走れるだけでよかったのに   作:〆切の逃亡者

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第10話 最初の冠(後編)

ゴールデンレイシオの皐月賞は、出鼻をくじかれた状態から始まった。

 

「いきなり出遅れましたわぁ!?」

 

「大丈夫、作戦のうちよ」

 

「ええ!?」

 

驚くメジロマックイーン。

それも無理はない。

出遅れる、ということはポジション争いから外れることを意味する。

どんな脚質でも出遅れは基本的に避けたい事だ。それがたとえ追込だとしても。

 

「下手に前に出て中段で閉じ込められるくらいなら出遅れた方がマシなのよね」

 

「それは、極論ではありませんか?」

 

ミーティアの言い分は、ある意味では合理的だ。

今回のゴールデンレイシオは内枠。外枠なら上手くスタートダッシュが切れてしまっても閉じ込められる事態は早々ない。しかし、内枠であればそんな事態が起こり得る。もし閉じ込められてしまえば最後、実力なんてものは1ミリも出せずに終わってしまう事もある。

ならば、どうするか。出遅れてしまえば確実に閉じ込められることはない。

 

「ゴールデンレイシオなら絶対出遅れた方が得、っていうのもあるんだけどね」

 

「アタシには分かるぜ。追込するならやっぱ最後尾からごぼう抜きだよな。抜かれた時の顔見ながら走るのとかすげー得した感じがする」

 

「それは何か違う気がしますが……」

 

「まあ、だいたいその通りよ」

 

「合ってるんですの!?」

 

「大方は……6…いや、5割は?」

 

「それ間違えていますわ!」

 

『バックストレッチに入りまして縦長の展開。注目の16番エアシャカールは後方から2番手、集団の後ろにピタリと着けています』

 

騒がしく、しかし楽しげな会話の裏側でレースは進む。

既に第2コーナーを抜けて直線に差し掛かる。折り返し地点はすぐそこまで迫っている。

 

レースは至って普通の縦長の展開。逃げ先行が集団を作り前方へ、先行差し集団がそれを見るように中段に、そしてたった3人の追込のウマ娘がポツポツと後方に。それぞれのポジションに収まり、牽制や駆け引きは激しさを極めている。

しかし、その駆け引きの場にゴールデンレイシオは存在しない。

彼女の位置は最後方。集団とは一切絡まず、悠々と気ままに自分のペースで走っている。

 

「なんというか……余裕そうですわね?」

 

「スタミナお化けが稍重でも1000M流した程度で疲れるかよ」

 

「いえ、そうではなくて……とても落ち着いているというか……」

 

2000Mしかないこのレース、早く前に行こうとするのが通常の思考だ。

誰よりも速くゴール盤を駆け抜けたウマ娘が勝つ。ならば、より前に出たくなるのがウマ娘の性だ。

たとえ作戦があったとしても、最後方から巻き返すには距離、位置共に最高とは言い難い。エアシャカールやもう1人の追込ウマ娘は既に差し集団の横や後ろに着けている。それを見ると、ゴールデンレイシオの位置取りはあまりにも後ろすぎる。

レースは早くも中盤を終えて終盤に差し掛かろうとしている。それなのに、ゴールデンレイシオには一切の動揺が見られない。

 

その様子に、メジロマックイーンは首をひねる。

 

「何も考えてないんじゃねーの?」

 

「まさか、そんなことあり得ませんわ」

 

「アタシなら『いつ仕掛けよっかなー』ぐれーしか考えてねーけど?」

 

「それはあなただからでしょうに」

 

やれやれといった様に投げやりな言葉を吐くメジロマックイーン。

そんな適当なレース運びで勝てるのはゴールドシップくらいだし、そんなレース運びをするのもゴールドシップくらいだろう。

確かにレースでは臨機応変さも重要だが、それと同じくらいに事前準備、とりわけ作戦の立案は重要だろう。ゴールデンレイシオやミーティアにそれが分からないということはないはずだ。

そう考えながらメジロマックイーンはアメリカンドッグを頬張る。

 

「あら。今度はバッチリ正解よ」

 

「ほらな、言ったろー?」

 

アメリカンドッグが喉に詰まった。

 

「ゴッホ!ゴホァ!!」

 

「おいおい、お嬢様が出しちゃいけねー声出してんぞ……これでも飲んで落ち着けって」

 

「あ、ありがとうございます……これなんですの?」

 

「カメノテの出汁」

 

「ええ……」

 

「美味しいですけど……」とチビチビ飲むメジロマックイーン。

 

「ゴールデンレイシオは最後尾に着き続けて、タイミングを見るだけでいいの」

 

「タイミングを?」

 

「下手にレースを動かすと、想定通り行かないかもしれない。ゴールデンレイシオがマークされているウマ娘ならともかく、全く注目されてない今なら、何もせずに流れに乗るのも一つの策よ」

 

「な、なるほど……?」

 

そう言われれば、メジロマックイーンにも覚えがある。

ナイスネイチャが、メジロライアンが、ツインターボが、そう騒がれていた有馬記念。勝ったのは対して注目されていないウマ娘。最終直線、ラスト1ハロン。差し切ったと思ったその最中、内から抜け出してきた、誰にもその勝利を予想されていなかった彼女に1着を刈り取られた。

苦い記憶を思い出したメジロマックイーンは少し遠い目をした。

 

「まあ、そもそも駆け引きとか何にも教えてないから何かしたくても出来ないっていうのもあるけどね」

 

「えっ」

 

メジロマックイーンは幻聴が聞こえた気がした。

 

「今のゴールデンレイシオは身体能力を十全に発揮できるレベルまで基礎を叩き上げた。でも、レースに臨機応変に対応するとか、細かな駆け引きとか全然教えてないもの」

 

「全く?」

 

「ゼロ!」

 

現実だった。

ミーティアはキッパリと、いい笑顔で言い切った。

 

よくよく考えてみれば、これは当然。むしろミーティアはよくやった方だ。

どれだけ身体能力が高かろうと、走る技術が素人以下のウマ娘。それを学園に来てからの1年で、ミーティアが面倒を見始めて半年でG1ウマ娘級に鍛え上げた。

その上、臨機応変な対応力や、駆け引きの技術を求めるのは酷と言うものだろう。

 

「ほら、言ったじゃない。勝率は5割って」

 

「そ、それって……」

 

「理想の展開が来るか来ないかの2択よ!」

 

「来なかったら」

 

「もちろん負け一直線」

 

「め、めまいが……」

 

「うおおお!これがギャンブルってやつか!燃えるぜ!!」

 

『エアシャカール、一気に動いた!後方からスルリと抜けて先頭との差はおよそ3バ身といったところか!』

 

「これマズイ展開じゃないんですの!?」

 

「あー…うん、まあイケるんじゃね?」

 

「そんな無茶苦茶な!まだゴールデンレイシオさんは抜け出せてませんわよ!?」

 

第4コーナーに入っても、ゴールデンレイシオは未だに後方。

末脚に自信があるウマ娘ならばこの後の直線で差し切れるかもしれないが、ゴールデンレイシオはそうではない。自慢のスタミナで仕掛けるロングスパートを得意とするウマ娘だ。

エアシャカールが既に先頭争いをしている今、一刻も早く仕掛けなければゴールデンレイシオの勝機は薄れていく。

 

「ミーティアさん、これって理想の展開なんですの!?……ミーティアさん?」

 

先程まで騒がしかったミーティアは急に静かになる。

メジロマックイーンは不思議に思って隣を見る。

 

「ゴールデンレイシオ……?」

 

そこには、真剣な、けれどどこか不安の残る顔でレースを見るミーティアがいた。

 

 

 

■■■

 

 

 

残り600M地点。エアシャカールさんが外に出た。

 

追込で早仕掛けをするなら、余程のことがない限り大外一気しか選択肢が残っていない。

最終直線が短い中山レース場。末脚に絶対の自信があるのでなければ普通はそうする。

 

そして、エアシャカールさんは良くも悪くも注目されているウマ娘。弥生賞の時点から既にマークはされていたけど、皐月賞ともなればその比じゃないはずだ。

数名のウマ娘がエアシャカールさんをブロックしようと外に釣られる。釣られなかったウマ娘は自分の走りをしようと内に残る。

 

 

そうすると、自然に中が開く。

 

 

まさに理想の展開!

ポツポツと中に残ったウマ娘もいるけど、隙間は十分!

 

抜け出せる!!

 

 

そう思い、強く踏み込んだ足がガクンと沈む。

 

 

「っ!?」

 

なんだ……?ぞわりと背筋が凍るような、身の毛がよだつような初めて味わう嫌な感覚。

いや、そんなことよりも早く前に!

 

 

『エアシャカール抜け出した!残り300M、早くもエアシャカール先頭!』

 

 

エアシャカールさんが先頭に立つ。

おかしい。全力で足を回しているのに、エアシャカールさんとの差が広がっていく。

スタミナは余っているはずなのに、末脚は残っているはずなのに。息が上がった先行集団と同じようなスピードしか出ない。

 

「っぁァ!!」

 

回す、回す、回す。

足を必死に、全力で。前に抜きん出るために。

 

『残り200M!エアシャカール依然先頭!後方との差を突き放す!』

 

それでも、エアシャカールさんの背中は離れていく。

 

『エアシャカールだ!エアシャカールだ!最初の冠はやはりエアシャカールだぁぁぁああ!!』

 

僕はまだ……!

 

『3バ身のリード、余裕を見せつけてゴールインッ!皐月賞を制したのは、エアシャカール!』 

 

まだ、走れるのに……!

 

 

 

■■■

 

 

 

僕は控室に続く通路の出口付近で何をするでもなく、ただぼうっと曇天の空を眺めていた。

 

皐月賞。

結果は5着。

 

エアシャカールさんをブロックしようとしたウマ娘が無理な横移動をして沈んでいって、しかも僕の位置が内に居る集団を偶然ブロック、内にいたウマ娘たちを抑え込むことができたからここまでの順位を取れた。

 

結果だけ見れば、大躍進だろう。

勝鞍が未勝利戦しかない僕が、掲示板に入っている。

この時点で十分なはずだ。

 

 

でも、僕はまだ、走れる。

 

 

足も、スタミナもまだ余っている。

文字通り全身全霊で走った筈だ。

妨害をされたわけでも無いし、むしろ作戦は理想通りの展開で進んでいった。

 

 

なのに、負けた。

 

 

なぜ、どうして……何も分からない。

 

 

「オイ、お前」

 

不意に後ろから声をかけられた。

振り返ると、エアシャカールさんが大股で近づいてくる。

 

「エアシャカール、さん……優勝、おめで」

 

「ンなことはどうでもイイんだよ。それよりお前、なんで手ェ抜いた」

 

「…えっ?」

 

手を、抜いた。

 

何を言われているのか全く分からなかった。

 

確かに、足は余っている。スタミナだってまだ残っている。

けれど、間違いなく全身全霊だった。

厳しいトレーニングを積んだ。作戦も練った。入念に準備をしてそれを実行した。

 

手を抜いたなんて、そんなことは……

 

「……チッ、なんでもねェ」

 

何も言わない僕を見て、エアシャカールさんは軽くため息を吐いて当てが外れた様子で来た道を戻って行く。

 

僕は、その目を知っている。

 

 

「オレの計算ミスだっただけだ」

 

 

僕がミーティアさんに会う前に、嫌と言うほど見た目だから。

 

こうして、僕の心はこの曇天のように晴れる事なく、最初で最後の皐月賞が幕を下ろした。




最近締め切りに差し切られている作者です。

いやあ、最近じゃ私の固有スキル【締め切りの延長は譲らない】の発動条件が満たされず、コンスタントに締切が差してきます。ものすごい末脚です。パワーSS+ですよこれは。


2022/7/9 一部表現の変更。
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