機動戦士ガンダムSEED Illusion 作:ファルクラム
1
テーブルを囲むようにして居並ぶ面々を、アズラエルは隠しきれない侮蔑を顔に張り付けたまま眺めている。
彼等は既に、答の判り切っている議論を、延々と何時間にも渡って続けているのだ。
議題は、アズラエル自身が持ち込んだ、ある物のデータの扱いについてであった。
「ザフトの協力者」から、フレイ・アルスターを介して齎されたデータは、かつて地球軍から奪われた最強の炎を取り戻し、そしてこの戦争を終結させるに足る、強力なカードであった。
ニュートロンジャマー・キャンセラー。
愚劣なるコーディネイター共が不遜にも母なる地球に撃ち込んだ、あの忌まわしいNジャマーも、これさえあれば無効化させる事ができるのだ。
そしてそれは同時に、今まで封じられてきた核兵器が再び解禁される事を意味する。
核兵器の封印解除は、即ち戦争終結への一里塚である。あの宇宙に浮かぶ目障りな砂時計群に核兵器を打ち込めば、コーディネイター共を根こそぎにしてやる事ができるのだ。
にも拘らずアズラエルの目の前にいる連中は、最強のカードを使う使わないで、長々と水掛け論的な議論ばかりを繰り返している。
「Nジャマーキャンセラーのデータが手に入ったのは、確かに大手柄だがな、アズラエル・・・・・・」
「うむ、それで即、核攻撃に踏み切ると言うのは、どうなのだ?」
アズラエルの主張を吟味するパフォーマンスをしつつも、誰もが禁断の炎を使用する事に躊躇っている。
その事に、アズラエルは呆れを通り越して苛立ちすら湧いて来ている。
「それよりも、深刻化しつつあるエネルギー問題の解消の方が先なのでは・・・・・・」
「うむ。このままでは、ユーラシアだけでなく、我が国でも今年の冬には餓死者が発生する事になるぞ」
またも核心に迫らず、「正答」を韜晦するような議論に入りかけたのを、アズラエルは机を力いっぱい叩きつける事で引き戻した。
「何をおっしゃってるんですか、皆さんは?」
エネルギー問題の解消? 餓死者の発生?
そんな下らない事を言っている時間があると本気で思っているのか、この連中は? そんな事よりも最優先でやらなくちゃいけない事は、コーディネイター共の殲滅だろうが。
アズラエルは最早、侮蔑を隠そうともしなかった。
「撃たなきゃ勝てないでしょうが!! この戦争はッ!! 敵はコーディネイターなんですよ!! なら、徹底的にやらないと!!」
そう、敵はコーディネイター。人間ですら無い、バケモノ達なのだ。そのバケモノをいっきょに葬り去る好機に、何を躊躇う必要性があると言うのか。
「だいたい、核なんて前にも撃ってるじゃないですか。今更何を躊躇うんです?」
「いや、それは君達ブルーコスモスが勝手に・・・・・・」
発言しようとした高官を、アズラエルは敵意の籠った目で睨みつけて黙らせる。
こいつらはたんに、下らない民意や倫理観に捉われて決断を躊躇っているだけなのだ。要するに、誰か自分以外の人間に責任を押し付けたいだけなのだ。
こんな連中が各国の高官だと言うのだから、こんな戦争がダラダラと続く事になるの。
だからやるのだ。
この自分が、目の前の下らない連中に変わってやってやるのだ。
「核は持ってりゃ嬉しいコレクションじゃない。強力な兵器なんですよ? 兵器は使わなきゃ。その為に高い金を払ったんでしょ?」
高官達は、尚も躊躇っている様子だ。
ならば結構。お前達はいつまでも、責任の押し付け合いをしていれば良い。自分がお膳立てして、全てをやってやろうじゃないか。
あのソラのバケモノ共を、一人残らず、核の業火で焼き尽くしてやる。
「さあ、さっさと撃って、さっさと終わらせて下さいよ」
そう告げるアズラエルの目には、核に焼かれるプラントの様子が既に確定された未来として映り込んでいた。
2
ついに、2年の長きに渡る戦いに決着を付ける時が来た。
コズミック・イラ71年9月11日。
月面基地プトレマイオスに大軍を集結させる事に成功した地球連合軍は、プラント本国侵攻作戦「エルビス」を発動した。
参加戦力は、艦艇250隻、機動兵器2000機。その他、補助艦艇まで含めると艦艇だけで1000隻を上回る、まさに、史上空前の大艦隊である。
月基地を発した地球軍艦隊は、進路を一路プラントに取り、一挙にザフト軍を殲滅する構えを見せていた。
対して、この事態はすぐにザフト軍側でも察知されるところとなる。
ヴィクトリア基地を奪還された時点で、ザフト軍でも地球軍のプラント本国侵攻は避けられないとして、充分な準備を進めて来たのだ。
新型モビルスーツ、ゲイツの開発と、新規パイロットの大量育成。部隊の新編成が急ピッチで進められた。
また、オペレーション・ウロボロスの破綻により、地上戦線を大幅に縮小される事が議会により決定された。これに伴い、余剰となった地上軍戦力を召喚し、本国防衛軍に組み込んで、侵攻して来る地球軍を迎え撃つ体勢を整えた。
遅ればせながらモビルスーツの開発、量産にも成功し、質量共に充実を見ている地球軍に対し、ザフト軍はアラスカ戦の大敗による戦力大量喪失の痛手から、未だ立ち直っているとは言い難い。
しかし、モビルスーツの運用や、対戦闘では未だにザフト軍に分があるし、何よりコーディネイターの兵士達の身体能力はナチュラル兵士のそれを大幅に凌駕している。
大軍を擁しているとはいえ、地球軍が必ずしも有利とは言い難い状況であった。故にこそ、地球軍は「切り札」を用意した上での侵攻であった。
一方のザフト軍は、再編の完了した戦力を、二か所に分けて展開していた。
プラント本国の手前にあるヤキン・ドゥーエ要塞は、プラントの最終防衛ラインであり、この背後には、最早守備軍は一兵たりとも配備されていない。正にプラントにとっての最後の砦である。その為、精鋭部隊を中心にザフトの主力軍が配備されていた。
もう一か所は、プラント勢力圏の外縁に建造された要塞ボアズである。
ボアズは元々、地球軍が所有する資源衛星「新星」であったのを開戦初期にザフトが占領し、「要塞を曳航する」と言う前代未聞の作戦を成功させて完成させた物だ。
このボアズが、ザフト軍の第一次防衛ラインを形成している
ザフト軍はここに、40隻の艦艇と300機強のモビルスーツを配置している。
数的には圧倒的に劣勢のザフト軍だが、ボアズには開戦以来のベテランパイロットも多数配置され、更に新型機ゲイツの配備も進んでいる。また、要塞の火力を持って迎え撃つ事ができる分、相対的な戦力比は両軍ともに互角と考えられていた。
地球軍のボアズ侵攻は、ただちにプラント本国にも伝えられている。
同時に最高評議会は招集され、事態の対応を行うと同時に、全軍に警戒態勢が発令された。
それは、プラントの前面にある要塞ヤキン・ドゥーエにおいても同様であった。
エターナル追撃任務から帰還したイザークとディアッカは、これまで長く配属されていたクルーゼ隊の編成から外され、それぞれ1個部隊を任される隊長職へ昇進を果たしていた。
モビルスーツ隊の隊長と言えば、ザフト軍内部で最も人気が高い花形ポストである。それを10代中盤と言う若さで抜擢されたと言う事に、上層部の2人に対する評価の高さがうかがえた。
だが、現状では素直に隊長就任の祝杯を上げる事もできない。
多くのベテランを失っている現状、新規部隊に配属されるパイロットと言えば、どうしても2人よりも更に若く、かつ未熟な者達が中心となってしまう。
イザークとディアッカが、2人揃って天を仰いだのは言うまでも無い事である。
彼等はボーイスカウトの集団を率いて、大軍で押し寄せて来る地球連合軍と戦わなくてはならないのだ。
いきおい、訓練は厳しい物にならざるを得ない。何しろ、敵は待ってくれないのだから。
このボーイスカウト達を、「どうにか10分の1人前」の状態から、「まあまあ半人前」くらいにまで引き上げてやらないといけなかった。
そんな中で、ついに起こるべくして事が起こったのだった。
「イザークッ」
友人に名前を呼ばれてイザークが振り返ると、ディアッカが息を切らして走って来るのが見えた。
ディアッカは、常の余裕のある態度を見せず、何かに急き立てられるようにしてイザークへと駆け寄った。
「聞いたか、イザーク」
「ああ、ついに始まったな」
イザークもまた、緊張に表情をこわばらせて答える。
地球軍によるプラント本国侵攻と言う事態は、歴戦の彼等にとっても楽観できない状況である。ボアズ、そして彼等が今いるヤキン・ドゥーエが突破されたら、最早プラント陥落は確定されるからである。
「でもさ、なんか妙じゃない?」
「妙、とは?」
訝るようなディアッカの言葉に、イザークも怪訝になりながら応じる。
いつになく真剣な眼差しのディアッカに、イザークもまた、目の前の友人が何か重大な疑問を持っていると察したのだ。
「だってさ、司令部の予想じゃ、地球軍のボアズ侵攻は、もう少し後になるって話だったろ。何か早すぎないか?」
地上から撤退した時点で、地球軍の進行が避けえない物であるとザフト上層部は考えていた。しかし、いかに物量に勝る地球軍と言えど、精強を誇るザフト軍の防衛線を突破するのは容易ではない。そこで、敵の進行はもう1~2ヶ月後になるのでは、と予想されていたのだが。
「予想はあくまで予想だ。敵の思惑が判らない以上、外れることだってあるだろう」
「そんなもんかね」
イザークの言葉に、ディアッカは不承不承ながら納得したように頷きを返した。
とは言え、言ったイザーク自身、自分の言葉に絶対の自信を抱いている訳ではない。敵の思惑が判らないのは確かだが、同時に、敵が現状でのプラント侵攻を決断した裏には、何かあるのではないか、と勘繰らずにはいられなかった。
「とにかく、俺達も準備をしておくぞ。ボアズが陥ちるとも思えんが、最悪のケースは想定しておくべきだ」
「了~解」
イザークの言葉に、ディアッカも崩れた調子で答える。
今はともかく、ボアズ守備軍の奮戦に期待するしか無かった。
パトリックが執務室に入ると、既に最高評議会議員は全員集まっていた。
皆、一様に不安と焦燥に駆られた顔をしているのが見える。誰もが地球軍の進行と言う前代未聞の事態に、湧きあがる不安を隠せずにいるのだ。
「ザラ議長!!」
「うろたえるなッ 地球軍のボアズ侵攻など、想定済みの事態であろうが」
不安顔の評議員達を叱咤しつつ、現状でなすべき指示を飛ばして行く。
見回せば、誰もが狼狽を示し、体を成していない。パトリックが見た所、辛うじて冷静さを保っているのはエザリア・ジュール1人くらいの物だ。あのイザークの母であり、強硬派の中では、軍部のクルーゼと共にパトリックの片腕とも言える女性は、今回の事態にも動じた様子がない。
「しかし・・・・・・」
一同が落ち着きを取り戻す中で、静かに口を開いたのは、そのラウ・ル・クルーゼであった。軍部最高責任者である彼もまた、この場に出席を求められて参集していた。
「何だ、クルーゼ?」
「地球軍がこの時期に、ボアズ侵攻を行った事が気になります。奴等とてボアズ突破が容易ではない事くらい承知の筈。何の勝算も無しに侵攻を開始したとは考えられません」
「そんな物、例のモビルスーツ部隊と、新型GATシリーズあたりであろう。それで我等に勝てると思っているのだろう」
強気に発言したのは、エザリアである。怜悧な容貌とは裏腹に子煩悩な女性議員は、息子が隊長に就任した事を誰よりも喜んでいる。それ故に、自軍に対する厚い信頼と期待を隠そうともしていなかった。
「なら、良いのですがね」
対してクルーゼは、意味ありげに一言だけ漏らして口を閉じた。
その様子に、パトリックは怪訝になる。
「何が言いたい、クルーゼ?」
「・・・・・・申し上げにくいのですが、我々にはいくつか不安要素がありますからね。『フリーダム』『ジャスティス』『イリュージョン』、そして『ラクス・クライン』と言う」
クルーゼの言葉に、誰もが行きを飲む。
あの3機にはNジャマーキャンセラーと核エンジンが搭載されている事は、この場の誰もが知っている。そして、ラクス・クラインが地球軍のスパイをほう助して行方をくらませた事も。
その方程式が行き着く先は、最悪のゴールへ道が繋がっている。
「まさか・・・・・・」
呻くように、言葉が漏れる。
「戻ったのか・・・・・・奴等の手に、核が・・・・・・」
ボアズでの戦闘は、一進一退の様相を呈していた。
圧倒的な物量で持って押し寄せる地球軍は、怒涛の如く要塞へと迫っている。
対してボアズ守備隊司令は、無理な出戦は避け、艦隊を要塞の前面に配置、要塞の火力と連携を取るように指示を出した。
モビルスーツ部隊もまた無理な力攻めを避け、敵を要塞の防空圏内に引き込んで戦っている。
「敵部隊、D-3エリアへ侵攻!!」
「戦艦マハン損傷、後退します!!」
「ホーク隊、進路クリア、発進どうぞ!!」
「C-8エリアに火力を集中してください!!」
「カウラン隊帰還。直ちに補給作業に入ります!!」
要塞司令部では、司令官の下へオペレーター達が次々と戦況を伝えて来る。
今の所は、ザフト軍優位に戦況が推移している。
長き戦いで消耗しているとはいえ、まだまだザフト兵の技量は地球軍兵士の技量を大きく上回っている。
加えて彼等は、指示がなくとも戦況に対して即応できるだけの瞬時の判断力を備えている。こればかりはナチュラルばかりの地球軍には真似できない。
現状は、決してザフト軍にとって不利では無い。
このまま無理な戦いを避けて防戦に徹すれば、いずれはプラント本国からの援軍も期待できる。そうなれば、長駆侵攻してきた関係で疲弊している地球軍は撤退せざるをえなくなる。
そこに追撃を掛ければ、ザフトの勝利は間違いない筈。
「ナチュラルどもめ、目に物を見せてくれるぞ」
押し寄せる敵の大軍を移したモニターを睨みながら、司令官は自信に漲った呟きを放った。
だがこの時、地球軍の一部が不気味な動きを見せている事に、まだザフト軍の誰もが気付いてはいなかった。
奮戦を続けるザフト軍は、向かって来るストライクダガーやシルフィードダガーを、次々と撃ち落として行く。
要塞砲と連携した濃密な火力を前にしては、さしもの大軍の地球軍でも、侵攻を停滞せざるを得ず、前線のモビルスーツ部隊は次々と火球に包まれて行く結果となる。
だが、そんな中、
戦線の一角が、次々と突き崩されて行く。
アヴェンジャー。カラミティ、フォビドゥン、レイダーを先頭にした精鋭部隊が、立ちはだかるジン、シグー、ゲイツを次々と撃破して要塞へと迫っていく。
ザフト軍も見慣れない新型に戸惑いながら、必死に応戦を繰り返す。
しかし、機体性能では圧倒的に差を付けられ、パイロット能力も互角以上と言う相手には敵し得る物では無い。
異形とも言うべき4機のモビルスーツを相手に、精強を誇るザフト軍と言えども、烏合の衆でしか無かった。
その様子を、戦艦ドミニオンに座乗して見守っていたアズラエルは、手を叩いてはしゃいでいる。
「初陣からケチの付きっぱなしだったけど、あいつらもなかなかやるじゃないの」
確かに、オーブ戦からこっち、敵のエース機相手に苦戦を強いられる事が多かった4機だが、今回の戦いにおいては圧倒的な力を見せつけている。
ザフト軍は崩れた戦線を立てなおそうと必死になっているが、4機の攻撃力の前になす術も無い状態だ。
「カーチス・ルメイ、ドゥーリットルから通信です」
程なく、指揮下にある2隻の母艦から連絡が入った。
モニターに現われたのは、それぞれの艦を指揮するベルンスト・ラーズとウィリアム・サザーランドであった。
《道は開いたようですな》
《盟主、ご命令を》
2人に促され、アズラエルは得意満面に立ち上がって腕を振るった。
「ピースメーカー隊発進。要塞ごとコーディネイターを焼きつくすんだ!!」
アズラエルの命令を受け、2隻の戦艦から次々とメビウスが発進して行く。
ピースメーカー隊。
平和の担い手と銘打たれた部隊が、次々と勇躍して飛び立って行く。
特殊な装備の為の改造が施されたそのメビウスは、腹の下に巨大なミサイルを搭載している。
それらのメビウスが、4機のGATシリーズを始めとする護衛部隊が開いた道を通ってボアズへ接近して行く。
事態に気付いたザフト軍側も迎撃しようとするが、ピースメーカー隊に取りつく前に撃ち落とされて行く。
射程に入ると同時に、一斉にミサイルを切り離して行く。
放たれたミサイルは、真っ直ぐにボアズへと向かって行く。
その動きを、ザフト軍は黙って見ている事しかできない。
やがて、最初の一発が、要塞の表面に命中した。
次の瞬間、
圧倒的な質量の白光が、着弾箇所から広がっていく。
更に、後続するミサイルが、次々と着弾し、同様の光景を齎して行く。
光と同時に、熱と衝撃の嵐が要塞内部に吹き荒れていく。
1秒ごとにそれは広がり、ボアズは浸食されて行く。
やがてそれは、無視し得ない破壊をもたらし、要塞全てを飲み込み始めた。
「こ、この熱量はッ!?」
司令官が呻き声を発するが、その時には全てが手遅れだった。
司令本部もまた、一瞬で爆炎と熱に包まれ、生きている全ての人間を業火の地獄へと叩き込んで行った。
外からも、その光景を眺める事ができる。
ボアズから発せられた光は、堅牢な要塞をあっという間に包み込み、沈めていく。
要塞だけでは無い。周囲にいた艦隊やモビルスーツ隊も、逃れる事ができずに飲み込まれて行く。
なまじ、火力の集中を図って部隊を密集させたのが完全に仇となった。
ボアズ守備軍は、自分達の背後から襲い来る光と熱の侵略から逃れる事ができず、次々と焼き殺されて行く運命となった。
「いやー早いねえ。ザフト自慢の要塞も、流石に核には敵わなかったか」
手を叩いて喜んでいるのは、アズラエルである。
彼はまるで、最高のショーを眺めているかのように満面の上機嫌を浮かべていた。
あそこで今まさに、数万人単位で人間が死んでいる等、考えもしない様子だ。
恐らく考える必要も感じていないのだろう。このボアズの壊滅も、彼にとってはショーの一つに過ぎないのだから。
「アズラエル理事は・・・・・・」
流石に溜まりかね、ナタルは口を開いた。
「いくら敵軍に対してとは言え、核を使う事を何とも思われないのですか?」
尋ねるナタルに対し、モニターを見ていたアズラエルは振り返り、小馬鹿にしたような口調で返した。
「そりゃ、軍人さんの言葉とは思えませんね。勝ち目の無い戦いに『死んでこい』って言って送り出すよりも、僕の方がよっぽど優しいと思うけどね」
そう言って肩を竦めるアズラエル。
対してナタルは沈黙する。アズラエルの言葉に対して、効果的な反論ができないでいるのだ。
確かに、一面においてはアズラエルの言葉も正しい。
戦力の出し渋りがここまで戦争を泥沼化させ、前線で多くの兵士を犠牲にして来たのもまた事実だからである。
しかし、だからと言って、核を使うのは行き過ぎのように思える。
かつて、核の使用が条約で禁止されていたのは、何も倫理観だけの問題では無い。撃てば自分達も同様の報復をされる事を恐れたが故だった筈。
その事を、アズラエルは全く理解していないように思えた。
「さあ、次はいよいよ本国だ。やっと終わるよ、この戦争もさ」
まるで面倒事が漸く片付くかのように言いながら、艦橋を出ていくアズラエルを、ナタルは無言のまま見送る。
その脳裏では、かつての上官の事が思い出されていた。
どこまでも優しく、そしておおらかだった女性。
彼女が今の自分を見たら、果たしてどう思うであろうか?
ボアズ壊滅の瞬間は、プラント本国でも確認されていた。
閃光に包まれ、壊滅して行く要塞。
その様子を、パトリック達は呆然と眺めている事しかできない
「馬鹿な・・・・・・」
誰かが呻く。
このような事態になると、いったい誰が予想したと言うのか?
「・・・・・・おのれ、ナチュラルども」
絞り出すように、怨嗟の声を発するパトリック。
地球軍が使用した核兵器。それが誰の手によって敵に渡ったか、考えるまでも無く明白な事であった。
ラクス・クラインがイリュージョンやフリーダムを強奪した事が、そもそもの原因だ。
そして、アスラン。
その追撃任務を言い渡されておきながら、それを全うしなかったばかりか、あまつさえ敵に寝返った愚かな息子。
奴等の存在が、今日の悲劇を齎したのだ。
血走った双眸を持ち上げる。
もはや是非も無い。奴等が禁忌を侵したと言うなら、こちらも相応の報復手段に出るまでだった。
「クルーゼ!!」
「ハッ」
「ヤキン・ドゥーエに上がるッ」
パトリックは決断する。
地球軍は自分達が最強の切り札を持っていると錯覚しているようだが、それがいかに思い上がった事であるか、たっぷりと思い知らせてやる。
「ジェネシスを使うぞ!!」
最早、形振りを構っている時ではない。
この一戦で、思い上がったナチュラルどもに正義の鉄槌を下してやらねばならなかった。
2
地球連合軍がボアズに侵攻したというニュースは、デブリ帯に潜伏しているL4同盟軍にも齎された。
メンデルの戦いから2カ月。
既に損傷機の修理が完了し、密かに兵力の拡充を行っていた同盟軍だが、それでも連合、ザフトと言う二大勢力と比べると見劣りせざるを得ない。
無駄に消耗戦を行えば、あっという間に戦力が底をつく事になる。
そこで、現状で取り得る戦略は、両軍が激突したのを見計らい、その横合いから介入する形で両軍の中枢を叩くと言う、悪く言えば漁夫の利を狙ったものであった。
ザフト軍は地上から兵力を引き上げ、反対に地球軍は大軍を月に集結させている事を掴んでいる。その為、動くとすれば地球軍がプラントに侵攻する形で戦端が開かれる事は予想できていた為、同盟軍としても月周辺の監視強化に当たっていたのだ。
その監視体制が図に当たり、同盟軍は地球軍の進撃を察知する事ができたのだ。
艦隊に出撃命令が下る中で、キラとエストはアークエンジェルのブリッジへと上がった。
既にメインスクリーンには、エターナルからラクス、アスラン、バルトフェルドが、大和からはトウゴウとユウキが、クサナギからはキサカとケンが顔を出していた。マリューとムウも、既に艦橋に立っていた。
「月艦隊がボアズに侵攻したって聞いたけど?」
「いよいよ動くのですか?」
尋ねる2人に、一同は沈痛な表情を見せる。
ややあって、ラクスが重々しく口を開いた。
《いえ、事態はもっと早く、最悪の方向へ動いてしまいました》
ラクスの言葉を、アスランが引き継いだ。
《さっき、情報が入った。ボアズはもう、陥ちたそうだ》
その言葉にキラも、そしてエストも衝撃を受けた。
早すぎる。いったいどんな手を使えば、ザフト自慢の要塞がこうもあっさり陥落すると言うのか?
だが、続いて出た言葉の衝撃は、一秒前の比では無かった。
《地球軍が、核攻撃を行ったんだ》
「え・・・・・・・・・・・・」
静かに声を発したのはエストだった。
核攻撃。
まさか、そんな・・・・・・
何かの冗談だと思いたかったが、居並ぶ面々の沈痛な表情が何よりも事実を物語っている。
「あいつだ・・・・・・」
絞り出すように言ったのは、ムウであった。
その顔には、苦悶と悔恨がハッキリと浮かび上がっている。
「あいつが、Nジャマーキャンセラーの情報を、地球軍に流したんだ」
「あいつ」と言うのが誰の事を指すのか、キラとエストにはすぐに判った。
ラウ・ル・クルーゼ。
あのメンデルの研究所で遭遇し、キラやムウに衝撃の真実を叩きつけた仮面の男。
『間もなく最後の扉が開く。私が開く』
あの言葉は、こう言う意味だったのだ。
だが、最悪の目を出す形で、債は投げられてしまった。
かつて「血のバレンタイン事件」の直後、プラントは核で地球に報復する事をしなかった。代わりにNジャマーを大量に地球を打ち込んだ。
ある意味で自制を効かせたと言えない事も無いが、今回の件でそれも有耶無耶となった。もはやプラントも、黙っていると言う事は無い筈だ。
まさに、クルーゼの言った通り、人間は滅びの道を選んでしまったのだ。
突然、自分の手をキュッと握られ、キラは思わず振り返る。
傍らのエストが、いつの間にかキラの手を握りしめていた。本人も意識していないのか、自分が何をしているのか気付いていない様子だ。
力いっぱい握られた小さな手が、キラには少女の内面を如実に表しているように思えた。
フレイが展望デッキに入ると、先客がいる事に気付いて足を止めた。
ボアズ攻略戦において最も活躍した彼女だが、内に籠った乾きにも似た感情が晴れたかと言えば、聊かもその限りでは無かった。
殺したのはコーディネイターの一部に過ぎず、彼女の復讐は達成されたとは言い難い。
しかも、キラとエスト。本当に殺したい2人はまだ生きているのだ。
まだ足りない。彼女の渇きを潤すには、まだまだ殺して、殺して、殺し尽くす以外に無かった。
展望デッキに来たのは、この渇きを少しでも軽減したいと思ったからだった。
何も無い漆黒の空間でも、外を眺めていれば少しは気分も落ち着くと思った。
「バジルール少佐?」
先に立っていたのが、顔見知りの女性と知り、フレイは幾分柔らかい声で呼びかけた。
アズラエルや、部下であるオルガ達を相手にする時とは違う、少し弾んだような声が、少女の口から発せられる。元々の知り合いであるナタルは、この艦で唯一フレイが気を許せる相手でもある。
「アルスター中尉か。今日はご苦労だったな」
ナタルも優しい声で応じる。
アークエンジェルに乗って、今の自分と同じ階級だった頃の彼女は、とにかくきつい女性と言う印象しか無かったが、今はどちらかと言えば少し丸くなった印象が見て取れた。
そんなナタルの横に、フレイは並んで立って星の光に目をやる。
美しい光景だ。宇宙に居住を得たコーディネイターでなくとも、この先には何があるのか、と言う事を夢想せずにはいられない。
「・・・・・・これでやっと、終わりますね」
この時、期せずしてフレイは、戦闘直後にアズラエルが言ったのと同じ言葉を口にしていた。
何が? とはナタルも聞かない。主語が何であるかは考えるまでも無いからである。
代わって、ナタルは少し悲しそうな目をフレイに向ける。
アークエンジェルに彼女が乗り込んで来た時の事は、ナタルも憶えている。
婚約者であるサイ・アーガイルと再会できたことを喜びながらも、これから自分達が進む未来に対する不安を抱いていた。多少の行き過ぎはあったかもしれないが、感情表現が豊かな愛らしい少女。それが、ナタルのフレイに対する評価だった。
それが今では、全身を戦争と言う染液に浸し、完全に染まりきっていた。
あの無垢だった少女が、否、無垢過ぎたからこそ、彼女はこうも簡単に染まってしまったのかもしれなかった。
「・・・・・・どうしました?」
フレイが怪訝そうな顔を向けているのに気付き、ナタルは微笑を浮かべて答えた。
「いや、次も宜しく頼むぞ」
「はい」
そこだけは、無邪気に頷きを返すフレイ。
変わっているようで、変わっていない事もある。
願わくば、昔のフレイに立ち戻ってほしいと思わずにはいられなかった。
3
ついに、作戦が発動される事となった。
デブリ帯を発したL4同盟軍は、地球連合軍を追い掛ける形で、進路をプラント方面へと向けていた。
急がねばならない。
核が一発でも、プラントに落ちてからでは遅いのだ。
これ以上の悲劇を防ぎ、かつ、両軍が果てしない殲滅戦に転がり落ちて行くのを、何としても止めなくてはならない。
だが、L4同盟軍の位置からでは、先行する地球軍艦隊に追いつくのは難しい。
そこでL4同盟軍が切り札として持ち出したのが「ミーティア」である。
「Mobilesuit Embedded Tactical EnfORcer」の略称であり、普段は砲塔として戦艦エターナルの艦首部分に装備されているが、実際は分離可能で、フリーダムとジャスティスの専用強化兵装とする事ができる。
莫大な推力を誇る推進機は、比類ない加速力を実現している。
更に、120センチ高エネルギー収束火線砲、93・7センチ高エネルギー収束火線砲、大型ビームソード、60センチエリナケウス艦対艦ミサイル等を装備し、圧倒的な火力を誇っている。
さながら、小型戦艦とでも形容すべきだろう。
このミーティアの存在こそが、エターナルがフリーダムとジャスティスの専用運用艦である事を如実に表している。
言わば両機とエターナルは、それ自体がひとまとめで1ユニットと捉える事もできる。以前トウゴウが語った「艦機一体システム」を、より先鋭化した形で完成させた物だった。
そして今、エターナルから分離したミーティアが、フリーダムとジャスティスとドッキングしようとしていた。
《連合軍はプラント側が、自分達が核を持っている事を知っているのは、先刻承知の筈じゃ》
発言したのはトウゴウである。
《それでなくとも、ヤキン・ドゥーエの防備の厚さでは一朝一夕では突破できない事も理解しておるじゃろう》
《連合としては、極力、核搭載部隊の損耗は減らしたいと考える筈だ》
バルトフェルドが後を引き継ぐ。
《そうなると、連中が取る戦術も限られて来る筈だ》
かつては「砂漠の虎」の異名で恐れられた名うての戦略家には、既に地球軍が取るべき行動が見えていた。
恐らく地球軍は大軍で持ってヤキン・ドゥーエ前面に布陣し、激しく攻撃を仕掛ける筈だ。そうなると、ザフトの主力軍は要塞前面に釘付けにされてしまう事になる。
そこに、手薄になった宙域を突破して、核搭載部隊をプラント前面に押し出して来る筈。
気付いた時には既に、ザフト軍は大軍に拘束されて身動きが取れず、プラントに向かう核ミサイルを見送るしかなくなってしまう。
大兵力の地球軍だからこそできる、完璧で、しかも隙が生じにくい戦術だ。
もし、これが成功したら、プラントの、否、コーディネイターの命運は決してしまうだろう。
だからこそ、自分達が行かなくてはならない。
まずは足の速い、フリーダムとジャスティスが先行する。次いで、イリュージョンが単独で続行、更にその後から主力部隊が続く形となる。
既に第1陣として進発する、フリーダム、ジャスティス、そしてイリュージョンの準備は終わっていた。
「用意は良いね?」
「はい」
キラが呼びかけると、後席のエストが静かに答えて来る。
今回、切り札はミーティアだけでは無い。イリュージョンにもまた、切り札となるべき武器が搭載されている。
今までは、あまりに威力が高過ぎた為、使用を控えて来た武装だ。しかし、最早そのような事を言っている時ではない。
この一戦でキラとエストは、今まで使用を躊躇って来た切り札の封印を解く事を決断していた。
シグナルが灯る。
最後の決戦が、今、始まろうとしていた。
「行くよ、エスト」
「はい、キラ。あなたと一緒なら、どこまでも」
頷き合う2人。
次の瞬間、幻想の翼は雄々しく羽ばたき、宇宙の深淵へと飛び立った。
PHASE-34「行動可能」 終わり