美少女九尾に喰われたと思ったら生きてて結婚することになった話 作:佐藤サイトウ
おーい、お眠りさん、いい加減起きな~
「はっ・・・・・!!!」
青い毛布に包まれた白が、何者かの声に驚いて体を起こす。男にしては長い髪の毛がアホ毛のような寝癖を作っていた。
「おはよーござい~」
「・・・・・・・・」
ソファに寝かされていた白(はく)に、壊れかけの椅子(いす)に跨(またが)ったアロハシャツの男、枯(かれ)田(た)が何かしらの液体が含まれた缶を右手にもち、声をかける。白は枯田にゆっくりと顔を向け、その男を観察し始める。
彼は、誰だ。蓄えられた髭が邪魔をして年齢の判別がつきづらいが、比較的若い男の様だ。二十後半から三十代前半といったところだろう。右手に持っているのは・・・ビールか?この部屋に充満する発酵した匂いは、あれが原因としてあるのだろうか。
いや、いまはそんなことを考えるべきではないないな、と白は思考を切り替える。
身体にかぶせられた毛布をそっとどかし、ソファから立ち上がり、一言
「こんにちは」
とだけ、呟いた。他者に語り掛ける風にではなく、吐き捨てるように言葉をこぼしたのは、彼の人間嫌いが発動したものとみて間違いないだろう。おはよう、と言われこんにちは、と返した所に、些細な抵抗の軌跡が見て取れる。
「やあやあこんにちは、君の名前はなんて言うのかな?っておっと失敬こーゆー時は俺から身を明かす必要があるよね☆俺、枯田。しがないアロハシャツのお兄さんだ。まだギリ二十だからおっさん呼びは勘弁してくーれ」
独特のイントネーションで自己紹介を済ませた枯田は、液体を飲み干し、缶を放り投げる。
「・・・僕は、白宗次と言います。嫌いなものは礼節を弁えない人です」
「はっはーそりゃ随分なご挨拶だな。わかるぜー俺も礼儀のないやつ嫌いだ。その点、君はしっかり挨拶を返してくれるから、つまりはつまり、俺は君の事が好きだぜ☆」
枯田の返事に苦い顔をする白の隣で、ガラガラと音を立ててドアが開かれる。
開かれた扉の中から眼鏡をかけた清潔感のある男が現れる。その百九十センチはあるであろう大柄な背丈の男に、白は一瞬委縮したが、人間であると判断すると同時に、その警戒心は憎悪へと塗り替えられた。
「おはようございます。私は、結(ゆい)羅(ら)。結(ムス)ビ(び)管理(かんり)の役員をしていました」
「・・・・・・・・・・・」
結羅が軽い自己紹介を済ませると同時、突然結羅の方にぐいっと勢いよく白が顔を向けた。突然のことに結羅は一瞬怯む。
「・・・・なにか?」
「いえ、なんでも。こんにちは。僕は白宗次です。嫌いなものはプライドです」
「そうですか。それは、良いことです。ええ、本当に」
うんうん、と結羅が首を縦に振る。
部屋の入り口に立ったまま、結羅が話を続ける。
「君にはいくつか聞きたいことがあるんだ。可能であれば、正直に答えてくれるとありがたい」
「はあ。まあ。銀行口座の番号とか以外なら教えますけど」
「それは良かった。じゃあ結構質問するから、覚悟してね」
結羅が大きく息を吸い込み、肺に酸素を蓄える。
「一つ目、君は誰だ」
「僕は白宗次です」
「二つ目、君は何者だ」
「僕は人間で学生です」
「三つ目、君は黒いもやの正体を知っているか」
「わかりません。突如現れたとしか」
「四つ目、君の体が異常に軽いのはなぜだ」
「体質です」
「五つ目、君はなぜ黒いもやに狙われなかった。私たちが君を発見した場所は街の中心から外れた場所だ。かなりの数がいたはずだが」
「運がよかったのでは」
「六つ目、君はなぜあんなところで寝ていた」
「・・・・さあ」
「七つ目、君の異常な傷の治りの速さはなんだ」
「・・・・・・・・何の話でしょう」
「八つ目、君はこの街から人が消えた理由を知っているか?」
「知りません」
「九つ目、君はいつからこの街にいた」
「今日からです」
「最後だ、なぜ、君は生きている」
「・・・・・?」
「君の心臓は停止している。で、あるのに、生きているのは何故だ」
「心臓が、止まってる?」
矢継ぎ早に質問した結羅。どういう意図で何故聞いたのか、気になる事はいくつかある。
しかし、そんなことがどうでもいいと思える発言を彼は最後にした。
僕の心臓が、止まっている?
「胸に手を当ててみてください」
言われるがまま、心臓があるであろう位置の上に、掌(てのひら)を乗せる。
正確に、一定のリズムで脈打つ心臓の鼓動を、白は懸命に探る。己の生命体としての矜持を賭けて、懸命に鼓動を確認する白であったが、結局、己の脈を感じ取れないまま、胸にあてた手を離す。
「な、なんで。そんなことが、あるのか・・・。俺は生きている。血が通っているはずで、生きてるはずで・・・。なのに、なのになんで・・・」
「そこの酔っ払い曰く、君の体は死に体らしいです」
茫然自失の白に追い打ちをかけるように結羅が現実を伝えていく。
「んーお兄さんね、一応お医者さんだったから、間違いはないはずだーよん。君の体は、死んでいる。正直に言っちゃうと、君がなんで動いているのかお兄さんぜーんぜんわかんねーのーよ」
「そんなはずは・・・だって、僕は生きてるし、俺は生きてるし、私は生きてるし、某は生きてるし。死人じゃない、生きてる。生きてる生きてる生きてる生きてる・・・・・・・」
白は、繰り返しそう唱え始める。生きてる、生きてる、生きてる、と。
まるで子供が何かを懇願しているような、憐憫すら覚えてしまえそうな悲痛な表情で呟く白に
「うわ、またダメじゃねえか枯田!お前今度は上手くいったって言ってたじゃねぇか!」
「いやーめんごめんご。調整が難しいなーこれ。やっぱり人間に扱える代物じゃないってー」
そういって、懐から取り出した灰色の宝石を手で弄る枯田の腕を結羅が引く。
「言ってる場合ですか!もっかい逃げますよ!」
「へいへーい」
「うおおおおおお!狐狐狐!何あれ!」
犀禍に抱えられ、上空を飛行中の白が、あわただしく狐の名を呼ぶ。
「ふむ。どうかしたかの・・・と、おやおや」
「おー!!すっげえ!!!楽しそう!!!」
白の視線の先を追った狐は、興味深そうにそこを凝視する。
そこ、つまりはビル街で一際大きい建物が。
ゆっくりと傾き倒れていく姿を。
そのビルの麓から、人間が二人、慌てて飛び出してきたのを認知できたのは、一際視野と感覚に優れた狐のみであった。