機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-33「失意からの脱出」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の戦闘以後、戦艦ドミニオン以下地球軍艦隊は、メンデルから距離を置いた宙域に後退し、監視する体制を敷いていた。

 

 戦艦1隻、護衛艦1隻を撃沈され、更に機動兵器多数を撃墜されている現状で、力押しをするのは避けるべきだった。

 

 圧倒的物量差で蹂躙できたオーブ戦と違い、今回は戦力差は殆ど無い為、戦況は技量と実戦経験に勝る同盟軍側に傾いている。

 

 指揮官であるナタルとしては、無理な力攻めは避けて、相手の出方に対応する戦術をとりたい所であった。

 

 しかし、部隊のオブザーバーであり、事実上、今作戦における最高指揮官であるアズラエルは、ナタルの慎重策を拒否し出戦を強要していた。

 

「思い直してはもらえませんか?」

 

 無重力に身を任せて外の様子を眺めているアズラエルに、ナタルは腹立たしげに言う。

 

 事は同盟軍を相手にするばかりではない。既にメンデルを挟んで布陣していたザフト軍が動きだしている事も、観測で確認している。万が一、戦況が三つ巴となった場合、最も不利なのは戦力が消耗している地球軍である。

 

「ここは援軍を要請して待つなり、いったん引き上げて、陣容を立て直すなりして出直すところです。それを・・・・・・」

「しつこいね君も。そんな事したら、ザフトに先を越されちゃうじゃないか」

 

 やれやれとばかりに首を振りながら、アズラエルはナタルの正論を却下する。

 

 彼の欲する物が、あそこにはある。それを他人に奪われてしまうのが嫌だから、我儘を通そうとする。

 

 ナタルはまるで、躾の悪い子供を相手にしているような気分になって、うんざりして来る。

 

 これまでの言動から見て、アズラエルが軍事に関しては素人の域を出ない事がナタルには判っていた。その素人が、(少なくともアズラエルよりは)軍事の専門家である自分の意見を無視して我を通している事が、何よりも腹立たしかった。

 

 それでいて、アズラエルは弁舌は立つようで、巧みに論旨をすり替えて、まるで道理の通らない事を言っているのは、ナタルの方であるかのように言って来るので始末に負えない。

 

 先刻、何やらアズラエルから密命を帯びて出撃したフレイも未だに戻らない。自分を通さずにモビルスーツ隊隊長を、言わば私用で出撃させた事からして、ナタルは不満であるのだ。

 

「無理を無理と言う事くらい、誰にだって出来ますよ?」

 

 小馬鹿にしたような口調で、アズラエルは言う。

 

「それでもやり遂げるのが優秀な人物。これ、ビジネス界じゃ常識なんですけど?」

「ここは戦場です。失敗は死を意味します!!」

「ビジネス界だって同じですよ。あなたってもしかして、確実に勝てる戦しかしないタイプですか?」

 

 アズラエルの言いようは、悪い意味で官僚的だった。戦い、特に近代戦において軍人に求められる資質とは、まさにアズラエルが言った「確実に勝てる」環境を整える事にある。その為に、あらゆる準備を滞りなく行わなくてはいけない。「戦闘の勝敗は、出撃した時に決まる」と言う言葉もあるくらいだ。

 

 だが、戦いを知らない文官はしばしば、「少ない兵力で強大な敵に打ち勝ってこそ優秀な軍人。それができなければ無能の極み」と考えている者が多い。どうやら、アズラエルもその類であると見て間違いなかった。

 

「ま、それも良いですけどね」

 

 ナタルを黙らせたアズラエルは、視線を外しながら言う。

 

「ここって時に頑張らないと、勝者にはなれませんよ。ずっとこのままじゃいられないんだ。頑張って下さいよ」

 

 結局のところ、この部隊の指揮権を預かっているのはアズラエルで、ナタルはその補佐に過ぎない。

 

 彼が「やれ」と言うなら、それに従うしか無かった。

 

 

 

 

 

 地球軍とザフト軍に挟まれている同盟軍もまた、動くに動けない状況にあった。

 

 脱出しようにも、どちらか一方を相手取れば、他方から背後を襲われる事になりかねない。

 

 その為、取るべき手段としては、両軍を引きつけるだけ引き付け、三つ巴の混乱を誘発し、その隙に乗じて脱出を図るのがベストに思われた。

 

 長引いていた戦艦エターナルの最終調整も先程終了し、物資の再積み込みを完了していた。

 

 更に先程、シルフィードが、損傷したヴァイオレットを曳航する形で帰還した。ザフト軍と交戦したヴァイオレットは判定中破の損傷を受けて出撃不能になっていたが、幸いな事に、パイロットであるシンに怪我は無かった。

 

 後は、キラ、エスト、ムウの3人が戻ればすぐにでも脱出できるのだが。

 

 しかし、凶報はその前に齎された。

 

 まずはザフトが、そして程なく地球軍が、行動を開始したと言うのだ。

 

 背後からは3隻のナスカ級戦艦が迫り、前からはドミニオンを中心として地球軍が進撃してくる。

 

 直ちに、ラクスのフリーダム、アスランのジャスティス、カガリのルージュ、そして補給を終えたライアのシルフィードを先頭に、M1部隊が出撃して行く。

 

 更に、背後から4隻の戦艦も港から姿を現した。

 

 同盟軍総旗艦となったエターナルを先頭に、クサナギ、そして損傷の補修を終えたアークエンジェルと大和も続いて出港して来る。

 

「とにかく、味方を守りながら、時間を稼いでください。キラ達が戻れば、即座に脱出しますので」

 

 フリーダムを駆って全軍の先頭に立ちながら、ラクスが後続するM1達に指示を送った。

 

 そこへ、連合軍の3機、カラミティ、フォビドゥン、レイダーが迫って来る。これら3機を相手にするのに、M1部隊では役者不足である。

 

「君達は艦を守れ!!」

 

 アスランが鋭く指示を出すと、ジャスティスの腰からビームサーベルを抜き放ち、アンビテクストラス・ハルバードに連結して斬り込んで行く。

 

 更にラクスも、ビームライフル、パラエーナビーム砲、クスィフィアスレールガンを展開して、砲撃を開始する

 

 フリーダムからの砲撃を浴びた3機は、パッと散開して、各々に向かって来る。

 

 カラミティはフリーダムをも上回る砲撃力で、他の2機に先んじる形で攻撃を開始し、フォビドゥンは最大の武器である誘導可能なビーム砲で、機動力に勝るジャスティスを狙い撃ちして来る。残るレイダーは、モビルアーマー形態の機動力を駆使して撹乱し、隙を見せた所を鉄球やビーム砲で攻撃して来る。

 

 滝のような奔流で砲撃して来るカラミティに対し、フリーダムは10枚の蒼翼を駆使してヒラリヒラリと回避すると、腰からビームサーベルを抜き放ち、一気に斬り込みを掛ける。

 

 ラクスはこれまでモビルスーツの操縦経験など殆ど無い筈なのだが、既にベテランのアスランと連携が取れる程、華麗にフリーダムを操って見せていた。

 

 対して、カラミティを操るオルガは、接近戦では敵わないと考え、すかさず距離を置こうとしてくる。

 

 その両者の間に、シャニが操るフォビドゥンが割って入り、大鎌ニーズヘグでフリーダムに斬りかかって来る。

 

「ッ!?」

 

 ラクスはとっさに追撃を諦め、シールドを掲げて大鎌を防御する。

 

 しかし、動きを止めた所に、再びカラミティの砲撃が襲い掛かった。

 

 凄まじい砲撃の前に、フリーダムはシールドを翳したまま後退を余儀なくされる。

 

「クッ ラクスッ!!」

 

 フリーダムの苦境を見て、とっさに援護に入ろうとするアスラン。

 

 しかし、その前にレイダーが投げつけた破砕球ミョルニルが、ジャスティスの進路を遮るようにして横切る。

 

 オーブ戦の時から連携らしい連携を取ろうとしない3機。その事をアスランは感じていたが、それだけに本能に従って挑んで来る獣のような印象を受ける。

 

 戦い方が読めないと言う点においては、こっちの方が厄介であるとも言えた。

 

 目を転じれば、ルージュとシルフィードに率いられたM1部隊が、地球軍のダガー部隊や、交戦域に侵入してきたザフト軍と交戦している。

 

 更に、4隻の戦艦も、接近して来る地球軍、ザフト軍と交戦を開始している。

 

 ドミニオンは、やはりアークエンジェルを狙って攻撃している。先の戦闘でゴッドフリートを1基破壊されたアークエンジェルは苦戦を免れない様子だ。

 

 クサナギは3隻のドレイク級護衛艦を相手に砲撃戦を演じ、旗艦エターナルと大和は3隻のナスカ級戦艦を押さえている。

 

 状況は拮抗している。このままでは、どう転ぶか判らない。否、前後を挟まれている関係から、同盟軍に攻撃が集中してしまうのが避けられない。

 

「キラ・・・・・・」

 

 焦慮の気持が、アスランの中で募っていく。

 

 キラ達が戻って来てくれない事には、自分達は脱出すらままならないのだ。

 

 その時、フリーダムがフォビドゥンの大鎌を受けて、大きくバランスを崩すのが見えた。

 

 姿勢制御もままならず、錐揉みするフリーダム。

 

 そこへ、カラミティが全砲門を開いて照準を、流されているフリーダムへ向ける。

 

「ラクスッ!!」

 

 叫ぶアスラン。

 

 その視線の先で、カラミティが全砲門を発射しようとした。

 

 瞬間、

 

 太い閃光が、カラミティを掠めるようにして飛来した。

 

 とっさに、後退するカラミティ。

 

 アスランはレイダーの攻撃をかわしながら、カメラを閃光が飛来した方向へと向ける。

 

 そこには、彼等が待ち望んだ存在の姿が映し出されている。

 

「戻ったかッ!!」

 

 歓喜を乗せて叫ぶアスラン。

 

 290ミリ長射程狙撃砲を放ったイリュージョンは、フリーダムの安全を確保すると、背中からティルフィングを抜き放って斬り込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラとエストは、負傷したムウを乗せたストライクを曳航してアークエンジェルへ届けると、そのまま休息する事も無く、戦場へと飛び去った。

 

 戦場は既に混戦の様相を呈し、同盟軍、地球軍、ザフト軍のモビルスーツが入り乱れて砲火を交わしている。

 

 その状況は、同盟軍にとって好ましい物では無い。地球軍やザフト軍は、仮に部隊が全滅しても、本国に帰れば予備兵力がいくらでもあるのに対し、同盟軍はここで敗れれば、あるいは敗れなくても、壊滅的な打撃を受ければ、最早戦力の立て直しは不可能となるのだ。

 

 よって、現状の消耗戦を速やかに脱する事が求められる。

 

「さて、それが難しいのだがね」

 

 エターナル艦長のバルトフェルドは、飄々とした態度を崩さずに言う。ザフト軍でも有数の戦略家である彼にとって、今の状況がいかに危険であるか、正確に理解できていた。

 

 モニターには、大和艦長のトウゴウ、クサナギ艦長のキサカが映し出されている。

 

 マリューの姿は無い。彼女は今もドミニオンと激しい砲撃戦を演じており、この会話には加わっていなかった。

 

 キラ達が戻った以上、これ以上ここに留まる理由は無い。速やかに脱出する事が求められる。

 

 問題は、その脱出の方法だが。

 

《ヴェサリウスに砲火を集中する、と言うのはどうだろうか?》

 

 発言したのはトウゴウだった。

 

《ラミアス艦長の言葉が正しければ、敵の旗艦は恐らくヴェサリウスだろう。彼の艦を撃沈し、ザフト軍の隊列を中央突破すれば、ザフト軍は混乱し、尚且つ、地球軍の追撃も断てると思うのだが?》

 

 確かに、それならば、どちらの敵軍にも混乱を呼びこむ事ができるし、兵力の消耗が激しい地球軍は追撃を断念するだろう。

 

「成程、その作戦、頂きましょうか」

 

 バルトフェルドは笑みを浮かべて、トウゴウの作戦に賛意を示す。

 

 彼の考えでも、現状で考えられる作戦としてはベストのように思える。後はアークエンジェルや、バラバラに戦っている味方機動兵器部隊にも、脱出作戦の趣旨を伝える必要がある。

 

《では、本艦が露払いを務める。クサナギとエターナルは2番手として、ヴェサリウス以外のザフト艦を牽制してくだされ。殿はアークエンジェルにお願いするよう、本艦から打電しておく。キサカ、バルトフェルド殿。宜しくお願いする》

《ハッ 了解しましたッ!!》

「お任せあれ」

 

 トウゴウの言葉を受けて、脱出作戦のゴーサインは切られた。

 

「アマルフィ、操艦任せる。大和がヴェサリウスを沈めるまで、他の敵を近付けるな!!」

「了解です!!」

 

 バルトフェルドの指示を受け、エターナルの舵輪を握る少年は緊張した面持ちで艦を進めていく。

 

 現状、地球圏最速戦艦であるエターナルは、当然、操艦には難しい技術を要求される。それをこの温厚そうな少年は、いとも簡単に操って見せているのだから、艦長であるバルトフェルドですら舌を巻かざるを得ない。

 

 目を転じれば、副長を務めるダコスタが砲撃戦の指揮をとっている。

 

 砂漠戦以来の戦友である赤毛の青年は、バルトフェルドの片腕として、今もこうして活躍していた。

 

 直ちにレーザー通信を介して、作戦内容が全部隊に打電される。

 

 宙域全土に散らばって戦っていた同盟軍は、その作戦命令に従い、敵を深追いせず牽制する戦いに切り替える。

 

 勿論、急に動きが緩慢になった同盟軍に対し、地球軍とザフト軍は攻勢を強めるが、同盟軍側は砲火を密に集中させる事によって、敵の進行を阻んでいた。

 

 そうした中、戦艦大和は1隻で、ザフト軍の正面へと向き合うように位置取りをしていた。

 

 当然、ナスカ級戦艦3隻の砲撃は大和へと集中するが、重装甲の大型戦艦は、びくともせずに全ての砲撃を受け止めていく。

 

 その艦橋では、副長のユウキの下に、矢継ぎ早に報告がもたらされてくる。

 

「メインスラスター全エネルギー、カット、艦首動力、出力全開」

「サブスラスター噴射、艦固定、軸線をザフト軍戦艦ヴェサリウスに向けろ」

「エネルギー充填率、73%、臨界まで、あと1分」

「照準入力、完了。目標、ヴェサリウス」

「照準、および連動良し。目標を本艦の軸線上に捉えました」

 

 それらの報告を受けて、ユウキは支持を下す。

 

「艦首ハッチ、開け!!」

 

 ユウキの命令を受け、大和の艦首に装備された大型ハッチが開き、その下から巨大な砲身がせり出してきた。

 

 これこそが、大和最強の武器にして、最大の切り札。

 

 艦首固定砲

 

「バスター・ローエングリン、発射準備良し!!」

 

 

 

 

 

 その頃、イリュージョンの戦闘加入により、特機同士の戦闘も同盟軍有利に傾いていた。

 

 数が3対3である以上、勝敗を決める要素は質の高さに委ねられる。

 

 技量と言う点では、連合側の3機は決してキラ達に劣っているとは言い難いのだが、同盟側の3機はNジャマーキャンセラーと核エンジンを搭載した機体である為、性能面で連合を上回っていた。

 

 戦闘加入すると同時に、キラはフォビドゥンに狙いを定め、ティルフィングを構えて斬り込んで行った。

 

「敵機、攻撃態勢に以降、砲撃、4秒後に来ます」

 

 サブパイロットとしてオペレーターを担当するエストから、戦況予測が送られて来る。

 

 その予測通り、フォビドゥンは突っ込んで来るイリュージョンに狙いを定めると誘導プラズマ砲フレスベルクと、レールガン・エクツァーンで砲撃して来る。

 

 一方で、フリーダムはカラミティと、ジャスティスはレイダーと交戦している。

 

 状況は完全に1対1であった。

 

 フォビドゥンの砲撃を、キラはほぼ眼前ギリギリまで引きつけると、紙一重で回避して行く。

 

「ッ!?」

 

 ビームやプラズマ化した弾丸がすぐ脇を掠めていくその光景に、エストは思わず息を飲んだ。

 

 そこへ、フォビドゥンから狂ったような砲撃が襲ってくるが、それらを全て、キラは紙一重に機体を傾けて回避して行く。

 

 そしてついに、イリュージョンの間合いにフォビドゥンを捉える。

 

 袈裟掛けにティルフィングが振るわれる。

 

 その一撃を、フォビドゥンは後退する事で辛うじて回避する。

 

 同時にフォビドゥンを操るシャニは、フレスベルクを応射するように放ちながら後退、イリュージョンの追撃を阻んで来る。

 

 流石に至近距離で高出力ビームを乱射されたのでは敵わない。キラは一旦、後退を掛けながら、それでもイリュージョンの左腕に装備したビームマシンガンを構えてフォビドゥンに砲撃する。

 

 飛んで来る無数のビームは、しかし一瞬早くフォビドゥンがゲシュマイディッヒパンツァーを展開した事で、全弾が明後日の方向へと逸らされた。

 

「レールガン、来ます。回避をッ」

 

 エストの警告。

 

 次の瞬間、フォビドゥンの両脇から突き出した2門のレールガンが火を噴く。

 

 しかし、

 

 キラは構わず機体を突っ込ませた。

 

 イリュージョンに直撃する弾丸。

 

 勿論、PS装甲がある為、事実上の損害は皆無なのだが、

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 襲って来た衝撃に一瞬、後席エストは呻き声を漏らす。

 

 だが、機体を操るキラは、構わず接近してフォビドゥンに接近してティルフィングを振り下ろす。

 

 一閃。

 

 その一撃が、フォビドゥンのゲシュマイディッヒパンツァーの装甲に傷を付ける。

 

「このォ よくも!!」

 

 機体を傷付けられた事で、激昂したように叫ぶシャニ。フォビドゥンはニーズヘグを振り翳し、イリュージョンへ切り込もうとする。

 

 しかし、それより一瞬早く、キラは動いた。

 

 イリュージョンはティルフィングを右手一本で持つと、左手で腰からラケルタ・ビームサーベルを抜き放ち、斬り上げるようにして振るう。

 

 その一撃が、

 

 ニーズヘグを捉え、穂先を切り飛ばした。

 

「ッ お前ェッ!!」

 

 怒りに狂うシャニ。フォビドゥンは柄だけになったニーズヘグを投げ捨てると、全火器を動員してイリュージョンに砲撃を加える。

 

 その内、数発がイリュージョンを掠めていく。

 

「キラ、回避を!!」

 

 エストが叫ぶ。

 

 が、しかしキラは、一切の回避行動を行わずに斬り込むと、ティルフィングをフォビドゥンの真っ向から振り下ろし、ゲシュマイディッヒパンツァーの装甲を1枚切り飛ばしてしまった。

 

 流石に敵わないと思ったのか、シャニは牽制の砲撃を行いつつ、機体を後退させようとする。

 

 対してキラは、無言のまま、飛んで来るビームや砲弾を回避しつつ距離を詰めようとする。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなキラの様子を、エストは呆然と見詰める。

 

 いったい、どうしてしまったと言うのか?

 

 先程からキラは、エストのオペレートを無視して自分1人で敵に突っ込んで行っている。

 

 それでも元々、圧倒的な操縦センスがある為戦闘を有利に進めているのだが、いつものキラらしくない行動にエストは戸惑いを隠せなかった。

 

 キラは更に、ビームサーベルを2本構えると、逃げるフォビドゥンを追って斬り込んで行く。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 一瞬、幻惑するように、2本の光剣が縦横に走る。

 

 次の瞬間、フォビドゥンは両腕と右足、もう1枚のゲシュマイディッヒパンツァーを斬り飛ばされ、漂流するように流れていた。

 

 正に、圧倒的とも言えるキラの操縦技術は、ここに極まっている。この戦闘力を前にしては、いかに連合が誇るエクステンデットと言えど足元にも及ばない。

 

 更に、キラは漂流するフォビドゥンに斬り込もうとした。

 

 その瞬間、

 

 出し抜けに迸った閃光が、背後からイリュージョンを直撃した。

 

「グゥッ!?」

「キャァッ!?」

 

 襲い掛かってくる、激しい衝撃。

 

 コックピット内で悲鳴を上げるキラとエスト。

 

 まさかの背後からの直撃により、それまで鮮烈と形容してよかったイリュージョンの動きに、大幅な掣肘が加えられた。

 

 同時に、直撃を受けた事により、左側の翼と、290ミリ長射程狙撃砲が、一緒くたになって吹き飛ばされている。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら、機体を振り返らせるキラ。

 

 そこには、

 

 7門の砲口を構えた、ずんぐりとしたシルエットの機体がイリュージョンに照準を合わせていた。

 

「フレイッ!?」

 

 フレイの駆るアヴェンジャーは、メンデルから離脱する隙を覗っている時に、この戦闘が始まった為、これ幸いと、この状況を脱出するのに利用したのだ。

 

 そして戦闘にイリュージョンが加わるのを見て、キラ達が隙を見せるのを待っていたのだ。

 

「この時を待っていたわ」

 

 コックピットの中で、フレイは低く囁く。

 

 オーブにおける戦闘で、あの機体が尋常の性能でないのは判っていた。まともに戦っては、倒せるかどうかも判らない。

 

 だから、キラ達が隙を見せた瞬間に、背後から奇襲を掛けたのだ。

 

 翼を吹き飛ばされたイリュージョンは、緩慢な動きながら機体を反転させてアヴェンジャーに向き直ろうとする。

 

 しかし、それを許すフレイでは無い。

 

「往生際が悪いわよ!!」

 

 立て続けに7門の砲がうなり、イリュージョンを直撃する。

 

 奔流のような閃光は、今にも反転を終えようとしていたイリュージョンの頭部を吹き飛ばした。

 

 同時に、蒼かった装甲は、水を引くように鉄灰色に戻っていく。PS装甲がダウンしたのだ。

 

 イリュージョンの頭部にはNジャマーキャンセラーが搭載されている。その頭部を失った事で、核エンジンは出力低下をきたし、各部分に回していたエネルギーを維持できなくなったのだ。

 

「これで、とどめよ!! さあ、パパの苦しみ、思い知れェェェェェェ!!」

 

 絶叫するフレイ。

 

 アヴェンジャーの7つの砲門が、動きを止めたイリュージョンに向けて開かれようとした。

 

 次の瞬間、

 

 回転しながら飛来したブーメランが、アヴェンジャーの手にある2丁のプラズマ砲を斬り飛ばした。

 

「何ッ!?」

 

 砲身が斬り裂かれた事で、プラズマ砲はエネルギーのフィードバックを起こし、アヴェンジャーのすぐ目の前で爆発した。

 

「クッ!?」

 

 目を焼く閃光に、一瞬、視界を遮られるフレイ。

 

 そこへ、行動不能となったイリュージョンを守るように、閃光が掠めていく。

 

 イリュージョンの危機に、カラミティらと交戦していたフリーダムとジャスティスが、強引に戦闘を打ち切って引き返して来たのだ。

 

《あいつの相手は俺がするッ ラクス、君はキラとエストを!!》

「了解ですわ!!」

 

 指示を出してから、ビームサーベルを手にアヴェンジャーへと斬り込んで行くジャスティスを見送ると、ラクスはフリーダムを操って、イリュージョンへと近付いた。

 

「キラ、エスト、無事ですか!?」

 

 左翼と狙撃砲、そして頭部を失ったイリュージョンは動力を停止している。完全に大破状態だった。

 

「キラ!! エスト!!」

 

 もう一度呼びかけるラクス。

 

 その時、

 

《・・・・・・ラクス?》

 

 少女のか細い声が、ラクスの耳に聞こえて来た。

 

 思わず、ラクスは安堵の笑みを浮かべた。

 

「無事だったのですねエスト。キラはどうなさいました?」

《私は無事です。でも、キラは・・・・・・》

 

 この時、コックピットの前席に座るキラは、ぐったりとシートに身を預け、まったく動く気配が無かった。

 

 気を失っているだけなのか、それとも重篤な状態なのか、後席のエストからは判断ができなかった。

 

 ラクスは素早く、周囲の状況に目を転じる。

 

 既に、同盟軍の各部隊は、母艦を中心にして後退を開始している。

 

 地球軍側も、レイダーが大破したフォビドゥンをかぎ爪で捉えて飛び去るのが見え、それに続いてカラミティも、機体を反転させて帰投する体勢に入っている。

 

 尚も激しく攻勢を掛けているのは、フレイのアヴェンジャーくらいである。しかしそれも、武装の一部を失った事でアスランのジャスティスに翻弄されているようだ。

 

 潮時だろう。既に、撤収作戦の伝達は、フリーダムでも受信している。

 

「判りました。フリーダムでイリュージョンを曳航いたします」

《すみません。お願いします》

 

 エストの返事を待って、ラクスは大破したイリュージョンの機体を抱えるようにして、後退を始めた。

 

 軽い衝撃の後、動き出した機体の中でエストは、シートベルトをはずすと急いで前席の方へと回り込んだ。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を覗き込むようにして呼びかけるが、反応は無い。

 

 キラはぐったりとしたまま目を閉じている。

 

 衝撃で額を切ったらしく、僅かに血を流していた。

 

 コックピット内の空気が漏れていない事を確認すると、エストは自分のヘルメットを外し、次いで、キラのヘルメットもそっと外した。

 

 救急キットからガーゼを取り出すと、額の傷口にそっと当ててやる。

 

「・・・・・・いったい、どうしたというのですか?」

 

 少女の問いかけにも、キラは目を閉じたまま答えない。

 

 先程の戦闘。キラは殆どエストのオペレートを無視して、がむしゃらに戦っていた。

 

 否、そんな生易しい物では無い。あれは自暴自棄と言っても良かったかもしれない。

 

 あの研究所で、ラウ・ル・クルーゼに言われた事がショックだったのかもしれない。

 

「キラ・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、名を呼び掛ける。

 

 幼い頃に、普通に生きる権利を奪われ、最悪のテロリストとまで呼ばれた少年は、しかしその内面では、歳相応に傷付き易く脆い精神を内包している。

 

 自分が相棒として、目の前の少年に何をしてあげられるのか。

 

 エストは、その事を考えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 戦闘は、終局に向かおうとしていた。

 

 方々の戦線に散っていた同盟軍のモビルスーツ隊は、損傷機を収容しつつ母艦の周囲に集まりだしている。

 

 それに合わせるように、連合、ザフト両軍も距離を詰めて来ている。

 

 距離が詰まった事で、互いに激しい砲火の応酬が繰り広げられていた。自然、3軍の中央に位置して、前後を挟まれている同盟軍に攻撃が集中するのは避けられない所であった。

 

 そんな中で、戦艦大和は1隻、脱出部隊の先頭に立って、迫りくるザフト艦隊に艦首を向けていた。

 

 水上艦を模したフォルムの大和。その艦首部分に今、巨大な大砲が出現していた。

 

 艦首固定砲バスター・ローエングリン

 

 アークエンジェルやクサナギに搭載されている、陽電子破城砲ローエングリンと同系統の武器だが、威力に関しては桁が違うと評して良いだろう。

 

 まず、砲門部分が、アークエンジェルに搭載されているローエングリンの2倍近い大きさがある。

 

 更に、大和の艦首が長い事には理由があった。その長い艦首を利用して、砲身の粒子加速器部分を、通常の倍以上に延長、陽電子の収束率と射程、初速を極限まで高めた形となっている。

 

 結果、大和はこの強烈な大砲を1門しか装備していない。その為、連射性ではアークエンジェルやクサナギに劣るが、一発の威力では両艦を上回る物を与えられていた。

 

「エネルギー充填率、120パーセント!!」

「照準、ナスカ戦艦ヴェサリウス、ロックオン。自動追尾良し!!」

「総員、対ショック、対閃光防御!!」

 

 各部署から上げられた報告を受け、ユウキは艦長席のトウゴウに向き直った。

 

「艦長、バスター・ローエングリン、発射準備良し!!」

 

 ユウキの声に、

 

 それまで黙って聞いていたトウゴウは、カッと目を見開いた。

 

「バスター・ローエングリン、発射ァ!!」

 

 瞬間、

 

 巨大な閃光が、大和の艦首から迸った。

 

 まるで宇宙空間その物を薙ぎ払うかのような、強烈な一撃。

 

 小型の要塞砲にすら匹敵する攻撃の前には、どのような艦であっても耐える事はできないだろう。

 

 大和が砲撃した瞬間、ヴェサリウス艦長フレドリック・アデスは、とっさに回避行動を命じる。

 

 敵の攻撃が尋常ではない事を一瞬で見抜く辺り、流石は歴戦の艦長と言うべきだろう。

 

 しかし、その数十秒後、アデスの努力は無駄に終わった。

 

 回避行動を続けるヴェサリウスの右舷を、大和の砲撃が掠めた瞬間、特徴的な三胴艦は、その右舷をごっそりともぎ取られ、大爆発を起こしたのだ。

 

 直撃ですら無い、ただ掠めただけの一撃。

 

 それだけで、ヴェサリウスは致命的な一撃を受けてしまったのだ。

 

「今だッ 全艦に打電ッ 『我に続け』!!」

 

 トウゴウが言い放つと同時に、スラスターを再始動した大和は、ゆっくりと前進を開始する。

 

 その間、クサナギとエターナルは、それぞれ残る2隻のナスカ級戦艦に牽制の砲撃を加えつつ、味方部隊の脱出路確保に努めていた。

 

 ヴェサリウスはと言えば、その艦内を急速に熱病によって侵され、既に末期の状態を迎えようとしていた。

 

 繰り返し起こる爆発は、艦内各所を容赦なく吹き飛ばし、破壊し、飲み込んで行く。

 

 既にアデスは総員退去の命令を下しており、クルー達は我先に艦外に退避している。

 

 1人、アデスだけはブリッジに残り、艦と運命を共にする道を選んでいた。

 

 そのヴェサリウスの横を、同盟軍の艦隊が通過して行く。

 

 すれ違う一瞬、エターナル艦橋のバルトフェルド、そしてジャスティスを駆るアスランや、シルフィードのライア等、ザフト軍に所属していた者達は、まるで示し合せたように、沈みゆくヴェサリウスへ向けて敬礼していた。

 

 やがて、大爆発が起こり、ヴェサリウスが炎に包まれて行く。

 

 長くザフト最強部隊であるクルーゼ隊の旗艦を務めた歴戦の高速戦艦の、それが最期であった。

 

 このヴェサリウス撃沈を持って、一連のメンデル攻防戦は終了となった。

 

 連合、ザフト共に消耗が激しく、また目標である同盟軍を取り逃がした事で戦闘の意義を失い、互いに後退を余儀なくされた。

 

 同盟軍もまた、折角構築を進めていた拠点を放棄せざるを得なくなり、またも流浪の軍隊へと逆戻りになった。

 

 そして、一部の者達が深刻な心の傷を負う事になってしまったのもまた、事実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朦朧とした意識の中で目を覚ますと、明るいライトが目に飛び込んで来た。

 

 ここはどこだろう?

 

 働かない頭を動かし、状況の確認をしようとする。

 

「気が付きましたか?」

 

 横合いから硬質の声を掛けられたのは、その時だった。

 

 キラは億劫げに、声がした方に首を向けると、そこには無表情を決め込んだ少女の姿があった。

 

「・・・・・・エスト?」

「ここはアークエンジェルの医務室です。私達はアルスター機に撃墜された後、ラクスに助けられて帰還しました。現在、艦隊はL4宙域を放棄、デブリ帯に向けて進路を取っています」

 

 エストは淡々と、状況を説明する。

 

 何とか脱出に成功した同盟軍だったが損害は大きく、イリュージョン、ストライク大破、ヴァイオレット中破など、復旧には相応の時間が掛かる事が予想された。

 

 そこで、一旦デブリ帯に艦隊を隠し、再起を図る事になったのだ。

 

「そう、だったんだ・・・・・・」

 

 状況を確認した事で安堵したのか、キラは再びベッドに身を預けた。

 

 そんなキラを、無機質に近い目で見詰めながら、エストは口を開いた。

 

「キラ、教えてください」

「え、何?」

 

 キラも首だけを動かし、エストへと向き直る。

 

 いつも通り無表情のエスト。しかし、そこには、いつもよりも真剣な、そして深刻な色が混じっているのが判った。

 

「あなたにとって、私は何なのですか?」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 質問の意味が判らず、キラは訝りながらエストの顔を見回す。

 

 対してエストは、表情を動かさずに続ける。

 

「あなたは私を相棒だと言ってくれました。しかし、それは偽りだったのですか?」

「違うッ そんな事は・・・・・・」

 

 無い、と言おうとして、キラは痛みに顔を歪めた。勢い込んで詰め寄ろうとしたため、傷に障ってしまったのだ。

 

 そんなキラを見ながら、エストは身を乗り出すようにして詰め寄る。

 

 今度は、先程よりも幾分か、柔らかい表情をしていた。

 

「では、もう二度と、あんな戦い方をしないでください」

「あんな戦い方って・・・・・・あ・・・・・・」

 

 エストを無視して、キラはまるで暴走したように戦ってしまった。その結果がこれである。あの時のキラは明らかに視野狭窄に至っていた。だからこそ、あのような無謀な戦闘を行い、挙句、フレイに撃墜されてしまったのだ。

 

 エストは、1枚の写真を取り出すと、キラの枕もとにそっと置く。

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

「先程、カガリが持っている写真を見せてもらい比較しました。間違いなく、2枚は同じ写真だと判断します」

 

 若い女性と、そしてキラとカガリと思われる赤ん坊が映っている写真。あの研究所を出る時、一緒に拾って来たのだ。

 

 戸惑うような瞳で写真を眺めるキラ。

 

 そんなキラに、エストは話しかける。

 

「もしかしたらあなたは、本当に普通では無い生まれ方をしたのかもしれない。それは私には判りません。けど、これだけはハッキリと言えます」

 

 そう言うと、エストはキラの手に、そっと自分の手を重ねる。

 

「私にとって、あなたはどこまで行っても、相棒のキラ・ヒビキであり、それ以外の事など必要ありません」

 

 重ねられた手に、ほのかな温もりを感じる。

 

「そう、だね」

 

 微笑を浮かべながら、目を閉じるキラ。

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・エスト」

 

 その心地よい温もりに身を委ねながら、キラは再び、眠りへと落ちて行くのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-33「失意からの脱出」      終わり

 

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