寮長室の中はとてもすっきりとしていた。
テーブルを挟んで一夏たちと千冬が向き合った。
一夏にはこの空間が異質に感じられていた。自宅ではない違和感というよりは千冬がいるこの空間の僅かな違和感に、周りを見渡して原因を探るほどだ。
「どうした織斑。話があるんじゃないのか」
当然、彼の姿を正面に収める千冬が気が付かないわけもない。言われて箒も振り返るが、それよりも一夏にはこの違和感の原因がなんであるか気になっていた。感覚に引っ掛かる気持ち悪さを解消したかったのだ。
だけども流石に姉の視線に耐えかねて本来の目的を話すことにする。
何故、赤色少女を推薦してきたのか。
武器の世界大会の優勝者という肩書きだけで推薦したのか。
ISに関しては同じ立場の人間じゃないのか。
箒を納得させてほしいという理由はなんとか飲み込んで問いかけてみる。
「なんでなのかおしえてくれ千冬姉」
「織斑先生と呼べと言ったはずだがな」
目にも止まらぬ速さで頭を叩かれる。
「お、教えてください織斑先生」
隣で痛みに悶える一夏を見ないようにしながら箒が言う。時間的にプライベートな時間かと思って油断していた。後、一歩遅ければ彼女自身「千冬さん」と言うところであった。一夏は尊い犠牲になったのだ。
「聞けば、アイツは世界大会の優勝者と言いますが、ISの操作には関係ないと思うんです。更にセシリアのような代表候補生でもなければ、IS関係で名の知れた存在でもないときました」
「……篠ノ之。自分のことを言っているのか?」
「ち、違います。私は一夏の幼馴染ですし、同じ篠ノ之流剣術を学んできた身ですから相性がいいのです。それに一夏からどうしてもと頼まれましたので」
「え、いや……どうしてもなんて言って」
ようやく復活した一夏は事実と違うこと言う箒の言葉を訂正しようとした。
「ふん!!」
そしてわき腹に強烈な一撃を喰らって沈んだ。
目の前で行われる暴力を千冬は静観する。弟が酷い目に逢っていることに何も思わないわけではないが、ひとまずは触れずにいた。ただし、一夏には相応しくないなぁ、とは思っている。
「ケンゴウは確かに経歴だけを見れば世界大会で優勝しただけの生徒でしかない」
わき腹の痛みを克服した一夏が話を聞く姿勢を見せると、千冬が薄っすら笑みを浮かべながら話しだす。
「実際にそれだけだ。ISにおいて他の誰よりも進んだ知識を持つわけではない。だけどな、私はアイツを一人の武人として信頼している」
「武人として?」
姉の一言に疑問が湧き出てくる。一夏の中では千冬は世界で一番強いIS操縦者であり、剣道の腕前も並みの人間では相手ならないほどの剛の者だ。その姉が武人としてなんてことを言うことが信じられない。
「お前たちの言う世界大会なんだが、実は私も参加したことがある」
「ええ、何時だよちふ……織斑先生」
「一昨年だな。ぶっちゃけ発見の連続だった。人生変わったよ」
「……もしかしてアカガネーナが出場していた時の大会ですか」
「その通りだ篠ノ之。優勝したケンゴウがいた時さ。つまり私はアイツに負けたという訳だ。篠ノ之流完全敗北だ」
「千冬さん。何故私に向かって言うんですか」
「本当に織斑先生が負けたのかよ。信じられねえ」
「冗談じゃないんだ織斑。私としても出場当初はどうせ勝つのは自分だと信じて疑わなかったからな。舐めてたよ。あの大会をな」
かつてを思い出しているのか虚空を見つめて笑う千冬。
「分かるか? どいつもこいつも人間辞めかけている奴らばかりだ。面白いぞ、ISとサシでやり合える人間が集まって自分の力を試すんだ。私もISの戦い以上に興奮してしまったほどだ」
「織斑先生……ISと生身で戦えるんですね」
「さすがに空中戦はできんがな」
「当たり前です!!」
出来たら弟辞めるかもしれない、と一夏は遠い目をする。いつの間にか姉が遠いところに行ってしまった。
「その大会で私の順位は3位だ。ケンゴウと戦ったがまさかあそこまで強いとは思わなかった。悔しかったが同時に嬉しくもなった。まだまだ上を目指す意味があるとな」
「ちょっと待ってください織斑先生。3位と言いましたよね。織斑先生よりも強い人がもう一人いるということですか」
「おう、その通りだ。それもお前も知っている奴だ篠ノ之」
「私が知っている人?」
「箒が知っている人ってだいぶ限られるんじゃ」
「黙れ一夏。私はボッチなどではない」
「じゃあ友達何人いるんだ?」
「……友達ってなんだろうな?」
「悪かった。俺が悪かったから正気に戻れ」
「大丈夫だ篠ノ之。ここは学校だ。友達作れるぞ。たくさん作れるぞ。先生いつでも相談乗るぞ」
瞳から理性を失った箒を織斑姉弟が慰める。世界にISが認められてからというもの、姉である篠ノ之束のせいで政府の要人保護プログラムで転校に転校を重ねた箒には友達がいなかったのだ。本人はすぐ転校することに誰かと親しくする意味を失い、更に元々社交的な性格でないこともあって絶望的な状態だったのだ。
ここにきて一夏の発言はくるものがあった。
暫くして箒が自分自身を取り戻す。
「すみませんでした。それで私の知る人で尚且つ織斑先生よりも強い人とは誰ですか」
「ああ、一応言っておくが私とその人は戦ってないからな。トーナメント形式の試合だったからな。まぁ、後で野良試合で戦ったがな」
「勿体ぶらずに教えてください」
「ああ、すまない。2位になったのはお前の父親だ」
一瞬止まる。
「はい?」
箒再起動。
「えぇ?」
一夏再起動。
「おうさ」
千冬お茶を一杯。
「篠ノ之柳韻。お前の父親だ」
「嘘だぁぁぁあああ!?」
箒の絶叫が室内に響き渡る。
「待った。全然理解できんぞ。なんで父さんが。だって父さんも要人保護プログラムで監視されているはずじゃあないか」
衝撃発現にいまだに混乱中の箒。要人保護プログラムによって家族は離れ離れになり、それぞれ監視される日々の中で父親が世界大会に出場していたという。
そういえばいつだったか父親が行きそうな場所について聞かれた時があったような、と箒は思い出す。なんで突然と思ったこともあったが、今ようやく納得した。
「ああ、どうやら監視を打ち倒して逃げたらしい。世界大会の噂を聞いて武人としての血が騒いだと言っていたな」
「束さん並みに自由奔放な動機なんだな。厳格な親父さんだったはずなんだけどなぁ」
「私も初めは驚いたものさ。今はどうしているかな」
「しかもそのまま行方をくらませたのかよ」
「師範はとても強かったよ。最後は引き分けだった。その師範を打ち倒したケンゴウはまさしく最強と言っていいな」
「そんなに強いのか」
「ああ、だから薦めた。いい刺激になると思ってな」
千冬は獰猛な笑みを浮かべた。