機動戦士ガンダムSEED Illusion   作:ファルクラム

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PHASE-03「静寂なる包囲網」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これを見た人間は、どう思うだろうか?

 

 悲劇を連想するか? あるいは単にデブリの集合体と思うか?

 

 だが、判る人間には判る。ほんの数時間前までは、この地にも平和な生活が営まれ、当たり前の光景があったのだ。

 

「これが・・・・・・」

 

 宇宙空間に放り出されたシルフィードのコックピットに座しながら、キラは言葉も無く呟いた。

 

 ゲリラに身を置き、今まで悲惨な光景を何度も見てきたキラだが、これはレベルも違えば次元も違う。まさに、世界の崩壊に匹敵するかのような光景だった。

 

 ヘリオポリスと言う世界の終りが、今、キラの目の前に広がっていた。

 

 唯一の救いは、避難警報発令から実際の崩壊まで間があった為、多くの民間人が退避を完了していたと思われる事だった。

 

 だが、ヘリオポリスの住民達が自分達の住処を失い、路頭に放り出された事は事実であり、今後の彼等の行く末に一抹以上の影を落としているのは間違いなかった。

 

 キラは溜息を吐きながら、シートに深く身を沈めた。

 

 結局守れなかった。と言う徒労感から来るやるせ無さに全身を包まれる。

 

 そこでふと、気付いた。

 

 計器に目を向けると、バッテリー残量が3割以下になっている。元々7割での出撃であるから、こうなる事は予想していたが。

 

「成る程、これじゃあ逃げるに逃げれない、か」

 

 別に逃げる気はないが、言っても誰も信じないだろうし、連合の軍人からすれば当然の措置だろう。

 

 その時、通信機に反応がある事に気付いた。

 

《X109シルフィード・・・X109シルフィード、キラ・ヒビキ、聞こえるか、返事をしろ!!》

 

 怒鳴るようなナタルの声が聞こえてくる。それだけ必死だと言う事だろう。

 

 ここは喜ぶべきところだろうか? いや、彼女が心配なのはパイロットである自分ではなく、この機体なのだろうから、別に気を使う必要も無いわけで、

 

 そんな事を考えながら、スイッチを入れた。

 

「こちらX109シルフィード、キラ・ヒビキです」

《無事か。誘導ビーコンを出す。こちらに戻れるか?》

「大丈夫です。何とか」

 

 バッテリーは心許ないが、戻る分には問題無いだろう。

 

《よし、ではただちに帰還しろ。すぐに脱出するぞ》

「了解です」

 

 そう言って通信機を切った。

 

 その時、モニター越しにキラの目に映る物があった。

 

「あれは・・・脱出ポッド?」

 

 コロニーから射出された脱出ポッドのようだが、何か様子がおかしい。

 

 キラは操縦桿を操ると、慎重にポッドに機体を近付けた。

 

 

 

 

 

 着艦を終えコックピットから出ると共に、キラは警備兵によって拘束された。このまま自室へ連行される事になる。

 

 これも条件の1つだった。手錠を掛けない事、独房に入れない事が数少ない救いと言えば救いだが、これからはこの窮屈感と同居しなくてはいけないと考えると、戦闘での疲労が乗算されていくようだった。

 

 ともかくライフルを持つ警備兵2名に後ろに着かれて歩きながら、キラは僅かに視線を巡らした。

 

 シルフィードの隣には、整備を急ぐストライクが、更にその向こうには修理が完了しつつあるメビウスゼロの姿が見て取れた。

 

 キラの目は、更にその向こうの光景に止まる。

 

 そこでは先程回収したポッドから、乗っていた民間人が救出されている光景があった。

 

 そのポッドを回収するか否かで、ブリッジと一悶着あった事を思い出す。

 

 回収しようとするキラと、機密保持の観点から拒否しようとするナタルとの間で押し問答があったが、最終的にはマリューの采配で収容が決定された。

 

 まったく。民間人救助を主張するテロリストと、それを拒絶する正規軍人。これでは立場が逆ではないか。

 

 そんなボヤキを声に出さずした時、ポッドのハッチから出てきた赤い髪の少女に目を留めた。

 

「あれは・・・・・・」

 

 見覚えがあった。確か1年下の後輩で、サイとは婚約者同士の、

 

「フレイ・アルスター?」

 

 確か、そんな名前だった。

 

 そう考えていると、当のサイが現れ、フレイに近付いて行く光景が見えた。

 

 そのまま両者は、互いの名を呼び合って抱擁を交わす。

 

どうやら、自分の行動が、全くの無駄ではなかった事が判り、キラはホッと溜息を吐いた。

 

 と、廊下に出た時、こちらを見て佇む影がある事に気付いた。

 

 少年達はキラが出てくると、一斉に振り返った。

 

「キラ!?」

「トール、ミリィにリリアも・・・・・・」

 

 友人達の登場に、少しだけ驚く。だが、よくよく考えれば、ろくに説明もしていなかった事を今更ながら思い出した。

 

「お前、これは一体どういう事なんだよ?」

「そうよ、何でキラがモビルスーツなんかに乗ってるの?」

 

 食ってかかって来る一同を見ながら、思案を巡らす。どうやら表面上の事情は聞かされているが、詳しい事は知らないと言ったところか。

 

 と、そこでトールが、キラの背後でライフルを突きつけている警備兵に気付いた。

 

「おい、何だよそれ!?」

「トール・・・・・・」

「何でそんな事してんだよ!?」

 

 キラの控えめな静止も聞かず、整備兵に食って掛かるトール。

 

「キラがコーディネイターだからって、そんな事するのかよ!? こいつが敵じゃないって事くらい判るだろうが!!」

 

 トールの主張に対して、警備兵も少し困ったような顔を作る。彼等としても、情報の伝達が成されていない事に戸惑っているようだ。

 

 そんな友人の様子に微笑を洩らし、キラはやんわりと間に入って制した。

 

「トール、良いよ別に」

「良くないだろッ お前も、どうして平気な顔してるんだよ?」

 

 傍目には煮え切らないような態度を取るキラに、トールも訳が判らず困惑する。

 

そんなトールの様子を見ながら、キラは冷静を装いつつ、それでも心の中に暖かい物を感じる。

 

 と、そんなトールの横から、リリアが前に進み出て、口を開いた。

 

「ねえキラ、話して。どうしてこんな事になってるの? 一体、何があったの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彼等は、自分を心配して出迎えに来てくれたのだ。ならば、このまま何も話さない訳にもいかない。

 

「ごめんねみんな・・・・・・」

「キラ?」

「僕はね」

 

 ポツリと言った。

 

「・・・・・・テロリスト、なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦火による崩壊が生み出したデブリ。

 

 悲劇と嘆きの象徴であるはずの残骸の群れが、皮肉な事に現在、アークエンジェルを隠すカーテンの役割を果たしていた。

 

 無数に浮かぶデブリとNジャマーの影響によって、レーダーは全く役に立たず、残骸の中には熱を持つ物もあり、熱紋センサーでも探知できない。

 

 取り合えず、時間は稼げる。あとは、今後の方針を決めて動くだけである。

 

「敵の位置の補足は出来る?」

「無理です。こうデブリが多くては」

 

 マリューの質問に、ナタルは渋い顔で返す。

 

 こちらの位置も気取られない反面、敵の位置も判らない。このデブリのカーテンも互いに痛し痒しと言ったところか。

 

 一同は深刻な表情のまま、考え込む。もっともただ1人、エストだけは何を考えているのか判らない無表情で佇んでいるが。

 

 だが、相手もこちらを探している以上、いつまでもここでこうしている訳にも行かない。

 

「・・・・・・今、攻撃を受けたら、こちらに勝ち目は薄いですね」

「だな、こっちの戦力は俺のボロボロのゼロに、調整が終わってないストライク、そしてシルフィードだけだ」

 

 ムウの言葉に、一同は更に深刻な表情で考え込む。

 

 足りないのは戦力だけではない。補給物資、特に水と弾薬が不足気味だった。最終的に月の軌道艦隊司令部に行くにしても、途中で不足するのは明白だった。

 

「最大戦速で振り切るか? かなりの高速艦なんだろ、この船?」

「敵にも高速のナスカ級がいます。振り切れる保障はありません」

 

 ムウの質問に、溜息交じりのマリューの返事が返る。動きたくとも動くに動けない。というのが現在の状況である。

 

「・・・・・・艦長」

 

 ややあって、ナタルが口を開いた。

 

「私はアルテミスに向かう事を提案いたします」

 

 その言葉に、3人の視線がナタルに向いた。

 

「アルテミスって、傘のアルテミスか?」

「はい。現状で考えれば、あそこが最も近い友軍です」

 

 宇宙要塞アルテミス。ヘリオポリスから比較的近場にある地球連合軍所属の宇宙基地である。そこは光波防御帯と言う特殊な防御フィールドを形成するシステムを備えている為、鉄壁の護りを誇っていた。その防御帯を広げた姿を通称で「アルテミスの傘」と呼ばれている。

 

 友軍であるのは間違いない。だが同時に、いくつか問題も抱えていた。

 

「でも、この艦も機体も、公式発表はおろか、友軍識別コードも無いのよ」

 

 下手をすると、接近した瞬間に撃たれる可能性もある。

 

 それに、

 

「仮に撃たれなかったとしても、すんなり入れてくれるかね?」

 

 こちらの方が、より深刻と言えた。

 

 地球連合軍と一口で言っても、確固とした国同士の信頼関係が築かれているわけではない。特に、大国である大西洋連邦とユーラシア連邦は互いにいがみ合い、隙あらば相手を出し抜こうと、虎視眈々と狙っているのだ。ザフト、ひいてはコーディネイターと言う共通の敵があって初めて成立する協調体制。それが地球連合軍の実情である。

 

 そしてこれが問題の最も深刻な部分であるが、アークエンジェルと6機のG開発計画は大西洋連邦が独自に進めたもの。そしてアルテミスは本来、ユーラシア連邦軍の所属であり、現在駐留しているのもユーラシア軍である。

 

 ユーラシア軍としては、大西洋連邦に一歩出しぬかれた形となる為、当然、面白くはないだろう。

 

「しかし、このまま月へすんなり行けるとは、まさかお思いではないでしょう? いずれにしても早急な物資の補給は必要です」

 

 ナタルの言う通り。今のアークエンジェルは、正に「着の身着のまま」の状態なのだ。

 

 他に、選択肢は無いようだ

 

「判りました。それで行きましょう」

 

 そう言って、今度はエストに向き直る。

 

「ストライク、行ける?」

「マードック軍曹から報告を受けています。あと60:00以内には作業が完了するそうです」

 

 正味1時間。それくらいなら、仮に捕捉されるにしても、足で時間は稼げると、マリューは素早く頭の中で計算した。

 

「判りました。本艦はこれより、アルテミス宇宙要塞へ進路を取ります」

 

 マリューの一言で、方針が議決された。

 

 

 

 

 

 途方に暮れているのは、ザフト軍も同様であった。

 

 周囲の残骸群を見ながら、クルーゼは溜息混じりに呟いた。

 

「まさか、こんな事になるとはな」

 

 もっとも、この表情を見せない人物が言うと、全く深刻そうに聞こえないのだが。

 

 むしろ心配そうに焦りを見せているのはヴェサリウス艦長のアデスだった。

 

「中立国のコロニーを破壊したとなると、問題になります。評議会には何と?」

「地球軍のモビルスーツを開発していたコロニーの、どこが中立なんだ? それに住民の殆どは脱出している。『血のバレンタイン』に比べたら大した事ではないさ」

 

 嘯くクルーゼは、尚も冷静さを崩そうとしない。

 

 対してアデスは、帽子を目深に被り直しながら沈黙する。

 

 開戦の火種となった「血のバレンタイン事件」。地球軍が、本国にある農業プラントの1基「ユニウス7」に核ミサイルを撃ち込み崩壊させた事による悲劇は、プラントの人間にとっては、あまりに生々しい記憶となって残っている。

 

 その悲劇を奇禍として、ザフト軍は核分裂を阻害し使用不能にするNジャマーを実戦に投入、今日の戦線膠着の一因を作り上げている。

 

 確かに、あれと比べればまだマシかもしれないが、それでも程度の差でしかないように思える。

 

 だが、そんな事は全く意に介さずに、クルーゼは先を見据えて話を続けた。

 

「アデス、例の新型艦の位置は掴めるか?」

「まだ追う心算ですか? しかし最早、こちらにも戦力が」

 

 目下、打ち洩らしたアークエンジェルと2機のモビルスーツ捕捉は、ザフト軍にとっても急務である。

 

 しかし、「黄昏の魔弾」ミゲル・アイマンを始め、既に多くのエース級パイロットが機体と共に永遠に失われてしまっている。ザフト最強と謳われるクルーゼ隊と言えど、これ以上の戦闘は不可能に思えた。

 

 だが、そんなアデスの疑問を、クルーゼは一笑と共に払拭した。

 

「あるじゃないか、4機も」

 

 4機、と言う数字を言われて、それを思い出さないはずはなかった。

 

「・・・・・・地球軍の機体を使うお心算で?」

「データの吸い出しが完了しているなら問題は無いさ。問題は、奴等がどこに隠れていて、どこに向かうかだ」

 

 クルーゼは仮面に隠れた目で宙図を睨む。

 

 ヘリオポリスの残骸は意外に邪魔で、ここで捕捉できなければ取り逃がす可能性がある。とは言え、先程のアデスの言葉はある意味で正しい。半数以上の戦力を失ったのは事実であり、広範囲に索敵を掛ける事はできない。

 

 注意深く宙図を睨むクルーゼの目が、一点で留まった。

 

「・・・・・・・・・・・・網を張るか」

「網、でありますか?」

 

 アデスの言葉に頷き、クルーゼの指は一転を指した。

 

 そこには、地球軍の要塞がある事を示している。

 

「ヴェサリウスは先行しここで敵艦を待つ。ガモフは迂回コースを取らせ、索敵を密にして後続させろ」

「アルテミスに、敵が逃げ込むと?」

 

 確かにこれなら、うまく行けば敵を挟み撃ちにできる。だが、もし予測が外れた場合は、賭けの失敗を意味する。

 

 そう思った時、オペレーターが振り返って報告してきた。

 

「大型の熱量を感知。戦艦と思われます。コースは地球スイングバイにて、月面大西洋連邦軍プトレマイオス基地!!」

 

 その報告を聞き、アデスは再びクルーゼを見る。今の報告では、敵艦はアルテミスへは行かない事になる。彼の予測は外れではないか?

 

 だがクルーゼは、より笑みを深めて言った。

 

「今ので私は確信したよ。敵はアルテミスへ向かう。当初の作戦通り行く。ヴェサリウス発進だ。ガモフを呼び出せ」

 

 ザフト軍の名将には既に、アークエンジェルの動きが筒抜けになっていた。

 

 そうとはまだ知らず、アークエンジェルは友軍との合流を目指して、行動を開始していた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルは現在、動力の一切を切ったまま、無重力空間における惰性を利用して航行している。サイレント・ランニングと呼ばれるこの航法を使えばスラスター噴射による熱を発することも無くなり、光の差さない宇宙空間においてアークエンジェルは、そこらを漂うデブリと等しくなり、通常のレーダーでは探知できなくなる。

 

 そんな中にあって、不安は伝染病のように居住区に蔓延していた。

 

 キラの手によって回収され、収容された民間人達は肩を寄せ合い、皆が皆怯えた顔を覗かせている。

 

 住む場所を失い、現在の居場所も尚、危険を孕んでいるのだ。不安がるなと言うほうが無理である。

 

 その渦中に、トール達もいた。

 

「俺達、どうなっちゃうんだろうな?」

 

 カズイがポツリと漏らした言葉が、一同の心を代弁していた。

 

 本当に、どうなるんだろう? マリューは自分達を拘束すると言ったが、それはいつまで続くんだろう?

 

 そんな思いが交錯する。

 

「キラも、どうなっちゃうんだろう?」

 

 リリアの言葉に、一同はハッとしたように顔を上げた。

 

 この場にいない友人は今、1人で別の部屋に軟禁されている。その理由も、既に聞いていた。

 

「テロリスト・・・・・・だったんだよな。あいつ・・・・・・」

「うん、それも、すごい犯罪者だったって」

 

 S級指名手配犯。デッドオアアライブ指定の重罪人。そんな人間が自分達と1年間も友人として過ごしてきたかと思うと、今更ながらに恐ろしい物を感じてしまう。

 

 一体、何が目的だったのか? 築けたと思っていた友情は、自分達だけが見ていた幻だったのか?

 

 気持ちは空回り、マイナスの方向へと引き寄せられる。

 

「ね、誰の事?」

 

 そんな中で1人、フレイ・アルスターが会話に着いて行けず、傍らのサイに尋ねた。

 

 訳の判らないままシェルターに押し込まれ、気が付けば戦艦に収容されていたフレイには、未だに事情が飲み込めていないようだ。

 

「キラって、居るだろ。ほら、同じゼミの。あいつの事」

「ああ、あの教授によく扱き使われているコーディネイターの子?」

 

 フレイにとっては、そう言う認識だったのか。と、半ば呆れてしまう。まあ、扱き使われていたのもコーディネイターである事も事実なのだが。

 

「あいつ、テロリストだったんだ」

「え? 嘘!?」

 

 カズイの説明に、フレイは甲高い声で驚く。

 

 その、少し過剰とも思える驚きに、さすがに一同も鼻白む。そのコーディネイターのテロリストが自分を救った事を、果たしてフレイは認識しているのだろうか?

 

「カズイ、そんな言い方無いだろ」

 

 トールに強い口調で言われ、カズイは少し後ろめたさを感じて顔を背けた。

 

 相手の正体が誰であろうと、つい先刻までは確かに存在していた友情を穢したくは無かった。

 

 キラと初めて会った時、彼は自分がコーディネイターであると告げた。その時も確かに驚いたが、今回のそれは、あの時の衝撃を上回っている。

 

 だが、

 

「でもさ、」

 

 そんな一同の軌道を修正するかのように、リリアが口を開いた。

 

「あいつ、何であの時戻ってきたんだろう?」

 

 言われて思い出す。

 

 あの半壊したモルゲンレーテの敷地内、ザフトのモビルスーツに襲われて絶体絶命を感じた時、キラは全てを省みずに助けに来てくれた。

 

 戻れば捕まるかもしれない事は、キラには判っていたはずだ。そのまま逃げた方が得な事も。

 

 それでもキラは戻ってきた。

 

 自分達が、あそこにいたから。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一同は沈黙したまま、互いを見る。事情に疎いフレイも、空気を感じ取ったのか、サイの腕を掴んだまま沈黙している。

 

 ややあって、最初に立ち上がったのはトールだった。

 

「俺、決めたよ」

 

 そして、その想いは、他の皆も同じだった。

 

 

 

 

 

 キラはベッドに腰掛けたまま、何も無い壁を見詰めていた。

 

 一応、士官用の個室を軟禁場所として選んだらしく、生活に必要な物は一通り揃っていた。

 

 そっと触れる首には、見えずとも確かに指先に感触を伝える銀の装飾がある。

 

 爆薬入りの首輪。キラという狂犬を飼い馴らす為のアイテム。

 

 いっそ引き千切ってしまおうか? そうすれば中にある爆薬は瞬時に炸裂し、その瞬間キラの命を奪い去るだろう。

 

 心のどこかで、そう叫ぶ自分がおり、手は自然に首輪を握る。

 

 だが、出来ない。

 

 我に返り、手を離す。

 

 奴隷戦士、と言う言葉がある。

 

 奴隷の中で強力な武力を誇る者が、特定の条件を呑んで戦場に立つ。そうして出来上がるのが奴隷戦士だ。

 

 自分の出した条件。サイ、トール、カズイ、ミリアリア、リリアの生命、安全の確保。それが保障されるなら、自分はシルフィードに乗って戦う。

 

 この条件を満たされる限り、自分は生きて戦わねばならない運命にあるのだ。

 

 今のキラは正しく、古代に存在したと言う奴隷戦士と言っても良いだろう。

 

 そこまで考えた時、扉が開いて室内に小柄な少女が入ってきた。

 

「食事をお持ちしました」

 

 入ってきたエストは素っ気無い態度のまま、食事の入ったトレイを机の上に置いた。

 

 一方でキラは、そんなエストの姿に呆気にとられていた。

 

「・・・・・・どうしました?」

 

 目を丸くしてこちらを見ているキラに気付き、エストは尋ねる。

 

「い、いや、まさか君が運んで来てくれるとは思わなかったから・・・・・・」

 

 何しろ、数刻前に生身で銃撃戦を繰り広げた間柄である。そんな相手が自分の給仕をやっていて、度肝を抜かれない方がおかしい。

 

 対してエストは、淡々とした口調を崩さずに言った。

 

「他の方は自分の作業で忙しいので、たまたま手持ち無沙汰だった私に係が回ってきただけです。それに、あなたを連行するのが私の任務ですから。勝手に飢え死にでもされたら困ります」

「あ、そう」

 

 素っ気無い口調と態度は、取り付く島も無い。

 

「ま、とにかくありがとう」

「礼には及びません。任務ですから」

 

 自分の給仕をするのが任務なのか、と突っ込もうとしたが、その前にエストは出て行ってしまった。

 

 仕方なくキラは、トレイに目をやる。

 

 ごく平均的な艦内食である。特に不審な点、例えば食材が腐ってる等の様子は無い。

 

「・・・・・・毒入り、って事は、まさか無いか」

 

 言っておいて、自分で否定する。殺す心算なら囚われた時点で撃ち殺されているだろう。それをしないと言う事は、自分を殺す事よりも連行する事の方が任務の優先度が高いと言う事だ。

 

 そもそも、今更惜しむ命でもないし。

 

 自分の中に生じた疑念を払拭すると、キラは早速テーブルに向き合った。何しろ捕らえられてから数時間。その間、水以外は口にしていない。好い加減、胃が悲鳴を上げそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けたたましい警報は、最悪の事態を告げると同時に、皆が抱いていた不安を加速させる一助となる。

 

 沈黙は喧騒に変わり、ある者は怯え、ある者は自分達の持ち場へと走る。

 

「大型の熱量感知。戦艦クラスと思われます。距離200、イエロー3317、マーク02チャーリー、進路、ゼロシフトゼロ!!」

「気付かれたの!?」

 

 問い掛けてから、マリューは即座に否定する。それにしては距離が遠い。

 

「目標はかなりの高速で移動中。横軸で本艦を追い抜きます。艦特定、ナスカ級です!!」

「もう1隻居るだろう。ローラシア級はどうした!?」

「本艦後方300。追尾してきます。いつの間に!?」

 

 その報告に、一同は絶望に肩を掴まれた気がした。

 

 これで挟まれた。慌てて逃げようとエンジンを吹かせば、その瞬間にナスカ級が反転してくる。さりとてこのまま無音航行を続けていたら、背後から来たローラシア級に捕捉される。

 

「クソッ、読まれていたかッ」

 

 ムウが舌打ちしながら呟いた。

 

 逃げても地獄。座しても地獄。である。

 

 万事休す。残る手段は一つしかない。

 

「・・・・・・警備兵に連絡、彼を、キラ・ヒビキをシルフィードへ、」

「お待ちください艦長」

 

 言い差したマリューを、硬い声でナタルが制した。

 

「既にストライクの調整とゼロの修復が終わっています。ここは大尉とリーランド曹長のみで迎え撃つべきです」

 

 冷たい口調のまま、ナタルは告げた。

 

 言いたい事はわかる。何しろ相手は、コーディネイターのテロリストだ。保険を重ね掛けしたとは言え安心はできない。もし、ここで彼がザフトに寝返りでもしたら、シルフィードが失われるだけではなく、アークエンジェル自体危険に晒す事になりかねない。

 

 客観的に見て、ナタルの言っている事は正しい。

 

「・・・・・・判ったわ」

 

 マリューは頷き、決断した。

 

「これより本艦は迎撃体勢に入ります。大尉、お願いできますか?」

「まあ、任せとけ。取り合えず敵艦のデータと宙域図を持ってきてくれ」

 

 まともにぶつかっては勝てない。歴戦の兵士であるムウにはそれが判っている。だからこそ、策を練る必要があった。

 

 幸いな事に今回は、複数の機動兵器が使える。勝率は、前よりも高かった。

 

 

 

 

 

 ラウ・ル・クルーゼの策は図に当たりつつあった。

 

 先行するヴェサリウスはアルテミス手前で反転、稼動可能な唯一の艦載機であるイージスを発進させる。

 

 同時に、後方から追随するガモフからデュエル、バスター、ブリッツが発進した。

 

 既にガモフから、敵艦発見の報告が成されている。

 

 今や完全に、アークエンジェルは袋の鼠であった。

 

 イージスのコックピットに座し、虚空を駆けながらアスランは、今敵艦に乗っているであろうかつての友人に思いを馳せた。

 

 既にラウには、あのシルフィードに乗っているのが知り合いである事は話している。その上でラウは改めてアスランに問い掛けてきた。

 

 「彼が君の敵に回ったらどうするのか?」と。

 

 脳裏には、幼年学校時代のキラが浮かぶ。

 

 いつも周囲から浮いて、寂しそうにしていたキラ。手を引くと、黙って自分に着いて来てくれた気弱な友人。

 

 あいつが地球軍に居るなど、何かの間違いだ。きっと何か、利用されているに違いない。

 

 ほとんど確信めいた想いのまま、アスランは赤い機体を進ませる。もっとも、その想いは、彼の与り知らぬ所で紛れもなく真実ではあるのだが。

 

 ザフトの作戦は敵の新型機動兵器の鹵獲、乃至破壊、そして敵艦の撃沈にある。

 

 ならば、うまく立ち回ればキラを無傷で捉える事も出来るはずだ。

 

 もし、できなければ、

 

 その時は、自分はキラを撃たねばならない。

 

 その時、センサーが巨大な熱源を感知する。

 

「例の戦艦か!?」

 

 『足付き』と言うコードネームが与えられた地球軍の新型戦艦が、その存在を露にして兵装を展開していた。

 

 同時に、その後方から小型の熱紋3つが接近してくるのを感知する。どうやら、ガモフから発進したイザーク達も、同時に戦場に到着したらしい。これで、理想的な挟撃体勢が整った。

 

「行くぞ!!」

 

 叫ぶと同時に、アスランはイージスを加速させた。

 

 

 

 

 

 ストライクのコックピットに座し、エストは出撃準備を整えていく。

 

 計器を立ち上げながら、作戦をもう一度、頭の中でシュミレートする。

 

 まずムウのゼロが先行し、前方の敵艦を叩く。

 

 その間に自分は、アークエンジェルの支援を行いつつ時間を稼ぐ。

 

 そしてムウが敵艦を叩いたら全速で戦場を離脱。そのままアルテミスの防空圏に逃げ込むのだ。

 

 鍵は、自分がどれだけ時間を稼げるかにある。

 

 モビルスーツに乗るのはこれで3度目だが、本格的な戦闘はこれが始めてである。だが、何としても守り通さねばならなかった。本来の任務を達成する為にも。

 

《えっと、エスト》

 

 ブリッジから通信が入ると、見覚えのある少女の姿があった。確かヴァイオレットフォックスのヘリオポリスでの友人で、名前は、ミリアリア・ハウと言ったか?

 

 なぜ彼女が? と言う疑問は取り合えず置いておいて、モニターに向き直る。

 

《これからは私がモビルスーツ、及びモビルアーマーの発進管制を行います。よろしくね》

《よろしくお願いします。だよ》

 

 砕けた調子のミリアリアを嗜める声も聞こえてくる。

 

 そんなブリッジの様子を意に介さず、エストは発進準備を進めていく。

 

《気を付けて、敵はイージス、ブリッツ、デュエル、バスターの4機よ》

 

 その言葉にエストは僅かに、無表情の上にある目を細めた。

 

 Xナンバーが4機。敵は鹵獲した機体を、早くも実戦投入してきたと言う事か。

 

 揺るがない瞳の裏で、エストはリスクを計算していく。Xナンバー4機と言う事は、最低限ストライクと同程度の性能を有する機体4機を相手にしなければならないと言う事だ。戦力比は単純に考えて4倍。否、相手のパイロットがコーディネイターである事を考えれば差は更に開く。

 

 圧倒的に不利。だが、エストは瞳に感情を滲ませる事はない。それが任務である限り。

 

「了解しました。これより出撃。敵を迎撃します」

 

 装備はエールストライカーを選択。武装は他2つに比べて貧弱だが、その分機動性に優れている。相手が多数であるなら、この装備が最も有効であると判断した。

 

 ハッチが開き、リニアカタパルトに灯が入る。

 

「エスト・リーランド、ストライク出ます」

 

 淡々とした口調で告げると同時に、エストの操るストライクは虚空へと打ち出された。

 

 

 

 

 

PHASE―03「静寂なる包囲網」   終わり

 

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