機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-32「狂気に満たされた闇の中で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分とずんぐりした機体だな。

 

 クライブは、目の前に着陸した地球軍の機体を見上げて、そのように感想を持った。

 

 形状はXナンバーに似て良無くも無いが、四肢や胴体は通常の機体よりも明らかに一回り以上大きい。まるでスモーレスラーのような印象がある。

 

 ナチュラルが考える事は判らんな。などと考えているとコックピットハッチが開くのが見えた。

 

 だが、その機体から出て来た人物が、機体のイメージとは全くそぐわない事に、更に驚いた。

 

 何と、コックピットから降りて来たのは、赤い髪を長く伸ばした10代中盤くらいの少女だったのだから。

 

 事前に聞いた話では、地球軍の隊長が来ると言う話だったが、ではあの少女が地球軍の隊長なのだろうか?

 

「やれやれ、ガキ相手にママゴトとはね。この戦争もいよいよ茶番じみて来たな」

「・・・・・・約束の物は?」

 

 アヴェンジャーから降りたフレイは、前置きなしにクライブに尋ねる。余計なおしゃべりをする気はない、と言う明確な意思表示である。

 

 そんなフレイの様子を見ながら、クライブもニヤリと笑みを浮かべる。

 

 戦闘の合間を縫ってフレイは、アズラエルからこのポイントに行きザフト軍の協力者と接触するように指示を受けた。何でもその人物が持って来た物を受け取るように、との事だ。

 

 物が何であるかは聞かされていない。ただ、この戦いを終わらせる為に重要な物であるらしい。

 

「ほらよ、うちの大将からだ」

 

 そう言ってクライブが投げて寄越した物を、フレイは空中で受け止める。

 

 それは1枚のディスクだった。恐らく、何かのデータが入っているのだろう。ザフト軍の作戦か、あるいは新兵器か。知れば地球軍が有利になるような何かが。

 

 それが何であるにせよ、フレイには関係ない。ただ、この中身がコーディネイターを殺し尽くす事ができるなら、何だって構わなかった。

 

「そんじゃ、俺は行くぜ。あとはお互いに頑張ろうや」

 

 適当に手を振りながら、自分のゲイツに戻ろうとするクライブ。

 

 その背中に向けて、

 

 フレイは躊躇う事無く銃を抜いて、引き金を引いた。

 

 銃声が轟く。

 

 しかし、銃弾が命中する一瞬、クライブはさっと身を翻して回避すると同時に、近くにあった残骸の影に身を隠した。

 

「おいおい、こいつは一体、どういう心算だい? ナチュラルのガキは、いきなり人の背中に銃を撃ってはいけませんって、ママから教わらないのか?」

「これが手に入った以上、あんたはもう用済みって事よ。なら、殺しても何の問題も無い」

 

 揶揄するクライブの言葉を無視して、フレイは引き金を引き続ける。

 

「あたしは、目の前にコーディネイターがいるってだけで、虫唾が走るのよ!!」

 

 美しい外見に似合わない、憎悪に満ちた言葉を吐きながら、フレイは銃撃を続ける。

 

 弾丸が壁に当たって跳ねる音を聞きながら、クライブはニヤリと笑う。

 

「良いね、そう言うドロドロした感情。そう言う奴は嫌いじゃないぜ。どっかの腰抜けとはえらい違いだ」

「煩い、黙れッ!!」

 

 激昂交じりに叫び、フレイが更に引き金を引こうとした瞬間、

 

 クライブ物影から飛び出して、構えた銃の引き金を引く。

 

 その思わぬ反撃に、フレイは一瞬怯んだ。命中こそ無かったが、少女は一瞬、警戒の為に身をこわばらせる。

 

 その隙に、クライブはゲイツの足元まで走り、ラダーに足を掛けてコックピットへと向かう。

 

「クッ!!」

 

 我に返ったフレイがとっさに銃を向けるが、照準をつけようとした時には既に、クライブはコックピットの中に乗りこんでしまっていた。

 

 ハッチが閉じられ、ゲイツの単眼が鋭く光る。こうなったら、もはや拳銃1丁ではどうにもならない。

 

《あばよ、お嬢ちゃん。そんじゃ、お使いの方は宜しくな》

 

 嘲笑がスピーカーから響き渡るが、フレイにはどうする事もできない。

 

 ただ、飛び去るゲイツのスラスターに煽られ、乱れた髪の下で憎々しげに飛び立つ機体を見送るのみであった。

 

 運命のいたずらと言うべきだろうが、この時、フレイは気付いていなかった。

 

 目の前の男と、そしてその男に運び屋を命じた人物。

 

 それこそが、自分の父親の、真の仇であると言う事に。

 

 もし知っていたなら、フレイは形振り構わず、命令も無視して復讐に走った事だろう。

 

 しかし、人間は全能では無い。フレイもまた全てを知る術は持たず、運命の神は彼女から、復讐劇を実行する無二の機会を奪い去ったのだった。

 

 

 

 

 

 ラボの内部を進むにつれて、周囲の不気味さは増していく。

 

 キラ、ムウ、エストの3人は、それぞれ銃を構えながら、慎重に進んで行く。

 

 この奥に、敵将ラウ・ル・クルーゼが待ち構えている。

 

 周囲を見回すキラの目には、様々な実験機器が並んでいる。

 

 培養槽や各種コントロール用の端末、冷却槽と思われる、得体の知れない液体を湛えた竈、何かをモニタリングする為のモニターはいくつもずらりと並んでいる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 1歩歩くごとに、キラの胸の中では何かの胸騒ぎのような物が膨らんで行く。

 

 ここはいけない。

 

 この先に行ってはダメだ。

 

 何かが、心の中で強く叫んでいる。

 

 しかし、

 

「ここが懐かしいかね、キラ君? 君はここを知っている筈だ!!」

 

 クルーゼの挑発が響く度に、キラはまるで何かに惹きつけられるように、足が勝手に闇の奥へと向かってしまう。

 

 更に進もうと目を転じた時、

 

「うッ!?」

 

 思わずキラは、呻き声を上げた。

 

 棚の上に、多くのガラス瓶が並べられている。そして、そのガラス瓶の中に入っている物が、生まれて間もない胎児である事に気付いたのだ。

 

 視線を巡らせれば、それと同じ物が無数に並んでいるのが見える。まるで学校の実験室に置かれた標本のように。

 

 思わず、嘔吐感が込み上げて来る。

 

 戦場で凄惨な光景は見慣れていたつもりだったが、今目の前にある光景は、それとは次元の異なる悪夢であった。

 

 その時、

 

「キラッ」

 

 エストの声と共に、彼女はキラに体当たりを掛ける。

 

 殆ど同時に、2人がいた場所を銃弾が掠めていく。

 

 反撃と牽制を兼ねてムウが銃を撃つが、命中した手応えは無い。その代わり、更に奥へと走り去っていく足音だけが、闇の空間に木霊する。

 

「野郎、おちょくってんのかッ!?」

 

 吐き捨てるように言うムウの額には、苦しそうに汗が流れている。撃墜時のショックで負傷している為、今も傷口からは血が流れ出ている。

 

 一刻も早く、戻って治療すべきところだ。

 

 しかし、ムウもまた銃を構え、更に奥へと進もうとしている。

 

 キラとムウ。

 

 2人は何かに取りつかれたかのように、先行するクルーゼを追おうとしている。

 

 いったい、どうしてしまったと言うのか?

 

 1人、冷静さを保っているエストは、隠しきれない戸惑いを抱きながら、2人を追うしか無かった。

 

 

 

 

 

 僅かに開いている扉がある事に気付き、キラは慎重に銃を構えながら中を覗う。

 

 ドアの横に掛けられたプレートには「Prof.Ulen Hibiki M.D.、Ph.D」とある。

 

 ユーレン・ヒビキ。

 

 恐らくこの部屋の持ち主の名前なのだろうが、自分と同じ名前の持ち主に、キラが首を傾げた瞬間、

 

 部屋の中から銃声が数発響いた。

 

 とっさに首を竦めるキラ。

 

 銃声が一瞬止んだ瞬間を見計らい、ドアの隙間から手だけを出して反撃すると、一瞬、相手からの攻撃がやんだ。恐らく、物影に隠れてこちらの攻撃をやり過ごしているのだ。

 

 その隙を見計らい、室内に滑り込むキラ。

 

 すかさずキラの背後からは、ムウとエストも続く。

 

 それを見計らったかのように、クルーゼは銃撃を再開するが、キラを捉える弾丸はなく、どうにか3人はソファーの影に隠れる事ができた。

 

 だが、

 

「グッ・・・・・・」

「ムウさんッ」

 

 呻き声を発したムウに、エストが縋りつくようにして寄り添う。

 

 ハッとして振り返るキラ。

 

 見れば、ムウの体はパイロットスーツの肩に新たな穴が開き、そこから鮮やかな鮮血が流れ出て来ていた。

 

「大丈夫ですかッ!?」

「心配すんな。こんなもん、かすり傷だ」

 

 そう言ってニヤリと笑って見せるムウ。しかし、その笑みには常の余裕が感じられない。

 

 明らかに強がっているが判るムウの表情に、キラもエストも焦慮が滲む。

 

 ここに至るまでに血を失い過ぎたムウは、更に今、傷を負った事で意識が朦朧とし始めていた。このままでは、命にも関わる危険状態だ。

 

「まだ、殺しはしないさ」

 

 突然発せられる、クルーゼの声。

 

 それは、意外な程近くから聞こえて来た。

 

「折角ここまでご足労願ったんだ。全ての真実を知ってもらわねばな」

 

 クルーゼの言葉が終わると同時に、何かを放ってよこした。

 

 硬質な音を上げて床に転がった物を見た時、キラは思わず息を飲む。

 

 小さな写真立ての中に収まった1枚の写真。

 

 恐らく母親と思われる女性が、茶髪と金髪の2人の赤ん坊を抱えて微笑んでいる姿に、強烈な既視感を覚えたのだ。

 

 それはカガリがつい先日、ウズミから渡された物だと言って見せてくれた写真と、全く同じ物であった。

 

 なぜ、ここにこんな物があるのか?

 

 しかし、驚愕の疑問が口から出る前に、ムウの口から別種の驚きが漏れ出て来た。

 

「お、親父!?」

 

 ムウの視線は、もう1枚投げ出された写真に向けられている。そこには、若い金髪の男性が、同じく金髪の子供を肩車している姿が映し出されていた。

 

 疑問が、加速度的に膨らんで行く

 

 いったい、このコロニーでは何が行われていたと言うのだろう?

 

「君も知りたいだろう」

 

 闇の中から溶け出るように、クルーゼの言葉が響いて来る。

 

「人の飽くなき欲望の果て。進歩の名の下に狂気の夢を追った愚か者達の話を。何しろ、君もまた、その息子なのだからね」

 

 「君」と言うのが自分の事を指していると、キラは殆ど直感的に察していた。

 

 クルーゼは言った。ここが自分の生まれ故郷なのだと。

 

 ここがいったい何で、彼はいったい何を言っているのか。まるで禁断の果実をもぐことを誘うように、キラの意識はクルーゼの話に向けられる。

 

「ここは禁断の聖地、神を気取った愚か者達の夢の跡・・・・・・」

 

 謳い上げるように言いながら、クルーゼはゆっくりとした足取りで近付いて来る。

 

 まるで、撃たれる事など何も怖くないと言わんばかりの態度だ。

 

「君は本来、これまでに、2度死んでいる筈だった」

「貴様、何をッ!!」

 

 ムウが叫びながら、ソファーから銃を構えて飛び出そうとする。

 

 しかし、その前にクルーゼが放った弾丸が跳ね、ムウの動きを封じて来る。

 

「1度目は、飛行機事故によって。しかし、君は奇跡的に助かり、たまたま付近で活動していたゲリラ組織のリーダーに拾われる事になった」

 

 言いながら、クルーゼは続けざまに銃を放ってくる。

 

「2度目は、そのゲリラ組織が壊滅した時。大西洋連邦の特殊部隊に急襲を受けた君の組織は、リーダーを含めて、構成するメンバーの殆どを殺されて壊滅した。しかし、そこでも君は生き残った」

「なぜ、その事を!?」

 

 まるで見て来たかのように、キラの過去を語る男の不気味さに耐えられず、キラは激昂して叫ぶ。このまま続けられたら、早晩、キラはパニックを起こしてしまいそうだった。

 

 対して、クルーゼは嘲笑を含んだ声で続ける。

 

「君の事は調べさせてもらったからね、ヴァイオレット・フォックス。人類の夢をかき集めた結晶が、まさかテロリストに身を窶していようとは、君を作り出した君の両親は、さぞや嘆いている事だろうさ」

 

 両親、と言う言葉にキラは、思わず呻き声を発する。

 

 キラは両親を知らない。拾って育ててくれたゲリラのリーダーを、養父として尊敬はしていたが、彼もまた本当の親ではあり得ない。

 

 では、キラの両親とは一体?

 

 そんなキラの思考に構わず、クルーゼは続ける。

 

「アスランから名を聞いた時は、思いもしなかったよ。君がまさか、ヴァイオレット・フォックス本人であるとはね。だが、君はこうして生きている。まさに、彼らが託した、狂気の夢と言う奴の、これは具現ではないかね?」

「な・・・にを・・・・・・」

 

 キラは呻くように声を絞り出す。

 

 事の起こりから、不気味さを感じさせる人物であると思っていたが、ここまで来ると、ある種、妖怪じみた物を感じずにはいられない。

 

「君は人類の夢、最高のコーディネイター。そんな願いの下に開発された、ヒビキ博士の人工子宮によって生み出された、彼の息子。失敗に終わったきょうだい達。数多の犠牲の果てに創り出された、唯一の成功体・・・・・・それが、君だ。キラ君」

 

 その言葉に、

 

 キラは、

 

 愕然と目を見開く。

 

 では、来る前に見て来たあの標本。

 

 あれらは全て、自分のきょだいだと言うのか?

 

 あれらは全て、自分を生み出す為に犠牲になったのか?

 

 自分もまた、どこかで何かが間違っていたら、ああなっていたのか?

 

 整理しきれない情報の渦が、頭の中で出口の無い思考となり、螺旋を描いて回っている。

 

 その時、

 

「キラッ!!」

 

 ムウが押し倒すのと、銃声が響くのは同時だった。

 

 同時に、ソファーから身を起こしたエストが反撃するが、クルーゼを捉える事はできないでいる。

 

「しっかりしろ、馬鹿!! 奴の与太話に呑まれてどうする!?」

 

 ムウの叱咤にも、キラは反応を示さず、声が聞こえていないかのように、虚ろな目のまま呆然としている。

 

「キラ・・・・・・」

 

 そんなキラの様子を、心配そうに見つめるエスト。

 

 そして、

 

「『僕は、僕の秘密を今明かそう』・・・・・・」

 

 クルーゼの、嘲笑に満ちた独唱は尚も続く。

 

「『僕は人のナチュラルそのままに生まれた者では無い』」

 

 有名なファースト・コーディネイター、ジョージ・グレンが残した有名な言葉の一節だ。

 

 全ては、その言葉から始まり、今日、ナチュラルとコーディネイターが血で血を洗う戦いを演じる温床ともなっている。

 

「人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレン。奴が齎した混乱は、その後、どこまでその闇を広げたと思う?」

 

 その言葉と共に、彼が残した情報と技術。

 

 爆発的に始まった、コーディネイターブーム。金のある人々は狂ったように、自分達の夢を子供に託そうとした。

 

「あらゆる容姿、あらゆる才能が、全て金次第で自分の物となる。まるでアクセサリのように。しかし、うまく行く物ばかりでは無かった」

 

 人間の体と言う物は不確定要素の塊だ。無理も無い。遥か昔には「生命は神秘と奇跡の塊」とまで言われていたのだから。そして、ある意味に置いて、CE時代においても、それは変わっていない。

 

 いかに遺伝子に手を加えたとしても、望んだ子供が生まれて来るとは限らなかった。

 

 髪の色、目の色、全体的な容姿、能力。

 

 それらが望んだ物と違うと言うだけで、子供を捨てる親まで出る始末。

 

 彼等にとって子供とはまさに、「コーディネイター」という一流ブランドが売り出したアクセサリに過ぎなかったのだ。

 

「高い金を払って買った夢だ。誰だって叶えたい。誰だって壊したくはなかろう」

 

 そして、ある男が、それらを解消する為、己の生涯を掛けた実験に臨んだ。

 

 その男こそ、ユーレン・ヒビキ。キラの実の父親である。

 

「では、キラは・・・・・・」

「そう、キラ君。君こそが、ユーレン・ヒビキ博士がこの世に創り出した最高傑作。人類の夢、その穢れ切った至高の、頂点に立つ存在なのだよ!!」

 

 ラウの言葉が、容赦なくキラに投げつけられていく。

 

 ユーレン・ヒビキは当時、若くして遺伝子工学の権威と呼ばれたほどの天才科学者だった。

 

 彼は完璧な子供が生まれない原因が、人間の体、分けても不確定要素を内包した母体にある事を突き留め、ならば人工的な子宮を作り安定した環境を提供する事ができれば、問題はクリアできると考えたのだ。

 

 だが、最高と言われたユーレン博士の技術と頭脳を持ってしても、実験はトライ・アンド・エラーの連続であった。研究は思うように行かず、苛立ちの日々の中、行き詰っていた。

 

 そして彼は、ついに決断する。

 

 これから生まれて来る自分の息子。まだ妻の胎内にいる子供を、最高のコーディネイターとして生み出すと。

 

 ユーレンの妻にして、キラの実の母親に当たるヴィア・ヒビキは、勿論、強硬に反対した。しかし、結局押し切られる形で実験は行われてしまった。

 

 胎内にいた双子の卵子の内、1人を取り出し、もう1人は胎内に戻したのは、ユーレン自身の後ろ暗さと、妻へ残す僅かな悔恨の念であったと信じたい所である。

 

 そして、

 

 母親の泣き崩れる声を聞きながら、最高のコーディネイターがこの世界に産声を発した。

 

 だが、それから暫くして、問題が起こった。

 

 研究所と、最高のコーディネイターの存在を嗅ぎつけたブルーコスモスが、メンデルに襲撃を掛けて来たのだ。

 

 憂慮したヒビキ夫妻は、2人の子供達をそれぞれ、信頼できる別々の相手に託す事にした。

 

 ナチュラルとして生まれた女の子は、オーブ連合首長国の代表主張として親交があった、ウズミ・ナラ・アスハへ。そして、問題の男の子の方は、カムフラージュも兼ねて、ヴィアの妹夫婦へと。

 

 しかし不幸な事に、男の子を乗せた飛行機が墜落事故を起こし、ジャングルに墜落した。

 

 これが言わば、テロリスト「ヴァイオレット・フォックス」誕生秘話、と言う訳である。

 

「人は何を手に入れたのだ!? その手に!! その夢の果てに!!」

 

 叫ぶクルーゼの声が、現実に引き戻す。

 

「知りたがり、欲しがり・・・・・・やがて、それが何のためだったかも忘れ、命を大事にと言いながら、殺し合う!!」

「ほざくな!!」

 

 ムウは立ち上がり、手に持った銃の引き金を立て続けに引き絞る。

 

 しかし、当たらない。既に意識が朦朧としているムウは、至近距離ですら正確に照準できないのだ。

 

 全ての銃弾は、立っているクルーゼを避けて、調度品や実験器具を虚しく破壊する。

 

 一方のエストは、歯噛みしながら状況を見守っている。彼女の持っている銃は既に弾切れを起こしているようで、スライドが後退したまま固定されていた。

 

「最高だな、人はッ そして妬み、憎み、殺し合うのさ!!」

 

 己の演説に酔ったように、周囲の破壊を聞き流しながらクルーゼは嗤う。

 

「ならば存分に殺し合うが良い!! それが望みなら!!」

「何をッ 貴様如きが偉そうにッ!!」

 

 構わず銃を放つムウ。

 

 しかし、やはり銃弾はクルーゼを捉えずに虚しく背後に駆け抜ける。

 

 代わって、クルーゼは天井の照明に銃口を向けて引き金を引いた。

 

 その一撃で、照明は破壊され、破片が飛び散る。

 

「私にはあるのだよ。この宇宙でただ1人、全ての人類を裁く権利が!!」

 

 裁く、権利?

 

 意味が判らず、動きを止めるキラ達。

 

 そんな彼等を見ながら、クルーゼは凍りつくような笑みを浮かべて言う。

 

「憶えていないかな、ムウ。私と君は遠い過去、まだ戦場で出会う前、一度だけ会った事がある」

「・・・・・・何だと?」

 

 戸惑いと共に訝るムウに、クルーゼは殊更、高い哄笑を響かせて言った。

 

 己が抱える、最も濃い闇を。

 

「私は、己の死すら金で買えると思いあがった愚か者。貴様の父、アル・ダ・フラガのできそこないのクローンなのだからな!!」

「なッ!?」

 

 今度こそ、ムウ達は全員絶句した。

 

 クローン人間。

 

 まさか、そんな筈は無い。

 

 だいたい、クローン人間の製造は、法律によって禁じられている筈だ。

 

「親父のクローンだと!? そんなお伽噺、信じられるか!!」

「私もできれば信じたくないが、残念な事に事実でね」

 

 ムウの父、アルは傲慢で、疑り深い性格だった。

 

 そもそもフラガ家の家系に連なる者は、昔から何か特殊な勘のような物を持っており、その勘を活かして商売を成功させ、家を大きくしていた。アルもまたそうしてのし上がった1人である。

 

 しかし、元来の排他的な性格により、妻と確執を持っていたアルは、その妻の影響を色濃く受けて育ったムウを、自分の後継者として認めようとはしなかった。やがて彼は自分以外に自分の後継者は考えられないと思うようになり、当時研究に行き詰まり資金繰りに困っていたユーレン博士と取り引し、資金援助を行う代わりに、自分のクローンを作るように依頼したのだ。

 

 こうして生まれたのが、アル・ダ・フラガのクローンである、ラウ・ラ・フラガ、現在のラウ・ル・クルーゼである。

 

 だが、ここで思わぬエラーが発生した。

 

 遺伝子にはテロメアと呼ばれるキャップがついている。成長と共に、このテロメアは短くなり、やがてテロメアが擦り切れた時細胞は再生能力を失い、人は寿命を迎えると言われている。

 

 かねてから、クローニングにおける最大の問題点とされた事の一つがこのテロメアで、仮にクローン生物を作っても、そのクローンは元となった個体と同じだけの長さのテロメアしか持たない事が判明していた。これが今日、クローン人間製造が違法とされる一助ともなっている。

 

 このテロメア問題は、遺伝子工学の最高峰であるヒビキ博士でも、ついに克服する事ができなかった。

 

 アルのクローンとして生まれたラウは、全く持って皮肉な事に、生まれたその時から、年老いたアルと同じだけしか生きられない事が運命づけられていたのだ。

 

「やがて、最後の扉が開く! 私が開く!!」

 

 憎悪の衝動が、クルーゼの声となって発せられる。

 

「そして、この世界は終わる。この果てしなき欲望の世界は・・・・・・そこであがく思い上がった者達、その望みのままにな!!」

「クッ!!」

 

 その一瞬、

 

 まだ銃弾を残していたキラが動いた。

 

「そんな事、させるか!!」

 

 俊敏にソファーの影から飛び出すと、構えた銃を2発、立て続けに発射する。

 

 一発はクルーゼの銃を弾き、そしてもう1発は、彼の顔、そこに装着したマスクを掠めて弾いた。

 

 一瞬、よろけるクルーゼ。

 

 弾かれたマスクの下。

 

 そこには、若々しい声とは似ても似つかない、老いた皺の浮かんだ男の顔が現われたのだった。

 

「そ、それは・・・・・・」

「お、親、父・・・・・・」

 

 呆然と声を発する、キラとムウ。

 

 その時、新たな銃声が鳴り響いた。

 

 振り返るキラ。

 

 しかし、その手から銃が弾き飛ばされる。

 

「よう、大将。お迎えに上がったぜ」

 

 声その物がさっきの塊と言える程の、ギラつく存在感を持つ男。

 

 その声に、キラはイヤと言う程聞き憶えがあった。

 

「クライブ・ラオス・・・・・・」

「お? 何だ、腰ぬけ野郎も一緒じゃねえか」

 

 キラの顔を見て、さも意外そうな顔をするクライブ。

 

 対してキラは、憎しみに満ちた目でクライブを睨んでいる。

 

「生きていたのか」

「クソ狐の分際で、人を勝手に殺すんじゃねえよ」

 

 言いながらも、銃口はキラを捉えて離さない。いつでも撃てるように、真っ直ぐに殺気を向けて来る。

 

 対してキラは、いつでも飛びかかれるように準備をしている。

 

 相手は銃を持っていて、キラは素手。だが、クライブが一瞬でも隙を見せれば、その瞬間、キラは襲い掛かるつもりである。

 

 そんなクライブに、クルーゼはゆっくりと歩み寄る。

 

「待たせたね。例の物は?」

「ああ、ちゃんと渡したよ。アンタもえげつない事するよな」

 

 そう言って、互いに笑みを交わすクライブとクルーゼ。

 

 どうやらクライブは、クルーゼを回収する為にこの場に現れたらしい。

 

「では諸君、我々はこれで失礼させてもらうよ」

「待ちやがれ、このッ」

 

 ムウが立ち上がろうとするが、すぐにガクッと膝を折って、その場に崩れる。失血のせいで、もはや立つ事すらかなわなくなっていたのだ。

 

 そんなムウの様子にニヤリと笑うクルーゼ。

 

「最後に、もう1つだけ、教えておこう。キラ君」

 

 名前を呼ばれて振り返るキラに対し、クルーゼはクライブの方を顎でしゃくりながら言った。

 

「議会の承認を得て彼に命じ、君の組織の事を大西洋連邦にリークさせたのは、私だよ」

「なッ!?」

「あの頃、既に地球とプラントの関係は深刻化していたからね。君達が連合に通じていると言う嘘の情報で強硬派を焚きつけるのは訳無かったしね」

 

 本日何度目かの衝撃が、キラを貫く。

 

 目の前の男が、

 

 否、男達が、自分の養父の、仲間達の、仇?

 

「そう言う事だ、キラ。全部テメェ1人を殺す為に、俺とクルーゼがやったって事さ。まあ、もっとも、どうでも良い連中は殺せたが、本命のテメェを逃がしちまったのは、ちょいと間抜けだったがな」

 

 どうでも良い・・・・・・

 

 加害者が、自分達が殺した人間の事を、どうでも良いとのたまった。

 

 その事が、キラの頭の中で激しく軋轢音を発する。

 

「あばよ、キラ。まだ殺さないでおいてやる。せいぜい、テメェのきょうだい達との再会でも喜んでるんだな!!」

 

 そう言うと、クライブとクルーゼは、踵を返して駆けていく。

 

「クッ!!」

 

 とっさに、その後を追おうとするキラ。

 

 しかし、

 

「待ってくださいキラッ ムウさんが・・・・・・」

 

 引きとめるエストの声に、キラは思わず足を止めて振り返る。

 

 そのエストに抱きかかえられるようにして、ムウが床に横たわっていた。

 

 口からは苦しそうに息を吐き、顔は闇の中でも判る程に青ざめている。既に、限界を当に越えているようだった。

 

 逡巡するキラ。

 

 たった今判明した、かつての仲間達の仇。

 

 この千載一遇の好機をフイにする事は、キラにとっては身を切られるような苦痛であった。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ぐったりしているムウを見て、僅かながら冷静さを取り戻す。

 

 かつての仲間の仇を追い求め、今のかけがえのない仲間を失う愚に気付いたのだ。

 

「・・・・・・とにかく、急いで艦に戻ろう」

 

 脇から支えるようにしながら、ムウの体を持ち上げるキラ。同時に反対側からは、エストが小さな体で一生懸命に支えようとしている。

 

 多分、今頃港では、艦隊が出港準備を進めている筈。しかし、キラ達が戻らない事には脱出する事もできないだろう。

 

 キラは空いている手で、クルーゼが先程投げてよこしたファイルを拾い、ついでに、母と思われる女性が映った写真も拾うと、改めてムウの体を抱え直し、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

PHASE―32「狂気に満たされた闇の中で」      終わり

 

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