機動戦士ガンダムSEED Illusion 作:ファルクラム
1
旧式とはいえ流石は戦艦と言うべきか。
大和の砲撃を10発以上食らっているにもかかわらず、ネルソン級戦艦は果敢に反撃してくる。
そもそも新造戦艦の大和と違い、向こうは良く使いこまれた古株の戦艦だ。クルーは艦の扱いに慣れており、技量面では連合に一日の長がある事は否めない。
だが、流石に圧倒的な性能の差は隠せない様子だ。砲撃戦で拮抗しえたのは戦闘開始10分程度のみで、ひとたび直撃を得た後は、ほぼ完全に大和の優勢となっていた。
大和の強力な主砲は、次々とネルソン級戦艦の装甲を突き破り、機関を破壊し武装を食い千切って行く。
ネルソン級戦艦は既に速力は大幅に低下し、真っ直ぐ進む事すらできない様子だ。照準装置も破損したのか、先程から砲撃は空ぶりを繰り返している。
大和も何発か被弾しているが、その全てが装甲板によって弾かれ、損害は皆無だった。
「良いぞ、そのまま追い込め!!」
ユウキが弾むように言った。
その声に応えるように発射された9門の主砲の閃光は、更にネルソン級戦艦の装甲を突き破って内部で炸裂する。
このままいけば、あと1回か2回の砲撃で沈黙に追い込める。
勝利が見えた。と思った瞬間。
「後方よりドレイク級、急速接近!!」
その報告に、ブリッジ内は緊張が走った。
恐れていた事態である。大和がネルソン級に掛かっている隙に、小回りの効くドレイク級護衛艦に距離を詰められたのだ。
当初、トウゴウが考えていた戦術を、逆にやり返された感がある。このままでは大和は、4隻のドレイク級護衛艦から放たれた対艦ミサイルを雨霰と浴びる事になりかねない。
「第3砲塔、並びに後部副砲、目標をドレイク級の1番艦に変更。第1、第2砲塔、並びに前部副砲は引き続きネルソン級への砲撃を行え」
トウゴウの命令が飛ぶ。
「艦長、しかしっ」
ユウキはとっさに反論しようとする。その方法では、いたずらに戦力を割く事になりかねない。兵力は集中して運用してこそ真価を発揮する物なのだ。
しかし、
「急げ」
トウゴウは有無を言わさず、断固たる口調で命令する。アークエンジェルはドミニオンと交戦し、クサナギの離礁には今しばらく掛かる以上、敵艦隊は大和1隻で押さえるしかない。
大和の第3砲塔と、後部副砲が旋回する。副砲は主砲と同じく艦の中心線上に配置され、3門のレールガンから成っていた。それが前後に1基ずつ、計6門。その内、後部の3門がドレイク級に向けられる。
「撃てッ」
ユウキの号令の元、後方の敵への攻撃を開始する大和。同時に、瀕死状態のネルソン級への攻撃も続行する。
しかし、前後から挟まれた状態はいかにも不利である。
心なしか、ネルソン級も味方の戦線参入を見て、息を吹き返したような感があった。
飛んで来るミサイルの群れを、エストは呆然と見据える。
デュアルリンクシステムの操作は、イリュージョンのサブパイロットの仕事である。
しかし、あらゆる可能性の中から、確率性の高い未来を予測する事ができるデュアルリンクシステムが、冷酷に事実のみを告げていた。
「回避不能」であると。
ミサイルは、確実にイリュージョンを直撃する。後はPS装甲が、どの程度攻撃を防いでくれるかに期待するしかない。
しかし、イリュージョンは今、アヴェンジャーと対峙している。体勢が崩れた所に砲撃を食らったらひとたまりもないだろう。
来るべき衝撃に備え、エストが身構えた瞬間だった。
キラが有り得ない速度で機体を操ってみせた。
「なっ!?」
エストは思わず目を見張る。
キラの操縦に応え、イリュージョンは一瞬で機体を反転させ、左腕のビームガトリングを展開、弾幕を張り巡らせる。
それはデュアルリンクシステムの予測すら上回る超反応だった。
飛んで来たミサイルは全て、キラの迎撃網を抜ける事ができずに全滅する。
一体どうやったら、これだけの反応ができると言うのか。
唖然としてキラを見詰めるエスト。
だが、その一瞬の隙を突かれた。
背後から接近していたレイダーが、手にした鉄球をイリュージョンの背に叩きつけたのだ。
「クッ!?」
「キャァッ!?」
大きな衝撃と共に、体勢を崩すイリュージョン。
そこへ、アヴェンジャーとカラミティが砲門を合せた。
今度こそダメか。
そう思った瞬間、イリュージョンを守るように2体の影が走った。
「させるかァァァァァァ!!」
アスランの叫びと共に、ジャスティスはシールドを掲げてカラミティの前に躍り出た。
そこへ、カラミティの攻撃が着弾する。
構わず、アスランはシールドが融解するに任せて、そのままカラミティの胸部へと押し付ける。
砲撃のエネルギーをそのまま返される形となったカラミティは胸部のスキュラを損傷する。
一方、アヴェンジャーは、2門のプラズマ砲を構えてイリュージョンにとどめを刺そうとした瞬間、下から吹き上げるように駆けて来た蒼翼によって阻まれる。
ラクスの駆るフリーダムはビームサーベルを抜き放つと、一瞬にしてアヴェンジャーの手にあるプラズマ砲2門を切って捨てたのだ。
発射寸前だったエネルギーがフィードバックし、メインカメラの直前で爆発を起こす。
「この、よくも邪魔をしてくれたわね!!」
フレイは怒り狂い、飛びさるフリーダムにゴルゴーンを放つが、ラクスはまるで背中に目がついているかのようにフリーダムを操り、アヴェンジャーの砲撃を回避してのけた。
その間にイリュージョンは体勢を立て直すと、ビームライフルによる反撃し、ジャスティス、フリーダムと交戦中の2機を的確に捉えていく。
たまらず、アヴェンジャーとカラミティは後退を余儀なくされた。
そこへ、更に攻撃を仕掛けようとするイリュージョン。
しかし、追撃しようにもフォビドゥンとレイダーが間に入って阻んで来る。
イリュージョンはティルフィングを抜き放つと、彼等に向かって切り込んで行く。
「危なかった。エスト、状況の変化に気を付けて」
「・・・・・・判りました」
先程感じた強烈な違和感を取り敢えず無視して、エストは再び戦闘に集中する。
辛うじて持ちこたえこそしたが、未だに苦境は続いている。
再び接近して来る4機の敵機を見据え、エストは機体の操作に集中した。
数に優る地球軍は、次々と同盟軍側の防衛線を突破して来る。
それを港口付近で迎撃しているのが、ムウに率いられた部隊である。
ムウのストライクはランチャーを装備し、砲撃によって向かってくる敵機を押さえている。
数に劣るとはいえ、M1部隊も奮戦しており、ダガー隊の大半を押さえこむ事に成功していた。
その他にもライアのシルフィードが直掩についてくれたおかげで、ムウの負担は大分軽減されている。
気を抜く事はできない。港内では動けないエターナルが急ピッチで最終調整を行っている。エターナルが出港可能になるまで、何としても港は守らねばならない。
「とは言え、守りきったとして、次にどうする?」
この場は地球軍に察知されてしまった以上、もはや拠点としては使用できない。どうにかしてこの場所を脱し、新たな拠点を求めないといけない。
そう思った時だった。
「何っ!?」
ムウは自分の脳裏に、警告音めいた感覚が走るのを感じた。
久しく感じていなかった感覚。しかし忘れる事の出来ない代物。例えるなら、ナイフの切っ先を突きつけられた時のような緊張感にも似ている。
「これはっ!?」
その正体を見極めた瞬間、ムウは有無を言わさずストライクを反転させた。
《ちょ、ちょっとオジサン。どこ行くのよ!?》
「誰がオジサンだ!!」
慌てたように制止して来るライアに怒鳴り返す。
「ザフトがいる!!」
そう言い捨てると、港口へと飛び込んだ。
この感覚は、間違いなく「あいつ」だ。
このままでは同盟軍は前後から連合とザフトに挟み撃ちにされかねない。
ムウは焦りにも似た衝動に駆られてメンデル内部へと急いだ。
深紅の機体は、周囲を警戒しつつ作業の指揮を取っている。
ムウのストライク、シンのヴァイオレットと同じシルエットを持つ機体は、カガリの駆るストライク・ルージュである。
ヴァイオレット同様、ストライクを修復した際の余剰パーツを組んで完成させた機体は、同時にパワーエクステンダーを搭載、ストライクよりも長い稼働時間を得ると同時に防御力強化を行った機体である。
本来はオーブ軍の象徴として旗機の役割を持つルージュだが、オーブ崩壊に伴い、最前線に立つ事が求められていた。
そのカガリの目の前で、リリアがM1を駆り、クサナギに絡まったワイヤー切断作業を行っていた。
強靭かつ巨大なワイヤーはビームサーベルを使用しても切断に時間が掛ったが、それでもどうにか作業完了にこぎつける事ができた。
絡まったワイヤーが外れ、戦艦クサナギはようやく自由を取り戻した。
《作業、完了しました》
《御苦労さん、助かったよ》
「もう引っかけるなよ!!」
クサナギ副長のケンに、少しきつめに釘をさすカガリ。今回は無事に済んだが、宇宙空間で、それも戦闘中に座礁など、流石に洒落にならない。
推力を上げると同時に、クサナギは大きく回頭。同艦の上下に備え付けたゴッドフリート4門を展開、アークエンジェルと交戦中のドミニオンに照準を向けた。
「撃て!!」
ケンの号令一下、主砲が火を噴いた。
その一撃は命中こそしなかったが、ドミニオンの鼻先を掠めるようにして駆け抜けた為、地球軍側に警戒心を与えるには充分だった。
「あらら、復活しちゃったか」
主砲を放ちながら接近して来るクサナギを見て、アズラエルは肩をすくめた。
その様子を尻目に、ナタルは潮時を感じていた。
アークエンジェルは判定小破の損害を与えたものの、致命傷には遠い。フレイ達の戦況も良いとは言い難い。
加えて、
そこで、思考が中断した。だしぬけに、視界の端で閃光が走ったのを目撃したからだ。
「ヴィンソン、信号途絶!! 撃沈した模様です!!」
大和と交戦していたネルソン級戦艦ヴィンソンが、熾烈な砲撃戦の末撃沈されたのだ。大和の砲撃はヴィンソンのエンジン部分を直撃し、完膚なきまでに破壊しつくしていた。
その前にドレイク級護衛艦も1隻、大和の砲撃を受けて轟沈している。護衛艦の薄い装甲では、大型戦艦の主砲には耐えられなかったのだ。
当初は優勢に進めていた筈の戦況が、いつの間にか逆転されている。
流石はアークエンジェルと、その仲間だ。
ナタルは知らずの内に笑みをこぼしていた。敵味方に分かれた今でも、彼等への信頼は揺らいでいない。だからこそ、何としても倒さなければならない。
「信号弾上げろ。一時撤退する」
そのナタルの決断に不平を鳴らしたのは、他でもないアズラエルであった。
「ここまで追い込んだのに、退くんですか?」
まるで見ていたテレビを消された子供のような物言いのアズラエルを、ナタルは冷たい目で睨み据える。
「これ以上戦えば損害が大きくなるだけです。一度退いた方がいい」
「そう言うからには、今退けば、次は勝てるんでしょうね?」
その物言いに、ナタルは苛立ちを隠せない。この男は戦いをゲームか何かと勘違いしている。望めば勝てる物であり、負ける事など有り得ないと傲慢にも思っている様子だ。
「ここで死にたいので?」
凄みの籠った口調のナタルに、アズラエルは肩を竦めて引き下がる。一応は納得した様子だが、反省の色は全く見られない。
とにかく、外野がこれ以上余計な口をはさむ前に、ナタルはさっさと撤退する事にした。
2
地球連合軍の撤退に合わせて、同盟軍もメンデルへと後退した。
突発的な戦闘だったが、意外なほど損害は少なかった。最も被害が大きかったのはアークエンジェルのゴットフリートである。こちらは現在、補修作業が進められていた。
機体の消耗も最小限に抑えられ、同盟軍の継戦能力は充分に維持されていた。
現在は補修作業が急ピッチで進められると同時に、今後の方針について討議が成されていた。
気がかりな事があった。
戦闘の途中、ムウとライアが戦線を離脱してメンデルの内部へと向かったと言うのだ。
しかも、ムウはザフトの存在を示唆していたと言う。
半信半疑ながら、取り敢えずM1を偵察に出して探ると言う事になり、アサギとジュリが偵察任務に出て、今しがた戻って来たのだが。
《いました。デブリの影。ナスカ級戦艦が3隻です》
アサギの報告に、同盟軍首脳陣は騒然となった。
たった今、地球軍と交戦したばかりだと言うのに、今度はザフト軍まで現れたと言う。
正に前門の虎、後門の狼。同盟軍は挟撃を受ける形となってしまっていた。
《しかし、なぜフラガにはザフトの居場所が判ったんだ?》
視認した訳でもなく、ムウは殆ど神懸かりとも言うべき直感で、ザフトの接近を言い当てていた。ここまでくれば、頼もしいのを通り越して、ある意味不気味ですらある。
《クルーゼ隊だわ》
マリューが震えるような口調で言った。
以前から、ムウがマリューにだけ話していた事がある。
曰く、自分とクルーゼは何か目に見えない繋がりのような物があり、近くまで接近すると互いの存在を感じる事ができる、と。
あまりにもオカルトめいていて俄かには信じがたい話ではあるが、こうしてムウが戻らずザフトが発見された以上、真実味を帯びる話である。
《だが、グズグズはしておれんぞ》
そう言ったのはトウゴウである。
《連合に続いて、ザフトまで現れたとなれば、もはやこの場を拠点として使う事はかなわんじゃろう。どうにか包囲網を突破し、脱出せねばなるまい》
《中に入ったフラガ達に連絡を入れて引きずり戻す必要があるな》
エターナルは既に調性が完了している。今は4隻の戦艦に荷揚げされた物資を、もう一度積み込む作業を行うと同時に、損傷大きいアークエンジェルの補修作業が行われている。それが終われば出港する事はできるのだが、それにはムウとライアに戻ってもらう必要があった。
だがNジャマーの影響で通信が安定せず、コロニー内部の2人に通信を入れる事ができないでいる。
「なら、僕達が行きます」
そう言ったのはキラだ。
デブリの影に隠れてこちらを覗っていると言う事は、ザフトはまだ本格的には動いていないらしい。ある程度の敵ならイリュージョン1機でも充分だった。
《なら、俺も行こう》
そう言ったのはアスランである。
「いや、何があるか判らないから、アスランはこっちに残って」
退けたとはいえ、地球連合軍はメンデルから少し離れた宙域でこちらの様子を覗っている。相手はイリュージョン、ジャスティス、フリーダム、ヴァイオレットが4機で掛かっても攻めきれなかった相手である。これ以上戦力の要を割く事はできなかった。
《なら、俺が行く》
そう言ったのはシンだった。
先の戦闘ではフォビドゥンを相手に奮戦したが、武器の相性の悪さから攻めきる事ができなかった。
そのストライク・ヴァイオレットはバッテリー残量が心もとなくなって来た為、エールをパージしてソードストライカーに換装を済ませていた。
「判った、着いてきて」
そう言うと、キラはイリュージョンを反転させて、港口からメンデル内部へと入って行く。それに、シンのヴァイオレットも従った。
だが、それに前後して、コロニー側面にある作業用通路からコロニー内部に潜入する機体がある事には、誰も気付いていなかった。
ムウのストライクは、接近する敵機を確認すると同時に、手にした320ミリ超高インパルス砲アグニを放つ。
対して、相手は、自分に向かって来る太い閃光をこともなげに回避して見せた。
コックピットの中で、その様子を見て不敵に笑うのはラウ・ル・クルーゼである。
《ほう、貴様が、それの次のパイロットか》
クルーゼの機体は、ザフト軍が次期主力機動兵器として開発したゲイツである。奪取したXナンバーの技術を流用し、ザフトでは設計段階からビーム兵器の運用を行った初の機体でもある。
新技術をふんだんに使っただけあり、量産前提の機体でありながら高い機動性を有している。
続けて放たれたアグニの攻撃を、ゲイツはあっさりと回避していく。
「くそっ」
ムウは苛立ちと共に引き金を引く。
対艦、遠距離攻撃が主眼のランチャーストライカーでは高速で機動するモビルスーツを捉える事は難しい。それでも一般のパイロットならば苦戦する事も無いのだろうが、相手がクルーゼでは一筋縄ではいかない。
互いの動きを見ずとも、ムウも、そしてクルーゼも相手が誰であるか既に認識していた。
それは魂による繋がりとでも言うべきか。言葉が無くとも、相手の存在を互いに感じる事ができるのだ。
バルカンとランチャーで応戦しようとするストライクに、ゲイツはぴったりと張り付いて一定の距離を保つ。
《ここで貴様と会えてうれしいよ、ムウ》
「こっちはちっとも嬉しくねえよ!!」
言いながらアグニを放つが、やはり命中はしない。距離が近すぎるのだ。
ゲイツが左腕のシールド内に装備したクローで攻撃してくるのを、ストライクは辛うじて回避した。
一方その頃、シルフィードを駆るライアは、馴染み深い機体と遭遇、交戦状態に入っていた。
「バスター、それにデュエル・・・・・・イザークとディアッカ!?」
バスターが手にした対装甲散弾砲を発射すると同時に、デュエルがライフルを放ちながら向かって来る。
「わっ!? とっ!?」
放たれる攻撃を、持ち前の高機動で回避するシルフィード。
反撃として放ったBWSによる攻撃は、2機が左右に分かれて回避した。
流石は、クルーゼ隊の中で最も相性が良かった2人だ。戦い方に隙が無い。
斬りかかって来るデュエルを払いのけると同時に、バスターが容赦ない砲撃を浴びせて来る。
「あわわわ、こりゃダメだわっ」
言いながらライフルで応戦しつつ後退する。
しかし、火力の面ではバスターとデュエルの方が勝っている。距離を置くだけシルフィードの方が不利になるのは道理である。
「さ、て・・・どうしよっかなあ・・・・・・」
2機の攻撃を回避しながら、ライアは軽い口調で、その内実はかなり深刻に考えを巡らせる。
ムウはムウで、別の敵と交戦中であり、援護はあてにできそうもない。
「ん~、こうなったら、ちょっとやってみますか」
そう呟くと通信機のチャンネルを回し始めた。
一方で、イザークとディアッカは猛るような勢いでシルフィードに襲い掛かっている。
因縁の機体だ。2人にしてみれば「ここで会ったが100年目」と言ったところである。
攻撃の手が激しくなるのも、無理無い事である。
そこへ、ライアは馴染みの回線を使って通信を入れた。
「やっほ、イザーク、ディアッカ」
突然現れたかつての仲間の顔に、2人は驚きを隠せないと言った顔を見せた。
《なっ、ライア!?》
《おいおい、どうなってんの? まさか、幽霊とか言いうオチじゃないよね》
期待通り、バスターとデュエルは攻撃の手をやめてこちらの反応を覗っている。
「幽霊じゃないよ。今はあたしがこれのパイロットってわけ」
《何だと、俺達を裏切ったのか!?》
「あ~・・・・・・」
それは、否定できないかも。
ちょっと心の中で呟きながら、それでも説得を試みる。
「と、言う訳で、昔のよしみで、見逃してくれたりなんかはしないかな~って、思って」
《・・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・》
誰もが思うだろう
この女は交渉役には向いていない、と。
無言のまま、デュエルとバスターの銃口が火を噴いた。
「ちょ、ちょっと、ツッコミ激しすぎだって!!」
とっさに機体を翻して回避するシルフィードだが、2機は執拗に追撃を掛けて来る。
《やかましい!! ふざけるのも大概にしろ!!》
《こいつはちょっと、お仕置きが必要だよね》
言いながら、更に砲撃を強める2機。
「ちょッ!? まッ!? やばいって、死ぬって!! ッて言うかディアッカ、アンタがそれ言うと、凄くエロく聞こえるんだけど!?」
《うるさいよ!!》
さらに激しさを増す、2機の攻撃。
だが、対してライアは、コックピットの中でほくそ笑んだ。
まあ、これならこれで状況の好転はなった。できれば、かつての仲間に銃を向けたくない。程度には、ライアも彼等に愛着を持っている。
ライアが期待したのは、交渉によって砲撃が止まる一瞬の「間」だった。その間にシルフィードを操り、体勢を立て直していた。
機動力なら、この3機の中でシルフィードが断然優位である。
一瞬の隙をついて、BWSを連射しながら、ライアは機体を離脱させる。
《待て!!》
「いや、待てって言われて待つ馬鹿はいないって」
おどけたように言いながら、ライアは機体を翻す。スラスターを全開にまで吹かせば、デュエルもバスターも追い付く事はできない。紅服2人を相手に、これ以上じゃれあうのは愚の骨頂だ。ここは逃げる方が賢明だろう。
あっという間に2機を引き離し、シルフィードは戦場から離脱して行った。
スロットルを無意識のうちに上げてしまう。
キラはイリュージョンを駆りながら、得体の知れない胸騒ぎに背中を押されるように急いでいた。
操縦桿を握っているだけで、額から汗が流れおちて来る。
その正体が何かは判らない。
だが、ある種の脅迫感めいた想いが、首に手を掛けているかのような錯覚を拭えずにいた。
「き、キラ!!」
後席のエストが、悲鳴にも似た声を発して来るのに気付いたのは、暫く内部に進んでからだった。
「飛ばし過ぎです。一体どうしたのです!?」
「あ、ああ・・・・・・ごめん」
言われて、慌ててスピードを落とす。
見れば、ヴァイオレットの反応も無くなっている。どうやら、気付かないうちに引き離してしまっていたらしい。
だが、尚も焦燥感はキラの中から消えていない。
その時だった。
モニターの端で、閃光が走るのを見た。
「エスト、あれ!!」
「確認しました。ストライクのシグナル。敵機と交戦中です。交戦機の熱紋はデータに無し。新型機のようです」
戦場が宇宙に移り、プラント本国が戦火に巻き込まれる可能性も出てきた以上、ザフト軍が新型モビルスーツの開発を急ピッチで進める事は充分に予想できたことだった。
その瞬間、ゲイツのクローがストライクのアグニを切り裂いた。
とっさにランチャーストライカーをパージし、アーマーシュナイダーを抜き放つストライク。
だが、そこへゲイツがエクステンショナルアレスターを射出する。
射撃と斬撃双方に使えるワイヤー兵器は、ストライクの左肩とコックピット付近に突き刺さった。
小爆発と共に空中で体勢を崩し、落下するストライク。
「クッ、ムウさん!!」
キラは再びスロットルを上げてイリュージョンを加速させる。
ゲイツの方でも、向かって来るイリュージョンに気付くが、キラの反応の方が速い。
ビームライフルを素早く2連射。それでゲイツの両腕を吹き飛ばし、更にすれ違いざまに抜き放ったティルフィングを一閃、ゲイツの両脚を斬り飛ばした。
ストライクを追うように落下するゲイツ。
それを追って、キラもイリュージョンを降下させた。
「ったく、これじゃ、何のためについて来たんだか判らないだろ」
ストライク・ヴァイオレットを操りながらシンは、この場に良無いキラに向けて悪態をつく。
ついて来たのは良いが、メンデル内部に入ってすぐにイリュージョンに引き離されてしまった。ソード装備のヴァイオレットと、イリュージョンでは速度に差があり過ぎる。あっという間に引き離され、今は影も形も見えなくなっていた。
敵がどこから来るか判らない状況で、離ればなれになるのは危険だと言うのに。
一刻も早く合流を。
そう思った時、
下方から突き上げるような閃光が迸った。
「うわっ!?」
とっさに回避するヴァイオレット。同時にシュベルトゲベールを抜き放ち、交戦に備える。
ビームライフルを放ちながら現れたのは、濃緑色のゲイツだった。
「へっ、お使い頼まれて腐ってたら、とんだ所で獲物に出くわすもんだ。やっぱ、日ごろの行いが良いからかね!!」
言いながらゲイツを操るのはクライブである。
何とか接近しようとするヴァイオレットに対し、ゲイツはライフルとエクステンショナルアレスターを駆使して徹底的な火力の集中を行う。
的確な砲撃の前に、ヴァイオレットは接近を阻まれ、斬り込む事ができない。
「おらおら、どうした。亀みてェに手も足も出ねえのか!?」
執拗な砲撃を加えながら、獣じみた笑みを浮かべるクライブ。
ザフトでは初めて、初期設計の段階からビーム兵器の運用を考慮して開発した機体だけあり、その動きにはよどみが無い。特にエクステンショナルアレスターの変幻自在な動きは、直線的な攻撃に馴れたシンには、読みづらかった。
対してシンは、嵐のような砲撃を受け後退しながら、それでも反撃の糸口を探す。
「クッ、このぉ!!」
一瞬の隙をついて、シュベルトゲベールを掲げて斬り込むシン。
大剣の一閃は、一瞬にしてゲイツの腰から伸びるワイヤーを切断する。
「おっ!?」
驚いたように声を上げるクライブ。
対してシンは、会心の笑みを浮かべた。
「よし、こいつさえ斬れば!!」
更に追撃の斬撃を放とうと、大剣を振りかぶるヴァイオレット。
だが、その一瞬で、ゲイツはヴァイオレットに接近した。
「はい、残念でした。お疲れちゃ~ん」
左腕に装備したクローを一閃するゲイツ。
その一撃で、ヴァイオレットは右肩を切断される。
「なっ!?」
息を呑むシン。
その一瞬、ゲイツはヴァイオレットの腹を蹴り飛ばし、地上へ蹴り落とした。
「さって、と」
ヴァイオレットの撃墜を確認したクライブは、ゲイツのカメラアイを転じる。
「お客さんの御到着かね?」
向けた視線の先には、他の機体よりも一回り大きな四肢を持つモビルスーツがゲイツに接近してきていた。
イリュージョンを着陸させると、キラとエストは銃を手に取り、コックピットから飛び出した。
近くにある施設入口に入っていく敵兵を、ムウが追って行くのが見えたのだ。
撃墜された直後の白兵戦など無謀極まりない。何とか大事に至る前に連れ戻さなくてはならない。
手にした銃の冷たい感覚が全身を凍らせるようだ。
キラは周囲を見回す。
廃棄された研究施設なのか、静寂の中に不気味な印象を受ける。一体何の研究をしていたのかは、今の廃墟からは想像する事すらできない。
「キラ?」
相棒のおかしな様子に気付いたのか、エストが心配そうに尋ねて来る。
そんなエストに、キラは少し無理に笑みを見せる。
「大丈夫だよ。早く、ムウさんの所に行こう」
「はい」
そう言うと、2人は足を速めた。
暫くすると、通路の向こうから誰かの声が聞こえて来た。
言い争っているらしいその声の片方は、よく聞き憶えのある物だった。
「ムウさん!!」
叫びながら、キラはムウが隠れている遮蔽物へと駆けよる。その後にエストも続いた。
「馬鹿、何でお前等まで来てるんだよ」
「ムウさんが心配だったんです」
「ラミアス艦長を行かず後家にする訳には行きません」
一瞬、呆気にとられてエストを見るキラとムウ。
この子は一体、どこでこんな言葉を覚えて来るのか。
ムウは姿勢をただすと、ニヤリと笑って2人を見る。
「へっ、一丁前に生意気言ってくれるね」
そう言ったムウの脇腹からは、血が滴っているのが見える。
「ムウさん、それ・・・・・・」
「これくらい、かすり傷だよ」
恐らく撃墜された時の傷だろうが、ムウは強気に笑って見せる。
その時、
「おやおや、君まで来てくれるとは。嬉しいよ、キラ・ヒビキ君」
嘲笑の混じったような声が反響しながら聞こえて来る。
声はすぐ傍。衝立のすぐ向こう側から聞こえてきていた。
「この声はっ」
「ラウ・ル・クルーゼだ。あの野郎、こんな場所に逃げ込みやがって」
薄気味悪い研究所跡地を見回してムウは呻く。
彼は大丈夫だと言ったが、今も脇腹からは血が滴り落ちている。一刻も早く戻って、治療する必要がある。
「仮面の男」ラウ・ル・クルーゼの名前は、キラもエストも、もちろん知っている。ヘリオポリスを出てすぐの頃、執拗に追撃を受けた事は印象に強い。
だが、
「・・・・・・なぜ、僕を知っている?」
ザフトの隊長が自分の名前を読んだ事に不思議を覚えずにはいられなかった。
返事が闇の中から返される。
「アスランから名前を聞くまで思い出す事はできなかったがね。何しろ、君は記録上では死んでる事になるのだからね」
「ッ!?」
なぜ、その事を・・・・・・
キラは子供の頃に飛行機事故にあい、奇跡的に助けられゲリラに拾われた経緯を持つのは確かだ。だが、なぜそれをザフトの軍人が知っているのか。
「懐かしいだろう。言わばここは、君の生まれ故郷なのだからな」
「生まれ故郷?」
思わず身を乗り出しかけたキラを、ムウが強い手付きで制する。
「馬鹿、あいつの言葉に惑わされてどうするッ」
だが、そんな言葉をあざ笑いながら、クルーゼは続ける。
「殺しはしないよ。真実を知ってもらうまでは、ね」
その言葉を聞きながら、キラは現状を把握するべく頭を回転させる。
とにかく、クルーゼの思惑がどうあれ、長居する必要はない。ムウとも合流できた以上、早くここから逃げ出した方が良い。
だが、そんなキラの思考を見透かしたように、クルーゼが放った銃弾がすぐ脇で火花を散らす。
「さあ、着いて来たまえ。今日こそ決着をつけようじゃないか!!」
クルーゼの声が挑発的に木霊する。それと同時に、足音が奥の方へと駆け去っていくのが聞こえる。
どうやら、行かない訳にはいかないようだ。
ハンドガンを構え直すと、キラは奥の暗がりに目をやる。
口を開けた闇は、まるで自分達を飲み込もうとしているかのようだ。
意を決して立ち上がる。
「キラッ」
歩き出したキラに、エストは慌てたように追随し、それを追ってムウもまた深淵へと向かって行く。
果たして、この先には何があるのか。
得体の知れない不気味さを噛み締め、3人はクルーゼを追い、奥へ奥へと進んで行くのだった。
PHASE-31「悪意との邂逅」 終わり