作者:かさぐも
思えば、一番最後まで乗り気じゃなかったのは私なのかもしれない。それなのに今では一番過去に囚われていて、過去も私を放してくれないのだ。
いつか思い出になる過程。それでも私はそこから未だに離れられなくて、まだ夢の欠片を食べて生きている。
人はなにかに打ち込んだ時の記憶や、人生史の中で一番輝いていた時期に囚われることがある。それが今の私。
当時は曲が作れるという理由で半ば強制感のある加入の仕方をしたけれど、結果最後までそこから抜け出せていないのだから笑えてくる。
私だけ、まだ学生だからだろうか。他の八人はとうに就職、医学部に通っている私だけがまだ学生の肩書きを持っている。だからだろうか、未だに高校の記憶が鮮明に蘇ってきて私を放してはくれない。
「さむい……」
寒空に思わず声が出る。年明け、雪なんかも降ってしまい気温は低い。大学と自宅の行き来、たまにバイト。家にいても殆どの時間を勉強に費やしているので、遊びに出掛けることもなくなった。
大学にも友達と呼べる存在は確かに居る。でも、結局医学部の友達とは頻繁に遊ぶことが難しい。
私は"いつからこんなに寂しがり屋になったのだろう"と自虐する。いや、もしかしたら元から私は寂しがり屋だったのかもしれない。
あの数年間は、私の世界を大きく変えてくれた。見たことのない景色に次々と出会えて、やるべき事にしか目を向けていなかった当時の私の世界を広げてくれた。
その記憶は今でも鮮明で、昨日の事のように思い出せる。今の私という存在の輪郭を形成しているのは、あの時見た夢の欠片たちだ。
もう九人で集まることも年に数回しかなくなっていた。社会人となった皆は忙しそうにし、アプリのグループで連絡を取るくらい。穂乃果とことり、海未は未だに頻繁に会っていて、会う度に酔った穂乃果がグループに写真を送ってくる。
そんなやりとりは二十歳を超えてからしか出来ていないはずなのに、どこか懐かしく安心する。そして、その度に私はあの日々を回顧する。勉強、作曲、練習、ライブ。充実という二文字はこの為にあるのではないかというくらい、一瞬で過ぎ去った日々。
それと比べると今は、充実しているとは言えない。単位は足りてるのに、学校もそれなりに楽しいのに、何かが足りない気がするのだ。
でも、今日の夜は楽しみがある。年に数回ある、花陽と凛との定例報告会の日。卒業してから、というより二人が就職して東京にいることが多くなってからは、比較的によく会っている。
私は街頭の灯りを頼るかのように、目的地に向かっている途中。雪や寒さの多少の鬱陶しさも、許してあげれるくらいには私も大人になっていた。
「って、まだ誰もいないじゃない」
待ち合わせ場所に着いた私は、呆れたように小言を放った。待ち合わせまであと五分、二人はもう着いているかも知れないと思い少し早歩きした私に謝ってほしい。まぁ、楽しみだから早歩きしたっていうのも嘘ではないけれど。
待つこと数分。見慣れた二人が歩いてくるのが見えた。
「おーい!真姫ちゃーん!」
「ごめんね、待たせちゃった?」
スーツに身を包んだ二人、上にはトレンチコートを羽織って、如何にも社会人という身なりをしている。髪型や顔はあまり変わった感じがしないのに、どこか大人びて見える。というか、大人になったのだ。
私も二人に合わせて、普段着よりも少し綺麗目なものを着てきた。別に周りの人や二人は気にしないだろうけど、私のプライドは少し気にした。
「ううん、少し前に着いたとこだから。一緒に来たの?」
「かよちんとは駅から歩いてくる時に会ったにゃ」
昔と変わらない口癖、会社でも言ってるのかは謎。車内で言っていたら皆どんな反応をしているのだろう。流石に言わないか。でも逆に言っててほしいと思ってしまう私がいる。
「寒いし早くお店に向かお~!」
「そうだね、私もお腹空いちゃった……えへへ」
花陽が少し恥ずかしそうにお腹をさする。食べるのが好きなのはずっと変わらない。それでも太ましくなることはなく、ずっと同じような体型を維持しているのだからすごい。それに髪が少し伸びて、前よりお姉さん感が増した。
変わらないけどどこか変わって、変わったけどどこか変わらない。ちぐはぐな安心感が、会った時の私を守ってくれる。
「とりあえず生にゃ!!!!」
「えっと……」
花陽が行ってみたいと予約していた個室の居酒屋に着き、注文をするところだ。店員に飲み物のオーダーを聞かれ、凛が真っ先に生を頼む。そして花陽が私の顔を見る。どこの居酒屋に入っても大体この流れ。
「三つで良いわよ」
そういって、生ビールが三つテーブルに置かれる。実はお酒はすごい得意という訳ではない。凛は結構飲むし、花陽も嗜む程度には飲む。それと比べると私はあまり飲まない方で、大体最初の乾杯に付き合った後はちまちまワインを飲んでいる。
まさかお酒を飲むようになるなんて、と驚きたいけれど、もう二十四歳。そりゃお酒も飲みますよ。
思い返せば人生で初めてお酒を飲んだのも、この二人とだった。凛の興味本位で、居酒屋に入ってみようという流れになってそのまま。あの時はこんな苦いのがおいしく感じるなんてどうかしてると思ったけれど、今は割と受け入れてしまっているのだから不思議。
「そうだ!これ、この前出張に行った時に二人にお土産買ってきたの」
花陽は鞄からお菓子を取り出し渡してきた。いつもそうだ、仕事柄出張に行く機会が多い花陽は私たちにお土産を買ってきてくれる。必ずお菓子だけど。
しかも絶対自分で食べておいしかったものを渡してくれる。まめなのか食いしん坊なのか、花陽の食欲には昔から驚かされっぱなし。
「わーい!かよちんが買ってくるお菓子何食べてもおいしいから大好き!」
「ありがと、帰ったらいただくわ」
凛は出張とかはないけど、残業は多いみたいで忙しそうにしていることが多い。まだ社会に出ていない私からすると、二人とも社会で戦っている先輩だ。
「明日は二人ともお休み?」
「もっちろん!今日はぶっちぎりで飲むにゃ!」
私も花陽の問いに頷き返す。肩をぶん回している凛は置いといて、また雑談に花を咲かせる。そう、この感じ。この感じだ。いつ会っても、昔の関係性に戻れる。学校や仕事のことを忘れて、社会からは全然関係のない話題で盛り上がって。
楽しい。純粋にそう思えるから、私はまだ居心地の良い場所を求めてしまうのだろう。
「にしてももうラブライブ優勝して八年か~随分経ったにゃ」
会も中盤になるとほろ酔いの凛が、思い出話を始める。これも、いつもの流れ。凛は八年を随分というけれど、私は八年がすごく近く感じる。これは社会人と学生との差なのだろうか。
少し遡ると、すぐあの日々に帰れるような。身近な感覚。だからこそ、引きずっているのかもしれないけれど。
「懐かしいねぇ、あの時は真姫ちゃんみかん食べれなかったよね」
「は、花陽……それは克服したんだからいいでしょ!」
そう、私は嫌いだったみかんを克服した。きっかけは特になく、ただ食べてみようと思い食べたら食べれてしまったのだ。味覚は年齢と共に落ちていくものなので、私の中のミカンが嫌いな味覚がいなくなったのかもしれない。
かといって今はみかんが好きなのかと聞かれれば、私ははいとは言えない。嫌いだったものを克服しただけであって、嫌いなものが好きなものに変わったわけではないからだ。好きでも嫌いでもない、正月に家にあって気が向いたら食べる。それくらい。
そもそもみかんという言葉に繋げていうと、私は未完という言葉が嫌いだ。完成されていない、完結されていないものは不安になる。それに、完結してしまった時が寂しいから、嫌いだ。
私たちはμ'sを完結させて、今がある。なのに私の中ではまだ完結を消化できていなくて、実質的な未完状態。だから、嫌なのだ。
「うーん……だから、あれは凛じゃなくて穂乃果ちゃんがぁ……」
「凛ちゃん、お水飲む……?」
終盤戦、凛は酔って寝ていた。これも、いつも通り。大体一人で他の人よりもペースが速い飲み方をし、一人でつぶれる。こういうのを見ると、私生活が心配になる。
私はまだ実家で親に甘えさせてもらっているけど、凛はもう一人暮らし。家でもこうしているのだろうかとか、ゴミはちゃんと捨てれているのだろうかとか、余計な心配をしてしまう。
それでも皆、自分の事を自分でやっている。仕事をして、給料をもらって、生活をしている。それが私には少し羨ましく、眩しく見えたりすることがある。ないものねだりかもね。
「でも~……二人といる時しかこんなに飲まないから、許してほしいにゃあ……」
寝言なのか起きてるのか、境界にいる凛の言葉に私はハッとさせられた。私だけ、じゃない。きっと、私だけが過去に囚われているのではなく、皆がそうなのだと。
凛もまた、この関係性の中でしか見せない姿があって、それが私たちの中の凛であって。私も、μ'sの皆にしか見せれない姿があって、それはμ'sの皆から見たら普段通りの私であって。
私の私。アイデンティティーの所在よりも、私という存在を再認識することこそが、過去に縋っている私を払拭する方法なのかもしれない。
μ'sの時の私も、私。大学で医学を学んでいる私も、私。生活を送るためにバイトをする私も、私。そして、μ'sが終わってからもこうして皆と会ってる私も、私なのだ。
「凛ちゃんは私がタクシーで送るね」
「ごめん花陽、一人で大丈夫?」
「うん、逆方向なんだし任せて……!」
店から出て、結局酔ってふらついた状態の凛の肩を持ち、私たちはタクシーを待っていた。花陽と凛の家は比較的に近いから花陽が送るという話でまとまり、私は家が真逆なので見送ってから電車で帰るつもりだ。
「それにしても凛は毎回酔うわね」
「ふふっ……真姫ちゃんに会えるのが嬉しくて飲み過ぎちゃうんじゃないかな?」
「な、なにそれ……意味わかんないけど!」
少し頬が高揚した自覚はある。でもこれはきっとお酒による高揚で、決して照れているわけではない。赤くなんてなってない。
確かに、高校生の時は無自覚にイミワカンナイと条件反射のように言ってたかもしれない。そもそも高校生の時の私はツンツンしていたというか、すぐむくれてたような気がする。そんな女子高生がアイドルだというのだから、分からないものね。
「その照れ隠しのセリフと真っ赤になる顔、真姫ちゃんずっと変わらないね」
「もう!からかわないでよ!」
花陽も少し酔っているのだろうか、いつもより饒舌に喋るその姿に多少の新鮮味を感じる。変わっていくもの、変わらないもの。時の流れは残酷で、絶対的に変わるものはある。それでも変わらないものがあるということを、私は二人に教えてもらった。
酩酊して笑い合って、分かち合って。こんな日々がいつまでも続けばいいと思う反面、日常はすぐやってくる。坂道にいることにすら気が付かず、ずっと躓いているような感覚。それでも道は伸び続けていて、私たちは歩いていかなくてはいけない。
未完が嫌いとか言いながら、一番未完なのは私自身だった。
「じゃあ、またね」
「うん、今度は九人で集まりたいね……おやすみ、真姫ちゃん」
「そうね……じゃあ、おやすみなさい」
タクシーの窓が閉まり、二人を乗せて発車していく。凛はもう寝てた。外はすっかり暗闇に包まれ、街頭の灯りと車のライトが街を彩っていた。
辛かった事や、寂しかった事、悲しかったことはいずれ時間が解決してくれるとよくいうけれど、嬉しい事や楽しい事も時間と共に薄れてしまうだろう。だから私は、楽しかった時の思い出に縋っていたのかもしれないし、思い出も私を放してくれなかったのかもしれない。
でも、それで良いんだ。
今、少しでも大事だと思えるものがあるなら、それを大切にしたい。私の中では、それがいつまで経ってもμ'sなんだ。あのカラフルに彩られた日々が、今の私を形作っているのだ。
そうやって受け入れて、少しだけ楽になった気がした。凛や花陽も一緒で、私にしか見せない姿があって、私もμ'sの皆にしか見せれない姿がある。お酒が入っているからとかではなく、日常的に。
未完の私が、完結したμ'sという過去を含めて、私を完結させる。それはこれから何十年後の話か想像もつかないし、私が死んじゃって初めて完結と呼べるのだろう。私が就職しても、年をとっても、還暦を迎えても、μ'sの皆と話がしたい。会いたい。そう思わせてくれるような存在。
終わっても、終わらないものもあるということなのかもしれない。
だから私は、これからも夢の欠片を食べて生きていくんだ。