もう無い!
結論から言うと、俺は生きていた。どうやらあのヘタレポケモンが、死ぬ気で人のいる所まで俺を運んだらしい。割と義理堅いなアイツ。
そしてその人のいる所、というのがこの島唯一の生活圏であるマスター道場。最初ここで目を覚ました時には、道場の女将さん(名前はミツバさん)に自殺を疑われて誤解を解くのに時間がかかったのはとりあえず笑い話。
というかマスター道場を開いてるのが、あのマスタードさんっていうのが驚きだ。やはりご存命だったか……! もう一目散で弟子入り志願しかけて、ここがポケモンバトルの道場だと知って消沈。ごめんなさい、俺はポケモンバトルするつもりは無いんですよと言った時のマスタードさんの心底不思議そうな顔は忘れられない。
で、だ。結構衰弱してるってんでもう少し安静にしておかなければならない……ってこともあわせて、折角だしもっともっとヨロイ島に滞在したい! と電話越しに母さんへ伝えたが見事に激怒。まあそらそうだわな……今まで大きな怪我もなく帰って来れていたから問題なかっただけだし。
しかし救世主は誰にだっているものらしく、ここでミツハさんが道場で面倒を見る、と言ってくれたのだ。ウチはポケモントレーナーの道場をやっているから、俺を立派なトレーナーにするのもわけない、と。若干圧はあったが、『私に任せなさい』とウィンクされたらそら黙っちまうわ。
そんなこんなでミツハさんの後押しもあり、なんとか母さんも折れて、なんとかヨロイ島の滞在の許可が出た。介抱してもらった分と医者の診察料、滞在費を払ってしばらく道場でお世話になることになった。
一応マスター道場の門下生、という形で道場の皆さんには暖かく迎え入れられた、のだが……。
「というわけでぇ……はじめまして。一応第一発見者ってことになってるクララだよォ」
「は、はぁ……それはどうも……」
未だ復調できず横になったまま出られない道場の救護室に入ってきた、恐らく門下生だろう女の第一声がこれだった。まあとりあえず……こいつヤバいやつや、と理解した。
ケバくない程度に乗っかったメイクと、めちゃんこカジュアルな服装した、イマドキの女の子! みたいな格好した大人のねーちゃんだった。他の人がほとんど道場の道着着てるだけに、異物感が半端ない。あと、年下のガキに対して言外に『命救ってやったんだぞォ?』ってマウント取りに来てるし、それを隠そうともしないし…………うん、ヤベー奴や。妙に好感は持てるけど。
「んもォ、びっくりしたんだからァ。きみのエルレイドが、道場の玄関で一緒に倒れててェ……」
「いえ、あの……俺、トレーナーじゃないんで」
「またまたァ……じゃあなに? あのエルレイドは野生のポケモンで、死にそうなきみをわざわざ人のいる所まで運んだってワケ?」
何それウケるーとでも思ってるのか、一頻り笑った後、俺がコメントに困ってるのを見て、どうやら冗談ではないと理解したらしい。
「……あの、冗談だよね?」
「冗談じゃないです……えっと、最強目指して武者修行の旅に出てまして……」
「……ヨロイ島にはどうやって来たの? ヨロイパスって結構お高いケド」
「海面を走ってきました、途中水ポケモンに襲われて食料落としちゃって大変でしたよ」
そこまで言うと、彼女は顔を隠すためか俺に背を向けた。
「襲われて……え、無事? なに、もしかしてウチおちょくられてるっポイ?」
「おーい、聞こえてますよー」
性格悪いのにそれを隠そうとしないスタイル、どうしようこの人めっちゃ面白いんだけど。とはいえこのままブツブツ背中を向けられても困るので、誤解を解くために言葉を尽くす。
「いやマジなんですって。コレでも鍛えてるんで海面を走るぐらいならいけますから……」
「そっちもそうだけど、この海域にいる魚ポケモンってサメハダーだよね? なんで生きてんの?」
「殴り飛ばしたからとしか……」
「………………?」
心底不思議そうな顔しないで欲しい。その恐らくさめはだー? とかいうポケモンは、肌が厄介だっただけで大して強くはないだろ、殴った感触的に。あと遠巻きに見てる門下生の方々も見てないで助けて欲しい。というかアンタらも不思議そうな顔してんなよ、マスタードさんのお弟子だろ? 修行してねーのか修行。……トレーナーの道場だもんな、そんなら仕方ねぇな。
あとお前、ヘタレポケモン。あ、エルレイドって言うんだっけか? お前が1番驚いてんじゃねーよお前ぶっ飛ばしたの俺だろーがよ。というかお前いたんかい、野生ポケモンなんだろてめー。
「…………うーん、えいっ」
心底悩み果てたと思ったら、クララさんが何かを投げつけてきた。修練の賜物か、反射的に人差し指を振り抜いた。
キィン! と甲高い音を立てて、それは落ちる。ポケモンとあまり接してはこなかった俺でも、流石に分かる。それはモンスターボール……本来横に開くそれは、俺に掻っ切られて縦に真っ二つになっていた。
「え、えぇ……?」
「なんで理不尽にボール投げられて理不尽にドン引きされてんのさ……え、コレ俺が被害者なのでは?」
「きみィ、本当に人間? 実はポケモンだったりしない?」
「失礼な! 生まれも育ちも人里の100%人間じゃい!」
流石にその夜は涙で枕を濡らした。
◇◇◇
俺としては建前にするつもりだったのだが、流石に嘘はいかんよ、と動けない間は座学をすることになった。講師は門下生の皆さんが持ち回りでやってくれている。と言っても彼らは彼らでこれが修行の一環らしく、教わった内容を他人に教えることで自分への理解度を高めるのが目的らしい。むぅ、理にかなってやがる。
「ていうか無知にも程があるでしょキミィ……今どきのお子様でもタイプ相性ぐらいは覚えてるもんでしょお?」
「人間、興味無いことはとことん覚えないでしょう? 俺も興味あることなら幾らでも覚えますよ、物理学とか」
「ぷふー! 戦闘民族の癖に変に頭使ってんじゃないわよガキンチョ! てゆーかなんかそれっぽいこと言っとけば頭良さそうに見えるとか勘違いしてなァい?」
今日の講師はクララさんである。最初にマルバツ問題を解かされて今猛烈に煽られてる。正答9/20だったからそこに関しては何も反論ができない。
「いえ、普通に真面目に興味ありますが。例えばどんな力で、どんな角度で物を投げたら相手に当たるとか、どんな力を込めたら物を壊せるかとか、空気抵抗の少ない身体の姿勢はどんなものか、とか」
だがムカつくはムカつくのでデコピンの構えをクララさんの顔面真ん前まで持っていく。案の定ビビられた。
「怖!? その下手なポケモンよりも強いワザを撃とうとしないでよォ!」
「だいじょーぶだいじょーぶ、頭蓋骨にヒビ入れるのだけはしない。衝撃で脳みそを頭蓋骨の中でピンボールさせるだけだから」
「それが怖ぇえっつってんだろうが!」
まだ死にたくねぇぞ私は…! なんて言いながらデコを守るように蹲る姿を見てようやっと溜飲が下がる。暴力の勝利だ。
「とはいえなんだその……火が草に強く、草が水に強く、水が火に強いのは分かる。理屈として。でもフェアリーが悪に強かったりドラゴンを無効にしたりするんはどういう理屈なんだコレ」
「そこは『そういうもの』で流すしか無いんじゃない? 数学の公式みたいなもんよ」
「そういうもんか……」
理屈はあるんだろうけど、覚えて利用した方が早い。そういうことなんだろう。丸暗記めんどくせぇなまったく。
「研究者になりたいなら考え込むのも勝手にしろって感じだけどぉ……せめてタイプを言われて主要な有効タイプと耐性のあるタイプをパッと2つずつあげられないと実際のバトルだと役立たずって感じ。むしろその辺の感覚はアンタの方が分かるんじゃない?」
「なぁるほど」
しかしそうなると1つ疑問が浮かんでくる。
世の中にはジムリーダーなるものが存在している。地方によって違うけど、共通してるのが『各地方のポケモンリーグに挑むための関門』『とても強いポケモントレーナー』『大体が専門のタイプのポケモンを扱っている』という点だ。ここらへんはホップから聞いた知識だな。
で、専門タイプを決めてしまっていると、その対策がしやすくなるんじゃなかろうか? 関門としてチャレンジャーの腕を試す目的ならともかく、往々にして彼ら彼女らはその専門タイプのポケモン達が主戦力だ。トレーナー視点で、これ程攻略しやすい相手もいないんじゃないのか?
と、そういう疑問を一応は姉弟子にあたるだろうクララさんにぶつけると、『これだから初心者は……』といった感じで呆れた表情を隠そうともせずに溜息をついた。その様子がなんだかクララさん自身に対しても呆れてるようで、とりあえず察する。多分ニュービー特有の勘違いっぽそうだ。
「そんな手の内を晒している上で、ジムリーダーは全トレーナーの頂点の一角なのよ。特にガラルのジムリーダーは。ダンデ様一強時代が長く続いてるせいで勘違いされがちだけどぉ……他所の地方のリーグなら四天王、ないしチャンピオン級までいる実力者達なんだから」
「え、何ガラル地方ってそんなすげーところだったん!?」
「目ん玉キラキラさせてんじゃないわよ無敵か? つーかそんなガラルでポケモンバトルに興味無いアンタがイジョーなのよイジョー!」
それはともかく、と咳払いして彼女は続けた。
「そもそもアンタだって『今から目潰し狙います!』って意気揚々と挑んでくる相手がいたら、ぶっちゃけ余裕で返り討ちでしょお?」
「……言われてみれば。それと同じことか」
「そゆこと。好きとか、適性があって専門タイプを持つトレーナーにとって、弱点タイプの対策をするのはそもそもの前提。強いトレーナーはその弱点タイプのポケモンに対して有利に立ち回れるように訓練したり、違うタイプの技を覚えさせる。ジムリーダークラスになると……そういった諸々の対策をした上で、タイプ相性の差をものともしない鍛え方をしているもんよ」
うちだってその位はやったし、全然ダメだったけど……と打ちひしがれる様子を見ると、タイプ相性は基礎もド基礎だけど、それだけで全てを語れるというワケではないんだな、と思った。そりゃそうだよな。
「……ん? クララさんも専門タイプがあるんですか?」
「え、聞いちゃう? この流れで聞いちゃう? 普通ここは何かを察してスルーするところだろうがよォ?」
「変に流して毒にも薬にもならないことやるよりは、劇毒ぶっ掛けてハッパかけた方が面……クララさんのためになりそうだと思って」
「……ソッチも大概イイ性格してやがるなオイ」
自覚はあるんだな、と感心しちゃったのはココだけの話。
正直アルセウス見たあとだと、コイツ先祖返りな気がしなくもない。