機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-38「虚空に舞い散る羽の音」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その存在を、誰よりも早く感知したのはムウだった。

 

 それは誰よりも、彼に近しい存在。

 

 故にこそ、感じる事ができる。

 

「来たな、クルーゼ!!」

 

 迎え撃つように反転するストライク。

 

 その眼前に、白銀のボディを持つ、禍々しい外見のモビルスーツが現われた。

 

 形状はXナンバーに近いが、背部に背負っている、突起が突き出たユニットの正体が判らない。

 

 先制するようにビームライフルを放つストライク。

 

 対して接近するクルーゼの機体、プロヴィデンスは背部のユニットから何かを放った。

 

 更に狙撃しようとするストライク。

 

 だが、その前に、何も無い筈の空間から閃光が走った。

 

「何ッ!?」

 

 とっさに機体を後退させるムウ。

 

 敵機は動いていない。にも拘らず、あり得ない方向から矢継ぎ早に攻撃が飛んで来る。

 

 四方八方からの攻撃。

 

 それらをムウは、辛うじて回避して行く。

 

 得体の知れないクルーゼの攻撃。

 

 しかし、ムウも決して負けていない。キラにすら追随できそうな反応速度で持って、全ての攻撃を回避して行く。

 

「これが望みか、貴様の!?」

 

 攻撃を回避しながら叫ぶムウ。

 

 対して、通信機から嘲弄の混じったクルーゼの声が響く。

 

《私のではない!! これが人の夢!! 人の望み!! 人の業!!》

 

 再び、ユニットを射出するプロヴィデンス。

 

 その様子を見て、ムウは敵の攻撃の正体を悟る。

 

 あれは、かつてムウが使っていたメビウスゼロのガンバレルと同系統の武装だ。だが、ガンバレルは有線式であったのに対し、あっちは無線式。攻撃範囲、機動性、自由度。全てにおいて上を行っている。

 

 だがそれでも尚、ムウは自らが恃む直感に従って機体を操り、巧みにクルーゼの攻撃を回避して行く。

 

 その様は、コーディネイターのエースパイロットであっても敵わぬ程であっただろう。

 

 しかし、まだまだ最新鋭機の部類にあるストライクだが、相手はザフトの新型。バッテリー動力と核動力の違いもある。

 

 無限に動けるプロヴィデンスに対して、ストライクの性能も、ムウの技術も僅かに及ばない。

 

 ドラグーンの一射が、ストライクのライフルを吹き飛ばした。

 

「チッ!!」

 

 ムウは舌打ちすると、ストライクのビームサーベルを抜き放つ。

 

《他者より強く、他者より先へ、他者より上へ!! 競い、妬み、憎んで、その身を食い合う!!》

 

 斬りかかって来たストライクの剣を払いのけ、プロヴィデンスもシールドからビームサーベルを出力して斬りかかる。

 

「貴様の理屈だ! 思い通りになど!!」

《既に遅いさ、ムウ。私は結果だ! だから知る!!》

 

 互いに剣を振るい、数度斬り結び、離れるストライクとプロヴィデンス。

 

《自ら育てた闇に食われ、人は滅ぶと!!》

 

 地球軍は核を放ち、プラントはジェネシスを地球に向ける。

 

 際限無き殺戮が展開され、人類は滅亡の坂道を転がり落ちようとしている。

 

 正にこの状況こそが、クルーゼの待ち望んだ物だった。

 

 ドラグーンの群れが、ついにストライクを捉える。

 

 四方八方から放たれるビームが光の檻を形成し、内部にストライクを閉じ込める。

 

 次の瞬間、ストライクの右腕が、左足が、直撃を受けて吹き飛び、更にコックピットにも掠めて中にいたムウを負傷させる。

 

「クゥッ!?」

 

 とっさに隙を突いて、ストライクを回頭させるムウ。

 

 そのままスラスターを全開にして、宙域を離脱する。

 

 後には、クルーゼの哄笑だけが、漆黒の中に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 ジェネシスを目指して進撃を続けるエターナル、クサナギ、大和の3隻にも、群がるようにして敵機が襲い掛かってくる。

 

 護衛についているシルフィードやM1部隊が必死に応戦しているが、何しろ数が違い過ぎる。

 

 徐々にではあるが、3隻の戦艦にも被害が蓄積するようになっていった。

 

「前方にザフト艦隊、ナスカ級4、ローラシア級3!!」

「目標、ナスカ級1番艦、主砲、撃ち方始め!!」

 

 ユウキの号令と共に、大和は前部6門の主砲を放ち、接近しようとしてくるザフト軍を牽制しに掛る。

 

 攻撃力と防御力では他のエターナル、クサナギを圧倒している大和である。この2隻を守るようにして進撃している為、勢い、攻撃も最も集中される。

 

 数隻のザフト戦艦から砲撃を集中され、装甲が悲鳴を上げ、衝撃で艦内が揺れる。

 

「被害報告!!」

「敵砲撃、右舷に着弾!! 第1装甲板一部損傷、戦闘航行に支障無し!!」

 

 流石、八八艦隊最強を誇る大型戦艦。その性能は複数の戦艦を同時に相手にしても勝利し得るだけの性能が持たされている。まだまだこの程度では、小揺るぎ程度と言ったところだろう。

 

 だが、事が一個艦隊相手となると、流石に無茶と言うものだろう。

 

「艦長、このまま進撃するのは危険すぎます!!」

 

 ユウキの言葉に、艦長席のトウゴウは無言のままメインスクリーンを睨みつける。

 

 ユウキに言われるまでも無く、無謀である事はトウゴウも判っている。

 

 だが、ジェネシスを放置する事は、地球の危機につながり、それはすなわちオーブの危機にも直結する。

 

 万難を排し、ジェネシスは破壊しなくてはならない。たとえ、同盟軍の全将兵がこの宙域に屍を浮かべる事になったとしても。

 

「副長、エターナルとクサナギに向かって来る敵艦を優先して排除。本艦への攻撃は無視して構わん」

「艦長ッ!?」

「とにかく、あの2隻の進撃を助けるのだ」

 

 例えここで自分達が倒れても、バルトフェルドやキサカが、必ずジェネシスを破壊してくれる筈。味方に対する絶大な信頼が、トウゴウの言葉の裏に込められていた。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 制帽を被り直して、ユウキは頷く。

 

 トウゴウの考えは、ユウキも理解していた。だからこそ、悲壮な覚悟を持ち、決定には異を唱えない。

 

「機関全速。取り舵20、エターナルとクサナギの前に出ろ!! 本艦が道を開き、2隻を守る!!」

 

 ユウキの命令を受けて、加速しつつ回頭する大和。

 

 敵の攻撃の勢いは更に増すが、その事に怯えを感じる者は、オーブ兵の中には1人も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 ピースメーカー隊の掃討を終えた機体が、続々とアークエンジェルの周辺へと参集して来る。

 

 中には激しい戦闘を潜り抜け、損傷している機体も少なくない。更にM1の数が合わない。マユラ、ジュリを始め、幾人かの人間が永遠に帰らなくなった事は疑いようも無かった。

 

「必要な機体は補給を!! ドミニオンはこちらで押さえる!! みんなはジェネシスへ!!」

 

 マリューの声が、電波に乗って同盟軍各員に伝えられる。

 

 とは言え、アークエンジェルも無傷では無い。ドミニオンとの砲撃戦でゴッドフリートを1基失い、艦内の各区画も損傷激しく、至る所で回路の切断が起こっている。

 

 マードックを始め、艦内のクルー達はダメージコントロールに奔走していた。

 

 もっとも、それはドミニオンも同様である。

 

 今回はほぼ同じ条件で殴り合った為、アークエンジェルとほぼ同等の損害をドミニオンも被っていた。

 

 加えてピースメーカー隊は全滅、核攻撃部隊の母艦群も全滅した現状、ドミニオンの戦う意義は最早ない筈だ。

 

 その時、

 

「ストライク帰投ッ 損傷しているようです!!」

 

 ミリアリアの声に、マリューはハッとなって顔を上げる。

 

 そこには、プロヴィデンスとの戦いで右腕と左足を失いボロボロになったストライクの姿があった。

 

《クソッ ・・・・・・クルーゼの新型・・・・・・もう一度・・・・・・》

 

 途切れ途切れに入って来る苦しげなムウの声から、彼が負傷している事が覗えた。

 

 マリューはすぐさま受話器を取ると、格納庫を呼びだした。

 

「報告は後です! 整備班、緊急着艦用ネット! 医療班待機!!」

《はは・・・・・・悪ィ》

 

 ムウは力無く笑い、ストライクを着艦シークエンスに入れる。

 

 だが、その様子を血走った眼で見る男がいた。

 

「今だ、撃てェ!!」

 

 突如、ドミニオンの艦橋で、それまで呆けていたアズラエルが調子の外れた声で叫んだ。

 

 思わず唖然として振り返るナタルに、アズラエルは詰め寄って来る。

 

「早くアイツを沈めろ!! ローエングリン照準だ!!」

「馬鹿な!!」

 

 ナタルは呻く。

 

「今更そんな事をして何になると言うんです!!」

「煩いな!! 良いから僕の言う事を聞けよ!!」

 

 調子の外れた声で叫び、再び銃を突きつけて来るアズラエル。

 

 だが、その様子にも、もはやナタルは動じる事は無かった。

 

 アズラエルはたんに憂さ晴らしをしたいだけなのだ。負けた腹いせを、誰でも良いからぶつけたいだけなのだ。

 

 そんな駄々っ子に、これ以上こちらが付き合ってやる言われも理由も無い。

 

 ナタルは大きく息を吸うと、決断した。

 

「総員退艦だッ 急げ!!」

 

 もっと早く、こうするべきだったのだ。せめて、増援部隊が壊滅した時点で戦闘をやめておくべきだった。

 

 ナタルの命令に一瞬戸惑ったクルー達だが、すぐに我に返って持ち場を離れ、出口へと向かう。

 

「クッ 貴様等ァァァァァァ!!」

 

 その様子に激昂したアズラエルが、彼等に銃を向けようとする。

 

 その前にナタルはアズラエルに飛びついて、押さえつけようとする。

 

 だが、男故の膂力か、それとも狂気を解放した為か、アズラエルは凄まじい力でナタルの束縛を抜けだそうともがく。

 

「艦長!!」

「早く行け!! アークエンジェルへ・・・ラミアス艦長は受け入れてくれる!!」

 

 振り返ろうとしたクルーの1人に、ナタルは叩きつけるようにして叫ぶ。

 

 マリューなら、投降した兵士達を決して無碍にはしないだろう。

 

「クッ 貴様ァァァ!!」

「指揮官だと・・・・・・命令する立場だと言うならッ」

 

 言いかけたナタルの脇腹に、熱い衝撃が走る。同時に、真っ赤な鮮血が吹き出す。

 

 アズラエルが銃の引き金を引いたのだ。

 

「僕にこんな事をして、どうなるか判ってるんだろうなッ!?」

 

 ナタルの体を強引に引き離し、自分も出口へ向かおうとするアズラエル。

 

 だが、ナタルは彼を逃がす気は無い。ここまでの事をしでかした人間として、きっちりと責任は果たしてもらう。

 

 出て行こうとしたアズラエルの眼前で、ブリッジのシャッターが閉鎖され、ロックが掛けられる。

 

「あなたはここで死すべき人だ・・・・・・私と共に・・・・・・」

 

 傷付いた体でナタルはブリッジ閉鎖の操作を行い、口元には会心の笑みを浮かべる。

 

 これでナタルもまた、逃げる事ができなくなったが、元より彼女は、既に自分の命を勘定に入れていなかった。

 

「何だとォ!?」

 

 再び、アズラエルの放った銃弾がナタルの体を貫く。

 

 右肩から走る激痛に、苦悶するナタル。

 

 だが、目を開き、アズラエルを睨むのをやめない。

 

「いい加減認めなさい・・・・・・我々は負けたのです」

「違うゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 アズラエルはナタルの体を床に叩き付け、射撃指揮席に飛びつくと未了のシステムを動かす。

 

「僕は勝つんだッ ・・・・・・そうさッ いつだって!!」

「アズラエル、貴様!!」

 

 アズラエルが何をしようとしているか悟ったナタルは叫ぶが、傷付いた体では如何ともしがたい。

 

 その間にアズラエルは、ドミニオン右舷のローエングリンを起動、照準をアークエンジェルに向けた。

 

 ドミニオンが射撃体勢に入った事は、アークエンジェルでも掴んでいた。

 

 しかし、まさか、と言う思いがあり、マリュー達の対応が一瞬遅れる。

 

 両艦の間には、ドミニオンを退艦したクルー達の乗る連絡艇が遊弋している。今、ローエングリンを撃ったら、それらを巻きこむ可能性すらあった。

 

 それにも構わず、ローエングリンを発射するドミニオン。

 

 目を剥くマリュー達。

 

 もはや、回避は間に合わない。

 

 直撃する。

 

 そう思った瞬間、

 

 アークエンジェルを守るように、盾を持った影が光を遮って立ちはだかった。

 

 ストライクである。

 

 機体がボロボロに損傷し、自身も傷を負ったムウは、それでも愛する女性と艦を守る為に、ストライクに残った左腕にシールドを掲げ、ローエングリンの光を遮っていた。

 

《ヘヘ・・・・・・俺ってやっぱ、不可能を、可能に・・・・・・》

 

 そう言った瞬間だった。

 

 ストライクのシールドは一瞬にして融解。

 

 堰を越えた光が、ストライクを飲み込んだ。

 

 一瞬、

 

 アークエンジェルのマリューと、目が合った気がした。

 

 瞬間、ムウは光の中で微笑みを浮かべる。

 

 ああ、彼女を守る事ができた。

 

 それだけでも、充分だった。

 

 次の瞬間、ムウの体は光の中に溶けて消えていった。

 

「ムウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 マリューの絶叫が、木霊する。

 

 彼女の目の前で、愛しい男が光に飲み込まれて消えていく。

 

 手の届くところにいながら、彼女には見ている事しかできない。

 

 やがて、光が晴れた時、

 

 そこにストライクの姿は無く、ただその残骸だけが名残を惜しむように浮かんでいるだけだった。

 

 彼はもう帰らない。

 

 あの優しく、何処までも暖かく包み込んでくれた気高き鷹は、永遠にマリューの下から飛び去ってしまった。

 

 顔を上げる。

 

 そこには常に優しさを湛えた女性の姿は無く、鬼女の如く眦を吊り上げた姿があった。

 

「・・・・・・ローエングリン、照準」

 

 マリューは今、この戦争で初めて、復讐の為に砲門を開こうとしていた。

 

 一方、光の中から変わらぬ姿で現われたアークエンジェルを見て、アズラエルは絶望的な面持ちで呻き声を発した。

 

 したり顔で皆を惑わし、多くの人命を失わせた男の、それが末路であった。

 

 哀れとは思わない。故にナタルは淡々と告げる。

 

「あなたの負けです」

「お前ェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 言われた瞬間、激昂したアズラエルはナタルの襟首をつかみ上げ、艦長席に叩きつける。

 

 最早この男にできる事は、こうして周囲に当たり散らす事だけだ。

 

 ナタルは自嘲気味に笑う。

 

 そして、自分にできる事も限られている。全てを清算し、自らの責任を果たすのだ。

 

 死んでいった者への、それが償いになるとは思わないが、少なくともこれから起きる犠牲の幾許かは減らす事ができる筈。

 

 アズラエルの銃が再び火を噴き、ナタルの胸を貫く。

 

 しかし、そんな事は最早どうでもよかった。

 

 最後の力を振り絞って、ナタルは叫んだ。

 

「撃て!! マリュー・ラミアス!!」

 

 ナタルの声に呼応するように、ローエングリンを発射するアークエンジェル。

 

 迫りくる光に身を委ねながら、ナタルは会心の笑みを浮かべる。

 

 そうだ、それで良い。

 

 感謝します、ラミアス艦長。

 

 光が全てを飲み込む。

 

 その中で、誰よりも謹厳で、任務に忠実であったアークエンジェル副長は、ゆっくりと消えていった。

 

 

 

 

 

 ドミニオン撃沈の様子は、同盟軍と交戦中のアヴェンジャーでも確認できた。

 

 コックピットに座するフレイの視線の先で、彼女の母艦が、その艦長を乗せたまま炎に包まれて沈んで行く。

 

「・・・・・・バジルール少佐」

 

 アークエンジェルに乗っていた頃からの付き合いである女性艦長。

 

 陰謀の渦巻く地球軍の中にあってフレイが唯一、心を許していた女性が、炎の中で消えようとしている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 涙の雫は、自然と零れ落ちる。

 

 正直、涙を流すなどと言う感傷的な行為が、まだ自分にできたのが驚きだった。

 

 父を殺された時、全ての涙は出尽くしたと思っていたのに。

 

 とは言え、あまり感傷に浸っている暇は、フレイには無かった。

 

 ドミニオンもピースメーカー隊もやられた以上、長居は無用である。

 

 笠に掛かって攻め込んで来るM1やゲイツに砲撃を浴びせながら、アヴェンジャーを後退させる。

 

 やがて、敵を振り切ったと判断したフレイは、全速力でその宙域から離脱して行った。

 

 一方、アズラエル直属部隊の事実上最後の1人となったクロト・ブエルは、まだ生き残っていた。

 

 彼の乗るレイダーの機動力が、カラミティやフォビドゥンに比べて高い事も長生きしている要因ではあるだろうが、それでも味方が次々と倒れていく激戦の中にあって、尚も命を永らえている事は、彼がパイロットとして聊か以上に非凡である証であろう。

 

 だが、同時に潮時であるとも感じていた。

 

 何しろオルガやシャニは既になく、母艦は全てやられてしまった。

 

 別に連中がどうなろうとクロトにとってはどうでも良い事ではあるが、しかし補給もできずに無為にやられるのは御免だった。

 

 仕方なく、機体を反転させて離脱しに掛るクロト。

 

 しかし、モビルアーマー形態のレイダーが機首を巡らした瞬間、

 

 複数の光線が四方八方からレイダーを刺し貫く。

 

 悲鳴を上げる暇すら、クロトには無かった。

 

 生じた爆炎の中で、漆黒の機体はなお暗い漆黒の宇宙へと散華して行った。

 

 その様子を、大して感慨も無く背中に見ながら、クルーゼのプロヴィデンスは闇の中から滲み出て来た。

 

「フッ アズラエルめ、案外と不甲斐ない」

 

 クルーゼは彼の「協力者」に対して、侮蔑の言葉を遠慮なく吐き捨てる。

 

 折角Nジャマーキャンセラーの情報を流し、今回のお膳立てをしてやったと言うのに、プラント撃つ事もできずに舞台から退場するとは。

 

 地球軍がプラントに核を撃ち込み、ジェネシスが地球を焼きつくす、と言うのがクルーゼの思い描いていた最高のシナリオだったのだが、最早それは敵わなくなった。

 

 口元に笑みを浮かべる。

 

 まあ良い。この程度の誤差は想定の範囲内だ。ようはジェネシスが地球へ発射されればいいのだ。後の事は、このプロヴィデンスがあれば事は足りる。

 

 それまで暫しの間、暇つぶしと戯れようじゃないか。

 

 クルーゼの目は、損傷して身動きが取れなくなったアークエンジェルへ向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルとドミニオンの戦いに決着がついた頃、ジェネシスは第3射の準備を急ピッチで進めていた。

 

 対して同盟軍の3戦艦、エターナル、クサナギ、大和の進撃はザフト軍の厚い防衛ラインに阻まれて、遅々として進まない。

 

 無理も無い。ザフト軍の中には、自軍の勝利が間近であると信じて意気を上げている者も多い。そんな中に攻めかかって来る同盟軍は、いかにラクスを擁しているとは言え、彼等にとっては明確な「敵」に他ならなかった。

 

 その後方を、イリュージョン、ジャスティス、フリーダム、そしてジャスティスのミーティアに掴まる形で、ストライクルージュが艦隊を追い掛けて進軍している。

 

 だが、そんな中、イリュージョンを駆るキラは、何かを感じて顔を上げた。

 

「・・・・・・何だ?」

「どうしました、キラ?」

 

 後席のエストが尋ねて来るが、キラはそれに答えずに考え込む。

 

 何か、と聞かれてもキラにも答えられない。彼にとっても、このような感覚は初めてだからだ。

 

 強いて言えば、胸騒ぎであろうか。

 

 悪寒めいた強い強迫観念が、キラの胸の中で引っ掛かって離れようとしなかった。

 

 直感が告げている。今戻らなければ、取り返しのつかない事になる、と。

 

 次の瞬間、キラはイリュージョンを反転させた。

 

《お、おいッ!!》

《キラ!?》

《どうしたんですか!?》

 

 カガリとアスラン、ラクスが慌てて声を掛けて来る。

 

「3人はそのままジェネシスへ、何かが・・・・・・」

 

 それ以上の事は、キラにも言えない。正直、この感覚を言い表す事は不可能に思えた。

 

 ただもし、この場に亡きムウがいたとすれば、キラと自分の血縁を本気で疑ったかもしれない。

 

「いったいどうしたんですか?」

「判らない。けど、どうしても戻らなくちゃいけないような気がするんだ」

 

 エストにそう答えると、キラは得体の知れない戦慄に突き動かされて、イリュージョンを加速させる。

 

 そんなキラを、エストは戸惑いながら見詰めていた。

 

 

 

 

 

 それは、突如として襲い掛かって来た。

 

 突然、センサーが急速に接近する機影を捉えたかと思うと、前線を守っていた数機のM1が一斉に炎を上げて吹き飛んだ。

 

「なッ!?」

 

 その光景を、シルフィードのコックピットで見ていたライアは、思わず目を見張った。

 

 今の今まで強固なザフト軍の迎撃網を斬り崩していた味方が、一斉にやられたのだ。

 

 そんな彼女たちの目の前で、2本の巨大な腕を持つ禍々しいモビルスーツが姿を現わした。

 

「ハッハー ここは通行止めだ。お帰り前に、お代の命を置いて行って下さいってな!!」

 

 フォーヴィアのコックピットで、クライブは高らかに笑い上げた。

 

 同時に、ビームライフル、2基のパラエーナ、2基のクスィフィアス、3基のスキュラ、合計8門を一斉掃射する。

 

 その一撃で、数機のM1が一斉に吹き飛んだ。

 

 その絶大な攻撃力は量産機では対抗不可能。Xナンバーですら、遥かに凌駕している。

 

「クッ あんなのに来られたら!!」

 

 ライアは言いながら、シルフィードのビームライフルとBWSを構えて砲撃する。

 

 今この場で、対抗できそうな機体はシルフィードしかいない。何としても、大和や他の2隻をやらせる訳にはいかなかった。

 

 だが、クライブはシルフィードから放たれる火線を、小石でも避けるように軽々と回避して行く。

 

「何だァ その気の無い攻撃は!? やる気ないんだったら、帰ってママのおっぱいでも吸ってな!!」

 

 言い放つと同時に、ビームライフルを放つ。

 

 その一射は、シルフィードが背部に背負ったBWSを直撃した。

 

「クッ!?」

 

 とっさにBWSをパージするシルフィード。一拍置いて、損傷した追加武装は爆発した。

 

 間一髪のところである。

 

 しかし、ライアがフォーヴィアにかまけている隙に、ジュートとハリソンが操るゲイツが、シルフィードの脇をすり抜けてしまった。

 

《隊長、お先ッ!!》

《デカブツは、俺等に任せてください!!》

 

 向かって来る同盟軍をすり抜けた2機は、そのまま一番大きな目標である大和へと向かう。

 

 一方の大和でも、味方の防空網を突破して迫るザフト機の存在には気付いていた。

 

「敵機接近!!」

「撃ち落とせ、対空戦闘!!」

 

 船体中央に備えられたイーゲルシュテルンが、唸りを上げて一斉に発射される。

 

 しかし、ジュート達は、巧みな機動力で対空砲火を回避すると、肉薄してライフルを放ち、イーゲルシュテルンを次々と潰して行く。

 

 以下に大和が強靭な装甲を誇ろうと、船体全てが頑丈な訳ではない。艦上の武装やセンサーの類は至って脆弱なのである。

 

 攻撃を受けて、損傷を蓄積し始める大和。

 

 その様子は、シルフィードからも見る事ができる。

 

「大和が・・・ユウキ!!」

 

 だが、その一瞬の隙を突かれて、フォーヴィアに斬り込まれる。

 

「余所見するとは余裕だな、流石、お姫様の軍隊は違うよッ」

 

 クライブは言いながら、ギガスを振るう。

 

 その指先から、5本のビームクローが出力、空間を薙ぎ払う。

 

「クッ!?」

 

 とっさに回避しようとするライア。

 

 しかし、一瞬遅く、シルフィードの両脚は膝から下が削ぎ落された。

 

「ああッ!?」

 

 OSが、機体の部位欠損を伝えて来る。

 

 更にフォーヴィアはシルフィードに接近し、その両腕をギガスで捉えた。

 

「何だ、随分呆気ねえな。狐野郎なら、もう少しマシな戦いを見せてくれたんだが」

 

 呆れるようにして言いながら、ゆっくりとギガスの圧力を強め、同時に左右に引き絞っていく。そのままシルフィードの両腕を引きちぎるつもりなのだ。

 

「クッ・・・・・・グゥッ!?」

 

 どうにか振りほどこうともがくライアだが、パワーに差があり過ぎる為、拘束を解く事ができない。

 

《ほれ、どうしたァ? 早く脱出しねえと握り潰しちまうぜ》

「クッ!?」

 

 接触回線を通じて聞こえてくる声に、歯がみするライア。

 

 しかし、こうなってしまうと、圧倒的な性能差により如何ともしがたい。

 

 その内、機体の各部が壊れる音が響き始める。フォーヴィアのパワーに耐えきれず、ジョイント部分が破壊され始めたのだ。

 

 徐々に破壊音が大きくなり、それがライアの中で恐怖感を呼び起こして行く。

 

《クハハハッ どうだ、達磨にされてる気分はよ!? これから手足もがれて芋虫になる気分はよ!?》

「クッ・・・・・・キャァッ!?」

 

 ライアの後半の声が悲鳴に変わったのは、突然、衝撃がコックピットを襲ったからである。

 

 クライブはギガスでシルフィードを捉えたまま、ゼロ距離でクスィフィアスを放ったのだ。

 

 レールガンの着弾である為、PS装甲が貫通される事は無い。しかし、無抵抗のままなぶるように攻撃を食らう恐怖は、想像を絶している。

 

 更にクライブは立て続けにレールガンを放ち、シルフィードをなぶっていく。

 

《オラオラ、どうした!? もう終わりかよ、詰まんねえ奴だな!!》

 

 着弾する度にシルフィードのコックピットは激しく揺さぶられていく。

 

 その恐怖に、ライアの心は徐々に蚕食されて行った。

 

「イヤァァァァァァ やめてッ お願い、もうやめてェェェェェェ!!」

 

 普段は楽天的な少女が、恥も外聞も無く泣き叫ぶ。

 

 拷問のような恐怖感が、少女を食いつぶそうとしているかのようだ。

 

 その声に、クライブは攻撃する手をピタリと止めた。

 

《やめてほしいか?》

「・・・・・・あッ ・・・・・・あ・・・・・・え?」

 

 恐怖に震えながら、突然攻撃がやんだ事に驚き、ライアは顔を上げる。

 

《どうなんだ? やめてほしいのか?》

「・・・・・・う、うん」

 

 か細く、頷きを返すライア。

 

 極限の恐怖から解放され、藁にもすがるような思いなのだろう。

 

 その声を聞き、クライブはニヤリと笑う。

 

《そうか、なら、仕方ねえ。やめてやるか》

 

 言いながら、クスィフィアスを格納するフォーヴィア。

 

 ライアがホッと息をついた。

 

 次の瞬間、

 

《な~んてな!!》

 

 下卑た笑いと共に、クライブはギガスを左右に引っ張り、既に脆くなっていたシルフィードの両腕を胴体からもぎ取ってしまった。

 

「キャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げるライア。

 

 手足をもがれ、完全に戦闘力を喪失したシルフィード。

 

 そのコックピットへ、フォーヴィアはビームライフルの銃口を向ける。

 

「あばよォ 乗ってるのがキラじゃねえのがアレだが、まあ良いだろ。直に元のご主人さまもそっちに送ってやるよ」

 

 そう言って引き金を引こうとした。

 

 次の瞬間、

 

 太い閃光が2本、フォーヴィアとシルフィードの間を駆け抜けた。

 

 とっさに機体を翻して回避するクライブ。

 

「・・・・・・やっと来やがったか」

 

 ニヤリと笑う。

 

 振り仰ぐ視線の先には、巨大な追加ユニットを携えた2基のモビルスーツが接近してくるのが見えていた。

 

 

 

 

 

 ドミニオンとの戦いでアークエンジェルが負った損傷は、判定大破と称しても良いほど重大だった。

 

 白い装甲はあちこちが剥離して傷口を残し、艦内各所では今も炎が席巻して、手隙のクルー達は消火活動に追われていた

 

「125から144ブロックまで閉鎖!!」

「推力50パーセントに低下!!」

「センサーの33パーセントにダメージ!!」

 

 次々と齎せる報告が、既にアークエンジェルが戦艦としての機能を失いつつある事を示していた。

 

 だが、艦の損傷もさることながら、人的損害の多さがクルー達に暗い影を落としている。

 

 分けてもムウ・ラ・フラガ。あの陽気な兄貴分の喪失は、恋人であるマリューを始め、多くの人間を悲しみの淵につき落としていた。

 

 そこに、追いうちを掛ける事態が訪れた。

 

 闇の中から溶け出すように、白銀の機体が現われたのだ。

 

《敵機接近!!》

《迎え撃て!!》

 

 向かって来るプロヴィデンスに対し、一斉にライフルを向けて迎撃しようとするM1隊。

 

 しかし次の瞬間、彼等を包囲するように四方八方からビームが放たれる。

 

 それに対し、M1隊の動きはあまりにも鈍かった。

 

 一瞬で数機が破壊され、撃墜されて行く。

 

 その中には、リリアとトールのM1も含まれていた。

 

 何が起こったのか判らないまま、リリアは愛機の頭部を、トールは右腕と右足を破壊され、戦闘力を喪失した。

 

 2人が撃墜を免れたのは、技量と言うより、どちらかと言えば運の要素が強かった事だろう。

 

 何れにしても、追撃の砲火を浴びせられていたら、その時は2人の運命も決していた筈である。

 

 だが、そうはならなかった。

 

「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 更に攻撃を加えようとしたプロヴィデンスの前に、ストライク・ヴァイオレットが立ちはだかり、ビームサーベルを手に斬りかかって来たのだ。

 

 ピースメーカー隊を殲滅したシンは、補給の為に着艦待ちをしていたのだが、そこへプロヴィデンスの強襲である。

 

 残り少なくなったバッテリーを駆使して、アークエンジェルを守ろうと立ちはだかったのだ。

 

「ほう・・・・・・」

 

 そのヴァイオレットの動きに、クルーゼは感心したように呟きを洩らす。油断していたとはいえ、一瞬で懐に入って斬り込んで来た相手の技量に感心したのだ。

 

「良かろう、面白い」

 

 クルーゼの呟きと共に、ビームサーベルを出力するプロヴィデンス。

 

 対してシンは、遮二無二斬りかかっていく。

 

「このッ!!」

 

 がむしゃらに振りまわす光刃。

 

 その攻撃をクルーゼは、いなし、かわし、シールドで防いでいく。

 

 シンには焦りがある。長時間に渡る戦闘のせいで、バッテリーが危険領域に近付きつつあるのだ。何としても、バッテリー切れになる前に仕留めないと。

 

 シンの中で何かが弾ける。

 

 同時にヴァイオレットはシールドを投げ捨て、ビームサーベルの二刀流を構えて斬り込んで行く。

 

 倍加した剣閃を、しかしクルーゼは冷静に見極めて、プロヴィデンスの右手に握った、巨大なユーディキウムビームライフルを構える。

 

《残念だよ》

「何がッ!?」

 

 聞こえて来た、嘲弄するような声に反射的に答えるシン。

 

 次の瞬間、プロヴィデンスのライフルが火を噴き、ヴァイオレットの右腕を吹き飛ばした。

 

《君のように才能溢れる者を、この手で葬ってしまう事がだよ》

 

 動きを止めたヴァイオレット。

 

 そこへ、周囲に展開したドラグーンから一斉砲撃が掛けられた。

 

 ヴァイオレットの左腕が、エールストライカーが、頭部が、右足が破壊されて行く。

 

 シンには、なす術が無かった。

 

 クルーゼの言った通り、シンは確かに才能溢れているかもしれない。あるいはそれはキラやアスランですら凌駕する可能性を秘めたものであるのかもしれない。

 

 だがしかし、この場にあってはクルーゼの有する経験と、言わば怨念とも言うべき感情に敵し得る物では無かった。

 

 クルーゼが、更にビームライフルを構えようとした。

 

 その時、

 

「ッ!?」

 

 殆ど、直感に近い形でクルーゼは機体を後退させる。

 

 その一瞬後、高速で飛来した機体が、プロヴィデンスがいた空間を大剣で薙ぎ払った。

 

「ほう・・・・・・」

 

 クルーゼは感心と共に軽い驚きで持って、呟きを洩らす。

 

 その視線の先には、ティルフィングを構えてヴァイオレットを守る位置に立つイリュージョンの姿がある。

 

 そのコックピットに座し、キラは、そしてエストは、鋭い眼差しでプロヴィデンスを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

PHASE-38「虚空に舞い散る羽の音」      終わり

 

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