告げる。

 

 脱出直前、ザフト軍の特殊部隊に急襲されたシーゲルは凶弾に倒れたのだ。

 

 ラクスは、父の死も看取る事ができず、慌ただしい脱出になってしまった。

 

「ラクス・・・・・・」

 

 傍らに腰掛け、ラクスの肩に手を置くエスト。

 

 そのエストに、ラクスは縋りつくように抱きつき、嗚咽を漏らす。

 

 その様子を見ながら、キラは天井を仰ぐ。

 

 お世話になった人が、また1人逝ってしまった。

 

 これから先も、自分達は何人もの人間の死を見て行く事だろう。それはキラにとって、確定とも言える確信だった。

 

 ただ、今だけは、悲しみに沈む少女の声だけが、死者へのせめてもの慰めになっていた。

 

 

 

 

 

PHASE-29「歌姫勇躍」    終わり

 

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