ショウちゃん闇堕ちルート 作:aruseus
激痛に耐えながら、私は何とか送りの泉まで戻ってきた。しかし、戻りの洞窟の前に着地した瞬間、思うように力が入らずそのまま倒れてしまった。血を相当失ったらしく、ひどい寒けを感じる。
ウォーグルの羽ばたく音を聞いてやってきたダイケンキは倒れている私を見つけ、か細く鳴いた。
「……ダイケン……キ。私を……洞窟の中まで運んで」
それを聞いたダイケンキは私を丁寧に洞窟の中へ運ぶと、静かに寝床へ横たえる。そして私の身体がひどく冷たいのに気がついたのか、ぴったりとくっつき、心配そうに顔をなめる。
「ありがとう。……大丈夫だから」
そう言ったとき、口の端から血の泡が吹き出した。肩に受けた一撃が肺にまで達している。傷の治療のための設備も薬もないため、死に至る可能性は十分にあった。
死んでたまるか。絶対に生きて、私を殺せなかったことを悔やませなければ。私は不意打ちを受けたあの瞬間のことを思い出した。
ノボリが正々堂々と戦っていたのは、最終的にクレセリアをバトルにひきずり出せば不意打ちで私を攻撃できると分かっていたから。テルが場を離れたのはデンボクを避難させるだけでなく、応援を呼ぶためだろう。彼らも、結局のところデンボクと同じ。説得するように見せかけ、私を殺すつもりだったのだ。
死ね。死ね。皆、死んでしまえ。寄ってたかって私を殺そうとするなら、私が皆を殺してもいいではないか。
私は天井を睨みつけ、自分の運命を、敵を、周りの全てを呪った。しかし怒りの炎は傷口が痛むたびに衰え、やがて夜の闇の向こうから忍び込んできた別の魔物―恐怖が私の心を覆いつくし始めた。
誰かが追ってきて、動けない私にとどめを刺すのではないか。このまま何もできず死ぬのではないか。私は洞窟の天井を見上げながら、恐怖と不安に震え始めた。
しばらくして、外から雨の降る音が聞こえてきた。それはやがて土砂降りになり、雷の閃きがときおり洞窟の中を照らすようになる。その辺りで、熱が出始めた。傷の熱が全身に回ったらしく、ひどく気分が悪くなった。
ああ、どうして自分はこんなところにいるのだろう。どこで間違えたのだろう。嗚咽が漏れた。あの世界に帰りたい。あの温かい世界に。
私がそう思ったとき、ずきんと頭が痛み、失われた記憶が脳裏を駆け巡った。人が死ぬ前に見る走馬灯というものに近いのだろうか。私はようやく、全ての記憶を取り戻した。
私が未来のヒスイ―シンオウ地方から来た人間であること。ナナカマド研究所の助手をやっていたこと。初めてポケモンを貰ったこと。テルと共に未来のギンガ団と戦ったこと。トレーナーとして力をつけ、ポケモンリーグに挑戦したこと。
失った記憶を取り戻した瞬間、涙が頬を伝った。今更記憶を思い出して何になるのだろう。あの世界の思い出を置き去りにしたまま、私は死ぬのだから。むしろ素晴らしい思い出があるからこそ、どうしようもなくみじめに死んでいかなくてはならない苦しみが増幅されたのである。
失意と絶望に心をむしばまれながら、私は意識を手放した。
やっておかなくてはならないことがあったため少し遅れたが、俺はショウを追うことにした。俺がそのことを伝えると、ノボリはジバコイルとモジャンボの「ねむりごな」を貸してくれた。
「きっと役に立つはずです。……次は正々堂々と勝負したいですね」
そうつぶやくと、ノボリは訓練所の方に戻っていった。
それから俺はムクホークの先導に従い、東へ向かった。ジバコイルのおかげで険しい山や足を取られそうな沼は難なく越え、ついに群青の海岸の秘境―送りの泉へとやってきた。夜の静けさのせいか、神秘的な雰囲気を漂わせる場所だった。
「こんなところに……」
確かにこれほど険しい場所にいれば誰かに見つかる心配はない。俺はあたりを見回し、洞窟があることに気がついた。通り雨でもあったのか、あたりの地面はぬかるんでいる。足を滑らせないように気をつけながら、俺は洞窟の中に入った。
月に照らされ、明かりがないにもかかわらず洞窟の中はよく見えた。ショウは壁の傍で、ダイケンキとともに身体を横たえていた。
ショウもダイケンキも眠っていた。ただ、ショウは荒い呼吸を繰り返している。彼女の額を触ると、高熱が出ていた。
「たすけて……」
ショウの口から零れ落ちた言葉に、俺はびくりとした。しかし脈絡のない言葉が続き、どうやら熱に浮かされうわごとを言っているのだと気づいた。
「……帰りたい。死にたくない」
目の前にいるショウはもはや、コトブキムラを襲った恐ろしいポケモン使いではなかった。悪夢におびえ、死の淵に立つ弱弱しい少女だった。
あまりのやるせなさに、俺はため息をついた。するとすぐそばにいたダイケンキが目を開き、俺の存在に気づいて激しく吠えた。
「待て。俺はお前たちに危害を加えるつもりじゃない」
ダイケンキは俺を突き飛ばすと、ショウをかばうように立ちはだかった。言葉は通じなくとも、ダイケンキが異様なほど警戒心を抱いていることは分かる。おそらく、ショウに瀕死の重傷を負わせたのが俺だと勘違いしているのだろう。
「ダ、ダイケンキ……どうしたの?」
ショウは目覚め、痛みに顔をしかめながら体を起こした。そして俺の姿を見ると、すぐさま鋭く睨みつけてきた。
「私にとどめを刺しに来た、というわけね」
「違う。俺はあんたを助けたいんだ」
「黙れ!」
ショウは激昂していた。丁寧な話し方は跡形もない。
「黙れ黙れ黙れ黙れ! もう私は騙されない! 優しそうなふりをして! 手を差し伸べるふりをして! 結局殺すんでしょう!」
「違う。信じてくれ」
ショウは完全に精神の平衡を失っていた。精神的ショックによってか、高熱によってか、あるいはその両方か。ショウは、その殺意を真っすぐに向けてくる。
「ダイケンキ! ハイドロ……」
だが、重傷を負ったショウの身体はそれについていけなかったらしい。指示を出し終える前に口から血を吐き出し、ショウは前のめりに倒れた。
「馬鹿! そんな身体で戦えるわけないだろ!」
俺はショウを起こし、仰向けに寝かせた。苦悶するショウはうっすらと目を開き、俺を見上げた。
「私を……どうする……つもり」
「助けるに決まってるだろ。あんた、死にかけてるんだよ!」
俺はポーチからクスリソウや元気の塊を取り出した。ムラを出る前、医療隊の人間に頼んで持ってきていたのだ。
「なんで……」
「ああもう喋るな、安静にしろ!」
俺がノボリから受け取ったモジャンボの「ねむりごな」を浴びせると、ショウはまぶたを落とし、寝息を立て始めた。
「ダイケンキ、ショウを助けたかったら水汲んでこい」
ダイケンキは戸惑っていたが、俺が桶を置くと、それを額の角に掛けて外へ出ていった。
その間に元気の塊を砕き、クスリソウを混ぜ、その他いろいろの材料を使って外傷用の薬を作る。それから、俺はショウの服を脱がせ、傷の深さを確かめることにした。
左肩の傷は背中から斜めに深く切れ込みを作り、膨らみかけている胸の上部にまで達していた。おびただしい出血があったらしく、傷口の周りはどす黒い血で染まっている。
ダイケンキが汲んできた水を煮沸して血を洗い流し、薬を塗り込む。幸い「サイコカッター」による傷だったため敗血症を起こす可能性は低いし、縫わなくとも綺麗に傷がふさがるはずだ。
俺は包帯を巻いて毛布を掛けると、ショウの傍に座り込んだ。
(ここからは、彼女の体力次第だな)
できるだけのことはした。時間が無かったので素人の処置にはなったが、野ざらしよりはだいぶマシだろう。俺はショウの顔を覗き込むダイケンキを眺めながら、ぼんやりとしていた。
なぜ以前に自分も殺そうとした者を助けようとするのか、と聞かれれば、きっと俺は返答に窮しただろう。たとえ同情できる点があっても、普通は殺意を向けてくる赤の他人を助けようとは思わないものだ。
(でも、「あれ」を見た)
ディアルガとの戦いでわずかに思い出した記憶。俺はショウとともに誰かと戦っていた。彼女はきっと俺と深いかかわりのある人物だ。友人なのか、仲間なのか、はたまた家族なのか。それは分からないが、全てを思い出したときに後悔したくはない。それだけの理由だった。
座り込んでいるうちに、眠気が襲ってきた。興奮していて気づかなかったが、バトルや移動、慣れない治療行為で自分の身体がくたくたになっていたらしい。
俺が船をこぎ始めたそのとき、洞窟の外からざくざくと足音が聞こえてきた。それを聞いて、俺は耳を澄ませながら手元のモンスターボールを掴んだ。
(追っ手か)
しかし、こんな隠れた場所にあるキャンプをどうやって見つけたのだろう。俺を尾けていたのだろうか?
そんなことを考えながら息をひそめていると、足音は洞窟の前で止まり、そして中へ入ってきた。
「ウォロ?」
足音の主―ウォロはカンテラで辺りを照らしながらやって来た。そして俺と傍で眠っているショウの姿を見て、吟味するような視線を投げかけた。
「ああテルさん。久しぶりです」
「なんでお前、ここに来たんだ」
「なんでも何も、このキャンプをショウさんに提供したのがこのワタクシだからですよ」
ウォロはいつものような笑みを見せず、ショウの寝床の傍にやって来る。
「ムラで聞いた通りですね。ショウさんは助かりますか?」
「……五分五分だ」
「そうですか」
ウォロはそれを聞くと、興味を失ったかのようにショウから視線を外し、彼女のポーチの方に目をやった。そしてポーチを探り、中から「こぶしのプレート」を取り出した。
あれはデンボクが持っていたはず。そしてそのことを知らないはずのショウがプレートを奪っているということは……。
「そういうことか。あんたが、ショウにプレートを探させていたのか。その途中でセキからこぶしのプレートの所在を聞いて、ショウにムラを襲撃させた」
「半分正解ですね。襲撃はあくまでショウさんの望み。ワタクシが求めているのはプレートの収集のみです」
「……でも、ショウがムラに行くなら、ああいう結果になるとは予想してなかったのか?」
「してましたが、その辺は口を出さない約束をしましたからね。ワタクシにとってはどうでもいいことですし」
どうでもいいわけあるか。俺はそう思ったが、まともな理屈は通用しそうにない。今のショウと同じように心のどこかが壊れている人間を相手にしているような気がした。
ウォロはプレートをしまうと、俺に目を向けた。
「さて、ショウさんが使えないとなると、新しくテルさんにプレート探しを頼まなくてはなりませんね」
「誰がやるか。俺はショウとは違って世界を滅ぼしたいなんて思っちゃいないからな」
「はは、そういえば彼女はそのためにプレートを集めていたんだった。誤解のないように言いますと、プレートはそういうものではない。『きっかけ』に過ぎないのです。アルセウスに会うためのね」
「アルセウス?」
「全てを生み出した全能の存在のこと。アナタがテンガン山で見たディアルガやパルキアも、アルセウスの被創造物に過ぎない」
「……アルセウスに会うとどうなるんだ?」
「それを知るのがワタクシのライフワーク。ですが、そこで神の力を一部でも手に入れられれば、世界を壊すことも作り直すこともできそうだとは思いませんか?」
そこでショウは皆殺しを選ぼうというのだろう。あくまで推測の話だが、この眼で神話に登場するポケモンを見た身としては、真剣に受け取らざるを得なかった。
「……なおさら手伝うわけにはいかない」
「誰にも迷惑をかけないと約束しても?」
「ああ。あんたも十分狂ってるよ」
「……そうですか。引き受けてくれないのでしたら、狂人らしいところを見せるとしましょうか。あなたの親しい人全員を殺すとか」
ウォロはさらりと脅してきた。
「無理だろ。あんたにそんな実力があるのか?」
「まあ、バトルの腕はショウさんに若干劣りますが、ワタクシには仲間がいますから」
そのとき、カンテラに照らされ、大きく広がっていたウォロの影がぞわぞわと蠢いた。俺が凝視していると、影は異様な形へ変形し、そこから禍々しい姿をしたドラゴンが音もなく這い出てきた。
「紹介しましょう。ディアルガ、パルキアと同位の存在でありながら歴史に残されなかった者―ギラティナです」
息の詰まるような瘴気。その圧倒的な存在感は、ギラティナがディアルガとパルキアに劣らない強さを持っていることを否応もなく理解させるほどの濃さだった。
「もしアナタがプレート集めをしなかったら、ギラティナと共にひと暴れします。ギラティナの目的はアルセウスを倒すことですが、アルセウスに会うためなら何人でも犠牲にするでしょうね。ラベン博士。セキさん。カイさん。シマボシさん。アナタが原因で死ぬのですよ」
単なる脅しではない。ウォロは近くを見ているようではるか彼方を見るような狂信者の目をしている。彼らの常軌を逸した精神と実力なら、実際にやってのけるだろう。
「分かった。だが、時間をくれ。しばらくショウを看病してやりたい」
「彼女が足枷になるようなら、今ここでショウさんを殺してあげましょうか」
「それやったら、本当に何もしてやらないぞ」
「……山頂の神殿を調べながら待っているとしますか。でも、あまりのんびりやってたら脅しではなくなりますので。なるべく急ぎなさい」
そう言い捨てると、ウォロは影と同化したギラティナとともに去っていった。
そういえばアルセウスはだいたい満足な出来だったんですが、欲を言えば「やぶれたせかい」に行きたかったですね。重力の狂った空間で壁や天井を歩いてヒードランごっこしたいなあ……