人助けなんて性に合わない 作:ナンセンス
三五月が連れてこられたのは、謎の男子生徒(1)と謎の女子生徒(0)がいる謎の教室だった。
「平塚先生、入るときはノックをと......」
「1と0。一体なんの組み合わせだろう?」
「雪ノ下、実はなんだが」
「その前に。あなた、一体私のどこを見て“0”と言ったのかしら」
「顔。見覚えがない、つまりクラスメイトじゃない。だから0だ。そっちのは1」
「......?」
不思議そうに固まる雪ノ下と呼ばれた女子生徒に、平塚先生が助け舟を出す。
「コイツはクラスメイトを1、それ以外を0で覚えているそうだ。といっても、私にも一体何のことだかサッパリわからんが」
「俺は1......ってことは、クラスメイトなのか?」
「あぁ、僕は君に見覚えがある」
「何かしら、この低レベルな会話は......」
雪ノ下は呆れたように額に手を当てる
「平塚先生、まさかとは思いますが」
「あぁ、そのまさかだ」
「冗談ですよね?こんなのが2人も」
「三五月はもしかすると比企谷よりも酷いかもしれないぞ」
「私が過労死します」
「そうか、流石の雪ノ下も2人は厳しいか。お前ならやれると思ったんだがなぁ」
「その安い挑発は今日二度目ですが。わかりました。もう今更ですので引き受けます」
2人がそんなやりとりをする一方で、比企谷は三五月を怪訝そうに見ていた。
目の前の男は、学校一のぼっちである自分ですら知っている、学内誰もが知る有名人を“見覚えがない”と言い切った。しかし、影の薄い自分のことはしっかりクラスメイトだと認識していた。奇妙な人間だ」
「それはこっちのセリフだよ。1番」
「えっ、いや。1番じゃなくて八幡なんですが。というか声に出てたのかよ」
興味なさげな表情で雪ノ下と平塚先生のやりとりを眺めていた三五月が、急に比企谷の方を振り返る。
「初対面の人間を奇妙呼ばわりとは、よほど常識がないのかな?」
「ええっと、初対面の人間を番号で呼ぶのもどうかと思うんですが......」
「何か問題でも?」
「いえ、別に......」
問題しかねぇよ。
そうツッコミたい気持ちを抑えて、比企谷は雪ノ下達の方へ視線を逸らした。
「「......」」
いつの間にか話を終えたのか、黙ってこちらを見る視線が2つ。
「え?な、なんすか?」
「いえ、別に。非常識な人間たちの会話を眺めていたわけではないわ」
「ぐっ......」
何も言い返せない。と思ったが、どうやらこの男は違ったようだ。
「僕は非常識な人間どもの会話を見物させてもらっていたけどね。どうやら、ここには僕以外にまともな人間がいないようだ」
「一番変なのはお前だろ」
「あなたと同意見になるのは癪だけど、全くその通りね」
「教師を非常識呼ばわりする人間がまともか?」
集中砲火である。しかし、目の前の男は余裕な表情を崩さない。
「そこの2人は、どうやら変人同士気が合うみたいだね。それに、一般社会に出たことのない教師なんて非常識の塊だと思いますが?学校なんていうある意味非常識な空間にずっと閉じこもっているんだから、常識的であるはずがない」
そこから先は、とてもじゃないが描写できるようなものではなかった。売り言葉に買い言葉、舌戦、disりの応酬。
あまりの惨状に、平塚先生が終止符を打とうとする。
「よし、わかった!先ほどの勝負の案に三五月も加われ」
「勝負?」
「ここは奉仕部。雪ノ下と比企谷で、どちらがより人に奉仕できるか勝負をしようという話をしていた。勝った方が負けた方に何でも命令できるという条件でだ。そこに三五月も加わって、決着をつけろ」
「お断りします。人助けなんて虫唾が走る」
「勝つ自信がないのか?」
「それはそうでしょう。困っている人を見たときに助けようと考える人間と、放置して嘲笑おうと考える人間、前者の方が有利なのは明々白々。わざわざ相手の得意なフィールドで戦って勝てるのは、ジ〇ンプ漫画の主人公だけです」
「最低ね」
「最早性格の矯正は不可能に近いな......しかし、困ったな。そうすると、勝負の手段がない」
「あの、そもそも勝負をしないという選択肢は」
「ではこうしましょう。2人にはそのまま勝負を続けてもらって、僕は奉仕活動を妨害する側に回る。2人の勝負がまともに決着したら僕の負け。妨害のせいで有耶無耶になったら僕の勝ち」
「許可できるわけないだろう」
「いや、ですから、勝負をしないという」
「じゃあ、僕は勝負に加わらず、2人にはそのまま勝負を続けてもらうということで」
「なんでそうなる。別に俺と雪ノ下も勝負をする必要は」
「それしかないか」
「あの、俺の声聞こえてますかね」
「では、私はそろそろ職員室に戻らねばならんから。後は頼んだぞ、雪ノ下」
「わかりました」
平塚先生はさっさと部室から出て行ってしまった。
「......」
「......」
「......」
気まずい沈黙の後、おもむろに三五月が黒板に向かっていき、チョークで何かを書き始めた。
「何をしているのかしら」
「PIDならばUFDであることの証明」
「数学?ここは自習室ではないのだけれど」
「僕は無駄な時間が嫌いだ」
「今のぴーあいでぃーだかでよく数学ってわかったな、お前」
「証明という単語から推測しただけよ。言ってることもやってることもサッパリわからないわ」
あの雪ノ下雪乃にわからないと言わせるとは。自分では絶対に理解できない、と比企谷は思った。
「自己紹介くらいしたらどうかしら?」
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るべきだね」
「雪ノ下雪乃よ」
「
「「......」」
2人の視線が比企谷の方を向く。
「ひ、比企谷八幡です」
何の反応もなしに、三五月は黒板に視線を戻し、雪ノ下は本をとりだして読み始めた。
その日、それ以上の会話は行われなかった。
開始時点の時系列:比企谷が奉仕部に連れてこられた当日、勝負の話がまとまった後。平塚先生は問題児を1人ずつ呼び出した、ということになっています。