走れるだけでよかったのに 作:〆切の逃亡者
僕は分からない。
なんで負けたのか。
なんでエアシャカールさんにあんな目を向けられたのか。
なんで、心が晴れないのか。
僕には、何一つ分からない。
「……シオ…」
最近、走っても気持ちよくない。
むしろ…こう、モヤモヤする。
今まで感じたことの無いこの気持ちに、正直なところ戸惑っている。
悩み事なんて、走ればすぐに解決した。でも、今回は全くそんなことはない。それどころか、心のモヤは増すばかり。
いったい、どうすれば———
「———レイシオ!」
「っ!」
怒気を孕んだ声が僕の耳に入る。
……これは…ああ、やってしまった。
「やーっと止まったわね」
眉を顰めたミーティアさんが手招きしている。
小走りで近づくと、ミーティアさんは何も言わずにジッと僕を見ていた。
「あの、その……すみません……」
「ハァー…走るのは構わないけど、私の声ぐらい聞いてちょうだい」
「……はい。本当に、すみませんでした」
僕が頭を下げると、ミーティアさんは複雑そうな顔をして髪をかきむしって頭を抱える。
「んー、あー……よし、今日から当分トレーニングは中止ね」
「……ダービーはもうすぐです。少しでも鍛えた方が」
「無駄よ」
僕の言葉を、短い言葉で断ち切る。
「今のあなたじゃ、トレーニングなんて無意味よ。それどころか怪我のリスクをいたずらに増やすだけだわ」
ミーティアさんの言ってることは正しい。
ウマ娘のトレーニングは、ヒトのそれとは一線を画す。だからこそ、トレーニングは細心の注意が必要だ。
大声で呼ばれても気が付かず、走りにも集中できず、漫然とトレーニングをしている。そんな僕のトレーニングを中止にするのは当然の判断だ。
「じゃあ、ゆっくり休みなさいね〜」
ミーティアさんの判断は正しい、はずなのに……
「っ……待ってください!もう少しだけ、話を聞いてくれませんか」
「何かしら」
「僕は、その…皐月賞が終わってからずっとモヤモヤしてます。このモヤモヤはいったい……」
「知らないわ」
たった一言。
簡潔に、被せるように言い切られる。
「残念だけど、答えられないわね。ま、そのうち分かるんじゃないかしら?」
取り付く島もなく、ミーティアさんは足早に僕の下から離れていった。
■■■
トレセン学園内をフラフラと歩く。
行く宛も、することも無い。
先日の皐月賞から気力が湧かない。
何をやっても楽しくない。
何をしていてもモヤモヤが晴れない。
このモヤモヤはなんなのか、ずっと考え続けてる。でも、分からない。
分からないと分かっても、考えずにはいられない。
そうして考え続けた結果が集中力を乱したあの状態だ。
ミーティアさんを話さえ聞いてもらえないくらいに怒らせてしまった。
僕は、どうすれば……
そんな事を考えていると、ドンッと背中に何かがぶつかった。
…いや、のし掛かられた?
振り返ると、栗毛のショートカットのウマ娘がいた。制服を着ているところを見ると、ただのトレセン学園の一般生徒のようだ。
……その手に持ったケミカルな色の試験管をが無ければ、だけど。
「カフェ〜!少しいいかい?何、ほんの少し実験に……おや?君は……」
「ええと、人違い、です……」
光の無いその眼は何もかもを吸い込んでしまいそうな……不思議と怖いと思ってしまう眼をしていた。
加えて、振り解けないような体制で肩を掴んでいる点や、手にある試験管もさらに恐怖を煽っている。
「ん〜、どうやら友人と見間違えたようだ。すまなかったねぇ」
「い、いえ……では、これで」
変わっているというか、なんというか……少し不気味だなウマ娘だったなあ。
「ふむ……ダービー後を狙っていたのだが……予定が前倒しになるだけか。ちょっと待ちたまえ」
「な、なにか……」
「君、今暇かい?」
扉をくぐると、そこは薄暗い怪しげな雰囲気の漂う部屋だった。
「まあ適当に座っててくれ」
「お邪魔します……」
気晴らしにでもなるかな、と思って着いてきたけど……大丈夫かな?
「ああ、自己紹介がまだだったね。私はアグネスタキオンだ。タキオンで構わないよ。よろしく、ゴールデンレイシオ君」
その言葉に、少し身構える。
なんで僕のことを知ってるんだ……
「君のことはよ〜く知っているんだ。なにせ、デビュー前から目をつけていたからねぇ」
そんな時期から……!?
いや、それはおかしい。僕はこれといって注目されていたウマ娘じゃない。レース戦績だって勝ちは未勝利戦のみ。注目するなら、エアシャカールさんやテイエムオペラオーさんのはずじゃ……
それ本当に僕?ウマ娘違いでは?
「ガラスの足と揶揄されるウマ娘、だが君の足は鋼鉄と呼ぶに相応しいほどだ!あんな無茶苦茶な走りで怪我をしてないのが何よりの証拠!ああ、研究のしがいがあるというものさ!」
「は、はあ……頑丈、なんですね?」
「そんなレベルの話ではないよ!君の体が普通のウマ娘と同等程度なら、君の足は3日と保たずに折れている。それどころか、どれだけ走り続けても僅かな怪我もなく、不調の様子すらない!ククッ、本当に興味深いねぇ……!」
その自覚はこれといってないけど、そう言われると僕が今も走れるのはたしかにこの身体のおかげなんだろう。
一応、怪我対策のストレッチなんかはしてたけど、タキオンさんの話を聞くに焼け石に水だったんだろうか……
タキオンさんはテンションが上がりっぱなしなのか、口角を上げたまま僕に向き直った。
「と、いうことで。君には私の研究に付き合ってほしい」
「研究…ですか?」
「そうさ!私はウマ娘の可能性の果てを知りたくてねぇ。その一貫として、君の足に興味があるのさ。もちろん、タダでとは言わない。報酬も用意しよう」
「報酬?」
「ふぅン……そうだね。君から得たデータは全て提供しよう。後は……お悩み相談なんてどうだい?まあ、詳細は追々決めればいいさ」
僕にとって、その報酬は
少し怖いけど、このモヤモヤの解消に繋がるなら……
「……わかりました。僕にできることなら、できる範疇でなら」
「ふぅン、交渉成立だね。ではさっそくだが」
「あ、研究に付き合うのはダービーが終わった後でお願いします」
その言葉にタキオンさんの弾んでいた声は沈み、光はなくとも爛々としていた目はより深い闇に包まれた。
けれどこれは譲れない。ダービーに影響が出たら元も子もないし……
「……まあ、流石にダービーを控えた君を実験に付き合わせるほど、私も非常識じゃあない。もしも私が原因で君がダービーに出られなければ、生徒会に怒られるどころかURAから出走停止処分も十分有り得るからねぇ。それに、研究材料が豊富なこの環境を一時の感情に身を任せて台無しにしてしまうのは愚の骨頂と言わざるを得ないだろう。私はそんな考えなしじゃない。そもそも当初のプランはダービーの後だったんだ。望外に転がり込んできたものが元に戻っただけにすぎない、なんの問題もないさ。確かに時間は有限だが猶予はある。少し惜しいが落ち着いて事を進めるのが最善か……」
自分を納得させるように早口で呟きながら手に持った試験管を棚に戻すタキオンさん。
少し煤けた背中でため息を吐く姿を見ると、なんだか悪いことをした気がする……
「はあ……仕方がない。今日のところはいくつか質問に答えてもらうとしようか」
タキオンさんは不満げな顔をしながらもPCを操作する。
すると、いくつかのグラフとレースの映像が流れ始めた。ここ最近、穴が開くほど見た映像だ。
「これは君が出走した皐月賞の映像だ」
皐月賞。苦い記憶が蘇る。
ギリギリで5着には滑り込めたものの、その順位は妥当なものでは無い。偶然いい位置に着く事ができただけ。
レースの内容としても独特な展開だけど、エアシャカールさんの実力が如実に出たものだ。
このレースに、疑問点があるとは思えないけど……
「相変わらずお手本のようなフォームだね……っと、ここだ」
映像が止められる。
第4コーナーの半ば。エアシャカールさんが仕掛けた後、経済距離を走る内とエアシャカールさんをマークした外で分かれ、中が開いたシーン。
僕は空いたところを中央突破する作戦だった。だけど、なぜか抜けきれなかった。
映像を見るに、僕の最高速度はあれで限界なのかも……
「残り500M地点、なんでここで失速したんだい?」
「失速……?」
まさかと思いPCを齧り付くように見る。
「こればっかりは何度映像を見返しても原因が掴めない。確かに君は最高速度は決して速くはないが、皐月賞では成長線の予測を大きく下回った速度で———」
タキオンさんの言葉が右から左に流れる。
ここは、スパートをした場所だ。スピードが遅いだけならまだしも、失速なんてありえない。
力一杯踏み込んだ。
練習通り脱力も意識した。
スパートの体勢だって完璧に仕上げた。
全力だったと思う。けれど、数値は残酷に事実を突きつけてくる。
「どうして……」
この地点、確かに嫌な感じはした。背筋が凍るような、身の毛がよだつような感覚が。それでも、失速したとは思わなかった。
ふと、皐月賞の時を思い出す。
『それよりお前、なんで手ェ抜いた』
あれは、失速のことを……!
「謝らないと……っ!」
「私はデータに映らない『何か』があると踏んだのだが何か心当たりは……おや?レイシオ君?」
アグネスタキオンはあたりを見回すが、そこにゴールデンレイシオの姿はなかった。
■■■
タキオンさんの下を離れた僕は走った。
ジム、プール、食堂……この広いトレセン学園で主な所は全て顔を出した。
それでも、見つからない。
すれ違ったか……いや、それなら反対回りをすれば会えるはず!
「コラー!そこの青毛のウマ娘!走る時は静かにッスよ!」
そう考えて走り出した途端、前にいた鉢巻をしているウマ娘に叱られた。
そ、そういえば『学校内は静かに走るべし』なんて校則があった気が……ターフや道路以外であんまり走らないから気にした事もなかった。
「す、すみません!あのっ、エアシャカールさんを……人を探してて、その、失礼します!」
「シャカール?さっきコース際のベンチに居たッスよ?」
早歩きで立ち去ろうとしたところ、思わぬ情報が飛び込んできた。
ベンチ……確かに、調べてなかった気がする。
「っありがとうございます!」
このトレセン学園にはいくつかコースが存在する。そしてそれらは、広い面積を必要とするために離れた地点に点在している。
詳しく聞かなかった僕が悪いんだけど、まさか一番遠いコースに居るとは思わなかった……学園2周はさすがにスタミナが……
疲れ果ててしまった身体に鞭を打ち、木陰のベンチでパソコンを弄っているエアシャカールさんに近づく。
「はぁ、はぁ……げほっ、はぁ……エアシャカールさん!!!!」
「うおおっ!?なんだァ!?」
しまった、思ったより大きな声が出てしまった。
「す、すみませ…はぁ…ふぅー……」
「っお前は……はァー…一体何の用だよオレも暇じゃ」
「あの時の、皐月賞の時の事を、謝りたくて……っ!」
「……ハ?」
「皐月賞。僕はスパートの時、失速していました……『手を抜いた』と言っていたのは、この事ですよね?」
「あー……つまりなんだ、それをわざわざ言いに来たのか?」
困ったような、考えるような、微妙な顔をしながら、ガシガシと乱暴に頭を掻くエアシャカールさん。
「はい。あの時は、本当にすみませんでした」
「……ロジカルじゃねェ」
頭を下げてて顔が見えないけど、ため息混じりに何か言っている。
皐月賞のあの言葉は、僕の失速のせいだ。僕にできることは、謝ることぐらいしか……
「お前なァ、なんで謝ってんだよ」
その言葉に、思わず顔をあげる。
「なんでって、それは……」
「皐月賞は手ェ抜いたのか?アア?」
「い、いえ……あの時は本気で」
「なら謝る理由がねェ。論理的に考えたら分かるだろ」
「で、でも、失速したことを怒ってるんじゃ……」
「怒る理由がねェしそもそも怒ってねェよ。分かったならもう帰れ、オレも暇じゃねェんだよ」
話は終わったと言わんばかりに僕に背を向け、パソコンに向かい直すエアシャカールさん。
……思い返してみれば、エアシャカールさんは『手を抜いたこと』について怒っていた。
けれど、僕は本気で走っていたし、勝ちたいと思っていた。手を抜いていないとなれば、エアシャカールさんに怒る理由は無くなる。
つまり、この謝罪は無意味で、僕の思い違いだった。
この話はこれで終わり。
だけど、一つだけ。一つだけ思うところがある。
モヤモヤが晴れない。
このモヤモヤは、エアシャカールさんに怒られたことが原因じゃないかと思っていた。
けれど、少しも晴れない。
モヤモヤはまだ残り続けている。
なら、このモヤモヤは一体……
「……ンだよ、まだ何かあんのか?」
ずっと後ろにいた僕を、怪訝な顔で見つめてくる。
皐月賞からずっと悩まされているこのモヤモヤ。一緒に走ったエアシャカールさんなら何か分かるかも……
「……一つ、聞いてもいいですか」
「あン?」
「皐月賞が終わってからモヤモヤするんですが……このモヤモヤは何か分かりますか」
「ハッ、知るかよ。そういうのはオトモダチにでも聞くんだな」
心の雲は、まだ晴れない。
エアシャカールが実装されたので初投稿です()
エアシャカール実装されましたね。私は80連できました。やったね!解釈が深まって言動や想定してた展開が少し変わる程度だよ!胃が痛いね!!
ps.感想と評価はたくさんくださいお願いします何でもはしません(鋼の意思)