機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-30「自由の旗の下に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 枯れ木も山の賑わいとはよく言ったもので、コロニーメンデルは今まさにそんな感じであった。

 

 元がバイオハザードが起きて廃棄されたコロニーと言う事もあり、無人になって久しいこのコロニーは、流浪の群と化した者達にとって格好の隠れ家と化していた。

 

 それにしても、

 

 地球連合軍脱走艦、オーブ残党軍、ザフト軍クライン派。

 

 見事なまでにばらばらの組織から参集された一同は、寄せ集めの感が大きい。

 

 だが、それだけに集った一同の想いが一緒である事を現わしている。

 

 戦争を止める。

 

 その想いだけで集結した一同。

 

 こうなると、必要になるのは組織名である。

 

 あくまでもアウトローを標榜している訳にもいかない。事を起こした際に地球、プラント双方に自分達の存在を強く認識させる為にも、組織の名前が必要である。

 

 一般公募し、兵士達にも大々的に募集してみたが、どうにもしっくりくる物が無い。

 

 それと言うのも皆、それぞれ所属していた組織を強く意識しすぎており、主張が偏り過ぎてしまうのだった。

 

 そんな時、

 

「あまり奇をてらっても仕方ありません。ここはシンプルな方がよろしいのでは?」

 

 議論を決定づけたのは、ラクスが発した鶴の一声だった。

 

 確かに自分達は、今は領土を持たぬ流浪の集団。ならば形式に拘るのは、却って好ましくない。

 

 そういった事情を乗り越え「L4同盟軍」は行動を開始したのだった。

 

 

 

 

 エターナルの到着によって、4隻となり、艦隊としての体裁も整い始めた。

 

 それに伴い、若干の配置換えも行われている。

 

 元々、エターナルはフリーダムとジャスティスの専用運用艦と言う事であった為、ジャスティスはそちらに移り、パイロットであるアスランもエターナルへと所属替えを行った。

 

 アークエンジェルの艦載機は、イリュージョンの他に、ムウのストライク、シン・アスカのストライク・ヴァイオレット、リリアとトールのM1になった。

 

 また、組みたて途中だったカガリ専用機も完成した。

 

 ストライク・ルージュと言う機体は、その名の通りストライクの同型機であり、PS装甲を起動した場合、その機体は深紅に染まる。

 

 これは、ルージュがパワーエクステンダーと呼ばれる新規開発の動力源を搭載しており、余剰エネルギーを装甲に回している為であった。これは、後にザフト軍が開発導入するVPS(ヴァリアブル・フェイズシフト)装甲の先駆けとなる画期的な新装備である、同様の装備を持つシンのヴァイオレットだが、こちらは若干装甲を犠牲にし、機動性を極限まで追求している。

 

 本来であるならばオーブ軍の象徴として旗機としての役割を担う筈だったルージュだが、オーブ崩壊に伴い、その主と共に最前線へと赴く運命になった。

 

 勝手知ったる艦内を歩きながら、キラは相棒の部屋へと向かう。

 

 L4同盟軍はメンデルを拠点に活動を始めてまだ日数が立っておらず、その為、センサー類の早期索敵網が完成していない。

 

 いきおい、索敵警戒は人力に頼らざるを得ない。

 

 キラ達の当番は本日の午後からに変更になった為、それを伝える為にやってきたのだ。

 

「エスト、入るよ」

 

 そう言ってドアを開いた。

 

 次の瞬間、

 

「キャッ!?」

 

 中から短い悲鳴が聞こえ、キラは立ちつくした。

 

 部屋の中にエストがいる。それはいい。

 

 問題は、着替え中だったのか、軍服のまえははだけ、スカートは床に下ろされている。

 

 白と黒のチェック柄のパンツと、同色のブラジャーが、少女がすこしだけ背伸びしたような印象をキラに与える。

 

 胸は僅かに膨らみを見せ、少女の成長を物語っている。

 

 ああ、エストって、ブラしてたんだ。

 

 とんでもなく場違いな(ある意味正鵠を射た)思考がキラの中に駆け廻る。

 

 そう言えば、同じようなシーンが前にもあったような気がする。

 

 一方のエストはと言えば、恥ずかしさで顔を真っ赤にした後、その顔に静かな怒気を貯め込んで行く。

 

「・・・・・・これで、2度目ですね」

 

 静かな、否、静かすぎる声。

 

 エストはベッドに置いておいたホルスターから拳銃を抜き取ると、残弾を確認してスライドを引く。

 

「そろそろ、私達の戦いにも決着を着けませんかヴァイオレット・フォックス?」

「い、いや、あの・・・・・・エスト・・・さん?」

 

 その静かな殺気に、流石のキラも身の危険を感じる。しかし、あまりの恐怖に足が動いてくれなかった。

 

 蛇に睨まれた蛙。まさにそんな感じである。

 

 その間にも、エストは距離を詰めて来る。下着姿の女の子に拳銃を向けられると言うのも、なかなかシュールな光景である。

 

 もっとも、エストの顔はなおも赤いままである為、照れ隠しの意味合いもあるのかもしれないが、それにしても過激である。

 

「あなたの馬鹿は5回くらい死なないと治りそうもありません。ちょうど良いので、ここで1回死んでおいてください」

「い、いや、話を聞こう。話せばわかるよ」

「それが遺言ですか。じゃあ、墓碑銘に刻んでおきますね。安心してください。お線香は上げてあげますので」

 

 とっさに金縛りを解き、逃走に転じるキラ。

 

 それを追うエスト。

 

 かくして、アークエンジェル内にキラの悲鳴がこだました。

 

 

 

 

 

 L4同盟軍には女性兵士も多数参加している。

 

 その為、女同士のグループができるのも自然の流れと言えた。

 

 物資に関しては比較的充実している艦隊にとって、多少の娯楽は許されている。

 

 そんな訳で、今日はラクス主催のお茶会がアークエンジェルで開かれる運びとなった。

 

 勿論、メンバー全員が集まった訳ではない。今日のメンバーはラクス、カガリ、リリア、そしてエストである。

 

 もっとも、エストの普段通り無表情の顔には、それと判るくらいの不機嫌がありありと浮かんでいるのだが。

 

 あれ以来、キラとはろくに口を聞いていない。向こうからは何度か声を掛けて来たが全て無視していた。

 

 向こうは一緒にいる時などは、かなり肩身の狭い思いをしていたようだが、そんな事エストの知った事ではない。

 

『あの馬鹿は少しは反省すれば良いんです』

 

 そう思いながら、ラクスお手製のクッキーを無造作に頬張る。

 

 そんなエストの様子に、他の3人もさすがに気付いて話しかける。

 

「なあ、いつまで膨れてるんだ?」

 

 自身もクッキーを頬張りながら、カガリが呆れ気味に尋ねて来る。

 

「何があったか知らないけどさ、いい加減機嫌直せよ」

「別に。私は元々こんな感じです」

「嘘つけ」

 

 カガリの追及に、エストは煩わしげにそっぽを向く。

 

「ねえ、何があったのかくらい、話してみない? あたし達でも、聞いてあげるくらいはできるよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 リリアの言葉に、エストは少し考え込む。

 

 ここにいる3人の少女は、艦隊の中でもエストが特に個人的に信用している少女達だ。親愛の情と言っても良い。どこぞのエロリストとは訳が違う。

 

 この3人なら、気兼ねなく話せる気がした。

 

「実は・・・・・・」

 

 話し始めるエスト。

 

 それを黙って聞き入っていた3人だが、やがて呆れ、そして嘆息した。

 

「まったく・・・・・・あの馬鹿は・・・・・・・」

 

 開口一番、そう言ったのはキラとはきょうだいの疑惑が浮上しているカガリだった。

 

「少しは考えて行動すれば良い物を」

「ああ、無理無理、あいつって、けっこうそう言う所あるから」

 

 同調したのはリリアである。一応、この中では最もキラとの縁が長い事になる。

 

「前からなんだよね。人が着替えているとこに乱入して来たり、女子更衣室に入って行ったりさ」

「キラは天然さんなんですね」

 

 そう言って、ラクスは笑顔を浮かべる。天然のコーディネイター代表みたいなラクスに言われてはお終いである。

 

 少し乱暴にクッキーを頬張りながら、エストはキラの顔を思い出す。

 

 とにかく、あの馬鹿は少しは自分の馬鹿さ加減を自覚して反省すればいいのだ。それまでは一切口をきいてやらないと心に決め、紅茶の入ったボトルを口に運ぶ。

 

「お話は判りました」

 

 ラクスは総括するように手を合わせ、ニッコリと微笑む。

 

「やはり、エストはキラの事がお好きなのですね」

「ブフォウ!!」

 

 飲みかけの紅茶を思いっきり噴き出すエスト。

 

 被害にあったのは、彼女の正面に座っているカガリである。カガリの顔面はエストが吹き出した紅茶が直撃し、見るも悲惨な有様となっていた。

 

 だが、そんな事も構っていられない程、今のエストはテンパっている。

 

「な、ななな、何を突然言いだすのですかラクス!?」

 

 世にも珍しいエストの慌てた姿。

 

 以前に同じ質問をされた時はあまり動じた様子を見せなかったエストが、今は見るのも哀れなくらいに動揺している。これも一種の成長と呼べるのかもしれなかった。

 

 その様子をほほえましく見詰めながら、ラクスは言う。

 

「あら、違うのですか? わたくしはてっきり、そうなのかと・・・・・・」

「違います!! 誰があんな馬鹿っ」

 

 そう言いながらも、エストは自分のそんな態度に戸惑いを隠せなかった。前にラクスの屋敷で同じ質問をされた時にはもっと冷静に答えた筈なのに、今はなぜかその話題を振られただけでここまで取り乱してしまう自分が滑稽に思える。

 

 一緒にイリュージョンに乗り、共に戦うようになってから、キラの事が以前よりも身近に感じるようになった。

 

 鮮やかに機体を操る時の凛々しい姿。大軍を前に斬り込む時の頼もしい姿、そして、戦闘後に頭を撫でてくれる優しい姿。

 

 それらを思い出した時

 

「~~~~~~~~~~~~」

「どうしたのエスト? 急に頭抱えて?」

 

 カガリの顔を拭くのを手伝っていたリリアが不審そうに尋ねるが、エストはそれに応える事も出来ずに、熱くなった頬に手を当てて悶えている。

 

 キラの事が、好き? 自分が?

 

 かつては殺し殺される仲だったキラとエスト。

 

 それがまさか、こんな事になるとは。

 

 あの崩壊寸前のヘリオポリスで、互いに銃を向け合った時には考えもしなかった事だった。

 

 

 

 

 

 ライア・ハーネットは、報告書を携えて副長であるユウキ・ミナカミの部屋へと向かっていた。

 

 元々がプラントの人間。それもザフトの兵士という肩書を持つ彼女ではあるが、本人が以前に語った通り、既に両親は無い身としては、住む場所にこだわる必然性が無かった。唯一、父方の親戚が健在だが、どうにもライアとの折り合いは良いとは言えず、彼女としても親戚を頼ると言う選択肢を初めから考慮に入れる気にはなれなかった。

 

 よって、命を救われたオーブ軍に在籍する事に対し、彼女はアスランほどには躊躇いと言う物が存在しなかった。

 

 幾人か、すれ違った兵士と敬礼を交わしながら、ユウキの部屋の前に辿り着いた。

 

 艦内の居住スペースに余裕がある大和では、士官には個室も用意されている。流石に尉官クラスでは2~4人の共同部屋だが、左官以上は完全な個室である。

 

「失礼しまーす」

 

 扉を開けて部屋に入る。

 

 次の瞬間、

 

「うっ・・・・・・」

 

 思わずライアは、入り口で固まった。

 

 部屋は散らかっていた。それも、思いっきり。

 

 床には何やら丸められた書類が山のように転がり、足の踏み場すら無い状態である。

 

「ちょっとちょっと、何なのよ、この惨状は!?」

 

 呆れ気味に言い、つま先立ちで歩きながらライアは部屋の主に近付く。

 

「ああ、ライア、すまない。報告書だね。悪いんだけど、そこに置いといて」

 

 言われてライアは、指示された方向を見るが、

 

「そこって・・・・・・どこよ?」

 

 そこにも書類が山のように積まれており、訳の判らない様相と化している。仕方なく、ライアは適当に書類を寄せて自分の報告書を置くスペースを確保した。

 

 その間にもユウキは、何やら唸りながら自分の作業に没頭している。

 

「何を悩んでんの?」

 

 少し興味が惹かれたライアは、背後からユウキの端末を覗き込む。

 

 目の前の画像では、何かのシュミレーターが起動しているらしく、いくつかの軌道を描くパターンが切り替わりながら描かれていく。

 

「新しい戦術パターンの考案だよ。この間、艦長が話していた『艦機一体システム』について、俺なりに新しい戦術を模索してみようと思ってね」

「へえ・・・・・・」

 

 母艦と機体は単独ではなく、それ自体をひとつの戦術ユニットとして扱うと言う発想は、確かにこれからの戦いで必要な物となるだろう。その為に、母艦、機体共に連携しやすいようなシステム、OSの開発が成されている。

 

 地球連合軍のアガメムノン級やネルソン級が第1世代型、つまりモビルスーツの運用を前提としていない世代とするなら、ザフト軍のナスカ級、ローラシア級はモビルスーツの運用のみを考えた第2世代型と言える。そこから発展し、対モビルスーツ戦闘までを視野に入れたアークエンジェル、クサナギ等は第3世代型に相当する。そして運用や戦闘はもちろん、機体と共に戦い、場合によっては性能強化まで行うシステムを備えたエターナル、それ自体が移動要塞として機能し、最前線での火力支援を行う事も可能となった大和などは第4世代型宇宙戦艦に相当するだろう。

 

 しかしユウキは、そう言ったハード面ではなくソフト面、現行のシステムを有機的に活用できる戦術の開発を行おうとしてるのだ。

 

「母艦と機動兵器が連携を取って行った戦術は、過去に先例が無いわけじゃない。ただ、それは場当たり的な物が多く、マニュアル化した物は少ない」

 

 機動兵器は機動力が高い半面、火力には欠ける物がどうしても多い。戦艦はその逆である。これを連携させるのは、口で言うほどには簡単ではない。母艦と機体がリアルタイムで連絡を取り合い、常に互いの位置と状態を把握する必要がある。

 

「面白そうね」

 

 そう言うと、ライアは手近な椅子を発掘して勝手に座り込む。

 

 モビルスーツのパイロットとして、目の前の敵とだけ戦って来たライアには無い発想である。

 

「艦から部隊の配置をコントロールして、効率的に運用するってのはどうかな?」

「迎撃目的ならそれでも良いだろうが、攻撃目的だと、その場合、艦と機体の距離が開いてしまう。Nジャマーの影響で通信に齟齬がある以上、あまり長い距離での侵攻はできない。それよりも、艦を機動兵器で防御しながら進撃し、艦砲の射程距離まで接近するのはどうだ?」

「それだと、進撃に時間掛かり過ぎないかな?」

 

 ユウキとライアは互いに意見を出しては、その案に対するリスクを検討していく。

 

 いつしか、2人は時間を忘れて意見を言いあうようになっていた。

 

 

 

 

 

 ストライク・ヴァイオレットのコックピットに座り、シンはシュミレーションを繰り返していた。

 

 迫ってくる敵機に対し、照準と同時に発砲。バランスを崩した所で更に一撃。敵機はコクピットを貫かれて四散する。

 

 ヴァイオレットは装甲を犠牲にして機動力を追求した機体である。その為、足を止めての撃ち合いよりも、斬り込みや機動撹乱に適している。

 

 その事を学習したシンは、何百回、何千回とシュミレートを重ね、己の中で戦術を組み上げつつあった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 シンの紅瞳が、画面の中に爆炎を捉える。

 

 今、画面の中で、1人の人間が死んだ。

 

 これはシュミレーションであり、そのような感情を抱く必要など無いと判ってはいても馴れる事ができる物ではない。

 

 オーブでの戦いの時はとにかく必死だったから、無我夢中に戦い続けたが、ふと我に返り冷静になってみると、自分の行った事のおぞましさが滲み出てくるようだ。

 

 あの戦いでシンは、少なくとも10機以上の敵機を落としている。と言う事は、10人以上の人間を殺したと言う事になる。

 

 あいつらはオーブに侵攻し、平和を奪い、シンから父と母を奪った憎むべき敵だ。そう考えれば楽にもなれるだろう。

 

 だが、そう割り切るにはシンは、経験も、年齢も足りな過ぎた。

 

 自分が殺した兵士にも、大切な守りたい物があって、それを守る為に必死に戦っていた。

 

 それを無慈悲に奪ったのは、他ならぬシン自身。

 

 これが、シンの選んだ道。シンが歩む道なのだ。

 

「クッ!!」

 

 思いっきりコンソールに拳を叩きつけた。

 

 自分はマユを守らなければいけない。その為に、武器を取る道を選んだ。

 

 馴れなければいけない。これからも戦い続ける為には。

 

「クソッ!?」

 

 操縦桿を強く握りしめる。

 

 その時、

 

 フワッと暖かい感触が、シンの拳を優しく包み込んだ。

 

「え?」

 

 顔を上げるシン。

 

 そこには心配そうな顔で覗き込むリリアの姿があった。

 

「大丈夫、シン? すごく、苦しそうだけど」

 

 ラクス達とのお茶会を終えたリリアは、作業に戻る途中でヴァイオレットのコックピットで蹲っているシンを見付けたのだ。

 

 リリアの顔を見て、シンは一瞬ホッと息を抜いたような表情をしたが、すぐに顔を不機嫌そうに引き締めてそっぽを向いた。

 

「な、何だよ。何か用か?」

「いや、別に。ただ、何やってるのかなって思って」

 

 そう言いながら、コックピット内を覗き込む。

 

「戦闘のシュミレーション・・・勉強してたんだ」

「・・・・・・悪いかよ」

 

 そう言うと、シンは煩わしげに視線を外し、乱暴にモニターを切った。

 

「いや、別に悪くは無いけどさ」

 

 言いながら、出て行こうとするシンを追い掛ける。

 

「ねえ、ちょっと待ってよ」

 

 言いながら、シンの腕を取る。

 

「・・・・・・何だよ?」

 

 対してシンは、不機嫌そうにリリアに向き直った。

 

 リリアには感謝している。突然戦場に飛び込んだ自分や妹のマユに良くしてくれるのはとてもありがたい。

 

 けど、今は放っておいてもらいたかった。

 

 ただでさえ、このL4同盟軍には化け物じみたパイロットが多い。そんな中にあって、自分が戦っていくためには並大抵の努力では足りない。

 

 だが、そんなシンを、リリアは強引に振り向かせる。

 

「ねえ、シン。ちゃんと寝てる? ごはんはちゃんと食べれてる? 今のあなた、何だかすごく追い詰められているように見えるよ」

 

 優しく掛けられる言葉すら、今のシンには迷惑でしかない。

 

「うるさいな、どうだっていいだろ、そんな事」

 

 そう言って、強引にリリアを振り払おうとするシン。

 

 しかし、思いのほか強い力で引き戻された。

 

「ダメよ」

 

 少女の細うでとはお目ない程力強い引きに、シンは思わず立ち止まって振り返ってしまった。

 

 対してリリアは少し怒った様な眼差しでシンを見ている。

 

 リリアの背はシンよりも少し低く、向かい合って立つとシンが見降ろすような形になる。しかし、それでも見上げるリリアの瞳からは無視できない迫力が滲み出ている気がした。

 

「シンが頑張ってるのは判るよ。一生懸命やって、みんなに追いつこうとしているのは偉いと思う」

 

 でもね、とリリアは続ける。

 

「一生懸命やっても、それでもしシンの身に何かあったら、マユちゃんはどうなるの?」

「そ、それは・・・・・・」

 

 言われて、ハッとする。

 

 シンが向かおうとしているのは戦場である。

 

 シン自身の技量が高いせいもあり、ついぞ忘れがちになっているが、戦場に出ると言う事はすなわちシンが死んでしまう可能性もあると言う事だ。

 

 シンはマユにとって、今やたった1人の肉親である。シンがいなくなれば、マユは本当に1人ぼっちになってしまう。

 

「忘れないで。あんたは1人じゃない。あなたはもう、勝手に死んじゃいけないんだって事」

「・・・・・・そう、だよな。ごめん」

 

 力無く、シンは返事をする。

 

 マユを守る為に戦うと言いながらその実、目的と手段が逆になりかかっていた事に気付いたのだ。

 

 そんなシンを見詰め、リリアは優しく語りかける。

 

「1人で悩まないで。ここにはいっぱい人がいる。みんながシンやマユちゃんを助けたいって思ってるんだから」

「・・・・・・ありがとう」

 

 素直に、気持ちが口を突いて出る。

 

 不思議と、さっきまでささくれ立っていた気持ちが、落ち着いていくようだった。

 

 そんなシンに、リリアは微笑みかける。

 

「さ、マユちゃんの所に行こう。きっと寂しがってるよ」

「ああ、そうだな」

 

 そう言うと、2人は連れだって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激震が走ったのは、それから数日後の事であった。

 

 L4同盟軍は、まだ行動を開始して日の浅い組織である。

 

 組織としての機能はもちろん、肝心の戦力的な意味合いに置いても、未だに不十分な点が多い。

 

 特に、急な脱走によって出撃して来た戦艦エターナルは、未だに最終調整を残している状態であり、全力発揮には支障がある。

 

 それらの調整も含めて、やるべき事は山積だった。

 

 警戒線の構築もそうである。本来であるなら無人の監視装置を各宙域に接地し、それを各艦で監視できるようにするのが好ましい。しかし未だに広い宙域全土をカバーできるだけの警戒網構築に至っていない現状、L4同盟軍の警戒線は古典的な方法に頼らざるを得なかった。

 

 すなわち、人力による警戒である。

 

 モビルスーツパイロットたちが、それぞれ持ち回りで各宙域の警戒に当たり敵の接近に備えると言う物だ。

 

 だが、所詮は人力、広い空間をカバーするには限界もある。特に廃コロニーやデブリが密集し、航行が難しい一角は、ちょうどメンデルから死角になっている事もあり、どうしても警戒が甘めになりがちである。

 

 その警戒が甘くなっている箇所を、数隻の艦船が通過していく。

 

 戦艦2隻、護衛艦4隻から成る艦隊は地球連合軍艦隊である。

 

 ビクトリア基地を奪還した地球連合軍は、地上戦力を続々と戦略拠点である月へと送り込む一方、オーブ脱走艦隊の捜索、追撃を主任務とする部隊を編成、送り出していた。

 

 その結果、僅かな情報からL4宙域に同盟軍の拠点がある可能性が高いと判断した地球連合軍は、討伐艦隊を差し向けるに至った訳である。

 

 この動きを、同盟軍側は殆ど間近に接近されるまで探知する事ができなかった。

 

 突然、敵が至近距離に出現する。

 

 その状況に、メンデル内部は混乱に陥った。

 

 エターナルは最終調整を終わらせない事には出港できない。

 

 すぐに出られる、アークエンジェル、クサナギ、大和の3隻が出撃し、迎撃態勢を取る事となった。

 

「こんなに接近されるまで気付かないなんて・・・・・・」

 

 接近する地球軍艦隊を見ながら、マリューは舌を打つ。

 

 同盟軍の台所事情は理解しているが、それでも、いや、だからこそ臍を噛む思いである。

 

 恐らく地球軍は、同盟軍の潜伏場所に、ある程度当たりを付けていたのだろう。そうでなければ行動の速さに説明がつかない。

 

「敵艦隊、光学映像出ます!!」

 

 サイからの報告に、全員の目がモニターへ向く。

 

 そこには、接近する6隻の艦艇の姿が映し出された。

 

「敵艦、照合完了。ネルソン級1、ドレイク級4、それに・・・・・・これはっ!?」

 

 ブリッジにいる全員が目を見張った。

 

 廃コロニーの影から最後に出て来た1隻。それは、誰よりも自分達が最も知っている姿をしていたのだ。

 

 前足を伸ばした馬のような特異なシルエット。装甲は白ではなく濃いグレーをしており、レーダーユニットなどの違いこそあるが、それは間違いなく。

 

「アークエンジェル・・・・・・」

「同型艦・・・と言う事ね」

 

 アークエンジェル級二番艦。

 

 考えてみれば、アークエンジェルは大西洋連邦とオーブが建艦技術の粋を結集して建造した戦艦。その性能、詰め込まれたアイデアは現時点で最高水準と言っていい。加えて個艦戦績もずば抜けている。そんな艦を量産しない筈が無いのだ。

 

「敵艦から通信、入ります!!」

 

 ミリアリアの報告と同時に、モニターが切り替わり、敵艦の艦長と思しき女性が映る。

 

 その姿に、一同は唖然とする。

 

《こちらは地球連合軍所属、戦艦ドミニオン。本艦は脱走艦アークエンジェルに対し、即時無条件降伏を勧告する。速やかに武装を解除し投降せよ。従わない場合は、全力を持って貴艦を撃破する》

 

 「彼女」は、マリュー達がよく知る、型どおりの口調で降伏を迫って来た。

 

 

 

 

 

 パイロットスーツに着替えたキラがイリュージョンの前に来ると、相棒は既に準備を終えてコックピットの前で待っていた。

 

 だが、キラの姿を見ると、慌てて視線を逸らすのが見えた。

 

 まだ怒っているのか、と思い、恐る恐る近付く。

 

「あの・・・・・・エスト・・・さん?」

 

 かなり下手に出るキラ。なかなかなヘタレ振りだが、ここ最近のパワーバランスを見事に現わしている光景である。

 

 対してエストは、ムスッと横を向いて視線を合わせよう無い。

 

 正直な話、エストにとって、下着姿を見られた事など、もはやどうでも良かった。

 

 キラの事が好き・・・・・・

 

 自分でも判らない程、いつの間にか胸の内に生じていたほのかな感情が、今まで戦いの場にあり続けた少女の体をトロ火で焙るようなもどかしさの中に漬け込んでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・いつまでそうやってる気ですか?」

 

 ブスッとしたままエストが言う。

 

 とにかく今は、戦う必要がある。

 

「行きましょう」

「そうだね」

 

 短く言って、キラはエストに笑顔を向ける。

 

 その笑顔を見ただけで、

 

「~~~~~~~~~~~~」

 

 エストは訳の判らない火照りを感じ、とっさに顔を背ける。幸いにして、前席に座る鈍感テロリストは、そんなエストの葛藤に気付かないまま起動シークエンスをスタートしている。

 

 そんな相棒の様子に、ホッとすると同時に謎の腹立たしさを感じずにはいられないエストであった。

 

 

 

 

 

《お久しぶりです、ラミアス艦長》

 

 数カ月振りに顔を合わせるナタル・バジルールは、相変わらず固い表情で、かつての上官に挨拶する。

 

 久しぶり。と言うほどには、時間がたってはいない。

 

 しかし、その間に色々な事がありすぎた。アラスカでの死闘、オーブへの脱出、オーブ崩壊、そして宇宙への逃避行。

 

 その為、まるであれから何年も時間が経ったかのような錯覚に陥ってしまう。

 

「ナタル・・・・・・」

 

 マリューもまた、かつて片腕とも頼んだ副官に返事を返す。

 

 込み上げる回顧の念。しかし、かつて共に戦い、いつか来る再会を願った2人の距離は、今や届かない程に開いてしまっている。

 

《このような形での再会になって残念です》

「そうね、私もよ」

 

 彼女が命令を受けて艦を下りたあの日。このような再会が来ようとは想像だにしなかった。

 

《アラスカでのことは自分も聞いています。ですが、どうかこのまま降伏し、軍上層部ともう一度話を。私も及ばずながら弁護致します》

 

 それはナタルの本心から出た言葉だろう。だが、ナタルはもうひと押し加える事を忘れない。

 

《本艦の性能は、よくご存じのはずです》

 

 そう、これは考えつく限り最悪の相性だ。

 

 敵はアークエンジェルの同型艦。それを指揮するのは、こちらの手の内を良く知り、そしてこの世でアークエンジェル級の扱いに最も長ける人物の内の1人。

 

 戦って負けるとは思わない。しかし、相当な損害を覚悟しなければならないだろう。

 

 だが、

 

 マリューははっきりと顔を上げて、ナタルを見詰め返した。

 

「ありがとう、ナタル。でも、アラスカの事だけじゃないの。私達は地球軍のあり方その物に疑念を抱いているの。よって、降伏、復隊はあり得ません」

《ラミアス艦長・・・・・・》

 

 はっきりとしたマリューの言葉に、ナタルがなおも説得を試みようとした時だった。

 

《ハーハッハッハッハッハッハッ!!》

 

 突然、モニターの中から聞こえて来た笑い声。

 

 何と言うか、聞いた傍から不快感を呼び起こす様な、そんな笑い声に、誰もが眉を潜めた。

 

《どうなる物かと黙っていたら、呆れますね、艦長さん》

 

 あからさまにナタルに対する侮辱を含んだ言葉。ただ聞いているだけで、肌を虫が這いずるような嫌悪感を想起させる。

 

《言って判ればこの世に争いなんて無くなります。判らないから敵になるんでしょう? そして敵は討たねば》

 

 謳い上げるように、自身の哲学を披露して見せるその男を、ナタルは強い口調と共に睨みつける。

 

《アズラエル理事!!》

 

 その言葉に、アークエンジェルのブリッジは緊張に満たされた。

 

「アズラエルって・・・・・・」

「ムルタ・アズラエル!?」

「ブルーコスモスの首魁だ!!」

 

 地球連合軍の黒幕。かつてオーブ脱出間際、ウズミが言っていた、この戦いを際限なく拡大させようとしている2人の人間の内の片割れ。

 

 その男が、こんな場所にいるとは。

 

 アズラエルはそんな驚きを無視し、ナタルを飛び越えて勝手に命令を下す。

 

《アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダー発進》

 

 その顔が、不気味な笑みを刻む。

 

《不沈艦アークエンジェル。今日こそ沈んでもらいましょうか》

 

 

 

 

 

 戦闘が開始された。

 

 ドミニオンから、オーブ軍主力を壊滅状態に追いやった4機、アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダーが出撃していく。更に他の艦からもストライクダガーやシルフィードダガーが出撃していく。

 

 それを迎え撃つように同盟軍も動いた。

 

 特に3強とも言うべき、イリュージョン、ジャスティス、フリーダムを先頭に、機動兵器群が出撃し、3隻の戦艦も、それぞれの敵を相手にすべく舵を切る。

 

 先頭を切って進撃するイリュージョンのコックピットの中で、キラとエストはモニターに映る敵を睨みつける。

 

「キラ、敵はあの4機です」

「そうだね。油断できない相手だ」

 

 囁くように言うと、イリュージョンは290ミリ長射程狙撃砲を展開、先制の一撃を放つ。

 

 対して、連合側の4機は散開してよける。

 

 そこへ、今度はフリーダムが前に出た。

 

「参ります!!」

 

 コックピットに座したラクスの声ととともに、フリーダムはパラエーナプラズマビーム砲、クスィフィアスレールガン、ルプスビームライフルを展開。5つの砲門から一斉砲撃を掛ける。

 

 その一撃もまた、機動力に優れる4機を捉える事はかなわなかったが、更なる散開を誘発し、4機の連携を断つ事には成功した。もっとも、それにどれほどの意味があるかは不明である。オーブでの戦闘を見る限り、4機は互いに連携を取ると言う事が無いように思えた。

 

 イリュージョンは対艦刀ティルフィングを構えて切り込む。

 

 その迎え撃つように前へ出たのは、他よりも明らかに一回り大きな機体、アヴェンジャーだ。

 

「フレイ・・・・・・」

 

 キラは、その機体を操っているだろう、旧知の少女の名を呟いた。

 

 彼女の事は、既に婚約者であるサイにも話している。

 

 サイはただ力なく笑い、キラの肩を叩くだけだった。

 

 サイの為にも、どうにかしてフレイを連れ戻したいと思う。

 

 だが実際問題として、直接的にも比喩的にも銃口を向けられているキラ達には、難しい問題であるのは確かだった。

 

 一瞬の気の迷いが自分の命だけでなく仲間の命すら失わせてしまう事は、キラ達も判っている。それ故に手加減はできなかった。

 

「キラァァァァァァ、エストォォォォォォ!!」

 

 フレイの咆哮と共に、肩部ゴルゴーン、胸部スキュラ、頸部ヒュドラ、そして両手に把持した2門のプラズマ砲から成る計7門を一斉発射する。

 

 その凄まじい砲撃は、宇宙空間を押し潰さんとするかのようだ。

 

 対して、イリュージョンも天空を舞う大鷲のような優雅さでアヴェンジャーの砲撃を回避する。

 

 しかし、流石に嵐のような砲撃を前に、接近する事は阻まれる。

 

 遠距離から反撃しようにも、火力面ではイリュージョンはアヴェンジャーに劣っている。砲撃戦では不利だった。

 

「エスト、アヴェンジャーに接近できる経路を!!」

「この状況では難しいですが・・・やってみます。暫く持たせて下さい」

 

 そう言うと、エストはデュアル・リンクシステムを駆使して検索を掛ける。

 

 その間にキラは、機動力とビームシールドを駆使してアヴェンジャーの砲撃を回避し続けていた。

 

 

 

 

 

 クサナギは、先行する大和に続いて戦闘態勢を整えつつある。

 

 艦長として指揮を取るのはレドニル・キサカで、副長としてケン・シュトランゼンがその補佐を務めている。

 

 多くのクルーが、実戦の場に臨むのは初めての事である。しかし、実際に敵が来てしまった以上、尻込みしていられる余裕は無い。突き詰めた話、だれでも人生で一番初めの戦闘は「初陣」なのだから。勿論、無事に帰って来れるかどうかは、また別の問題なのだが。

 

「ゴッドフリート起動、ミサイル発射管、全門コリントス装填、目標・・・・・・」

 

 キサカがそう言い掛けた時だった。

 

 突然、不自然な衝撃と共に、クサナギはつんのめるように停止した。

 

「どうした!?」

「判りません。船体に、何か絡まって・・・・・・」

 

 答えるオペレーターの声も、困惑気味だった。

 

 クサナギに絡まった物。それは廃コロニーから伸びたケーブルだった。元々、戦艦の何万倍もの質量を持つコロニーの構造を繋ぎ止める建材の一種である。如何にクサナギの推力をもってしても引きちぎれる物ではなかった。

 

 ケンはとっさに受話器を取り、手近に展開しているM1を呼び出した。

 

「クラウディス、船体に絡まった物を取り除いてくれ!!」

《了解です!!》

 

 指示を受け、リリアはクサナギの下部へとM1を急行させる。

 

 ケーブルはM1の機体よりも太く、簡単には切断できそうもない。

 

「それでも、やらなくちゃ」

 

 リリアのM1はビームサーベルを抜き放ち、絡まったケーブルを切断しに掛る。

 

 だが、作業を始めてすぐの事だった。

 

 闇の中からぬっと、カーキ色の機体が現れた。鎌を振り翳した甲殻類のような外観はフォビドゥンである。

 

「アハッ」

 

 コックピットに座したシャニ・アンドラスは、加虐的な笑みでリリアのM1を見詰める。

 

 リリアも相手の存在に気付いたが、作業に集中していた為、反応が遅れた。

 

「ッ!?」

 

 大鎌を振り下ろすフォビドゥン。

 

 もはや、回避はできない。

 

 フォビドゥンの鎌が、リリアのM1を切断しようとした、

 

 その時、

 

《やめろォォォォォォ!!》

 

 横合いから飛び込んで来た紫色の機体が、勢いのままにフォビドゥンを蹴り飛ばした。

 

 エールストライカーを装備したヴァイオレットは、味方の危機に辛うじて間にあったのだ。

 

「シン!!」

《こいつは俺が相手をする。リリアはクサナギを!!》

 

 シンは言い放つと、ヴァイオレットは手にしたビームライフルを放つが、フォビドゥンはゲシュマイディッヒパンツァーを展開、ビームを屈曲させる。

 

 その様子にシンは舌打ちした。

 

 あの機体の特性はキラから聞かされている。正直、ビーム兵器主体のエール装備では分が悪い相手だ。だが、やるしかない。

 

 ヴァイオレットはビームサーベルを抜き放ち、フォビドゥンへの接近を開始した。

 

 

 

 

 

「クサナギ、行き足止まりました!!」

 

 その報告に、大和の艦内は騒然とした。

 

 艦長席に座るトウゴウも、一見泰然としながらも、内心では臍を噛む思いである。

 

 メインモニターには座礁したクサナギの他に、接近する地球軍艦隊も映し出している。

 

 トウゴウの当初の目論見では、大和がネルソン級を、クサナギがドレイク級4隻を相手に戦い、クサナギがドレイク級を押さえている間に、大和がネルソン級を撃破、その後、大和とクサナギでドレイク級を殲滅する筈であった。

 

 しかしその目論見はクサナギの座礁によって、戦闘開始前に脆くも崩れてしまった。

 

 ここが廃コロニー群である以上、こういった事態は予測してしかるべきだった。が、大和はクサナギよりも大型であるにもかかわらず、デブリを回避して航行している。全ては実戦経験の不足が問題だ。大和は地上戦ではあるが一度実戦を経験している。クルー達は各種センサーの扱いにも慣れているが、クサナギのクルーにとってはこれが初の実戦である。その差がはっきりと出てしまった。

 

 とは言え、現実問題として敵は刻刻と接近してきている。今から引き返して曳航作業をする事など不可能だ。

 

「艦首回頭、左60度。全主砲、右砲戦準備。目標、地球連合軍ネルソン級戦艦!!」

 

 トウゴウは断を下した。

 

 こうなった以上は、大和1隻で5隻の敵艦を相手にするしかない。

 

「砲撃手。落ち着いて狙え。敵が多いからと言って焦る必要は無いぞ」

「りょ、了解!!」

 

 ユウキの言葉を受けて、砲撃手が上ずった返事を返す。無理もない。相手はやや旧式化しつつあるとはいえ、戦艦1隻を含む艦隊。対してこちらは、大和1隻で相手取らねばならない。もしネルソン級の相手に手間取れば、機動力の高いドレイク級に接近され、袋叩きにも会いかねない。

 

 だが、大和は本来このような戦いをする為に建造された艦だ。ならば、この程度の敵を恐れる必要など無い。

 

 その間にも大和は左へと回頭を続け、9門の主砲全てがネルソン級戦艦を軸線上に捕えた。

 

「対艦戦闘、撃ち方始め!!」

 

 トウゴウの鋭い声。

 

 次の瞬間、巨竜が吠えるように、大和は9門の主砲から閃光を迸らせた。

 

 

 

 

 

 地球連合軍とL4同盟軍の戦闘を、静かに見つめる目が、メンデルを挟んだ反対側に存在した。

 

 ナスカ級高速戦艦3隻を主力とするのは、ザフト軍である。

 

 ザフトもまた、強奪されたエターナルを追って、このL4宙域に艦隊を派遣していたのだ。

 

 その艦隊の隊長を務める男は、仮面の下で僅かな笑みと共に状況を見詰めていた。

 

「さて、どうした物か。既に幕が上がっているとは・・・・・・」

 

 ラウ・ル・クルーゼの瞳の奥で、戦況は正確に分析される。

 

 数的には地球軍が優勢のように見える。が、アークエンジェル以下の部隊も、流石に実戦経験に長があるせいか、逆に地球軍を押し返す勢いで猛攻を続けている。

 

 両者の様子を天秤に掛け、その上で自分達の置かれた対場を総合する。

 

 現在ザフト軍は、まだ同盟軍にも地球軍にも察知されていない。今ならば隠密行動によっていろいろと面白い戦い方ができそうだ。

 

「さて、どうする。あんたとしちゃ、このまま見て見ぬふりを決め込む気は無いんだろ?」

 

 期待するような口ぶりで、背後に腰掛けた男が言った。

 

 クライブ・ラオスは、今回の追撃戦において、自ら志願する形でクルーゼ隊に同行していた。

 

 オーブ沖海戦での負傷により、長期休養を余儀なくされたクライブだったが、エターナル強奪事件と前後して前線復帰の許可が下りた。そこへ来ての追撃任務である。この野犬の如き男が、それに勇み立たない訳が無いのだ。

 

「そうだな・・・・・・」

 

 無論、「仮面の男」ラウ・ル・クルーゼもまた、この好機を座視する愚将ではない。

 

「私とクライブ、イザークとディアッカで、コロニー内部から偵察を掛けよう。アデス、その間、艦隊の事を頼むぞ」

「それは良いですが、隊長自ら出られるのですか?」

 

 忠実な副官が怪訝そうに見詰めて来るのを受け、クルーゼはフッと笑う。

 

「コロニーメンデル。上手く立ち回れば、色々な事にケリがつきそうなのでな」

 

 そう告げると格納庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 近付いて来るダガー部隊を迎撃している内に、アークエンジェルは味方部隊とだいぶ引き離されてしまった。

 

 現在、M1部隊の大半は離礁作業中のクサナギ護衛につき、ストライク・ルージュを駆るカガリがその指揮に当たっていた。

 

 ムウのストライクはランチャー装備で港口の警戒に当たり、ライアのシルフィードもそれに従っている。

 

 その他、イリュージョンはアヴェンジャーと、フリーダムはカラミティと、ジャスティスはレイダーと、ヴァイオレットはフォビドゥンと交戦中であった。

 

 つまり、アークエンジェルの周囲は、今、一時手薄の状態にある訳である。

 

「ドミニオンは!?」

 

 纏わりつく敵機を振り払っている間に、本命を見失ってしまったのは痛かった。

 

「デブリが多くて・・・・・・いえっ」

 

 サイが鋭く危険を発する。

 

「ブルー19アルファにドミニオンッ 後ろです!!」

 

 ナタルはアークエンジェルが部隊に気を取られている隙を、デブリを利用して撹乱しつつ、後方に移動したのだ。

 

「敵艦砲撃、来ます!!」

「回避、取り舵!!」

 

 ドミニオンが4門のゴッドフリートを放つ。

 

 対して、マリューの命を受けて、ノイマンが舵を切る。

 

 殆ど水平に近い角度で急旋回するアークエンジェル。しかし、そのおかげで、後方からの奇襲に対処できた。

 

 と、思った瞬間、

 

「オレンジデルタより、ミサイル急速接近!!」

 

 予期しえない方向からのミサイル攻撃。

 

 アークエンジェルはイーゲルシュテルンによる弾幕を張り、辛うじて追いついて来たイリュージョンとフリーダムも砲撃によってミサイルを撃ち落とそうとする。

 

 しかし、全ての攻撃を防ぎ切る事はできない。

 

 弾幕をすり抜けたミサイルがアークエンジェルを直撃、右舷側のゴッドフリートを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「いや、すごいね、君」

 

 ナタルの指揮ぶりを見て、アズラエルが素直な感想を送った。

 

 ナタルはドミニオン自体と部隊を囮に使って、アークエンジェルを特定の宙域に追い込み、そこで予め待機状態で射出しておいたミサイルの網に絡め取ったのだ。いわば、即席の自走機雷である。

 

 マリューの指揮やアークエンジェルの能力を知り尽くしているナタルならではの、見事な戦術である。

 

「この程度の戦術、お褒め頂く程の物ではありません」

 

 素っ気なく言い捨ててから、ナタルはモニターに映ったイリュージョンを見た。

 

「あれを捕獲すればいいのですね」

「うん、そう」

 

 ナタルの言葉に、アズラエルは子供のようにはしゃいだ言葉で返事を返す。

 

 実質上、地球連合軍の黒幕とも言うべき彼が、このような一部隊に同行して戦場に赴いた理由はそれであった。

 

 オーブの戦いでイリュージョンとジャスティスの戦いぶりを見たアズラエルは、その動力源に核エネルギーが使用されていると睨んでいた。言うまでも無く、現在、Nジャマーの影響で核エネルギーは使用不能になっている。だが、もし仮説が正しいとするならば、あの機体は何らかの方法でNジャマーを無力化している事になる。

 

 Nジャマーの無力化。もしそれが成れば、死蔵されている禁断にして最強の兵器、核が再び解禁できる。

 

「後部ミサイル発射管、全門ウォンバット装填。カラミティ、とアヴェンジャーに連絡」

 

 ナタルは矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 その間に、イリュージョンはアヴェンジャーの砲撃によって後退を余儀なくされていた。

 

 「対キラ」を主眼とした訓練を行って来たフレイにとって、キラの動きは手に取るかのように判るほどだ。それは機体がシルフィードからイリュージョンに変わっても同じ事である。

 

 しかし、それでも尚、追い込む事ができない現状に苛立ちを覚える。

 

 アヴェンジャーが7つの砲門から砲撃を行うのに対し、イリュージョンは舞うような機動で後退しつつも、狙撃砲で鋭く反撃してくる。

 

 火力に優り、距離を置いている限りは優位に戦いを展開できる筈のアヴェンジャーが、逆に窮地に陥る場面すらあった。

 

「このっ、いい加減に落ちなさい!!」

 

 苛立ちと共に、両手のプラズマ砲を連射する。

 

 さすがに敵わないと踏んだのか、ビームシールドで防ぎながら後退するイリュージョン。

 

 しかし、次の瞬間、

 

「後方よりミサイル接近。キラ!!」

 

 エストの驚愕に満ちた報告。

 

 次の瞬間キラが見た物は、ドミニオンが放ったミサイルが、全て命中コースを描いてイリュージョンへと向かって来る所であった。

 

 

 

 

 

PHASE-30「自由の旗の下に」   終わり

 

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