ショウちゃん闇堕ちルート 作:aruseus
洞窟の外から届く光のまばゆさで私は目を覚ました。
「うっ」
体を起こそうとすると、激痛が走った。熱はすっかり下がっていたが、怪我は当然ながら治ってはいないようだ。再び仰向けに寝そべると、ずるりと何かが額から滑り落ちた。
「布……に巻かれた氷?」
よく見ると、自分の身体も包帯に巻かれ手当てをされた跡がある。首だけ回して周囲を見回すと、座ったまま眠るテルの姿があった。
まさか、本当に私を助けたのか。一度は殺す寸前までテルを追い詰めた私を。
私が驚いていると、テルも朝日に顔を照らされ、顔をしかめながらうっすらと目を開いた。そして私と目が合うと、口を開いた。
「よかった。生きてた。丸二日寝てたんだぜ、あんた」
「なんで私を助けたの? 私は以前、あなたを殺そうとしたのよ」
「あー、あれはちょっと怖かったな。でも俺は死んでないじゃん」
「私をかばえばあなたの立場も悪くなる」
「そういえばそうだな。ま、俺が居なかったらムラで死人が出てたかもしれないし、トントンだろ」
それを聞いて、私は耳を疑った。
「死人が出なかったの? あれだけポケモンを用意したのに?」
「いや、ほんときつかったよ。だいたいシマボシ隊長のケーシィがテレポートを使ってくれたおかげだけどな」
「そうですか……なら、『次』はうまくやらないと」
そう言うと、テルはぴくりと眉を動かした。
「……ムラの奴らは十分怖い思いをしただろうし、報いを受けたといえるんじゃないか? それにあっちもバカじゃない。また襲いに行ったら本当に殺されるぞ」
「構わない。あのムラを滅ぼせるなら死んでも―」
「本当に?」
テルは私の声を遮った。心の奥を覗き込まれたような気がして、私はたじろいだ。
「本当は帰りたいんじゃないか? どうしようもなくなったこの状況を何とかしてほしいんじゃないのか?」
「……どうせ帰れないわ。プレートもこの体では集められない。なら、せめて憎い敵を殺したい」
「なんでそうなるかな。お互いに謝って解決、じゃダメか?」
「駄目。認識が甘いわ。百歩譲って私がそうしようとしたとしても、間違いなく殺される」
「俺がさせない。それに、ムラの奴ら全員があんたを追い出したかったわけでもない」
そう言うと、テルは私に一通の手紙を渡した。
「最初に群青の海岸へ行く前、ショウに会ったら渡してくれって言われたんだ」
私はその手紙を開き、目を通した。
『命令通りよく生き抜いた。こちらからテルを通して生活の支援を行うので、それらを活用して調査を続行してほしい。
また、重ねて命令する。誰も傷つけるな。少し前までは長の命令が末端に達していなかったようだが、コンゴウ団とシンジュ団も今なら力を貸してくれるはずだ。お前はまだ一人ではない』
短い文章だった。だが、温かみのある言葉だった。どこか不器用な言い回しに笑みがこぼれる。
「あれ」
笑いながら、視界がじんわりと歪んだのに気がついた。
(そうか。私はこの人も殺そうとしてたんだ)
今まで押し殺していた罪悪感がにじみ出てきた。そして、自分がこれまでやってきたことを思い出し、嘆息した。私はシマボシが、カイが、テルが、皆が差し出そうとした救いの手を全て踏みにじったのだ。
押さえきれず、涙が頬を伝った。私はテルから顔を背け、少しの間嗚咽し続けた。
ショウはしばらくして、俺の方を向いた。
「許せない人間はいる。それは変わらない。しかし、死ぬべきでないと思った人もやっぱり……いる」
「分かってくれたのか?」
おそるおそるショウの顔を覗き込むと、険しかった表情が心なしか和らいでいるように見えた。ショウは地面においたボール―レントラーの入っているものがなぜかぐらぐらと揺れていた―をちらりと見てからこういった。
「うん、少しは。ただ、話がこじれ切ってるから、今まで通りの関係には戻れないと思うけど」
あっさりと改心したのは少し気になったが、おそらく彼女自身も自分のやっていることが間違っていると思っていたのだろう。やはり、話し合いはしてみるものである。
「ムラの方は俺が何とかしたいと思ってる。……けど、その前に解決しないといけない問題がある」
俺がウォロのことについて話すと、ショウはとくに驚いた様子もなく、そうなの、と答えた。
「彼とは単純な利害の一致で関わっていただけだから、私という駒が壊れたら、そういった手に出るだろうとは思っていたわ。ちなみに、どうする気?」
「戦って止める」
「そう。プレートは持ってる? 渡すつもりがなくても、見せるくらいはしないと相手も納得しないでしょう」
「三枚ある」
俺はショウが眠っている間に、最後の二つのプレートを入手していた。一枚はオヤブンのビークインが、そしてもう一枚はなんとコギトがすでに持っていたのである。ショウは俺が見せたプレートを見て、目を丸くした。
「全てが揃ったことになる。プレートの数はたぶんポケモンのタイプに対応してるから、ウォロの持ってる13枚とあなたのもつ3枚の計16枚。……でも、一回負けたらそこでウォロに全てのプレートを奪われるかもしれないわ。1枚くらいここに置いていったらどう」
「……いや、一回戦うとなったら俺は勝ち切らなきゃいけないんだ。二回目を準備する前に、奴がギラティナを村に放ってしまえば意味がない」
「わかったわ。そんなに負けられない戦いなら、私のポケモンをお守りにつける。今の手持ちは5匹よね?」
俺はうなずいた。自分の手持ち4匹にノボリから預かったジバコイル。俺はあと一匹手持ちにできるのだ。
「クレセリア。テルに力を貸してあげて。私は今戦えないから」
ショウがボールを開けると、あの恐ろしく頑丈なポケモンークレセリアが現れた。
「この子は、ウォロが倒せないって言ってたポケモンだからきっと大きな戦力になるはず。それに私が手持ちにして日が浅いからあなたの命令にもある程度従うと思う」
クレセリアは包帯に巻かれたショウを心配するように首をもたげていた。ショウはじっと自分を見るクレセリアに苦笑いしながら、その虹色の翼を撫でた。
「大丈夫大丈夫。私は大丈夫だから……いい? ちゃんとテルを助けてあげるのよ」
クレセリアはまだ何か言いたげにしていたが、こくりとうなずいてボールに入った。ショウはそれを拾い、俺に手渡す。
「この子が覚えている技はサイコキネシス、ムーンフォース、みかづきのいのり、サイコカッター。きっとあなたなら、この子の強さも十分引き出せると思うわ」
「それならいいけどな。じゃあ俺は行って来るよ。ウォロももうそんなに待ってくれないだろうし。……あ、それとまだ動くなよ。まだ完全に傷がふさがってないから」
「わかってるって。私のことなんて気にしないで行ってよ」
「お前ほんと無茶しそうだから……傷を診るときもさあ」
「いいから行ってよ!」
ショウは少し顔を赤くして叫んだ。理由はわからないが、これ以上いると彼女を怒らせそうな気がして、俺はさっさと目的を果たしに行くことにした。
荷物とボールをもってジバコイルに乗ると、ジバコイルはくるくると足の磁石を回した。もともと俺の手持ちでないのもあってジバコイルの感情はよくわからないが、やる気に満ち溢れているように見えた。
「テンガン山へ向かってくれ」
俺がそう言うと電磁浮遊によってジバコイルは空中に浮かび上がる。地上を見下ろすと、ショウが俺を見上げていた。彼女は俺に軽く手を振ってから、少し笑った。
「今までありがとう。未来のチャンピオン」
私はテルがいなくなったのを確認してから近くの草むらに目をやった。
「いつまで隠れているつもりですか。せっかく一芝居打ってテルを遠ざけてあげたのに」
「……気づいておったか」
「どんなに隠れても、レントラーの眼はごまかせませんから」
私はレントラーの入ったボールががたがたと震えるのを見ながらそう言った。この子は煙や壁をも見通す透視の力がある。調査中もこうして近くに潜む敵を察知して知らせてくれていた。
「それにしても、よくここがわかりましたね」
「数日前にテルが医療器具を持っていったのが知ったからな。あやつがお前を治療しようと思っていることはすぐに分かった」
「で、私を殺しに来たと」
「そうだ。どうせ殺さずとも、デンボクとワシを許すつもりはあるまい?」
「よくわかってるじゃないですか。……ミミロップ」
私は上半身地面に置いてあるボールを投げ、ミミロップを出す。それを見たムベはすかさずエルレイドを繰り出した。
「今、お前は満足にポケモンに指示が出せない。それにあの異様な耐久力をもつクレセリアをテルに渡していただろう……エルレイド、サイコカッター」
「でんこうせっかで回避!」
ミミロップはエルレイドの放った念の刃を素早く回避すると、エルレイドに掌底を叩きこむ。しかしやはりエルレイドはかなりの修練を積んでいるらしく、ひるむ様子を見せず次の攻撃の準備に移る。
「インファイト!」
「じゃれつく」
同時の指示。ミミロップとエルレイドは、ノーガードでお互いに効果抜群の技を叩きこんだ。同じ強さであればタイプと同じ技を使うエルレイドが勝っていただろうが、見たところミミロップの方が一回り強い。となるとその結果は―
「戻れ、エルレイド」
苦々しい表情を浮かべ、ムベは倒れたエルレイドを手元に戻す。ミミロップは傷ついてはいたが、その場にまだ立っていた。
ムベは続けてオオニューラを投入した。ミミロップを確実に葬るためだろう。私はミミロップを引っ込め、ユキメノコを繰り出す。
「フェイタルクロー!」
「シャドーボール!……うぐっ」
私は指示と同時に胸に走った鋭い痛みに顔をしかめた。大きな声を出して傷が少し開いたらしい。おそらくバトルを続けていると、命を削り切って死んでしまうだろう。
(でも……こいつは殺さないと……!)
顔を上げると、オオニューラは大ダメージを負っていた。対してユキメノコは軽傷。どく・かくとうタイプをもつオオニューラではユキメノコに対して有効打が無いからだ。続けて放たれたシャドーボールでオオニューラが倒れ、代わりにムウマージが出てくる。
「ムウマージ、シャドーボール」
二連続で攻撃して疲れていたユキメノコにムウマージのシャドーボールが命中し、大ダメージを受ける。が、それは計算のうちだった。私はユキメノコを引っ込め、「詰め」のポケモンを選ぶ。
この時点で倒されていたエルレイドとオオニューラの2体はかくとうタイプだった。最初にミミロップを出してかくとうタイプを出すよう誘導していたわけだが、手持ちのバランスを考えると、おそらくムベの手持ちにもうかくとうもちはいない。すなわち―ダイケンキが通せる。
「行ってください、ダイケンキ」
ボールから出てきたダイケンキはムベを見ると、獰猛に牙をむき出した。テルに聞いたのかそれとも本能で悟ったのかは知らないが、ムベを殺すべき敵として認識しているようだった。
「ムウマージ、マジカル……」
「秘剣・千重波!」
そこから起きたのは、ただの虐殺だった。ムウマージは怒り狂うダイケンキの猛攻に倒れ、最後に繰り出されたサーナイトも技をろくに出せず、メガホーンをまともにくらいダウンした。
「……というわけで、あなたの命をもらいましょうか」
手持ちをすべて失ったムベの前で、私はそう言った。
「ふん、今にも死にそうなお前に言われたくないがな」
「黙れ。ダイケンキ、秘剣・千重波」
ダイケンキの攻撃が腹に突き刺さり、ムベは悶絶した。
「この技は、相手の体内に破片を残します。相手を長く苦しめるのには、うってつけですね」
私はムベの顔を覗き込んだ。苦悶に歪む顔をよく見るために。
「私と同じように、思い切り苦しんでから死んでください。ダイケンキ、もう一回。……もう一回。……もう一回。……もう一回。……もう一回」
胸を、腕を、足を貫かれるたびにびくびくと痙攣するムベを見て、口の端が吊り上がっていくのを感じた。ああ、なぜこれほどいいキモチになれるのだろうか。
復讐を遂げる瞬間は。
「あは、ははは。はは。うっ……はははは!」
喉の奥からこみあげてくる血がこぼれるのにも構わず、私は笑った。しばらくすると、幾度となく刺し貫かれたムベの身体はぴくりとも動かなくなった。
「あれ? もう死んだんですか?」
ムベの身体はすでに冷たくなっていた。もう少し痛めつけてやりたかったが、死体をこれ以上傷つけても意味がない。ダイケンキを無駄に疲れさせるだけである。
私は、指示をやめてダイケンキをボールに戻す。そのとき、私は自分の唇から血が伝ってきていることに気がついた。
「うっ……かはっ……」
血が止まらない。ずきずきとした痛みがまた熱を帯び始めていた。ムベと戦うチャンスをふいにしたくなかったので無茶な戦闘をしてしまったが、その代償は大きかったらしい。テルもしばらく戻ってこないだろうし、複雑な治療ができない以上、私はいずれ死ぬ。
そこまで認識してもなお、心はその事実を冷静に受け止めていた。生死をさまよったとき、恐怖だけ死の淵に落っことしてきたのかもしれない。私は自分に残された時間をどう使うか計算すると、ウォーグルを呼ぶ笛を吹いた。
(動かないと……ここで死んでる場合じゃないわ)
私は傷ついた体を叱咤し、ウォーグルの補助棒を掴む。行き先はコトブキムラ。どうせ死ぬなら、最後にやっておきたいことがあった。
「隊長と、カイと、セキと、……皆に謝る。最後に団長だけ殺す」
命の使い方は決まった。治療してくれたテルには申し訳ないが、行かなければならない。
私はウォーグルとともに飛翔した。