機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-36「賽は投げられた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳ざわりだった。

 

 彼が自分の上司でなかったら、とっくの昔に艦橋から放り出しているところである。

 

「ああそう!! そうだよ!! ったく、冗談じゃない!!」

 

 通信機に向かって喚き散らすアズラエルを余所に、ナタルは暗澹たる気持ちで自軍を眺めていた。

 

 あの予期し得なかった攻撃の後、勢いに乗るザフト軍の追撃を辛うじて振り切り、どうにかデブリの影に集結する事に成功した地球軍だったが、その姿は、月を発した時の偉容など見る影も無かった。

 

 集まったのは、全軍の半分にも満たず、しかもその多くが損傷機や負傷者を抱えている有様だった。

 

 各艦の艦内では、今も負傷者の収容に大わらわの状態である。

 

 各所で悲鳴と怒号が交錯し、軍隊としての秩序は崩壊したも同然である。

 

 結局、地球軍は自分の首を自分で締めたのだ。

 

 核などと言う安易な選択に頼ったツケがこの有様だ。自軍の損害を最小限にするなどとのたまいながら、結局、より以上の損害を被っている。

 

 犠牲になった兵士たちこそ、哀れと言う物だ。

 

 そして、その最大の責任を負うべき人物は、自分の苛立ちのはけ口ばかりを求めて、通信機の向こうに喚き散らしている。

 

「良いかッ これは全部、今までのたくたやっていた、あんたらトップの責任だからな!!」

 

 どうやら通信の相手は、連合の上層部の人間らしい。

 

 核を持ちだしてコーディネイターの危機感を悪戯に煽り、この事態を招いたのが誰であるかは、都合よく綺麗さっぱり忘れ去られているらしい。

 

 その時、クルーから通信が入った。

 

「艦長、チャーチルより救援要請です」

 

 どうやら戦艦チャーチルは、ダメージコントロールに失敗して沈没の憂き目にあっているらしい。

 

 ここで味方を見殺しにする訳にはいかない。

 

「判った。すぐに向かうと返信しろ。位置は・・・・・・」

 

 そこまで言い掛けたナタルの声を、甲高い喚きが遮った。

 

「おい! ふざけた事言うな!!」

 

 今の今まで通信機の相手に憂さ晴らしをしていたアズラエルは、常に湛えていた、人を小馬鹿にするような余裕すらかなぐり捨てて怒鳴っていた。

 

「救援だァ!? 何でこの艦がそんな事するんだよ!?」

「アズラエル理事、しかし・・・・・・」

 

 ここで救援に向かわなければ、チャーチルは見殺しになってしまう。

 

 そう言おうとしたナタルに対し、アズラエルは押しかぶせるように自分の主張を叩きつける。

 

「そんな事している暇は無いッ 無事な艦はすぐにも再度の総攻撃を掛けるんだ!! 判ったら補給と整備をさっさとしろよ!!」

 

 その言葉に、ナタルだけでなく居並ぶ全員が唖然とした。

 

 いったい、何を言っているのだ、この男は?

 

 全員が共通の認識としてそう思う中、ナタルが反論の口を開く。

 

「総攻撃など、そんな、無茶です! 我が軍がどれだけのダメージを負っているのか、理事だってお判りでしょう!!」

 

 集結したのは5割以下。そこから更に、再出撃不能な分を差し引くと最悪、4割を切る可能性もある。アヴェンジャー、カラミティ、フォビドゥン、レイダーの4機は帰還しているが、これでは再戦など不可能である。

 

 対してザフト軍は多少の損害を被って入るかもしれないが、全体としてのダメージは軽微。しかも先の戦闘における勝利で、意気も上がっている。

 

 先の戦闘時のような、圧倒的な物量差も期待できない。今、再度の出戦を行う事は、自殺行為以外の何物でもなかった。

 

 だが、どれほど正論を吐かれても、アズラエルは自分の主張を曲げようとはしなかった。

 

「月本部から、すぐに増援も来る!!」

 

 言いながら、アズラエルは自分のシートに乱暴に腰掛ける。

 

「もっとも、こっちはそれをのんびりまっている時間は無いんだけど!!」

 

 つまり、アズラエルは補給も待たずに再攻撃しろと要求しているのだ。

 

 正気の沙汰ではない。あの兵器を目前にして、地球軍の全将兵が屍を晒す事になるのは目に見えている。

 

「君こそ、何を言っているんだ!? 状況が判っていないのは君のほうだろ!!」

 

 癇癪を起した子供その物と言った感じのアズラエル。

 

 否、これを癇癪と言うには、子供に失礼と言う物だ。

 

 自身を無謬と信じ、他人にそれを押しつけるアズラエルの言動は、殆ど病気と言っても過言ではないだろう。

 

「あそこに、あんな物を残しておく訳にはいかないんだよ!! 何が『ナチュラル共の野蛮な核』だ!? 」

 

 喚きながら、端末を操作するアズラエル。

 

 モニターには、ジェネシスのシュミレーション予測が映し出される。

 

「あそこからでも、あれはゆうに地球を撃てる。奴等のあのとんでもない兵器の方が、よっぽど野蛮じゃないか!! そして、もう照準は、いつ地球に向いてもおかしくは無いんだ!!」

 

 その言葉に、ナタルも愕然とする。

 

 もし、そんな事になったら、地球が壊滅的な被害を被る事は想像に難くない。

 

 その時、モニターの端でチャーチルが爆発して、火球に変じる。

 

 だが、アズラエルは、それに一瞥すらくれようとしない。まるで、役立たずが消えてくれて、障害が一つ減ったと言わんばかりだ。

 

「奴等にあんな物を作る余裕を与えたのは、お前達軍部なんだからな!! 無茶でも何でも、絶対に破壊してもらう!! あれと!! プラントを!! 地球が撃たれる前にね!!」

 

 責任転嫁も甚だしい。そもそも、コーディネイターをここまで追い詰めたのが自分達ブルーコスモスだと言う認識は、アズラエルの脳内のどこを探しても存在しないのだろう。

 

 ただ一点、最後の言葉だけは、ナタルも同意せざるを得ない。

 

 それ故に、目の前の男に対し、強く反論する事もできなかった。

 

 

 

 

 

 地球連合軍の撤退に合わせて、L4同盟軍もまた、全部隊を撤退させる事に成功していた。

 

 もっとも、こちらに被害は無い。

 

 戦闘に関しては、横合いから奇襲を掛ける形となった為、敵の反撃を受ける事も無く、ジェネシス掃射後のザフト軍の追撃も、矛先は地球軍に向いた為、同盟軍は無傷で撤退する事に成功したのだ。

 

 とは言え、それを素直に喜べる状況でないのは確かであった。

 

 どうにか核攻撃によるプラントの破壊は阻止したものの、今度はそれ以上の兵器をザフト軍が持ちだして来たのだ。

 

 あの兵器を放置する事はできない。と言うのは、同盟軍の全員が共通する認識である。

 

 だが、あまりにも降って湧き過ぎた事態に、まずは情報の整理が必要であった。

 

 ただちに対応を協議すると言う事で、首脳陣は旗艦エターナルのブリッジへと集合していた。

 

《発射されたのはγ線です。熱源には核爆発を用い、発生したエネルギーを直接コヒーレント化したもので、つまり、あれは巨大なγレーザー砲なんです》

 

 クサナギに乗り組んでいるエリカ・シモンズから、先程の攻撃の解説が成される。

 

 エターナルのブリッジには、既にキラ、エストの他に、ラクス、アスラン、バルトフェルド、マリュー、カガリ、トウゴウ、ユウキらが集まっている。

 

《地球に向けられれば、強烈なエネルギー輻射は地球全土を焼き払い、あらゆる生物を一掃してしまうでしょう》

 

 エリカの説明に、一同の間には戦慄が走った。

 

 そんな事になれば、地球は終わりである。

 

「・・・・・・撃ってくると思いますか? 地球を」

 

 エリカの説明を聞き終えて、マリューは躊躇うように一同を見回して尋ねる。

 

 一撃で地球を壊滅させる事ができる兵器が存在する事に、誰もが戦慄せざるを得ない。

 

「強力な遠距離大量破壊兵器を保持する本来の目的は抑止だろう」

 

 ややあって、バルトフェルドが口を開いた。

 

「だが、もう撃たれちまったからな・・・・・・核も、あれも・・・・・・どちらも、もう躊躇わんだろうよ」

 

 バルトフェルドの言葉に、一同は沈黙を余儀なくされる。

 

 まさか、人類最高の英知を自認するコーディネイターが、母なる大地を撃つだろうか?

 

 本能的には否定したいと言う気持ちが強い。しかしそれが、単なる現実逃避に過ぎない事は、言うまでも無い事である。

 

 恐れていた最悪の事態が、起こってしまったのだ。

 

「戦場で、初めて人を撃った時、俺は震えたよ」

 

 突然、関係ない話題を始めたバルトフェルドに、一同は訝るような視線を向ける。

 

「・・・・・・だが、『すぐ慣れる』と言われて、確かに、すぐに慣れた」

 

 その言葉に一同は、ハッとする。

 

 そう、人間は慣れる生き物なのだ。初めにそれがどんなにつらい事であっても、回を重ねれば慣れてしまう。それと同時に倫理観もまた薄れて行ってしまう。

 

「僕も、初めて銃を持った時の事は憶えてないけど」

 

 キラが話し始める。

 

「でも、物心ついた時には、もう引き金を引く事が何とも思わなくなっていた」

「キラ・・・・・・」

 

 心配そうに見上げて来るエストの頭を、キラや優しく撫でてやる。

 

 戦いに慣れ、殺し合いにも慣れた人は、やがて一方が滅びるまで戦い続ける事になる。

 

 かつて、バナディーヤでバルトフェルドがキラに問い掛けた事が、現実に起ころうとしていた。

 

「そんな事は、させない。絶対に」

 

 力強い声と共に、そう告げるキラ。

 

 その紫の瞳には、決意の炎が宿っているように思えた。

 

 

 

 

 

 圧倒的な破壊力、殲滅力を誇り、ザフト軍主力とヤキン・ドゥーエ、PS装甲と言う鉄壁の防御によって守られたジェネシス。

 

 そのジェネシスの唯一の弱点は、連射が効かないと言う一点に尽きる。

 

 γ線を一次反射する為の円錐状をしたミラーは、照射の熱を正面から受け止める形になる為、一発撃てば熱の為に溶け落ち、その都度交換が必要になる。その為ザフト軍の、一時反射ミラーは消耗品と割り切り、発射のたびに交換していた。

 

 とは言え、それ自体が巨大なミラーを交換するのは簡単には行かない。一発撃つごとに数時間は発射不能となっていた。

 

 幸いな事に、大打撃を受けた地球連合軍は、後退して再編中である。そのまま進撃を強行するにしても、もう数時間はかかると見積もられている。

 

 ジェネシスのミラーブロック交換は、その前に終了する。

 

 次の目標は、月基地である。地球軍の発進拠点であり、後方支援部隊や物資の集積が行われているプトレマイオス・クレーターを砲撃するのだ。

 

 それで、地球軍の継戦能力は失われる筈。

 

 それでも尚、地球軍が諦めなかったら、その時は・・・・・・

 

 その先の事は、誰もが考える事を躊躇っている事であった。

 

 だが1人、パトリック・ザラは心の中で、既に決意を固めている。

 

 撃ったのは、奴等が先だった。

 

 かつてユニウスセブンに、彼の最愛の妻がいる大地に核を撃ちこんだのはナチュラル共だ。

 

 だから、これは正当な報復だ。ナチュラル共が、我々コーディネイターの大地を奪おうと言うのなら、相応の報いを受けさせるまでだ。

 

 だが、しかし、

 

 そんな彼の下からは、あまりにも多くの者達が去っていった。

 

 同士であり、友人でもあったシーゲル。その娘で、プラントの歌姫と皆から愛されたラクス、英雄として奇跡の生還を果たしたバルトフェルド。

 

 そして、最愛の息子、アスラン。

 

 皆、自分の下を去っていった。

 

 パトリックは、机の上に置いてある写真に目をやる。

 

 妻と息子が、笑顔で映っている写真。もう戻る事ができない時間が、そこには込められている。

 

 自分は間違っているのか?

 

 否、そんな事は無い。これこそが我等の道。コーディネイターが進むべき道なのだ。

 

 暗い決意の下、パトリックはまるで縋るように、自分の考えを心の中で繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦が近い事は、L4同盟軍の誰もが感じている事である。

 

 次に、地球軍かザフト軍、どちらかが動いた時が決戦の時となる。

 

 そしてそれは、二度と帰れぬ可能性をも秘めた出撃になると、誰もが理解していた。

 

 だからこそ、思い思いに時を過ごしている。

 

 決戦に向けて気を落ち着かせる者、身の周りを掃除して整理する者、景気づけに食事をする者。様々である。

 

 そして、それぞれに、大切な者達と時を過ごす者達もいた。

 

 シン・アスカも、その1人である。

 

 彼は妹のマユがいる部屋まで来ると、中から笑い声が聞こえて来るのを聞き、訝りながら扉を開いた。

 

 すると中ではマユとリリアが、何やら楽しげに笑っていた。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

 兄の来訪に気付くと、マユはこちらにも笑顔を向けて来た。

 

 宇宙に出たばかりの頃は、慣れない環境は戦闘の連続で体調を崩す事も多かったマユだが、今ではすっかり慣れて、以前のように具合が悪くなる事も無くなった。

 

「何話してたんだ?」

 

 そう言って覗き込むシン。

 

 マユの相手をしていたリリアの手には、何かの雑誌のような物が握られていた。

 

「リリアさんと洋服の事話してたの」

 

 妹の言葉に、シンは成程、と頷く。よく見れば確かに、雑誌には色とりどりの服を着たファッションモデルが写真の中でポーズをとっている。

 

「戦争が終われば、また国に帰れるだろうし。仮にそうでなかったとしても、こう言うのは必要になるだろうからさ」

 

 そう言って、リリアは笑う。

 

 オーブと言う国は既に消滅してしまった。仮に自分達が勝っても、また元の生活に戻れるという保証は無いのだった。

 

 対して、シンは苦笑する。

 

「ちょっと、気が早すぎるんじゃないか?」

 

 決戦はこれからだ。戦後どころか、これからの戦いで生き残れるかどうかも判らないのに、その後の事を心配しても始まらないだろうに。

 

 だが、そんなシンに対して、リリアは傲然と胸を反らして返す。

 

「何言ってんのよ。こう言う事を考えないと、戦争なんてやってられないわよ」

 

 終わった後にする事があるから、困難を乗り越える力となれる。

 

 リリアの考えもまた、戦場における一つの心理作用であると言えた。

 

「そんなもんかな?」

 

 いまひとつ、感動を呼び起こさなかったらしいシンは、気の無い返事をしながら、雑誌の一冊を取り上げて眺める。

 

 確かに綺麗ではある、と思うが、どうにもいまいちピンとこない。

 

 しかし、それはシンの感性を責めるべきではない。彼はまだ14歳。普通に考えれば、ファッションよりも、どちらかと言えばゲームや漫画に興味を強く持つ年頃である。

 

「ねえねえ、お兄ちゃんは、どの服がリリアさんに似合うと思う?」

「えッ!?」

 

 驚きの声を上げたのは、質問された側と質問した側以外のもう1人だった。リリアとしては、マユが何故いきなり、シンにそんな事を質問したのか測りかねたのだ。

 

 質問した側は何気ない調子であったかもしれないが、それが額面通りには聞こえなかったのだ。

 

 だが、質問された側も、殆ど気負った様子も無く、写真の一つを指差した。

 

「これ、かな?」

 

 それは夏に向けて発売が予定されているファッションの一つで、薄手ながら複雑な構造をして、一種幻想的な雰囲気を出している。

 

「うわッ お兄ちゃん、ちょっと理想に走り過ぎじゃない?」

「そうか? でも似合いそうだろ?」

「それは、まあ、確かにそうかも・・・・・・」

「ちょ、2人とも、何言ってんのよ!!」

 

 無邪気なアスカ兄妹の会話を、リリアは赤面しながら聞いている。

 

 作戦開始前のひと時、3人は時間の許す限り、「戦いが終わった後」の事について語り合うのだった。

 

 

 

 

 

 ユウキ・ミナカミは元々、情報畑で歩いて来た事もあり、大和のような巨大戦艦の副長を務める事になるなど、想像すらしていなかった。

 

 しかし、それがオーブ陥落、宇宙への脱出、L4での戦闘と状況が目まぐるしく変化する中にあって、その才覚は急速な進化を強要され、結果として指揮官として得難い資質の片鱗をみせるまでに至っていた。

 

《ジェネシスと核ミサイル、どっちも防げって言うの? 随分とハードだね。そんな事、ザフトにいた頃だって言われた事無いよ》

 

 そんなユウキと、モニター越しでやり取りしているのはライア・ハーネットである。

 

 元ザフト軍人で、オーブ沖の戦いで瀕死の重傷を負い、その後、療養の為にオーブ国籍を取得したという異色の経歴の持ち主である少女は、そう言って肩を竦める。

 

「じゃあ、やめる?」

《まさか》

 

 苦笑気味なユウキの言葉に対し、ライアも笑って応じる。

 

《家族なんていないけどさ。それでもプラントには生まれた時から住んでたんだもん。それなりに愛着はあるよ。それに地球も。オーブは今じゃ、あたしにとっても第二の故郷な訳だし》

 

 ユウキは、この10歳以上年下の少女を眩しそうに見詰める。

 

 彼女の言葉は、彼女の若さを如実に表している。

 

 ライアほどアクティブで行動力に富んだ少女にとって、国とは単なる足を着く場所に過ぎないのだろう。だからこそ、何処に行ったとしても強く生きていける自信があるのだ。

 

 翻って自分はと言えば、不安が無い訳ではない。何しろ、祖国であるオーブを失い、仮に勝ったとしても帰る場所を失っている状態だ。モニター越しの少女ほどに、自分と祖国とを切り離して考える事は、ユウキにはできなかった。

 

 だが、

 

《勝って、一緒に帰ろう》

 

 ライアのその一言が、ユウキの乾き始めた心に、一滴の潤いを与える。

 

 そう言ってくれる相手がいるだけで、どれだけ心強いだろうか。ユウキは今更ながら、年下の少女に教えられる思いであった。

 

「そうだね、一緒に帰ろう」

 

 そう言って、ユウキもまた笑みを返した。

 

 

 

 

 

 エストはふと足を止め、前を歩くキラの背中を見詰めた。

 

 艦隊内の空気が、これまでとどこか違う事は、エストも感じていた事だ。

 

 誰もが、これから始まる決戦に向けて、それぞれの形で臨めるよう、自ら思い残しが無いように行動している。

 

 今までのエストだったら、きっとそのような事に気づきもしなかったらだろう。

 

 きっといつものように出撃するだけだったろう。そしていつものように帰還するか、あるいは戦場に果てて終わるかのどちらかだった。

 

 人生とは、その二者択一のどちらかに過ぎないと考えていた頃のエストであれば、彼等がなぜ、そのような事に邁進するのか考えるまでも無かっただろう。

 

 だが、今は違う。

 

 彼等は悔いが残らないように、あるいは生きて再び会う事を誓って、今と言う時を必死に謳歌している。

 

 その事に気付かせてくれたのは、カガリ・ユラ・アスハであり、ラクス・クラインであり、そしてキラ・ヒビキであった。

 

 そして今、自分の中で、キラ・ヒビキと言う少年が大きなウェイトを占めるようになった事を、エストは否が応でも自覚せざるを得なかった。

 

「どうかしたの、エスト?」

 

 急に足を止めた相棒に、キラは訝るような視線を送ってきている。

 

 対してエストは、顔を上げて口を開いた。

 

「キラ、一つ聞いても良いですか?」

「うん、良いよ。何かな?」

 

 キラも足を止め、エストの言葉を待つ。

 

 対してエストは、少しだけ躊躇うようなそぶりを見せてから言った。

 

「あなたにとって、私はどう言う存在ですか?」

 

 かつて、エストはラクスに言われた事がある。

 

『エストは、キラの事が好きなのですね』

 

 正直、まだ自分の中で「好き」と言う感情が如何なる物なのか、判別がついていない。

 

 例えば、カガリやラクスに対しても、エストは明確に好意を抱いている。彼女達だけでは無い。アークエンジェルで苦楽を共にしたマリュー、ムウ、サイ、リリア、ミリアリア、トール、その他大勢のクルー達、更に最近では、アスランやバルトフェルドもその中に加わろうとしている。

 

 だが、彼等に対する「好き」と言う感情と、キラに対する「好き」と言う感情は、やはり少し違う気がする。

 

 年齢的に見てエストは14歳。間もなく15歳になるが、しかし精神が肉体に追随した成長をしているかと問われれば、控えめに見ても否定の言葉が出る事は明らかであった。

 

 恋愛と言う言葉と意味は、知識では知っているエストだが、最も重要な感性の手足が半歩ほど伴っていなかった。

 

「勿論、大切な相棒だよ。君がいてくれるから、僕は凄く助かっている」

 

 それは全く持って少年の偽らざる本心であったが、少女の欲求を満足させる物では無かった。

 

 この場合、質問の仕方が悪かったのか、それとも回答する側が鈍感に過ぎたのか。

 

 間違いなく、両方であろう。

 

「いえ、そうではなくて・・・・・・」

 

 エストが更に言い募ろうとした。正にその時、

 

《地球軍艦隊の進撃再開を確認。総員、ただちに出撃準備。繰り返す・・・・・・》

 

 決戦を告げる鐘の音が鳴り響く。

 

 掲げたエストの手は、虚しく虚空から引き戻される事となった。

 

「始まったか・・・・・・」

 

 先程まで微笑を浮かべていたキラも、今は厳しく表情を引き締めている。

 

 エストもまた、それまでの浮ついた心をひき戻し、常の無表情を仮面としてかぶる。

 

 賽は投げられた。

 

 事が動きだした以上、あらゆる未練と未来への憧憬を胸に、彼等は赴かねばならない。

 

「行こう、エスト」

 

 そう言ってキラは、

 

 少女に向かって手を伸ばす。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬、エストはその掌を見詰めると、オズオズと言った感じに伸ばして、自分の掌を重ねる。

 

 暖かい、全てを包み込んでくれるような感触がある。

 

 走りだす2人。

 

 キラと並びながら、今はこれだけでも良い、とエストは考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも戦力の再編成を終えた地球連合軍は、怒涛の勢いでデブリ帯を発し、再び進路をヤキン・ドゥーエ宙域へと向けていた。

 

 しかし、戦力の再編と言っても、出撃時の半数以上を物理的に失った現状では、当初のような圧倒的な戦力差は望めない。

 

 だが、それでも彼等は留まる訳にはいかない。

 

 既にジェネシスの射程が地球に達するという情報は、各部隊に伝達されている。

 

 ボアズが呆気なく陥落した時、この戦争が勝利で終わる日が近いと思っていた地球軍兵士も少なく無かったが、それが一転して自分達が敗亡の危機に晒されていると知れば、躍起にもなると言うものだろう。

 

 その為、地球連合軍は窮鼠の勢いで持って、ヤキン・ドゥーエに布陣するザフト軍に襲い掛かっていた。

 

 とにかく、あの兵器さえ破壊すれば、勝機は核を保持する地球軍に再び転がり込むのだ。

 

 そう考えれば、地球軍は損害も顧みず遮二無二ザフト軍へと挑んで行った。

 

 その事が、ベテラン兵士を揃え、本来なら圧倒的有利な筈のザフト防衛軍を圧倒していたのは、驚嘆すべき事であっただろう。

 

「第7宙域、突破されます!!」

 

 オペレーターの報告に、パトリックは舌打ちする。

 

 何とも不甲斐ない味方である。たかがあの程度の数の敵も押さえられないとは。

 

「持たせろッ 後少しなのだぞ!!」

 

 そう、後少しで、ジェネシスの第二射が発射できる。そうなれば、敵にさらなる大打撃を与え、戦意を喪失させる事もできるのだ。

 

 だが、このままではそれすら危うい。万が一、敵が核攻撃部隊をジェネシスに向けてきたら、いかにPS装甲に守られているとはいえ、圧倒的な熱量の前に、切り札が沈んでしまうのは明白だった。

 

「ならば、私が出ましょう」

 

 そう言ったのは、パトリックの背後に控えて、同じように戦況を見守っていたクルーゼだった。

 

 既に、クルーゼ専用となる機体は完成し、このヤキン・ドゥーエに運び込まれている。いつでも出撃は可能であった。

 

「クルーゼ、これ以上の失態は許さんぞ。エターナルを取り逃がした貴様の責任においても、奴等にプラントを撃たせるな!!」

 

 ザフト軍最強を名実ともに謳われてきたクルーゼ隊だが、あのアークエンジェル追撃戦以来、ケチが付きっぱなしであった。クルーゼ隊がここまでの失策をしなければ、今日の事態は防ぎ得た可能性すらあると考えれば、パトリックの言葉にも説得力が感じられる。

 

 対してクルーゼは、微笑を浮かべて尋ねる。

 

「アスランを撃つ事になるかもしれませんが、それでも宜しいので?」

 

 尋ねるクルーゼに対して、パトリックは一瞬、言葉を詰まらせた。

 

 アスラン。

 

 彼の大切な息子。

 

 その息子が、今や彼に反旗を翻し、ラクス・クライン率いる叛乱軍に加担しているという事実は、パトリックにとっても忸怩たる物がある。

 

 だが、それでも、

 

 たとえ大切な物を犠牲にしてでも、パトリックは最早、留まる事が許されない身なのだった。

 

「・・・・・・構わぬ」

 

 そう告げるパトリックに対し、クルーゼはまるで滑稽な笑劇を見るように口元を歪めると、敬礼して司令室を出ていった。

 

 

 

 

 

 クルーゼは本来、パイロットスーツを着る事は少ない。

 

 それはこの男が、自身の操縦技術に絶対の自信を置いているからに他ならず、その事はこれまでの戦績が如実に物語っていた。

 

 だが、そのクルーゼが、今までの自分の節を曲げてまでパイロットスーツを着た事から、今回の戦いが容易ならざる物であると、誰もが思っていた。

 

 自分の機体の足元まで来て、クルーゼは見上げる。

 

 頭部のツインアイやツインアンテナ等、形状は従来のXナンバーと似通っている。だが、背部には、多数の突起が突き出たユニットを背負っている。もしコーディネイターの中に仏像マニアがいたら、「後光が差した仏陀」やら「千手観音」やらと称したのではないだろうか。

 

 ZGMF―X13A「プロヴィデンス」

 

 フリーダム、ジャスティス、イリュージョンと同系統の機体である。

 

 元々は格闘戦を重視した機体となる予定であったが、クルーゼ専用機となる事が決まった時点で改修が施された。

 

 背部のユニットは分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステム。通称「ドラグーン」と呼ばれる物で、種類的にはかつてムウが愛機にしていたメビウスゼロのガンバレルと同種であり、オールレンジ攻撃が可能となっている。

 

 ただしガンバレルが有線式であったのに対し、ドラグーンは無線式で、より広範囲な攻撃が可能となっている。またNジャマーキャンセラーと核エンジンを搭載している為、事実上、エネルギー切れの心配は無い。

 

 正に、最強の力をクルーゼは手に入れたのだ。

 

「よう、ご機嫌な機体だな」

 

 背後からの声に振り返ると、野獣のように獰猛な笑みを浮かべた男が、クルーゼを待ち構えるようにして立っていた。

 

 クライブ・ラオス。

 

 彼もまた、この最後の決戦の場に赴くに当たって出撃命令を受け取っていた。

 

 この、戦争が始まる前から共にあった「同志」に対して、クルーゼも冷笑を持って応じる。

 

 考えてみれば、奇妙な関係である。

 

 己の存在を忌み、己を生み出した人類の抹殺を望むクルーゼと、兵士として、より過酷な戦場を願うクライブとの利害。この2人の奇形化した願いが、奇跡的に合致したが故の協力体制であった。

 

「そう言う君も、新たな機体を得たようだね」

「おう。その点、アンタには感謝してるよ」

 

 クライブに新型機を回すように手配したのはクルーゼである。クルーゼとしても、この野獣の如き男にはまだ働いてもらう必要があった為、手を回して機体を宛がったのだ。

 

「事がこの段に至った以上、もう私から言うべき事は何もない。君は君の欲望に従って行動してくれたまえ」

「そいつはアンタもだろう。いや、俺なんぞとは及びもつかない程の欲望を、あんたは抱えている」

 

 言いながら、クライブもまた、己の機体へと歩き出す。

 

「ここまで協力してやったんだ。せいぜい、無駄にせんでくれよ」

 

 そう言って、手を振りながら去っていくクライブ。

 

 その背中から、クルーゼは何の感慨も無く視線を外した。彼は、クライブとの間に遊戯を感じていた訳ではない。あったのはひたすら「利害」の二字のみである。

 

 故に、同盟軍のメンバーがやっていたような、出撃までの時間を共有するような真似はしなかった。

 

 コックピットに乗り込むクルーゼ。

 

 既にマニュアルを読み、機体の特性やドラグーンの性能は把握している。

 

「フッ あの男に使いこなせたのだ。私に使えぬ訳が無い」

 

 そう言うと脳裏に、長く自分のライバルであった男の顔を思い浮かべる。もし、自分を倒せる者がいるとしたら、それはムウだろうと考えている。

 

 だからこそ、潰し甲斐もあると言うものだ。

 

「ラウ・ル・クルーゼだ。プロヴィデンス、出るぞ!!」

 

 低い叫びと共に、天帝の名を持つ機体は虚空へと撃ちだされた。

 

 

 

 

 

 前線では、一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

 大損害を被ったとはいえ、地球軍は未だに数においてザフトを凌駕している。物量で攻めれば、互角の戦いをする事は可能である。

 

 しかし、互角ではダメなのだ。

 

 彼等は何としても戦線を突破して、その後方にあるジェネシスを破壊しなくてはならない。

 

 その為に、ストライク・ダガーやシルフィード・ダガーを駆るパイロット達は、勇躍して進撃し、ザフト軍の防衛線へと食らいつく。

 

 対するザフト軍も、自分達が抜かれれば核の炎による洗礼が待ち受けている事が判り切っている為、決死の防衛戦闘を続ける。

 

 ゲイツが、シグーが、ジンが、数に勝るダガー隊に果敢に挑んで行く。

 

 互いに決死の攻防戦は、徐々にだが地球連合軍が押し始めた。

 

 やはり、数に勝る軍が自力でも勝り始めたのだ。

 

 だがしかし、そんな彼等の努力を嘲笑うかのように、

 

 二度目の閃光が、虚空を薙ぎ払われた。

 

 ジェネシス第二射。

 

 その一撃が、戦線を掠めて地球軍の遥か後方へと注がれて行く。

 

 その向かう先には、

 

 地球の夜を照らす、白い衛星の姿があった。

 

 

 

 

 

 ジェネシス第二射は、進撃を開始した同盟軍でも確認する事ができた。

 

「あれは・・・・・・」

「ジェネシスが・・・・・・」

 

 アークエンジェル艦内で発進準備を終えたイリュージョン。そのコックピットの中で、キラとエストは呆然と呟く。

 

 着弾場所は、既に月であると言う解析結果が出ている。恐らく、地球軍のプトレマイオス基地を直撃した物と思われた

 

 自分達は、またも間に合わなかったのだ。

 

 それは同時に、地球連合軍の敗北が確定的になった事を意味している。後方基地を失った状態では、もはや戦う事も敵わないだろう。

 

 だが、これで戦いが終わるとは思えない。

 

 ザフトがジェネシスの第三射を行わないと言う保証は無いし、地球軍もまだ核を持っている。

 

 それらが撃たれる可能性は、まだ残されているのだ。

 

 ならば、自分達のするべき事は決まっている。

 

 キラとエスト。

 

 2人の少年少女は、互いに想いを同じくして、飛び立つ時を待つ。

 

 やがて、カタパルトに灯が入る。

 

《進路クリア、イリュージョン発進、どうぞ!!》

 

 もはや聞き慣れた、ミリアリアの声が聞こえて来る。

 

 頷き合うキラとエスト。

 

「キラ・ヒビキ」

「エスト・リーランド」

「「イリュージョン、行きます!!」」

 

 今、最後の戦いに向けて、幻想の戦天使は飛び立った。

 

 

 

 

 

PHASE-36「賽は投げられた」      終わり

 

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