機動戦士ガンダムSEED Illusion 作:ファルクラム
1
何と言う機体だ。
早速だがキラは、天を仰ぎたくなった。
機体は完成、武装は実装済み。今すぐに動かしても何ら問題は無い。
ただ一点、OSがお粗末である事を除けば。
これが問題だった。
未完成と言う言葉すら遠い。まるで子供が適当に数値を組み合わせただけのような滅茶苦茶な代物が、この機体には積まれていた。
シルフィード。
疾風の名を持つ機体はしかし、それが理由で地面を這うように歩く事しか今は出来ない。
「無茶苦茶だ、こんな物!!」
思わず悪態をつくが、事態は不平を漏らしている場合で無い事を如実に告げる。
モニター越しに近付いてくる機体が見える。
人型の頭部に鳥の鶏冠のようなアンテナユニットを装着した機体は、ザフト軍正式採用機動兵器ジン。手には、重突撃銃が握られ、その銃口はシルフィードに向けられている。
「クッ!?」
ほとんど本能に従って機体を操作するキラ。
飛んできた銃弾を、よろけるようにして回避するシルフィード。バランス制御がお粗末で、危うく傍らの建物に突っ込みそうになった。
早いところ何とかしないと、ただの的でしかない。
と、その時、爆炎の中からシルフィードと一緒に飛び出してきた2機の機体が見えた。
「あれは、さっきの・・・・・・」
シルフィードと共に並んで横たわっていた2機である。
1機は引き絞ったような細い四肢を持ち、1機は未完成なのか武装が極端に少ない。
その内、前者の1機は、ジンの背後に立つと機体色が灰色から赤へと変貌した。もう1機はと言うと、シルフィードと同様の事態らしく、よろめくように歩くのが精一杯のようだ。
「あれは・・・・・・」
機体の色が変わった理由に思い至ったキラは、探るようにOSを操作。すぐに武装面からそれを発見する。
それとほぼ同時に、ジンは再び重突撃銃を構えた。
「クッ!?」
キラがスイッチを押すのは、ほぼ同時だった。
機体が灰色から、目の冷めるような青へと変貌する。同時に、ジンの砲撃が着弾した。
しかし、着弾を受けたシルフィードは若干よろめく程度で、傷一つ負わない。
「フェイズ・シフト装甲。噂には聞いていたけど、これが・・・・・・」
インパクトの瞬間に電流を走らせ、衝撃を相転移させる事で、物理攻撃を完全に無効化する装甲が開発中であると言う噂は聞いていたが、実際に目の当たりにしたのは初めてだった。
呟いたその時、ジンの背後にいた赤い機体が飛び去っていくのが見える。
前後の状況から推察すると、あれはザフト軍が奪取したように思える。と言う事は、単純な引き算で、あれには旧知の知り合いが乗っていた可能性が高い。
「アスラン・ザラ・・・・・・君なのか?」
独白はしかし、余韻に浸っている余裕すら無い。
銃撃が利かないと判断したジンは、重斬刀を抜いて切り込んでくる。
キラは舌打ちと同時に、頭部のバルカンを放って時間稼ぎをはじめる。とにかく、このままでは埒が明かない。どうにかこの機体を物にできるレベルまで引き上げないと、脱出もままならないだろう。
キーボードを引き出し、指は高速でタイピングを始める。
その間に、シルフィードの弾幕を突破したジンが斬り込んで来る。モビルスーツに搭載できる程度のバルカンでは、モビルスーツの装甲を貫くことは出来ない。
だが動きを鈍らせる事には成功したようだ。その一瞬の間隙を突いてキラは機体を後退、ジンの斬撃を回避する。
その間にも、キラの指は高速でキーボードを叩いていく。
「キャリブレーションを取りつつゼロ・モーメントおよびCPGを再設定・・・・・・チッ、なら擬似皮質の分子イオンポンプに制御モジュールを直結、」
ジンの攻撃を巧みに捌きながらの高速タイピング。傍らで見ている人間がいれば、ほとんど神業に見えた事だろう。
対してジンは、今度こそとばかりに急接近して斬り込んで来る。
「運動ルーチン接続、システムオンライン、ブーストトラップ起動!!」
間一髪、振り下ろされる直前に準備が完了する。
迫る刃。
しかしその顔面に、クロスカウンター気味にシルフィードの拳が入った。
弾き飛ばされるジン。そのまま背中から地面に倒れる。
ジンのパイロットはとっさに突撃銃を放つが、キラの操るシルフィードは先程とは打って変わった鋭い機動で弾丸を回避して飛び上がる。
突然の機動の変化に、ジンのパイロットは戸惑いながらも、攻撃を修正しようとしてくる。
相手は戦い慣れたパイロットである事が伺えた。
だが、
「今なら、僕の方が速い!!」
弾幕を殆ど至近距離で回避しながら、距離を詰めにかかる。
慌てて距離を置こうとするジン。
だがその前にキラは、シルフィードの右腕に装着された大剣を展開した。
途端に、凄まじい振動音が大気中に鳴り響く。高周波振動ブレードと呼ばれるこの武装は、刀身を超高速で極振動させる事により、鋼鉄すら紙のように切り裂く威力を持たせる事ができる。
慌てるジン。
次の瞬間、振り上げられた剣はジンの胴体に食い込んだ。
分厚い装甲が貫かれ、火花を散らす。
直前で脱出するパイロット。
同時にキラもその意味を察し、シルフィードを後退させる。
次の瞬間、ジンは内側から膨れるようにして光に飲み込まれ、爆風がモニターを埋め尽くした。
自分が不利な状況に立たされている事を自覚しつつも、それを打破できない現状にムウ・ラ・フラガは焦りを感じていた。
僚機は既に全滅。乗ってきた母艦も攻撃を受けて沈み、ムウは孤独な戦いを強いられている。
それでも相手が普通のパイロットなら、ここまで苦戦する事は無かったのだ。
だが不幸な事に、今対峙している相手は普通のカテゴリから逸脱していた。
ザフト軍特務隊所属、ラウ・ル・クルーゼ。
因縁とも言える相手を前にして、緊張は度合いを増す。
奴と会ったのはグリマルディ戦線での1回きり。だが、それでも判る。確認の必要すら感じなかった。
「クソッ!?」
主武装とも言えるガンバレルを潰され舌打ちする。
戦闘の舞台は既にヘリオポリスのシャフト内に移行している。
モビルアーマーのパイロットとしては間違い無くトップクラスであるムウも、この狭い戦場ではその実力を発揮しきれない。対するラウの方は、自在に接近してきてはムウの攻撃力を徐々に削いでいく。閉鎖空間であるこの場にあっては、間違い無くムウの方が不利である。
「お前はいつでも邪魔だな、ムウ・ラ・フラガ。もっとも、お前にも私がご同様かな?」
嘲りとも苛立ちとも取れる言葉と共に、ラウの操るシグーがメビウスに迫ってくる。
とっさにガンバレルを展開して迎撃しようとするムウ。しかし、その砲撃はラウの巧みな操縦技術によってあっさりと回避され、逆にバレルを破壊される体たらくだった。
2人の戦闘はいつしくコロニー内壁に近付こうとしていた。
足元のベンチには、連合の女性士官が、意識を失ったまま横たわっている。
その様子を見ながらリリアは、その傍らについている少女に声を掛けた。
「どう、様子は?」
「大事ありません。出血も止まりました。少し休めば、意識も戻るかと」
リリアよりも年下と思われる少女は、抑揚を抑えられた口調で返事を返した。
その言葉を聞いて、リリアは胸を撫で下ろした。
視線を巡らせれば、再び灰色に戻った機体に、トール達が興味剥き出しのまま取り付いているのが見えた。
あの後、ラボの奥に走っていった少女を追って、リリアも銃撃戦の現場に出くわしてしまった。そこで見つけた新型の機動兵器。
直後に起こった爆発によって、あわやこれまでかと思った時、目の前の少女に救われ、そのままなし崩し的にコックピットに放り込まれ、炎上するラボから脱出する事に成功した。
その後、どうにか機体を安全な場所にまで運んできた所で、偶然にも逃げ遅れていたサイ達と合流し、現在に至る訳である。
銃撃戦で負傷していた女性士官は、そのまま気を失ってしまい、途方に暮れてしまったが、幸いな事に目の前の少女が的確に応急処置を施し、事無きを得ていた。
「そう言えば、まだ名前、聞いてなかったね」
思い出したように、リリアが口を開いた。ラボ脱出からここまで、あまりにも事態が急すぎて、落ち着いて話す事すらできなかったのだ。
「あたしはリリア。リリア・クラウディス。よろしくね」
「・・・・・・エスト・リーランドです」
小さな声でそう告げると、エストは再び女性士官の容態を診始めた。
その時、
「ん・・・・・・」
女性士官は軽い呻きを発した。
「大丈夫、ですか?」
相手を刺激しないように、リリアは恐る恐る声を掛けてみる。
その声に反応するように、薄っすらと目を明ける女性士官。視界に飛び込んで来る少女2人の顔が、先程、自分と一緒にモビルスーツで脱出した子供のそれであると判ると、安堵の溜息を漏らした。どうやらお互い、無事であったようだ。
同時に、打たれた肩から痛みが蘇って来る。
「ッ!?」
「あ、まだ動いちゃ駄目です」
慌ててリリアが支える。エストも、反対側から介添えするように、女性士官の背を支えた。
現状を認識して、女性士官は寝かされていたベンチに座り込んだ。
その時、正面に膝を突く機体の方から、声が聞こえてきた。
「スゲーな。これ、ほんとにリリア達が動かしていたのか?」
「ストライク、って言うのか?」
「おいお前等、あんまり勝手な事するなよ」
「そうよ、壊したらどうすんの」
コックピットに座ったトールとカズイが適当にレバーを動かし、その下に立ったサイとミリアリアが注意を促していた。
その様子に、マリューの脳が一気に覚醒する。同時に、右手は銃を握っていた。
威嚇の発砲。それだけで少年達の注意を引くには充分だった。
「機体から離れろ!!」
その女性の行動と銃声に、思わずリリアは息を呑んでしまった。突然の事態に、呆気に取られる。
だがすぐに我に代えるとリリアの口からは、抗議の声が飛んだ。
「何をするんです。気を失ったあなたを運んでくれたのは、ここにいるみんななんですよ!?」
だが、その鼻先に、女性は銃を突きつけられる。
生まれて初めて銃口を向けられると言う行為に、リリアは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
そんなリリアの様子に頓着せず、女性は強い口調で告げる。
「全員壁際へ、一列に並んで」
言われるままにリリア達は壁に向かう。その間にも、女性は油断無く銃を構えている。
女性としては本気で撃つ気は無いのだが、それでも自分が本気であると言う意思表示はしておく必要があった。
「1人ずつ、名乗りなさい」
それぞれに不満はあるが、それでも銃を突きつけられては従わざるを得なかった。
「・・・・・・・・・・・・サイ・アーガイル」
「ミリアリア・ハウ」
「・・・カズイ・バスカーク」
「リリア・クラウディス・・・・・・」
「トール・ケーニッヒ」
仲間達がそれぞれ名乗り、最後に女性はエストに銃口を向けた。
既にエストは、女性士官に発砲の意思が無い事は判っていた。その心算なら、とうの昔に自分達の少なくとも半分は頭を撃ち抜かれているだろう。そうしないと言う事は、何か別の目的があると言う事だ。
同時に、相手が連合の士官である以上、黙っている事は出来なかった。
踵を揃えると、エストは指を揃えて掌を額に付け、敬礼を向けた。
「大西洋連邦軍特務機関所属、エスト・リーランド曹長であります」
その言葉に、女性士官は驚いたように目を見開いた。
何しろエストは、少年兵と言うにしても若過ぎる。恐らくは、まだ10代前半であろう。見た感じ、サイ達よりも更に若い。そんな子供が、軍属としてここにいる事が信じられなかった。
「軍属? あなたが?」
「はい。特務につき、ヘリオポリスに潜入しておりました」
女性仕官は納得しかねる様子だったが、先に自分の務めを果たす為に会話を打ち切ると、再びリリア達に向き直った。
「私は地球連合軍大尉、マリュー・ラミアス。申し訳無いけど、あなた達をこのまま解散させることが出来なくなりました。事情はどうあれ、軍の機密であるこの機体に触れてしまった以上、あなた達を拘束せざるを得ません。しかるべき所と連絡が取れ、処遇が決定するまで、私と行動を共にしてもらいます」
軍事機密に触れてしまった以上、たとえそれが偶発的な事故であったとしてもただで帰す訳にはいかない。軍隊とは、そう言う硬い構造をした組織なのだ。
だが、それを理解していない5人からは、当然の如く抗議の声が上がる。
「何でですか!?」
「横暴です。そんなこと許されるはずが無い!!」
「僕達はヘリオポリスの民間人です。軍の事なんて関係ありません!!」
口々に不平を鳴らす横で、エストは冷めた目でマリューを見ている。
そんな彼らを前にしてマリューは、空に向かってもう1発威嚇発砲した。
「黙りなさい。中立だと、関係ないと言っていれば今でも無関係でいられる。まさか本当にそう思っているわけではないでしょう!? これがあなた達を取り巻く現実です。外の世界では戦争をしているのよ!!」
厳然と現実を突きつけるマリューを前にして、少年達は反論すべき言葉を持ち合わせていなかった。
その頃ヘリオポリス港口では、初撃の奇襲によって生き埋めにされた連合軍が、脱出の為の準備に入りつつあった。
瓦礫の中に埋もれたままであるにも拘らず、その船は持ち前の頑強さ故に軽微な損傷で難を逃れていた。
地球連合軍機動特装艦アークエンジェル。
6機のG兵器の母艦として建造されたこの艦は、同時にモビルスーツの運用、及び対戦闘を意識した次世代型の戦艦であった。その新機軸の設計も相まって、ザフト軍の奇襲にあっても軽微な損傷で難を逃れていた。
「この人員で艦を発進させるなど無理です!!」
アーノルド・ノイマン曹長は艦長席に座したナタル・バジルール少尉に食って掛かるが、返事は硬質的な声と共に返される。
艦の被害こそ少なかったものの、人的被害は深刻であった。艦長以下、主だった幹部は全滅。更に、戦力化の暁にはG兵器のパイロットになる予定だった人材まで失ってしまった。
「そんな事を言っている間に、やるにはどうすれば良いか考えろ」
そう答えるナタル自身、内面では焦りにも似た感情を覚えている。この段になって、既にナタルには敵の意図が読めている。
港に対する攻撃は、駐留する連合軍の無力化であると同時に、陽動をも兼ねている。真の目的は恐らくモルゲンレーテ。そして完成したG兵器の奪取、乃至破壊にある。自分達は、まんまと嵌められ、身動きが取れずにいた。
ノイマンの泣き言は、本当を言えばナタル自身も吐きたい心境である。何しろ今のアークエンジェルは、艦長を含めて主だったクルーが全滅し、残っているのは主計課や整備班、警備兵が殆どである。
正しく、壊滅状態と言う言葉が相応しい。
だが今は、何としてもここから脱出して、救援に行く必要があった。
その時、ブリッジ後部の扉が開いて、数人の兵士が入ってくるのが見えた。
「ご命令通り、手の空いている者を全て連れてきました」
「よし、それぞれ席に着け。コンピュータの手順に従って操作すれば良い」
そう言って、ナタル自身も艦長席に腰を下ろす。
「外にはまだザフト艦がいます。戦闘などできませんよ」
「判っている」
尚も不安な表情を崩さないノイマンの言葉に答える。
最低限の人員で艦を動かす以上、必ず手の足りない部署が出てくる。勿論兵器類の大半は自動で動かす事ができるが、それだけでできる事はたかが知れている。
それでも、やるしかなかった。
サイ達によって、ストライクが格納されていた倉庫からトレーラーが運ばれて来た。
その間にエストは、ザッとOSからマニュアルを読み取っていた。
ザフト軍のモビルスーツに対抗する為に造られたストライクは、革新的な技術がふんだんに使われていた。
物理攻撃を完全に無効化するPS装甲に、小型化して取り回しの良くなったビーム兵器等がそれに当たる。またあらゆるレンジに対応する為に武装が換装可能となっていた。
ストライカーパックと呼ばれる3種類の武装を使い分ける事で、ストライクは様々な戦況に対応できるようになり、またストライカーパック自体もバッテリーを搭載している為、他の5機に比べて活動時間が長く取れるという強みもあった。
だが、問題も多い。
「どう、物になりそう?」
背後から覗き込むようにして、マリューが尋ねてくる。まだ付近にはザフト軍が待ち構えている可能性が高い以上、マリュー達としては唯一手元に残った戦力であるストライクを早急に戦力化する必要が迫られていたのだが、
「駄目です。OSの書き換え自体は私でも可能ですが、作業には数時間を要する見通しであると推察できます」
エストは淡々と告げた。
ストライクのOSは他の5機同様まだ未完成で、とても戦闘に耐え得る状態ではない。幸いにしてエストには電子工学関係の技能があるらしく、書き換え自体は可能との事だったが、
「今のままでは、固定砲台以上の活躍は期待できません」
エストはキッパリと告げた。その言葉には、マリューも沈黙で答えるしかない。
その時、トレーラーを運んできたサイから声が掛かった。
「これで良いんですか!?」
「そう、お願い!!」
マリューの指示通り、ストライクが背中を向けた場所にトレーラーを止めてハッチを開いた。このトレーラーの中には、ストライクの予備武装が入っている。いずれ戦う必要がある以上、武装は確保しておかねばならなかった。
その時だった。
頭上で爆発が起こる。
「えっ!?」
振り仰ぐ視界の先で、炎が躍っているのが見える。同時にその中から2つの機体が躍り出た。クルーゼのシグーとムウのメビウスゼロである。
既に全てのガンバレルを失ったムウは、残ったレールがんで反撃しようとするが、クルーゼは巧みに機体を射線から逸らして、ムウの攻撃を回避していく。
そして一瞬の隙を突いて、シグーの剣がメビウスゼロの最後の武装であるレールガンを斬り飛ばした。
「クソッ!?」
悪態を吐くムウ。これで、攻撃用の武装は全て失ってしまった。
それを見ていたマリューは、すぐに傍らのエストに向き直った。
「すぐ、コックピットに」
小さく頷き、コックピットに走るエスト。
一方のクルーゼはムウのメビウスを戦闘不能に追い込むと、地上に座するストライクを発見して機体を反転させた。
「奪取し損ねた機体か!!」
奪取できないのなら、ここで破壊する必要がある。
クルーゼは突撃銃を取り出し、ストライクに向けて発射する。
対してエストは、一瞬早くランチャー・ストライカーを装着。PS装甲を再起動して弾丸を防御した。
その様子に舌打ちするクルーゼ。
「強化APSV弾でもビクともしないか。ならば!!」
重斬刀を抜き放ち、肉薄していく。
だがそれよりも早く、エストは武装を展開、320ミリ超高インパルス砲アグニを構える。
「そう何度も、チャンスは与えません!!」
ロックオンと同時に、トリガーを引く。
だが、
「待って、その武装は!!」
地上のマリューが叫ぶが、もう遅い。
閃光が砲門から迸り、一気に駆け抜ける。
「チィッ!?」
迫る危険を察し、クルーゼは機体を翻し回避する。やはり、地上に固定して動けないままでは、正確な照準は望めない。
しかも閃光はそこで留まらなかった。
吹き上がる炎の光は威力を衰えさせず直進、そのままコロニーの内壁を突き破ったのだ。
舌打ちするクルーゼ。
「これ程の火力を1機のモビルスーツに持たせるとは!?」
やはり、見過ごす訳にはいかない。何としてもここで破壊せねば。
再び旋回し、ストライクに斬り掛かって行く。今度は、射撃の間は与えない。
対してエストは、どうにか第二射を放とうとするが、ほんの僅か照準を修正する作業にも今のストライクはもたついてしまう。
その間にも、シグーは接近してくる。
「クッ!?」
衝撃に備えて身構えるエスト。
その時、
上空から高速で接近した存在が、一瞬でシグーの背後に回りこんだ。
「何ッ!?」
「あれは!?」
クルーゼとエストは、ほぼ同時に声を上げる。
それは大振りなスタビライザーを広げた、青い機体。シルフィードである。
シルフィードは右腕に装着された高周波ブレードを展開すると、シグーに向かって斬りつけた。
「チィッ!?」
とっさに回避するクルーゼのシグー。しかし一瞬遅く、一閃によって剣を持った右腕が斬り落とされた。
「もう1機だと!?」
追撃の剣を、後退する事で辛うじて回避するクルーゼ。だが、銃撃が効かない上に、片腕を失った以上、これ以上の戦闘は不可能である。
それと同時に、何か大きな物が接近してくる事をセンサーが告げていることに気付いた。
目を転じると、白亜の装甲を持つ奇妙な形の戦艦が向かってくるのが見える。
「戦艦、コロニーの中にだと!?」
白亜の巨艦。地球連合軍の最新鋭戦艦アークエンジェルが、真っ直ぐこちらに向かってくる。どうやら、港の脱出に成功したようだ。
アークエンジェルはゆっくりと回頭しながら、後部のミサイル発射管から対空ミサイルを放ってくる。
孤を描きながら飛来する複数のミサイルを、辛うじて回避するクルーゼ。しかし、状況は控えめに言っても不利だった。
「仕方が無い、後退する」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切りながら、機体を反転させるクルーゼ。
一方でシルフィードを操るキラも、追撃する余裕が無かった。
荒い息を整えると同時に、機体の色が青から灰色に戻っていく。どうやら今ので、僅かに残っていたバッテリーが切れてしまったようだ。
「ここまで、か」
どのみち、この機体で逃げ切るには無理があったようだ。
自分の運命に見切りを付け、キラはシートに深く身を沈めた。
2
クルーゼ隊の第一次攻撃隊を退ける事には成功したものの、被害は目を覆いたくなる物だった。
シャフト、内壁、外壁を損傷し港湾施設、及びモルゲンレーテの工廠が壊滅状態のヘリオポリスは、警戒レベルが最大限に上昇し、シェルターは閉鎖されている。
更に駐留していた地球連合軍からすれば、頭を抱えたくなる。何しろ、ロールアウト寸前だった6機の新型機動兵器のうち、実に4機までもがザフト軍に奪取されてしまったのだから。そのうえ、アークエンジェルのクルーは艦内にいた最低限の人員を除き、艦長を含めてほぼ全滅に近かった。
しかも、更に厄介な事に戦いはまだ終わったわけではない。コロニーの外には戦艦2隻を中心としたクルーゼ隊が未だに網を張っているのだ。再攻撃は時間の問題と言えるだろう。
とにかく、どうにか現状を打破して包囲網を突破する必要がある。生き残った地球軍は2機の機動兵器を含めて戦艦アークエンジェルに合流、後事を策する事となった。
「テロリストねえ・・・あんな子供が」
一通りの説明を受けたムウ・ラ・フラガ大尉は、溜息とも苦笑とも付かない呟きを漏らした。
今ここにいるのは彼の他には、マリュー・ラミアス大尉、アークエンジェルを港から脱出させたナタル・バジルール少尉。そしてエスト・リーランド曹長の3人がいた。
その話題は、シルフィードを動かしていたキラ・ヒビキと言う少年の事になっていた。
「彼がその・・・本当にあの、ヴァイオレットフォックスなの?」
「間違いありません。DNA、及び頭部骨格パターンのデータも98パーセント以上の一致を見ています」
淡々とした声で答えたのは、エストだった。
ヴァイオレットフォックス。それは、地球連合、特に大西洋連邦にとっては忌むべき名前の最たる物だった。
反大西洋連邦テロリスト集団「レッド・クロウ」に所属するテロリストで、ここ数年で確認されているだけで10件以上のテロ行為に加担していると言われているS級指定広域指名手配犯。
レッド・クロウ自体は2年前に、軍と連邦当局の合同による大規模な掃討作戦に遭い壊滅したのだが、まさか組織の実行部隊員の中でも、特に危険視されていたヴァイオレットフォックスが生き残っていたと言う話は初耳だった。しかもその正体が、あんな年端も行かない少年だったとは。
「更に約1年半前、極秘裏にヴァイオレットフォックスの居所を突き止めた当局は特殊部隊による強襲チームを編成しアジトを強襲。しかしこの作戦はチーム全滅と言う結果と共に失敗。以後、ヴァイオレットフォックスの足取りは途絶えたまま今日に至っていました」
「それが最近になって、このヘリオポリスに潜伏している事を掴んだ訳ね」
マリューの質問に、エストは無言のまま頷いた。
あの戦闘のあと、バッテリー切れを起こした機体から降りてきたキラは、逃げ場が無い事に観念したのか、大人しく武装解除して投降する道を選んだ。今は駆けつけた警備班に拘束され、アークエンジェルの独房に収監されていた。
部隊全滅と言う憂き目にはあったが、エストは一応、任務を達成した事になる。もっとも、ザフト軍の包囲を突破しない限り、まだ安全は保障されないのだが。
「あの少年の正体は判りましたが、今の我々には先にやらなければならないことがあります」
水を差すように、ナタルが話しに割って入った。
彼女の言う通りである。キラの正体が何であれ、その処遇をどうするのであれ、まずは現状を打破しない事には話しにならなかった。
「ストライク、行ける?」
「無理です」
間髪入れずにエストは、マリューの質問に返事を返した。
「現在、マードック軍曹以下、整備班の方がOS書き換えに全力を傾注していらっしゃいますが、やはり通常の方法では困難だそうです。おそらく、私が作業に加わったとしても、結果は大きくは変わらないと思われます」
「では、シルフィードの方は? あれの書き換えは終わっているのだろう」
ナタルの質問に、しかしエストは首を横に振った。
「あちらは逆に高性能過ぎて使い物になりません。反応速度のレベルを落とし、OSの補正レベルを上げれば可能ですが、これをやるとなると、更に時間が掛かります。個人的な私見ですが、ストライクの整備を優先した方が早いと思われます」
「どちらにしても、時間は掛かるって事か」
正真正銘、溜息を吐くムウ。
時間。何に付けても、それさえあれば問題は解決する。しかし今や、唯一欲しいその時間が、アークエンジェルには無かった。
「大尉は、どうにかなりませんか?」
縋るような視線で、ナタルはムウを見る。
ムウもメビウス・ゼロをクルーゼに大破され、次の出撃には間に合いそうも無い。だが彼は「エンデュミオンの鷹」と異名を取る、連合きってのエースパイロット。ムウなら何とかしてくれるのではと言う想いがある。
だが、ナタルの質問に対して、ムウは肩を竦めた。
「俺も例の坊主が書き換えたってOSは見せてもらったが、どう考えても無理だ。あれはナチュラルに扱えるような代物じゃねえよ」
「では、元に戻させて・・・」
「そんでノロクサ出てって的になれってか? 俺は嫌だぜ」
こう質問をぶつけるナタル自身、既に判っている。ストライクは戦力化の見通しが立たず、シルフィードはパイロットの能力が追いつかない。OSの書き換えも事実上不可能。
ならば、残る選択肢は1つしか無い。
しかし、地球連合の軍人として、その選択だけ出来なかった。
「・・・・・・・・・・・・良いわ」
ややあって、低く声を発したマリューに、3対の視線が集まった。
「責任は私が取ります。彼を、」
同時に、迷っている暇も無かった。
ただ一言、
「・・・・・・・・・・・・不愉快です」
一同の気持ちを代弁するように、エストはそれだけ呟いた。
「ミゲルがこれを持ち帰ってきてくれてよかった」
自嘲気味の声は、ラウの口から漏れる。
「そうでなかったら、機体を損ねた私は無能者の烙印を押されていた事だろう」
その手にはストライクと交戦したミゲル・アイマンが持ち帰ったデータが握られている。
6機のG兵器の内、奪取した4機はOSの調整が粗雑で、とてもではないがまともに動くとは思えなかった。ただそんな中で唯一、奪取に失敗した機体は高い機動力を持ってミゲル・アイマンの機体を撃墜してのけたのだった。
指揮卓を囲むのはヴェサリウス艦長のアデスの他にミゲル、オロール、マシュー、そしてアスラン・ザラのパイロット4人である。
「なぜ、この機体だけがこうも動けたのかは判らん。だが、このまま野放しにすることも出来まい」
第二次攻撃の要有り。それがクルーゼの考えであった。
そんな中でアスランは、先程の事が脳裏から離れなかった。
あの格納庫で対峙した少年。あれは間違い無くキラだった。
キラ・ヒビキ。
月の中立都市コペルニクスにある幼年学校で、暫くの間一緒に過ごした幼馴染である。
当時、妙に陰りのある少年であったキラを、アスランは積極的に遊びに誘ったのを覚えている。初めの内は遠慮がちだったキラも、アスランの積極さに次第に態度を軟化させて行った。
だが、そんな幼き日々も、唐突に終わりを告げた。
ある日を境に、キラはプッツリと姿を現さなくなったのだ。
そう、あれは今でも覚えている。あの年は確か、コペルニクスで大規模な事故があった年だ。一部では反体制派ゲリラのテロであるとも報じられたこの事件は、市街地の高級ホテルが爆発炎上、宿泊客を含む数10数名の死傷者を出した痛ましい事件であった。
その直後であった気がする。キラが姿を消したのは。
そのキラが、今頃姿を現すとは。
「ミゲル、オロール、マシューは出撃準備を、再度仕掛けるぞ」
アデスの声で我に返った。
「隊長、私も、」
確かめたかった。あれが本当に、あのキラなのかを。
その言葉に驚いたように、仮面の顔を向けてくるクルーゼ。
「君には機体がないだろう、アスラン」
今回の特殊任務でのアスランの役割は、あくまで連合の機動兵器奪取であった為、愛機は置いてきている。
「しかし、」
「今回は譲れ、アスラン。ミゲル達の悔しさもお前と変わらん」
そんなアスランに、アデスが諭すように声を掛ける。
その言葉には、アスランも引き下がらざるを得なかった。
X207ブリッツ。
自分が奪取してきた機体のコックピットに座り、ライア・ハーネットはキーボードを叩いていく。
OSの調整は早めに済ませてしまいたかった。何しろ機体を奪取した時は必要最低限で済ませた為、手間の掛かる部分の調整が後回しになってしまった。
「あ、間違えた」
舌打ちしつつ、間違った箇所から修正していく。一箇所間違えば、そこから続く箇所が全て間違っていくため、修正が面倒くさい。
「ん~・・・・・・あ、これか」
ようやく間違った箇所を見つけて修正していく。
それにしても、地球軍が作ったOSと言うものには、呆れを通り越して哀れみすら覚えてしまう。こんなものでよくザフトに対抗しようなどと思い立ったものである。
ライアの手が、忙しなくキーボードの上を走る。
この作業が終われば、この機体も実戦レベルで使用可能となる。奪取した責任者として、いつでも出れるように準備をしておきたかった。
その時、開いているハッチの向こう側で、ジンが発進準備をしているのが見えた。
「再攻撃、ヘリオポリスに?」
身を乗り出して格納庫内を見渡せば、数機の機体が出撃準備を進めているのが見えた。しかもそれらの手には例外無く、過剰とも言える装備が施されていた。
「あっちゃ~、要塞攻略用の大型装備、て事は・・・こりゃ隊長も、かなり本気みたいね」
その言葉が終えると同時に、最初のジンが発進位置へと向かっていく。
ヘリオポリスへの第二次攻撃が始まろうとしていた。
二度目ともなると、機体の立ち上げも比較的スムーズに行った。
点滅しながら立ち上がっていく計器類を眺めながら、キラは己が運命の皮肉さに苦笑せざるを得なかった。
キラは再びシルフィードのコックピットにいる。ザフト軍の第二次攻撃隊が接近しているのだ。
マリューの下した決断は、実に際どい類の物であった。
ムウのメビウスは損傷して出撃不能。ストライクはOSの未調整で出撃不能。シルフィードは他に扱えるパイロットがいないと来れば、今現在、アークエンジェルにあって迎撃に出られるのはキラとシルフィードの組み合わせだけだった。
「・・・・・・・・・・・・」
自嘲と言うには足りない。皮肉と言ってもまだ遠い。まさかこの自分が、連合軍の新型機動兵器に乗り、彼等の為に戦う事になるとは。
勿論、こうなるまでにはマリュー達の苦い逡巡が会った。何しろ相手は、子供とは言えS級指定の反連合テロリストである。そのテロリストに、たった2機残った機動兵器の内の1機を預けるなど、正気の沙汰ではない。ましてかキラはコーディネイター。そのまま裏切ってザフト軍に寝返る事も考えられる。
そこで、なおも納得の行かないナタルは、最悪の事態を考えて二重三重に保険を掛ける事にした。
まず、シルフィードのバッテリーは規定の7割に留めて出撃する。これなら、絶対に遠くへは行けない。
次に、シルフィードに積まれている自爆コードをアークエンジェルから遠隔操作できるようにした。Nジャマーの影響で通常の電波通信は使えない為、レーザー通信による打電で特定のキーワードを受信した場合、シルフィードは自爆するように仕向けられた。
キラ自身には発信機を携帯させ、非戦闘時、艦内のどこにいても判るようにした。万が一、何らかの理由で携帯を怠った場合、無警告で射殺する権限が警備兵には与えられている。勿論、機関室や兵器庫、更には必要ない場合でのモビルスーツデッキへの侵入は厳禁である。
そして最後、キラの首には、先程までは無かった銀色の首飾りが下げられている。一種の質素な輝きを放つその飾りは、しかしその中に爆薬が仕込まれており、コードを受信するか、あるいは無理に外そうとすると爆発する仕掛けになっていた。
これだけ一方的、かつ理不尽な条件を突きつけられて尚、キラが出撃を了承した事には理由があった。
実はキラのカレッジの友人であるサイ、トール、カズイ、ミリアリア、リリアの5人は今、アークエンジェルに収容されていた。と言うのも、コロニーの警戒レベルが上がり、シェルターがロックされた事で、彼等は行き場を失ってしまったのだ。
彼等5人を軍の手で保護する。それが、キラの出した条件である。そしてマリューはそれを受け入れた。苦しいのはお互い様と言うわけである。
整備兵が退避して行く。どうやら、出撃準備が整ったようだ。同時に、ブリッジから通信が入った。
《準備はどう?》
「大丈夫です。すぐに出れます」
相手はマリューだった。
《敵の戦力は要塞攻略用に武装したジンが3機。それにX303、イージスが来ているわ。気をつけて》
「イージス・・・・・・」
キラはマリューには聞こえないように、そっと呟いた。
イージスとは、あの時目の前で後退して言った赤い機体の事だ。そして、
「アスラン・・・君が来ているのか?」
問い掛けに、答えを持っているものはいない。
そうしている内に、シルフィードはデッキへと運ばれていく。
リニアカタパルトに灯が入り、出撃の準備は整った。
今や連合の囚われ人となったテロリストの少年が、眦を決して顔を上げる。
「キラ・ヒビキ、ガンダム、行きます!!」
打ち出されると同時にスタビライザーを展開、同時に機体の色が青に染め上がった。
ミゲル、オロール、マシューの3人が操るジンは、その手に大型ミサイルや重粒子砲を手に、ヘリオポリス内を進んでいく。
その視界の先に白と赤で塗装されたアークエンジェルが見えて来る。
どうやら迎え撃つ心算らしい。上甲板の対空砲が起動するのが見えた。同時に2基の主砲が旋回し、射撃位置に入っている。
そのアークエンジェルから青い機体が飛んで来るのが見える。奪取し損ねた2機のうちの片割れであり、先程ミゲル機を撃墜してくれた機体だった。
「オロールとマシューは戦艦をやれ。アスラン、無理やり付いてきた実力、見せてもらうぞ」
「ああ・・・・・・」
あの後、アスランは命令を無視して、独断で出撃し攻撃隊に加わった。どうしても確かめたかったのだ。あれが本当に、かつて親友であったキラ・ヒビキなのかどうかを。
ミゲルの命令を受けて、二手に分かれる。
オロール機とマシュー機は迂回してアークエンジェルへ。アスランは増速するミゲル機に続いた。
それと同時に、開戦のベルが鳴った。
アークエンジェルが対空ミサイルを放ってくるのに対して各機は散開して回避、外れたミサイルはヘリオポリスのシャフトを直撃する。
「誘導、厳に!! コロニーを傷つけないように慎重にやって!!」
「そんな事言ったって・・・」
「照準、マニュアルでこちらに回せ!!」
アークエンジェルのブリッジは、慣れない実戦にクルー達は戸惑いを隠せずにいる。機体が損傷して出撃できないムウまでがCICに入って火器管制をしている有様である。
マシューとオロールは巧みにアークエンジェルの砲火をよけながら接近、手にした対艦兵器を放とうとする。
一方で出撃したキラは、主武装である高周波ブレードを展開し、ミゲル機と対峙する。
「さっきの借りを返すぜ!!」
言い放つと同時にミゲルは重粒子砲を放つ。
ミゲルは「黄昏の魔弾」と言う異名を持つザフト軍のエースで、本来はオレンジ色に塗装した専用機を持っているのだが、先日の戦闘で損傷してしまい、今回は予備機での出撃だった。
「喰らえ!!」
ミゲルはシルフィードに向けて重粒子砲を放つ。
対してキラはシールドでビームを防ぎ、そのまま接近する。
その視界の端には、赤い機体が映っている。間違い無くあれは、あの時アスランが奪っていったもう1機の機体である。と言う事は、あれに乗っているのはあのアスラン・ザラなのだろうか?
迷っている内にもミゲルの猛攻は続く。
だが一撃で要塞の外壁をも抉る閃光は、舞うように戦うシルフィードを捉えるには至らない。ザフト軍が正式採用しているビーム兵器は、技術的な問題で、どれも大出力かつ大型の物ばかりである。本来であるなら対艦、及び対要塞戦に使われるべき代物であり、連射も効かない。それでも無理に持ってきたのは、相手が物理衝撃を完全無効化するPS装甲を有している故なのだが。
「この!!」
焦るように重粒子砲を放つミゲル。
だが、ほとんど至近距離であるにも拘らず、キラはミゲルの攻撃をあっさりと回避してのける。重粒子砲は、モビルスーツのような小型の物を狙うには、あまりにも取り回しが悪すぎるのだ。
乗ってから殆ど時間が経っていないにも拘らず、シルフィードはキラの思う通りに動いてみせる。操縦桿も、モニターも、ペダルも、まるで誂えたかのようにキラの思う通りの反応を見せた。
次の瞬間、キラは動いた。
重粒子を掻い潜るように機体を沈み込ませ、そのまま距離を詰めにかかる。
「何ッ!?」
思わず息を呑むミゲル。
ジンは重量武装を保持しているせいで、シルフィードの素早い動きに対応できない。
掲げる白刃。
とっさミゲルは回避しようとするが、最早間に合わない。
ブレードがジンの装甲に食い込み、そのままエンジン部分まで貫いた。
「ミゲル!?」
絶叫するアスランの前で爆発、四散するミゲルのジン。
黄昏の魔弾という異名を持つエースパイロットにとって、あまりにも呆気ない最後であった。もしミゲルが自分専用の機体を持ってきていたのなら、あるいはこの結末はまた、違った物になっていたのかもしれない。
だが今のキラに、そんな感傷めいた想いは無い。ただ脳裏に「1機撃墜」と言う情報を加えたのみである。これで残るはイージスを含めて3機である。
その時、キラの進路を塞ぐように、赤い機体が舞い降りる。
「ッ!?」
イージスの姿を視認すると同時に、キラは高周波ブレードを構える。だが、
「キラ・・・・・・キラ・ヒビキか?」
イージスから送られてきた通信により、自分の考えが間違っていない事を悟った。
あの機体に乗っているのは、
「アスラン・・・ザラ・・・・・・」
かつての幼馴染の名前を、僅かな感慨に乗せて呟く。
アスランの方でも、手に持ったライフルを下ろしてシルフィードと対峙する。
その口から紡がれる言葉は、当惑と若干の非難が混じっているように思える。
「どうして、君が地球軍に・・・モビルスーツなんかに乗っているんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
どうして、か。そんな事はこっちが聞きたいくらいだ。
自嘲気味の言葉は、口を突いて出ることはない。
その間にもマシューとオロールは、執拗にアークエンジェルへの攻撃を続行する。
連合軍が期待を込めて建造した最新鋭戦艦だけあって、要塞戦用の攻撃にも辛うじて耐え抜いているが、外れ弾の一部はコロニーの内壁に深刻な損害を及ぼしていく。
「シルフィード、何をしている。こちらの援護をしろ!!」
ナタルの悲痛な声がスピーカーから流れてくる。コロニー内での戦闘と言う事で、おいそれと大火力が使えないアークエンジェルは苦戦を免れない。
キラは意を決してブレードを構え直した。
「そこをどいて、アスラン」
「キラ!?」
かつての友人が発した驚くほど冷めた口調に、驚き声を上げるアスラン。
同時にかつての親友から発せられる殺気に、イージスの機体はたじろくように身を引く。だが、それでもその場を動かずに尚も対峙する。
ブレードを振り被るキラ。
「警告は一度だけだよ」
「キラ・・・お前・・・・・・」
次の瞬間、返事を待たずにキラは動いた。
イージス目掛けて剣を振り被り、
横からの衝撃にバランスを崩した。
「うわっ!?」
何とか姿勢制御するキラ。
そのモニターには、先程まではいなかったはずの黒い機体が、ワイヤー付きの武装で襲い掛かってきていた。
「X207・・・ブリッツ!?」
突然現れた新手に、キラは訝る。センサーの類には、直前まで反応は無かったはず。一体、どうやってブリッツは現れたのか?
飛んで来るビームを避けつつ、キラは新手の敵から距離を置く。
「アスラン、動きが鈍いわよ。どうしたの!?」
ブリッツを操る少女、ライア・ハーネットからの通信に、アスランは我に返った。
「あ、ああ・・・すまない。助かったよライア」
そう告げてから、再びシルフィードに向き直った。
一方でキラも体勢を立て直し、2対1と言う状況の変化にどう対応するか思案していた。
だが、そうしているうちにも、彼等の周囲では状況が悪化の一途を辿っていく。
要塞攻撃用の重火力や戦艦の攻撃を受けたヘリオポリスの内部には、既に深刻なレベルでダメージが蓄積されていた。
地表部分を含む内壁はボロボロになり、構造を支える背骨とも言うべきシャフトには無数の亀裂が走っている。
そして、避け得ない運命のまま、ソレは起こってしまった。
シャフトの一部が吹き飛び、崩壊。同時に、構造を維持できないと判断したコロニーを管理するメインコンピュータが、シェルター内に退避した民間人の生命を優先すべく全隔壁を開放、外壁と内壁が同時に開いていく。
ヘリオポリス。
キラが逃亡の末に掴んだ安息の地が今、目の前で崩壊していくのが見えた。
瓦礫が舞い上げられ、漆黒の宇宙空間が顔を覗かせる。
同時に、比較的低高度にいたシルフィードの機体も、急減圧によって外界へと吸い出されていく。スラスターを全開まで吹かそうとするが機動兵器の馬力で敵うはずも無く、機体は木の葉のように飛ばされていく。
「キラ!!」
アスランが呼ぶ声が聞こえた気がしたが、それに答えるだけの余裕は、キラには無かった。
PHASE-02「大地が消える時」 終わり