夕食の時間帯。学生寮の食堂は時間も時間なので大変な賑わいを見せている。
日替わり定食を味わいつつも、一夏はいつもの二人と一緒に放課後の赤色少女について考えていた。
千冬からの推薦と本人が剣道部にいたことから剣に腕ありということは察せられる。しかし、千冬が推薦するほどの人物だということが気になる。
剣道部に所属している箒に話を聞こうにも、彼女は一夏との時間を大切にしている為に部活動に参加することはない。よって、赤色少女のことを知っているはずもなく。
「何奴か分からんが、私よりも剣術に詳しいとは思えん。剣を振るう姿はお世辞にも剣道を嗜んでいる人間のそれではない」
篠ノ之流剣術を習得している箒からしてみればなのだろうが、一夏からしてみると何とも言葉にし難い何かを感じる取ることができた。姉が剣を振るう時に感じるものと似た何かだ。
「千冬姉が推薦するほどだからきっと何かあるはずだぜ。とにかく明日の放課後に分かるさ」
「待て待て。まずは私が奴の相手をしてからだ。クラス対抗戦も近づいているのだ。無駄なことに時間を使うわけにはいくまい」
沈黙の一夏。毎回毎回どちらが指導するかで揉めた挙句に二対一で八つ当たり気味に攻撃してくる過去が再生される。
これを言えば殴られそうだなぁ、と彼は口を固く閉じて言葉を飲み込んだ。
「……もしかして、箒さんは彼女のことご存じないのですか」
セシリアが口を開く。
「知らない。セシリアは知っているのか」
「知っていますわ。織斑先生が推薦するとのことでしたから、武術を嗜んでいる方でしたら誰でも存じていると思っていました」
「有名な武術家なのか」
「わたくしも詳しく知っているわけではありません。一夏さんの言うように武術家であるかは明言できませんが、とても凄い方であるのは確かですわ」
「んん、よく分からないな」
「彼女の名前はケンゴウ・アカガネーナ。世界中の猛者が集い武器を以てして最強を決める大会の優勝者です」
セシリアがスマホをテーブルに置いて見せてくる。
一夏と箒が覗き込む。画面には赤色少女の写真と説明が載っていた。
「近接専用武器限定の世界大会?」
「槍に斧に槌。大剣もあればヌンチャクに棒。散らかっているな」
「一振りの日本刀で並みいる強者に勝利した。凄い奴じゃないか」
「しかし、こんなお遊びみたいな大会など、私たちが扱っているのはISだ。役に立つとは思えんぞ」
一夏再び沈黙。セシリアとの試合に備えて、箒の教えのもとで竹刀を振るっていた過去が再生された。頭を振って映像を消し去ることにした。
セシリアはともかくとして箒の方は納得できていないのか不満顔を隠そうとしない。一夏としては赤色少女の教えを受けてみたい気持ちが沸き上がっている。
もしも、今の箒を彼女の前につれてくれば喧嘩にでも発展しかねない。
どうしたものかと考えた一夏は暫く悩んだ。
「それで千冬さんに聞くことにしたのか」
場所は寮長室の前。
「ああ。俺もちょっとだけ千冬姉の考えが聞きたいしな」
扉を叩けばきっと千冬が出てくるだろう。
「ところでだ」
箒は一夏より半歩後ろで扉から目を逸らしたまま。
「いつになったら扉を叩くのだ」
かれこれ5分は扉の前にいる二人。決心がつかずにいまだ扉を叩くための腕が上がらず。
理由は簡単。
扉の向こう側から圧を感じるからだ。
一夏の姉である千冬はIS世界大会の優勝者であり、姉としても教師としても厳格なあり方から尊敬されつつも、親しみ自体は持たれ辛い。
だからと言って実の弟を以てしても圧と感じ取れるものが扉から漏れ出している。
「なあ箒」
「なんだ?」
「扉ノックしてくれよ」
「絶対に嫌だ」
「そこをなんとか」
「考えてみれば遅い時間だ。きっと千冬さんも疲れていると思うぞ。ゆっくりしたいと思っているはずだと思いたいから明日にしよう」
「途中から願望になってるぞ」
「五月蠅い。男なら黙って回れ右して戻るぞ。私は死にたくない」
「それこそ男らしくないじゃないか。俺だって死にたくない」
「じゃあどうする。無策にノックして切り捨てられるのがオチだぞ」
「お前、人の姉捕まえてスゲー言い草だな」
「おま、弟ならば分かるだろ。千冬さん怒ると恐かったぞ。父さんに負けないくらい恐いんだぞ」
「分かる、分かるけどさ。先生も恐かったけどさ、ここまで来たんだぞ。今更退いてどーすんだよ」
「此処って部屋から徒歩5分もかからんぞ。やっと来たみたいに言うな」
「気持ち的にはやっとなんだよ。扉の前まではすんなりいったけど、ノックできる距離まで進むのスゲー大変だったんだぞ。もう、ノックするしかないんだ」
一夏は右手を振り上げる。やけに重たく感じた。
それを見た箒が慌てて彼の左肩を掴む。
「いいのか。私たちには明日があるんだぞ。このまま部屋に戻って黙って横になれば当然のように明日が来るんだぞ。それをお前は捨てるというのか」
肩にかかる手が僅かに震えているのを感じた一夏は、一歩前に出ることによって彼女の手から逃れた。
「なんもしなければいい。一番簡単で最も安定している。でもな箒。それでも俺はノックするぜ。これは俺がしなくちゃいけないことなんだ」
「馬鹿者。だがカッコいいじゃないか」
輝いて見えた。恋心を抱く相手のどこか達観した表情さえもカッコいいと思えてしまっていた。
「最後なんて言った?」
最後の一言が現実に引き戻してしまったが。
天を突かんばかり挙げられた拳が振り下ろされる。
ほんの数10センチの距離がやたらと遠く感じる。このまま拳が扉をかすりもせずに通り過ぎればどんなに良いかと一夏は目を閉じた。
コンコンと子気味よい音が響く。
すると二人を苦しめていた圧が消え去る。
扉の向こうからは圧どころか何の気配も音もしない。
もしかして留守だったか。
一夏は悲しいような嬉しいような不思議な気分にさせれたが、目の前の扉が開いたことで嬉しい部分だけが吹っ飛んでいった。