ラブライブ!短編集〜私たちとμ's〜   作:ちゃん丸

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作者:黒っぽい猫




いつも通り

 

 

 

「ただ、いま」

 

 扉をゆっくりと、なるべく音を立てぬように開いて中を確認する。奥の方には電気が灯っているが玄関は薄暗い。いつもと同じ様相にホッとしつつ靴を脱ぎ室内に入れば、机の上にはラップのされた幾つかの料理が並んでいる。そしてそのすぐ隣には腕を枕にして眠る同居人の姿。

 

「ごめんなさい。今日も遅くなっちゃった」

 

 溜息と共に口をついで出た言葉はいつもと同じ物だ。時計を見れば分針と時針が十二で重なろうとしている。これもいつも通り。

 毎日毎日、こんな生活を続けていいのだろうか、と浮かび上がる疑問を口にせぬよう必死に耐えた。それを声にしてしまえば、もう戻れなくなる。そんなことを不安に思う程度には私こと西木野真姫は現状に支えられていた。

 

 私の同居人──矢澤にこは売れっ子アイドルだった。同期の綺羅ツバサ達A‐RISEとは異なり以前の活動(μ's)とは一切の関係を持たずに始まったその活動に初めは困惑したファンもいたが、確かな実力を持ったアイドルとして彼女はあっという間に業界の一翼を担うまでに至った。

 だがそんな彼女は、ある日突然アイドルを引退した。なんの前触れもない不意の出来事だった。ライブでアンコールに答え歌い終えた直後の発表に会場のファンだけでなく事務所の人間ですら驚きを隠せなかったという。無論その時点で組まれていたスケジュールに変更はないという追加情報もあったが、それでもトップアイドル突然の引退が引き起こしたヒステリーにも近い騒ぎが終息するのには相応の時間がかかった。

 

 病院のテレビでたまたまその事を知った時、私は先ず困惑した。そして次に連絡を取るべきか悩み、結局何もしなかった。にこちゃんにとって一番の夢だったアイドルを辞めてでもやりたい事がきっと出来たのだろう、それをこちらに連絡してこないのであればきっと私には言う必要のないことなのだろう、と思っていた。

 

『おかえりなさい。アンタの部屋、小汚いから少し勝手に弄ったわよ』

 

 そう思っていたから、三日後一人暮らしをしているアパートに帰ったら目の前にその当人がいることに酷く混乱したものだ。

 

『今日から私もここに住むわ。荷物は全部持ってきたし、家賃光熱費は半分は払うから。後、大家さんにもちゃんと話はしてあるから安心して』

 

 挙句、既に根回しは完了しているとの事で、咄嗟に頷いてしまった。後から聞いた話によると私が一人暮らしをしていることを教えたのは希で、部屋の鍵を渡したのはママだったとの事。

 ともあれ、部屋には寝に帰るくらいだった私の部屋ににこちゃんが住むようになってから数年が経ち、もう以前の自分がどう生活していたのかも分からない程度には私はにこちゃんとの生活に慣れきってしまっていた。そして同時に、その事に幸福を感じてもいる。

だが、この生活は契約の元に成り立っているものではない。書類も、何も無い心だけの関係性。幸福であるからこそ、それを失うことに対しての不安がまるでヤスリの様に少しずつ私の心を削る。

 

「いつまで、続くのかしらね」

「ん……真姫?」

 

 ヒヤリとした。まさか聞かれてしまったのだろうか。そんな私の危惧を他所に、にこちゃんは伸びをするとふわりと笑った。

 

「おかえり、真姫。お仕事お疲れ様」

「ただいま。起こしちゃったかしら、ごめんなさい」

「大丈夫よ。元々起きるつもりでいたんだから。今ご飯温めるわね」

「ええ、ありがとう」

 

 台所へと歩いていく小さな後ろ姿を眺めながら、自分の弱さを呪った。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 それから数日が経って、珍しく日の沈む頃に仕事から帰ると、部屋は真っ暗で誰もいなかった。そういえば、と今朝にこちゃんが話していたことを思い出す。

 

「そうだった。今日は絵里の家に泊まりに行くのだったわね」

 

 あの三人で会うのも久しぶりだから、と言っていた。ご飯の支度をしていこうか、と言った彼女の提案を断って、何も気にせず楽しんできて、と声をかけた気がする。

 

 何か出前でも取ろうか。そう思ってスマホを取りだしたが、少し考えてやめた。冷蔵庫を開けると野菜も肉もちゃんとある。

 

「一人暮らししてた時は、自分でやっていたはずなのだし」

 

 そんな言い訳にもならない言い訳を誰が聞くでもないのに呟いて、袖を捲る。それからおよそ数分が経って、私は認識の甘さを思い知ることになる。

 

「…………」

 

 出来上がったのは、なんとも不格好な野菜炒めだった。一応野菜炒めとしての形は留めているが、肉は焼きすぎており、逆に野菜は火の通りが甘く結果としてどちらも固い。味付けも濃すぎてご飯と共に食べるのすら非常に難儀した。

 モヤモヤした気持ちを抑えきれず、再び冷蔵庫を開きドアポケットから取り出した缶の蓋を開ける。それはにこちゃんが普段飲んでいるもので、私は1度も飲んだことがない。鼻腔を刺激する臭いは果実と消毒用アルコールを混ぜたような酷く不快なものだった。飲んだ時にどうなるのか検討もつかない。

 だが、それでいいと思った。この心に染み付いた気持ちの悪い感情を少しでも考えずに済むのなら、それで。

 

 

 

 

 

 

「──────?」

 

 誰かの声が聞こえる。聞き慣れた声だ。とても安心する。

 

「──っと、──ぶなの?!真姫!」

 

 目を開くと、黒くて長い髪が目に入ってチクチクする。だが、完全に意識も覚醒した。手を伸ばしてその頬を撫でると安堵のため息が聞こえた。

 

「大丈夫よ、にこちゃん。ああ、私寝ちゃってたのね」

 

 意識を失う直前の記憶はないが、おおよそ何があったのかは察しがついた。私はきっと、アレを飲んですぐ眠ってしまったのだろう。

 

「ごめんなさい、心配かけて」

「全くよ。帰ってきたら机の近くで倒れてるし、その先には空の缶が倒れてるし。返事がなかったら救急車を呼んでるレベルだったわ」

 

 今、お水取ってくるから。そういって立ち上がろうとしたにこちゃんの手を私は咄嗟に掴んでいた。

 

「待って。行かないで」

 

 まだ酔いが残っているのか、上手く力を入れられない手で必死ににこちゃんの手を掴む。そこから感じる温もりを今は離したくない。

 

「どこにも、行かないで。ずっとそばにいて。怖いの、私、にこちゃんが居なくなるのが」

「私はどこにも行かないわよ」

「わからないじゃない、そんなの」

 

 ああ、ダメだ。もう抑えられない。

 

「私とにこちゃんは恋人でも家族でもない、ただの友達」

 

 壊れてしまうかもしれない。でも口は止まらない。

 

「私は、今の生活が幸せで。でも、にこちゃんと私の間には特別な関係性は何も無い。だから、どこかでこれが終わってしまうのかもしれない。そう思うと、私は怖いの」

 

 わからない。言葉に脈絡がないことはわかるが、どうすればこの気持ちを整理して伝えられのか、それがわからない。

 ただ、言葉が止まらない。

 

「にこちゃんの事が、好きなの。だから、どこにも行って欲しくないの。私は、私は──」

「もう、わかったから」

 

 不意に、抱きしめられた。少し苦しいくらいに抱きしめられて、言葉を紡ぐことも出来なくなった。私に出来ることは、にこちゃんに縋って嗚咽を零すことだけだ。

 

「大丈夫、大丈夫よ真姫。私はここにいる。ずっとアンタの傍にいる」

「ほん、とう?」

「ええ、約束する。たとえ何があっても、私はアンタを一人にしない」

 

 にこちゃんの言葉に、安心した。ぐちゃぐちゃになった心が癒されていく。だがそれと同時に意識が遠のいていく。

 

「今日も、お疲れ様。今はゆっくり寝なさい。ずっとこうしてるから」

 

 その言葉を聞いたのを最後に、私は意識を手放した。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、目を覚ました私は頭を抱えていた。昨日の言動はバッチリと覚えている。本当に何をしているのだ私は。よりにもよって口に出したくないことを勢いに任せて、しかも一番聞かれたくない人に聞かれてしまうなど、絶望という他ないだろう。

 だが時間というのは残酷で、準備をする時間などを与えてはくれない。扉がノックされ、外からにこちゃんの声が聞こえてくる。

 

「真姫、起きてる?そろそろ起きないと仕事に遅れるわよ〜」

「もう起きてるわ」

「そう。朝ごはんできてるから早めに来てね」

「わかったわ」

 

 外から聞こえてきた声はいつも通りで、だからこそ私もいつも通りに返事ができた。手早く着替えてリビングに行くといつも通りの笑顔がそこにある。

 

「おはよう、真姫。よく眠れた?」

「おはよう、にこちゃん。お陰様で身体も軽いわ」

「そ。じゃあぱっぱとご飯食べちゃいましょ」

 

 用意されているご飯を一緒に食べる。これもいつも通りだ。そのいつも通りが、何故だろう。少し怖く感じてしまう。

 チラリ、とにこちゃんの様子を伺うが特に変なことはない。これもいつも通りだ。

 

「何よ。人の顔をチラチラと見て。なんかついてる?」

「い、いえ。なんでもないわ」

 

 視線を目の前の料理に固定し、黙々と口に運ぶ。いつもなら穏やかだと感じられる沈黙が、今はどこかピリピリと感じる。

 暫くはどちらも何も言わず食事が進んだが、それを壊したのはにこちゃんだった。

 

「ねぇ、真姫」

「何かしら」

「気にしてる?昨日のこと」

「……ええ」

 

 突然核心をつかれて声が上ずったが、誤魔化しても仕方が無いだろうと思い素直に答えた。

 

「そ。なら言っとくけど」

「……」

「私が昨日言ったこと、あの日限りじゃないからね」

 

 頭が真っ白になった。にこちゃんを見るとこちらと目を合わせないようにか、横を向いている。その頬は林檎のように赤く染まっている。

 

「な、何よ!これ以上は言わないわよ!?そもそも、何年も一緒に暮らしてるのに特別じゃないわけないでしょ!気づきなさいよ鈍感!」

 

 それにね!と早口に畳み掛けられる。

 

「アンタが思ってる以上に、私もアンタと暮らしてるのが幸せなのよ」

「これ以上は言わない、じゃなかったの?」

「うるっさいわよ!」

 

 思わず、笑みが溢れてしまう。それにつられてか、にこちゃんも笑う。そこからはいつも通りの朝だった。

 

 

 

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